ともだち

ともだち

茸不思議小説です。縦書きでお読みください

 ここは小さな島の原始林の中である。この島に人はすんでいない。直径一キロほどの島で、木で覆われているが、特段珍しい物もなく、島の回りで釣りをしても大した収獲がない。近くには魚がよく釣れる小さな島が無数と言っていいほど点在している。そのようなことでこの島に人が上陸することは皆無に近い。忘れられている存在である。茸島と呼ばれていて、周りの兎島と蛙島と梟島が三角形を作っているその真中ほどに位置する。それぞれの名前の由来は明らかではないが、四つの島は大昔からそのように呼ばれているということである。
 今、茸島にボートで乗りつけ、島のほとんどを占める林の中を歩いてきたところである。ここに僕の友達がいる。
 「来たよ」
 林の中に声をかけると、あいつが顔をだす。
 「持ってきてくれたのかい」
 そう言って、落ち葉の中から黄色い茸が伸びてきた。
 「ああ」
 僕はリュックの中から袋を取り出す。
 「デルクはイチゴか」
 「そうだよ」
 苺の飴を落葉の上に乗せると、黄色い茸がその上に飛び乗った。黄色い茸のデルクのやつは秋には見ることができない苺に憧れている。だから苺の飴が好きだ。
 そばの落葉から赤い茸が顔をだした。モルクだ。
 「やあ、元気かい」
 「ああ、ほら、これだろ」
 袋から薄荷のドロップをだして落葉の上においた。
 赤い茸のモルクがひょいと飛び上がってドロップの上に降りた。
 「お、すっとする旨いね」
 「それをなめたら、頼みたいことがあるんだ」
 「なめながらでもいいよ」
 モルクがそう言うので私は話すことにした。
 「困ってるんだ」
 「何んで」
 茸は飴をなめながらでも話せるので便利だ。柄の底で味わって、傘を振るわせてしゃべるんだ。
 「八百屋の茸がそろって我が家にやってきて、かくまってくれと言ってね、昨日から泊まっている」
 「誰だい」
 「杏茸だ」
 「この町の八百屋に杏茸があるのは珍しいね」
 「何でも八百屋のおやじが山から採ってきたそうだ、それで、八百屋の店先で売られていたわけだが、袋に入った培養の占地やエレンギー、マシュルームなんかが悪口を言うんだそうだ」
 「何だって言うんだ」
 「土から生えた奴は汚い、とか、がさつだとかね、それを聞いた、うちの黒猫と白猫が同情して連れてきちまったんだ。
 「それで、俺たちに何しろっていうの」
 「いや、あいつ等をこの島につれて来ちゃだめかい」
 「ああそういうことか、いいよ、遠慮いらないよ」
 「今度は何をもってこようか」
 「ミルキーがいい」
 「モルクもミルキーでいいかい」
 「うん、僕もミルキーが食べたい」
 二つの茸はどちらも飴が大好きだ。
 「それじゃ、ばいばい」
 僕は島の入り江の砂浜に引き上げておいたボートを海の中に押して飛び乗った。
 二十分ほど漕ぐと町の浜辺にたどり着く。ここでボートをいつものところに引き上げると、綱を防砂林の松の木に縛り付けた。
 我が家はそこから歩いて十分である。
 家に着くと、黒猫の五郎と白猫の四朗が縁側で日向ぼっこをしている。
 「帰ったよ」と声をかけると、五郎が「腹減った」とそばによってきた。
 玄関を開けると五郎だけ入ってきて、四朗が入ってこない。
 「四朗はどうしたんだ」
 「うん、杏茸に気になることを言われたんだ」
 「なんて言われたんだ」
 「玉なしって」
 「何だ、そんなことか、本当に玉はとっちまったじゃないか」
 「だけど、タイミングが悪かったんだな」
 「なんだい、そのタイミングって言うのは」
 「四朗が物置に杏茸がいるのを忘れて、隙間からはいると、杏茸の上にけつを乗せて座っちまったんだ。
