私の能力

 故郷の村が襲撃に遭い、私以外は皆捕まった。隙を突いて辛うじて逃げ出し、そのまま逃避行。とうとう追いつかれた時に、不意に現れた。
 彼女はただ、怯え崩れる私の目の前に立った、
 それだけ。
 彼女に銃弾が飛んでも、全く動かない。
 ただ私を庇うように立っている。
 彼女に銃弾が刺さる。
 彼女が倒れ
 なかった。
 彼女を撃ち抜くはずだった銃弾が軌道を百八十度変え、敵へ一直線。心臓を正確に突き抜ける。普通では有り得ない挙動に、敵は一歩も動けずに倒れていった。
 彼女が振り返り尋ねる。
「大丈夫、怪我はな……」
 と、彼女が眩暈を起こしたようによろめく。
 駆け寄ろうとする私を制し、彼女はさらに訊く。
「独りぼっち?」
 私はゆっくりと頷く。それを見て彼女は続ける。
「私と一緒に旅をしない?」

 近くの酒場に入り、食事を取る。まずはお互いに自己紹介。私が故郷の村のことを話すと彼女は憐れみの言葉の一切をかけず、ただ「随分遠くから来たね」とだけ言った。
次は彼女の番。研究所で生まれ、少し前に逃亡。それ以来ずっと放浪の旅を続けていること。彼女の能力により、触れた対象を思いのままに支配できること。詳しい内容については話を聞いてもよく分からなかった。
 食事が終わる。店を出て、街の外れの小さな公園まで来たとき、彼女が不意に立ち止まった。
「ねえ、折角だし、私に支配されてみない?」
 突然の提案。戸惑ってしまう。
「私の力、どんな物か知りたいでしょ。」
 話では分からなかった。なら、試した方がきっと良い。今後は一緒に旅をするのだから。
 私が頷くのを見届け、彼女が私の顎にそっと手を添える。すると、途端に支配が始まった。
 彼女の手から私の肌へ、一気に何かが染み込んでくる。何か分からない、それでいて不愉快には感じない物が私を徐々に侵す。頭が痺れるように回転を止める。夢の中にいるような朦朧とした心地。
 不意に彼女が顔を近づけ、私の唇を奪う。痺れた頭に、一瞬の強力な電流。そして私の口の中を乱暴に弄る彼女の舌。ああ、犯されていく……。

 手拍子。
 気が付くと布団の上。
 どうやら宿屋のようだ。目の前には彼女の覗き込む顔。ずっと気を失っていたのだろう。
「起きたのね。どうだった、私の力。」
 結局何も分からないうちに気を失ってしまったとは言い出せず、ただ首をかしげていると、彼女はふっと息を吐き、くすりと笑った。
「そうそう。皆私の支配下では意識を失うの。それで目が覚めると不思議がるの。だから貴方が何も覚えてなくても、それは無理のないこと。」
 彼女はそう言う。けれど何故か、何かが引っ掛かるように感じた。おかしいということは分かる。けれど何がおかしいかが全く分からない、靄に包まれたような。
「それに、本当ならすぐに目が覚めるはずなんだけど、貴方、よっぽど疲れてたのね。」
 ずっと逃げていたから確かに消耗はしている。
「もう夜も遅いから寝ましょう。」
 彼女に気圧されて、私は考えるのを止めた。
 考えなければいけないことは沢山あるけれど、今は彼女と一緒にいるしかない。

 彼女は特に目的があって旅をしているということではなさそうだ。この町には西から入ったから出るときには東、とあまり考えることもなく歩く。次は何処へ向かうのか彼女に聞いても上手くごまかされた。
 そんなことだから、案の定深い森に迷い込んでしまった。それでも彼女は獣道を適当に選びつつ歩いて行く。迷う素振りすら見せずに。
 結局、滝壺に行き当たってしまった。それでも彼女は落胆したようには見えず、川で魚を捕まえると手際良く火を起こし、そのまま焼き始めた。
 空腹には抗えないので彼女に魚を貰う。お互いに無言。彼女は私の顔を見ていない。
 そのまま今日は野宿。適当な洞穴を見つけ、その中で私は毛布を被る。彼女は穴の入り口近くで何かをしているようだったが、私にはそれが何かは判断出来なかった。

 翌朝、相変わらず何処へ向かうかも分からない旅は続く。もう彼女に行き先を教わるのは諦めた。
 そうして何日も歩き続けた。何もない旅。

 もう彼女と出会ってどれくらいか忘れた頃、大きな街に着いた。ひとまず宿で一泊。次の日に、郊外のスラムの一角にある、恐ろしく古い建物に連れて行かれた。
 階段をいくつも上下し、長い廊下をずっと歩いた先の部屋。そこに待っていたのは、白衣を着た研究者と思しき女性だった。
「こんにちは。ひょっとして、西の山の方から来た人?」
 私は返事をしない。きっと相手は分かっているはず。私がどういう立場にあるのかを残酷なまでに正確に。
「あそこはついこの間に襲撃があったという話を聞いたけど、よく無事で来てくれたね。」
 私が睨みつける。なおもその人は平気なふりをして続ける。
「疲れているのでしょう。今日はゆっくりお休みなさい。」
 その言葉に私が不快な顔を示していると、今まで一緒に旅してきた彼女までもここで休むことを勧めてきた。
「せっかく休ませてくれるんだから休んでおきなさい。大丈夫。私とあの博士は長い知り合いだし、それにこの力もあるから。」
 そう言うと彼女は私の首筋に手を伸ばして。

