異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 日本大会
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第1幕
日本の羽田空港に便が着いたのが午後3時台。
飛行機を降りる頃になってようやく目眩や耳鳴り、吐き気の症状が治まってきた俺。
これなら、寮に帰って寝られる。
そう思うと、いくらか活力が戻ってきた。
空港から紅薔薇の校舎まで専用バスがお目見えし、複雑な乗り換えも無く安心した。
交通機関の乗り換えは知識も無ければ記憶もないのですぐ迷う。
空港から学校までの移動時間は、周りの広告やお店も全て日本語で書かれてて、雰囲気的にやっと祖国の地を踏んだという気になってくる。
え?高校生如きが祖国を語るなって?
今まで日本を出たことの無い俺が1か月前後外国にいたんだ、言って悪いか。
学校に着いたバスから降りたのが午後5時前後。
科が違うと別々の寮になる紅薔薇では、数馬と俺の寮も別々だった。飛行機の中で寮に住んでいることだけは聞いていたから、別々に帰ることだけは認識していた。
数馬とはバスを降りた場所で別れて、寮まではサトルに付き添ってもらうことにしたのだが、紅薔薇の専属ドクター(校医ってやつだな)がまだ学校にいる時間だったので、サトルの勧めもあり診察を受けることにした。その頃にはもう、少し眼の焦点が合わずフラフラしながらも1人で歩けていた。
逍遥と聖人さんが俺とサトルの荷物持ちで付き合ってくれて、2人は荷物をもって直ぐに寮へと戻ってくれた。
俺とサトルは、そのまま校舎に入って医務室を訪ねた。
専属ドクターは、ぽよぽよしたおじいさん先生。判断はあまり頼りにはならないが、大病院への紹介状を書いてくれると専らの噂。
俺が症状を並べ立てて診断を仰ぐと、ひと言。
「脳震盪じゃない?」
「のうしんとう?」
「頭ぶつけなかった?」
「いいえ、全然」
脳震盪ではないかとも言われたが、俺はどこにも頭をぶつけてはいない。
やはりドクターだけでは診断がつかないと言われ、大きい病院を紹介された。
明日病院にいくことをサトルと約束して2人で寮に戻り、紹介状はサトルが保管することにして、俺は自室に入ってジャージに着替えた。
久しぶりに自分のベッド。
1ケ月ぶりのマイベッドは、どこの高級ホテルのベッドよりも俺を深い眠りに誘ってくれた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝、サトルが俺の部屋に顔を出した、一緒に病院に行こうという。
数馬は生徒会の策戦会議に出席しなければならないということで、寮にも来なかったし、病院にも付いて来なかった。
逍遥と聖人さんは朝早くからどこかに出掛けてしまったようで、サトルと2人で病院に行ってくれとのメモが残されていたという。
医師の診断はフランスの病院と同じでメニエール病ではないかということだったが、試合の時は全くそのような兆候がないことを医師も疑問視していた。
俺だって不思議だよ。
ああ、試合では緊張してるから目眩起きないのかな、と言ったら、「そんな気楽な病気ではありません」と目を三角にして怒られた。
じゃあなぜ試合後から移動日だけメニエール病の症状が現れるのか。
一重に、ストレスは関係してくるかもしれないという。
でも試合前なら未だしも、試合後にストレスなんて俺としては有り得ない。
「HOW ABOUT NO!」
英語のスラングで「有り得ない」と言う意味だそうだ。
俺はスラングまではわからない。
医師は5日間の休暇を取る様俺に申し渡し、その旨を診断書に認めた。
俺とサトルは一旦寮に戻り、サトルは俺の診断書を出しに学校に、俺はそのまま5日間の休暇と相成った。
5日もすることないなんて俺としては困るのだが、それが診断ということであれば守らねばなるまい。ドクターの言うことを聞いて寮にいながら、日本大会目指してイメージトレーニングを続けることにした。
午後になると、どこかに行ってた逍遥と聖人さんが寮に戻ってきた。
俺のメニエール病らしき症状が治まったのを見て、2人とも安心したようだった。
「逍遥に聖人さんまで、いったいどこいってたの」
「内緒」
逍遥は相変わらず言い方が冷たい。
いつものことなのでスルーして聖人さんを落そうと必死に言葉を探す。
「ね、聖人さん。どこ行ってたの」
「逍遥のお父君のところに行っただけさ。これまでの大会の報告を兼ねてな」
「ふーん」
「ふーんってなんだよ」
「聖人さんは嘘が下手だからさー」
「何だよ、俺嘘なんてついてねーぞ」
「ホントはどこ行ってたの」
頭を掻きながら、深刻そうな表情を垣間見せる聖人さん。あと一歩で、落ちる。
「俺のことで何か調べに行ったんじゃないの」
聖人さんは時折逍遥の方を見ながらぐったりと項垂れた。
落ちた・・・。
「やつの身辺を洗ってたんだよ」
「やつって誰」
「大前数馬」
俺は別の意味で目眩を起こしそうになっていた。
なんで数馬がそんな仕打ちをうけなくちゃいけない。
数馬が一体なにをしたってんだ。
「もう、どうしてみんな数馬を嫌うのかわかんない。俺がよければそれでいいじゃん」
俺の言葉に鋭く逍遥が反応した。
「君は気付いてないかもしんないけど、不審なんだよ、やつは」
「やつ、って呼び方、止めてくれる?腹立つ」
「じゃあ、大前数馬」
「数馬が何で不審者になるんだよ、あんなに一生懸命に俺のサポートしてくれてるのに」
「君、自分の身体がどうなってるかわかってないんじゃない?」
「俺の身体が何。メニエール病は数馬に関係ないだろ」
「大前数馬が君のサポートについた後から君の身体の異変が始まってる。でもメニエール病ではない。メニエール病なら試合の時だけ治るはずがない」
「それでか?それだけで数馬を不審者扱いするなんて、どうかしてるのはそっちだろ」
「海斗、いい加減気付けよ。普段、君だって鏡くらいみるだろ。自分の顔や身体、よく観察するんだね」
「なんだよ逍遥、その言い方。俺が毎日何もしてないみたいじゃないか」
聖人さんが仲裁に入ったが、俺の意見に同調するはずもなく。
「海斗。俺自身、お前に魔法かけたからわかる。これは病気じゃなくて、たぶん、魔法だ」
「大佐殿が知らない魔法なんてこの世にあんの?どうあっても数馬を陥れたいわけ?」
「俺にだって知らないものはあるさ」
「ちょっと。知らないなら口出さないでくれる?」
俺の口調は段々と悪くなり、声も大きくなっていったらしい。
それこそ普段なら、聖人さんにこんな酷い台詞は吐かない。
そこに、学校から戻り俺の様子を見に来たというサトルが突然部屋に入ってきた。
「君ら、なにしてんの。大声は廊下に響きっぱなしだし、ノックの音だって聞こえてなかったでしょ」
俺はサトルに助けを求めた。
「サトル、聞いてくれよ。2人とも変なんだ、俺の調子の悪いのは数馬のせいだ、って」
サトルはサッと顔色が変わり、頬は紅潮し神妙な顔つきになった。
「2人がそういったの?」
「そうだよ」
一呼吸置くサトル。
俺は心のどこかで、サトルの父親に逍遥や聖人さんを罰して欲しいと思っていたのかもしれない。
だから、サトルが俺と同じ考えを口にするものだとばかり思っていた。
そう、俺と同じ考えを・・・。
「海斗。僕も逍遥たちの考えに近いものを持ってることは確かだ」
俺は耳を疑った。
なぜ?なぜサトルまでがそんなことを言う?
「おい、サトル。なんで君までそんな風に言うんだ?」
「考えてもごらんよ、海斗。僕は今日病院についていったけど、君がメニエール病とは思えなかった。僕らでさえそう思うんだ、大前数馬は君の体調について日頃から把握し生徒会に報告する義務があったはずだ」
「俺が具合悪くするのが試合後の移動日だけだから。みんな見てただろ、俺試合の時は調子悪くなかったよな?」
「だからこそ、だよ。大前数馬が君を病院に連れて行くべきだったんだ。なぜ彼はそうしなかった?チャンスは2回もあったのに」
「普段は練習で精一杯で行く暇なんてなかった」
「それを止めてまでも行くべきだったと思うけど。その辺はややこしい事情がありそうだね」
サトルにも俺の言い分は通らなかった。
段々俺は面倒になってきた。
俺のひとりっこの悪い気質がここで出てきた。
その昔小さい頃、自分のいうことが通らないと駄々をこねるのが昔からの俺のやり方だった。小学生も高学年になると駄々をこねることこそやめたが、代わりに貝の口のごとく口を閉ざし相手を無視する。亜里沙や明は、ちょくちょくその餌食になっていた。
今回はモロにその癖が出て、俺は口を閉ざして皆を無視する方法をとり、ゆっくりと立ち上がると皆がいるにも拘らず自分の部屋から廊下に出た。
誰も俺を追いかけてくる者はいない。
みんなで数馬の悪口で花を咲かせてるのかと思うと、無性に腹が立つ。
たまたま外出にも耐えうるジャージを着ていたので、俺はシューズボックスにあるランニング用のスニーカーを履いて、寮を出た。
何キロか走ろう。
疲れてくるうちに嫌なことを少しでも忘れよう。
あれ?疲れ?
もしかしたら、俺は疲れが溜まるとメニエール病のような症状に陥るのかもしれない。で、試合で疲れて症状が出て、移動中は症状が俺を襲い次の会場がある国に渡ったところで段々症状が無くなってくる。
これじゃないのか?メニエール病もどきの原因は。
よし、日本ならどんだけ走っても安全な国だ。
走り込み過ぎるくらいに走り込んで疲れたら、またあの目眩を経験するかも。
俺はペースを上げて、走り出した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
何キロ走っただろう。
俺は息も絶え絶えで寮に戻り自分の部屋のドアを開けた。
当たり前だが、もう、誰もいない。
それでいいや。
数馬のことをあんな風にいうやつらとつるむなんて、まっぴら御免だ。
俺はもう、傍に数馬さえいればそれでいい。
あんなに息が切れるくらい走ったのに、目眩や耳鳴りは襲ってこない。
俺の場合、疲れがメニエールもどきの原因ではないことが実証された。
では、原因はなんだろう。
ストレス。
これは毎度毎度のことで、俺は試合の度にストレスを感じてた。
全日本から薔薇6経由してGPSに出場してるから何試合こなしたかわからない。
果たして突如として起こった目眩の原因がストレスと言い切れるかどうか。
でも、俺に考えられる症状の原因要素はこのくらいのものだった。
数馬は学校に行ってるんだろうし、俺はあと4日もこの寮にいなくてはならない。
おや?確か・・・
俺たちGPS組は、授業は公欠扱いのはず。
だから逍遥たちは朝から出かけていたし、サトルも診断書だけ出して寮に戻ってきた。
今、数馬はどこで何をしてるんだろう。ああ、生徒会に行くとかなんとか言ってたような気もするけど。
でもそれなら、俺の診察結果も聞いてるはずなんだが。
そしたら普通は俺の寮に顔出すよなあ・・・。
もう俺の体調は戻ったのだから、数馬に会って調整を続け日本大会に出なければ。
自国開催の利を生かし、今度こそ上位を狙いたいと思っているのに。
でもその日、数馬は俺の寮に現れなかった。
俺は数馬の住んでいる場所もわからず、公欠扱いの5日間は数馬の居住所を調べるために学校にすら行くこともできないため、自分でイメージトレーニングするしかなかった。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第2幕
公欠扱いで寮に缶詰めになって2日目。
俺は昼寝をしていて、不思議な夢を見た。
いつものように数馬が隣にいて、俺の身体をマッサージしてくれていた。
肩甲骨を中心に、最初は仰向けで、次にうつ伏せになりコリを解していく。うつ伏せになり俺が寝息を立てた時だった。
数馬が寝息を立てている俺を確認して、俺の身体に向けて呪文のようなものを唱え、背中、足腰、腕、首と順々にマッサージの要領で身体を触ったあと右手を丁寧に翳していた。
俺は空中の天井辺りから自分を見ているような感覚に捉われていて、その行いがとても不思議に感じられた。
夢の中の俺は魂が空中に、身体はベッドの上と分れていた。
目を覚ました俺が何事かと聞くと、「君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部」という答えが返ってきた。
俺は思わず「同化していくのか」と聞くと数馬は「そう、君と僕はひとつになるんだ」そう言った。
そして俺はまた眠りに就き身体と魂が2分され、俺と数馬の2人が1つになる瞬間までそれは続き、俺の魂は行き場を失って闇に消えた。
次の日も、昼にうたた寝していると同じ夢を見た。
数馬は優しく俺の身体をマッサージしながら手を翳していた。
「君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部」と繰り返し、「君と僕はひとつになる」と結び、俺の魂は行き場を失って闇に消えていく。
その翌日も同じ夢を見て、俺の魂は結局、闇に葬り去られた。
どうして3日間も続けて同じ夢ばかりみるのか誰かに相談したかったが、もう、逍遥たちとはあんな別れ方したあとだし、今さら謝って話をする気もない。
それよりも、数馬に会ってこのところ見る夢の内容を聞いてみたい気持ちに駆られた。
本当に数馬はそう思っているのか、ただ単なる夢なのか。
でも、所詮は俺の夢。
数馬が関係しているはずもない。
それにしても、どうして俺は同じ夢ばかりみるのか。
そして、数馬が俺を訪ねてこない理由は何なのか。
もしか、逍遥たちが数馬に何らかの手出しをしているとしたら・・・。
いや、逍遥はまだしも、聖人さんがいる限りそれはないだろう。
聖人さんは冷静に物事を判断できる人だ、すぐに手は出さないはず。
それよりも心配なのは亜里沙と明だ。
亜里沙は沸騰しやすいから、今回の件に関して情報が伝わったら、数馬に対し何らかの暴力を働くかもしれない。逍遥にでさえあんな暴力振るったくらいだ。
俺は公欠ではあったが、別に伝染病にかかっているわけではないので、学校に行って生徒会で数馬の居住地を聞きに行こうと決心した。生徒会にはサトルがいるかもしれないけど、譲司か南園さんに聞けばいい。
なるべくならサトルとは口を利きたくない。
俺は制服に着替え外に出た。
もう、銀杏の樹から葉が落ちてきて、歩道は実で物凄い臭いを放っている。ああ、樹にもオスとメスがあるんだなと空を見上げながら銀杏の実を探す。
これが全部下に落ちたら、冬がやってくるのか。
銀杏の実を踏まないように気を付けて歩きながら、俺は学校までの5分を楽しんだ。
同化。
俺は夢に出てきた同化という言葉がとても気になっていた。
帰りに図書館に回って、魔法大全でも読んでみようか。聖人さんから借りたやつはとうの昔に返していたから。
生徒会室に行くと、運悪くサトルしか部屋にいなかった。
「おう」
俺はバツが悪くなって一言だけ声を掛ける。
サトルは俺の顔を見て、胸ポケットの名札を見て、すごく驚いたような顔をした。
「海斗?」
そして、俺の左腕を引っ張ったかと思うと、勢いよく部屋を飛び出し生徒会室の脇にあるトイレに入っていく。
俺とサトルはトイレに篭った。
「海斗だよね、君。自分の顔見てきた?」
失礼だな。顔くらい洗って鏡くらい見るよ。
俺は余裕のあるふりをして答える。
「ああ、別に変わりないけど」
サトルがOH MY GOD!と叫んでいる。
「なんてこった」
サトルはそのまま目を瞑り誰かと離話していた。
そしてトイレの鏡に右手を翳し、俺に鏡の前に立つよう命令した。
「ほら、自分で顔見てごらんよ」
俺を鏡の前に無理矢理立たせる。
はて、サトルが何を言いたいのか、俺には把握できかねた。そこに映っているのは紛れもなく俺だったから。
「何も変わりないよ、サトル、何言ってんの」
サトルは恐怖に顔を引き攣らせ、わなわなと震えだした。
「海斗!本当に変わりなく見えてるの?自分が?」
「どこも変わりないさ」
「ちゃんと見て!本当に変わりない?」
「何度も言わせんなよ」
そのうちに、バタバタと廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
男子トイレに入ってきたのは、逍遥と聖人さん、そして亜里沙と南園さんに譲司。
南園さんを男子トイレに入らせるわけにもいかないので、俺は一旦廊下に出た。
「おはよう、南園さん」
「・・・失礼ですが、どちら様ですか・・・?」
え?
