熊の青い茸

熊の青い茸

茸不思議小説です。ちょっと笑ってください。縦書きでお読みください

 秋のある日の朝まだ早く、まだ薄暗くあたりがやっと見える頃のことである。
 東北のある町の山の中で、またぎの男が、大きな熊が青い茸を咥え、棲家に戻るのを目にした。穴の中には子供がいるのだろうか。
 離れた藪の中から見ていると、熊はすぐに穴から出てきて、今帰って来た林の中に戻っていく。どこに行くのだろう。またぎは熊の後をつけるべきかちょっと迷ったが、そのまま穴を見張っていた。するとほんの十分ほどで青い茸を咥えて戻ってきた。熊は巣穴にはいると、すぐ出てきてまた林の中に入っていった。
 熊はもう七、八回は青い茸を咥えてきただろう。子どもはいてもせいぜい二頭だし、この頃には母熊に一緒にくっついていくくらいの大きさに育っているはずである。何のために何度も茸を運んでくるのだろう。
 また茸を採りにいった。すると驚いたことに、巣穴から男の子が出てきた。熊の子供ではない、人間の子供が出てきたのだ。まだ四、五歳ほどであろう、青い茸を手に持って、切り株に腰掛けて食べ始めた。青い半ズボンに、白いポロシャツを着ている。薄汚れた感じがしない。
  美味しそうに青い茸をほおばると、くちゃくちゃと噛んだ。
 なぜ熊と子供が一緒にいるのだろう。危害をくわえていないところをみると、熊が自分の子供と勘違いをしているのだろうか。
 熊が戻らないうちに、男の子を助けなければと、またぎが前にでようとした。しかしその時にはすでに熊が林の中から顔を出した。
 男の子がパパと言っている。熊は雄なのだろうか。
 熊が男の子を見ると嬉しそうに小走りになり、傍によると青い茸を渡した。
 男の子は青い茸をもらうと、熊の後をついて穴の中に入っていった。
 またぎは唖然としてしまった。こんなことがあるだろうか。
 その後しばらく見ていたのだが、熊も子供も外に出てこない。
 青い茸は見かけない茸である。松茸が傘を開いたような形をしており、ずいぶん大きい。またぎは経験が豊富だ。食べられる茸も毒の茸も知り尽くしている。またぎはあまり不思議そうな顔をしていない。知っているのだろうか。
 またぎは脇に廻ると、そろりそろりと穴の入口に近づいた。穴はかなり深いらしく、奥の方からくちゃくちゃという子供が茸を噛んでいる音がかすかに聞こえる。またぎは耳もいい。
 ふーっと、臭ってきた香りがある。甘い飴の匂いだ。それが茸の匂いかどうかわからないが、子供が好きそうだ。
 またぎは静かに穴から離れると、熊が青い茸を咥えてきた林の中に歩きだした。この匂いを覚えておけば、青い茸の生えている場所が見つかる。
 熊が青い茸を咥えて戻ってくるのにさほどかからなかった。ということは近いところに生えているのだろう。
 またぎは林の下草を見ながら歩いた。熊が通った跡は草が倒れていたりして、道をたどるのは以外と簡単だ。林の中を下って行くと、泉の湧いているところに出た。綺麗なところで、辺にはいろいろな茸が生えている。きっとこのあたりだと思ったのだが、歩き回っても見当たらない。
 泉の後ろの斜面に大きな羊歯の生い茂っているところが目に入った。またぎが登ってみると、羊歯に隠れて大きな穴がある。穴のなかからあの飴のような甘い匂いが漂ってくる。この中だ。青い茸が生えていることはたしかだ。しかし、もし別の熊がいるとあぶない。またぎは穴にはいるのを躊躇した。
 そのとき、がさがさと草を掻き分ける音がした。熊の歩く音だ。またぎはあわてて木の陰に隠れた。