 それで、杏たけは重く苦しくて、「たまんねえじゃねえか」、と言ったのを、あいつ、玉がねえじゃねえかと聞きまちがえて、すごすごとでてくると、濡縁でしゅんとしちまったんだ」
 「デリケートな奴だな、五郎だって玉なしだろうに」
 「俺はぜんぜん気にしないね、あんなもんない方が身のためだ、春になって、みっともなく鳴き歩くのはやだね」
 「ああ、そうか、五郎はまだ子供の時に取られたからな、四朗は何匹か子供をうませてからだから、懐かしいのかもしれんな」
 五郎も四郎も知り合いの家で生まれ僕の家に来た。五朗はくれた家で去勢をされてからやってきたが、四郎は我が家に来て、一年たってから去勢したのだ。
 「そんなもんかね、俺は美味いものを食えればいいさ、魚は獲れたのか」
 「あの島は魚は獲れないよ、友達がいるんだ」
 「三毛猫か」
 「三毛猫がいるのは兎島(うさぎじま)、今日行ってきたところは茸島」
 兎島には野良猫が気ままに暮らしているのでたまに遊びに行く。
 「何がいるんだ」
 「茸だ、それで、杏茸をそこに逃がそうと思う」
 「八百屋のおやじはさがしているだろうな」
 「うん、もしかすると、警察に届けたかもしれないよ」
 「あのおやじはしみったれだからな」
 「ちょっとのぞいてこよう」
 僕は小屋に行って中を覗いてみた。床に置いてあった箱の中の杏茸がいっせいに僕を見た。
 「茸島に連れていってやるぞ、島の茸たちがいいと言ってたよ」
 「そりゃあ、ありがたい、土の上で生えることができれば幸せだ」
 「それだけじゃないよ、あの島は茸浮き島ともいって、島に生えた茸は土から飛び上がったり、動いたりすることができるんだ」
 「どうしてそんなことができるんだ」
 「わからないが、僕が茸島の林に散歩に行くようになったら、茸と話ができるようになった、それだけじゃないんだ、植物や猫や犬とも話ができるようになった」
 「もしかすると、魔のトライアングルと同じようなところかもしれないな」
 「それはなんなの」
 「フロリダのバミューダ海域を通る船や、上を飛ぶ飛行機が消えてしまう事件が続発して、魔のトライアングルと呼ばれているんだよ、それは電磁波の乱れといわれているけど、茸島は言霊のトライアングルかもしれないね、生き物たちの言葉が溶けてだして、どのような生き物同士でも言葉が伝わるようになるんだ」
 杏茸は物知りである。
 「だけど、今君たちの言葉は日本語だよ」
 「え、あんたさんの言葉は茸語なんだよ」
 「ということは、自分たちの言葉が自動的に翻訳されて相手に聞こえるということだな」
 「そうだよ、だから、言霊のトライアングルで暮らした者は言葉が溶けてしまって、どのような動物にも伝わるのだよ」
 「あの島にいかなくなると、言葉がわからなくなるのかな」
 「きっとね、でも、あんたさんは、よくいくのだろ、だから言葉が溶けるんだよ」
 「でも、どうして茸が飛び上がれるようになるのだろう」
 「きっと、浮遊力がつくんだろう、茸だって動きたいものね、その島の重力もおかしいかもしれないね」
 近くにそんな場所があるとはちょっと信じがたいことである。
 「それでいつその島につれていってくれる」
 「明日は日曜日だから明日でもいいけど、雨のようだからちょっと大変だな、とすると、次の土曜日か日曜日」
 「一週間か、仕事の後はだめなの」
 「うん、薄暗くなって波が高くなって、ボートをこぐのが怖いよ、もし半日休みが取れる時があったら、早く連れて行くよ」
 「そうか、しょうがないね、がまんするよ」
 「五郎と四朗になにかあったら話してよ、ところで、四郎のやつ玉ねえじゃねえかって言われたと思って、しゅんとしている」
 「なんだい、俺たちそんなこと言ってないよ」
