あらかじめポケットに忍ばせていたものは
あの日待ち合わせ場所の
赤い看板が目印の喫茶店に
謝りながら駆け込んで
溢れる涙の訳を
暑いね今日も、なんて
ありきたりな決まり文句で押さえ込んだ君
アイスコーヒーを注文するその横顔に
安心して、僕はいつでも味方だよって
温かい言葉をかけたかったけれど
明るい道化者の
厚い仮面をかぶった君の強がりを
アウンの呼吸で受け止めた僕
「あぁそうだ、
明日が公開最終日だった
圧倒的迫力の
アメリカンな舞台のチケット、
あっちこっち探し回って
あそこの海辺の店で見つけたんだった」
あまりにも上手くない
あからさまな僕の嘘を
呆気なく君は見破っただろうね
あれ?
アタシ、その舞台見たいって言ってたっけ
呆れ顔でちょっぴり笑ってくれる君を
青空の下へ連れ出す口実にはなったかな
アンデルセンの童話に出てくる
哀れなお姫様の物語を
小豆色のレンタカーの中で
飽きずに話し続ける君
あはは、まるで君の物語みたいだねって
ある程度気付いていたけれど
合わせるように
相槌だけを繰り返す僕
上げ過ぎたラジオの音量をいじりながら
飴玉を口に放り込む君
アップテンポな曲が流れて
アニメソングと気付く僕
天色のつもりの空の下へ辿りついた時には
辺りはうっすら夕日色で
あやふやな水陸の境界線に臨んだ二人
「あーあ、君に
藍色の海の深みを見せたかったのに
秋が近いから日の入りも早いのかな」
明らかに口数の増える僕
怪しみながら
曖昧な表情を見せる君
「あらら、舞台のチケット買い損ねちゃった」
穴埋めのプレゼントね、って手渡したのは
アクアマリンの涙の滴のペンダント
あっと驚いて
慌てて俯いて
茜色に染まった頬を隠す君
愛してるなんて
甘い言葉はちょっと言えない臆病な僕
「貴女には笑顔の方がお似合いです」
改まった台詞を並べてみたら
ありがと
あ、やっといつもの笑顔に戻ったね
あらかじめポケットに忍ばせていたものは