ナメクジとカタツムリ (童話)
大きな岩のある湖のほとり、神様の国との境目にあるその山と湖には、まだ生まれてまもない、珍しい生き物ばかりが集まり、自分の本当の姿をもとめて、本当の生き様を求めて、右往左往、彷徨っていました。朝から晩まで、ありとあらゆるそこに住む者たちが、悩みや考えをめぐらせて、自分の本当に生まれて来たかった姿、本当にこれから生きていきたい姿を想像し、努力し、時に失敗して暮していました。そのほとりの森の入口との境、苔むしたところに、中くらいの岩があり、そこに二匹の珍しい生き物がいました、ひとつはカタツムリ、ひとつはナメクジでした。といってもまだ形や存在が不安定な二つの、生き物ともいえないうごめくだけの生き物でした。
神様の国、その境には大きな社がたっていて、その二匹はそこの手前でよく日陰に隠れて戯れていました。二匹の中、カタツムリのほうは、よくしゃべり、お兄さんのような立場で面倒見がよく、この近辺の事をよくしっていました。一方ナメクジのほうは、少しのろまで、おどおどしていて、そして体が弱かったのです、しかし、いつも日陰にいた二人は、どこかで通ずるところがあったようで、ある時から二人はいつも一緒に、社の近くで戯れて日々を過ごすようになっていました。
ある日の事です。ナメクジは、かつて自分をいじめていた種族と同じ種族の“生き物の元”と遭遇しました。それは目玉がふたつあり、口が耳元にまでさけている、そして緑色をして水中を泳ぐ事もできる、奇妙な生物でした。カタツムリは、かばおう、として近づき、しかし様子がおかしいので遠目に見ています。すると、どういう事か、その一匹の生き物とナメクジは、まるでナメクジとカタツムリのように、仲良く談笑を始めたではありませんか。
その後2日、3日、とすごすうちにも毎日夕方、ナメクジはカタツムリのそばをそっと離れて彼に、あの生き物に逢いに行く様子があったのです。初めのうちは我慢していたカタツムリでしたが、一週間もすると、その我慢していたこと、気持ちが裏目にでて、ついに二人の間にはいって、その間柄を訪ねようと思うようになっていました。
そんなある日、なにをおもったか、神様の国の社の前で、あの妙な生物と、ナメクジが昼間から談笑しています、カタツムリは、初めてしる感情に少し怒りを覚えましたが、ナメクジが、かつて感じていたような、苦しみ、記憶を忘れた事、その理由に疑問を抱き、ついに、とうとう彼らの間に入ってはっきり、彼らの関係について尋ねようとズンズン前に進んでいきました、その時です、社の中から、神様の声がしました、その声は、談笑するカタツムリの前の二匹のもとにも響きます、それによってカタツムリは硬直して、動けなくなりました。
(そっとしておいてやれ)
カタツムリは、まだ自分の眼がナメクジのように突き出ておらず、へこんでいて、落ちくぼんでいることをかねてから気にしていました。その事を相談したのが、神様だったのです、神様は初め、随分前に、そう、何十年も前にカタツムリにこう言いました。
(弱いものを救いなさい、あなた方はまだ生命になる前の源、あなたはきっと人を救う事に自分の意味を見出すのでしょう)
それから、カタツムリは、ナメクジの背中に貝殻がない事をみつけて、自分と同じように、湿気のある場所でしか生きられないその生物の元に、自分と同じような憐れみ、悲しさを感じ、慈悲ぶかく見守り、そして親友のような存在になれたらと思いました、それから、いつもナメクジがつまづいたり、失敗したとき、かばっていたのがカタツムリで、今日の日まで天敵にも攻撃されず、ナメクジが過ごしてこれたのは、確かにカタツムリのおかげもあったような気もします。神様はいつもその姿をほめそやしました。そのたびカタツムリは、自分の存在が認められたような気がして嬉しかったのです。神様ですから、時に作りかけの生命をぐちゃぐちゃに消し去ってしまう事もあるので、そこに住む生物の元たちに敬われる一方、恐れられていたのですが、カタツムリは、いつも神様を信じ、その言葉を聞いていました、そうすれば、きっと物事がすべてうまく進むと思えてならなかったのです、しかしその信じている神様が、今回は、やめろ、といった、神様によって助けられたカタツムリでしたが、その神様が、カタツムリに向けていったのです。
(今度ばかりは、そっとしておいてやれ)
と、その意味を考えたカタツムリは、今までナメクジをみて、自分より弱い、危なっかしい、まだ幼い、と考えていた事に後悔しました。今までカタツムリは、ナメクジを助ける、神から仰せつかったその言葉に甘えて、自分が生まれるという事、自分が成長するという事をあまり考えていませんでした。ですが、確かに感じていました、ナメクジを助ける間だけ、忘れられる事がある事、逃げられる事があること、見返りが求められるという事、しかし、いつもほめてくれていた神様が、初めて自分に、ナメクジのやり方に指図をするのではない、とおっしゃた、いつも、日向ぼっこをして、生き物の成長を見守り、ひとつずつ、この世に確かな存在となるように諭している神様です。カタツムリが最も信頼する神様です、神様にそう諭されたその時、カタツムリは、自分の成長も、自分で考えていなければいけない事、そして神がそうおっしゃるのだから、それは確かに可能性として存在する事、これは、その始まりだと覚ったのです。ナメクジを縛りつけるという事は、きっとナメクジが、本当の姿、生き方を見つける妨げになると思ったのです。そしてカタツムリは、社だけではなく、色々な世界を見て、社の下や日陰にばかり隠れていないで、日陰の世界で、世界の隅から隅まで、自分の良いように捕らえる、その醜さを捨てようと思ったのです。
ナメクジとカタツムリ (童話)