5歳の子供とナス

例えば、ここにあるナスで世界を破壊するようなことを企むとしたら、
僕はどうしよう。机の上に無造作に置かれたナス。
まず、人類の全ての人間がナス嫌いになるように
仕向けなければならないのかも知れない。すなわち、
誰もがこの場所から逃げ出したいように、
ナスという物質が存在しない場所に逃げ出したいように、
そう仕向けることができれば、それは不可能なことではないのかも知れない。
もしくは、そのナスを大量に栽培することによって、
地球の生態系のバランスを崩すことも、良案なのかもしれない。
けれども、初心に帰って、まずなぜ、僕がこんなことを考えるのかというと、
それは僕が、この上もないほどにナスのことが大好きだからである。
ナスのことが大好きだからである。
このナスと、2人だけの世界に棲みたいと考える。
このナスと、心も体も一心同体になりたいと考える。
そんなおかしな人間になってしまうほど、僕はナスにのめり込んでいるのだ。
まず、彼のボディの染色がこの上ないほどいい。
紫色、という選色。
エロティックで、しかし幼さもどこか残るそんな不思議な色合い。
丸みを帯びてかぷりと食いつきたい、魅力的なライン。
僕は、ナスという彼に惹き込まれている。
香りを嗅いでみると、それもまた新鮮な野菜そのものの香りで、
僕に非不健康の象徴のように思わせる。
僕は、彼をきつく抱きしめてみた。もちろん、
彼は何も返してはくれないけれど、それだけで僕は嬉しかった。
彼は、少しツンデレの部分がある。いや、まあそれは野菜全般がそうか。
無邪気な面影をちらつかせながら、しかし性質は寡黙で、
歪んだところがない。
僕はナスが大好きだ。その性質、遺伝子そのものが好きだ。
そんな風に生きていきたいと思うほど、軽く尊敬もしている。
でもそれ以上に、友達という趣の方が強いのかも知れない。
ナスと僕は、友達。本当に、心から信頼できる、友達。
彼は僕を、裏切らない。
醜態な口約束もしないし、それで僕を幻滅させたりもしない。
僕は、彼を尊重する。心から尊重して、そして丁寧にその身を調理して、食べる。
それが、彼に対する礼節だからだ。
別に彼が僕に食べてくれと頼んでくれたわけではないけれど、
食糧になってくれる分には、僕は彼に礼節を尽くさなければならないと思う。
そうして今日も、ナスを調理する。


お母さんが大量にナスを買ってきた。
僕はもう、17歳。
お母さんは、未だに僕がナスを好物だと思い込んでいる。
でも、それは僕がまだ、5歳だったころの話。
僕は今、ジャンクフードが一番の好物だ。

5歳の子供とナス

5歳の子供とナス

幼い男の子が、大好きなナスのことを心の中で褒めたたえます。 小さい子供は無邪気だな、そしてナスっていいな、と思いながら読んでもらえると、幸いです。 読んで頂けると、嬉しいです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted