Fate/Last sin -17
「駄目だ! 絶対に門を開けるな!」
二本の角灯のおぼろげな橙の光で夜の闇の中に浮かび上がる黒々とした古風な門が、内と外を、平穏と喧騒に二分している。その喧騒の方から飛んできた怒号にも近い声は、あの老齢のサーヴァント―――ラコタと契約している、ライダーが発したものだった。
ライダーはもう何処まで続くのか分からないほどの一般人の狂乱の中で、徐々に門から離れたところへ押し出されながらも、額に赤い刻印の浮かんだ人間たちを次々に佩刀の峰や背で殴り倒している。そうしながら、尚もラコタ達のいる門の内へ声を張り上げた。
「今、門を開ければ、絶対に取り返しのつかない損害が出るぞ! そこの坊主がどんな魔術を使っても、この下らん術は解けぬだろうよ!」
「じゃあ、どうすれば!」
ラコタは冷たく固い門にすがりついてライダーに叫んだ。狂信者の群れはもう、すぐそこまで来ている。何度倒れても、何度気絶しても、誰が傷付いてもまったく意に介することなく、ただひたすら人を踏み越え、何かを渇望するように暴れ狂う人々――
これがキャスターのスキルだというのか?
何の為に? 誰の為に? 無辜の人々を利用し、狂わせ、踏みにじる。キャスターはそれほどまで人間を憎むサーヴァントなのか。だからといって、この風見市の人々が何をしたというのだろう。どうすれば、あの罪のない人々を助けられるだろう?
ラコタは耳元の羽飾りに触れた。昨夜のバーサーカーのマスターとの戦いで一本使ってしまったから、残りはあと七本だ。これが無くなれば、自分自身で魔術を使うことは難しくなる。それでも―――それでも、今、目の前にいる無実の人々をただ傍観していることなど出来ない。
「……ラコタ、どうしたの?」
黙りこくったラコタに、蕾徒が不安そうに声をかけた。ラコタは蕾徒の丸い目を一瞥して、口を結ぶ。そして門の向こうを見据えたかと思うと、突然門の装飾に足を掛けてよじ登り始めた。
「ちょっと、ラコタ! どうしたのってば!」
「何を……」
四季と蕾徒は目を丸くしてラコタを見上げたが、細い門の上に器用に立ったラコタはその視線を気にも留めず、耳元から羽飾りを一本引き抜いた。
「あ、その羽は……!」
「―――Set.」
ラコタは静かに口にし、しかし頭を振り絞るように考えていた。この疑似魔術回路が無いと使えないような魔術。今自分にできること、最良の選択。故郷で、「先生」から教わったのは本当に基礎の基礎だけだ。練習問題のような九つ、魔力をただ外部に干渉する力に変えるだけの単純な詠唱。凝ったスクロールも無い。家から受け継いだ専門的な知識もない。ただ選ぶだけ。だが、絶対に正解を選ばなければならない選択だ。
そしてラコタは答えを口にした。
「First-order equation,Exrpcet――――Eighth, spells and tampering ! 」
右手の指に挟んでいた一枚の羽根を、紙飛行機のように空中に滑らせる。白い羽は弾丸のように人混みの上空へ放たれ、五十メートルほど離れた所で白い火花のように爆ぜた。その中心から、細い木の根が張り巡らされるように光の筋が人々へ向かって降り注ぐ。
「あれは……!?」
四季が門の下で驚いたように声を上げた。光の根は人々の額の刻印に向かって真っ直ぐに伸び、薔薇と十字の赤とぶつかるとそれを相殺するように弾けて消える。ラコタの放った魔術によって刻印を打ち消された人間は、ふっと我に返ったような顔をしてから次々に地面に倒れこんだ。
「良かった、これで―――」
ラコタは門の上で僅かに肩の力を抜いた。だが次の瞬間、
「小僧! どこを見ている、避けろ!」
聞こえた時には、もう遅かった。ガツッ、と重く硬いものが頭蓋に当たる音が聞こえたと思ったら、視界が一瞬で黒く落ちる。ラコタ、と誰かが叫んだ。
「――――ッ」
背中を強く地面に打つ、と思った直前に一瞬、固い地面ではないものにぶつかった。それから遠慮なく地面に投げ出され、強く頭を打って視界が揺さぶられる。
「ラコタ! ……ああ、血が出てる!」
「蕾徒、下がって。私が」
人混みの中から投げられた拳ほどの大きさの石が、門の上に立った無防備なラコタの頭に当たったのを蕾徒は見た。彼の放った光の根が、あの大衆の四分の一ほどの刻印しか消すことが出来なかったのも。――火花の光った真下にいた人には効いたんだ、と直感が告げている。遠くの人には、根が細くなりすぎて洗脳を解けなった。
門から落ちたラコタを、咄嗟に受け止めようと体が動いていた。右腕しか伸ばせなかったけれど、ラコタとぶつかった衝撃で地面に叩きつけられた。
「ぼくだって痛かったんだ」
―――ラコタはもっと痛かったに決まっている!