俺だよ、南園さん、わかんないの?
離話で話しかける。
「八朔、さん?」
南園さんは驚いたように目を見開き、まるで幽霊かお化けでも見たかのように何が何だかわからないといった表情を見せた後、気を失ってバタリと廊下に倒れ込んだ。
亜里沙が周りの男子に声掛けし、譲司によって南園さんは医務室に運ばれる。
俺たちはまた男子トイレに入った。事を大きくしたくないから。
皆が俺の顔を見てもう一度、目を疑ったかのように黙り込み、沈黙する。
沈黙が何秒続いたのだろう。俺には長く感じられたが。
沈黙を破ったのは亜里沙の低い声だった。
「あんた、目をやられたのね」
久しぶりに会う幼馴染に、突然目をやられたのねと言われても、何のことやら俺にはわからない。
「何言ってんだよ、亜里沙まで」
「これはあたしじゃどうにもならない」
「何が」
「あんた、同化魔法かけられたのよ。誰かに」
「なに、それ」
亜里沙は、俺の前に立ち説明を始めた。
「いい?海斗。同化魔法って言うのはね、何回も何回も相手に魔法をかけ続け、少しずつ相手の身体を乗っ取る魔法なの。そして相手の精神を啄みそこに自己の精神を巣食わせるのよ。防御魔法や破邪魔法、自己修復魔法も他者修復魔法も効かないわ」
「で?それが俺に何の関係があんのさ」
「最初に言ったでしょ、誰かに同化魔法かけられた、って」
「なんでそんなのわかるわけ」
「あんたは今、元々の八朔海斗の顔じゃないわ。それにも気付かないということは、目を乗っ取られて今に至ってんのよ」
「誰がかけたっていうんだ?これも数馬のせいか?」
「あんた、大前数馬の前で意識失ったことあるでしょ、意識消失というより、寝てたっていったらいいか」
「まあ、マッサージしてもらうと気持ち良くて寝てたことはあるけど」
「その時に同化魔法かけようと思えばかけられたはずよ。昔話とかしながらマッサージしたでしょ」
「ああ、リアル世界のことな。聞きたがるから喋ったよ」
「あんたの過去をも全て把握したうえで自分とあんたの間に隙間なく、周到なまでに同化魔法をかけていた、って考えるのが妥当でしょうね」
数馬のことを悪く言われ俺はまた沸騰しかけたが、自分も3日間同じ夢を見ていたことをやっと思い出した。
それまで周りで皆が騒ぐから忘れていた。
「そういえば、3日間同じ夢見たよ」
俺は夢の内容を皆に話した。
『君の身体は僕の一部、僕の魂は君の一部』という数馬の声。
『同化していくのか』との質問に『そう、君と僕はひとつになるんだ』との答え。
そして俺はまた眠りに就き身体と魂が2分され、俺と数馬の2人が1つになる瞬間までそれは続き、俺の魂は行き場を失って闇に消える、というストーリー。
夢で「同化していくのか」と数馬に聞いたシーンがやけに印象的で。
亜里沙は、いつものごとく苦々しげな表情に変わったかと思うと、頭を抱えだした。
「聖人さん。これってそういうことよね」
「そういうことだな」
「どうすれば魔法を止めさせられるかな」
「もう止めて逃げてる可能性はある」
「でなきゃ、海斗の身体に張りついてるとか」
「そっちの可能性もなくはない」
「まずいでしょ、かなりまずい」
亜里沙はかなり焦っている。
俺は亜里沙がこんなに焦っているのを、12年の幼馴染生活の中でも見たことがない。
「でもほら、俺はちゃんとお前たちのことは認識してるぞ」
「それは脳に同化魔法かけてないからで、徐々に蝕まれるわ。てか、今はまだあんたからこっちが見えるようになってないと可笑しいでしょ」
逍遥が聖人さんに食って掛かる。
「聖人、魔法大全に乗ってないの?同化魔法の解除魔法」
「ない」
「じゃあこのまま数馬になるのを見てないといけないの?」
「とどのつまり、そういうことになる」
サトルは蹲ってわあっと泣きだし、逍遥も腰に手を当て上を見ている。どうやら涙を隠そうとしているらしい。
聖人さんと亜里沙は、どこかに離話していた。
しばらくすると、沢渡元会長がトイレに入ってきた。
いや、あの・・・このトイレ使いたくても使えない状況だと思うんですが・・・。
「廊下に出て話しませんか」
俺の声を受け、亜里沙が沢渡元会長を迎えた後に皆を廊下に出し、話を復活させた。
「沢渡くん、大前の身体検査、したはずよね」
「はい、特に問題はありませんでした。どうしたんですか」
「海斗に同化魔法かけやがったのよ」
沢渡元会長は顔面蒼白になり、亜里沙に向かってすぐに頭を下げた。
「申し訳ありません、こちらの不手際で」
亜里沙はもういいというように沢渡元会長の肩に手を置いた。
「あなた方のせいじゃないのは知ってる。だから頭を上げて」
聖人さんが思い出したように沢渡元会長に問いただした。
「ところで、身体検査した大前は、英語を話せたか?」
「もちろん。全部で10か国語くらい話せたと記憶してる。特に英語はネイティブ同様に話していた」
「やっぱりな」
聖人さんの言葉に、皆が黙って目線を送る。
「ロシアとフランスでの大前は英語が話せなかった。まるっきりな」
気持ちが落ち着いてきたのだろう、涙をこらえていた逍遥が聖人さんに尋ねた。
「ってことは」
「大前自身も誰かに同化魔法をかけられた可能性がある」
「まさか」
「俺たちは大前の元々の顔を誰一人として知らない。知ってるのは今の顔だけだ。沢渡会長もそうだろ?」
「魔法科ではなかったから一度面接の時にみたくらいだ。恥ずかしながら、もう忘れているほどだ」
「黒幕がいるんだ。どうやって大前の前に現れ同化魔法をかけたのかはわからない。でも、最終的に海斗を狙ったものに間違いないだろう」
以前数馬が不思議な行動をとったことを今、俺は思い出した。
「そういえば、前に聖人さんのことを“聖人”って呼び捨てにしたり、何かの時に舌打ちしてたことがあったよ。緊張するから、って聖人さんたちには近づかなかったのに」
「そうか。俺には近づきたくない、か」
「でもまさか、あの数馬にそんな高等魔法の能力なんてないよ、一回も魔法使ったの見たこと無いよ」
「同化していることを本人に気付かせないのが同化魔法の極意だ。たぶん今回は大前の精神がまだ生きてて、海斗にSOSシグナルを送ったんだろう。海斗自身に起こってる事を知らせるために。それが夢、という形に変化したのかもしれない」
「ただの夢じゃなくて?」
聖人さんは俺のいうことなど耳に入っていないかのように続けた。
「海斗は、今はまだ脳ミソまで同化していない。だが確実に破滅の道に踏み込んでいる。俺たちにはどうしようもない道にな」
サトルがまた肩を震わせて泣きだした。
俺が俺でなくなる、らしいことがそんなに悲しかったのか。
逍遥もいつもの冷静さ冷酷さはどこへやら、今度はしゃがんで下を向き嗚咽を洩らしながらサトルと一緒に涙していた。逍遥の涙は初めて見た気がする。
俺はどうして気が付かなかったんだろう。
みんな、俺のことを心配してここにいるのに。
数馬が本当の数馬でなかった、黒幕が数馬を襲っている可能性があるらしいことも、俺は気付きもしなかった。
気付くことができた可能性はゼロではないのに。
もしかしたら俺のせいで数馬自身が襲われた可能性もあるのに。
そんなこと全然考えもしないで、皆のことを遠ざけようとしていた。
なんて不甲斐ない。
本当に、不甲斐ない。
「俺、最後まで戦ってみるよ、この相手と。でも、もし俺が100%同化されてしまったら、もう俺を消し去って。俺という存在を壊してもいいから」
沢渡元会長が俺を励ましてくれた。
「お前が踏ん張らないでどうする。相手が誰であったとしても、お前がお前である限り、100%同化はできないはず。今から魔法部隊とも連携して同化魔法への対抗魔法を探し出すから、お前は絶対に諦めるな。いいな、八朔」
「ありがとうございます、沢渡会長」
「俺はもう会長ではないぞ」
笑いながら、沢渡元会長は亜里沙と一緒に速足で校舎内に消えた。
サトルは泣き崩れてしまい、今日は何もできそうにない。
逍遥も冷静さを失っている以上、今日はこのまま寮で休んだ方が良さそうに見えた。
ただ一人、聖人さんだけはいつも以上に研ぎ澄まされ、事の次第を、本質を見極めようとしていた。本当に魔法部隊の大佐だっただけのことはある。
「どうする、寮に帰るか」
「いや、授業が終わるまではここにいるよ。寮で1人だと色々考えるから」
「じゃあ、みんなで図書館に行くか」
サトルも逍遥も一旦泣き止んだ。図書館で泣いてるわけにはいかないし、何より、魔法大全があれば対抗魔法が見つかるかもしれない。
さっき聖人さんに「ない」って言われたばかりだけど。
聖人さんを先頭に、俺とサトル、逍遥は互いに手を繋ぎ前に進んだ。
図書館の前に着いた聖人さんは、「シッ」と唇に指を立てて俺たちを図書館に入れる。
魔法大全のある場所まで移動すると、4冊取ってバラバラに対抗魔法を調べる。
しかし、同化魔法そのものが魔法大全には載っておらず、聖人さんの言うとおりそれに対する対抗魔法を知る術はなかった。
あとは、魔法部隊からの情報を待つしかない。
本当なら逍遥も魔法部隊での情報収集に行かなければならないところ、亜里沙はわざと逍遥を外した。万が一を考え、いくらかでも逍遥を俺の傍に置いておきたかったのだろう。
図書館を出た俺たち4人は、真っ直ぐ寮に帰ることにした。
本来なら、もう練習に入るべき時期だ。逍遥は油断さえしなければ1位をキープできるとして、俺はまずい。少しでも練習した方が良いのだろうが、もう数馬は俺の前に4日も姿を現していない。
日本大会前の大事な時期であることを皆に伝えると、応援すると言ってくれた聖人さん。
俺たちは寮に着くと4人で聖人さんの部屋に入り俺は自発的にベッドに転がり、日本大会に照準を合わせるために、聖人さんが俺のストレッチとマッサージを引き受けてくれた。
俺は数馬譲りの肩甲骨ストレッチを聖人さんに伝授した。
サポーターとしても優秀な聖人さんはすぐにコツを掴んだようで、逍遥やサトルにも試している。あとは姿勢を見直しイメージ記憶による練習を積み重ねるしかあるまい。
何でも数馬任せだった俺は、練習用ソフトさえも手元に持っていなかったから。
自国開催の利があると安心した日本大会だったが、一番の試練が俺を襲っているように感じられてしまう。
「メニエール症候群が最後の砦かもな」
聖人さんの言葉に、皆が注目する。
「海斗のメニエール症候群は、海斗自身が同化魔法を身体に入れたくないというバリアのようなものじゃないかと。3度の夢は、本当の大前の、自分が同化されていることへの反発や哀しみを海斗に伝えようとしていたのかもしれない」
そういえば、病院で思い出した、数馬はフランスでも日本でも、何故俺が体調を崩した時、一緒に付いて来なかったんだろう。
もしかしたら、メニエール症候群が、同化を阻む俺の身体反発だと知っていたのか。
さもなくば診察で同化魔法と分られるのが嫌で病院自体を避けた可能性がないでもない。
本来、数馬はサポーターという仕事柄、俺と一緒に病院に付いて来てどういう診察結果になるか聞きたかったはずだ。それなのに付いてこないのはちょっと変だし、サトルのいうとおり各大会の練習前に病院にいくようスケジュール調整してまで病院に行っただろう。
俺の顔が変わっているのは自分では気が付かないとしても、皆が言うことが真実なのだと、やっと認めることができた俺。
涙で顔を腫らしたサトルが聖人さんの考えに賛同する意を見せた。
「聖人さんの言うとおりだ。たぶん、大前数馬は何者かによって同化魔法を発動された。でも、大前の顔は誰も知らなかったし、別にそのままでも差し支えなかったんだろうね。その方が黒幕にとっては動きやすかったのかもしれないし」
俺は意味を理解しかねた。
「てことは?」
「大前に掛けられてると思われる同化魔法は、海斗のと違ってある意味中途半端、ってこと」
サトルの言葉を受けた聖人さんが椅子の背にもたれて行儀悪く座っている。
「道具に過ぎない大前の身体は、敢えて容姿を含め全部替えることはしなかったんだろう。でも、大前の身体を乗っ取ったやつの本当の狙いは海斗だった。それこそ丹念に同化魔法をかけたはずだ」
こういう時だけ、時間は早く過ぎていく。
もう夕飯の時間だった。
知らない奴が飯食ってると思われるのは心外だが、みんなでいけばどうにかなるかも。
変装するのもおかしいから、そのまま4人で食堂に行きご飯を食べる。みんなが言うように俺の顔が変わったのなら、俺はもう一人で飯は食べられないような気がする。
俺は周囲の目ばかりが気になって、その日の献立、大好きなカレーさえも味が分らなかった。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第3幕
誰も何も話さず速攻で夕食を終えた俺たちは、また聖人さんの部屋に集まった。
逍遥は夕食を挟み、やっといつもの冷静さを取り戻していた。
「まずは、大前数馬を見つけないと」
聖人さんが逍遥の肩をコンコンと叩いた。
「魔法部隊に頼めばあらかたの人探しはできる。あいつのイケメン顔が変わってなければの話だけど」
サトルはまだ元気が出ないようだった。
「でも、見つけてそれからどうするの」
聖人さんがサトルの頭を何度も撫でてる。
「何らかの魔法で同化魔法を撃ち破ることができるはずだ。まずは、沢渡や山桜からの情報を待とう」
「隠れて出てこないんじゃ?」
「寮に来たくないだけの話だと思う。海斗が気付いたことはまだ知らないだろう。だからみんな、もし大前が目の前に現れても普段通りにしてるんだぞ。特に逍遥と海斗」
逍遥が聖人さんの頭に拳骨を落そうとして逆に拳骨を落された。
「僕は大丈夫だよ、鉄の仮面被るから。心配なのは海斗でしょ、直に接するわけだから」
俺、マジきつそう。
「そうだよなあ、もし今顔見たら同化魔法の事喋りそうだ」
「夢で見たことにするしかないだろ。夢はほんとに見たわけだから。でも、吉と出るか凶と出るかはわからん、それを聞いて同化魔法の速度をあげてくる可能性はあるからな」
その晩、俺は自分の部屋から布団を持ちだし、聖人さんの部屋に泊めてもらった。
何があるかわかんないし、1人で寝るのが怖かった。
なにより、あの夢を見るのが怖かった。
翌朝、俺が起きたのは8時。
あの夢は見なかった。良かったというか、何というか。
今日まで公欠扱いだから今日も外出の予定はない。
起きて自分の部屋に布団を戻しに行くと、亜里沙と沢渡元会長が俺の部屋の前に立っていた。
「すみません!お待たせしました!」
元気よく挨拶すると、沢渡元会長は小さく手を振る。
亜里沙は嘘をつかないので、5分ほどそこで待っていたことがわかった。
「どこにいったのかと心配したわよ、あんた1人じゃないと寝れないから」
「で、なんか情報あるの?」
また俺は亜里沙に対しタメ口になる。
「大前数馬の居場所と、対抗魔法」
「スゲー、どっちも分かったの?」
「居場所は簡単だった。魔法技術科の寮に4日間篭りっぱなしだったのを透視できたから。問題は対抗魔法よ」
「ダメだったの?」
「わかったことはわかったんだけど、並の使い手じゃ混乱起きそうで」
「混乱?みんな集めるから聖人さんの部屋で」
「了解」
俺は逍遥やサトルを起こし、聖人さんの部屋に誘った。
2人が来ないわけがない。
部屋の中はぎゅうぎゅうになったが、亜里沙と沢渡元会長がベッドに座り、あとの俺たちは床に胡坐をかいて座った。
亜里沙が手短に、と言いながら話し始めた。
「大前数馬の居場所は魔法技術科A棟301号室。この5日間、どこにも出かけてない。今日で海斗の公欠日が終わるから、明日から活動し始める公算が大きいわね。あとは、同化魔法に対する対抗魔法だけど、破壊魔法か消去魔法しかないみたい」
聖人さんはさして動じなかったが、逍遥とサトルの顔色が土気色に変わった。
俺は単純にどういう魔法か知らなかったので、亜里沙に対し手を上げた。
「それ、どういう魔法なの」
「破壊魔法は文字どおり破壊。掛けられた同化魔法をそのまま増幅して相手に掛け返すの。普通の掛け方したら人一人が死ぬわ。消去魔法も文字どおりよ、人間を一発で灰に出来る魔法」
俺は押し黙ってしまった。アメリカ大会後に数馬と出会って1ケ月ほどだったが、数馬との生活は楽しかった。
俺のことを大切にしてくれて、励ましてくれて、喜んでくれて。
それが俺の身体を欲しての演技だったとしても、俺は楽しく毎日を過ごし、聖人さんが近くから消えた哀しみを癒すことができた。
何れの魔法も、大前数馬という人間をこの世から抹殺することになるのでは・・・。
果たしてそれでいいのか?
