ポケットの中にはシロヒメがいっぱいなんだしっ❤

「ぽーけっとーのなーかにーはー、シロヒメーがひーとーつ~♪」
「白姫……」
 相変わらず――
 晴れた空の下、屋敷の中庭で気持ちよさそうに歌っている白馬の白姫。そしていつものように、その歌の『内容』にアリス・クリーヴランドは口もとをひくつかせた。
「ポケットの中に入りませんよ、白姫は……」
 白姫は歌を続け、
「たたいてみるたび、シロヒーメーはーふーえーる~♪」
「増えませんよ、白姫は!」
 さらなるあり得なさに思わず声を張り上げるアリス。
 そんなツッコミに耳を傾けることなく、白姫はうっとりと、
「ぷりゅ~。夢があるんだしー。かわいいシロヒメがいっぱいなんてー」
「いや、十分ですから、白姫は白姫だけで」
 心の底からの思いを口にするアリス。いろいろな意味で〝普通ではない〟白姫がこれ以上増えてしまっては、従騎士として世話をしているこちらが参ってしまう。
 と、白姫はアリスを馬鹿にしたような目で見て、
「わかってないんだしー」
「えっ」
「本気でシロヒメが増えないと思ってるんだし?」
「ど、どういうことですか」
「アリスは、あさはかなんだし」
 白姫はふんと鼻を鳴らし、
「増えるんだし」
「増えるんですか!?」
「これは白馬虐待をいましめる歌なんだし」
「ええっ!?」
 思いもしなかったことを言われ、アリスは驚きの声をあげる。
 白姫は真剣な顔で、
「近ごろ、白馬を虐待することが問題になってるんだし」
「な、なってませんよ? むしろ白姫による虐待のほうが問題だと……」
「そこでだし! 歌でみんなに注意をうながしてるんだし」
「注意を……?」
「そうだし」
 白姫はあらためて重々しく、
「叩いてみるたびシロヒメは増える」
「はい……そう歌ってましたけど」
「つまり。シロヒメを叩いていじめたりしたら、たくさんに増えたシロヒメがその相手に復讐をするという……」
「そんな歌だったんですか!?」
「そんな歌なんだし」
 ぎろり。白姫はアリスをにらみ、
「アリスも気をつけたほうがいいしー。日ごろ、シロヒメのことなめてるからー」
「なめてませんよ! ちゃんと大事にしてます!」
「ホントだしー? ちょっとでもイジめたら、いっぱいのシロヒメが復讐に……」
「来ないでください! だいたい、いつもイジめてくるのは白姫じゃないですか!」
 と、そこに、
「よろしいですか」
「きゃっ!」
「ぷりゅっ!」
 共にふるえあがるアリスと白姫。
「白姫さん」
 冷ややかな目が白姫に向けられる。
 彼女――屋敷の家事一切を取り仕切る凄腕のメイドにして誰一人逆らうことのできない存在である朱藤依子(すどう・よりこ)は言った。
「すこしお話が」
「な、なんだし!?」
 びくびくっ! 白姫はふるえ、
「シ、シロヒメ、何も悪いことしてないんだし! だから、おしおきは……」
「何もしていないからこそ」
 依子は静かな口調で、
「おしおきされる理由があると思うのですが」
 びくびくびくぅっ! さらにふるえあがる白姫。
 アリスはあわてて、
「何かしたんですか、白姫?」
「何もしてないって言ってるし!」
「だったら……」
 白姫は弱々しい声で、
「何もしてないからなんだし……」
「えっ」
「……さぼってしまったんだし」
「さぼった?」
「ヨウタローと一緒に稽古するって言われてたのを……ついうっかり」
「『ついうっかり』って……」
 ヨウタロー――花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)は騎士の馬である白姫の主人であり、従騎士のアリスにとっても仕えるべき人だ。
 そして、そんな葉太郎の修練について、依子は彼が六歳のときから全責任を負っている。
「なんてことをしてるんですか! 依子さんが怒って当然ですよ!」
「う、うるせーし! とにかく、アリス、シロヒメのことをかばうし!」
「ええっ!?」
 そこへ、
「アリスさん」
「!」
 とたんにアリスも白姫以上にふるえあがり、
「ご、ごめんなさい……無理です……」
「なんて情けねーアリスだし!」
「白姫さん」
「!」
 そして、
「ぷ……ぷ……ぷりゅーっ! ぷりゅーーーーーーーっ!」
 ぱぁん! ぱぁぁん!
 白姫の悲鳴と共に鞭の音が空高くこだましていった。

「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
「大丈夫ですか、白姫?」
 泣いている白姫に、アリスはそっと声をかける。
 と、次の瞬間、
「復讐だし!」
「ええっ!?」
 白姫の目に炎が燃え上がり、
「ヨリコに復讐するんだし! シロヒメを虐待したヨリコに!」
「そんな……」
 アリスはあたふたと、
「や、やめましょうよ。無理ですよ」
「なにが無理なんだし!」
 ぎろっ! 白姫がアリスをにらみ、
「アリスがそんなふうに情けないからシロヒメが虐待されてしまうんだし!」
「自分のせいじゃないですよ。それに虐待じゃなくて、白姫が鍛錬をさぼったから……」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーーン!
「きゃあっ」
 蹴り飛ばされるアリス。
 白姫はさらに怒りのこもった目で、
「なにシロヒメを悪者にしてるんだし!」
「じ、十分に悪者ですよ、こんなひどいことをする時点で!」
「ひどくないんだし。どうせアリスだし」
「よりいっそうひどいことを言ってるじゃないですか!」
 涙目の抗議は「ふん」と鼻息で一蹴され、
「とにかく! 復讐の方法をなんか考えるんだし!」
「い、いやですよ。そんなことがバレたら自分までおしおきを……」
「いまここでぷりゅされるのとどっちがいいし?」
「やめてください、脅迫は!」
 さらに抗議するも、やはりあっさり無視され、
「ぷりゅされるのがイヤならさっさとアイデア出すし」
「えぇぇ~……?」
「十、九……」
「カウントダウンしないでください!」
 アリスがあわてふためく――そこに、
「何を騒いでいるのですか」
「!」
 再び現れた依子に、アリスも白姫も一瞬で真っ青になる。
「白姫さん」
「ぷりゅっ!」
 氷の視線を向けられた白姫はおろおろと、
「シ、シロヒメ、何もしてません……ヨリコに復讐とか考えたり……」
「って言っちゃってますよ、白姫!」
「そんなこと考えるとしたらアリスだけで……」
「えええっ!? 自分、依子さんに復讐する理由なんてないです!」
「えー、そんなことないしー。アリスはいつおしおきされてもおかしくないアホだしー」
「アホじゃないです!」
「……よくわかりました」
 びくっ! 静かな宣告に一瞬で黙りこむアリスと白姫。
 依子は変わらず冷たい目で、
「少々、おしおきが足りなかったようですね」
 ぐぐっ!
「ぷりゅぅっ!」
 依子が鞭をしならせるのを見て、悲鳴を上げる白姫。
 と、依子の目がアリスにも向けられ、
「アリスさん」
「きゃあっ!」
「あなたは何をされていたのですか?」
「じ、自分は何も……」
「何も?」
 依子の目が冷たさを増し、
「あなたは葉太郎さんの従騎士です」
「は、はい……」
「そして白姫さんは葉太郎さんの馬。違いますか?」
「違いません……」
「なら」
 ぐぐぐっ!
「きゃあぁっ!」
 悲鳴を上げるアリスを前に、依子は冷徹な表情のまま、
「葉太郎さんの従騎士であるあなたには、白姫さんのことにも当然責任があります」
「それは……」
「違いますか?」
「ち、違いませんっ!」
「でしたら」
 ぐぐぐぐっ!
「!」
 そして、
「きゃーーーっ!」
「ぷりゅーーーーっ!」
 青空の下、人と馬の悲鳴が共にこだましていった。

 そんなことがあった――翌日のことだった。
「ぷりゅ」
「ん……?」
 誰かにゆすられ、アリスはベッドの中で薄目を開けた。
 と、すぐさまはっとなる。
「いま何時ですか!?」
 あわてて枕元の目覚まし時計を確認する。
 ほっと胸をなでおろす。
 まだ早朝鍛錬の時間にはなっていない。毎朝の葉太郎の鍛錬に、アリスも従騎士として見学を義務付けられている。
「……!」
 再びはっとなる。誰かの去る気配にそちらを向くも、夜明け前の暗い部屋で確かめることができたのは、入口の扉が開け放されていることだけだった。
「……?」
 首をひねるアリス。
 誰かが部屋に来ていた――?
 起きた瞬間あわてたのは寝坊して起こされたと思ったためだが、そうではないとなるとこんな早朝に忍びこんでくるような人物にまったく心当たりがない。
 と、遅ればせながら目覚ましのアラームが鳴り響いた。
「はわわっ」
 あたふたとアラームを切り、そしていつものように朝の支度にかかる。
 忍びこんだ人物のことは気になるが、それよりいまは遅刻しないことのほうがはるかに大事だった。