 「うん、たまんねえと言ったのを、玉ねえ、と聞いちまったようだよ、男の動物にとって玉がなくなるのはつらいんだ、四郎は嫁さん探しをしている時、去勢しちゃったんで、自信がなくなってるんだ」
 「どうしたら、立ち直れるのかな」
 「立派な髭だねって言うと、雄猫は喜ぶよ」
 「わかった、言ってみるよ」
 
 次の日、やっぱり雨である。今日は一日ごろごろしているしかない。
 朝食の用意をしていたら、黒猫と白猫が猫口から中にはいってきた。雨の日はタオルで拭いてやらなければならない。雄猫というのは雨であっても外が好きなようだ。
 「おう、主人、今日はいい日だな」
 濡れた白猫がやけに元気だ。体を拭いてやると、
 「あの茸たちは、なかなか、男気があって、かっこういいやつらだ」
 ははーん、茸たちの奴、ちゃんとやったなと思ったら案の定、
 「俺の髭は長くて立派だとほめおった、今まであった猫で一番立派だそうだ、何でも山猫とやらよりすごいらしい」
 全く嘘付きだ。山猫より髭が長いわけはないだろう。
 黒猫の五郎が僕に目配せした。五郎の奴よくわかっている。
 「髭を大事にしろよ、玉なんか無くたって、髭が立派なほうがいいよな」
 そう言ったら、四朗がふにゃっとなった。と思ったら、また、のろのろと、猫穴から出ていってしまった。
 「まったく、しょうがないね、あんたは、デリカシーのないやつだ、余計なことをいう、だから、嫁さんこないんじゃないか」
 五郎の奴に言われて、僕もしゅんとなった。猫穴から出られるのなら出たいと思ったが、それは無理だろう。
 「あんたさんには、髭がない、穴の大きさなどわかるわけがない」
 五郎は厳しい。
 「おまえも、杏茸になぐさめてもらえ」
 そう言われたので、
 小屋に行くことにした。
 五郎が「俺の体を拭いてからいけ」とどなった。
 すんませんと、あやまって体を拭いてやった。
 傘をさして、小屋の戸を開けると、ぷーんと杏の匂いがした。
 四朗が杏茸の入っている箱の前で話をしている。
 「ふーん、あの玉の中に、子供の元がいるって言うのか」
 「そうだ、だけど、そんなもの無くても、人生は十分楽しめるんだ」
 「そうか、それで茸は子供の元はどこにあるんだい」
 「ここだよ」
 杏茸の一つが頭を傾げて、傘の下の襞を見せた。
 四朗がのぞき込んでいる。
 「見えない」
 「そりゃそうさ、目に見えないような小さなものだ、胞子というのだけどな、玉の中には精子という元がある、それだって目には見えない」
 「確かに、どっちも子という名が付いている、杏茸の兄さん方物知りだね、だけど、俺はその玉を取られちまったんだ」
 「そりゃおあいにくだが、あれがあると、他の雄と雌取り合いのとっくみ合いをして怪我するし、人にうるさがられたり大変だよ」
 四朗にはよくわからなかったらしい。
 「年をとった猫と会ったことはあるだろう」
 まだ玉があるとき、四郎は雌をもとめて、歩いていて、日溜まりでうっつらうっつらしていた雄猫に会った。
 四朗は雌かと思って、大きな声で「グニャーゴ」と鳴いた。すると、その年をとっている猫が「ご苦労なこった、わしゃ二十歳になる雄じゃ」と、四朗を見た。それで「わしゃ、もう、寝るのと飯食うのだけがたのしみじゃ」と言った。そのときは何を言っているのかわからなかったが、今納得した。だけど、四朗の気がめげた状態は戻らなかった。
 そこへ僕が小屋に入ったのだ。
 僕は茸を見て思い出した。
 「おい、四朗、玉をやるよ、茸浮遊島の茸たちは、その玉が好物だ」
 「そりゃどんなものか、精子が入ってるのか」
 「いや、きなこの飴玉だ」
 家にはいろいろな飴がおいてある。
