段ボールの中の過去
「必要とされていない話だったんだ」
もう何年も前に段ボールに押し込んでからひとつの目に触れる事さえ
なかった過去が、静かに見つめられている。
「いつだったか、それでもいいって言ってなかったっけ?」
「それは。初めのうちはそう思ってた。自分のために書いて、それで
終わり、だったから。けど、小説にもノンフィクションにもなれない
物語なんか残しても、たぶん人の迷惑になるから……」
ベコ。
シワを伸ばすために持ち直された6枚の原稿の音が意外な程重かった。
昔はさわやかな青みを帯びていた白さは失われて、月日に縁取られる
様に黄色く変色している。
「私は今まで誰かに必要とされた事はないけど、今は誰かの相談に乗っ
たり、必要としてもらえてる。だから、この小説にもノンフィクション
にもなれない物語だって、未来で必要とされる時が来るかもしれない。
でしょう?」
段ボールの中にあるものは過去じゃなく未来だと君が笑った。
段ボールの中の過去