本当の数馬ごと破壊してしまうなんて。
何か他に手はないのか?
そのとき聖人さんがすっと亜里沙の目の前で手を上げた。
「破壊魔法をアレンジして、本当の数馬を救い出すことができるような気がするが」
亜里沙は聖人さんの意見に耳を傾けた。
基本、こういう時の亜里沙は人の意見に耳を傾けることなど皆無だ。聖人さんとは、そういう地位にいた人であり、尊敬すべき人間なのだと亜里沙も認識しているのがよくわかる。
「方法論をどうぞ」
「破壊魔法を2回に分けて海斗と大前数馬に掛けるんだ、力を制御して。その後もう1回大前に破壊魔法を掛けて本当の大前数馬を救い出し、同時に黒幕に消去魔法をかける」
「時間的設定に無理があるように思うけど」
「1人では無理だ。そして、この魔法を使える人間は少ない。たぶん、魔法部隊でもそれなりの職に属した人間でないと無理だろう」
「生憎と、明は今軍務で抜けられないわ。あたしもこれから向こうに戻らなければならないし」
「逍遥がいる」
「このはなたれ小僧?」
亜里沙は鼻で笑って逍遥を指でさす。
聖人さんは亜里沙に対し、指さすなよとぶつぶつ言いながら返答した。
「逍遥は魔法力だけなら部隊のどこに属しても問題ない」
「サポートしてそれがわかったと?」
「俺が還元した時より魔法力だけなら格段に上がってる」
「魔法力だけ、ってのが気にかかるんだけど」
「気分にムラがある。それが一番のネックだ」
「じゃあ、確実性が無いじゃない」
「大丈夫だ、逍遥は海斗を好きだから。大前数馬を海斗から引き離すだけなら間違いなくやれる」
俺自身は、もうここまでくると意見を言えるような雰囲気にはない。皆が心配しているのは一義的には俺のことだったから。
聖人さんの思いは、俺が無事であることもそうなんだが、大前数馬を乗っ取った黒幕を倒したいということだったと思うし、一方の亜里沙は、大前数馬という人間の命などどうでも良かったに違いない。
俺としては数馬が同化されているとしたら本当の数馬に戻ってもらいたいけど、俺自身のことを考えたときに、別に同化も厭わないし皆に危ない真似をしてほしくは無かった。
でも、果たして俺に同化魔法をかけているとされる黒幕は、同化が済んだらそのあとどういう行動に出るつもりだったんだろう。
亜里沙に向けてサトルが恐る恐る手を上げた。
「僕はそこまでの魔法力はないけど、できることを精一杯やりたいと思っています。何か僕にできることはないですか」
「大前数馬を呼び出してちょうだい。この寮には来ないでしょうから」
「ではどこに」
「学校の中庭に。あそこなら普段人通りは少ないし、大声を上げても職員室には届かないし。何より、生徒会室の窓を開ければ真下に見えるから」
「承知しました」
俺はチラリと亜里沙に目を向けた。
亜里沙は逍遥を信じていないためか、聖人さんの意見に即、賛成はしなかった。
呼び出しすら数馬が応じるかどうかわからないから、いざとなれば自分が軍に帰るのを遅らせてでも、移動魔法を使って大前数馬を中庭に放り込む、と息巻いて吠えている。
おい、今度はどこに向かって吠えてるんだ。
「聖人さん、じゃあ、あたしと聖人さんでやりましょうか。部隊に帰るのを1日遅らせるから」
ほら、やっぱり帰るの遅らせるんだ。
聖人さんは左右に首を振る。
「いや、今まで姿を現してない山桜さんが突然いたら、黒幕がどういう行動に出るかわからない。逍遥は面識があるから、山桜さんは帰っても大丈夫だ」
「なんとも心許無い布陣だから心配なのよ」
「じゃ、生徒会室から下見てて、いざとなったら加勢するという案でどうだ?」
うーん、と考え込む亜里沙。
でも、自分が見ていられるところで皆の動きを制御できると思ったらしく、策戦にはOKが出た。
サトルが魔法技術科の寮に呼びに行く役目を仰せつかったわけだが、サトル、なんて嘘つくんだ?
「嘘なんかつかないよ、海斗が中庭でトレーニングしたいから呼んでる、っていうだけ」
そうか、俺が最初に中庭に行ってればいいのか。
あれ?サトルは読心術できるのか?
「少しならね」
俺は自分の行動を心の中でもう一度復唱した。
中庭に行って、数馬を待ち、数馬が来たら何らかの方法で聖人さんと逍遥が出てくる。そこで俺の役目は終わり。
「違う、お前に向かって破壊魔法かけるから、お前は気持ちを強く持て。くれぐれも同化してもいいなんて思うなよ。相手に取り込まれるぞ」
聖人さんは読心術に優れていらっしゃる。
皆が大変な時は同化してもいいかな、と脳内でふっと考えたのがバレバレだった。
「みんなお前が好きだから何とかしたいと考えてるんだ。みんなの意思を無駄にするな」
亜里沙も聖人さんと同じことを言う。
「そうよ、海斗。ここにいるみんながあんたのことを考えて行動しようとしてるんだから、馬鹿な真似は止めてよね。特に、大前数馬にいれあげて可哀想と思うのが一番の間違いだから」
俺が数馬を目の前にして、この策戦をおじゃんにすることを亜里沙は懸念している。
そうなんだよ、俺のいないところでやってくれるなら未だしも、俺の見てる目の前で数馬が消滅するのは心をちぎられるほど辛い。
実際に目の前にしたら、「逃げろ」といってしまいそうだ。
そう思ったら、聖人さんの拳骨が俺の後頭部に飛んできた。
「痛いよ、聖人さん」
「馬鹿野郎、みんなお前の事考えてんだぞ、元々の大前だってこのままじゃ確実に死ぬ。消滅するんだ、魂が。それでも逃げろと言えんのか?」
「わかったよ、で、何て言えばいいの?」
今度は亜里沙が拳骨ポーズで俺に迫ってきた。
「子どもじゃないんだから自分で考えなさいよ」
「いっつも俺に対して「お前は子どもだー」って言ってるのに、こんな時だけ大人扱いかよ」
「うるさいガキね。じゃ、中庭にあるベンチでマッサージしてくれ、って頼みなさい」
「ベンチなんてあったっけ」
俺は紅薔薇の校舎を知り尽くしていなかった。
サトルが呆れたように首を振りながら俺の肩を押さえる。
「僕が連れて行ってあげるよ。僕は生徒会で顔見知りではあるけど、大前の前で使ったのは他者修復魔法くらいのものだから、そんなに魔法力はないと思われてるはずだ。僕に対しては向こうも油断してるでしょ」
「というと」
「足が動かなくなる程度の魔法なら僕でも掛けられる」
「そうなの?」
サンフランシスコで聖人さんがごろつきどもに掛けた魔法だ。
サトルもそんな魔法が使えたのか、知らなかった。サトルって大人しくしてるから本当に目立たないけど、結構な魔法の使い手だよな。魔法部隊なんかに入ったら一気に昇進できるんじゃないか?
「父が反対でね、魔法部隊入りは。他の職に就いてほしいと言われてるんだ」
ほら、また読心術。
やっぱりサトルの魔法力は侮れない。
侮れないと言えば、沢渡元会長は何も言わずこの場にいるが、誰か何か言ってあげてよ。生徒会に戻ってもらった方がいいんじゃないの。
「八朔、俺は大前をお前に紹介した手前、この騒ぎを収める責務を担わなければならないと思っている。全てをこの眼で確認して、終息させる」
あ、ここにいる俺以外の人間全員、読心術マスターだ・・・。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第4幕
「さて、そうなれば、善は急げ、よね?」
亜里沙が俄然やる気になっている。
俺は面喰って亜里沙の前で両手を振る。
「え?今日やるの?」
「もちろん。四月一日逍遥、できる?」
逍遥は勢いよく立ち上がり、亜里沙の前に進み出た。
「はい。ご期待に添えるよう全力を尽くします」
「よろしい」
策戦をたてるため、生徒会室にて緊急ミーティングが開かれることになった。
その中で一番に優先されたのは、言わずもがな、俺だった。
聖人さんは中庭に逍遥を引き連れ、数馬から見えない場所にスタンバイするという。サトルは一旦生徒会に顔を出したのち、魔法技術科の寮に行くと言っていた。
亜里沙と沢渡元会長は、生徒会に戻って、上から事の成り行きを見てるという。
なんだかんだ言って、やはり亜里沙は魔法部隊に戻るのを遅らせた。じゃあ、破壊魔法出すのが逍遥じゃなくてもできるということか。違う、面が割れてるメンバーで挑むんだった。
俺が問題児なのか、俺がこういった事件に巻き込まれやすい体質なのかは別として、なんか俺の周りでは(特に俺を狙った)事件が多いように感じる。
普通の高校生ってこんなものか?
まだ高1なのに、命にかかわるような事件に2回も遭遇してんだよ?俺。
それが俺の業だと言われればそれまでか。
俺は親すらも捨ててきた人間だ。幸せには程遠い生活を送るべき人間なのかもしれない。
「そんなことないよ」
あれ、逍遥が俺の心を読んでる・・・。
やっぱり!逍遥、君読心術できてんじゃん!
「困ったな、何て説明すればいいんだろう。君は今、自分がこの手の事件に巻き込まれやすいと感じてるよね」
「まあ、そりゃ」
「それが自分の業だと思い始めた」
「そうだな」
「そしたらもう、答えは出るさ。自分の親さえ捨てた人間は幸福から遠のいた人生を歩むべきだと君が結論付けるのが手に取るようにわかる」
「それってさ、読心術に色付けて脚色してない?」
「おや、君が考えたこと以上のモノは話してないと思うけど」
「わかったよ、俺の負けだ」
聖人さんが拳骨を2つ作って準備している。
「ほーら、2人とも。策戦を聞き漏らすなよ~」
生徒会室での緊急ミーティングは10分ほどで終わった。
サトルはこれから魔法技術科の寮に行き、数馬を紅薔薇高の中庭に呼び出す。
俺は学校用ジャージに着替え中庭ベンチにて待機。
逍遥と聖人さんは中庭と校舎の間にて待機。
亜里沙と沢渡元会長は生徒会室にて待機。
それ以降も聞こうとしたら、部屋から閉め出された。
万が一叫んだら計画がおじゃん、ということらしい。
俺もあまり聞きたくない。
数馬が悪い奴だったとしても、俺の中ではいいイメージしかないんだ。あの哀しかった俺の気持ちを上向かせてくれたんだから。
何人かが、生徒会室から出てきた。
俺は逍遥と聖人さんと一緒に魔法科に行き、畳んであるジャージに腕を通す。もう寒くなってきたので、ジャージの上にベンチコート羽織ってベンチを探してたら、聖人さんが「ついてこい!」と案内してくれた。
ありがとう、聖人さん。
やっぱりこの季節になると、寒い。
少し自分でストレッチでもして身体温めないと。
俺は人通りもほとんどない中庭でベンチコートを脱ぎ、身体を曲げたり伸ばしたりして身体を温めていた。
もし誰かがここを通ったら、たぶん驚異の目で俺を見るだろうな。
普通なら、グラウンドか体育館に行くもん。
ちょっと恥ずかしい気持ちはあったが、致し方ない。
ベンチの周辺で身体を温めていると、20分ほどで、サトルの誘いに乗った数馬が走って俺の方に寄ってきた。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「いいよ、構わない」
俺は多分、顔が引き攣っていたと思う。
「どうしたの、こんな場所で」
うっ、俺は何て嘘をつけばいいんだ?