 「あ、やっぱり子がはいっているんだな」
 四朗の早とちりである。まあいいだろう。
 「それで、その飴玉とやらは、どうするもんなのだ、ご主人」
 丁寧語になった。
 「浮茸島の茸たちはその上にのっかる」
 「飴玉で遊ぶのか」
 「いや、茸たちは底に口があるらしい、なめて楽しむんだ、旨いし元気が出ると言っている」
 「そんなに旨いものなら、俺にもちょうだい」
 「よし、それなら、部屋に戻るぞ、あ、忘れてた、杏茸のみなさん、もう少しがまんですよ、明後日、晴れたら、午後休みをもらって帰ってくるから、茸島に連れていってあげましょう」
 「あれ、まあ、そりゃ、楽しみだ」
 杏茸はがさがさと箱の中で、傘を揺らした。茸島にいけば、歩くことができるようになるだろう。
 白猫の四朗を連れて家に戻ると、黒猫の五郎が身繕いをしていた。
 「何だ、もう戻ってきたのか」
 五郎が金色の目を向けた。四朗は恥ずかしそうに銀色の目を細めた。
 「ご主人様が玉をくれるんだと」
 「なんの玉だ」
 私は慌てて言った。五郎に余計なことを行われると面倒くさい。 
 「飴玉だ」
 五郎が口を開きそうになったので、目配せをしたら、口を閉じた。そういうところはなかなか大人だ。
 だが、やっぱり聞いてきた。
 「なんの飴玉だ」
 「きなこ飴だ」
 「子がはいってるんだよ、嘗めると元気がでるんだよ」
 四朗が目を輝かせている。
 「ほら」ガラスの壷からきな粉飴を取り出して四朗の前に置いた。
 「あれ、玉じゃない」
 きな粉飴はひし形をしている。ちょっと冷や汗が出たが、「それは嘗めると体の中で玉になるんだ」と言い繕った。
 五郎が嘘つきめという顔をしている。
 四朗は納得したようで、赤い舌をちょろっと出すと、きな粉飴を嘗め始めた。
 「うん、うまい」
 口の中に入れると、きな粉飴を転がし始めた。髭がぐにょぐにょ動く。
 「本当にうまいのか」
 五郎が疑り深そうに四朗に聞いている。四朗はうなずく。
 「よう、主人、俺にも一個くれ」
 きな粉飴を前に置いてやった。五郎はぱくりと、口の中に入れると「ひえ、あま」っと飴玉を吐き出した。
 「ぺっぺっ、あーやだ」そう言いながら残っていた猫餌をカリカリと食った。「口直しだ」。五朗の口は大人かもしれない。
 四朗は美味しそうに嘗めている。
 「元気が出そうだ」
 五郎は不思議そうに見ている。きっと、杏茸のあんずの香りが鎮静作用をもたらしたのかもしれない。
 「一個なめると、一個の玉が体の中にできる、もう一つ食べれば、二つになって、元通りだよ」
 と僕は余計なことを言った。
 それを信じた四朗は、一時間もかかって、飴を嘗め終わると、もう一つくれとせがむので、もう一つやった。
 すると、それも一時間かけて嘗め終わった。
 「うまかった、元気が出たようだ」
 そう言うと、四朗は尾っぽをあげて、猫穴から外にでていこうとする。雨なのに元気なものだ。
 それを見た、黒猫の五郎が、
 「ありゃ、おい、ご主人、白のケツを見ろよ」というので、みると、大きな玉が二つぶる下がっている。
 「本当になっちまったんだ」
 白はガシャンと音を立てて、猫穴からでていってしまった。
 驚いたもんだ。
 
 その日はいい天気になった。半日休みをもらって、茸島に行くことにした。
 杏茸の入った木箱に新聞紙をかぶせて、ボートに運んだ。
 途中で自転車に乗った魚屋のお兄ちゃんに会った。
 「魚釣りかい、いいの穫れたら、買い取るよ」
 お兄ちゃんは自転車を止めると笑顔を振りまいた。滅多にないが大物が釣れると買い取ってくれた。
 「なんだい、甘い匂いだな、杏の匂だ」
 これには困った。
 「僕には匂わないけど、じゃ、行ってきます」