 間髪をいれず、あの熊が泉の広場に顔をだした。熊はゆっくりと泉を回ると、斜面をあがり、羊歯の覆っている穴の中に入っていった。あまり時を経ずに、熊は青い茸を咥えて出てきた。今度はゆったりと歩いて、元来た道を戻っていった。それを見ていたまたぎはあわてて穴の中に飛び込んだ。
 中に入って驚いた。ずいぶん広い洞窟で、床は石になっていた。中はむーっと蒸し暑くかなり湿度が高い。ところどころ石の凹みに水も溜まっていた。
 奥に入っていくと、甘い匂いと熊の糞の匂いがしてきた。またぎは熊の糞をよく知っている。やっぱり糞がたくさん溜まっていた。その糞の上に青い茸が生えている。子供の茸もたくさん顔を出している。大きくなったものとは違い、ずい分細くて小さな茸だ。熊の糞はこんな小さな青い茸をあんなに大きく育てる。
 また熊が戻ってくると危険だ。またぎは青い茸を二本採ると、あわてて穴からでた。そのとき、また草をかき分ける音がした。またぎは間一髪、斜面から反対側に降りると、迂回して子供のいる熊の棲家に戻った。
 熊の穴の近くまでくるとまた驚いた。穴の外で女の子が切り株に腰掛けて足をぶらぶらさせている。熊が戻らない間に、女の子に近づこうと思っているところに、もう熊が帰ってきた。
 女の子は熊の方に走っていく。
「ぱぱ」
 女の子は青い茸を食べながら、熊の片方の耳を片手でつかんで、一緒に穴の中に入っていった。
 なんてことだろうか、この熊の穴の中には何人の子供が入っているのだろう。とても一人では対処できない。とりあえず、里に下りて交番にでも届けなければいけない。
 またぎの男は山を一つ越え、町中に降りていった。
 町の中は特別変わった様子もなく、人々は行き来し、商店街はそれなりのにぎわいをしている。今またぎが目にしてきた光景とはかけ離れた世界だ。
 またぎは銃をカバーで覆うと交番を探して歩いた。交番はほどなく見つかった。中を覗くとお巡りさんが一人、机の上で書類書きをしている。
 交番に入ろうと入口の案内板を見てまたぎは驚いた。あの熊の穴からでてきた青い半ズボンをはいた男の子の写真が張ってあり、行方不明になっていることが書かれている。いなくなって一月近いようだ。
 あわててまたぎは交番の中に入った。中のお巡りさんが緊張して、立ち上がった。髭面の大男が、銃のようものを担いで入ってきたからだ。今の世にまたぎは少ない。このまたぎはまたぎらしい格好をしていたのだが、若いお巡りさんが知らなかったのも無理はない。不審者と思ったようだ。
 「なんかね」
 お巡りさんがうわずった声を出したのとは対照的に、またぎの男は、「すんません、外に張ってある男の子を見たので」と、以外と落ち着いて話したものだから、お巡りさんはちょっと逆にあわてた。
 「え、あの、男の子をかね、そりゃ大変だ、それでどこで見ましたか」
 「山一つ超えたところにいました」
 「そ、それで、なぜ連れてこなかったのかね」
 「へえ、熊がおったで」
 それをきいて、お巡りさんはさらにあわてた。
 「ちょっと、待ってくれ」
 電話の受話器をはずした。
 「座っていいかね」
 またぎが聞いたので、あわてて、「あ、ど、どうぞ」と椅子を勧めた。
 電話がつながり、本署の部長がでた。
 「報告します。行方不明の男の子が見つかりました。目撃者がここに来ています」
 「それは誰だね」と、部長に聞かれている。お巡りさんはまたぎの男の名前もまだ聞いていなかった。
 「名前はなんというのですか」
 「わしかね」
 「ええ」
 「澤田権造というまたぎで」
 「部長、澤田権造さんというまたぎだそうです」
 「もう刑事を二人そちらに行かせたから、すぐ着くと思う、よく聞いておいてくれ」
 お巡りさんは電話をおいて、またぎに声をかけた。
 「今、刑事さんが来るので、詳しく話してください、子供は元気だったのですか」