「うう……」
心臓がばくばくと信じられない速さと熱で動いている。こんな気持ちになったのは、きっと生まれて初めてだ。蕾徒は自分の胸元をぎゅっと鷲掴んで呻いた。
「ぼくは……!」
ざわり、と空気が揺れた。
門の外は相変わらずの狂乱ぶりだ。ランサーは自分の右腕に噛みついた成人男性を一振りで振り下ろしてから、脳天に槍の柄を叩きこむ。気の毒だが、気絶させなければ何度でも執念深く襲い掛かってくるので仕方ない。
それよりも、と槍兵は空を見る。
時間は分からないが、深夜も近い頃合いのような気さえした。星の一つも見えない夜空を、正門前の広場を囲む針葉樹が切り取っている。星も見えず、月も出ていないとなると時間を把握する術がない。加えてこの無限に続くかのような民衆の暴動――
陰湿な戦い方だ、とランサーは舌打ちした。自分は表に出ず、他人の行動原理を操って攻撃する。しかも魔術師やサーヴァントが操られるならまだしも、相手は民衆、ただの一般人だ。殺すわけにはいかない。だから戦い方も逃げ腰になる。ならざるを得ないのを分かっていてこんな戦術を用いてくる辺り、相当に性根が腐っているとしか思えない。
おまけに数の威力というのも、ランサーとライダーが手間取っている一因になっていた。キャスターが本陣と分かればすぐにでも叩きに行くのに、移動が出来なければ話にならない。空を飛ぶスキルや宝具があれば簡単だが、あいにく此方はただの槍兵、飛行のスキルなど持ち合わせてはいない。
「ああ、畜生!」
ランサーは苛立ちを込めて、体当たりしてきた女性の眉間を突く。気分が悪い、そう思ってまた辺りを見渡した時だった。
ざわり、と空気が揺れる。
「……?」
先ほどまではただの北風だろうと思ったが、何かがおかしい。ランサーは掴みかかってくる民衆をかわしながら様子を伺った。
そして広場を囲む針葉樹林を見て、気づいた。
「何だ? 木が……枝が、伸びている? あれは―――」
黒々とした一本の針葉樹の枝が、ミシミシと音を立てて伸びていく。生物には不自然なまでの速度で成長する木を見た時、全身が総毛立つような濃い魔力を肌に感じ、思わず門の方を振り向いた。
「まさか」
ギギギギギ、という苦しげな轟音に、ランサーの呟きがかき消される。見上げれば針葉樹の枝が巨人の腕のように持ち上がっていて、一抱え程はありそうな大ぶりの枝が無理やり引き絞られ、次の瞬間には突然解放されたように真っ直ぐに地面へ叩きつけてきた。
「うおッ―――」
すんでのところで前方へ身を転がし、その一撃を躱す。ドォンと地に響くような音と共に、悲鳴が上がった。
「しまった、彼らが……!」
ランサーは大木が落ちた方向へ目を向ける。ひび割れた地面と針葉樹の枝の間に、逃げ遅れた数人分の四肢やら頭やらが覗いていた。針葉樹は今の無理な一撃で完全に幹の根元から裂け、落雷に撃たれたような有様だった。ランサーが何かする暇もなく、ギギギギ、と別の樹木が唸り始め、枝が伸び、まるで木全体が前のめりになるように人々の頭の上へ倒れこんでは自身を裂く。
「槍兵! 何を突っ立っている!」
やや離れた所から聞こえたライダーの怒号で、ランサーはハッと我に返った。門の前の広場は先程までの騒ぎが遊びに思えるほど、本格的な狂騒に陥っていた。まるで巣に水をかけられた蜂の群れのようだ。ランサーは槍の柄を力を込めて握り直す。―――このままでは、取り返しがつかないことになるだろうという予感があった。
「おい、ライダー」