「おはよう。」
 目覚めると彼女はおらず、昨日の博士しかいなかった。私はベッドから起き上がると、寝惚けた頭を掻きむしりながら部屋の外に出ようとする。ドアノブに手を掛けると後ろから話しかけられた。
「ん? あいつは出かけたよ。お昼くらいには戻ってくると言ってた。」
 正直なところ、この人と二人きりは不安だ。彼女と二人きりならまだしも。
「それで、今のうちにしか言えないことなのだけれど、貴方にお願いしたいことがあるんだ。あいつのこと。」
 あまり話を聞く気にはならないが、彼女のことというので一応聞くことにする。ドアから離れ、手近なところにある椅子を手繰り寄せて座る。すると紅茶の入ったマグカップを手渡されたが、私にそれを飲む気は全くなかった。
「私はあいつのような、いわゆる生体兵器について研究、観察をしている。もちろんあいつも含めて。
 それで、あいつについて単刀直入に言うと、非常に危うい状態だ。あいつは恐らくそう遠くないうちに死んでしまう。」
 疑念を向ける私に対して、さらに話は続く。
「あいつは非常に沢山の個体の中でも特に強い能力を持っている。生物、非生物に関わらず他者を完全に支配する能力なんて、発見した時には私にとっても驚きだった。
 けれど、当然強大な能力にはその分の副作用がある。もともとこういった能力は生涯に使える限界量があって、それを越えてなお能力を使い続けると身体に向かうはずのエネルギーを消費するようになってしまい、身体にエネルギーが届かなくなりそのまま死に至る。」
 私は頭を抱える。
「私が観察している他の能力者の限界から考えたところ、もうじき、もう二、三日で彼女に限界が来るだろう。これ以上彼女に能力を使わせるのは、彼女の身が持たない。」
 なおも私が難しそうな顔をしているのを見て、その人は歩み寄ってきた。顔を思いっきり近づけ、私の瞳をじっと見つめる。
「だから、お願い。彼女を止めて。彼女にこれ以上力を使わせないで。」
 戸惑う私をさらに追い込む。
「あいつは私の親友なんだ。お願い。」
 こう言われてしまったら、もう私は覚悟を決めなければならない。
「それにあなたも、彼女は大切でしょ。」
「お願い。」
「そうすれば助かるから。」
「彼女のためだから。」
「だから。」

「力を、使わせないで。」

 翌日、再び彼女と合流する。いつもより少しだけ彼女の顔をじっくり眺めていたら彼女は不思議そうな顔をした。
 彼女と再び歩き出す。例の博士に頼まれて、近くの山まである植物を取りに行くそうだ。それにその山からはとても良い景色が見られるとのことなので私も付き添う。
 いつもより少しだけ、彼女の傍を歩く。最初は居心地の悪そうだった彼女も、一時間程でもう気にしなくなったようであった。
 それから三時間程かかったが難なく目的の植物を採取して、そこから山を下る。その途中、少しだけ脇道にそれ、開けた場所に出る。
 眼下に広がる、一面の岩場。高い植物の全くないその景色は、一見無愛想で、でも勇ましくて、そして美しい。
 手近な岩に二人背中合わせで腰掛ける。隣に座るのはくすぐったくて、けれど背中だけでも近付きたかった。
 一時間くらいの後、山を下りようとする。荷物を抱え、歩き始める。その瞬間、彼女が私を突き飛ばした。
 出っ張っていた岩に足を強かに打ち付け悶絶する私の前に立ちながら、手に取った物を私に見せる。
 それは小さなナイフだった。誰かが私達に投げたらしい。彼女が残り全部を追い返し打ち出した相手に当てたようで、どさどさと人が木から落ちる音がした。
 思わず不安になり彼女を見上げる。彼女は一つ笑ったあと、私を安心させてくれた。
「こんなもの、貴方に当たらなければ何も問題ないでしょ。」
 それから街に着くまでに何度も襲撃を受けた。その度に彼女は私を庇い、全てを追い返し続けた。そのせいで宿に着く頃には彼女はもうふらふらになっていた。
 一休みして、彼女と博士の元に向かう。けれど運が悪く留守であった。それを知った彼女は私と顔を見合わせると、私の手を引いて宿屋に戻った。
 夜中、雷雨があったせいか刺客は現れなかった。