 「へえ、熊から茸もらって食ってました」
 お巡りさんは、なんだか疑い始めた。いい加減なことを言ってるんじゃないだろうかと。
 「熊と仲がよかったなんて信じられないが」
 「わしも、そうだよ、でも、ほんとなんだ、あの男の子はこの町の子供かね」
 「ああ、市長の孫でね、誘拐だと大騒ぎだったが、身代金の連絡もないし、売られちまったのじゃないかと、心配していたんだ」
 「この町には熊はでねえのかね」
 「熊がでた話はないね、猪はあるが」
 その時、サイレンをならしたパトカーが交番に横付けにされた。
 刑事が二人降りてくると、交番に飛び込んできた。
 またぎに大きな声で尋ねた。
 「子供はすぐ助け出さないと、危ない状態かね」
 「いや、大丈夫だと思うよ」
 「それなら、警察署に来て詳しく話してはもらえませんか」 
 「いいよ、だが、その前に、腹が減ってるんで、どこかで何か食べたいが」
 「それじゃ、警察署で何かとりますよ」
 こうして、またぎの男、澤田権造さんは警察署に連れて行かれた。
 パトカーが交番に横付けになったので、何事かと人が集まっている。そこに髭面の男がパトカーに乗ったので、何の犯人かと噂話をしている。
 パトカーがでると、残ったお巡りさんに近所の人が聞いている。
 「行方不明の男の子の目撃者だよ」
 だが誰も発見を喜んでいる様子がない。市長の人気はこんなものなのだろう。

 警察署でカツ丼を食べながら、またぎの権造さんは見た通りの話をしていた。
 「子供が熊からもらった茸というのは、何だったかわかるかね」
 またぎは首を横に振った。
 「いや、始めて見たね、それで、どこにあるのか熊の後をついていったら、大きな洞窟に生えていたよ、しかも熊のクソから生えてたんだ」
 思い出したまたぎは上着のポケットから、青い茸を一本取り出した。
 「採ってきたんだね」
 「ああ」
 「これ、もらっていいかね、なにの茸か調べるから」
 「いいよ」
 またぎは結構うまいカツ丼だと思いながら、もう一つ持っていることは言わなかった。
 「猟師を集めて、子どもを救い出しにいこうと思うが、一緒に来てくれませんかね」
 「そりゃいいが、男の子だけじゃねえよ、女の子もいたよ、それに猟師じゃすくいだせないね」
 それをきいた刑事たちはびっくりした。
 「澤田さん、なぜそれを早くいわないんだ」
 とせめたのだが、またぎは、
 「市長の子供のことばかりきかれたんで、言いそびれていたんでさ、もしかすると、穴の中にはもっといるかもしれねえ」
 それを聞いた刑事は大急ぎで、行方不明の子供のリストを取り寄せた。とりあえず、同県のものだけであったが、なんと六人もいる。
 写真を見せられたまたぎはその中から女の子をみつけた。
 「ほー、この子はかなりはなれた町でいなくなった子だ、ただ東京からじいちゃんばあちゃんの家に遊びに来ていていなくなった」
 「どこですかね、地図がありますかね」
 またぎの前に地図が広げられた。熊を見たところから、反対の山をいくつか越えるとその町になる。
 「遠かねえよ、熊の行動範囲だろう、熊のいるところから十キロだろう」
 「何で、熊は子供を集めたんだ」
 「食うためだろう」
 刑事の一人が恐ろしいことを言った。
 「またぎさんが見た二人の子供を食われる前に救い出さなければならんな」
 警察署長も顔を出してそんなことをいった。市長の子供ということもあって、お偉方が集まってきた。
 「澤田さん、熊を穴からおびき寄せて、子供を救うことができるだろうかね」
 「普通ならできるだろうけどね、あの熊に子供が懐いているんでどうなるかねえ、それに、子供が何人穴の中にいるのか調べてみなきゃな」