 まだ寝ている屋敷の者を起こさないよう、足音を忍ばせながらアリスは中庭に出た。
「ふー」
 さわやかな朝の空気に思わず深呼吸する。
 まだ日が昇りかけたくらいのこの時間がアリスは大好きだった。
「今日も元気にがんばります!」
 ぱんと頬を両手で叩いて自分に気合を入れる。
 と、そこに、
「あっ、おはようございます」
 近づいてきた白姫に笑顔であいさつするアリス。葉太郎の馬として白姫もこの時間には起きるのだ。
 すると、なぜか白姫は不機嫌さむき出しの顔で、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 問答無用。アリスは何の前触れもなく蹴り上げられた。
「ぐふっ」
 高々と宙を舞ったあと、地面に叩きつけられる。
「なっ……な……」
 突然の理不尽さにさすがに怒りをあらわにし、
「何をするんですか! ひどすぎますよ!」
「ひどいのは、アリスだし!」
 負けず劣らず白姫も怒った顔で、
「シロヒメにいたずらするなんて! アリスのくせに!」
「えっ!?」
 思わぬことを言われたアリスは目を見開き、
「いや……してませんよ?」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 またも問答無用。
「やめてください、突然すぎる蹴り上げは!」
「アリスが嘘つくから悪いし」
「嘘なんてついてません!」
 アリスは懸命に抗議する。
「自分、シロヒメに何もしてませんよ!」
「そうだし、何もしてないんだし。ぜんぜんちゃんとお世話してないんだし」
「お世話はしてます! だから、その、いたずらとかそういう……」
「また嘘言ってるし」
 白姫はふんとそっぽを向き、
「アリスじゃなかったら誰がやるし。きっとシロヒメのかわいさに嫉妬してるんだし」
「嫉妬してないです」
 そこはちゃんと否定したあと、あらためて、
「とにかく何があったのか話してください。じゃないと……」
「だから、シロヒメ、いたずらされたんだし!」
 白姫はぷんぷんと怒りながら、
「これを見るし!」
「あっ」
 ふり向いた白姫の首すじにアリスは目を見張った。
「これって……」
 編みこまれていた。
 白姫のたてがみが細かく幾重にも。
「いや……か、かわいいですよ?」
「かわいいのは決まってるし。シロヒメがそもそもかわいいから」
「はぁ……」
 白姫はいらいらと、
「これからヨウタローに会うんだし。こんなの見られて笑われてしまったらどうするんだし」
「いや、きっと笑いませんよ、葉太郎様は」
「そんなのわかってるし。ヨウタローはレディのことを笑ったりしないんだし。けど笑われてもおかしくない格好でヨウタローの前に出るのがヤなんだし!」
「それは……」
 わからなくはない。白姫と同じ女子として。
「じゃあ、白姫がやったわけじゃないんですね……」
「いくらシロヒメが器用でも自分のたてがみをこうはできないし!」
「それは……確かに」
「だからアリスがやったって言ってるし」
「や、やりませんよ、こんなこと!」
「他にいないんだし! シロヒメの周りにいてこんなことできそうな……」
 と、白姫ははっと息を飲む。
「……できないんだし」
「ですよね? 自分、白姫の友だちですから」
「そういうことじゃないし」
「え?」
「アリスはアホなんだし。アホのアリスが白姫に気づかれないうちにこんな細かいことできるわけが……」
「って、なんてことを言ってるんですか!」
 相変わらずの悪口に朝から涙目になってしまうアリス。
 そんなアリスを完全に無視して、
「ぷりゅー」
 白姫は難しい顔で考えこみ始める。
「アリスじゃないとすると……誰なんだし?」
「そんなことわかりませんよ……」
 そうつぶやいた瞬間、アリスははっとなる。
「じ、自分も!」
「ぷりゅ?」
「自分も、その、ちょっとおかしなことが……」
 ついさっき自室で起こった異変を白姫に語るアリス。
 だが、白姫は期待外れという顔で、
「なんだし、それくらい。シロヒメに比べたら、ぜんぜんたいしたことないし」
「それは……そうかもしれませんけど」
「アリスが食べられちゃうくらいいかないと、シロヒメにされたいたずらと釣り合わないんだし」
「そこまでですか!?」
「当然だし。アリスとシロヒメじゃ価値違うし」
「ううう……」
 さらなる暴言にあらたな涙がにじむ。
 と、またもアリスははっとなり、
「あ、あの……」
「なんだし?」
「気のせいかもしれないんですけど……」
 そう断りつつアリスはおそるおそる、
「聞いた気がするんです」
「ぷりゅ?」
「朝、誰かに起こされたとき……白姫の鳴き声を」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 やはり問答無用。
「な、なんで蹴られるんですか!?」
「当たり前だし! アリスが気持ち悪いこと言うからだし!」
「ええっ!?」
「なんでシロヒメがアリスを優しく起こさなきゃなんないんだしー。すっごい気持ち悪いんだしー」
「『優しく』なんて言ってませんよ!」
 そう言いつつ、さっきの誰かの起こし方(?)は確かにおとなしいと思った。あれが白姫だったらこれくらい乱暴にされてもおかしくない。
「やっぱり……気のせいなんですかね」
 そのつぶやきに、
「……気のせいではないし」
「えっ」
 思わぬ答えに、アリスは白姫を見る。
 すると、
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 何か重大なことに気づいたというように、白姫はいっそう深刻な表情を見せていた。
「恐ろしいことになってしまったし……」
「ええっ!?」
「きっと……『あれ』が起こったんだし」
「あれ?」
「そうだし……」
 白姫は――言った。
「ドッペルゲンガーなんだし!」
「ええーっ!?」
 ドッペルゲンガー!? あまりに荒唐無稽なその言葉に、
「なんでですか!」
「他に考えれないんだし!」
 白姫は、真剣そのものの顔で、
「聞いたことあるし! 自分とそっくりのドッペルゲンガーを見たら死んでしまうんだし。おそろいしー」
 そう言ってぶるぶるとふるえ出す。
 アリスはあわてて、
「そ、そんなのわからないじゃないですか」
「だって、アリス、言ったし! シロヒメじゃないはずのシロヒメを見たって!」
「見たとは言ってませんよ。声を聞いたような気がすると言っただけで」
「じゃあ、あれだし! 幽体離脱だし!」
「幽体離脱!?」
「そうだし! シロヒメから離脱した幽霊がアリスのもとに……」
「って、なんでですか!」
「あまりにアリスがムカつくからいたずらしに行ったんだし。そして、そのまま幽霊は寝ているシロヒメにもいたずらを……」
「ま、待ってください。なんで白姫にまでいたずらしちゃうんですか? なんなんですかその幽霊は?」
「ぷりゅ!」
 はっとなった白姫は険しい表情で、
「シロヒメから幽体が離脱しているとしたら……いまのシロヒメは一体誰なんだし?」
「知りませんよ……」
 完全に思考がおかしな方向に行っている。アリスは脱力するしかない。
 するとそのとき、
「!」
 同時に身体をふるわせるアリスと白姫。
「………………」
 聞こえた。
「アリスも聞いたし?」
「は、はい……」
 身体と共に声もふるわせながら、
「っ!」
 ふり返る。
 かすかな馬の鳴き声が聞こえた――そこにいたのは、
「えっ……」
 拍子抜けしたような声がアリスの口からもれた。
 が、すぐはっとなり、あわてて目をこする。
「っ!?」
 いた。
 いるはずのないものが。
 初めの肩透かし感が徐々に驚愕へと変わっていく。
「な、なんなんですか……」
 それはある意味でドッペルゲンガーや幽霊以上に信じがたいものだった。物陰に隠れておそるおそるこちらの様子をうかがっているその『小さな影』は――
「し……」
 思わず大きな声で、
「白姫!?」
 その瞬間、
「あっ」
 小さな影がさっと身をひるがえした。
 姿が見えなくったあとも、アリスはその場にあぜんと立ち尽くしていた。
「いまの……なんですか……」
 見た目はあきらかに白姫だ。しかし大きさがまったく違う。
 小さすぎる。
 あれではミニサイズの白姫だ。
「ミニシロヒメ……」
「えっ!」
 驚いて隣の白姫を見る。
「知ってるんですか、白姫!?」
「………………」
 白姫は、
「……言ったし」
「えっ」
「昨日、アリスに言ったし」
「な、何を……」
「シロヒメは増えるんだし!」
 戦慄の面持ちで白姫は言った。
「ポケットの中のシロヒメを叩くとシロヒメは二つに増えてしまうんだしーっ!」
「えーーーーーーっ!?」
 絶叫するアリス。
「い、いや、あり得ませんよ、そんなこと!」
「実際にあり得ているし」
 白姫は真剣そのものの顔で、
「昨日、依子におしおきされたし。かわいいシロヒメが虐待されるその理不尽さのためにシロヒメは増えてしまったんだし」
「いやっ、い、意味がわかりませんよ!」
 あまりに異常なことを当然のように語られアリスはあわててしてしまう。
 白姫はやれやれとため息をつき、
「まー、わからないのも無理ないし。アリス、アホだから」
「アホじゃないです」
 そこははっきり否定して、
「とにかく、なんでおしおきされると白姫が増えちゃうんですか!」
「だから言ったし。シロヒメを叩くとシロヒメは増えるって」
「そんな……」
 あり得ない――という言葉が途中で止まる。小さな白姫を見てしまったのは本当のことなのだ。
「いや、でも、あの子が白姫とは……」
「何か他に心当たりあるし?」
「ないですけど……」
「じゃあ、シロヒメだし」
「そ、そんな簡単に決めつけないでください。何か他の可能性も……」
 そのとき、
「アリスさん」
「きゃっ!」
「白姫さん」
「ぷりゅっ!」
 昨日とまったく同じような展開――
「はわわわわ……」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 共に声をふるわせながらふり返ったアリスと白姫が見たのは、
「何をされているのですか?」
「きゃあっ!」
「ぷりゅぅっ!」
 冷たく刺さる視線にアリスたちは飛び上がった。
「よ、依子さん、その……」
 アリスがあわてて口を開こうとしたその前に、
「何をされているのですか?」
「!」
 まったく同じ台詞。だがその響きだけでアリスは完全に凍りつかされる。
 と、そのとき、
「ぷりゅ!」
「っ……白姫!?」
 突然驚きの声をあげた彼女にアリスも驚く。というか、依子を前にして他のものに気を取られるなんて――
「アリス、アリスっ」
 小声ながら必死に呼びかけてくる白姫。
「あれ! あれだし!」
「あれ……?」
 白姫のうながしたほうへ目を向けると、
「あっ!」
「アリスさん?」
「きゃっ」
 アリスはあわてて、
「いや、その何でも……」
「………………」
「ほ、本当に、その、依子さんに関わるようなことでは……」
 弱々しいながらもアリスは首を横にふる。
 騎士を目指す者として嘘はつけない。確かにいまアリスが見たものは『依子に』かかわるものではなくて――
(う……)
 ちらり。依子を気にかけつつ再び視線を向けたそこにいたのは、
(あれって……『あの子』ですよね)
 先ほど見た小さな白姫――
 ミニ白姫が、なんと依子の足元のすぐ後ろにいたのだ。
 と、大きいほうの白姫がアリスに、
「絶対にヨリコにバレちゃダメだし!」
「えっ、どうして……」
「シロヒメ、言ったし。シロヒメをいじめたら増えたシロヒメが復讐するって」
「言ってましたけど」
「だからだし!」
 白姫は顔面蒼白になり、
「ヨリコに復讐するためにシロヒメが増えたなんて思われたら……」
「えっ」
 アリスは思わず、
「でも、実際そうなんじゃ……」
「ぷりゅーっ!」
 白姫はアリスを蹴り飛ばし――そうなところを依子がいるためにかろうじて抑え、
「そう思われるのが恐ろしいんだし!」
「え?」
「だって、そうなんだし! シロヒメがヨリコに復讐する気なんて思われたらもっとおそろしいおしおきを……」
「アリスさん、白姫さん」
「きゃあっ!」
「ぷりゅうっ!」
 たちまち凍りつかされるアリスたち。
「先ほどから何をこそこそ話されているのです」
「それは……」
 と、白姫が耳元で、
「アリス! ヨリコの気を引きつけるし!」
「ええっ!?」
「その間にシロヒメがミニシロヒメをつかまえるし!」
「そんな……」
「いいからやるし!」
「は、はいっ」
 アリスはおろおろしつつも、
「あ、あの……依子さん」
「はい?」
 びくぅっ! 一瞥されただけでふるえ上がってしまうアリスだったが、
「あの……その……」
 確かにミニ白姫が見つかったら大変なことになってしまうかもしれない。その思いに突き動かされ、
「ち、違いますから!」
「はい?」
 びくびくっ! またもふるえ上がるが、
「そのっ、自分も白姫も反省してますから!」
「………………」
 次の言葉を待つように沈黙する依子。アリスはいっぱいいっぱいになりながら、
「自分、今朝は目覚ましより早く起きました!」
 かすかに依子の眉が動く。
 アリスは自分の言葉に勢いづけられるように、
「自分、昨日のこと、とても反省しています!」
「………………」
「葉太郎様の従騎士として、葉太郎様の馬である白姫のお世話をもっときちんと見なければいけないと!」
「………………」
「だ、だから!」
 アリスは勇気をふりしぼって依子に近づき、
「自分、いままで以上に、もっともっとがんばります!」
「………………」
 沈黙――
 そして、
「行きましょう、アリスさん」
「えっ」
 不意の言葉に戸惑うアリスだったが、
「来られないのですか?」
「あ、いえ、そんな……」
 早くも歩き始めた依子にあわてて付き従う。
「言葉だけならどのようなことも口にできます」
「……!」
「ですから」
 依子がふり返る。ごまかしは許さないという厳しい目で、
「拝見させていただきます」
「は、はいっ!」
 ふるえ上がると同時にアリスの背筋がぴっと伸びる。
 これから依子は日課である葉太郎の朝の鍛錬を始める。それを見学する従騎士としてのアリスの姿勢も観させてもらうというのだろう。
 ただの見学ではない。『見取り』というそれも立派な修行なのだ。
 ――と、
「っ!」
 不意に背中をつつかれてどきっとなるアリス。
 ふり向くとそこには、
「白姫……!」
 大きな声をあげそうになるも、かろうじてそれを飲みこむ。
 白姫の口に、小さな白姫がくわえられていた。首すじをつまみあげられた子猫のように、そのミニ白姫はじたばたと暴れていた。
 うまくいった。
 そんなふうに目で語る白姫にアリスもほっと息をつく。
「何をされているのです?」
「きゃっ……!」
 アリスはあたふたと白姫の口もとを依子の視界からさえぎり、
「すみません! すぐ行きます!」
「………………」
 どきどきどきどき――
 無言の射抜くような視線に心臓が破裂しそうになる。
「っ……」
 何も言わないまま再び依子が歩き出し、アリスはどっと脱力した。
 そしてすかさず、
「白姫、早くその子を……!」
 こくり。
 ミニ白姫をくわえたままうなずき、白姫は素早くその場をあとにするのだった。