 あわてて、ボートのある浜の方に行った。
 こうして、何とか島にたどり着くことができた。
 箱を抱えて林の中に入ると、デルクとモルクが落ち葉の中からちょっぴり顔をだした。
 「ミルキーもってきたよ」
 それを聞くと茸たちは落ち葉の中から飛び出した。
 杏茸の入った箱を下に置くと、バッグからミルキーを取り出して前に置いた。
 デルクとモルクはひょいと飛び上がると、ミルキーの上に着地した。
 「お、うめえ」
 デルクが声を上げた。モルクも同じ声をあげた。
ぴちゃぴちゃと飴を嘗める音がする。
 しばらくすると「どうなってるんだい」とくぐもった声が聞こえる。それで気が付いたのだが、杏茸の箱に新聞紙がかぶせたままだった。
 「あ、悪いことした」と新聞紙をどけると。杏茸の傘が動いた。
 「もう見つかることはないか」
 杏茸はまだ動くことはできないが、背伸びをした。黄色と赤い茸が白い飴の上にのっかって、幸せそうにしている。
 「お、お仲間、黄金茸と紅茸ではないですか」
 「ほお、この島に来たいという杏茸のみなさんか、よかったな、ここは茸の楽園でね、この人間がたまにくるくらいで、誰も来ない。この人間は飴をくれるからね」
 「お二人はどうして、動けるのかな」
 「この茸島は重力と言霊のトライアングルでな、しばらくいると、浮き上がることができるし、誰とでも話せるようになる」
 「どのくらいでなれますかな」
 「茸と草はたった八分、猫は八日、人は長くて八年間」
 「ほう、わしらを運んでくれた、この御仁は八年間もこの島に来たことになるのかね」
 「そう、この男は、中学校の時、試験になる度にこの島に逃げてきて、それでも高校に受かって、やっぱり、定期試験の時になると島に逃げてきた、一回くれば一日とカウントするんだ」
 「だが、それだけでは、八年にならないだろう」
 「そうだが、それが、なんと、東京の大学に受かって、学生の時は里帰りしたときだけしかこなかったが、この町の役場に勤めることになったものだから、しょっちゅう来る、役場勤め十五年、それで四年ほど前から、俺たちと話ができるようになった、今ちょうど十年になる」」
 「ほう、それは大変なものだな、俺たちは、ここに来て五分だ、もうすぐ、飛び上がれるということだな」
 「そうだよ」
 デルクとモルクがミルキーを嘗めながっら、カウントダウンを始めた。茸というのは体の中に時計をもっているようだ。
 「ワン半ドレッド、ナインティーナイン」
 なぜ英語でカウントダウンするのだろう、それにおかしいことに底でミルキーを嘗めているのに、口に飴玉を入れているような声になっている。
 「テン、ナイン、エイト、セブン、シックス、ファイブ、フォア、スリー、トゥー、ワン、ゼロ、アップ」
 杏茸たちが箱から浮き上がり飛び出すと、落ち葉の上におり立った。
 「おー、落ち葉の感触、これじゃなきゃ」
 落ち葉の中にちょっと潜って、柄の底を土につけて感激の声をあげている。
 「土だ、土だ、久しぶりの土だ」
 今度ははねて、はしゃいでいる。
 デルクとモルクが「仲間ができてよかった、この林も杏の匂が強くなったな」と笑った。
 茸も笑うのである。
 「ところで、友人、いつも飴玉をもらって、ありがたい、いつまでも人間でいてほしいなあ」
 どのような意味なのだろう。
 杏茸もそれを聞いて、跳ねるのをやめた。
 「じつはな、この島に十年いると、人間は茸になれる、希望をすればな」
 それは初耳だ。
 「いや、まだ嫁さんももらっていない、人間でいるよ」
 「そうか、それじゃ、嫁さんと飴玉をたくさん持ってきてくれよな」
 「うん、それじゃ、今日はこれで帰る、杏茸と仲良くたのむよ」
 「もちろん」
 「ありがとよ」
