すくらんぶる交差点(3-6)
三の六 海子・空子 の場合
「かったるいよねえ、海子」
「そうね、空子」
「がっこ、行く?」
「いいんじゃない?」
「昨日も行ってないよ」
「おとといもよ」
「そうか」
「そうよ」「でも、学校はOKなんだ」
「そりゃ、そうよ、金払ってるもの。あたしたちお客様よ」
「あんたが?」
「まさか。親よ」
「問題さえ起こさなければ、やめさせられることはないわ」
「もんだい?」「けーさつざたよ」
「その点は、あたしたち大丈夫」
「親、心配してないの」
「だって、親も朝帰りだもの。あたしのことどころじゃないよ」
「そうね、あたしんちもよ」
女子高校生が二人、駅前のベンチに二人座っている。昨晩は、男仲間と、バイクで隣の県まで行って、太平洋から上る太陽を見てきた。
「太平洋の朝日っていいね」
「朝日っていいよ。瀬戸内海の太陽と比べものにならないね」
「比べたくないよ」
「なんか、なんにもないところから太陽がでるんだもん」
「不思議だね」
「不思議だよ。その点、何、瀬戸内海って・・・」
「何が?」
「ほら、島や山から、太陽が出てくるじゃない」
「出てくるね」
「あたし、それが許せないの」
「なんで?」
「ほのぼのしすぎてのよ」
「ほのぼの?」
「そう、気合が足りないのよ」
「気合が?」
「そう、気合よ」
「まるで、あたしたちの生活とおんなじ。だらだらだらだらしても、全然変わらない」
「だけど、太平洋も一緒じゃない?」
「一緒じゃないよ。台風も来れば、大雨も降るし、強風も吹き荒れる。そんな自然のたくましさ、ここにある?」
「ないない。あるとしたら、水不足」
「それ、たくましさ?」
「何にもできないまま、干からびてしまう、アマガエルと一緒よ」
「今日は、いやあに、カラムのねえ、海子」
「べつに、いつもそう思ってるよ」
「ほんと?」
「ホント」
二人は並んで太陽を見る。屋根の形をした山の上に、太陽が出ている。先ほどまでは、赤い太陽だったが、今は黄色だ。
「太陽は、やっぱ、赤よね」
「そうね、燃えあがってるもの」
「あたしも、燃えたい」
「セーラー服の下、赤のシャツじゃない」
「まずは、かっこうから」
昨日、遊んだ男たちは、疲れたと言って、帰って行った。今日、現場があるんだ、親方や先輩が厳しんだと言った奴もいた。どうせ、つきあうなら、最後までと思うけど、所詮、男も、この世間にとりこまれているんだ、と海子は思う。だからと言って、自分に何ができるわけじゃない。そのことを空子に言う。
「いいじゃん、適当に距離があった方がいいんだよ。うちだって、じいちゃんとばあちゃんとは離れて住んでいるから、かあちゃんも、疲れないでいいんだって、言ってたよ。あいつらだって、働いてもらわないと、あたしたちだって、遊べないじゃない」
「そりゃそうだ」
「でも、それじゃあ、男に養われていることになるよ」
「違うよ、養わさせているんだって。受け身じゃないよ。あたしらは女王様よ」
海子は強いと思う。考えていないようで、考えている。このまま、あたしたち、二人なのか。
「お腹空いたね」
「お腹すいた」
「駅前に、マックがあるから行こうか?」
「行こうよ」
だが、そのためには、交差点を渡らないといけない。今、二人は、公園のベンチだ。この公園には、昔、お城があったが、火事で燃えたそうだ。実は、当時の政権に逆らわない、従順な意思を示すために、自ら燃やしたと言う説もある。
バッカみたい。海子は思う。その時の、かっこばっか。今、天守閣があれば、おとのさま気分になれたのに。男って、やっぱ、バカだと思う。
その公園のベンチから二人は立ち上がった。ちょうど、その時、電車が到着した。客が降りる。その客の波にのまれて、だらだら歩きの二人が入る。信号は赤だ。先頭で止まる。後ろは気ぜわしい。
「なんか、待つのいやだね」
「そうだね」
「あたしたち、自由だもんね」
でも、今は自由じゃない。信号を待っている。あたしたちの意思じゃない。
青に変わった。どっと押し寄せる人波。あの向こうに行かないと、自由が得られない。でも、この交差点を渡るのは自由じゃない。一体、みんな、何を考えて、この交差点を渡っているのだろうか。なんにも考えない。多分、そうだろう。何か考えていたら、この人ごみの中に突っ込んでいくなんて、死にいくようなものだ。息が苦しい。息ができない。顔を上げる。交差点の真ん中で立ち止る。隣を見る。海子も一緒だ。金魚鉢の中の二人が口をすぼめて、アップアップしている。そんな二人を、人々は、水の流れをせき止めるゴミのように避け、分かれていく。信号が点滅する。
二人は、交差点に取り残された。
すくらんぶる交差点(3-6)