 「どうしたらいいかね」
 「まず、何人かで穴のところを一週間ほど見張っているのがいいんじゃねえですかね」
 「確かに、それに狙撃の警察官を配置しておく必要があるな」
 「狙撃の人は、熊の撃ち方しっとるかね」
 「さあ、どうかわからんな、猟友会の人にも頼むか、澤田さんも手伝ってくれるでしょう、手間賃は出しますよ」
 「そりゃあいいけど、ともかく穴の中に何人子供がいるのか、調べるのが大事だね、市長の子供だけ助かったんじゃ、市長さんどうしょうもなくなるね、それに今新聞社に騒がれると、町の人が見に来て大変だよ、マスコミには言わんこった」
 またぎは繰り返した。
 刑事はそれを聞くと、はっとした。
 こうして警察は総勢十人の熊の討伐隊を形成して、またぎの案内で熊の穴の見えるところに陣を張った。
 朝になると熊が穴から鼻先を突き出したのだが、フスフスと鼻を鳴らすと、引っ込んでしまった。
 見ていたまたぎが、
 「熊の奴、何かおかしいということに気が付いたみたいだな」と、周りに言った。
 「それじゃ、計画はもう失敗かね」
 刑事さんが困った顔をした。
 そのとき、子供が一人、穴から出てきた。例の青い半ズボンをはいた市長の孫だ。
 警官が飛び出そうとするのをまたぎが押さえつけた。
 子供の後ろから熊が出てきた。
 「ほら、今飛び出したら、子供を熊がくっちゃうよ、あぶないところだ」
 男の子が切り株の上に腰掛けると、熊はその後ろにしゃがんだ。子供に当たるので、銃を打つわけには行かない。
 見ていると穴の中から、女の子が出てきた。するとさらに男の子が二人、女の子が二人も穴から出てきて、熊の周りを取り囲んだ。
 熊を子供たちが守っているようなかたちになった。
 刑事の一人が「みんな、行方不明の子ばっかりじゃないか、それにしても子供たちは何をやっているんだ」とうなった。
 写真担当の警察官は望遠レンズで熊と子供たちの写真を撮った。それはすぐに警察本部に転送された。
 指揮をとっている刑事は、写真を外に出さないように本部に電話している。テレビで放映されたりすると、とたんに新聞社のヘリコプターは飛ぶし、野次馬は集まるし、子供の命なんてどっかにいってしまう。
 見ていると熊が子供に囲まれて、のそのそと歩きだした。
 「どこにいくんだ」
 刑事がまたぎに向かって小さな声で言った。
 「あいつら、青い茸の生えている洞窟に行くんだろう」
 「ついていくことはできるかね」
 「ああ、ただ、三人位までだね、大勢だと気づかれてしまう」
 「銃はわしにまかせておいてくれ、だから刑事さん一人と、撮影している人一人でいいだよ、だけど音をたてんなよ」
 「そうか、それじゃ俺ともう一人だ」と、カメラを持っている警察官を指さした。
 刑事と警察官はまたぎの案内で洞窟のあるところに先回りした。草陰で待っていると、すぐに子供に囲まれて熊がやってきた。警察官はビデオを回している。
 熊は泉の周りを回ると、羊歯に覆われた穴の中に入っていった。しばらくすると、子供たちが両手に青い茸を持って穴から出てきた。入口で熊が出てくるのを待っている様子だ。
 熊も青い茸を数本咥えると穴から出てきた。子供たちが熊の周りを取り囲んで、来たところを戻っていく。
 またぎたちは皆が見張っているところに戻った。ちょっと遅れて熊たちも熊の穴に戻ってきた。
 「どうでした」
 残っていた刑事が一緒に行った刑事に聞いている。
 「いや、いつも子供が熊を守っている、これでは迂闊に銃は使えない、何で子供は熊に操られているんだ」
 またぎが口をはさんだ。
 「あの青い茸じゃねえかね」
