卵
「その死体、蘇らせないで下さいよ」
頭上から棘のある声が降って来て、我に返る。頭を後ろに反らせると、そこには呆れ顔の少年の姿があった。
「えー」
私は不満を音にし、膝の土を払いながら立ち上がる。
「せっかく始末したのに、蘇ったら二度手間じゃないですか」
「二度手間って……この人にも、一度は更正の機会を」
「だから人じゃないですって、それ」
冷めた視線で死体を指し示し、伶夏はポケットに突っ込んでいた左手を出した。
「とりあえず」
彼は死体の頭部に左手の影を落とす。
「原型が無きゃ」
そして握り潰すかのように空を掴んだ。
「諦められますよね?」
ぐしゃともガシャともつかない、大きな卵が地面に落ちたような音だった。
見るも無惨な姿となった破片の一つを手に取る。ここまでになると元通りにするのは困難だ。
「伶夏のヒトデナシ」
私の批判を余所に、彼は笑っていた。
「ま、オレ、人外なんで、人で無しは当たってますけど」
彼の左目の眼光が一瞬鋭くなり、また元の無邪気なものに戻る。私は溜息を吐いた。
「はいはい、そーですか」
「というか茜様、もう行きますよ。既に結構遅刻してるんですから」
伶夏は前髪を掻き上げ、目を伏せた。澄んだ肌が日の光を受けて白く輝く。
「ほら、早くして下さい」
ほんのり彼の頬が染まる。
「うん」
私より低い彼の肩に手を掛け、躊躇いなくその額に強く口付ける。
「っつ……」
紫の痣が浮かび、それが一瞬消えた後に鮮やかな金色の紋様が現れる。
伶夏は少し眉を寄せたまま、もう平気だと言うように頷いた。
「行くよ」
私は両手の親指の爪を鋭く紋様に突き立てる。殻を割るように、私の指はその中、彼の額の奥に減り込んだ。
気が付くと、広陵な草原の真ん中に寄り集まった、臙脂色の衣装を纏った集団の直中に立っていた。
「茜様、また刻限をお破りに」
前方で話をしていた司祭が小言を挟み、伶夏が深々と頭を垂れる。
「遅れまして申し訳ありません。擬い物の相手をしておりました故」
彼の声に反応し、臙脂服達が急に距離を取った。
「穢らわしい扉」「この空け、道具は口を慎め!」「化物風情が」
口々に野次が飛ぶ。
「伶夏は友人です」
私はにこやかに声を張った。
「しかし茜様、あんな物」
「友人です」
私の特技は蘇生と玉入れだ。百発百中的を埋め、黙させる自信もある。
傍らの友人は私の姿勢に表情を曇らせた。
好い気味だね伶夏、私は君を人外とは認めない。私は心中で胸を張った。
卵