マーニー

マーニー

SF、幻想系掌編小説です。縦書きでお読みください。

夜中の三時頃だろうか、うるさい声が聞こえてくる。蚊の鳴き声のようだが、頭の中では歌になっていた。
「ララララ ラン、私は空気の掃除人、私の仕事は夜中の三時、ラララ ラン」
女性のかわいらしい声である。
「おいらも空気の掃除人」
 え、彼はベッドの上で鼻をひくつかせた。眠い目をむりやりあけると、頭を持ち上げて時計をみた。蛍光が塗られた蒼白い針は単純に三時を示している。
 「ふーむ」深いため息をつくと、彼は再び軽いいびきをかき始めた。
「らんらららん、わたしはお空の掃除人、黒い空気の掃除人」
 彼はまた目を開けた。「うるさい」と怒鳴ろうとしたとき、彼はそいつと目をあわせてしまった。そいつは、あまり高くない彼の鼻の上に腰掛け、足を彼の薄い唇の上にのっけて、振り向いた。
そいつは彼の目玉が自分を見ているのに気がつくと、ばつが悪そうに、ぺろっと舌をだした。そうして、彼に向かって、ちょっとばかり頭を下げると、闇の中におどりでて、庭箒を振り回し始めた。
「私は夜の掃除人、ららら らん」
そいつはまるっきり彼を無視し、彼の目の前をぴょんぴょんと跳ね回った。
彼はだんだん腹が立ってきた。全く、目が覚めちまう、眠れやしない、こしゃくなチビめ。彼は手を伸ばすとその小さな掃除人を捕まえようとした。
だが、そいつは、ヒラっと体をかわし、突き出された彼の手の甲に飛び乗ると歌い始めた。
「ラララララン、私は掃除が大嫌い・・・・」
「おい、チビ!」
「ラララン ラララン ラン」
「何とか言え、チビ」
 そいつはプーと顔を膨らませると、箒を動かしながら歌った。
「ランララン、私はチビではありません、マーニーという掃除人」
 彼はそのチビが女の子だということにやっと気がついた。
 「やーそれは失礼、マーニー、もっと近くに来てくれないかい」
 赤いマントをはおったマーニーは美人だった。大きな目、ちょっとすました鼻、愛らしい唇、かわいらしい足。
 マーニーはまた彼の鼻の上に止まった。
 「コンチワ・・」
 透き通った声で彼に挨拶をした。
 「何をしてるんだい」
 彼はマーニーが鼻から落っこちないように小さな声でしゃべった。
 「お掃除よ、時間のお掃除」
 マーニーは顔をしかめた。しかめっつらもかわいかった。
「誰のためなの」
 「あたなのためよ・・」
 「なんでだい」
 「わたし朝の王様の召使なの、あなたのために掃除をするのが私の役目」
 マーニーは手を休めていられるのがとても嬉しそうに話をした。
 「いったい、いつから・・・」
 「あなたが生まれて、毎日よ、そのとき私も生まれたの」
 「「じゃあ、同い年だね」
 「そうよ」
 マーニーは答えると、また宙に浮いて立ち止まった。
 彼はあわてて引き止めた。
 「まだいいだろう、本当に掃除が好きなんだねえ」
 「とんでもない・・・」
 マーニーは口をとんがらした。
 「お掃除なんて、したくもない」
 そういいながら、また楽しそうに空中で箒を振り回し始めた。
 「おーい、マーニー、君は何処に住んでいるの」
 「いつもあなたのおそばです、ラララララン」
 「昼間もかい」
 「いいえ、昼間は星の中、私は夜の三時の掃除人 ラララララン」
 「どうしても掃除をしてなきゃいけないのかい」
 「いいえ、あなたが掃除をやめろとおっしゃれば、もうぜんぜんいたしません」
 「それじゃ、やめなさい、しかし僕のそばにいておくれ」
 「ええ、いいわ」
 マーニーは箒を宙に放り出すと、彼の鼻の上に腰掛けた。
 「おばさん、その箒返すわね」
マーニーは闇に呼びかけた。すると真っ黒な太った小人が宙をふわふわと飛んできて、暗闇に浮く箒を捕まえた。
「マーニーちゃん、お幸せに、よかったね、掃除をしないですむんだよ・・・」
「ありがとう、おばさん、王様によろしくね」
太った黒いおばさんは箒を抱えてじゅっと音を立てて消滅した。
「あれは誰なんだい、マーニー」
「親切なおばさんなのよ、昔は私みたいに、人間について掃除をしていたの、でも、その人死んじゃったのよ、だからあのおばさん、真っ黒なのよ」
「僕が死ぬとマーニーもあんなになるのかい」
「そうよ、あなたが死んだらね、私の寿命は一万年、ラララ ラン」
マーニー暗闇で歌った。彼はどきっとした。
「じゃあ、僕よりよほど長生きだね」
「いいえ、今日から、あなたも一万年生きるのよ」
マーニーは微笑んだ
「僕も一万年生きるのかい」
「そうよ、私が時を掃かないから」
 「ところで、マーニー、鼻の上から降りて、僕のそばにおいで」
「ここ、座り心地がいいのよ、キャッキャッキャ」
マーニーは可愛い手で、彼の鼻をなでまわし、赤いマントを脱ぐと、彼の右目にかぶせた。
「おい、マーニー、そんなところに置いちゃだめだよ、マーニー」
マーニーは赤いドレスを着ていた。
「でも、お目目は用がなくなるのよ」
 「なぜだい、お前のかわいい顔が見えなくなっちゃうじゃないか」
 マーニーはそれを聞いて、キャッキャと笑いまわった。鼻の上はマーニーの小さな足跡だらけになった。
「私は闇の掃除人だったのよ、あなたの闇の掃除人、でも、もう掃除はしない、あなたと二人で一万年・・・・」
 彼の部屋には朝になっても光はおとずれなかった。
 暗闇は一日一日とましていく。周りのものは全く見えなくなった。マーニーは歌っている。
「私は本当に幸せなのよ、もう暗闇の掃除をしなくていいの、素敵なご主人さまと一万年・・ラララララン・ラララララン・・」
 真っ黒な墨をながしたような暗闇は彼に重くのしかかり、鼻に寄りかかっている目の前のマーニーの顔さえ闇の黒さで消えかかっている。
 彼は闇の中に両手をさしだし、よろよろとさ迷い歩き始めた。その彼の周りをマーニーがはしゃぎまわって踊っている。
「マーニー、マーニーどこにいるんだい」
 マーニーが彼の鼻の上にとまった。
 マーニーの小さな足の裏が鼻の頭に感じられた。
 彼はそうっと、ベッドに上向けになった。永久の真っ暗闇の中で。
 「マーニー、そのまま動かないでおくれ」

マーニー

マーニー

夜寝ていると、鼻先にかわいい女の子が現れた。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-14

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