 それを聞いた刑事は本部に電話をして、青い茸を科学調査部にわたしたのか聞いていた。
 「あの茸の正体がわからないそうだ、東京の科学博物館にもサンプルを送ってあるそうだ」
 「さて、これからどうしますかね」
 「あの子供たちにお菓子や果物、パンを届けてやろう」
 刑事が言うと、またぎは「熊にも好物の鮭などをとどけて、ならすといいかもしんねえな」
 と言い添えた。
 「たしかに、子供の好物と、熊の好物を離れたところに並べて、それぞれのところに行ったときに、熊をしとめればいい、それはいい考えだ」
 ということで、次の日、子供用の食べ物と、熊の食べ物、鮭や肉を用意して、熊の穴からちょっと離れたところに、右と左に分けて置いた。
 しばらくすると、熊が鼻をひくひくさせて顔をのぞかせた。食べ物が置かれているのがわかったようだ。
 「ほら、でてくるぞ、熊の餌の方に鉄砲を向けておいてくださいよ」
 刑事がまたぎに言った。
 最初にでてきたのは、男の子だった。すぐに女の子がでてきて、ぞろぞろと、子供がでてきた。
 子供が巣穴の前に並ぶと、後ろから熊がのそりと顔を現した。熊は子供たちの後ろでおちゃんこをした。
 「これじゃ撃てないね」
 「もうすぐ、熊は熊の餌の方にいくさ」
 ところが、男の子たちが熊の餌のところに行くと、肉やら、果物やらを抱えて、穴の中に入っていった。
 男の子たちは熊の餌を穴においてきたとみえて、また出てきて熊の前に立った。と、今度は女の子が子供たちのためのお菓子やら、飲み物などを取りにくると、抱えて穴の中に入った。
 これだととても熊を射止めることはできない。
 「なぜ、子供たちは熊の言いなりになっているのかね」
 「熊が好きなんだな、一緒に住んでいる人間より」
 またぎがいった。
 女の子がお菓子を巣穴の中に置いて出てきた。子供たちがそろうと、その中の男の子一人と、女の子一人が熊に手を振って、
 「ばいばい、またね」
 そう言って前に向かって歩きだした。
 二人の子供は猟師や警察官が隠れている茂みの方に歩いてくる。
 二人の子供はお巡りさんをみつけると、
 「やっぱりいた、ただいま」と言った。
 熊を射止めることはできなかったが、ともかく二人無事に帰ってきたのである。
 警察でその二人が言うには、熊はパパのようにとっても頼もしくて、優しかったとのことである。一週間に一度好きな餌を持ってくれば、子供を帰してくれると言った。
 「熊はどんなものが好きなのかね」
 「あの熊さんは甘党なんだよ、蜂蜜とか甘い果物とか好きなんだって」
 「みんなは何を食べていたんだい」
 「青い茸、美味しいんだ、あんなに美味しい食べ物はないよ、本当は、もっと熊さんと一緒にいたかったんだ」
 その二人の子供は親元に無事に返された。
 市長から自分の孫を早く助け出せ、と命令が下ったがこればかりはどうしようもない。まだかなりかかりそうだ。
 それで一週間後、再び蜂蜜やら果物やら、子供のお菓子やらを山盛り、巣穴の前に用意した。
 今度も同じように、食べ物を子供たちが穴の中に運び込み、二人の子供が帰ってきた。一週間後、同じようにおいしい蜂蜜などを用意したのだが、女の子が一人帰ってきただけで、あの青い半ズボンをはいた市長の孫は戻ってこなかった。
 「どうしてなのかね」
 刑事さんがまたぎに尋ねたが、またぎとてわかるはずはない。
 一人で戻された女の子が「あの子、家に帰りたくないって言ってたよ」と、刑事さんに話した。
 それを市長に伝えると、「そんなことは嘘だ」と、警察が怒られたが、警察署長は頭を抱えるばかりである。
 ともかく、また一週間後に食べ物を運んだ。
 しかし子供も熊もでてこなかった。とうとう次の朝まで待っても出てこなかった。