 デルクとモルク、それに杏茸たちに見送られて、ボートに乗った。

 家に戻ると、玄関の前に八百屋さんと、若いお巡りさんがいた。
 「どうしました」
 僕が尋ねると、お巡りさんが「八百屋さんから茸が盗まれて、この家の小屋が怪しいと、八百屋さんが言うんだが、調べさせてちょうだい」
 「盗んだりしてないけど、どうして僕なの」
 「魚屋のお兄ちゃんが、アンズの匂いがしたといっているぜ」
 八百屋屋のおやじは僕を犯人だと思っている。だいたい、ただで採ってきた茸を狭い箱に入れて、高く売るからいけないんだ。
 「どうぞ小屋を見てください」
 僕は小屋を開けた。
 こりゃまずい、そう思ったら八百屋のおやじがほら見ろという顔をした。
 アンズの匂いだ。
 「中を見てください」
 お巡りさんが中にはいると、中にごったに置いてある庭の手入れの道具の間をくまなく調べた。
 「ないね」
 「そんなことはない、アンズの匂いがした、家の中も調べろ」
 八百屋のおやじはしつっこい。
 お巡りさんは「すいませんが、家の中も見せてください」
 と頼むので、中に案内した。四朗と五郎がソファーの上で寝ている。
 「やっぱり、アンズの匂いだ」
 八百屋のおやじが主張するのだが、お巡りさんは「なにもないよ」
 と困った顔だ。
 「これでしょう」
 僕はお菓子のガラス壷から、飴玉を取り出した。
 「あげましょう、おいしいですよ」
 一つずつ渡すと、杏の香りがぷーんとした。
 お巡りさんは「すいませんな、こりゃアンズの飴ですね」と、口に放り入れた。
 なかなか感じのいい青年だ。
 「うまい飴だ、いや、お手間とらせました」
 お巡りさんは八百屋をせき立てて、家をでていった。
 ところが、次の日、仕事に行く前に、お巡りさんが保健所の女の人を連れてきた。
 「朝早くすいません、あの八百屋のおやじが、胞子の検査をしろと言うので、小屋の中の埃をとらせてください」
 お巡りさんがそう言う傍らで、保健所の女の人は、にこにこしている。色の白い、ころっとしたかわいい小さな娘である。
 「私、茸好きなんです」
 そう言いながら、埃がうっすらと積もっている小屋の中の床の上を小さな掃除機で吸った。
 「終わりました」、おまわりさんに言った。
 「胞子があったら、どうなるのでしょう」
 お巡りさんに聞いてみた。
 「うーん、胞子が杏茸のものであるとなったら、逮捕ですかな、だが、胞子は飛んでくるから、証拠としては弱いでしょうから、すぐ釈放されますな」
 「すぐ逮捕ですか」
 「いやいや、一般的な話で、そもそも、八百屋で杏茸を売っていたのを見た人がいなくて、仕入先の伝票もない、採ってきたというが、その証拠もない、だから、無理でしょう」
 なかなか、理にかなった説明だ。
 僕は保健所の彼女に、「茸が好きなら、茸の生えている綺麗な島に案内しましょうか」
 といつの間にか言っていた。
 まあるい顔をにこにこさせて、「あら素敵、お願いします」
 ということで、日曜日に、飴玉をもって、茸島に案内することにした。
 
 「どうして、飴玉もっていくんです」
 ボートの中で彼女が聞いた。
 「あの島の茸は飴玉が好きなんです」
 「面白い茸」
 茸浮島につくと、林の中に行って、「デルク、モルク、今日は榮太郎の梅干し飴をもってきたよ」
 そう言うと、枯れ葉の中から、黄金茸と紅茸、それに杏茸たちが顔を出した。
 「あら、茸たちが動いている」
 梅干し飴を周りに置いてやると、茸たちが飛び上がって、「うまそー」と言いながら、飴の上にのっかった。
 ぺちゃぺちゃと音を立てながら嘗めている。杏茸もみんなして飴玉を舐めている。
 「かわいいのね、茸が飴玉を好きなんて知らなかった」