悩んでいる暇はない。
「今日まで公欠日だろ、グラウンド使えないし。ここなら誰も来ないからいいかなって。もうすぐ日本大会だから焦ってるんだ」
「そうだね、公開練習日までできることをしておかないとね」
俺は、覚悟を決めた。
「ねえ、そこのベンチでマッサージしてくれないかな」
「いいよ、でも海斗、ベンチって硬くない?」
「今日だけだから我慢するよ。ベンチコートの上に寝転がるし。どう?お願いできる?」
「OK。じゃあ、いつもどおりうつ伏せになって」
ベンチの造りは本当に硬くて、ベンチコートを置いたくらいでは焼け石に水だ。マッサージを受けると胸の骨が痛む。それでも、一応寝たふりだけでもしなくては・・・。
肩甲骨に指が入る間、胸の痛みを我慢する必要があったがいつものように寝入る前提なので、我慢に我慢を重ねた。
「海斗?海斗?」
俺は寝たふりをして返事をしなかった。
数馬は夢のとおり、なにやら呪文のようなものを唱えているのが聞こえた。
「君のお父さんのこと、思い出せるかな」
は?いつもこんなふうに話しかけながら同化魔法って掛けるのか?
返事をするわけにもいかず、何を聞かれても俺は全てスルーしていた。
同化魔法の掛け方は、もしかしたら催眠術のようなものかもしれない。
俺が何も答えないので数馬はヘンに思ったようで、マッサージを止め、立ち上がり俺の横側に立ったようだった。日差しの陰になったことでそれがわかる。
まずい、バレる。
そこに、足音が混じって聞こえてきた。足音は1人分、きっと逍遥だ。聖人さんはまだどこかに隠れてるに違いない。俺はベンチに横になりながら、2人のバトルが見えるよう中庭側を向いて薄目を開けながら見ていた。
逍遥は俺の脇に立つ、まるで俺を守るかのように。
「なぜそのイケメン面じゃ嫌なんだ?」
「何のことかな」
「同化魔法かけてんだろ、海斗を君のものにして、あとはどうする」
「さて、どうしようか」
「海斗は魔法力強くないよ、どうして海斗なのさ」
「僕が欲しいのは君の還元なんだよ。魔法力はいささか落ちるだろうけど、想定内だ」
「還元?」
「今の姿じゃ魔法科には入れないからね」
その言葉を聞き、逍遥は一呼吸置くと、低い声で言い放った。
「お前に還元する魔法など、ただのひとつも無い」
そういうと、俺の背中と数馬の胸に対し、同時に2つのショットガンを突き付けて、間髪入れずに撃ちかまし、1回目の破壊魔法を掛けた。
いっでーーーーーーーーーーーーーっ!!
痛い!痛い!痛い!聞いてないよ、こんなに痛いなんて!
もう、痛いなんてもんじゃない。
全身を針で刺されるような物凄い痛み。かなり鋭い痛みで、どちらかというとインフルエンザに罹ったときのような全身痛だが、痛む頻度や痛みの強弱は計り知れぬほどこっちが酷い。
まるで身体を引きちぎられるような、物凄い痛みとしか表現できない。
また、亜里沙から言われた「乗っ取られた目」も眼球の奥がジンジンと痛くて、目を開けているとパチパチした光が見えてくるほどだ。
俺はたまらずベンチに座り直したり、今度は蹲って痛みを堪える。
蹲っていても痛みは増すばかりで、俺はベンチ周辺のコンクリートに身体を投げだし転げまわった。
同じように数馬も少し顔を赤くして苦しんではいたが、俺ほどではない。ベンチに座ってはいたものの転げまわっていなかったので、俺ほどの苦しみではないのかもしれない。
俺はもう数馬のことを心配する余裕などなかったのだが、一度だけ数馬の顔が見えた。顔が数馬じゃない。誰だ、あれは。
そこに、どこからともなく聖人さんが現れた。
俺にではなく、ベンチに座る数馬の額にショットガンを当てる。
「お前は誰だ」
「大前数馬だよ」
「嘘をつけ。力の開放とはあいつが好んで使っていた言葉だ」
「よく御存じで」
突然へらへらと笑いだす数馬。
俺はもう、痛みと数馬の豹変についていけず、失神する寸前。
「海斗、起きろ!」
逍遥が叫ぶ。
痛みを堪えてそのまま起きてろ?おい、逍遥、何の拷問なんだ。
目を開けると、数馬は悠然とベンチから立ち上がり、そのまま中庭をあとにしようとしていた。
「こいつだけ苦しめてれば?」
俺を指さし数馬は悠々と話してはいるが、その実、その身体はこの場から早急に逃げようとしているのがあからさまに分る。
数馬が逍遥に言ってのける。
「こんなんじゃまだまだだね。僕は失礼するよ」
中庭を出ようとする数馬。
「あらごめんなさい、そうはいかないわ」
亜里沙の声が聞こえる。軽い口調、怒ってはいないがこのシチュエーションでにこやかに、とはいかないだろう。
「逃げられないよ、どこにも」
サトルまでが中庭に来ていた。
もう俺は目の奥が痛くて目を開けていられなかったので、声の聞こえてくる方向に耳を澄ませていた。
どうやら、四方を固め数馬が逃げられないようにしているのだろう。
亜里沙が出てきたということは、逍遥に代わり亜里沙が魔法を放つのかなと思っていたら、亜里沙はどうやら今回動かないと見た。
「あとは任せたわよ、四月一日」
「了解しました」
亜里沙に返事をするや否や、逍遥は再び、コンクリートの上で動けないでいる俺と、どこにも逃げられず立ったままの数馬の間に入り込んだ。俺と数馬の胸目掛けて向けてショットガンを放つ逍遥。
「こんなんじゃまだまだ足りないんだろ?大前数馬、あと少しだけ君には苦しんでもらわないと」
俺はもう、痛みに耐えきれずがっくりと膝を折った・・・。
どのくらい経ったのか分らなかったが、俺は目を覚ました。
途中から中庭に現れたサトルに抱きかかえられながらベンチに座っていた。
もう、身体の痛みはほとんど無かった。
俺は数馬のことが気になり、起き上がろうとした。
サトルが俺を制する。
「顔は無事に元に戻ったね、まだ起きちゃだめだよ、身体が弱ってるから」
「サトル。数馬、数馬はどうなった」
サトルは何も語ろうとはしなかった。
俺は数馬のことが気になり、サトルの制止を無視して無理に起き上がった。
目の前に、逍遥にショットガンを撃ちこまれた数馬がいた。数馬は、さっきの俺以上に苦しんでいるように見えた。
俺の目は涙で溢れた。俺が何か言い出さないように、サトルが俺の口を塞ぐ。
数馬、ゴメン。
逍遥と聖人さん、そして亜里沙に囲まれた数馬は、苦しんで苦しんで、そりゃもう拷問を受けているに等しかった。
胸に手を当てているから、俺の全身の痛みとは違って、呼吸が苦しいのかもしれない。
俺はやめてくれと叫びそうになり、サトルに再び口を押さえ付けられた。
「今、本当の大前数馬を救い出そうとしてるんだから、口出ししちゃダメだ」
逍遥と聖人さんはしばらくの間数馬の様子を見ていたが、亜里沙が号令をかけると逍遥が三度ショットガンを数馬の胸目掛けて撃ち放った瞬間、数馬の胸からグレー色の人間の形をした妖魔のようなものがわらわらと出てきた。
妖魔は聖人さんに向かってすごいスピードで近づいていく。
このままでは聖人さんが危ない!!
しかし聖人さんはその瞬間を狙っていたかのように、躊躇なく手を組んで2本の人さしと中指を揃え妖魔のような物体に向けた。
一瞬間。
グレー色の妖魔のような物体は音さえ立てずにさらさらとした砂のように崩れてコンクリート上に散らばった。
何処かで見覚えのある魔法。
あ、全日本のとき青薔薇連中が出した妖獣に明が発動した魔法。
そうだよ、あの時と手の組み方も同じ。
これが消去魔法?
俺はこれが破邪の法だとばかり思っていた。
並の使い手では発動できない魔法とわかってはいても、いつ暴発するかわからない魔法だからこそ、使用する際には最新の注意を払わなければならないのだろう。
明は妖獣を見て面倒に思い消去魔法を使ったから、あの時俺たちに真似するなといったのか。
ここまできて、やっと明の発した言葉の意味が分かった。
逍遥と聖人さんは、コンクリート上に倒れた数馬の身体を二人で担ぎ上げベンチに運んできた。
数馬、息してるだろうな、死んでないよな。
俺とサトルはベンチから移動して、逍遥たちが数馬を横たえたところにそっと近づいた。
俺はある意味、ほっとした。数馬の顔は変わらずイケメンのまま。
みんな、俺の顔が変わったと言っていたとき、俺はだいぶ同化して顔そのものが変わっていたらしいから。数馬は顔まで同化していなかったからこそ、出会った時と今とで顔が同じなんだろう。
それにしても、数馬のイケメン顔では魔法科に入れないから顔を変えるのはいいとして、なんで俺まで容姿が変わったんだろう。さっき消えた黒幕の顔ではダメだったんだろうか。だから3人ひっくるめて3で割ったような容姿にしたのかな・・・。
そんなことは今考えなくてもいい。
数馬の無事を確認しなければ。
「数馬・・数馬・・」
俺の問いかけにも返答できないほど弱って眠っていた数馬だったが、俺が身体を摩ってあげるとようやく目を開いた。
「海斗・・・?」
数馬は顔色こそ悪かったが、相変わらずのアイドル顔だった。
俺と数馬は、歩けるようになるまでベンチで休み、サトルや逍遥に肩を貸してもらいながら医務室に向かった。専属ドクターの診察を受けるために。
ぽよぽよ先生は、直ぐに俺と数馬のCTを取ってくれたが、そこでは何の異常も見つからなかった。
皆がひと息ついた。
亜里沙は逍遥と聖人さんに声もかけず校舎の中に入っていった。
おい、それって酷くないか?
今回一番働いたんだから、労いの言葉一つでもいいからかけてやれよ。
数馬は破壊魔法を受け非常に疲れ果てていたので、生徒会の中にいた絢人と譲司が下まで降りてきて、数馬を連れて魔法技術科の寮まで帰っていった。
俺たちも、もう事件は解決を見たわけだから学校にいる必要はない。
逍遥が寮に帰ろうと主張する。
4人で相談して、生徒会には出向かず、そのまま帰る策戦を強行しようと話し合っていた。
亜里沙から沢渡元会長に報告があるだろうし、俺たちがこぞって生徒会に行く理由もない。
それにしても、俺には分らないことだらけだった。
「聖人さん、あのグレー色の妖魔みたいなのは何だったの」
「あれか、ありゃ広瀬翔英だ」
「広瀬先輩?なんで・・・今も監視を続けてたの?」
「違う。海音の強い希望でお前の身体を乗っ取るつもりだったんだろう。お前を憎んでいる海音のためにできることをしろ、と親父が広瀬に命令していたに違いない。大前の類い稀なるサポート力を取り込み、かつ、これから逍遥に還元を受けるお前の魔法力を自分のモノにすることで、親父の命令も遂行できるとふんだ広瀬は大前を同化させていったんだろうよ」
「聖人さん、最初から知ってたの」
「ロシア大会のときだったかな、大前がお前に「力の解放」ってフレーズ使ったのを聞いて、変だと思ったんだ。「力の解放」は広瀬が好んで使ったフレーズだったから。あの辺りから大前と広瀬の間には何らかの関係性があるとは気付いてた。だが、まさかこういうこととはね」
「それで呼び捨てにしたり舌打ちしたりしてたのか」
「俺を監視していたころもそうだったよ、呼び捨て舌打ちなんでもありよ」
「最後のが消去魔法ってのはわかったけど、破壊魔法って何だったの。苦しめるだけの魔法じゃないよね」
聖人さんに代わって逍遥が右手を上げて俺の興味を引こうとしていた。俺が必然的に逍遥の方に向き直ると、早速逍遥は早口で話し出した。
逍遥にしては珍しく饒舌だった。
「破壊魔法は軍隊用魔法なんだ。山桜さんから最初に説明があった通り、海斗が受けた同化魔法を増幅させて大前にはね返すというものでね。だから君は受けた同化魔法の分だけ苦しんだ。そして2回目で君は元に戻った。2回目に大前に向けた魔法はそれ以上に増幅されたものだったから、君と同じか、いや、それ以上に苦しんだだろう。そして3回目で大前が元に戻ったところで広瀬が身体の中から出てきた、というわけさ」
何で1回目のショットガンでは数馬は全然痛がりもしなかったのか、なんかよく解んなかったが、とにかく数馬が助かったということだけはわかった。
もう一度、逍遥の目を見て尋ねた。
「でも、広瀬に支配されてた間のことは数馬は忘れてるの?」
「いや、覚えてるはずだよ。ただ、自分の意志とは関係のない同化魔法を君に向けて掛けさせられて、かなり困惑していただろうね」
サトルが眉を八の字にしながら心配したような表情で俺の顔を覗き込む。
「海斗、日本大会は欠場したら?もう時間がないよ」
そうだった、忘れてた。
非常に疲れていたのは確かだけど、今の俺のポイントは低い。このまま欠場したら、まず間違いなくGPFへの道は断たれる。
俺としては何としてでもGPFに進みたい。始まる前はGPSさえ毛嫌いしていたというのに、なんという変わりようだと亜里沙が笑うのが目に見えている。
だが、一度その世界に身を投じた者にしかわからないこの高揚感は、俺をGPFへと突き動かしている。
数馬と組むかどうかは別として、俺は日本大会に出場したいと心から願っていた。
生徒会室から亜里沙と沢渡元会長が足早に中庭へと降りてきたのが見えた。
「大丈夫だったわね、四月一日逍遥、宮城聖人」
沢渡元会長も珍しく笑みを漏らしていた。
「よくやった、2人とも」
聖人さんが誇らしげに胸を張り、逍遥の肩を抱く。
「俺の想像以上の魔法を逍遥は発動してくれました。とどめを刺すのに十分な余裕がありましたから」
逍遥は少し頬を赤くしている。
「聖人のお蔭です。そして何より、海斗が激痛に耐えて頑張ってくれたからです」
亜里沙が俺の方を向いた。笑顔がいつもと違っていて、俺は怒られる前兆かと勘違いしたほどだ。
「海斗、よく耐えたわね、辛かったでしょうに」
「起きてろ、って言われたから。でも、何の拷問かとは思ったけど」
「あれがあったからこそ、今回の黒幕を炙り出すことができたのよ、みんな本当に頑張ったわ」
俺の顔を見る沢渡元会長の表情は、聖人さんや逍遥、サトルと同じように俺のことを心底心配しているのがよくわかった。
「大丈夫です。公開練習までは日がありますし、今日だけ休めばなんとか試合まで体調を戻せます」
聖人さんが助け船を出してくれた。
「日本大会に関しては開催国の威厳もあるし欠場したら勿体無い。俺が逍遥と海斗を見ますから、体調さえ戻れば大丈夫です。出場させてあげてください」
沢渡元会長が、うーんと首を捻っていたので、俺は亜里沙に頼みこんだ。
「亜里沙、俺、できることならGPFに出たいと思ってる。だから今度の日本大会は順位がどうあれ出場したいんだ、頼むよ」
亜里沙は溜息を吐きながらも反対はしなかった。
「サポーターの問題はあるけど、そうね、あんたがGPFまで目指してくれるなんて嬉しい限りよ。大前数馬は体調が戻り次第サポートに就けるから。安心して大会に出て」
「じゃあ、今日はこのまま寮に戻ります。寝て体調戻しますから。聖人さん、明日からマッサージ付き合って」
「了解」
俺は皆に感謝していたし個別に声を掛けたかったが、如何せん、ボキャブラリが少ない。
「みんな、本当にありがとう。俺も頑張ってGPF目指すから」
誰からともなく、パチパチと拍手が起こった。
俺にとって何よりの拍手。
明日からまた、頑張ろう。
数馬の体調が戻り次第、サポートに就けてもらえるみたいだし、もう、哀しむ必要などどこにもない。今度こそ、数馬と本当の絆を結ぼう。
皆に深く頭を下げ、俺は逍遥や聖人さんと一緒に寮を目指し、部屋に入るや否や、ベッドに転がった。
あんな激痛を体中に仕向けられるなどという経験をして疲れないと言えば嘘になるし、今日の数馬を見ているのはとても辛かった。でも、ようやく平和が訪れたという気分だった。もう、GPSとGPFでは何も起こらないでほしい。
それにしても、広瀬先輩はどこで数馬を見初めたんだろう。2人が出会ったのは数馬が復学してすぐの頃だったんだろうか。
これは数馬に聞いてみないと分らない。
いや、数馬にもわからないかもしれない。生徒会室に出入りしていた数馬を狙ってどうにかして会話する機会を有し、同化魔法を徐々に掛けていったのか、若しくは遠くから同化魔法を遠隔で掛けたのか。
聖人さんが言ってた。
魔法部隊駐留クラスになると、遠隔からでも同化魔法が使えるって。
