寓話〈七色の羽〉
あるところに、一羽のカラスがおりました。カラスは自分が好きではありませんでした。黒い姿、濁った声、雑食の生活。どれもひどく惨めなものに思えてなりませんでした。鳥たちの中で、自分は最も卑しいものだろう、とカラスはいつも思っておりました。
ある日、カラスは他の鳥たちが、どこか遠くに七色の羽を持った、とても美しい鳥がいるという噂をしているのを耳にしました。その姿は宝石のように輝き、その声はせせらぎのように澄んで、どんな鳥もかなわない、と鳥たちは囁き合っていました。カラスはいてもたってもいられなくなりました。もしもそのような鳥がいるのなら、ひと目でいい、会ってみたい。カラスは美しい鳥に会うために、旅に出ることにいたしました。
カラスはまず西へと向かいました。蛇行する川のほとりにサギがいるのを見つけ、カラスはこの辺りに七色の羽を持った美しい鳥はいないかと尋ねました。サギは長い首をもたげてカラスを見てから、ゆっくりと首を横にふりました。カラスはサギの白い姿が羨ましくなって、自分もあなたのように優雅な姿であればよかったのに、と漏らしました。するとサギは答えました。聞いてごらんなさい、私の声はあなたの声よりもずっと濁っている。長いくちばしも脚も、飛び立つときには邪魔になる。私は小さなあなたが羨ましい、と。カラスは驚いて、そんなことはないと答えて、サギに礼を言うと飛び立ちました。
カラスは次に南へ向かいました。海を越えて飛んでいくと、小さな島がいくつも並んでおり、浜辺に小さなクイナがいるのを見つけました。カラスはこの辺りに七色の羽を持った美しい鳥はいないかと尋ねました。クイナはカラスを見ると、珍しいものを見るように目を見開いてから、この辺りにはそんな鳥はいないと答えました。クイナは地面を歩き回るのが得意な鳥です。カラスはクイナの歩き方が羨ましくなって、自分もあなたのように地に足のついた生活ができればよいのに、と漏らしました。するとクイナは答えました。私はあなたのように飛ぶことができません。私は空を自由に飛び回るあなたが羨ましい、と。カラスは驚いて、そんなことはないと答えて、クイナに礼を言うと飛び立ちました。
カラスは次に東に向かいました。大きな木が立ち並ぶ森に差し掛かると、オオタカがネズミを捕えて飛んでいるのを見かけました。カラスはオオタカに、この辺りに七色の羽を持った美しい鳥はいないか、と尋ねました。オオタカは大きな翼を羽ばたかせながら、そんな鳥は見たことがないと答えました。カラスはオオタカの堂々とした姿に感銘を受け、自分もこのような立派な姿であればよかったのに、とつぶやきました。するとオオタカは脚の鉤爪で掴んだネズミをカラスに見せて言いました。私たちはいつも命を奪って生きている。本当はそんなことをせずに静かに暮らすことができればよいのだが、とカラスに告げました。カラスは驚いて、そんなことはないと答えて、オオタカに礼を言うと飛び去りました。
カラスは最後に北に向かうことにしました。ただひたすらに、北へ北へと飛び続けました。途中、南へと渡るタンチョウの群れと出会いましたが、カラスは何も声を掛けずに通り過ぎました。海を越え、広い森を抜け、それが急に途切れると、眼下には寂しい原野が広がっていました。ずっと飛び続けてきたカラスは疲れ切ってしまい、とうとう羽ばたくこともできなくなって地面へ向けてくるくると落ちていきました。カラスの体は凍てついた大地に叩きつけられ、もうそれから動くことはできなくなってしまいました。カラスは片目ですっかり暗くなった空を見上げました。空は凍りついた空気に隔てられて、ひどく遠くに感じられました。ああ、自分はもうここでいのち尽きるのだろう、とカラスは思いました。七色の羽を持った鳥と出会うという願いを果たすこともできず、こんな寂しい場所で、誰にも知られずに虚しくいのちを終えるのだと思うと、カラスは言い知れない哀しみを覚え、涙を一粒こぼしました。こぼれた涙はすぐに小さな氷の塊となって冷たい大地へ落ちました。
暗い空に小さな星がいくつも瞬いておりましたが、急に、その空を横切るように大きな光の帯が現れました。光の帯はぼんやりと淡い光を放ちながら、刻々とその姿を変えていきます。カラスは自分の目を疑いました。この世界にこんなにも美しいものがあったのか、とカラスは思いました。最早動くこともできない体の内に、小さなさざなみが立つのを感じました。カラスの折れた翼に淡い光が映り、ゆらゆらとうごめいています。その色は、光が動くたびに七色に変わるのでした。
やがて光の帯は音もなく消え、あとにはただ、凍った風が吹くばかりとなりました。カラスは静かに目を閉じました。そうして、もう二度と動くことはありませんでした。
〈おわり〉
寓話〈七色の羽〉