恋人つなぎ


手を繋いでいると手汗をかいてしまう。
嫌だなあ、と思いながら何も繋いでない方の手で前髪をかきあげ、目の前に広がる絶景に目を細めた。

ここはビルの屋上。たくさんの建物や米粒みたいな人、車が行き交う様子がとても綺麗に見える場所だ。
神様になった気分で、屋上から地上を観察していると自分たちと同じように手を繋ぐ人を何人も見つけた。

「なんで手なんか繋いでんだろーね」

強い風が吹いて、せっかく整えた髪の毛が暴れた。また、何も繋いでない手で髪を整えていると、手を繋いでいる相手から答えが返ってきた。

「恋してるからだろ」

ちらりと視線をやると、彼は首は曲げずに、目だけで下の様子を見ているように見えた。実際は何も見てないのかもしれない。
視線を再び地上に戻す。どんな人混みでも手を離さない2人を見つけた。あの2人は恋をしているのだろうか。

「恋って何」

手を離せば、もっと早く歩けるのに。
人にぶつかりそうになることも避けれるのに。
手汗の心配もしなくていいのに。

なかなか返事が帰ってこなかったから、横を見ると、相手はこっちを見ていた。目の中に自分が映りそうなほど澄んでいる。

「教えてやろうか」

ようやく口を開いたと思えばどこか苛立たしげで早口だった。
頷くと、彼は繋いでいた手を離した。
いとも簡単に手は離れていく。
解放された手は汗でじんわり滲んでいて、冷たい風を体のどこよりも敏感に感じ取った。
彼は手をズボンのポケットに入れた。

「じゃあ、今から呑気に手繋いで歩いてる2人の手を引き裂いてやるから、2人がどうなるかよく見とけよ」
「うん、おっけー」

彼はポケットから手を出して、仲良さげに歩くカップルに手を向けた。そして1の指を作り、2人の間に線を引くように指を下ろした。
2人は、そっと手を離した。どちらかが振りほどくわけでもなく、剥がれるように、手が離れていった。
それでも横らならびに歩き続ける。
しばらくその様子を眺めて見たが、これで『恋』がなんなのかわかるわけもなかった。2人を引き裂いた彼に目を向けると、冷たい目でいつまでもその2人を目で追っていた。

「わかんないや」
「そうか。」

彼はまた2人に掌を向けて、2人を包み込むように手を握った。空をスライドして、その手がポケットの中へ戻ったときにはもう2人は手を繋いでいた。

「あの2人、お互いが手繋いでるように見えるだろ」
「うん」
「でも簡単に離れただろ」
「うん」
「それはどっちかが、一方的にただ相手の手を握っていただけだったんだよ。もしくは掴んでいたか。」
「うん」
「だから、あれだ。繋いでいるか繋ぎあっているか、繋がれているかなんて見ただけじゃわかんねえってことだ」
「うん」
「お前、俺と手繋ぐの嫌だった?」
「うん」

なんとなく分かりそうだったのに、話が逸れてしまった。彼はそれ以上何も言わなくなった。また、地上の手を繋ぐ人たちをぼんやり眺めている。
見ただけでは『恋』とは何かわからないということだろうか。

もっと彼と恋の話をしたかった。

「あれが恋なら、とても綺麗」

離れていった手は手汗とか、動きにくさとか、引き剥がされることとか何も気にしていない風に見えたから。そんなこと有り得ないから考える必要もないと思っているように見えた。

そっと手を掴まれた。そして、指を絡め取られ、強く握られる。
鎖みたいと言おうとして、やめた。
手汗なんて、誰でもかくものだ。
今度は簡単に剥がれないように、同じ力で手を握り返してみた。

恋人つなぎ

恋人つなぎ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-04

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