ミルクチョコレート/スイートチョコレート
ミルクチョコレート
「せ、先輩、こ、これ、受け取ってください！」
二月十四日放課後、部室で後輩に突如箱を渡された。銀色のリボンが付いた赤い包装紙の平たい箱。間違いない。チョコレート。
「えっ、私？」
正直なところ、私は自分自身がそこまで可愛いとは思っていないし、好きな男の子がいたことがある訳でもない。実際小中とチョコレートは人並みに友チョコを交換しあうくらい。高校ではあまり熱心な人がいないのであげたのも貰ったのもゼロだった。
「えっと……義理、ってことでいいんだよね？」
今まで貰ってきた義理チョコよりも明らかに大きい箱。音楽の教科書くらいある。
「何言ってるんですか。本命ですよ。……あっ、言っちゃった。」
顔を隠して恥ずかしがる後輩。きっとそれ以上に私の顔は赤くなっているだろう。驚きとか、戸惑いとか、恥ずかしさとかで。
しかし、本命チョコをよりによって何の取り柄もないただの女子高生でしかない私にとは。誰よりも真面目で、誰よりも素直で、そして誰よりも可愛い。そんな彼女が私に釣り合うのか。
「今ここで、開けて食べていいんですよ、先輩。」
ただ折角彼女が腕を振るって作ったチョコレート。食べないのはもったいない。折角彼女が私にくれた気持ち。受け止めないのは失礼だろう。私だって、彼女のことが好きではある。ただそれが恋愛の観点から見た「好き」であるかは分からない。
「あっそうだ。じゃあ私が先輩に、あ～ん、してあげますね。」
「いい！ 自分で食べる！」
反射的にそう返してしまった。悪いことをしたと思いつつ彼女を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべている。
「やった！ 先輩がチョコ、受け取ってくれた！ 先輩、不束者ですがよろしくお願いします！」
さて、鞄から水筒を取り出して、包み紙を開く。箱を開けるとハートの形をしたチョコレートが。恐らくガトーショコラだろう。親切にピンク色のプラスチックフォークまで入っている。端っこから一口フォークで切り、こぼさないようにそっと口に運ぶ。
美味しい。甘さが控えめで濃厚な、私好みの味。生地はかなり軽めで、これなら全部食べてももたれることは無いだろう。
「先輩、お味はいかがですか？」
「とっても美味しい。」
そのまま食べ進める。気が付くと、彼女がじっと私の食べる様子を見つめている。なんだか恥ずかしい。気のせいか身体が火照ってきた。今までに感じたことが無いくらいどきどきする。だんだんとぼんやりしてくる頭。ふと気になって尋ねる。
「私の味の好みとか、よく当ててきたね。」
「はい！ 私、先輩のことなら何でも知ってますから。」
スイートチョコレート
「せ、先輩、こ、これ、受け取ってください！」
とうとう言ってしまった。二月十四日、場所はいつもの部室。入学式の日に偶然すれ違ってからずっと片思いしていた先輩。あまり派手な、浮ついた感じがなく、おしとやかで地味ながらも、整った顔立ちをしていて、さらには時々道端の野良猫と戯れてしまう可愛さも持っている完璧な人。
「えっ、私？」
そんな先輩が好きで、好きで。先輩が体育の授業の時はいつもグラウンドを見ていたし、先輩が出掛けるときはいつもそっと後ろから見守っていた。時には先輩を傷つけようとしている人を社会的に抹殺したりもした。
「えっと……義理、ってことでいいんだよね？」
そんな訳ない。私は他の誰よりも先輩のことが好きで、他の誰よりも先輩を愛している。私の先輩への愛は、誰の先輩への愛よりも大きい。だから、義理なんかじゃあ満足できない。
「何言ってるんですか。本命ですよ。……あっ、言っちゃった。」
先輩の顔が真っ赤に。もうひと押し。間違いなく私の愛を受け取ってくれる。
「今ここで、開けて食べていいんですよ、先輩。」
先輩は何か頼まれると断れないタイプなのは分かっている。毎日のように先輩を見守っていたから。教室で、廊下で、グラウンドで、帰り道で。どんな時でも先輩は頼みごとに優しく応える。先輩の素敵な面だけれど、ちょっと嫉妬してしまう。
「あっそうだ。じゃあ私が先輩に、あ～ん、してあげますね。」
「いい！ 自分で食べる！」
ちょっとからかってみる。顔を真っ赤にして叫ぶ先輩も可愛くて、また一層惚れてしまう。何よりこれから先輩が私の手作りチョコを食べてくれると思うと興奮する。
「やった！ 先輩がチョコ、受け取ってくれた！ 先輩、不束者ですがよろしくお願いします！」
私の作った特製のガトーショコラ。甘さを抑えながら濃厚な味を出した自信作。普段先輩が買うチョコレートも把握してある。
それに少しだけ工夫もしてみた。生地にいくらか混ぜた、飲んだ相手を惚れさせる薬。めでたく告白に成功した友達から余りを分けてもらったもの。効果は実証済みだそうだ。これは期待できる。
「先輩、お味はいかがですか？」
「とっても美味しい。」
食べ進める先輩をじっと見つめる。半分くらい食べたころから、先輩が急にそわそわし始めた。どうやら薬は相当良く効いているようだ。焦点の定まらない、とろんとした目で私を見つめ、そして先輩が尋ねる。
「私の味の好みとか、よく当ててきたね。」
「はい！ 私、先輩のことなら何でも知ってますから。」
ミルクチョコレート/スイートチョコレート