ただし同化魔法は人一人の魂を奪うから使用が禁じられているのだという。
でも広瀬の力では実体に触れてしか魔法を使うことができなくて、ああいう形になったのだろうと言う。数馬に何らかの方法で接する機会があったに違いない。
早く数馬がサポートに復帰してくれることを願って、寮での夕飯を聖人さんや逍遥と3人で食べたあと、俺は早々に部屋に戻って布団にくるまった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝午前6時。公欠が解禁となり、俺はダッシュで聖人さんの部屋に行き、無理矢理起こして朝のマッサージをお願いする。といっても、肩甲骨のみ。
あとのストレッチは昔のように1人で行い、学校へと向かう。もちろん、寮だから朝飯は食べない。
聖人さんは、医師の診断が必要ではないかと俺に言うんだが、もう体調は万全だった。昨夜ガッツリ寝たのが良かったらしい。
5分の道を少し駆け足気味に学校へと向かう俺。1年の魔法科教室に入ろうとしたら、なにやらドアの辺りに人だかりができていた。
なんだろう。
そう思って近づいていくと、人だかりの正体は女子で、真ん中になんと数馬が立っていた。ああ、アイドル顔だもんな、こりゃ女子が近づいてくるわけだ。
ところで、大丈夫なのか?昨日の今日で。
「数馬、大丈夫?」
「海斗。ゴメン、朝早くから」
「構わないよ、これから国際競技場に行く予定なんだ」
「今日は脳波や記憶に違えてるところがないかどうか検査するんだ。明後日以降なら付き合える。もう一回医師の診察は受けるけど、公開練習日までには間に合うと思うから」
「今回はゆっくり休んでもいいんだぞ」
「僕も日本大会を楽しみにこれまでサポートしてきたから、検査で何もなければ明後日の練習から復帰したいと思ってる」
俺は笑いながら数馬の腹に軽くパンチを入れる。
「了解。待ってる」
数馬は前と変わりなく、俺の傍に居続けてくれるんだ。
もう、俺はひとりではない。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第5幕
その日、俺は逍遥と聖人さんと3人で国際競技場に練習に来ていた。
数馬が魔法科の教室に訪ねてきた話をしたら、2人ともすごく驚いて、あの破壊魔法を食らって元気なのは珍しいと口ぐちに数馬を褒めている。
いや。ここにも元気な人、約1名いますけど。
特に聖人さんは、ほっとしているのがその背中でわかる。
俺に対しても一生懸命教えてくれるし指導方法はパーフェクトなんだけど、やはり、逍遥への愛は変わらない。(LOVEではないよ、LIKEの方)
たぶん、逍遥の俺に対する気持ちと同じなんだと思う。
俺の、聖人さんへの思慕はいつまでも変わらないけど、こればかりは一方通行で、例え聖人さんが俺のサポートをしてくれるとしても、心の奥底には逍遥への心配というか、やはり愛に溢れてるのがわかるから、切なくなる。
今年はサポーターとしてしか働けないけど、来年はサポーターではなく選手として全日本から参加するであろう聖人さんの指導を受けるのは、今回が最後かもしれない。
俺は言われたひと言ひと言を頭の引き出しに整理して、3D化することにした。映像シーンとして残せば問題ない。
そうして大切な、大切な1日が終了した。
寮に帰ると、サトルと数馬が一緒にいて、食堂でお茶を飲んでいる。
仲良くなったな、と思っていたら、数馬は俺に検査結果を直接伝えに来たという。
「で、どうだった?」
「まるっきり健康になってた」
茶目っ気たっぷりに舌を出す数馬。
ああ、本当はこんなにお茶目な人間だったのに、広瀬が同化したせいで落ち着いた雰囲気に変わっていただけなんだ。
俺はあらためて、同化の恐ろしさを目の当たりにした気分だった。
数馬の健康診断の結果は、どこも異状なし。
どうやら、数馬に同化した広瀬が絶対に病院へ行かないよう仕向けていた節もあるのだが、広瀬が同化し始めてからろくに病院に行っていなかったわりには健康が保たれていたということで、俺たちは心の底から安心した。
魔法技術科に属しているものの、数馬もサポーターとして全日本やGリーグ、そして薔薇6にGPSやGPF、最後は世界選手権と試合試合で忙しくなる運命にあるだろうから、健康のひとことは俺にとっても皆にとっても喜ばしいことだと思う。
数馬が明後日からサポートに入れるということで、俺たちは祝杯と言いつつジュースを買って乾杯した。
聖人さん、いくら高校生以上は酒解禁と言ったって、俺たちにむやみやたらとアルコール勧めるのは止めて。
これから闘いも佳境に入るんだから。
祝杯を挙げた後、数馬は魔法技術科の寮に帰り、俺たちもそれぞれの部屋に戻った。
いよいよ、公開練習を筆頭に、日本大会お披露目の本選がやってくる。
この大会だけは、いつも以上に命中率を上げたいと心から願う俺がいた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
日本大会の公開練習日がやってきた。
この日、絢人が生徒会書記として日本大会から生徒会役員として名を連ねることが発表された。
絢人は逍遥との不和でサポートが出来なくなった一面もあるし、生徒会役員は人数が少なくていつも忙しそうにしていたから、俺としてはナイス人事、というところだった。
本人もその方が良かったのだろう。
選手やサポーターに挨拶する絢人の表情は、逍遥のサポートをしていた時に比べ格段に明るくなり、もう心配要らないことを示していた。
また、数馬も1年八朔海斗のサポーター、1年魔法技術科大前数馬として正式に紹介された。
数馬はとうの昔に復帰していて、俺のパートナーとして練習を見てくれている。
あのマッサージも健在で、サポーターとしての技術は並以上のものがあった。
回数減ったけど・・・。
前は一日6回くらいしてもらってたけど、今は1~2回。
でも俺は以前同様すべてお任せで、あとは的を狙うだけ。
これなら広瀬が数馬を欲したわけだ。数馬のサポート力と、いずれ逍遥から還元を受けるであろう俺をターゲットにしたのもよくわかる。逍遥そのものに同化魔法は効かないだろうと思っていただろうし、宮城海音の件がそもそもの発端で、宮城海音が目の仇にしたのは俺だったから。
でも俺にはひとつだけ納得いかないことがあった。
俺に同化魔法を掛け続け、結局俺の顔が本当の八朔海斗で無くなったことから周囲も異変に気付いた。
まあ、聖人さんはそれ以前から気付いていたようだが、広瀬がどのように関わってくるか確信が持てなかったのだろう。「まさかこうくるとは」って言ってたのもある。
聖人さんのことは置いといて。
俺の顔がまるっきり変わってしまったら、逍遥からの還元を受けることなどできなかったと思うのだが。海斗の顔してない人を海斗だと思い込ませるのってできんのかな。広瀬は、皆の目をどうやって誤魔化す気でいたんだろう。
広域魔法でも使って、皆に催眠術でも掛けるつもりだったのかな。そんで生徒会で保管してる俺の学生名簿の写真を替えてしまえば誰にもバレやしないと。
聖人さんにはっきり聞いてはいないけど、広瀬も魔法部隊に所属する魔法師だったのでは?
そうだよね、聖人さんのお父さんから受けた命令を忠実に熟すあたり、まさに上意下達だ。
って、今頃そんな話持ちだしたら、逍遥に馬鹿にされそうだからやめとく。
公開練習前の練習では、ちょっと目が眩んで的を外すことはあったものの、日差しが差し込んでいたからであって、目眩ではない。
午後に行われる公開練習時には日差しもだいぶ傾いているだろうから問題ない。
実試合では日差しはコントロールされ全選手同じ状況下で進められていくし、何の支障もないはずだ。
今大会のメリットと言えば、全部日本語で競技が進められていくこと。そしてホームのギャラリーの声援が日本語であること。
ロシアやフランスでは、競技の実施そのものは英語で進められていったからわかったものの、アウェーのギャラリーの会話は母国語だったから周囲から聞こえる声援がちんぷんかんぷんで、耳に入れるとメロディのようにくねくねして調子を崩すので、耳栓が欲しいと叫んでたくらいだ。
日本大会ではそうしたトラブルも無く、すべて順調に物事が進むはず。
ま、これは各地域に共通した悩みなので俺だけが不利を被るわけでもない。
今回はGPF事務局から全日本やGリーグ予選で使ったホテルとはまた別のホテルを指定されたらしい。
日本大会の公開練習に備えて俺たちは寮からホテルに移動していた。今日も昼に食堂に駆け込んだのだが、公開練習前の食事でも、バイキング形式の食堂にはメインの日本食がどさりと並ぶ。
海外の選手にも人気なのが「寿司=SUSHI」
海外の選手用に色々な寿司が並べられている。俺は食材に疎いので何が入っているか説明できないのだが、日本人の俺としては邪道だと思うようなネタがたくさんあった。
なんだ、アボガド巻?
カリフォルニアロール?
意外にも、そういった邪道ネタを海外の選手は好んで食していた。
食文化は多様だと目から鱗の思いだ。
ここに宿泊する国の選手は、日本チームの他にも結構いたようで、食堂ではSUSHIを食さない外国の選手たちから驚きの声やたまにはブーイングも聞こえてくる。
自分の国で食べてる料理が無かったら、そりゃ凹むよね。
でも、そういうことをみんな経験してるんだから諦めの境地に入るべきだと、俺としては思うんだが。
俺だって、アメリカのデカいハンバーガーやロシア料理にフランス料理と、わけわかんない食事しか出なかったことだってある。ホテルはほとんどバイキング形式だったから悩みは少ない方だと思うけどさ。
特にフランスのレストランでは、すごくお洒落なエスカルゴ料理とかあるんだが、ゴロっとあの形のまま大皿に乗せられていたかたつむりを見ると、何だか哀しくなってしまう俺。
宮城も田舎になるとまだかたつむりが田んぼ界隈にいたから・・・。それ、取って食べないでしょ、日本人は。え・・・食べる人いるの・・・知らなかった・・・。
でも考えてみれば、アサリやホタテ、ムール貝などの貝類はごろっと皿に乗せられていても気にならない。
やっぱりかたつむりが悪くてムール貝ならいいと言うのは、俺の偏見なのかもしれない。
さて、昼食の休憩時間を終え、午後2時から公開練習が始まった。
ここまで1位のアレクセイや2位のホセは、相変わらず鋭いショットを決め30分で50枚前後の命中率を誇っていた。
ルイは顔色が冴えないような気がする。実際、命中率は低く35枚程度。通常は35枚命中すればGPFへの切符は掴んだも同然なのだが、今年の選手たちはレベルが高過ぎる。
俺ですら、過去最高の45枚でフェードアウト。
魔法を勉強し始めて約半年とはいえ、皆のレベルに辿り着くまでには練習を重ねるしか道は無いと思い知らされた。
逍遥クラスになれば、ここ一番というところで最高のパフォーマンスを見せられればそれでいいんだろうが、俺はその最高のパフォーマンスに届いていない。ここは俺なりの最高を貫かなくてはならない。
特に、開催国だからという気負いもある。
その緊張感は計り知れないものがあると今、知った。
公開練習が終わり、俺と数馬は一旦ホテルの俺の部屋に行ってクールダウンのストレッチとマッサージをしてもらう。
右腕全体と、本来使っていないはずの左腕上腕二頭筋?、そして肩甲骨。
数馬がちょっと、テンション張り詰めてる感じ。
「今回で45枚だから、本選は50枚を目標にしないか」
俺は目が点になる。
「50枚なんて神の領域だよ。俺じゃとてもとても」
「自分を解放しなくちゃ」
俺は思わず起き上がった。元広瀬先輩が好んで使っという「力の解放」というフレーズを思いだしたからだ。
「君、まさか広瀬がまだ身体に残ってないだろうな。解放とか聞くとぞわぞわする」
「僕はもう1個人だよ、四月一日くんと聖人さん、2人の魔法は凄かった。こうして実世界に戻れるとは思っても見なかったから」
「そうか」
「でもね、ああいった中で勉強できた部分もあるんだ。力を解放するということは自分を解放すると同義だろ?自分がサポートした選手の身体の奥底に眠る見えない力を引き出した時、僕らはサポーター冥利に尽きるのさ」
「そうかもしれないな」
「今までいろんな国を彷徨って勉強してきたけど、力の解放という単純なサポートは無かった。でも自分を解放すればその人は飛躍的に伸びることになる。これはどこの国でも、1流選手でも同じだと僕は思ってる」
「俺は絶賛解放中、ってことか」
「そうだよ、海斗。さ、もう少しだけマッサージしてからシャワー浴びて。僕は部屋に戻ってるからあとでくるといい。食堂に行こう」
「了解」
数馬はそういうとまたうつ伏せになった俺に、丹念にマッサージをしてくれた。俺は案の定、直ぐに寝てしまった。
一度起こされ数馬が俺の部屋から出ていくときに内側から施錠し、俺はそのままシャワーを浴びて頭を洗う。ノーマルタイプとクールタイプのシャンプー剤が準備されていて、俺は勿論クールタイプを選んだ。
頭の中がすっきりとし眠気も覚め、何だか身体が段々と覚醒していくのを肌で感じる。力の解放ってこういうことなのかなと思ったりもする。
広瀬の置き土産というところか。
あの時を思い出すとまだざわつく感があるが、逍遥も聖人さんもその後何も言ってないところを見ると、数馬の言うとおり魔法は成功したんだろう。
何より、南園さんが俺を俺と認めてくれた。
あのときはまるで別人の顔だったと言いながら、目から一筋の涙を流してくれた南園さん。本当に心配を掛けた。
俺は数馬と食堂に行くために制服に着替えた。
なぜ、このホテルが今回の大会で使用されたのかわかる様な気がする。
ここは日本にしては珍しい、インターホン付きで画像が内側から確認できるシステムを採用していたのだ。
全日本のときはこういうホテルじゃなかったし、Gリーグの時は、俺と逍遥はエントリーを自ら外したから、試合中の宿舎=ホテルには行ってない。
もしかしたら、インターホンのないホテルに宿泊した外国人生徒たちから不満が続出したのかもしれない。そういったことを含めてGリーグにおける対外国人への環境が問題視され、今回の大会ではインターホンと画像付きのホテルになったのかも。
俺はリアル世界におけるホテル宿泊さえ記憶にないほどだから(中学の修学旅行は除くよ)日本のホテル事情はよくわからない。
全日本と薔薇6でのホテルはインターホンなし画像なしのホテルだったというだけだ。
でも幽霊騒ぎのあとアメリカ大会に行って、俺は画像付きのホテル推進派に変わった。
幽霊騒ぎなんて、あんな思いだけは二度としたくない。
制服に着替えようとしていたのに、外国のホテル事情を考え手が止まる。
アメリカ大会で宿泊したホテルはセキュリティのしっかりしたところだったろうに、リュカはどこで禁止薬物を飲まされたというのだろう。
まさかドリンクもらってすぐに飲んだわけじゃあるまい。
風邪薬の成分が見つかったらしいから、風邪気味のところを狙われたか。
いずれ、スポーツ調停委員会に申し立てたとしても証拠の列挙は難しいだろう。良くて今シーズンの大会出場取り消し、もっと悪い材料があれば2~3年の出場取り消しになり高校退学に追い込まれるかもしれない。
国分くんがそうだったように・・・。
そこまで考えて、俺は手が止っていることに気が付いた。
だいぶ数馬を待たせている。これ以上待たせるわけにはいかない。
最後に鏡を見ながらネクタイを締めて、俺は部屋を飛び出し数馬の部屋に急ぐ。同じ階なので走るような真似もどうかなと。
数馬の部屋のインターホンを押すとすぐに数馬は出てきた。もう、とうの昔に着替え終えていたんだろう。
ゴメン。
「遅れてごめん。飯食いに行こう」
「いや、今着替え終えたところだから。気にしないで」
いや、ちょっと怒り気味に小さな声で言うその言葉で、ずっと待ってたのがわかるよ、俺には。
なんというか、本人は気を遣っての言葉なんだろうけど、最後の気にしないで、がね。
別に気にしろと言ってないにしても、事実は違うよ?と言ってるように感じられる。
そういうことって、ない?