 彼女はそう言いながら
 「あ、やっぱり、あなたが、杏茸をぬすんだの?」
 と聞いた。そこで、猫の四朗と五郎が家に連れてきたことを詳しくはなした。
 それを聞いていた杏茸たちが、
 「いや、ご主人のおかげで、私たちは自由になれました」
 そう言ったのだが、彼女にはわからなかった。
 「彼女には、聞こえていないんだよ」と杏茸にはなすと、「誰と話をしているの」と
 彼女は不思議そうだ。それで、この島に八年かようと茸や植物、それに動物たちと話ができるようになることを説明した。
 「楽しい、私も通おうかしら」
 「うん、それがいい、ボートで連れてきてあげよう」
 「私、ボートは漕げるのよ、一人でも来れるわ」
 二人して、林の中で茸たちを見て回った。色々な種類の茸が生えている。
 「わたし、絹傘茸、綺麗で大好き、レースをまとった貴婦人よ」
 僕はデルクとモルクに絹傘茸が生えてないか聞いてみた。
 「いないね」と言うことで、彼女に絹傘茸は生えていないというと、残念そうであった。
 こうして、日曜日は彼女と浮茸島で楽しく過ごした。

 明くる朝早く、電話があった。保健所の彼女からだ。
 「お巡りさんが、逮捕に行くって、あの八百屋のおじさんしつっこいのよ、町長に言いつけに行ったの、町長は八百屋さんの親戚なのよ、それで、逮捕だって、どうする」
 「あの島にとりあえず隠れるけど、猫の面倒頼めるかな」
 「いいわよ、猫ちゃん大好き、しばらくしたら、ボートで必要なもの持って行くわ」
 ということで、あわてて、ちょっとした食料と寝袋と飴玉をもって浮茸島に渡った。
 デルクとモルクはびっくりした様子だったが、
 「しばらく隠れているといいよ」
 親切に言ってくれた。
 その日、昼休みに、赤いボートに乗って彼女が島に来てくれた。サンドイッチをもってきてくれた。
 「本当に逮捕するらしいわ、小屋の埃は埃じゃなくて、杏茸の胞子だったの、あんなにたくさんの胞子があったので逮捕するんだって、きっとこの島にも調べに来るかもしれない」
 それで、彼女に十年通うと茸になれると言う話をした。もし、お巡りさんたちが来たら、茸になると説明した。
 「そうなったら、猫ちゃんたちも連れて毎日遊びに来てあげる」
 彼女はとても親切にそう言ってくれた。
 とうとう、それが本当になってしまった。お巡りさんがこの島にやってきた。
 「デルク、モルク、ぼくも茸になるよ」
 「残念だけど、しょうがないな、なんの茸になるの」
 「絹傘茸」
 「一度決めちゃうと、変えられないよ」
 「いいよ」
 僕は絹傘茸に変身した。
 杏茸たちが見上げて「きれいなもんだ」と拍手をしてくれた。
 白いレースを纏い、なんだか自分じゃないようだ。回りも良く見える。体中が目で耳なんだ。底の方から土の香りと冷たい水が体に流れてきて、気持ちがいい。動くためにはもう少し時間がかかる。
 お巡りさんが来た。茸たちはおとなしくしている。
 「こりゃきれいな茸だね」
 「絹傘茸よ、茸の女王」
 保健所の彼女も一緒に来ている。
 「茸泥棒はいないようだね」
 「きっと他に逃げたのよ」
 こうして僕は逮捕から逃れたのである。
 明くる日、保険所の彼女がボートでやってきた。
 「ほら、黒猫チャン、白猫チャンご主人さんよ」
 四朗と五郎の名前を彼女に教えていなかった。
 四朗が尾っぽを振り振りそばに来た。
 「よう、ご主人、茸になっちまったんか」
 新しい玉をぶらさげて、自信ありげだ。
 「ああ、逮捕されそうだったので茸になった」
 僕はぴょんと飛び跳ねた。
 「ここでは茸も動けるんだな」
 五郎もそばによってきた。
 杏茸たちが顔をだした。
 「おや、猫さんたち久しぶりですな、その節は、助かりました」
