31

キスをするふりをして恋人の乾いた唇の皮を剥いた。前歯の2ミリの隙間から夕陽に照らされた真っ赤な逆さ富士が見える。ルドンの絵のような目が大量に山の周りを囲って、こちらを凝視していた。恋人の頰に手を当てると、振り解かれて、怒る。私の不満を彼が語る。父親によく似ている背中の丸さでどこへでも鉄道は飛んでいく。ひまわりが咲いていた頃、私はまだ言葉を話せず見る全てと会話することができた。おしゃべりで有名だった、ある日でも、父親の白いシャツについた赤い口紅の香りを蝶々に教えてしまった。野次馬の虫、彼女に会いにいった。蝶は自分の鱗粉を与え、彼女は一滴の甘い甘い蜜を与えた。彼女の深奥に触れて甘い蜜を得る代わりに蝶の鱗粉を飲み干してから父親は海から出たクラゲになってしまった。その頃にはもう言葉を覚えてしまった。言葉は誰にも渡せなかった。クラゲと会話することができなかった。母親が私を妊娠したというから、お腹に耳を当てて潮音を聞くイソギンチャクの中で生きるクマノミは誰よりも黒いおのれの体を愛していた。

31

31

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-12-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted