バラッド
「どうせ死ぬなら笑っていたいでしょ」
そのコトバから始まる僕の物語は、とても典型的な始まり方をしていた。
いつもどおりの放課後、下駄箱の中に一枚の手紙を見つけた。
その中には
『放課後、体育館裏の更衣室まで来てください』
という旨の手紙が入っていた。
時代錯誤で、あからさまなモノだったが、その時の僕はとても舞い上がってしまった。
もちろん、心の中だけでだが……
はしゃぐ気持ちを抑えながら僕は、体育館裏の更衣室へ向かった。
体育館裏更衣室というのは、もともとはゴミ捨て場だったところを改修して作られた男子専用の更衣室だ。
コンクリートで作られた部屋は春夏秋冬、季節を問わず劣悪な環境を実現していた。
目的地へと向かうと、人影が見えた。
同じクラスの熊谷さんだった。
あまり目立たない人で、僕との接点も特にない。
だが、そこを疑うよりも先に、僕は舞い上がっていた。
平静を装い、声をかけた。
「あ、あの……この手紙って……もしかして?」
その手紙を見た彼女は、下を見ながらゆっくりと頷いた。
「え……っと、僕に何か用かな……」
下を向いたままの熊谷さんは、滅入るような声で押し出すように喋りだした。
「あの……突然呼び出してしまってごめんなさい。……その……突然で、あの、ごめんなさい」
少し、赤らめたような顔を向けると
「す、好きです!!付き合ってください!!」
大粒の涙を流して
震える手を手で抑えながら
それでも、決意した瞳を真っ直ぐに向け。
言い切った。
「う……えぁ?」
正直言って変な声が出た。
生まれてこの方女性と話すこともなければ、好意を持たれるような事をした覚えもない。
だって僕は、はっきり言って社会不適合者だと思う。
顔が整っているわけでもないし、そもそも、身長だって小さい。
何より、デブで小心者で、どうしようもないクズだと思ってる。
自分でここまで思うんだから、他人からしたらもっとキモチノワルイ生き物でしかないはずなのに……
「あ、あの……小西さん?」
「え。あ……あぁ!!ご、ごめん……」
「その……だめですか?私じゃ……」
「そんなわけじゃ……ないんだけど。なんて言って良いか分からないんだ」
そうして、二人でまた下を向いてしまう。
普通だったら
「ほんとに!!嬉しいよ」
なんて言ってあげればいいんだけど、僕にはそんなことを言えるほどの度胸も自信もなかった。
だからって、このまま何も言わないのはいけない気がする。
それは失礼だ。
そうは思うが、断るのも失礼だ。
「……あれー?まだ終わってなかったんだ」
嫌味のような集団の笑い声。
「まさか、フラれたの?かっわいそー」
「最悪じゃん。サイテー」
「うっわ、サイテーじゃん。キモブタ」
………
………
………
意識がはっきりとし始めたのは、町外れにある建設途中の夕彩ホテルだった。
周辺はポツポツと家が立ってるくらいの見晴らしの良い場所で、本当ならこの夕彩ホテルを中心に、いくつもの娯楽施設や住宅などが並ぶ予定だった。
順調に進められたニュータウン計画も、原因不明の打ち切りにされ、建築途中だった骨組みだけの大きなカゴだけが残された。
「あ……」
押し出したような声がでた。
がらんどうの鉄骨を前に、引き寄せられるように中へ入っていった。
一歩、歩くたびに音が反響する。
まるでたくさんの人間が僕を前に前にと押していくかのように……
目的地がはっきりしてるかのように、カラダは進み続ける。
一体どこに行くのか。そんなこと、今の僕には関係なかった。
どこだっていい。
どうせ、戻る場所もないんだ。
いくつ階段を登ったんだろう。
体はとっくに限界を超えているはずなのに……
屋上……ではなく、建築途中の階層だ。
ところどころ資材が置いてあるくらい、他に目につく者はなく、強いて言うなら、展望台になるはずだった部分に落下防止の手すりと看板が置いてあるだけと、シンプルなものだ。
こんなところに来たってことは……多分、やるたいことは決まっている。
”とりあえずつけました”のような侵入禁止を抜けると、腰ぐらいある手すりに手を置いた。
そこから見える風景は嫌になるほどきれいだった。
だからこそ
どうでも良くなった。
どうしても嫌になった。
どうでも良くなった。
どうでも良くなかった。
「思えるわけない……思えるわけ無いだろ!!どうでも良かったなんて……」
吐き出すように叫んだ。
絞り出すように泣いた。
どうでもいいと叫んだ。
笑い飛ばせと笑った。
だけど、笑えなかった。
だって、仕方ないじゃないか。
嬉しく嬉しくて……それなのにこの仕打だ。
いっそ、目の前の世界から飛び出して、自分のセカイに飛び込むしかない。
「もしも、その下にトランポリンがあるから、飛び降りてみなよ。大丈夫、トランポリンがあるから……なんて言われて、貴方は飛び降りれる?」
唐突に声を掛けられた。
乗り出した体を引き止め振り返ると、そこには同じ高校の制服を着た生徒が立っていた。
「え……だれ?」
「だって、怖いじゃない。大丈夫だって言われたってこの高さ。落ちるのは絶対イヤだわ。こんなところに立ってるのもね」
そう言うと、僕の袖を掴み
「あなたは”ピエロ”になれる?それとも……」
そう言いかけると、少し悪戯な笑みを浮かべた。
初対面の女の子は、その不対象な瞳を僕に向けたまま続けた。
「ねぇ、小西くん。貴方は”皆に笑われ、バカにされ続け、それでも命がけの綱渡りをし続ける”ことができる」
「……待って、なんで僕の名前を知ってるの?」
すると彼女は、また悪戯な笑顔を向けると「どうしてだと思う?」と続けた。
「同じ学校の生徒だから、たまたま知っていたとか……」
その言葉を聞いた彼女は少し悩んだような顔をすると、少しだけ呆れたような顔を向けた。
「確かに貴方の姿って特徴的ではあるけど、だからって名前を覚えるほどでもないカナ」
「だったら……」と続けようとする口を遮って、彼女はこう続けた。
「単純な話ではある。私と君は同じクラスではないし、そもそも私は一年、小西くんは二年生だ。関連性もない……そして、どちらも帰宅部だ」
ふんふん……と、一応うなずいてみるが……ん?