「まー、でも、助かったんだしー」
「そうですね……」
 朝の鍛錬が終わって、朝食も済み――
 白姫とアリスは他に誰もいない中庭の隅で言葉を交わしていた。
 彼女たちの前では、ミニ白姫が桶一杯の飼い葉に顔を突っこみ旺盛な食欲を見せていた。
「かわいいしー」
「そ、そうですね……」
 若干つまりつつも白姫の言葉にうなずくアリス。
 確かにかわいいが、本人……もとい本〝馬〟がそれを言ってしまうか? もっとも日ごろから白姫は自分がかわいいと言っているし、それ以前に目の前のミニ白姫が白姫とどういう関係なのかもはっきりはしていない。
 ミニ白姫をつかまえたあと――
 葉太郎の鍛錬の場に出なければならないアリスと白姫は、非常策として空の飼い葉桶をさかさににして、そこにミニ白姫を閉じこめた。
 諸々のことが終わって解放するも、当然のように怒っていたミニ白姫。
 しかし、こうして依子手製の極上の飼い葉を与えたことで、なんとか機嫌を直していた。
「ところで……」
 アリスはおそるおそる、
「どうするんですか、白姫」
「ぷりゅ?」
「ミニ白姫のことを」
「それは……」
 白姫は一瞬言葉につまるも、すぐ、
「アリスがなんとかするし」
「ええっ!?」
「だって、そうだし? 小さくてもシロヒメなんだし。アリスの仕事はシロヒメをお世話することだし」
「それは……そうですけど」
 と言いかけて、アリスははっと頭をふり、
「いやでも、ミニ白姫は白姫とは……」
「シロヒメなんだし」
「いや、だって……」
 そのとき、
「ぷりゅぅ……」
 悲しそうな鳴き声と共にミニ白姫がアリスを見つめてきた。
「う……」
 つぶらな瞳。その上、子猫のように小さいというその愛らしさが加わり、アリスは大きく心をゆさぶられる。
「で、でも、依子さんに見つかったら何と言われるか……」
「ぷりゅっ!」
 今度は白姫が激しく動揺し、
「そ、それは……やっぱりアリスがなんとかするし」
「って無責任すぎますよ!」
 と、そのとき、
「あうっ!」
「えっ」
「ぷりゅ?」
 屋敷の中から聞こえてきた声。それは、
「ユイフォンだし」
「自分、ちょっと行ってきます」
 ユイフォン――共に屋敷で暮らす何玉鳳(ホー・ユイフォン)の悲鳴に、アリスはあわててその場から駆け出した。
「!」
 アリスが見たのは、
「ううう……」
 廊下の端にへたりこんでいるユイフォン。
 その頭がなんと――
「どうしたんですか、それは!?」
 驚きに目を見張るアリス。
 普段、ユイフォンは髪を左右でまとめている。
 それがなんと――
 額のあたりでまとめられた『三つめ』の髪が馬のしっぽのように顔の前に垂れていた。
「……やられた」
「やられた?」
 こくり。うなずくユイフォン。
「誰に……」
 ユイフォンは瞳をゆらし、
「……白姫」
「ええっ!?」
「ちっちゃい……白姫」
「えええっ!?」
 驚愕の声がほとばしる。
「で、でも……」
 あたふたとなりつつもアリスは思い出す。先ほどの朝の食卓では、特にユイフォンにおかしなところはなかったはずだ。
「あの、それはいつ……」
「さっき」
「!」
 ミニ白姫はアリスたちのそばにいた。
 つまり――
「ほ、他にもいるんですか……」
 そのとき、
「ぷりゅ」
「!」
 アリスはとっさに、
「えーーーーーーいっ!」
 騎士槍を唯一の武器とする騎士たちだが、無手の技としてレスリングの習得も必須とされている。
 そんなレスリング仕込みの素早いタックルで、アリスは曲がり角の向こうに突っこんだ。
「アリス!?」
 ユイフォンが驚く中、
「ハァ……ハァ……」
 不意の急な動きで息を切らせつつ、
「つ、つかまえましたよ……」
 アリスの腕の中には、
「あっ」
 ユイフォンが目を丸くする。
「ちっちゃい白姫……」
 あらためて信じられないという声をこぼす。
 一方、アリスも別の意味で驚いていた。
「他にもいたなんて……」
 と、すぐさま、
「ぷりゅ」
「ぷりゅ」
「ぷりゅ」
「!」
 アリスの顔がこわばる。
「えっ……ちょっ……ええぇぇ!?」
 花瓶の後ろ。
 木製の棚の陰。
 ランプ風の照明器具の上。
 物陰という物陰のいたるところから――

