夏
ジーワジーワと、蝉の鳴き声があちこちから響いていて、耳がおかしくなりそうだった。
昔よく遊んだ雑木林を、あの日々の二倍はある歩幅で進む。あんなに長く大きく感じていた世界は、予想していた以上に短く小さい。懐かしさよりも、そうと分かったことへの寂しさの方が、ほんの少し勝っていた。
バス停から雑木林の小道を抜け、左に曲がってすぐ、目的の家の縁側に座っている人影を見つけた。
「おばあちゃあん!」
我ながら良く通る声は、田んぼの畦道を南風と共に駆けて行った。
「あらまあ、ちょっと見ない間にこんなに大きくなって」
祖母はお土産の煎餅を受け取りながら、しみじみと私を眺めた。
「おばあちゃん、いつも大袈裟なんだから。去年会った時から、背、伸びてないよ」
「そうだったかしらねぇ」
目を細め控えめに笑う祖母の表情はやはり、記憶の中の父に良く似ていた。
今日からしばらく泊まる部屋に荷物を置くと、縁側から庭へ出た。広くはないがよく手入れされた畑には、トマトやキュウリが瑞々しい実をぶら下げて並んでいる。
「去年の夏は、ずーっと東京の病院だったでしょ。だから畑のお野菜も全部駄目にしてしまってねぇ」
祖母は少し、遠い目をした。
「今年はよおーく育ったから、おじいちゃんにもいっぱいご馳走してあげられるわ」
真夏の風が頬を炙る。
髪の毛に染み付いた線香の匂いが鼻先を掠めた。それは夏に呑み込まれてしまった、父と祖父の匂いだ。
夏