 「杏茸さんも元気そうで」
 そんな話をしていると
 「それじゃ、猫ちゃんたち、元気でね、たまに来てあげるわ」
 そう言って保健所の彼女が帰って行ってしまった。もっといてくれてもいいのに。
 「四朗、五郎、おいてかれたぞ」
 「ああ、あんたの家は警察に包囲されて、俺たちいるとこないんだ」
 「彼女が面倒見てくれないのか」
 「動物飼えないアパートなんだ、俺たちここ気に入ったよ」
 「それならいいけどね、彼女が来てくれるから」
 こうして、僕は絹傘茸になり、猫たちと暮らすようになった。
 頭がむずむずするようになった。
 四朗と五郎が「やな匂いがする」と言った。
 頭のてっちょうが緑色になりべとべとしてきた。
 金蠅やアブがやってきて、からだ中に止まった。
 「いい匂いだ」
 金蠅たちはぺちょぺちょ僕を嘗めた。この匂いが蝿たちにはお好みなんだ。
 「すごい匂いだな」
 「胞子が熟すとそうなるよ」
 デルクとモルクが言った。
 「絹傘茸は、姿はいいが、匂いはひどいね」杏茸たちも言った、四朗と五郎は遠巻きにして僕を見ている。匂いに我慢ができないようだ。
 保健所の彼女がバスケットを抱えてやってきた。おや、あの若いお巡りさんも一緒だ。我々の前でピクニックシートを敷いた。
 「座りましょ」その上に二人で腰をおろした。
 彼女がバスケットを開けてサンドイッチを取り出した。
 「はい」とお巡りさんに手渡すと、二人して食べ始めた。「あんたたちもね」四朗と五郎もかりかりをもらっている。約束は忘れていない。
 「絹傘茸って、やな匂いがするのね」
 彼女はそういいながら、ワインの栓を抜いた。
 お巡りさんと一緒に飲んでいる。
 だんだん顔が赤くなってきた。お巡りさんの腕が彼女の肩にかかっている。
 あ、保健所の彼女、おまわりさんとシートの上で横になっちまった。
 「猫が見てるよ」
 お巡りさんが言うと、「人はいないわ」
 と、彼女はブラウスのボタンをはずしはじめた。
 むー、僕は体全身が目なのだ。茸は目をつぶることができない。
 「いいところでしょ、自然がいっぱい、また来ましょ」
 いい、もう来なくていい。
 「猫ちゃんたち、バイバイ、元気でね」
 保健所の彼女はかわいらしく手を振った。
 デルクとモルク、それに杏茸が僕の周りに集まってきた。
 四朗が言った。
 「まだ嫁さんいなかったんだな、玉がなくなったんじゃなくて、体がなくなっちまったんだから、ご主人同情するよ」
 「いや、茸は茸の楽しいことがあるから、これからが生き甲斐探しだよ」
 茸たちがなぐさめてくれた。僕は茸たちに言った。
 「もうあれは見たくない、茸だからもうすぐ萎れていくのだろ」
 期待したのである。
 ところが、モルクがこう言ったのだ。
 「いや、ここは魔のトライアングル、この島の生き物は死なないのだよ」
 僕は永久に絹傘茸ということである。
 「だけど、茸さんと猫と、いい友達にかこまれて、ご主人は幸せだ、そのうち飛び上がれるようになって、海も泳げるようになるさ、そうしたら、みんなで、どこかに遊びに行くこともできるよ」
 五郎がそう言った。
 真っ白な絹傘茸の自分が緑色の海面をプカプカ浮かんで泳いでいる様を想像した。クラゲに間違えられないだろうか。
 そう、嫁さんより友達が一番だ。
 僕は観念した。

ともだち

ともだち

人の訪れることのない小さな島に、茸の友人が住んでいる男の奇妙な物語。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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