「何だ! 戦線離脱の通告なら聞かんぞ」
気丈な老兵は銃のグリップで、叫ぶ女のこめかみを一撃してから返事をした。軍服は乱れ、傷も多少負っているが、延々と続くかと思われるこの狂乱に微塵も表情を変えていない。ランサーは一瞬、その顔にかつての偉大なる友を見たような気さえした。……だからというわけではないが、その決断を口にするのにさほど苦労はしなかった。
「―――俺は宝具を使う。門の内まで下がっていてくれないか」
ラコタの傷はさほど深くなかった。投げられた石の大きさこそ人の握りこぶしほどあったが、運良く目への直撃を避けて額の右側に当たっただけのようだ。四季は素早く傷の状態を確認して、ハンカチをラコタの額に当てる。だがその時、肌が震えるような空気の振動が四季を襲った。
「なっ……」
すぐ近くで雷撃が落ちた時、窓ガラスがビリビリと細かく震えるようなそれに似た感覚は一瞬で通り過ぎたが、四季はすぐに何が起こったのか理解した。それはあまりにも身に覚えがある魔力のカタチだった。
「――――蕾徒!」
冬の夜の闇の中、か弱い角灯だけが光を投げかけている門の前に立ち竦む青年の背に駆け寄った。長い後ろ髪を二つに結った少女のような細い背が、四季の声に反応してゆっくりと振り返る。
その虹彩は異様な色を湛えていた。
「先生……」
キ、キ、キと甲高くか弱い異常音が四季の鼓膜に届いた。蕾徒の首筋を覆う制服の白い襟もとから、皮膚を伝い這うように登ってくる赤黒い刺青のような線が覗く。
「いけない。落ち着くんだ、蕾徒」
「せん、せ――――」
ギギギギギ、という轟音が蕾徒の背後、門の外から響いて、針葉樹が鞭のようにしなって倒れた。
わざわざ確認しなくとも、眼下の人間たちは一瞬で死骸になっただろうと想像がつく。
四季は目を見開いて蕾徒を凝視した。青年は虚ろな視線で四季を捉えながら、赤黒い刺青が侵食する喉元を震わせる。
「先生」
門の外で、再び木の軋む音がした。
「やめろ!」
四季は蕾徒に掴みかかるように飛びついた。右手で蕾徒の胸元を鷲掴み、遠慮なく引き倒す。―――ああ、また上層部に『忠告』をされるな、と四季は頭の片隅で考えた。この二十年弱、大の大人が硝子の箱の中で懇切丁寧に飼い慣らしてきた最高峰の魔術被験体をコンクリートの地面に引きずり倒せるのは四季だけだ。
「うう―――っ!」
蕾徒が四季の手から逃れようともがいたが、小鹿の足のように細い彼の手では四季の腕から逃れることは出来ない。白衣の主治医は胸元の内ポケットから透明な液体が入った注射器の外袋を噛みちぎると、左手で蕾徒の首筋にあてがい、
「まあ待て、四季七種」
頭上から掛かった声にすんでのところで動きを止めた。しかし蕾徒を押さえつける腕は緩めない。見上げれば門の上に銅色の鎧を纏った精悍な男が、こちらを見透かすような眼をして立っている。その手には長い槍の柄が握られていた。
「ランサー、なぜ止める? 蕾徒はもう駄目だ、完全に暴走している。このままでは」
「そうだ。だから俺が来た」
四季は眉をひそめた。
「どういう……」
「時間が無い。一刻も早くこの場を収めるべきであり、そのためには多少身を切ることも覚悟しなくてはならん。同盟とはそういうものだ」
ランサーは瞼を閉じて、槍の柄で強く足元の鉄門を打った。硬い金属音が夜の帳に響く。その音が門の外に広がる叫び声と悲鳴の中に消えた時、ランサーは再び目を開け、槍を天に向けて高々と掲げた。その瞬間、今まで四季の腕の中で暴れまわっていた蕾徒が突然、糸が切れた人形のようにぐったりと倒れこむ。針葉樹の軋む音が止んだ。
