*星空文庫

君の声は僕の声  第二章 ─2─

加賀谷樹里  作

君の声は僕の声  第二章 ─2─

危険な少年

(かい)、こっちこっち」

 櫂が談話室に入ると、流芳(りゅうほう)がソファから立ち上がり手を振った。暖炉の前で流芳の他に、ふたりの少年がテーブルを囲んでチェスをしていた。

「これだけ? ほかの奴らは?」
「櫂が遅いからみんな部屋へ帰っちゃったよ」

 流芳が不満げに口を尖らせる。と、そのとき一人の少年が談話室へ入ってきた。

「あっ、杏樹(あんじゅ)

 流芳が少年を呼び止める。
 名前を呼ばれた杏樹がこちらを見た。少女のような名前の通り、色白で華奢な杏樹は本を手にし、神経質そうに眉をひそめて立ち止まった。
 そんな杏樹の様子を瞬時に感じ取った麻柊(ましゅう)は「やめとけ」と、チェスの駒を持つ手を止め、首を横に振っていた。流芳はそれに気づかずに杏樹に駆け寄っていく。

「さっきの話し、みんなにも聞かせて……!」

 流芳が言い終わらぬうちに、「何の話だ」と不愉快そうに杏樹は眉間のしわを深くした。

「仕事の帰りに話してただろう? 歓迎会でさ……」

 流芳が愛想よく笑うと、「そんな話、した覚えはないよ」と睨むように言って、杏樹は部屋から出て行ってしまった。

「だからやめとけって言ったのに。今のあいつは機嫌が悪いぞ」

 顔をしかめて麻柊が言った。

「気にするな、いつものことだよ」

 いきなり睨まれて気持ちの収まらない流芳に、もうひとりの少年、透馬(とうま)がボードを見つめながらそう言うと、長い指に挟んだチェスの駒を置いた。その指の動きに麻柊と流芳の目が吸い寄せられる。透馬の動きは指の先まで品がある。

「寮に戻りながら一緒に話してたんだ。杏樹のアイデア面白そうだったから後で談話室でねって言ったのに……」
「ああ、そういえば寮に帰ってくるときは冗談言って笑ってたな」

 麻柊が、チェスの駒と透馬(とうま)のポーカーフェイスを交互に見ながら言った。それから駒を置くと、透馬を挑発するように満足そうに笑った。

「あいつ仕事のときは黙々と働くし、休憩のときは、自分から話しかけて人を笑わせたりしてるのにな、寮に帰ってくるとああなるかも」

 透馬が平然とチェスの駒を置きながら言うと、麻柊の得意気な顔が曇った。

「ふつう、逆でしょ」

 気を取り直して麻柊が駒をすすめながら、櫂に同意を求めた。返事はない。

「ここにも寮に帰ってから機嫌が悪いやつがいるよ」

 櫂にしかとされ、軽く首を振って麻柊が言う。

 櫂は先ほどからソファに深くもたれ、腕を組み、足をテーブルの上に投げ出したまま黙り込んでいた。

「おーい、(かい)。どうしたんだよ」

 麻柊(ましゅう)が櫂の顔の前で手を振る。

「歓迎会な……必要なくなるかも」

 櫂が表情を変えずにぼそりと言った。

「ええぇ! そんなぁ」

流芳が肩を落として「何で」と、櫂に詰め寄る。チェスをしていた二人も手を止めて櫂に顔を向けた。

「さっきアリサワとタツヒコに会った。どうも、変だね」
「ベッドを用意しておくように言われてたんだろう? 必要なくなったって?」

 チェスの駒を早く置けと催促する麻柊を無視して透馬が訊ねる。

「いや、それはない」
「悩んでるんじゃない? 死亡届にするか……どうするか」

 チェスの駒を挟んだ指を口に当て、チェスボードの自分の駒と相手の駒を交互に見ながら麻柊が言った。

「愛されているんだね、家族に」

 流芳ががっかりしてそのままソファに倒れ込んだ。

「学校へ行かなくていい。仕事もしなくていい。親が食べさせてくれる。いいなぁ」

 麻柊がため息をついて言うと、それを聞いた櫂の表情が険しくなった。

「俺はいやだね。学校も仕事も好きで行ってるわけじゃないが、家に籠っていつまでも親に面倒見てもらうなんてな。親は歳をとるんだぞ。何年、何十年も家ン中に籠ってみろ。本当に幽霊になっちまう」

 吐き捨てるように言って櫂はソファから立ち上がり「歓迎会の準備はもう少し様子をみてからにしよう」と談話室から出て行った。残った三人は座ったまま黙り込んだ。  
 
 麻柊が本気で言ったわけではないこと、櫂がそうと知りながらも言わずにはいられなかったことも、みんなわかっていた。誰もが抱えている苛立ちが時々ふとしたことで噴き出す。どんな言葉も慰めにはならないから、ただ聞き流す。そのうち日常のなかに消えてしまうのだ。

