外気は冷たく、芝生は僅かに湿り気を帯びていた。通りを照らす街灯もこの辺りには見当たらず、星を眺めるにはちょうど良い場所だった。
 僕と彼女は公園の雑木林のさらに奥、その開けた空間に並んで足を投げ出した。
 穏やかに語る彼女と、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ僕。視線の先にあったはずのオリオン座が頭上高く昇っているのにふと気付き、いつの間にか随分時が過ぎていたことを知った。

「最後にね」
 そう彼女は切り出した。
「話しておきたいことがあるの」
 僕らの吐く息は白く霞みながら、天へと昇っては消えていく。
「去るものは追わずに生きてきた現在を否定するつもりはないけれど、本気の時の追いかけ方くらいは、学んでおいても良かったと思う」
 しみじみと言う彼女の真意は分からなかった。
「それは、過去の僕の話ですか。それとも、未来の詩織さんの話ですか」
 その瞳はここではない何処かを見ているようで、僕には彼女が何かとてつもなく大きなものの話をしている、そんな気がした。

「星が瞬くのは、空気が汚れているせいなんだって」
 僅かな沈黙の後、彼女は先程とは違った静謐な声音でそう言った。
 僕は彼女が、それ以上の何かを語るつもりがないと悟った。僕が踏み込めるのはここまでなんだと思うと、胸が微かに痛んだ。
「そうですか。知りませんでした」
 期待に応えようとした訳ではなかったと思う。それでも僕は今まで通りを装った。語尾がほんの少しだけ掠れたことを除けば。
「うん」
 大きく頷いた彼女の横顔は、もはや何かを憂えているようではなかった。僕はその時、彼女の強さと抱え込んだ脆さに触れたように思えた。
 左手に彼女の体温を感じる。ここに確かに存在している、その温かさがどうしようもなく愛しく、そして苦しかった。
「でも、それでも、綺麗だよね」
 見上げた星空に散りばめられた光はちらちらと揺れるように瞬いていて、確かに美しかった。それはあたかも彼女の澄んだ瞳の様だった。僕の覚悟を、彼女が目にしたことはあっただろうか。
「綺麗ですね」
 素直に言葉が漏れた。
「ありがとう」
 彼女はそう言った。いや、そんな気がしただけかもしれない。

 目線を天から地上へ戻す。知らぬ間に、僕の両手の指先は冷えて感覚を失くしていた。
 何かを忘れている気がする。先程まで僕の隣に、かけがえの無い大切な何かがあったのだという、根拠のない確信が生まれた。
「星が」
 星が瞬いていた。その理由について、以前誰かから聞いた事がある。

冬の夜空を見上げる「僕」たちのお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-21

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