 「権造さん、どういうことだろうか」刑事さんはともかくまたぎを頼りにするようになっていた。それしかないからである。
 「わかんねえな、巣穴に入ってみるか」
 「だが、子供に何かあると大変だ」
 「ちょっとのぞいてみるか」
 さすがにまたぎは慣れている。そうっと穴の入り口に近づくと、中の様子をうかがった。中に生き物がいるのは確かである。
 またぎは藪に隠れている警察官に、こっちに来るなという合図をした。
 そのとき青いズボンをはいた男の子が青い茸をくちゃくちゃ噛みながら奥から出てきた。
 後から熊がでてくると危ない、そう思ったまたぎはあわてて離れると、一番近い茂みの中に身を隠した。
 市長の孫は出てくると、茂みに向かって手を振った。そのまま歩いてくる。
 またぎの近くに来たとき、またぎはあわてて子供を横に抱えると、みんなのいるところに連れてきた。
 「よくやった」
 みんなが拍手をした。
 またぎは拍手の意味はわからなかったが、ともかく子供が無事でよかったと思った。
 「熊はどうしたの」
 刑事さんが市長の孫に聞いた。
 「知らない、帰りなさいって言われた、それで出てきたんだ、帰りたくなかったけど、熊さんこれから用事があるんだって」
 子供は熊の言葉が分かるようになっている。
 「どうして、熊と話ができたんだい」
 「この青い茸を食べたら、熊の言うことがわかったんだ」
 そんな話をしていると、猟友会の何人かが穴の中に突入した。
 「あ、そんなことしちゃだめだ」
 またぎは止めようと大声を出した。
 猟友会の男たちは穴の中に走ってはいると、発煙筒を中に投げ込んだ。すると、中から男たちに発煙筒が投げ返されただけではなく、熊の糞がたっぷりと、べっちゃりなげつけられ、猟友会のメンバーは糞だらけになった。
 「だから言っただろうに」
 「あわてるからいかんのだよ、じっくり腰を落ち着けて、出てくるのを待てばいいものを」
 またぎはちょっとばかり笑った。
 それで、それからずーっと、それこそ一月ほど、誰かが穴を見張っていたが、熊は出てこなかった。
 「冬眠しちまったんじゃないか」
 「いぶしだしちまおう」
 猟友会のメンバーが穴の前で大々的なたき火をして、煙を穴に導いたのだが、熊は出てこなかった。そんな次の日、みんなで穴に入っていった。
 ところが熊はいないどころか、穴はどこまでも続いていて、三十分も歩いたのだが、外に出ることができなかった。行き着いたところは、三つの穴に分かれるところだった。一体どこに行くのか分からないほど長い穴だ。
 それでその日は戻り、改めて調査隊を組んで穴を調べた結果、二つの穴は隣の県の山の中腹に出て、もう一つはずいぶん離れたところの湖の畔に出た。
 熊はとっくに、どこかに行ってしまったのである。
 ともかく子供は無事であり、不思議な出来事として、テレビにもとり上げられた。それに子供を誘拐した熊の目的が何だったのか議論されたが、結論はでず、ただ、とても進化した頭のいい熊であるという、ある研究者の意見でみんなの気持ちも落ち着いた。もしかすると、新しい種類かもしれないということになった。
 しかしそんな話も一月すると忘れられた。
 あの青い茸の正体も分からないということが分かった。とても滋養に富んだ茸であり、子供が好む成分がたくさん入っているということである。
 あの後、またぎは一人で茸の生えている洞窟に行って、生えていた茸をすべてとってしまった。それを乾燥させて大事にもっている。
 またぎは警察から表彰され、市長からは謝礼をもらうは、週刊誌にはのるは、かなりの有名人になった。こうしてまたぎは自分の家がある信州に帰った。