でもま、これが数馬本来の性格で、明るいけどちょっぴり神経質なんだろう。時間に正確でないと嫌な性格。
でもって、嘘や演技が下手。演技したつもりが嫌味に聞こえる損な性格だ。
広瀬のときは大人っぽかったから全然感じなかったけど、本質的に数馬はある意味、自分に正直ときている。
俺も今度から時間には気を付けないと。
たぶん、今までは広瀬が覆いかぶさっていたためにある種鷹揚な部分もあったのかもしれない。往々にして、人はそれを大雑把と呼ぶのだが。
試合を翌日に控えた晩飯。
食堂に向かいながら、俺は何を食おうか本気で思案していて、隣にいる数馬と言葉も交わさずに黙々と歩いていく。
俺としては腹八分目以下にしておきたい。
朝になって身体が重く感じられるのは勘弁してほしい。
食堂に入ったとき、ようやくその旨を数馬に伝えた。
敢えて和食を選ばずイギリスパンとコーンスープとトマトサラダに・・・もう、メインディッシュを選ぶのが面倒で席に着こうとすると、数馬が白身魚のフライを皿に取り俺のトレイに加えた。
ありがたき。
2人とも会話も少なく時間をかけず食事を終わらせ、食堂を後にする。何というか、イメージを膨らませるには会話で頭を使わないほうがいいだろう、という数馬のアドバイスと、俺自身、ある意味必要な部分の緊張を残しておきたかったからだ。
逍遥と聖人さんは食堂には現れなかった。俺たちがいくらか早めに食堂に入ったんだと思う。
数馬は学年こそ1年とはいえ実年齢は俺より年上なんだが、時間にルーズにさえしなければ明るくてとても頼れる良い奴だ。奴なんて呼び方すること自体失礼なんだけど、本人はそれで構わないと言うのでそうすることにした。
そういう部分では結構気さくな数馬。
その辺が、なんとなく聖人さんとダブる。
数馬は呼び捨てに出来るのにどうして聖人さんは呼び捨てに出来ないんだろうとか、考えても仕方のないことを頭の中でぐるぐる回しながらホテルの廊下を歩いていたら、廊下の向こうから逍遥と聖人さんが歩いてくるのに出くわした。
さて、数馬はどんな反応をするんだろう。
「やあ、聖人さん、四月一日くん。これから食事?」
数馬の問いに対し、向こうは聖人さんが反応する。
「おう。そっちは食い終わったのか」
「海斗が食欲なくてね、お蔭でこっちまで小食になっちゃいそうだ」
聖人さんの陰から逍遥が首を出す。おい、首だけお化けみたいだからやめろ、逍遥。
「数馬さん、海斗は全然食べないから指導してやってください」
珍しく、逍遥が高飛車に出ない。沢渡元会長にでさえも高飛車に出る奴なのに。
「そうなんだよねえ、僕もそれが一番の悩みだよ。何か食べさせる方法ないかな」
「たくさん皿にとって食えるだけ食わせてみたら限界が見えると思うけど」
逍遥たち3人は、俺を除け者にして輪を組んで、あーでもないこーでもないと案を出しあうが結論までは至らないようだった。
俺は右手を上げて3人の中に入り反対意見を述べる。
「自分の中のルーチンとして、食べ物残すのは嫌なんだ。昔から出されたものは全部食え、って躾けられたから、残せないんだよ。食べられる量しか皿に取らないだけ」
「躾、って君、犬じゃないんだから」
逍遥、おい、誰が犬だ。
逍遥の言葉に、大いに気を悪くして俺が押し黙っていると、聖人さんがふっと口元に笑みを湛えながら数馬の方を向く。
「じゃ、メインディッシュだけ数馬に取ってもらうのはどうだ?」
それを聞いた数馬はあからさまに、そこまでサポーターが面倒見るの?という顔をしている。今まで気が付かなかったけど、ドライな一面もあるんだな、数馬は。少しずつ自分のキャラを出してきてるのかな。
数馬の心情をすぐさま読みとったのか、サポーターの先輩として聖人さんが数馬の背中を押しながら励ます。
「俺たちはプレーヤーが試合で輝けるようにいろんな面からサポートするのが仕事だからな。試合の面倒だけみればいいってもんじゃない。俺なんて逍遥の何から何まで面倒見てるから疲れるのなんのって」
「はあ?聖人に面倒見てもらったことなんて1回もないけど」
「お前の目に見えないとこでサポートしてんだよ」
おっと、ここで聖人VS逍遥の戦闘勃発。
俺と数馬は2人から離れ、速足で、半ば逃げるように俺の部屋へと向かった。部屋の前に着くと数馬が早口で指示を出す。
「今日の風呂はぬるめの温度でゆっくりと湯船に浸かって。こういうとき日本の風呂は良い。外国じゃシャワー設備しかないところだってあるからね」
「何度くらい」
「自分がぬるめだと感じるくらいでいいから」
広瀬が中にいた時は、夕食後もマッサージしてくれた。1日6回くらいは当然のように。
今にして思えば、あれって、同化魔法を掛けるために日に何度もマッサージしてくれたんだ。
そして、何でも俺の言わんとすることを忖度して先回りして動いてくれた。最初はえらく親切だなあって思ったけど、今になってやっと、広瀬が中から数馬を動かしているんだ、ってわかったよ。
数馬は外国生活も長いし言うべきところははっきりと言う。
ただのアイドル青年でもなければ根っから親切な天使様でもない。さっきのようにドライな一面も見せる。
だから、たまに俺はどうしていいかわからない時がある。
「?」という顔をしても数馬には通じない。
俺も言いたいことははっきりと言わないと、数馬とはやっていけない。「察してくれ」じゃ通じないんだよね。
亜里沙や明なら「察してくれ」とひと言いえば察してくれるけど、そこには12年間もの時の流れがある訳で。
「了解。明日のスケジュールは?」
「朝の6時半、君の部屋に迎えにくるから。そして30分、マッサージとストレッチ。終了後はシャワー浴びて朝食、ここを出るのは8時半かな」
「わかった」
「寝るときはイメージ記憶を優先しないように。イメージ記憶を呼び覚ますのは朝起きてからでも十分待にあう」
「俺、夜寝れない時は色々考えちゃうからなあ」
「ホットミルクをフロントに頼めばいい」
アメリカ大会だったかな、英語がしゃべれないので逍遥と聖人さんに馬鹿にされたことを思いだし、俺はふふっ、と口角を上げた。
「前にも逍遥たちに言われたことある」
「眠れただろ?」
「いや、頼まなかった」
「どうして」
「英語がしゃべれないから。リスニングだけなら何とかなるけど」
「トライしないと。身振り手振りで話せば相手も分かってくれようとするものさ」
「電話じゃ無理だよ」
「ホットミルク、部屋番号、それだけで充分だと思うけど」
何か国語も操るその裏側では、相当な努力もあったと思う。
一朝一夕にして10か国語マスターはならず。
俺は外国人に話しかけられると、意味はある程度分るから、相手が怒っていない限りはにこにこと笑って誤魔化していた。
それじゃ前には進まないんだよなあ。
「了解。眠れないときはフロントに電話するから」
「じゃ、明日の朝、ここで。すぐマッサージに入れるよう、ジャージのままでいい。くれぐれも、寝過ごさないでくれ」
「うっ・・・お休み、数馬」
最後、強烈なパンチを繰り出すのは前の数馬にはなかったこと。今は気さくに接してくれるけど、時間にルーズなのは余程いやと見える。
明るくて気さくで、それでいてちょいと神経質ではっきりしてて。
あの大人っぽい数馬は何処に行った。と、前の数馬は広瀬だったことを思い出す。
早く今の数馬に慣れなくちゃいけない。
怒らせたら明より怖いような気がするから。
数馬と別れ自分の部屋に入った俺は、言われた通りに自分がぬるめだと感じる温度の風呂に普段より時間をかけて長く入り、風呂から上がるとジャージに着替えて、冷蔵庫を漁る。
そして、まず冷たいドリンクを手にすると徐に口に含んだ。
おー、喉から食道へと、じわじわとしみゆくこの感じ。
風呂に浸かった身体の内側から、キンキンに冷えたドリンクが体中に広がっていく。
またやりたーい。
でも、何度も風呂に浸かって長風呂し過ぎるとのぼせてぐでんぐでんになりそうなので、今晩は控えることにした。なんたって、明日は試合だもん。
それにしても、ぬるめの風呂って何度ぐらいを指すんだろう。
38℃くらいの風呂に浸かってたけど、ぬるめなのか?俺には熱く感じなかったから・・・。
その辺、はっきり教えてくれればいいのに。
自分にとってぬるめの、と言われても今一つピンとこない。
数馬は自分で考えさせるタイプなんだ、きっと。
聖人さんや広瀬のように先回りしてすべて受け止めるタイプでは無いように思う。広瀬の場合は、邪道な目的が第一だったから俺に優しくしただけなんだが。
聖人さんは誰でも受け止めてしまう、あの逍遥でさえも。
数馬と逍遥はタイプが似すぎてて一緒に組んだらはじけ飛んでしまう感じ。絢人とはまた違った意味で、バディになりきれない。
俺は逍遥とウマが合うくらいだから数馬とも大丈夫だと思う。そうだよ、ありゃ逍遥を思い起こさせるんだ。サポーター版逍遥といった風情で。
くくく、と1人で不気味とも取れる笑いをかましながら、いつの間にか俺はつかの間の眠りに就いた。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第6幕
目覚ましがうるさい。
消しても消してもうるさい。
なぜだ、何故なんだ。
これは夢か?
夢じゃない・・・。
俺はガバッと起き上がった。
真上に見えたのは、頬をヒクつかせた数馬。
「昨夜約束したと思うけど。今何時?」
自分のスマホを探す俺。
周りには数馬の持ってきた目覚まし時計が1個、2個・・・4個もある。
げっ、こりゃ寝過ごしたに違いない。
言い訳する機会くらい、与えてくれないだろうか。
「あのー」
「言い訳無用!!」
そう言いながら、数馬は背面に置いてた特大の目覚ましを出してきて俺の両耳元に近づけた。左右からけたたましい音がする・・・。
ジリリリリィ・・・。
ジリリリリィ・・・。
ジリリリリィ・・・。
俺は耳を押さえて・・・飛び起きた。
数馬は?