「待て、ランサー、まさか」
四季は口走り、門の上のランサーに向かって手を伸ばす。
その右手は、雷に触れたように勢いよく弾き返された。
重く、低く、凍るような夜に、声だけが渡る。
「―――第二宝具、真名解放、疑似展開。
此れこそは、我が偉大なる友を讃えし白亜の杜。遍く傷を癒す、天の眼の光!
帝国の威光、万雷の喝采の元に!」
「―――――『恍惚なる万神殿』!」
瞼を閉じていても分かるほどの白い光に、ラコタはゆっくりと目を開ける。そして飛び込んできた眩い光に、思わず目を細めて顔を覆った。
辺りは真夜中の森の中のはずなのに、周囲は真昼のように明るい。何もかもを白く照らす光は、しかし攻撃的ではなく、むしろ安堵のような感情さえ抱かせる。さっきまでの異様な喧騒は何処へ行ったのか、静寂と光だけが満ちている。
そして少年は見た。
門の向こうに、陽炎のような景色が揺らめいている。白く輝く巨大な柱が、陰湿で凍るような森の針葉樹の代わりに何柱もそびえ立ち、煌めいている。黒く古い鉄門だった場所は荘厳な柱に支えられた高台に、冷たく黒い夜空は、突き抜けるような快晴に―――
「これは……固有結界……」
門だった高台を見上げる。そこには二つの人影があった。一つは槍を携え、銅色の鎧を纏っている。もう一つは知らない男だった。だが後ろからでも、ラコタはその人影が誰なのか分かったような気がした。
「あれは、ランサーの―――」
口に出そうとしても、上手く言葉にできない。知っているはずなのに口にできない。ラコタは戸惑った。さっきから頭の中がふわふわと落ち着かない、夢を見ているような気分だ。それもこの光のせいなのかと思っても、その神殿と人影から目を背けられない。
ランサーは隣の人影に何か耳打ちして、人影が頷いた。ランサーが槍で軽く神殿を叩く。
その瞬間、霧で出来た幻だったかのように全てが消えた。
「え、えっ」
ラコタは目を何度も擦って暗くなった視界を見る。そこは元の、温室の前の正門の風景だった。冷たい北風が固有結界を洗い流すように吹き抜けていき、後に残ったのは、門の内側で座り込むラコタと、蕾徒を抱えた四季、そして門の外に沈黙したまま倒れこむおびただしい数の一般人だけだった。
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「どういう事だ、キャスター!」
深夜零時を過ぎてようやく地下の工房の結界を破壊したキャスターの主は、怒声を上げながらサーヴァントの工房に足を踏み入れ、絶句した。
「どういう事だとは、どういう事だね」
キャスターは三重に張った結界を破られたことに対しては眉一つ動かさず、工房の中心で水銀の容器の蓋を閉めながら主に逆に問いかける。その足元には複雑怪奇な魔方陣が少なくとも二十は描かれ、血と水銀の臭いが充満し、見るに堪えない有様となっていた。
「勝手に水銀を使ったことかな? 鶏小屋の鳥を絞めてしまったことかな。それとも、君が八時間かかってようやく解けるほどの結界を勝手に工房に三重にかけたことかな、さあどれだい」
詰め寄るキャスターの赤い目には、口調に反して全く熱というものが籠っていなかった。ムロロナは苦虫を噛み潰したような表情でキャスターを睨みながら、絞り出すように「そのどれでもない」と呻いた。