「「「ぷりゅ」」」

「えーーーーーーーーっ!」
 驚愕の声がほとばしる。
「ちょっ、ど……どれだけいるんですか!?」
 そう言った直後、あることに気づく。アリスと同い年でまだ十三歳のユイフォンだが、卓抜した剣の腕を誇っている。
 そんな彼女がそう簡単にいたずらされてしまうはずがない。
 しかし、これだけの数を前にしては――
「「「ぷりゅーっ!」」」
「きゃーーっ!」
「あうーーっ!」
 廊下にアリスとユイフォンの悲鳴が響き渡った。

「シロヒメ、言ったし」
 ぼろぼろのアリスとユイフォンを前に、白姫は当然という顔で、
「『叩いてみるたびシロヒメは増える』って。だからミニシロヒメがいっぱいいても不思議じゃないんだし」
「いや、十分に不思議ですよ……」
「う」
 アリスの言葉にユイフォンもうなずく。
「とにかく、そんなことより」
 白姫は、一転、深刻な顔になり、
「どうすんだし? このままではミニシロヒメのことがヨリコにバレてしまうんだし」
「それは……」
 もう仕方ない――と言いかけたところへ、
「なに早くもあきらめ顔してんだし! シロヒメがぷりゅされちゃったらどうすんだし!」
「殺(ぷりゅ)される? なんで?」
 首をひねるユイフォンに、
「シロヒメがヨリコに復讐してると思われちゃうんだし!」
 と――白姫ははっとなり、
「復讐……できるかもしれないし」
「って、白姫!?」
「だってそうだし? いっぱいミニシロヒメがいればヨリコにも勝てるかもしれないし」
「いや……無理だと思いますよ」
 アリスはおそるおそるながらはっきりと、
「依子さんは恐いですから。ぷりゅされちゃいますから」
「なに、やる前から決めつけてるし!」
 白姫はいきり立ち、
「やってみる前からあきらめるなんて騎士として失格だし!」
「ええっ!?」
「というわけで!」
 白姫はアリスとユイフォンに向かい、
「屋敷中にいるミニシロヒメたちをここにつれてくるし!」
「ええーっ!?」
「うーっ!?」
 共に驚きの声をあげてしまうアリスとユイフォン。
「ちょうどいまヨリコは出かけてるんだし」
「そうなんですか?」
「そうだし。アリスがミニシロヒメたちにやられてるときに、ヨリコの車が出てく音がしたんだし。いまがチャンスなんだし」
「で、でも……」
「なんだし?」
 乗り気でないアリスを見て、とたんに白姫の機嫌が悪くなる。
「やりたくないんだし?」
「だって、どれだけのミニ白姫がいるか……」
「そんなのやってみないとわかんないし!」
 白姫はわがままさ全開で、
「とにかく、さっさと行くんだし!」
「えぇ……」
「うぅ……」
「文句あんだし?」
 ぎろり。にらまれたアリスとユイフォンはあたふたと、
「で、でも、やっぱり……」
「うう……」
「ぷりゅう?」
 いっそう不機嫌な顔になった白姫は、
「じゃあ、いいんだし」
「えっ?」
「う?」
「シロヒメ……」
 かすかに肩が落ち、
「おとなしくヨリコにぷりゅされるんだし」
「ええっ!?」
 アリスはあわてて、
「でも、ぷりゅされると決まったわけでは……」
「決まってるんだし。ヨリコは逆らう者によーしゃしないんだし」
「それは……そうですけど」
 すると、
「ぷりゅ?」
 場の重い空気を察したのか、飼い葉をおなかいっぱい食べて横になっていたミニ白姫が起き上がる。
 そして、白姫に近づき、
「ぷりゅぅ~」
「ぷりゅ? ぷりゅぷりゅ」
 小さなミニ白姫に鼻をすり寄せられ驚いた白姫だったが、すぐにうれしそうに自分も鼻をこすりつける。
「ミニシロヒメは優しいんだし。さすがミニなシロヒメなんだし。それに比べて人間たちはなんて冷たいんだし」
「そんな……」
「うう……」
「もういいし。馬の気持ちは馬にしかわかんないんだし」
「ぷりゅ」
「ぷりゅぷりゅ」
 いっそう親しげに鼻をすり寄せる白姫とミニ白姫。
 それを前に、アリスとユイフォンは戸惑いの目を交わすしかない。
 と、白姫はぽつり、
「馬はさびしがりなんだし」
「えっ」
「ミニ白姫も」
 白姫は小さな白姫の首すじを優しくこすり、
「仲間がいないときっとさびしいんだし」
「それは……」
「う……」
「このままだと」
 白姫は深刻きわまりない顔で、
「さびしすぎて……死んでしまうかも」
「ええっ!?」
「ううっ!?」
 驚く二人。と、ユイフォンが、
「ユイフォン、探す!」
「ユイフォン!?」
「ミニ白姫、探す! さびしくなくさせる!」
「えっ、ちょっ……ユイフォン!」
 アリスが止める間もなくユイフォンは走り去っていった。
 ――と、
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅ……」
「!」
 アリスは、
「し……白姫?」
 ほくそ笑む白姫を見てがく然となる。
「ど、どういうことですか!?」
「ぷりゅー?」
 白姫はさげすみいっぱいのやれやれという目で、
「見たまんまだしー。ユイフォン、アホなんだしー」
「ええっ!?」
「単純だからホントに動かしやすいんだしー。アホなんだしー」
「なっ……!」
 さすがにアリスは黙っていられず、
「なんて悪い白姫なんですか!」
「ぷりゅー?」
「ユイフォンは本当に心配したんですよ! ミニ白姫のことを!」
「ぷりゅ?」
 自分のことを言われたとわかったのかミニ白姫が首をひねる。
 アリスは勢いこみ、
「ほら、ミニ白姫だってちゃんとわかってますよ! なのに白姫はあんな悪いことを……」
「なにが悪いことなんだし」
 再び白姫の表情が険しくなり、
「シロヒメ、何か悪いこと言ったし? 何か間違ったこと言ったし?」
「それは……」
 アリスは言葉に詰まりつつ、
「言ってませんけど……」
「ならさっさとアリスも行くし」
「って、なんでそうなるんですか!?」
「そうなるに決まってるし。アリスはユイフォン以上にアホなんだから」
「なんてひどいことを言うんですか!」
 涙目で抗議するも、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 問答無用に蹴り飛ばされ、
「ほら、行くし」
「ぐ……ぐふっ……」
 うめくアリスに、
「ぷりゅぷりゅ?」
「ミ、ミニ白姫……」
 心配そうにこちらをのぞきこんでくるミニ白姫。そのつぶらな瞳を見ていると、先ほどの白姫の言葉がよみがえってくる。
『さびしすぎて……死んでしまうかも』
「!」
 アリスは思わず、
「そんなことはさせませんから!」
 声を張り上げ――
「っ……」
 にやにやしている白姫を見てはっとなる。
「ぷりゅり」
「し、白姫ぇ~……」
「ほら、ミニシロヒメのことがかわいいならさっさと行くし。ミニシロヒメのためなんだし」
「うぅ……」
「そして、もちろんシロヒメのためなんだし」
「だからそこに納得できないところがあるんですけど……」
 抗議するもそこに力はなく、結局アリスもユイフォンに続いてミニ白姫を探しに行くことになるのだった。