いない。
夢か・・・。
数馬の時間守れオーラに押され、現実味あるのかないのかわかんない夢を見た。
夢の中で夢見るなんて、あるんだなあ。
と、真面目に時間すぎてたりしないよな。
俺は急いでスマホを手にし、電源を入れた。
スマホのデジタル文字は、朝6時を表示していた。
二度寝したら、確実に数馬の逆鱗に触れる。
このまま起きていよう。
軽く足首を前後に伸ばしたり肩を回したり、本当に軽くストレッチを行っていると、部屋のインターホンが鳴った。
数馬だ。
俺はなぜか焦って転びそうになりながら部屋のドアにゴン!!と頭をぶつけた。
鍵を開け、ぶつけたところが痛かったので何も言わず数馬を迎え入れた。
目を点にして不思議そうな表情を隠さない数馬。
「なんか今、中でゴン!って音しなかった?」
「転んでたんこぶできた」
くくくっ、と数馬が口元に手を当てて俺を指さす。笑いたいのをぐっと堪えているように見える。
「海斗は慌てん坊だな」
「あ、子ども扱いしてない?」
「まさか。3歳しか年違わないのに」
「沢渡元会長と同級生なの?」
「そうだよ、彼に誘われて紅薔薇に来たんだけど、何となく馴染めなくてね。放浪の旅に出た」
「でも世界の魔法技術者なら知らない人はいない、って沢渡元会長が言ってたよ」
「そりゃお世辞さ」
「大人の会話みたい」
「何が?」
「謙虚だなって。外国じゃ謙虚な人いないでしょ。できなくても出来る!って大嘘吐く人多いって聞いたよ」
「沢渡はなんて言ってたの」
「世界各地の魔法技術を日本の魔法技術に応用したデバイス作製や、古典魔法のルーツを調べるなど、魔法技術における世界では有名な人間だ、って」
あはは、と大きな声を出し、顎を見せながら笑った数馬。
「伝言ゲームは面白いね」
「伝言ゲーム?」
「沢渡は魔法技術における世界では有名な人間だ、といったのに、海斗は世界の魔法技術者なら知らない人はいない、と見事に変換されてる」
「もう、どっちでも有名なことに変わりないじゃん」
「そうだね、色々な国を回って魔法技術を見聞しながら現在に至るのは事実だ。デバイスも作製していくつもりだし、古典魔法は今でも興味津々だよ」
「古典魔法なら聖人さんとか詳しいんじゃないの」
「向こうは武器としての古典魔法じゃないかな、僕は武器もそうだけど、身を守るための古典魔法を研究してる」
「千代先輩と同じかな」
「ベクトルは違うけど、そんなところ」
「じゃあ、それが融合したら古典魔法のプロになる」
「いつか融合させてみたいものだね。ほら、時間が押してる。マッサージ始めよう」
ごろん。
ベッドに仰向けになり、まず肩甲骨をマッサージしてもらう。そのあとはうつ伏せになって全身を揉み解していく。
いつにもまして丁寧な数馬のマッサージ。
日本大会に向けた意気込みが伝わってくる。
マッサージのあとは開脚して身体を前に倒す。
俺は身体が固いから数馬にぐいぐい押されるとちょっと筋がビリビリするときもあるが、続けていくうちに気にならなくなるから不思議だ。
「さ、お終い。シャワー浴びておいで」
「ありがとう」
シャワーを浴びながら汗を落して、シャワー室から出ると制服が準備してあった。
ありがとうと大きな声で礼を言いながらサササと着替え、靴下を穿き、靴を履く。
俺がシャワーを浴びている間、数馬は読書していたらしい。下を向き一生懸命に文字を指先で追っている。
「今何時?」
俺の声が聞こえないのか、数馬はなおも本を読んでいた。
少し大きい声で時間を聞く。するとようやく数馬は頭を上げて俺の顔を見上げた。
「海斗は腕時計持ってないのか」
「うん、リアル世界でも腕時計は持って歩かなかったから」
「どうやって時間判別してたの?」
俺はデスクの上に置いてたスマホを見せる。
電源を入れると、デジタルで時間が表示された。
「へえ。向こうの世界ではこれが時計と言うわけか」
「元々は携帯できる電話の役割が主だったけど、こっちでは携帯電話ないみたいだから、今は時計として使ってる」
「電話を持ち運びするの?そういう機器はこちらではないな。ねえ、分解させてくれない?」
数馬のあくなき探究心が、ポッと目覚めたらしい。
しかし、これがなくては時間を知らせるツールが無くなってしまう。時間以外にも色々使えるから。電話機能だけなんだよね、使えないの。
「これないと時間がわかんないよ」
「あとで腕時計と交換しよう」
「うーん、このスマホ、カメラ機能やビデオも撮れるんだよね。腕時計だけじゃないんだ」
「そうなの?ますます面白い」
数馬、本気?
焦った俺はスマホを握りしめた。
「ほらほら、もう食事に行く時間じゃないの?」
「おや、もうこんな時間か。惜しかったなあ。海斗、スマホの話はまたあとで」
スマホを取り上げられてはならぬとばかりに、俺は数馬の背を押して、部屋を出た。
EVを降り食堂に行く道すがら、ルイと会った。食堂を出て歩いて来たらしいルイは俺に気付いたようで、目を真ん丸にして走りよってきた。
「タコ!」
「あ、ルイ」
数馬さんがにこりと笑って紹介しろとでも言いたげに俺の手の甲を抓る。
「あ、こちらルイ。フランスの選手だよ」
「初めまして。大前数馬といいます」
と、フランス語で話しかけた数馬。
ルイは途端に顔色が明るくなり、朗らかに数馬と会話していた。
俺にはなんといったかわからなかったが、あとで数馬が会話の内容を教えてくれた。
「ロシア大会あたりからいたよね、って言われたんだ。まあ、いたっちゃーいたよね、この顔は」
「広瀬のことは言えないし、言っても信じてくれないかも」
「目が悪いから顔は覚えてなかったことにしたさ。今はコンタクトに変えたから、って言ったら納得してたよ」
「今日も1人なんだ、ルイ」
「ああ、禁止薬物事件か。きな臭いんだよなー、あれ」
「きな臭いって?リュカは無実だということ?」
「少なくとも僕はそう考えてる。もう少し詳しく事情を聴けば証拠も揃うんじゃないかな」
数馬の言葉に俺は人間味を感じてしまう。いや、数馬は決してロボット人間ではないのだけれど。
もし、もしもその機会があったら是非リュカに加勢してもらいたいものだ。
ルイと分れ食堂に入った俺たち。
いつものように朝はほとんど食べない俺。力が出ないと一喝されるんだが、腹に入らないんだよ。今朝はパンケーキとサラダに野菜ジュースだけだったが、数馬はなんとか見逃してくれた。
「試合に響かない程度に食べてればOK。食べすぎる方がこういう時は問題だから」
「夜に食べるから。それで相殺できるだろ?」
「食事に相殺はないよ、海斗。食いだめはできない」
え?そうなの?
俺はまた、1日当たりどのくらいカロリー取るかが大切であって、1回の食事ではないと思ってた。
でもまあ、今日の朝だけはこの量でも許してもらえた。
明日のことは明日考えよう。
数馬が自分の腕時計を見ながら食事を終わらせる。
食べる量に反して時間がかかる俺は数馬の調子に合わせながら速さをコントロールしていた。
よし、今日も完食!
あとは会場に行って、試合に臨むだけ。
俺は数馬と連れ立って席を立ち、トレイを返却口に返しながら周囲を見渡す。
外国から来てる選手で何人かアメリカのサラから紹介を受けた人はいたけど、挨拶するのが面倒で会釈で済ませた。
数馬ならひと言何か言うのかもしれないけど、試合前の今、俺はそういった雑多なことで頭を悩ませたくはないと言うのが本音だ。
数馬も俺の様子を横で見ていたようだが、試合前で張り詰めたものがあるし、特に口出しすることは無かったように思う。
俺は一旦部屋に帰るとユニフォームを持って数馬の部屋を訪ねた。
「着替えた方がいい?」
「タクシーで行くから、着替えてもいいよ。制服は僕が預かろう。自分の分のドリンクだけは忘れないで。僕が差し出しても君は飲まないからね」
「ごめん、疑ってるわけではないけどこれがもう癖になってるから」
「嫌味で言ったつもりじゃないよ、大事な心掛けさ」
聖人さんからの指導事項とは言えなかった。比べてるような気がして。
俺は数馬の部屋で着替えさせてもらい、ユニフォーム姿にベンチコートを羽織ってホテルを出た。
ユニフォームについて、伝えてなかったような気がする。
これがまた、弓道に似た格好で「JAPAN」を彷彿とさせる。各国それぞれにユニフォームは違うんだけど、『デュークアーチェリー』は日本が発祥の地なんだろう。似た感じで色違いのユニフォームを採用している国は多い。
日本のユニフォームは弓道そのままに、アイボリーの上衣と茄子紺の袴?を採用している。
午前8時。
市内の国立競技場まで、同じく午前中に行われる『バルトガンショット』に出場する光里会長と蘇芳サポーター、そして俺と数馬が1台のタクシーに乗り込んだ。
別便で沢渡元会長と亜里沙や明が来るということで、光里会長は少しだけ緊張しているように見える。
亜里沙は、逍遥にこそ絶対王者であれと命令してたけど他の選手にはそう言った命令はしていないようだ。
逍遥のあれだって、他の選手やサポーターは内情など知らないだろう。全部知っているのは、俺と聖人さん、明くらいのものだ。
タクシーは30分ほどで目指す国立競技場へ到着した。
出発を早めて良かった。
市内は渋滞していたから。
いつもなら車で10分とかからない道路なのに今日はなかなか車列が動かなくて、街の姿がはっきりとこの目に入ってきた。
歩道を走るほどの猛烈な速さで会社へと急ぐスーツに身を固めたサラリーマン、高校生と思しき制服姿の男子は、もう行く気が無いようにだらだらと信号を渡る。
みんな色々な生活を送っているんだなと感じる。
でも、これが日本だとも思う。
国外を3箇所回ったけど、歩道を走って会社へ行くサラリーマンも、学校へ行きたくなくてダラダラしてる高校生も見なかった。
ロシアでは寒くなってきて皆ガタイの良い身体に革製品を着込んで白い息を吐きながら歩いていたし、フランスやアメリカ大会の会場周辺ではちょっとしたお祭り騒ぎになっていて、この人たち、会社は大丈夫なのかと首を傾げたものだ。向こうの青年たちは大人っぽいから、もしかしたら高校生だったのかもしれない。
皆愉しそうにタクシーに向かって手を振ってきてた。
いや、俺たちが試合に出る選手だとわかってて手を振ったわけではないと思うんだよ。
彼らはどこに向かって手を振っていたんだろう。
そんなことを思い出しながら口角を上げる俺に気付いたのか、隣にいる数馬が咳払いをした。会長たちの前では大人しくしとけ、ということらしい。数馬も上意下達の人間なのかなあ。もしそうなら、どんなにいいやつでも俺はサポートを断ると思う。あの考えにだけはついていけないし、ついていく気もない。
数馬よ、その咳払いは、会長に対する最低限の礼儀だと言ってくれ。決して上意下達のことなど口にしないでくれ。
願わくは、数馬との邂逅が俺にとって最高の縁でありますように・・・。
ようやく着いた国立競技場。
歩いたほうが早かったりして・・・。
いや、ここでそれを言ってはいけない。
光里会長たちが折角誘ってくれてタクシーに乗ったんだから。
俺は満面の笑みを浮かべタクシーのドライバーさんと光里会長に礼をいい、車を降りた。
もう11月になるというのに、外は温かい。
俺は日本大会を目前に控え、思わず武者震いしていた。
「寒いの?」
数馬、違うよ、興奮してんだよ。
こういうとき、数馬は鈍感だ。比べて悪いけど、聖人さんなら・・・。
「武者震いってやつ?数馬はそういうとき、ない?」
俺はいつまで聖人さんに拘っているんだろう。
何をどうあがいても聖人さんが俺の隣に戻ってくることなどないというのに。
聖人さんでなければ、逍遥の本領は発揮できないと誰もが認めうるために、あの2人は頑張っているというのに。
数馬が読心術できたなら、とっくの昔に俺は見捨てられてる。
やだよね、こんな比較されたら。
俺が数馬だとしても放り投げたくなる、八朔海斗という人間を。
本選を前に何をくだらないことでイジイジと考えているんだ、俺は。
「さ、中に入ろうか。海斗」
数馬の言葉が号令のように耳に響く。
俺は黙って競技場内へと足を向けた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
まず数馬が受付を済ませ、競技順のくじを引いて俺のところに持ってきた。
「2人で開けよう」
俺たちは頭を突き合わせ、数馬が他から見えないようにくじを開く。これも広瀬の性格なのかなと思っていたけど、こういう茶目っ気は数馬の性格だったか。
広瀬に半ば心身ともに乗っ取られていたのだから、それも仕方がない。
数馬の行いを見て、これは広瀬だ、とか、これは数馬だったんだ、とか、新しい発見というか数馬をより深く知る機会となる。
そして、俺たちのシンパシーはこれからなのだと思い知るのだった。
くじの番号は、22番。
出場者は30人弱だから、まあまあ、かな。
決して悪くは無い。25番前後が俺にとって一番やり易いから。
数馬は受付にくじを持っていくと言って足早に姿を消した。
俺は廊下に出ながら、ストレッチできる場所を探す。数馬には廊下に出るといってある。受付で競技順を確定させてから探しに来てくれるだろう。
もう競技場にはほとんどの選手が姿を見せていた。欧米のいつものメンバーの顔も見えるし、新顔か?というアジア系の面子もそこかしこにいた。
反対側の廊下の向こうに、ルイの姿も見える。
リュカの件があって以来、俺はルイとは直接そのことで話をしていない。
クロードが犯人だという証拠は見つかったんだろうか。
証拠が出ない限り、リュカの申し立ては効力を失うだろうし、選手生命すら脅かされるかもしれない。
でも、諦めないで伝えて欲しい。
自分はやっていないのだと。
もう、誤認は国分くんだけで沢山だ。
全日本の時の国分くんの顔や五月七日さんの顔、色んなことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
俺の表情が少し曇っていたのか、遅れて廊下に出てきた数馬が俺に追いついて、脇腹を突いた。
「海斗、どうしたの」
「ん?」
「顔が怖い」
「そう?」
「よからぬことに首を突っ込んだか」
「うん。数馬は経験ない?周囲でよからぬことが起こって、真犯人は分かっているのに、それなのに真相が究明できなかったこと」
「腐るほどあったさ。自分の無実を証明できなくて魔法から身を遠ざけた人を何人も見てきた」
「悔しいよね」
「自分たちがいかに無防備であったかを、そこで彼らは知り得たんだ。今はどうしてるかわからないけど、二の舞を踏むことだけは無くなっただろうね」
「厳しいな。数馬は」
「自分の身は自分で守る。鉄則さ。だから君は僕が準備したドリンクでさえも飲まないだろう」
「ああ、あれは・・・」
聖人さんが俺に、と言いかけて、止めた。
数馬に対して聖人さんの名前を出したくなかったからだ。
聖人さんに対する俺の今の感情を、誰にも打ち明けるつもりは無かった。
「数馬、俺は自分の身は自分で守る。でも、もし俺が道から外れそうになったら意地でも戻してくれな」
数馬は口角を嫌々そうに持ち上げた。
「了解。僕としては、そうならないことを切に願うよ」
数馬は本当に逍遥に似ている。
見た目薄情なところが。
それでいて、温かい心の持ち主だと・・・思いたい。
ルイは俺に気が付いたようだが、あえて近寄ってこようとはしなかった。リュカから話は聞いてると思うけど。
ルイのやつ、リュカの事件で真底心配しているので競技にも差し支えているんだろう。
フランス大会も、母国開催の割に順位は今一つ伸び悩んだ。
今、俺の近しい人がそうなったら・・・国分くんの時は逍遥という頼もしい助っ人がいた。数馬は一緒に助けてくれるだろうか。逍遥はいざとなったら自から囮になって動いてくれたけど、数馬はどうなんだろう。
プレーヤーじゃないから、囮にはなり得ないか。
「海斗、海斗」
何回か数馬に呼ばれたらしいのだが、俺は気付いてなかった。
「海斗、今君がすべきことはなんだ?」
そう言われ、はっとした。
俺のやるべきこと。
そうだよ、日本大会に向け、力を出し尽くすこと。
それが逍遥や、ひいては聖人さんのためにもなる。
「悪い、数馬。じゃ、向こうでストレッチするから手伝ってくれないか」
「OK」
俺たちはゆっくりと、それでいながら力強く歩き出した。
ストレッチが終わると、試合前の総合練習が行われた。
1人につき10枚ずつの的が現れ、人さし指デバイスを的に向けて発射する。
そこでサポーターが入り姿勢などを正していく。
俺の知ってる欧米組の選手たちはサポーターをギャラリーに置いて来ているようで、1人で矯正しコンディションを整えていたのがほとんどだった。
もしかしたら、俺たちに挨拶してきた欧米系の生徒たちは、各国の魔法部隊に所属している人が大多数を占めるのかもしれない。だからサポーターなど必要ないのかも。
亜里沙が逍遥に対し、サポーター没収と叫んだのが分るような気がした。
あれもどうかなと考えてはいたが、事実、こういう手法の生徒もいる。
どちらかと言えば、サポーターが脇に付いているのは実力的に残念な生徒ばかり。サポーター自身も魔法をよく解ってないような素振りに見えた。
俺、残念な魔法組に入るのかと思うと、ちょっとムッとする。ここは一発、奮い立たせねば。
そこは数馬も俺の考えをお見通しだったようで、最初に矯正に入って来ただけで、あとはずっと後ろに下がって俺の演武を見学していた。
今までなら周囲の状況も見ないで、サポーターがいないとひとり不安になっていたものだが、今日は何となく違う俺だった。
試射が終了し、急いで数馬のところに走って行く。
「どうだった?」
「下半身はOK。君の場合上半身の姿勢から崩れていくタイプだから、以前みんなに言われたことを思い出して」
「目標枚数、どうする?」
「海斗の思った通りが一番だけど」
「45から50を目標にしたいんだ。低く設定すると妙な安心感が出て、出しきれてない力を発揮できないから」
「ご存分に」
1人目の生徒の演武が始まった。
最初の演武は、香港の選手だった。
この出来如何で、試合の流れが決まる。
だからこの選手だけは見ておこうと何となく思う。
数馬が腕を引っ張るのを止めて、俺たちは演武に見入った。
ドン!という音がアリーナの中に響く。
合計で40枚。
中々の出来だが、今までの試合で見たことがない。アジア枠の中でこの試合に出たのか。それとも俺の見落としか。日本大会以降にポイントを稼いでもGPFには間に合わないだろう。
でも本人がえらく喜んでいる所を見ると、俺の見落としかもしれない。
俺は逆に数馬の腕を掴んだ。
「行こう、数馬」
廊下の片隅で、俺はストレッチを数馬に任せてまた肩甲骨だけはマッサージで温めてもらった。これだけでもずいぶん出来が変わってくる。
この方法、広瀬のモノなのか数馬が用いてるマッサージの要なのか、解っていない。聞きたいけど聞き出せない。聞いたら数馬に悪い気がして。
「これは元々僕が考案したサポート方法」
え?
