冬のにおい

授業で書いたノベライズです。

「冬のにおい」

 たとえば電車を待っている、ほんの少しの時間。私は冬が恋しくなる。
 海岸線にある駅からは、夏の日差しに照らされて、きらきらひかる海が見える。それはとても美しいけれど、私の、よくわからない胸のもやもやを否定しているようで、ときどき嫌になる。そんなときだ、私がカバンから「冬」を取り出すのは。
 冬は静寂だ。すべてが死に絶え、眠りにつき、微かな音でさえ雪が吸い取ってしまう。そんな冬は、私のすべてを、ありのままに受け止める。そんな冬にふと会いたくなる時があるから、私は青い缶に詰められた「冬」をいつも持ち歩いている。
 青い缶をカバンから取り出して、缶の表面に刻まれた文字を指でなぞる。くすぐったい。指先が少し冷えてくる。フタをかぱっと外す。小さな缶の中には、一面の白。そっと顔を近づける。ほんのり甘い香り。
 ああ、冬だ。冬のにおいだ。私の心は冬に包まれる。これで今日も、私はこの胸のもやもやを抱いたまま、生きていける。
 電車が、来た。

冬のにおい

冬のにおい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-29

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