「今日は部活、出るんだね?」
 佐々野は首を傾げながら、しんみりとそう言った。
「まあ。たまには顔出しとかないとなって」
 俺は彼女の顔をまともに見られず、俯き加減にそう答える。
「分かった。じゃあ私、先に帰るね」
「ああ、悪いな」
「ううん。また明日」
「うん」
 明るい声の響きだけを残して、彼女は教室を出て行った。その姿が視界から消えて暫くしても、俺は立ち上がることが出来なかった。
 本当は唯、一緒に帰りたくなかった。
 昨夜からずっと考えている。俺はこの先どうしたいのか、どうするべきなのか。

 高校二年の夏休み、風邪を引いて受けられなかったテストの再受験で偶然隣の席になってから、何となく佐々野と一緒に帰るようになった。
 何がきっかけで言葉を交わすようになったのか、実はよく覚えていない。強いて挙げれば、文学少女風な雰囲気なのに国語が苦手と知った時に、ふと興味が湧いたことくらいか。
 教室に残って色々な話をした。顔を出さなくなったバスケ部のこと、付き合っていた女子大生に浮気された揚句振られたこと、もうすぐ三歳になる弟がしょっちゅう熱を出して入院すること。思えば口を動かしていたのは俺ばかりで、佐々野はその取り留めもない話を、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれた。
 そのまま連れ立って外に出て、自転車を押しながら歩いていたら、いつの間にか俺の家の前だったのを覚えている。あんなに夢中になって話したのは久しぶりだったし、何よりその相手がほぼ初対面の女の子ということに、俺は後になって衝撃を受けた。

 あれから数カ月。
 佐々野との思い出は増える一方で、それが当たり前になっていた。昨日という日さえ無かったことに出来れば、それはきっとこの先も問題なく続いていたはずだ。
 好きか嫌いかと聞かれれば、俺は佐々野が好きだ。それでも恋人になりたいとか、そういうのとはどこか違う気がしていた。俺も男だし、人並みに欲はある。それでも彼女にだけは、そんな感情を抱いてはいけない気がした。

「今日は天気悪くなるぞー。用無い奴は早く帰れー」
 生徒指導の服部の大声が、廊下を闊歩していた。
 佐々野に何て言おうかと考えながら、机の横に永らく掛けたままにしていたバスケットシューズに何気なく触れた時だった。隣のクラスの佐々野が教室へ入ってきたのは。
 部活出るんだねという彼女の台詞は、タイミングが良すぎたのか悪すぎたのか。俺はその敷かれた逃げ道に、つい手を伸ばした。

高校二年生の「俺」達の選んだ、嘘のお話。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-21

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