 そういったことも忘れられた、二年後である。夏ももう終わろうとする頃になって、北海道で子供の誘拐があいついだ、テレビでは、凶悪な犯人が潜んでいるから、子供の外出は控えるようにと騒いでいる。それを見たまたぎの権造さんはしらけた目で、テレビの報道を見ている。彼はすぐに北海道の警察に電話を入れ、東北での出来事を話したのである。
 すると、すぐさま権造さんに北海道まで来てほしいと要請された。
 北海道の警察にいくと、あのときの東北の刑事さん二人がすでに来ていた。権造さんの話を聞いた北海道警察がすぐに東北の警察署に連絡をしたのだ。
 「また会いましたな、澤田さん、あの時はおかげさまで助かりました。今回もよろしくお願いしますね、だけど熊でしょうかな」
 二人の刑事が愛想良くまたぎに挨拶した。
 権造さんは北海道の刑事さんたちに東北での事件の詳細な話をした。
 「確かにその事件と、北海道での子供の行方不明が似ていますな、この町の町長の孫がやはり行方不明者に含まれていますよ」
 「ほー、熊が町長の孫と知って誘拐したのですかな」
 東北の刑事が不思議そうにつぶやいた。
 「熊は頭がええからね」
 「六人の子供に関しては、情報が全くなくて困ってるんですよ、どうしたらいいでしょうね」
 北海道の刑事が本当に困ったという顔をしている。
 「まんず、その熊がいるかどうか、調べにゃならんね」
 「ハンターたちを集めましょう」
 北海道の刑事が言うと、またぎは反対した。
 「いんや、熊を驚かせちゃ何ねえ、かまわなければ、おらがまず探すでよ」
 「そりゃあ助かりますが、北海道の山は深いし広いけど、一人だと時間がかかりませんかね」
 「前の時には市長の孫が誘拐されたが、その市の山にいたから、きっとその町長の町のどこかの山だべ」
 「そうかもしれないな」
 東北の刑事が相槌をうった。
 「その町はどこかね」
 「ここから、電車で二時間ほど行ったとこだよ」
 北海道の刑事はその町の名前を言った。東北の二人の刑事はその名前を聞くと「私たちも同行しましょう、経験者がいた方がいいでしょう」と積極的になった。
 「お願いできますか、本庁からも一人刑事を行かせます、町の警察は小さいものですから、その刑事に指揮をさせます」
 東北の刑事の顔がほころんだ、なにしろ、その町は有名な温泉の町だったからだ。
 またぎもその町の名前は知っていた。
 次の日、またぎと刑事は警察の車でその町に行った。町長にも話が伝わっていたとみえて、町の警察署長と一緒にまたぎたちを出迎えた。
 「よろしくお願いします」
 署長も町長も低姿勢である。
 「刑事さんお二人と、澤田さんの宿は、近くにとってありますので、会議の後で案内します」
 会議ではまたぎの権造が熊の居所を突き止めたら、すぐに人を集めることのできる体制を作るという結論になった。
 澤田さんは一言、「熊の好物も用意しておいてくれ」と言った。
 権造は町の地図を渡され、山の様子を調べた。きっと茸が生えやすい条件のところだろうとふんで、その日の午後から食料を背負って山に入った。もう北海道はかなり寒い。
 「きっと、熊としても、人に見つけてもらいてえだろうから、そんなに深くには入ってねえだろう」
 またぎはそこそこ日が当たり、隠れるのによい林のある斜面を探して歩いた。
 二日目の朝である。思った通りのところに、熊の穴らしきものを見つけた。
 熊の匂いがする。そこに陣取って見ていると、男の子が出てきて、熊が出てきた。熊は林の中に入っていく。またどこかで青い茸を栽培しているに違いない。この隙に男の子を助け出すことができるかもしれないが、帰ってきた熊が、男の子がいなくなったのを知って、他の子供たちに何をするかわからない。またぎは静かに待った。