「ハァ……ハァ……」
「ううう……」
 背中を合わせ疲労困ぱいでアリスとユイフォンはへたりこんだ。
「どうでしたか、ユイフォン……」
「だめ……素早い……」
 弱々しい言葉をかわし、共にため息をつく。
 ミニ白姫の捕獲は困難を極めた。
 まず、見つけ出すのに一苦労だった。そもそもが小さいことに加え、彼女たちは明確な意図を持ってこちらの目から隠れようとしていた。正直、かくれんぼの鬼をやっているような気分だった。
 そして、ユイフォンが言った通り、素早い。タックルでつかまえたことのあるアリスだったが、それが見切られたとでもいうようにミニ白姫たちにことごとくかわされた。何度も廊下をすべり、壁に顔面を打ちつけたりもして、すでにアリスはぼろぼろだった。
 とどめに、ミニ白姫たちは連携して抵抗してきた。かろうじてあと一歩というところまで追いつめても、そのたびに大量のミニ白姫たちがどこからともなく湧き出てきて、逃げていたのが一転襲いかかってくる。正直、手の打ちようがなかった。
「どうしましょう……」
「うう……」
 二人とも何も言いようがない。
 正直「やめたい」というのが本音だった。
「けど、確かに、ミニ白姫たちが依子さんに見つかったら……」
「ぷ、ぷりゅされる?」
「………………」
 わからない。それだけに最悪の事態は避けたいとも思う。
「とにかく、なんとかミニ白姫たちにわかってもらわないと。自分たちは味方だって」
「う」
 わずかに元気を取り戻し、うなずくユイフォン。
 と、そのときだった。
「あっ……」
「う?」
 聞こえた。
「いまのって……」
「白姫?」
「でも……」
 聞き慣れている白姫の歌声。
 しかし、いまアリスが聞いているのは――
「輪唱!?」


「ぷっりゅりゅーりゅぷりゅーりゅ、ぷりゅりゅぷりゅぷりゅ♪」
「ぷーぷりゅりゅぷりゅりゅりゅ、ぷりゅぷりゅりゅ~♪」
「ぷりゅ~♪」
「ぷりゅ~♪」
「ぷりゅー、ぷりゅー、ぷりゅ~♪」
 アリスとユイフォンは、あぜんと馬たちのその輪唱を聞いていた。
「じ、上手ですね……」
「カッコウの歌……」
 カッコウ――というより馬の歌になってしまっているのだが。
 歌声の聞こえてきたほうに来た二人は、いまは使われていない部屋で輪唱しているミニ白姫たちを目の当たりにした。
 扉の隙間からそれを見ていた二人は、やがてあることに気づく。
「アリス、あれ……」
「あっ」
 それは――
 まったく同じに見えるミニ白姫たちの中で、唯一『違う』と思える特徴を持つ存在だった。
 たてがみが長く、ぴんぴんと立っている。
 真面目なアリスには〝不良〟とも思えるイメージのそのミニ白姫は、輪唱する一同の前に立ち、大きな動きで指揮を執っていた。
「あれって……」
「一番偉いミニ白姫?」
 ユイフォンのつぶやきにはっとなるアリス。
 一番偉い? そんな存在がいるのかと思いつつ、一方で納得するものもあった。
 これまでのミニ白姫たちの集団による反撃は、確かに誰かの統一された〝意志〟を感じるところがあったのだ。
(でも、どうして……)
 そのとき、
「ぷりゅっ!」
「!」
 ミニ白姫たちが歌をやめ、いっせいにこちらを見た。
「う……」
「あう……」
 無数の視線を受けて――二人は、
「きゃーーーーっ!」
「あうーーーーっ!」
 扉を押し開けあふれるミニ白姫たちから、必死に逃げるしかなかった。


「ハァ……ハァ……」
「う……うぅ……」
 追っ手がないのを確認しつつ、ぼろぼろになった二人はようやく息をついた。
「き、危険ですよ、やっぱりミニ白姫たちは」
「う……」
 肯定とも否定ともつかないうめきをもらすユイフォン。
 すると、そのとき、
「あ……」
「う……」
 聞こえてきた。
 今度は、さっきの輪唱とは違う歌声が。
「なんなんでしょうか……」
「うぅ……」
 悪い予感しかしないが行かないわけにはいかない。
「ユイフォン……」
「う」
 互いにうながし合い、二人は声の聞こえてきたほうへ向かった。
「!」
 そこでは、
「ぷりゅー、ぷりゅりゅー、ぷりゅぷりゅ~♪」
「ぷりゅー、ぷりゅりゅー、ぷりゅぷりゅ~♪」
「ぷりゅ~♪」
「ぷりゅ~♪」
「「ぷーりゅ~♪」」
 二人がのぞいた屋敷の一室でくり広げられていたのは、
「ミュージカル!?」
 どこで舞台や衣装の道具を用意したのかわからないが、屋敷の使われていない一室でくり広げられていたのは、ミニ白姫たちのまさにミュージカルだった。
 そして、その中心には、
「あの子ですよ……」
「う」
 輪唱のときにも見たリーダー格のミニ白姫が、今回の〝舞台〟にもいた。
 主役と思える男装の麗人姿で。
「なんでミュージカルなんですか……」
 と、
「ぷりゅ?」
「ぷりゅ」
「ぷりゅっ!」
 アリスたちは、
「!」
 またもミニ白姫たちに気づかれ、
「きゃーーーーっ!」
「あうーーーーっ!」
 押し寄せてくるミニ白姫たちから悲鳴をあげて逃げ出した。


「今度こそ見つからないようにしないと……」
「う」
 いつの間にか目的が逆になっていることに気づかないまま、二人は次の部屋の中をそうっとのぞく。
「!」
 見ていた。
 ミニ白姫たちが――こちらを。
 すでに戦闘態勢で。
「はわわわわ……」
「ううううう……」
 そして、
「ぷりゅーっ!」
 リーダー格の勇ましいかけ声と共に、
「きゃーーーーっ!」
「あうーーーーっ!」
 逃げることも間に合わず、アリスたちはミニ白姫の群れに飲みこまれていった。

「もー、情けないしー、アリスもユイフォンも」
「そんなこと言われても……」
「うう……」
 報告に戻ったアリスたちは、白姫の前で顔を見合わせるしかなかった。
「やっぱり無理ですよ……」
「無理じゃないんだし! ヨリコが戻る前になんとかするし!」
「そんなこと言われても……」
「いいから、もう一回行ってくるし!」
「そんな……」
 白姫の横暴かつ一方的な命令に弱り切っていると、
「ぷりゅ」
「あっ」
 一番最初に見つけたミニ白姫――白姫の足元にいたその子が不意にどこかに向かって走り出した。
「ミニ白姫が……」
「つかまえるし!」
「えっ」
 一瞬戸惑うも、これまでずっとおとなしかった彼女まで乱暴なミニ白姫たちに加わっては大変と気づき、あわてて追いかける。
「待ってください! 一体どこへ……」
 その素早さは他のミニ白姫たちをつかまえようとしたことで思い知っている。それでもなんとか追いつこうとアリスは懸命に走った。
「きゃっ」
 広い屋敷の外壁を曲がったところで、アリスは驚き立ち止まった。
「あ、あの……」
 あたふたと何か言おうとした瞬間、はっとなる。
 追いかけていたミニ白姫。それがアリスの仕える騎士・花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)の腕の中で甘えるように鳴き声をあげていたのだ。
「ぷりゅ~❤」
「え、えーと……」
 小さな白姫を抱いた葉太郎は戸惑いいっぱいの顔で、
「この子って?」
「それは……」
 アリスは――これまでにあったことを語り始めた。