こいつが……一年……で、僕は二年……
「少し聞いてもいい?」
「どうしたの?小西くん」
「君より僕のほうが年上だよね?」
「……だから?」
だから?……いやいや……
DAKARAじゃないだろ!!
「後輩だったら敬えよ!!え、えーっと……」
「ほら、後輩の名前もわからないような小西さんを、どうやって敬えばいいの?流石に無理があるんじゃないカナ」
う……正論ではないだろうが、確かにとも言えなくはないような……しかし、この言葉に対してどう返せばいいのかわからない自分もいる。
だからこそ
「うるさいな!!だったらほっといてくれたらいいだろ!!」
と、突っぱねてしまう自分がいた。
その言葉を投げつけた僕は、少しだけ我に返る。しかし、一度投げた言葉をしまうわけも行かず
「お前には関係ない!!ここで僕がどうなったって、みんなみたいに”見て見ぬふり”をすればいいだけだろうが」
吐き出すように言葉を押し出した。
押し出した言葉は不格好で、不味かった。
しかし、彼女は……
「…ップ」
関が外れたかのように笑い出す彼女。
「な、なんだよ」っと、声を出すが、苦しそうに息をヒーヒーと吐いた。
「だって、必死すぎるんですもの。誰かに構ってほしいって、遊んでほしいって、そう叫んでいるじゃない。素直に言えないからって、口ではなんとでもいいながら、目ではそう訴えているじゃない」
腹を抱え、目に涙を集めた彼女はまるで真面目に話していないかのように戯けていた。
「”カマッテチャン”がすぎるんじゃないかな?小西さんは子供みたいなんですもん。敬えよ!!とか、だったら!!とか、そんなの子供が使う言葉だよ。」
「こ……子供?!誰が子供だって!!」
カッとなり体が動いた。
胸ぐらをつかんでやろうと手を伸ばす……が
「で、体が悪くなったら手を出すんですか。呆れた」という言葉で止められてしまった。
クソ、なんなんだよ。コイツは
むしゃくしゃして、言い様のない感情が湧き上がる。しかし、それを発散できない。
「お前は何がしたいんだよ。さっきからさ」
「んー?そうだなぁ……ちょっとした”オセッカイ”ってやつかな」
「お節介?どう考えても違うだろ。」
「そうかな、さっきの”死体みたいな目”よりマシになったんじゃない?」
胸ポケットから小さな手鏡を出し、僕に向ける。
そこに写っていたのは、とても醜い顔をした男性だった。
目元は腫れ上がり、鼻水でグシャグシャになった顔。
しかし……
そこにいたのは、確かに生きた目をした人間だった。
いや、人間というべきなのだろうか?
そこにいる人間はとても醜く、まるで美女と野獣の怪物のようだ。
「どうしたの?そんな神妙な顔をして」
彼女は、バツの悪そうな顔をする僕に少し不満げな声を出した。
「もしかして、自分が不細工すぎて引いたとか?それ、今更じゃないですか」
「いや……そうじゃなくて――って、一体どういう意味だよ!!ドサクサに紛れてdisるとかやめろよな」
「え……もしかしてナルシストですか?小西くんって……ちょっと……ナイワー」
「はぁ……すっげぇ傷ついたわ……」
あははは……と笑う彼女。
仕方ないので、この醜い顔を少しでもマシにしようと制服の袖で拭こうとした。
「はい」っと彼女はハンカチを差し出した。
「ごめん。助かるよ……」
バラッド