 熊は案の定、青い茸を採ってくると男の子に渡した。男の子はくちゃくちゃと美味しそうに噛んだ。男の子が巣穴にはいると、女の子がでてきた。熊は同じことを繰り返し、六人のすべての子供に青い茸を渡した。それが今日の食事なのだろう。かなり栄養価の高い茸だ。それ一本で一日の食事になるのである。
 またぎは山から下り町に戻った。
 「早かったね、澤田さん」
 「ああ、造作なかったね、前と同じだ」
 そういうことで、消防団の若い衆とハンターそれに警察官何人かで、熊に餌を運び、東北の市の時と同じ形で熊と対峙した。
 そのときも一番最後に町長の孫が帰ってきた。それでもその子供が帰ってくるまでに半月かかった。
 解決したことを聞いた東北に戻っていた刑事がわざわざ祝いにやってきた。
 「澤田さん、またお手柄だね」
 刑事のやつ温泉に入りに来よったなとまたぎは心の中で笑った。
 「いんや、うまくいってよかった」
 またぎは恥ずかしそうに言ったのだが、町の警察と町役場はお祭り騒ぎで、その様子は北海道全域どころか、全国にもテレビ中継されることになった。
 テレビで解説している動物学者が、よほど進化した頭のいい熊であることを、ふたたび説明している。今回も熊には逃げられてしまったからだ。
 
 またぎは北海道から自分の家に戻った。
 家は信州の山奥にあった。誰も訪れない辺鄙なところである。そこに昔からある茅葺き屋根の家に独りで住んでいる。たまにだが買い物に遠く離れた町まで歩いてでることもあるが、ほとんどは自給自足の生活である。家の裏には自然と湧き出る湯があった。その脇には大きな広い鍾乳洞があった。
 北海道から戻ったまたぎは、久しぶりの自分の家でくつろいでいる。六匹もの猫たちが、畳の上で寝ころんでいるまたぎのまわりでごろごろしている。
 「おい、おまえたち、湯にでもはいるべえ」
 猫に声をかけたまたぎは、真っ裸になって家の裏に行った。自然に湧き出た湯が、岩に囲まれた天然の温泉にたっぷり溜まっている。流れ出た湯は洞窟の脇にそって中に流れていく。洞窟の中は暖かいことだろう。
 またぎはどっぷりと湯に浸かった。
 一緒について来た猫が洞窟の中に入っていく。
 しばらくすると、猫たちが洞窟から出てきた。その後を大きな熊がついてきた。
 猫がまたぎに向かって、ニャーと鳴いた。猫が熊を呼びに行ったようだ
 「おお、青ご苦労だったな、北海道まで大変だったな」
 またぎがそう言うと、熊も湯の中にざぶんと飛び込んだ。青と呼ばれた熊は昨日の夜北海道からもどってきたのだ。熊はまたぎの隣でおとなしく湯に浸かった。
 六匹の猫たちも湯に中にはいると、猫っかきをして遊んでいる。
 「船を借りて、北海道に渡るのに、夜で怖かったな、船の操縦は慣れてなくてな」
 またぎは熊に話しかけた。熊は湯の中でとろんとしている。
 「今度は、どこでやろうかね、新潟が近くていいね」
 熊は何となくうなずいて、とうとう湯の中で鼾をかきはじめた。
 そして、二年後、新潟で六人の子供が誘拐されたのである。

熊の青い茸

熊の青い茸

マタギが青い茸をくわえて巣穴に入るのを見た。中から出てきたのは男の子だった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-30

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著作権法内での利用のみを許可します。

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