「そ、そうなんだ……」
 話を聞き終えた葉太郎が信じられないという声をもらす。それは実際アリスも同じ思いだ。
「でも……」
 葉太郎の顔から戸惑いが消え、腕の中のミニ白姫を優しくなでる。
「なんだか……思い出しちゃうな」
「えっ」
「白姫もね、こんなふうにちっちゃいころがあったんだ」
「それは……」
 それはその通りだろう。アリスは一年前からだが、葉太郎は生まれたときから白姫のことを知っているのだ。
「あのころの白姫も目が離せなかったっていうか……」



「ぷりゅ?」
 その日――まだ幼かった白姫は、
「ぷりゅ~♪」
 目の前をひらひらと舞う蝶に引かれ、森の奥へと入っていった。
 そして、
「ぷりゅりゅ?」
 せせらぎの音が彼女の足を止める。
「ぷりゅー」
 緑の中を流れる小川に白姫は顔を近づけた。
 と、その瞬間、
「ぷりゅ!」
 驚きの声をあげる白姫。
 のぞきこんだそこに自分とそっくりの白馬の子どもがいたからだ。
 幼い白姫には、それが水面に映った自分とはわからなかった。
「ぷりゅぷりゅ」
 話しかける白姫。
 しかし、水に映っただけの相手は何も応えない。
「ぷりゅー」
 返事がないことに白姫は機嫌を悪くする。
 と、あることに気づく。
「ぷりゅ?」
 相手が自分とまったく同じ動きをするのだ。
「ぷりゅ」
 右前足を上げても、
「ぷりゅ」
 左前足を上げても、
「ぷりゅ、ぷりゅ」
 右を上げると思わせて、再び左前足を上げても。
「ぷりゅぅー」
 白姫の機嫌がいっそう悪くなる。
 そうなったら我慢ができなくなるのが白姫だ。
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
 ばしゃんッ! ばしゃんッ!
 水面に映る相手に向かってヒヅメを振り下ろす。
 しかし、いったんはそれでいなくなっても、そこには再び自分と同じ怒り顔でこちらを見つめている相手が現れる。
「ぷりゅぅっ!?」
 戸惑いの鳴き声をもらす白姫。
 しかし、それはさらなる怒りへと変わり、
「ぷりゅーーーーっ!」
 ばしゃぁんッ!
 と、次の瞬間、
「ぷりゅ!?」
 バランスを崩した白姫は、
「ぷ、ぷりゅ、ぷりゅりゅりゅりゅーっ!」
 バシャーーンッ!
 身体ごと川に落ちてしまった。
「ぷりゅっ!」
 なんとか水の外に顔を出す。
 流れはそれほど早くないが川は思いのほか深かった。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……!」
 懸命に水をかく白姫。
 しかし、もがけばもがくほど白姫の身体は沈みそうになる。
「ぷりゅーっ! ぷりゅーっ!」
 誰もいない森の中で必死に助けを求める白姫。
 と、そのときだった。
「白姫!」
 ばしゃぁんッ!
「ぷりゅ!?」
 白姫の身体が水の中からかかえ上げられた。
「もう……びっくりしたよ」
「ぷりゅ……」
 白姫を危機から救い上げてくれたのは、
「ぷりゅーっ、ぷりゅーっ」
「ほらほら。泣かないで、白姫」
 生涯をかけて仕えるべき騎士――その一方で生まれたときからそんな思惑を超えてかわいがってくれた〝兄〟同然の葉太郎に抱きかかえられて、
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 泣きじゃくる白姫は、放さないでというようにいっそう強くすがりついた。


 そして、ある日――
 白姫は母である白椿(しろつばき)と共に葉太郎と依子の稽古を見学していた。
「ぷりゅぷりゅー」
『がんばれー』というように声援を送る白姫。
 ――だったが、
「ぷりゅ?」
 白姫の表情が曇る。彼女の目には、厳しい鍛錬を課す依子が、葉太郎をいじめているように見えたのだ。
「ぷりゅー……」
 そして、
「ぷりゅっ! ぷりゅっ!」
「ちょっ……白姫!?」
 驚く葉太郎。
 なんと、白姫が依子の足に向かって後ろ蹴りをくり返していたのだ。
「な、何してるの、白姫!」
「ぷりゅー?」
 不満そうに葉太郎を見る白姫。『せっかく助けてあげたのに』というように。
「白姫さん」
「ぷりゅ?」
 反抗心いっぱいの目で依子をにらむ白姫。
 直後、
「ぷりゅ!」
 凍りつく。
 容赦なく冷たい目が白姫を見すえ、
「葉太郎さんの稽古の邪魔をする……」
 ぐぐっ! 依子の手の内で鞭がしなり、
「その罰を受ける覚悟はあるのですか?」
「ぷっりゅーーーーっ!!!」
 ジョバーーーッ!
 盛大に失禁してふるえあがる白姫。
「ぷりゅーっ!」
 涙混じりの鳴き声をあげ、白姫は白椿に抱きついた。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 母の胸に顔をうずめ、がたがたとふるえる。
 そこに、
「依子さん!」
 決死の表情の葉太郎が割って入る。
「そのっ、白姫は僕をかばおうとして……」
「葉太郎さん」
 冷たい目が今度は葉太郎に注がれ、
「あなたはかばわれたとおっしゃるのですか?」
「えっ」
「生まれて間もない……小さな白姫さんに」
 ぐぐぐぐっ! 鞭をしならせる手にさらに力がこもり、
「葉太郎さん」
「!」
 そして、
「う……うわぁぁぁぁーーーっ!!!」
 パシーーーン! パシーーーン!
「ぷりゅっ。ぷりゅっ」
 葉太郎が叩かれるたび、たまらず顔をそむける白姫。
 そんな白姫に、
「ぷる。ぷるぷる」
「ぷりゅ……?」
 母の白椿が語り聞かせる。
「目をそらしてはいけません」
「ぷ、ぷりゅ……」
「あなたは騎士の馬になるのです。そして、あなたの仕えるべき騎士は葉太郎様なのです」
「ぷりゅ……」
 白姫は容赦のないおしおきをされる葉太郎に視線を戻す。
 それが――自分を想ってのためなのだと心に深く刻みこむ目をして。



「そんなことが……」
 葉太郎の話を聞き終えたアリスは、
「白姫は昔から白姫だったと言いますか……」
「そうだね」
 葉太郎は苦笑し、
「でも」
 腕の中のミニ白姫をなでながら、
「やりすぎちゃうことばかりだけど……白姫はいい子なんだよ」
「えっ」
 アリスの驚きの声に葉太郎はあらためて苦笑し、
「やっぱり甘いのかな。ほんとはもっとちゃんと言わないといけないんだけど」
「いえ、あの……」
 アリスは言葉に迷いつつ、
「その……葉太郎様のおっしゃる通りだと思います」
「アリス……」
 葉太郎が笑顔を見せる。
 その屈託ない笑みに思わず頬を染めつつ、
「で、でも、いまはミニ白姫たちのことをなんとかしないと……」
 そのときだった。
「ぷりゅーーーーーっ!」
「あうーーーーーーっ!」
 アリス、そして葉太郎ははっと身をこわばらせ、
「いまの声……」
「白姫とユイフォンです!」
 共に声の聞こえてきたほうへ走る。
 そこで見たのは、
「白姫!」
「ぷ、ぷりゅ……」
 まるでキャンバスのように白い身体のいたるところにいたずら書きをされた白姫。そばにいるユイフォンも顔にいたずら書きをされていたが、身体全体である分、白姫のほうが明らかに被害は甚大だった。
「やられたし……」
「ミニ白姫たちですか!?」
 こくり。白姫はうなずいたあと、
「あらい馬なんだし……」
「えっ?」
「ミニシロヒメたちのリーダーだし! シロヒメにこんなひどいことをするなんて!」
 白姫は怒りに目を燃やし、
「あれはプリュカルだし! 『あらいうまプリュカル』なんだし!」
「あ、あらいうま……?」
 確かに、荒々しいというか好戦的なところはあったが。
「けど、白姫だって十分に『荒い馬』なんじゃ」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「シロヒメのどこか荒いと言うんだし!」
「この上なく荒々しいです!」
「とにかくだし!」
 白姫の目にさらなる炎が燃え上がり、
「ミニシロヒメたちの弱点はわかったんだし」
「えっ、そうなんですか!?」
「プリュカルだし!」
 力強く断言する白姫。
「ミニシロヒメたちを指揮しているのはプリュカルなんだし。だからプリュカルがいなくなればきっとおとなしくなるんだし」
「な、なるほど」
「それに……」
 ぷりゅり、と悪い笑みを見せ、
「プリュカルがいなくなれば、シロヒメがミニシロヒメたちのリーダーになってヨリコに復讐を……」
「やめてください、悪い方向に考えを持っていくのは!」
 そばでそれを聞いていた葉太郎があぜんと、
「ふ、復讐?」
「あっ、いえ、自分は止めたんですが……」
「アリスがなんと言おうと関係ないし。これはシロヒメの問題だし」
「だったら、自分たちを手伝わさせないでください」
「えー、だって友だちだしー」
「つ、都合のいいときばっかりそういうことを言うんですから……」
「もちろん今度も手伝うんだし。プリュカルをつかまえるのに」
「えぇ~……」
「うぅ~……」
「手伝って当たり前だし! シロヒメがこんなことをされたんだから! ユイフォンは別にどうでもいいけど」
「ひ、ひどい……」
「まあまあ」
 白姫をなだめようと葉太郎が口を開く。
「ほら、いたずら書きは昔の白姫もよくやってたし」
「シロヒメはシロヒメの身体にいたずら書きされたんだし! これはひどいんだし!」
「それは……まあ」
「ヨウタロー! シロヒメがこんなにされてなんでヨウタローは怒らないの!?」
「でも、その、相手も白姫だから」
「シロヒメじゃなくてプリュカルなんだしっ!」
 ぷんっとそっぽを向き、
「ほら、行くし、アリス、ユイフォン! 今度こそシロヒメも本気を見せるし」
「白姫……」
「見せるなら最初から見せて……」
「いいから行くしーっ!」
「きゃあっ」
「あうっ」
 いきり立つ白姫にひるんだ二人は、あたふたとその後ろについていくしかなかった。