「外の騒ぎは一体どういうことだ。この街全体の一般人に何をした? 私は勝てとは言ったが、規則を破って聖堂教会に目を付けられろとは命じていない!」
「ああそれか」
ムロロナの怒りをさらりと無視して、キャスターは魔方陣を見下ろした。
「私固有の能力の一つに、秘密結社というのがあってね」
「……」
「薔薇十字団の最終的な結論の実行だよ。人は目に見える権威より、目に見えない力を信じたがる。秘密を暴こうと躍起になり、それでも実体が隠れれば更に深追いする。その追跡はやがて信仰になる――簡単な話、私達魔術師が根源に到達したがるのと同じ原理で、民衆と呼ばれる一般人たちは『私達』という奥に到達したがるものだ。このスキルは、秘密を振りかざし、人々の目を眩ませる、そういう卑しい能力だよ」
ムロロナは手袋を嵌めた手を握りこんで、キャスターに尋ねた。
「風見の人間たちにそれを適応させたのか? 洗脳して、自分の信仰者になるように?」
「最も幼稚な言葉で説明すると、そういうことになる」
キャスターは背を向けて、再び水銀の瓶の栓を開けた。玉のようにポロポロと転がり落ちる液体を、硝子の棒で一本の線に均し、魔方陣を描き続ける。だがムロロナが立ち去らないのを察すると、深く溜息をついた。
「マスター。勝利するためには、他と同じ規格の中にいてはならないということが分からないのか? 民が傷付く、それがどうした? 全ては我がマスター、ムロロナ・ルシオンが聖杯を手にし、根源に到達する為に。そうしたら晴れて君は自由の身だ。魔術師という、永劫回り続けなければならない歯車の中に組み込まれた人生は終わり。そのために他の何を犠牲にしても勝利したいのではないかと、私なりに解釈したのだがね」
「………お前は……まさかその方法が最善だと確信しているのか?」
ムロロナがそう吐き捨てた瞬間、キャスターの目の色が変わった。水銀を均していた硝子棒を骨ばった固い手から滑り落とし、数歩でムロロナの制服の胸ぐらを掴み上げる。白く老獪な青年の腕は、意外なほど力が強かった。薄い唇の奥から、初めて聞く怒声が飛び出した。
「私は言ったはずだ、ムロロナ・ルシオン! 己の最大の力を行使して、聖杯を獲れ、というその令呪を、後になって悔やまないことだと! 最善、最善だと? 私が、民を理想の国に導かねばならない御伽話の残骸である私が、こんなことを最善だと思うわけがないだろう! だがこうするしかない、最悪の結末から少しでも遠ざかるためには―――――」
キャスターはそこまで言って、はっと気づいたように突然口を閉ざした。掴み上げていたムロロナを軽く突き飛ばすと、首を振ってまた背を向ける。ムロロナは初めて目にしたキャスターの激情に呆気にとられながらも、かろうじて口にした。
「何だ? 何を言いかけた」
「いい。言っても無意味な事だ。……やれやれ、これほど大声を出したのは初めてだな。マスターが小心者だと部下は苦労する」
「……」
普段通りの嫌味を再開したキャスターに、ムロロナは眉をひそめた。
「ああ、だが」
キャスターが背を向けたまま、声をかける。
「今更、規定がどうだの監督役がどうだの喚かないでくれるかね。私は君の令呪によって現時点に至る全ての決断を下したのだ。――由緒ある天文台の長なら、腹の一つくらい決めてもらわねば割に合わん」
そしてキャスターはまた水銀で魔方陣を描き始めた。もう何を問いただしても口を開かない雰囲気を察して、ムロロナは苦い顔のまま、地上へと続く階段へ足をかけた。
Fate/Last sin -17