 一晩明けて、再び研究所に向かう。あの博士は風邪を引いていた。
 研究室の隅っこにあるベッドに横たわるその博士に彼女が歩み寄る。ゆっくりと植物を手渡し、道中を報告する。博士は風邪を引いただけだと笑い、その植物を左手で受け取る。そしてゆっくりと体を傾ける。
 その瞬間、今度は私が彼を突き飛ばした。不吉な音、舌打ちする博士、その右手には銃。銃口からはゆっくりと硝煙が立ち上っている。
「突き飛ばさなくたっていいのに、私、対処できたよ?」
 不満そうな彼女はさておき、博士に向き直る。
 さあ、この後は何が起きる。
 すると唐突に沢山のチンピラが雪崩れてきた。きっと博士が待機させていたのだろう。私達を一気に取り囲む。背中合わせになる私と彼女。私の目の前には博士。彼女の目の前にはチンピラのリーダーらしき大男。
 博士がゆっくり私に歩み寄る。そして私の首にゆっくり手を伸ばす。呆れたような顔で。
「あんた、能無しだな。」
 そうして私の首がきつく絞まる。呻く私。慌てて彼女が振り返る。
 その一瞬の隙を突いて、彼女めがけて一斉にチンピラが飛びかかってきた。博士すら手を放し、チンピラが暴れるのに巻き込まれないようにしている。私も弾き飛ばされる。
 彼女はすぐさま能力を使い、触れてきた順にチンピラを退場させる。しかし、能力の制御が追いつかずに少しずつしか人数を減らせない。それに引き換え、彼女の傷がどんどん増えていく。
 ようやく全てのチンピラを追い返した頃には、彼女はもう満身創痍だった。それでも彼女は、私の無事を確かめると微かに笑顔を浮かべた。
 その瞬間、音も無く博士が銃を撃った。彼女が能力を使おうとするも、間に合わず彼女の胸から血が噴き出す。
 今にも崩れ落ちそうな彼女に駆け寄る。出血多量にもかかわらず、彼女は笑っていた。
「貴方も、あいつのことが分かってたのね。」
 満足気にそう言うと、彼女は傷口に人差し指を差し込んだ。
 すると、一瞬のうちに傷が完治する。足のふらつきももう止まっている。彼女は恐らくチンピラの落としていったナイフを拾い上げ、投げる動作も見せず飛ばす。ナイフは真っ直ぐ博士に向かい、顔をかすって飛んでいった。
 腰を抜かす博士。顔には赤く細い線。何か魂の抜けたような顔。
「行くよ」
 彼女は私の手を引き、研究室を出る。去り際、ドアノブに手を掛ける時、彼女が博士に言う。
「私の能力の、お前が考えるところの限界はもう超えているよ、何もしなければね。
でも私の能力は触れた物を支配する力。それは私自身にも適用されるの。そうして私は限界を取り払った。
だから、もうお前は私を殺せない。」

「ちょっと長居しすぎちゃったね。」
 街から離れる道を歩きつつ、彼女が私に語りかける。彼女が歩きながらこうやって話しかけるのは珍しい。
 私はただ頷くと、彼女がまた珍しく話を続ける。
「面倒なことがあった街だったね。能力なんて、変に使うとろくなことが無い。」
 私はまた、ただ頷くだけ。
「そうそう。貴方もきっと能力を持ってる。気付きにくいけれども。」
「私も…?」
 彼女みたいな能力を私も持っているのか。今まで生きてきたけれど、何も無かったはずだ。
「そう、推測でしかないけれど。貴方の能力はかなり特殊で、貴方が意図して使えない能力。
 前世、その前、それより前の記憶を引き継いでいて、それを意図して思い出すことは出来ないけれども、無意識のうちに行動や判断に利用してしまう、そういう能力。
 もともと貴方が住んでいた村はそういう人が多いと聞く。そのために何度もその村は襲撃に遭ったとも聞いているの。」
 他の人にとっては衝撃的な話なのだろう。けれど私は大して驚かなかった。それはきっと知っていたから、私の無意識が隠していたからなのだろう。
「今回のあの博士もそう。貴方の記憶が欲しいばかりに、邪魔な私を殺そうとした。
 あの博士は催眠術が使えるの。まあ、大して強くは無いけれど。その催眠術は解き方が随分前に出回ってて、ある程度実戦経験のある人や昔の人なら誰でも知ってるの。
 それで、貴方には催眠術が効かなかった。だからきっと記憶を引き継いでると思った。」
「不思議な力……なんですね。」
「そうね。」
「貴方の力も、不思議な力。」
「不思議……ああ、自分にも使えることね。でも結構便利よ。
 実は、最初に力が自分にも使えると分かった時、私は自分の身体中を触って、体質を全く変えた。具体的には、不死身になったの。」
「不死身……私に似てますね。」
「ええ。もし貴方が死んだとしてもきっと次の貴方と会えるし、もしかしたら前の貴方にも会っていたかもしれないね。」
「素敵ですね、そういうの。」
 さて、と彼女は一つ伸びをする。次の行き先はやっぱり教えてくれないし、彼女も大して考えてはいないだろう。
 そんな旅でも大丈夫。
 私達には、時間は沢山あるのだから。

私の能力

私の能力

2017年5月文フリ東京にて頒布した「愛が見たかった」より。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-16

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