「かみさま、ぷりゅがとお~♪ シロヒメ、とってもかわいくて~♪」
「う……」
「プリュカルにーあわせてくれて~♪ プリュカルにーあわせてくれて~♪」
「なんなんですか、その歌は……」
 隣のアリスが汗ジトになる中、
「ぷりゅがとおー、ぷりゅなともだち~♪ プリュカールにあわせてくーれーて~♪」
「なんですか『ぷりゅな友だち』って」
「ぷりゅぅー」
 白姫がアリスをにらみ、
「ごちゃごちゃよけいなこと言ってんじゃねーし。アリスたちも一緒に歌うんだし」
「ええっ!? なんでですか!」
「当たり前だし。これはプリュカルをおびきよせる歌なんだし」
「プリュカルをおびきよせる歌!?」
「そうだし」
 白姫は得意そうに胸を張り、
「プリュカル……というかミニシロヒメたちはシロヒメから生まれたんだし」
「それは、その、いまだに信じられないところはありますけど」
「シロヒメは歌が好きなんだし」
「はぁ……」
「だから、プリュカルも歌でおびきよせられるんだし」
「あっ」
 確かに――アリスたちが見たプリュカルは輪唱やミュージカルをミニ白姫たちとくり広げていた。
「小さなぷりゅのメロディなんだし」
「なんですか、それは……」
 と、すぐさまアリスははっとなり、
「いや、でも、それでプリュカルたちが来ちゃったらどうするんですか!?」
「それこそ待ってましたなんだし」
「けど、自分たち、プリュカルにずっとやられてるんですよ? それをどうやってつかまえたら……」
「そこはアリスたちでなんとかするし」
「そこが一番重要なんですよ!」
 たまらず声を張り上げるアリスだったが、白姫は平然と、
「命かけてつかまえればいんだし」
「命かけて!?」
「そうだし。そういう覚悟がないからプリュカルにやられるんだし」
「いや、やられてるのは白姫も同じで……」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「とにかくやるし! 命までは取られないんだし」
「まず白姫に命取られちゃいます!」
「つまんねーこと言ってないで本気でやるんだし!」
 白姫は真剣な目で
「今度の戦いを最終決戦にするんだし」
「最終決戦!?」
 思わぬ重い言葉に驚くアリス。
 と、白姫の表情からかすかに血の気が引き、
「じゃないと、大変なことになってしまうんだし」
「大変なことって……」
 そのとき、
「ぷりゅーーっ」
 はっとなる一同。
「あの悲鳴って……」
「プリュカルだし!」
 アリスたちはあわててその場から走り出した。



