第8話-10
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巨体は水の中に立っていた。
有機体と鉄分子の融合した単細胞生物から進化したジュヴィラ人は、平均身長が50メートルを越え、機械で構築されたその肉体には、鋼鉄の心臓、内蔵などが収まり、まさしく巨大な動くロボットのような種族であった。
しかし紛れもなく彼ら種族は生命体として生きていた。鋼鉄と油にまみれた肉体の中にアストラルソウルを抱えている。
水の膜で覆われた50メートルの巨人は、足の裏を硬化した水分子の上に起き、空気で充満した膜の内側で、水に触れることなく、海中で生存していた。
その周囲をティーフェ族議会の議員たちが浮遊しながら取り囲み、瞼のない黒く大きな眼は、厳しく巨体を睨みつけていた。
ここはボバハ星系第4惑星ヒフホ。ティーフェ族の首星にある議会場だ。
もちろん124人の書く部族の代表が集まり、ビザンもジェフフォ族の代表としてその場に居合わせていた。
議会場の中央に立っているのはジュヴェラ人の惑星ヒフホ在中大使のビフォーラであった。大使になって人間の年数に換算すると5年目を迎え、最近、頻発する紛争やジェフフォ族への攻撃などにより、厳しい立場に立たされていた。
元々はジュヴィラ人の中でも名門と呼ばれる家系の出身であり、大使としての手腕も申し分ない人物ではあるのだが、肝心の彼の意思とは関係のないところで、本国宙域よりの攻撃が行われることは、彼としても非常に困惑する状況にあった。
今回の攻撃により多くの死者を出したことも承知しており、この場にいること自体、その機械の身体が凍るような思いであった。
「再三の交渉依頼を行い、大使ともどれだけ話し合いをしたかもわからない。それだけワシはこの件について、非常に悩んでいる」
開口したのはデガタ議長であった。5000歳を超える議長は凛然と大使に向かって、水を伝わる言葉を投げかける。それが大使を包む膜に伝わり、膜から空気に伝わって、議長の残念な声色が伝わった。
「もちろん、我がジュヴィラ人が全面的に賠償いたします。亡くなられた方のご家族や破壊された街の復興に、我が宙域から人材を派遣いたします。ですので何卒、間違った判断だけはおやめください」
ビフォーラの言葉は逆に空気から水を伝わり、議会場全域に機械的な彼の声が伝わった。明らかに不安定で、緊張しているのは明白である。
事実、心中では機械の心臓の鼓動が激しく脈動するかのように、不安感が波打っていた。
議長は大使の言葉に頭を軽く横に振って悩んだ様子になった。
「バスガリーガ首相とデルガイア総裁との派閥争いがあなた方の種族で激化しているのはわかります。デルガイア総裁が軍部と癒着した結果、このような事態を招いているのも理解している。しかしこのような事態を招いた責任を首相が取るべきではないのかね? デルガイア総裁の派閥は大きくなる一方と聞いている。軍部を巻き込み、このままではワシ等の宙域へ攻め込んでくるのではないかね?」
珍しくデガタ議長は厳しい言葉を水に吐いた。
「そのようなことは消してありません。断言いたします。首相もこの件を直ちに収束すべく動いておりますので、何卒、誤った判断だけはなさらぬよう、お願いいたします」
誤った判断だと。それをしているのはお前たちではないか。大使の言葉を聞き、憤慨を心の中に叫び上げたビザンは、厳しい憤怒の赤色を顔に上らせる。
彼ばかりではない。124人の部族代表も、皆が赤く顔を染めていた。まるで怒りが水の中には波紋を広げるように。
それから大使は幾度も事態は解決の方向に向かっていると、機械の口を動かして議長へ説明した。
しかしデガタ議長は明らかに不信感を拭うことができず、この日の公聴会は終了した。
公聴会終了後、代表たちがそれぞれの惑星へ高速水流で帰還する中、ビザンだけが議会場の地下に設置された白い色のついた水分子で構築された議長の執務室へ呼ばれた。
泳いで執務室の水の白い膜を通り抜けると、そこには浮遊する議長と対峙する形で、水分子が形成する巨大な頭部があった。ホログラムと同じ、水分子が形作るその顔はジュヴィラ人最高責任者にして、ジュヴィラ人の公正な選挙で選ばれたバスガリーガ首相の顔であった。
両種族の最高責任者が顔を会わせ会談していた。
「議長、私が入ってもよろしいのですか」
疑問と戸惑いを口にするビザンを、議長は笑顔で頷いて迎え入れた。
「わたしが君を読んでほしいと頼んだのだ」
水のホログラムが口走る。
巨大な水の頭部がビザンの方を向く。
「幾度も君の部族への攻撃を行い、たくさんの犠牲者を出したこと、お詫びする。この通りだ。今、デルガイア派閥の粛清を開始した。明日には派閥は消え、デルガイアは反逆罪で処罰されるだろう。これで両種族の関係は正常なものになるとは思わない。最善の方法で君の惑星には、報いるつもりだ」
まさか巨大グレートウォールにまたがり反映するジュヴィラ人の首相が自分に頭を下げるとは思わず、驚きの青と恐れ多い青が入り混じった顔色になるビザン。
これを助けるようにデガタ議長は微笑んだ。
「これで君も心置きなく海洋学の研究に勤しむことができるではないか」
あまりの唐突のことに笑顔すら見せられないビザンであった。
だが、事態が最悪へ急変したのは、その直後であった。
第8話-11へ続く
第8話-10