ネット怪人。

yumieisuke

 その町は寂れていた。斜陽産業の残骸を残す工業地帯だった。海への執着は捨てた。僕は半魚人、なぜそれをすてたのか、どうして人間と同じ言語を持ったのか、思い出せない、思い出せるのは、それが魔女のもとめた対価だったことだ。今の僕は、下半身に鱗をのこした、この国の、今生きる街の人間のうちの一人。自分の出身と出生の秘密をしらない、ただのみなしごとしての人間だ。
 ここへきてからもう2年になる、海の中の生活は、100年とたっていたきもするが、10年ほどだったきがする、ただすくなくとも、体感では今よりも時が過ぎるのが早く感じていたのだ。海の中では、ひどく窮屈で、今でもその地上独特の窮屈さがあるには変わりはないが、生活のため、僕は街の中心部、とあるバーで働いていて、夜な夜な色々な客が訪ねてきて思い思いの話を聞かせてくれるので面白い、少なくとも今の自分の居場所のひとつである。
 生活は楽しい。今までそういった場所を交流の場とはとらえていなかったのでなおさらだ。もちろんいやな話や、うんざりする陰口などもたまにはある、ただそういうとき、僕はバーのカウンターから店の中のシミや、年季のはいった木造のテーブルや床の味のある情景について考える。ああ、いま愚痴をいっているのは自分かもしれない、あるいは彼は占い師かもしれない。占い師というのは、バーナム効果を利用する、そうだ、彼もまた、誰にでも当てはまるようなことを、さも自分の事のように話しているにすぎないのだ、そうすると結構楽になるものだ。そしてそのあとには妙な解放感がある、まるでコーヒーや煙草を一服おえたときのような感覚だろうか?妙に嫌気が心地よかったりする。それくらい音楽、明かり、男女関係、心地悪さをごまかすように、街は道楽に満ちている。
 それは子供でさえ理解している事だ。情報の伝達は、誰もがもつ携帯端末によってより高度に、高速化して、物の価値も、不安定な道筋をたどったり、あるいは爆発的にヒットをしたり、だれもがゲームを楽しんでいるようだ。
 僕は地上で、ある昔話の変遷と変化をみた。それは、人魚姫というお話についての物語だ。インターネット上にて、人魚姫のお話の改竄という一種のゲームがはやった。僕はその流行を嫌っていた、それは自分自身について語られる流行だったからだ、自分の出自をあばき、あるいは自分の存在について、ひとつは皮肉に、ひとつは肯定的に、それぞれのとらえ方はあるだろうが、不安定なゲームの上にのせられて自分の過去が弄ばれている気がした。だからそのとき、地上のありとあらゆる普通の人間ってやつを呪っていた。

 ただ時期はすぎた、僕にも、かつて人間を悪く言った事があった、それでも、他者の損害について考えなかった、そのきっかけは僕の行いだった。僕は変わりに狼男の話を流行にのせようと、何度も何度も匿名掲示板やSNSでそれを拡散した。一か月、二か月、自分の仲間の人外の怪物たちにもお金を払って手伝ってもらい、いつしかその作戦は成功した、だが問題が起きた。狼男は実際に存在したのだ。僕は知らなかった、そんなのは言い訳にしかならないが。、僕の友人の人造人間は、そうした怪物の話にくわしい、そこで耳にいれたことは、近頃インターネットで流行している文化、狼男の昔話の改竄という流行りによって、現実の狼男は、肩身の狭い思いをしているという事だった。

 僕はその時理解した。インターネットで匿名でいようと現実世界で僕はは、バーで働いている只の人間だ。だがインターネットではかつての息苦しい海の中に生活していた自分と同じ、その違いが、僕自身がわかっていない。どんな思いであんなことをしたか?って自分へ向いた矛先をずらそうかと考えていただけだ。それで、同族にいいわけができるか?顔を突き合わせて……。
 いいわけじみているのだが、今でもまだ、複雑な感情を抱いている。だってたとえば人造人間や、人魚、狼男、それらだけではなく、時に人は人を晒し、遊び、卑屈な暴力をふるう。それが楽しいゲームである内はいいだろうが、自分に矛先が向く可能性について考えていないのだ。あるいはそれをスリルととらえているのかもしれない、だが人外には恐ろしい世の中だ。思えば、インターネットの民主化なんて成り立ってはいないのではないかと思う、だとすれば、あそこには、匿名の狂人や暴徒が潜むだけ、けれどそこでしか自分の鬱憤を晴らす事が出来ない人間もいる。そこにあるのは、不満だと思う、感情だと思う、その一歩先を乗り越える事ができない、自分自身に責任があるという代償を受け入れなければ、自分自身を認知できない、まるで海の中にいた自分と同じだ。

 僕が言えるのは一つだけの事。
 そんなもの、世の中の現実の道楽に比べれば、狭い世界の道楽だってことだけさ。

ネット怪人。

ネット怪人。

人魚姫×狼男×人造人間×インターネット×匿名性、SNS

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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