「!」
 物陰に身を潜めたアリスたちが見たのは、
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 はかなくふるえる長いたてがみのミニ白姫――プリュカル。そこにアリスたちの前で見せていた大胆不敵さはまったくなかった。
 なぜなら彼女は――
「よ、依子さん……」
 アリスの声もふるえる。
 いつ帰ってきたのだろう。ミニ白姫たちのことに気を取られてまったく気づかなかった。
「あ……!」
 そして気づかされる。
 最終決戦。
 白姫がそんなことを言ったのは、ミニ白姫捕獲に時間をかけ過ぎて、もういつ依子が帰ってきてもおかしくなかったからだ。
(それにしても……)
 依子がプリュカルたちを見つけたのか、それとも無謀にもプリュカルたちのほうから依子に手を出そうとしたのかはわからない。
 よく見れば、依子からすこし離れたいたるところにミニ白姫たちが身を隠していた。
 そして、絶体絶命のプリュカルを、彼女たちもふるえながら見つめていた。
 と、白姫がぽつり、
「プリュカルに会えるように歌っていたら……」
「えっ」
「プリュカルのほうが……依子に会ってしまったんだし」
 抑揚のないそのつぶやきに、アリスははっとなる。
「白姫……」
 まさか――
 このままプリュカルを見捨てようというのか!?
 しかし、実際それで白姫の目的は達成されてしまう。プリュカルを排除してミニ白姫たちを自分のものにしようという目論見は。
 と、そのとき、
「ミニシロヒメ!」
 不意に白姫が飛び出し、大きな声をあげた。
「シロヒメの言うことを聞くんだし!」
「!」
 まさか、白姫は本当に――
「シロヒメの言うことを聞いて……」
 白姫は――言った。
「力を合わせてプリュカルを助けるんだし!」
「!」
 息をのむアリス。
 直後、
「ぷりゅーーーーーっ!」
 白姫は先頭を切って依子に向かっていった。
「ぷりゅ……」
「ぷ……」
「ぷりゅりゅ……」
 戸惑っていたミニ白姫たちだったが、
「ぷりゅ……」
「ぷりゅ……!」
「ぷ、ぷりゅーーーっ!」
 なんと、次々と隠れていた場所から飛び出して白姫の後に続いていった。
「白姫……!」
 ミニ白姫たちを率いて依子に立ち向かっていく白姫の姿にアリスは目をうるませる。
「カッコいいですよ……白姫」
 葉太郎の話を思い出す。まだ物心もつかないようなころから大切な人――葉太郎を守るために白姫が立ち上がったことを。
 やはり、白姫は騎士の馬なのだ。
 小さなころからいまもずっと、誰かを守るために戦う誇り高い魂を――
「白姫さん」
「!」
 キキキキキーッ! 白姫に急ブレーキがかかる。
「ええっ!?」
 勇ましかった白姫は、
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 依子の一瞥で、プリュカルに負けず劣らず青ざめ切っていた。
 アリスはあぜんと、
「カ、カッコ悪いですよ、白姫……」
 ――と、
「ぷりゅんなさいだし!」
 がばっ! その場で大きく頭を下げる白姫。
「シロヒメ、なんでもしますから……だからプリュカルを……」
 すると、ミニ白姫たちも、
「ぷりゅーっ」
「ぷりゅぷりゅーっ」
 白姫に続いて頭を下げていく。
「……!」
 アリスもはっとなり、
「ごめんなさいっ!」
 白姫の横に並び、頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……」
 共にいたユイフォンも同じく頭を下げた。
「………………」
 一同がずらりと頭を下げる中、それを沈黙で受け止める依子。
 不安と恐怖の時間が過ぎていき――
「何かカン違いをされているようですね」
「えっ」
 顔をあげるアリス。
 依子は、相変わらずの冷厳とした眼差しで、
「わたくしは」
 抱えていたプリュカルを下におろす。
「この小さな白姫さんをどうこうするつもりはありません」
 解放されたプリュカルは、あたふたと仲間たちに向かって駆け出していった。
「ぷ……ぷっ……ぷりゅーっ!」
「ぷりゅー!」
「ぷりゅー!」
 プリュカルは歓呼をもって迎えられた。
「よかったしー」
「あの……白姫」
 アリスはあらためて、
「自分、感動しました!」
「ぷりゅ?」
「だって……その……」
 言葉をつまらせつつも、
「プリュカルを……見捨てるつもりなのかと」
「なんてことを言うんだし」
 白姫は「ぷりゅふんっ」と鼻を鳴らし、
「確かにシロヒメはプリュカルに取って代わろーとしてたし。けど、それとこれとは話が別なんだし」
 白姫は欠片も嘘のない本気の顔で、
「シロヒメは騎士の馬なんだし! 騎士の馬が困ってる相手を助けなくてどうするし!」
「白姫……」
「ぷりゅーか」
 すこし照れくさそうに白姫は言った。
「ヨウタローと同じなんだし」
「えっ」
「ヨウタローもいつもシロヒメを助けてくれたんだし。ちっちゃいときからずっとだし」
「はい、うかがってます」
「だからだし」
「――!」
 さらなる感動の涙をにじませるアリス。
 昔から続く葉太郎の想い、そして魂はきちんと白姫にも伝わっていたのだ。
 と、プリュカルも、
「ぷりゅ……」
 つぶらな瞳をうるませて白姫の前に立ち、
「ぷりゅりゅ」
 これまでのことをあやまるようにおずおずと頭を下げた。
「ぷりゅっ」
 笑顔でうなずく白姫。すべて許すというように。
 アリスはほっとした笑みを浮かべ、
「とにかくよかったです。これで全部……」
「みなさん」
「!」
 なごやかな空気が一瞬で凍りつく。
「よ、依子さん……」
 依子は変わらない冷徹な目で、
「まだ、されていないことがあるのではないですか」
「え……」
 ぎろり。
「きゃあっ」
 心臓が止まるかというするどい一瞥のあと依子は、
「説明です」
「説……明?」
「はい」
 依子は静かにうなずき、
「帰ってきたら騒いでいる彼女……プリュカルさんたちを見かけたのですが」
 そう言って、ちらりと視線を脇に向ける。
「あ……」
 顔面蒼白になるアリス。
 視線の先――日ごろ依子が手入れしている花壇が無残に荒らされていた。地面に残るたくさんの小さなヒヅメの跡。おそらくプリュカルとミニ白姫たちのしわざだろう。
「あの、こ、これは……」
 何か言おうとするも、依子の怒りを恐れて言葉が出ない。
 すると白姫が、
「アリスがやったんだし」
「えーーーーっ!」
 とんでもないことを言われて、アリスは驚愕する。
「な、何を言ってるんですか、白姫!」
「罪を認めるし。おとなしくおしおきされるし」
「されませんよ! だって、やってな――」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 蹴り飛ばされ、強引に言葉を止められるアリス。
「ぐ……ぐふっ」
「というわけで、アリスが全部悪いんだし」
「そんな……」
「いいから黙っとくし」
 白姫はアリスの耳もとで、
「プリュカルたちを守るためなんだし。よろこんで犠牲になるし」
「えぇぇ~……?」
 ユイフォンも、
「アリス、えらい」
「え、偉くなくていいですからぁっ!」
 そこへ、
「アリスさん」
「きゃあっ!」
 冷たい目に見据えられ、
「白姫さんの言ったことは本当ですか?」
「いえ、あの、その……」
 そのとき、
「依子さん!」
 現れたのは葉太郎だ。
「葉太郎様……!」
 冷たい眼差しを変えない依子。
 その視線にさらされてさすがにふるえを抑えられないながらも、葉太郎はアリスと依子の間に立ち、
「全部、僕の責任です。僕が気づかなかったから」
「そんな……葉太郎様」
 かばわれようとしているのに気づき、アリスの声がふるえる。
 依子は葉太郎に言った。
「その通りですね」
「!」
「白姫さんはあなたの馬。アリスさんはあなたの従騎士」
 静かながら逆らうことを許さない威圧感をこめ、
「責任は騎士であるあなたにあります」
「っ……!」
 びくっと身体がふるえるも、葉太郎は依子から目をそらそうとはしなかった。
「葉太郎様……」
 その背中を見て、アリスの胸にあらためて熱いものがこみあげる。
 と、
「……だめなんだし」
「白姫?」
 白姫は自分に言い聞かせるように、
「ヨウタローがシロヒメのことでぷりゅされちゃうのは……もう絶対……」
「白姫……」
 そして、
「ヨリコ!」
 白姫は葉太郎の隣に立ち、
「……っ……ぷ……」
 隣に立ち――そして、
「って、やっぱりこわいんだし……」
「ちょちょっ……!」
 あっさり引っこんでしまった白姫に、思わずよろめくアリス。
「ぷりゅーか、アリスだってヨウタローの従騎士なんだから、ヨウタローのこと助けるし」
「ええっ!?」
 反射的に依子を見るも、氷の視線に一瞬でふるえ上がり、
「む、無理ですよぉ……」
「無理じゃねーし! 行くし!」
「だったら、白姫が行ってください!」
「シ、シロヒメ、急におなかが……」
「嘘をつかないでください!」
「嘘じゃねーし! ヨリコの恐怖によるストレスで……」
 そのとき、
「わかりました」
「!」
 静かな一声に、アリスは絶望的な何かを悟る。
「葉太郎さんが責任を取るべきと思いましたが……」
 ぐぐぐっ! 鞭が狂暴にしなり、
「騎士に関わる者としての自覚がみなさんにはすこし足りないようですね」
 そして、
「きゃーーーっ!」
「ぷりゅーーっ!」
「あうーーーっ!」
 アリスと白姫にユイフォンも加わり、恐怖の悲鳴がこだまするのだった。

「プリュカルー」
「まって、プリュカルー。みんなー」
 数日後。
 白姫の友だちである子どもたちの間で、早くもプリュカルを中心としたミニ白姫たちは人気者になっていた。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅ」
 ミニ白姫たちも子どもたちと遊ぶのをよろこんでいるようだった。
「よかったしー」
「えっ」
 一緒にその光景を見ていた白姫の言葉に、アリスは驚きの声をもらした。
「ぷりゅー?」
 そんなアリスの反応が気に入らないというように、
「なんだし? よくなかったって言うし?」
「そ、そういうわけではなくて……」
 アリスは口ごもりつ、
「その……白姫はあまりうれしくなかったりするのかなと」
「ぷりゅ?」
「だって……」
 アリスはミニ白姫に夢中な子どもたちをちらりと見て、
「友だちを取られちゃったみたいな」
「何を言うし」
 白姫は「ぷりゅぷん」と憤り、
「シロヒメ、そんな心のせまい白馬じゃないんだし」
「はあ……」
「アリスとは違うんだし。いつもシロヒメのかわいさに嫉妬してるアリスとは」
「嫉妬してないです」
 そこはきちんと否定して、
「じゃあ、本当に大丈夫なんですね?」
「大丈夫も何もないし。そもそもミニシロヒメは『ミニ』な『シロヒメ』なんだし」
 得意げに鼻をそらし、
「つまりシロヒメがかわいいからミニシロヒメたちもかわいいんだし。シロヒメに人気があるも同然なんだし」
「それは……そうかもしれませんけど」
「そうなんだし」
 いっそう鼻高々な白姫。
 すると、
「白姫ー」
「ぷりゅ?」
 ミニ白姫に夢中だった子どもたちがこちらに来た。
「プリュカル、知らない?」
「いなくなっちゃったの」
「えっ、プリュカルが」
 あわててアリスはミニ白姫たちを確認する。
 確かに、彼女の姿が見えない。
「どこに行ったんで――」
 そう言いながら白姫のほうを見たアリスは、
「! 白姫!?」
「ぷりゅ?」
 子どもたちも、
「わー、白姫ー」
「白姫、かわいー」
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ?」
 みんなが急にそんなことを言い始めた理由がわからず、戸惑うように首を左右にふる白姫。
 そのたびに、彼女の〝たてがみ〟が――
「白姫……」
「なんだし? なんで、みんな『かわいい』って言ってんだし? 確かに、シロヒメ、かわいいけど」
「……やられちゃってますよ」
「ぷりゅ!?」
 そのとき、ようやく白姫は気づいた。
「ぷりゅーーーーっ!」
 たてがみが編み上げられていた。それはミニ白姫に初めてやられたのと同じだった。
「い、いつの間に!?」
 すると、
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅっ……」
「ぷりゅ!」
 物陰に隠れて笑っているプリュカルを見つけた白姫は目をつり上げ、
「何すんだし、プリュカルーっ!」
 つかまえようと飛びかかるも、プリュカルはそれを見越していたようにかろやかな足取りで逃げ始める。
「待つしーっ! どうしてこんなイタズラするんだしーっ!」
「それは……」
 アリスは思った。
 ついさっき「白姫がかわいいからミニ白姫もかわいい」と言ったのと同じで、白姫がいたずらをするような性格だからプリュカルもいたずらをするのでは――
「待つんだしーっ! コラーっ!」
 追いかけっこをくり広げる白姫たちの姿に、子どもたちの笑い声がはじける。
「ぷっりゅっりゅっりゅ……」
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅっ……」
 ミニ白姫たちも笑い出し、中庭にこれまで以上のにぎやかな空気があふれ返った。

ポケットの中にはシロヒメがいっぱいなんだしっ❤

ポケットの中にはシロヒメがいっぱいなんだしっ❤

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-23

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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