からくり箱の鎖を外す
「可憐な
彼女を
飾るのは
カスミソウの花言葉」
傾いだ廃バスの
格納庫の蓋を
かんかんかんと三度叩きながら
格好付けて合い言葉を口にする
「風吹く
彼方に
霞むのは
嘗ての友との別れの言葉」
間髪入れず
か細い声で
返し文句が囁かれる
かちゃりと無機質に響く
鍵の音を聞きながら
固い扉をスライドさせた
河川敷に放置された
隠れ家に出逢ったのは
かれこれ一年も前になる
枳殻の花のマークが寂しげな
型落ちして放置された
環状バスの成れの果てだった
顔をぐいと突っ込んで
彼の生存と健康状態を
確認してほっと息を吐く
「髪型、やっぱり
変えたんだね
可愛いじゃん」
かなり短くなった後ろ髪を
片手を伸ばしてそっと梳く
「形から入る性質だからさ」
語り尽くせない全てを包んで
空元気に笑うその横顔に
掛ける言葉は今日も見つからなかった
葛藤なんて言葉に収まり切らない
過去の痛ましい積み重ねを
芥子色のパーカーで覆っている
肩から腰まで続く煙草の火傷
庇いきれなかったあの日の背中の痣
「かっとなると周りが見えなくて
加減忘れちゃうんだよね、あの人」
過敏で責任感の強い君はすぐ
勝手気ままに暴力を振う父親を
神様のように容易く許すから
代りに俺が
怪物にでも鬼にでもなろうと
陰で独り決心したんだ
格闘術の動画を夜な夜な眺めながら
カッターを振り翳し
剃刀のように神経を尖らせる日々
賢そうな大人のいる所へ
駆け込んで助けを求めたことも勿論ある
考え無しの大人たちは
化膿している傷口を
掻き回すだけで結局突き放した
飾りのつもりで
壁に直接絵具で描いた
カレンダーに二人で丸を付けた
カレー饅を
齧りながら
缶コーヒーで
乾杯して
川原に花火を打ち上げるって約束の日
悲しい痛みの連鎖から
可哀相だと憐れむ周囲の目から
解放されて自由になる日
「必ず助け出すからね
華麗なテクニックで
怪盗みたいに颯爽と」
価値のない上辺だけの戯れ言なんて
哀しい結末には絶対しない
「簡単には行かないよ、きっと」
微かに震えるその手に
香りがせめて優しく君を包むよう
カモミールの花束を握らせる
「関係ないよ、そんなの
叶えたいだけ、俺が、あの夢を」
(賭けるしかない、そう
可能性があるとしたら、今夜)
買い物袋の底
嵩張る漫画雑誌で
カムフラージュした
カバー付きサバイバルナイフの
硬くざらついた
感触を密かに確かめる
(勝っても負けても
感謝はされない、それでも)
幹線道路脇の電線の上で
鴉が先程から
乾いた鳴き声を上げている
「帰って来るまで少し、待ってて」
掠れて上ずる俺の声で
勘の良い君は気付いただろうか
会話が出来るのは最後かもしれないと
交わしたあの日の約束の言葉を
感慨を込めて、俺は繰り返した
「快晴の下、
カラフルな昼花火に乗っけて
籠の鳥の人生なんかぶっ飛ばそう」
からくり箱の鎖を外す