「僕は家にいるよりここの方がずっといい。学校もね」

 流芳がぽつりと言った。
 童顔で小柄な流芳は、他の少年よりもコンプレックスが強い。もとの学校では同級生からもからかわれ、両親からも体が小さいことや勉強ができないことに『家族の恥』とまで言われていたのだ。流芳の両親は喜んで彼を『特別クラス』へ編入した。

「僕だってそうさ。だけどおまえはまだここへ来て一年だけど、櫂はな……」

 透馬が駒を手に取ってボードを見つめたまま言った。

「櫂は……長いの?」

 流芳が二人に向かって遠慮がちに訊ねた。麻柊が俺は知らないと言いたげに透馬に目をやる。

「僕がここへ来たときには、すでに櫂はここにいた。寮の中でも長くいる方だろうな」

 寮には五十三人の少年たちが暮らしている。見た目にはみなほぼ同級生だが、寮に古くからいる者と新参者では、本人の性格にもよるが、接する態度や見る目が違う。お互いに何年いるかなどと話す者はいないが、寮に入って半年もすると、周りの人間関係と、そこでの自分のポジションがそれとなく出来上がってくる。櫂はアリサワにも一目置かれ、寮の少年たちを仕切っていた。

「流芳いる?」

 三人が押し黙っているところへ杏樹(あんじゅ)が顔をのぞかせた。先刻とはうって変わった明るい笑顔に誰もが閉口する。

「おまえ、さっき流芳を睨み付けて出て行ったばかりだろう」

 麻柊がソファから立ち上がり杏樹に噛みついた。すかさず透馬が麻柊を制するようにソファに座らる。

「悪い。さっきから腹の調子が悪くてさ……」

 杏樹の言い訳にムッとした麻柊がまた立ち上がりそうになったので、流芳は「気にするなよ」と、杏樹と麻柊のあいだに入った。流芳は杏樹に笑いかけ、話をしながら談話室を出て行く。

「なんだよ、あいつ謝りもしないで。しかもあんなみえみえの言い訳しやがってさ。よく笑顔で話しかけられるよな。どーゆー神経してんだ? あーもうこんなゲーム止めだ」

 そう言ってチェスの駒をボードへ転がし、ソファに体を投げた。透馬が軽くため息をつき駒を片付け始めた。

 頭の後ろに手を組み、ソファにもたれて透馬が駒を片づけるのをしばらく見ていた麻柊は、体を起こし、一緒に片づけ始めると、流芳が戻ってきた。

「あれ、チェス終わったの? 透馬の勝ち?」
「違うよ」

 麻柊がぶすっとして答えた。

「おまえさ、少しは怒ったほうがいいんじゃないの? おまえがそんなだからあいつはコロコロ、コロコロと態度が変わるんだよ」

「うん。──でも、機嫌の悪いときの杏樹は近寄りがたいけど、ほんとはいい奴なんだ。人の話を自分のことのように聞いてくれるし、いつもは人懐こくて面白い奴だよ」

 流芳が言うと麻柊も、思い当たる。というふうに黙ってしまった。

「そうだね、でも」透馬が声を落として静かに言った。「杏樹には気を付けた方がいい。ここにいる奴らはみんな不安定で、キレるのはよくあることだ。だが、杏樹のキレ方は尋常じゃないときがある。僕たちよりずっと傷が深いのかもしれない。杏樹は、流芳がここへ来る前に、殺傷事件を起こしてるんだ」

「殺傷……事件?」
「ああ、それは俺も知ってる」 
 
 麻柊が声を低くして言った。

「僕の部屋に行こう」

 談話室を見渡して透馬が言った。

『君の声は僕の声  第二章 ─2─』

『君の声は僕の声  第二章 ─2─』 加賀谷樹里  作

陽大のときも、心のときも、杏樹のときも。 ずっとそばにあった『声』 ──僕の声 自分の体に戸惑い疎外感に悩む聡。子供の頃に魔物の森で出会い「賢者の石」をくれた謎の少年と再会するが、少年は自分と同じ『体』だった。少年と共に、隣国の巨大企業KMCを探ることになった聡。そして明らかになる、森の中に眠る遺跡の真実。青い海に沈んだとされる天空の王国。そしてKMCの経営する学園の『特別クラス』で過ごす訳ありの少年たち。その中には気分屋で少年たちを翻弄する杏樹。謎を追いながら五千メートル級の山に迫る少年たち。 孤高の果て『声』に導かれた少年たちが見つけたものとは……!?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-12-07
Copyrighted

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