俺、口に出してないよね?
もしかして読心術が使える?
「でないと外国生活はつらいからね。半島より向こうは平気で嘘吐く人間ばかりだし」
固まる俺。
今まで思ってたこと、数馬には丸わかりだった・・・。
ヤバイです。かなりヤバイです。
数馬、よく我慢したな。
ごめんよ、数馬。
「その辺は気にしてないから。魔法を使うからには読心術くらいマスターしないと」
「・・・俺、使えない」
「GPFが終わったら教えてあげるよ」
「ほんと?」
「嘘は吐かない。塗り固める嘘は苦手でね」
やっぱり逍遥みたいだ。言うことまで同じとは。
「彼との一番の違いは、僕はサポートに人生掛けようと思ってる事さ。薔薇大学卒業したらデバイスの作製一本に絞りたいと思っているんだ」
「古典魔法は?」
「永遠の研究テーマさ。大学の卒論テーマにもなるし」
「ある程度の魔法力はあるんでしょ、デバイス作製するくらいだから」
「まあ、人並みには」
「魔法科蹴って魔法技術科に入った口?」
「僕の頃は沢渡他魔法が得意な奴が多くてね。魔法技術科の希望者は少なかったんだ。若林も同じ口かな」
「魔法技術科には上意下達の考え方は広まってなかったの?若林先輩が薔薇6の時に言ってたことあるけど」
「そうだね、魔法科を中心に広まった考え方ではある。ま、もっとも、魔法を第一主義とするオピニオンは世界中で広く浸透しつつあって、懸念されてはいるんだ。物事をフラットに考える心的傾向が廃れると魔法のパブリックな性質にも影響が出かねない」
「む・・・難しい」
「今、理解する必要はない。さ、イメージ記憶を呼び覚ますために静かなところに行こう」
数馬は廊下から離れ、どこか静かになれるところを探して俺の前を歩く。
ちょうどアリーナ裏に芝生があって、そこに胡坐をかいて座った俺は静かに目を瞑った。
頭に蓄積した3Dのイメージ記憶。
数馬にイメージ記憶のことなんて話したっけ?
これも読心術で読み切ったというわけか。
読心術、か。
数馬、今まで聖人さんと比較して済まなかった。色々と文句ばかり言って済まなかった。
俺はもう、聖人さんから卒業しなくては。いや、卒業するから。
数馬に全てを任せ、今日こそ表彰台に向けて試合に臨む。
もう一度ストレッチで身体を伸ばしながら、肩甲骨が歪まないよう時折マッサージする。体力面でのサポートは十二分に受けた。
あとは気力を充実させるだけ。
「1回アリーナの中を見てくる」
そう言って、数馬はアリーナ出入口に向かって走っていく。
あの明るそうなアイドル顔の数馬が読心術マスターしてるなんて思ってもみなかった。
いやいや、今日はそんなこと考える暇はない。
俺は俺にできることをしなくては。
的を思い浮かべ、自分の姿勢を思い浮かべ、人さし指で的を射ぬく場面を思い浮かべる。
肩甲骨を温め解しているから姿勢は問題ない。命中率を上げるために必要なのは、俺自身のメンタル。他人が何枚射抜こうが、俺はその上をいく。
数馬がアリーナから走って出てきた。
「もう15番まで終わったから中に入ろう」
急かされるように俺は数馬の後をついてアリーナに入る。
「どう?イメージ記憶」
「うん、上手くいってる」
「それならOK」
「あとは自分のメンタルとの戦いかな」
「他の選手を気にする必要はない。海斗は海斗の演武をすればいい」
俺が思っていたことを数馬が繰り返してくれたのが少し嬉しかった。
廊下を通りすぎ試合場に入ると、もう20番目の選手が演武を行うところだった。
俺はユニフォームの上から羽織っていたジャージを脱ぐと、肩を回し軽いストレッチを行い、自分の順番を待つ。
ほとんどの場合ひとり20分程度の演武になるのだが、試合場では同時に4試合行われる上に、選手の射撃ペースが速いとあっという間に演武は終わる。
俺は頭を空っぽにしながら順番が来るまで身体を温めていた。
GPS-GPF編 第9章 日本大会 第7幕
22番がコールされた。
俺の演武が始まる。
足を進め、定位置に就く俺。隣ではロシアのアレクセイが最初に演武を始めていて、続けざまの命中にアリーナ内は歓声が凄い。
それでもアレクセイは、俺の競技開始時に合わせて射撃を止め、唇に人さし指を当てて周囲に静かにしてね、というゼスチャーを見せている。
これこそがアレクセイのメンタルの強さというべきか。いや、自信の表れか。
「On your mark.」
「Get it – Set」
俺はいつにもまして気力が充実していた。
周りから聞こえるのが日本語だったというのも大きい。やっぱりホーム戦はアウェーとは違う。空気からして違うように感じられてしまう。
50m先に的が現れた。
その瞬間、シュッ、っと俺の人さし指から出た矢はドン!と的の真ん中を射抜いた。
肩への刺激もない。
好調な証拠だ。
そのまま俺は射撃を続けた。隣のアレクセイが射撃を終了し皆から拍手を受けているのがわかった。相当枚数撃ち抜いたのだろう。
でも、俺は俺。
自分の出来る精一杯を今、ここに。
いつもは30枚近くなると姿勢が崩れ右掌が下がる傾向にあるのだが、今日はメンタルがいつも以上に充実しているからか、疲れも感じない。
俺は48枚を命中させ、演武を終了した。
アリーナの壁中央に設置された順位表を見る。
アレクセイが53枚で1位。ホセが50枚で2位。
今のままで進行すれば、俺は3位に食い込める。
どうかみんな、47枚以下でありますように・・・。
最後の最後で、俺を抜くかと思われたカナダのアルベールだったが、47枚と氷一枚分俺が勝ってたようで。
やった!!
3位だ!
日本大会では、俺、八朔海斗が3位という成績を残した。
プレス対応するための広場が設けられていたのだが、今までのどの試合よりも嬉しさがこみあげていたのが顔に出ていたようで、カメラのフラッシュだけが記憶の片隅に残っている。何を話したかは、全く覚えていない。数馬が脇で突くのだが、お構いなしに話していたらしい。
夜、TVのニュース放映を見て皆愕然とするに違いないと数馬がいう。
一旦休憩のため競技場を離れたんだが、俺は恥ずかしい気持ちが一杯で、真面に前を見て歩けない。数馬に導かれるまま俺が入ったのは、俺たちが住まうホテルの食堂だった。
「ここなら邪魔なマスコミは入ってこないから」
「ねえ、数馬。3位入賞って凄いの?」
「凄いことだよ。光里会長は2位だった。向こうも調子は良さそうだ」
「ぶっつけ本番なのに、すごい鍛練だよね」
「サポーターも中々のものだよ。蘇芳と言ったか。彼がチューンナップするショットガンの精度は僕も見ていて惚れ惚れした」
「あと1戦か。このままのレベルをキープできると良いんだけど」
「あとは海斗のメンタル次第さ。本当に君はメンタルが強い。噂どおりだな」
キョトン。
みんなに言われるけど、俺、メンタル強くないよ。てか、弱い部類に入ると思うんだけど。
「海斗はそう思ってるのか。驚いた。君のメンタルは充分強いと思うけどね」
「なんでみんなそういうんだろう。俺は周囲に恵まれてて、それで結果が残せただけなのに」
「周囲に恵まれるのもメンタルが強いからに他ならない。泣き出すやつだっているからね、試合中に」
「げっ、そういうときどーすんの」
「上目遣いになって下から覗きこんで、“君は大丈夫、君ならできるさ”と3回繰り返す。普通ならこれで集中してくれるんだけど、中には超軟弱モードになるやつもいるんだ。もう、そうなったら打つ手なし。試合放棄して棄権するか、無様な姿見せるか、だね」
「そういう意味ではメンタル弱くはないけど、悪い方と比べてない?例えば俺と逍遥はどっちがメンタル強いと思う?」
「君」
「え、逍遥でしょ、どう見たって」
「彼は魔法にすごく長けてるけど、一度沈んでしまったら戻れないタイプと見た。だから聖人さんがあんなに心配してサポートに就いてるんだと思う。軍のお偉方敵に回してまで、ね」
「亜里沙たちのこと?」
「そう」
「超ブラック集団、魔法部隊というやつね」
「海斗は上意下達に反対してるのか。そうだね、海斗からみたら超ブラックに思えるかも。でもあそこはあれで統率取ってるから仕方ないんだ」
「大人の事情か、やっぱり俺にはわかんない」
俺は気も漫ろにこの話題を打ち切った。
こんなことで数馬と仲違いしていられない。
次はGPS最後のイタリア大会が控えているのだから。
GPS日本大会は午前の競技が終了し、あとは午後の競技を待つばかりとなった。
午後はグラウンドで『エリミネイトオーラ』、アリーナで『スモールバドル』、周辺地域で『プレースリジット』が行われる。
もちろん応援に行くつもりだ。
『エリミネイトオーラ』と『スモールバドル』は生徒会役員連中が応援に行くはずだから、俺は沢渡元会長の出る『プレースリジット』を応援に行こうと思っていた。
しかし、数馬が『エリミネイトオーラ』を観たい見たいと隣で大騒ぎしている。
仕方なく、俺は競技が行われるグラウンドへと歩き出した。
応援席の一番隅っこに陣取る俺を、前に行こうと数馬が引っ張る。俺としてはあまり乗り気ではなかったので腰を下ろしたところから離れようとしなかったのだが・・・。
段々と数馬の目つきが鋭くなっているのに気付いたので、俺自身の意に沿う形ではなかったものの、席を探して選手やサポーターが見える場所に席をとった。
なるべく聖人さんを見ないように心掛けて。会うたびに何か思ってしまったら数馬に失礼だからさ。
数馬自身は気にしてないとはいうものの、気にならない人間いないでしょ。誰かと比べられることに対して鈍感でいられるわけがない。
試合前の逍遥を見ると聖人さんが目に入ってくるので、余所の方を向いて誤魔化して、試合開始直後から空を見上げた。
空が蒼い。
でも空気はちょっと冷たさを含んできていて、ロシアのように息が白くならないまでも頬にささる。
陽を背負った格好で飛び上がった逍遥は、今回も縦横無尽の動きで次々とオーラを攻めていく。特に背中に気を付けていて、背中に目がある、と言ったのは強ち嘘じゃないのでは?と少し興奮する俺。
空中に残った最後の1人のオーラをロックした逍遥は、悠然とした面持ちで地面に降りてきた。
やった、逍遥1位。
あとは見ない。
聖人さんがいるから。
2人が仲睦まじそうに漫才してるとこなんて、見ても辛くなるだけだ。
俺は数馬を急かして応援席を立った。
『スモールバドル』と『プレースリジット』の結果を聞くために。
『プレースリジット』は例によって沢渡元会長の一人勝ちだった。
『スモールバドル』の南園さんは惜しくも2位。でも、GPFへの出場権はほぼ確定ということで、生徒会側も胸を撫で下ろしていた。
みんな日本のプレスに囲まれてインタビューを受けている。
夜、その模様がTVニュースで放映された。
紅薔薇から出場している選手を切り取って3分の番組に仕立てていた。
俺、まさにアホっぽい受け答えしてた。
例えば、勝負飯は何ですかとか聞かれ、それに対して、パンケーキと野菜ジュースです、って真顔で答えてる。隣で数馬が手で顔を覆っているのが映ってた。
そりゃそうだ。
勝負飯なんぞ聞く方も聞く方だが、答える方も答える方だ。
こうして、俺が一番に力を入れた日本大会が終わった。
次はイタリアはローマに飛ぶ。
そして、俺にとってGPS最後の戦いが始まる。
異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 日本大会