異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 フランス大会
GPS-GPF編 第9章 フランス大会 第1幕
朝の6時半ともなると周囲も忙しくなってくるようで、早く朝食を食べて飛行場へ急ぐ国もあれば、もう競技を終えて自国に戻る人々もいる。
俺は医務室から自室までの廊下を歩きながら、人とすれ違う度に不思議な感覚に襲われていた。
なんて表現すればいいんだろう。
カメラの流し撮り?
違うな、超速で走る新幹線?
すれ違う瞬間に、相手が超速で消える。
別にいなくなるわけでは無くて、後ろを振り向けばその人は歩いている。
その光景を見た眼は結構疲れるもので、プラス自分の部屋で忘れ物がないかどうか確認しようにも、吐き気は収まったものの眼の焦点が合わずモノが2重に見えたり3重に見えたりしているのだから作業が進むはずがない。
まだ目眩が完全に治っていないのか?
一晩以上続く目眩と耳鳴りなんて、あるのか?
数馬の部屋にいくこともできず、離話も難しく、結局連絡がつかなくて数馬から訪ねてもらう羽目になった。聖人さんの制服を汚した点は、昨日のうちに自己修復魔法を使って上衣は綺麗になったと聞いた。
ああ、そこだけは一安心。
だが、やはり目眩は治っておらず、空港への移動時間や空港内での待ち時間、全てがぐるぐる回る目眩と超速新幹線みたいな調子で、俺はまたしても吐き気にも見舞われるようになった。
そしてまた、激しい耳鳴りが俺を襲う。
眼の焦点も合わなくなり、自分自身がふらふらとしているかのような感覚。
飛行場の待合室では吐き気と戦う。
何か三段論法みたい。魔のトライアングルとでもいうべきか。
家族がいる面々はお土産を買いにいったが、俺はお土産を買うような家族もこの世界にはいないので、その辺は気楽に目眩や耳鳴りと一戦を交えていた。
数馬は何やらめぼしいものを探していたようだ。家族がいるのかな、教えてくれないけど。
逍遥は「家族はいることはいるが、要らない」といってお土産を探そうともしない。
聖人さんは「天涯孤独だ」と言いながら、お世話になった伯父さんに、とぶらぶらしていた。
サトルはお母さんではなく、普段会えないお父さんにとお土産を探していた。
みんなの買ったお土産を見てみると、ここはロシアだということで、選んでいるのはマトリョーシカの人形。
なるほど。これぞロシア!という王道のお土産だ。
運を天に任せた飛行機内では、吐き気プラス耳鳴りと戦う。ただでさえ、高度高く飛行するのだから(1万メートル?)三半規管は陸と同じにはならないだろうが、俺の場合は耳鳴りがキーンキーンザザザーっと雪崩の如く音を為し、息つく暇もない。
早く目的地の空港に着かないかと必死にこらえる俺の背中を、隣に座った数馬がさすってくれる。
本当に優しくて気が利く、最高のパートナーだと思う。
生徒会役員はかなり俺のことを心配していた。
というのも、当日の調子が悪ければ競技を辞退しなければいけないからだ。
いや、全員が全員、そのことだけを考えていたわけでは無くて、純粋に俺の身体を心配してくれた人もいると思う。
わかってる、譲司、サトル。
全体を見てこその生徒会なんだ、特段俺に気を遣うことは無い。
亜里沙や明はこの便に乗ってなかったし、そもそも昨日の祝勝会に顔を出していなかったから、俺のことは知らされてないだろう。知ってどうなるわけでもないし。
ようやく地獄の直行3時間半が過ぎ、俺はパリの空港、地上に降り立った。
降り立った途端、また目眩で眼の焦点が合わなくなる。
でも、慣れたのか症状が和らいだのか、ぐるぐる回って立っていられないような最悪の状況は避けられた。
フランスと言えば、俺が知る限りでは、日本人が旅行したがる国の上位にランク付けされている。パリはその中でも最上位に入るのではないかと思う。
フランス北部にあるフランスの首都、パリ。フランス最大の都市であり、政治、経済、文化などの中心でもある。行政上では、ルーヴル美術館を含む1区を中心に、時計回りに20の行政区が並び、エスカルゴと形容されるという。
観光地も他の世界都市に引けをとらない。
エッフェル塔や凱旋門、ルーブル美術館、ノートルダム大聖堂、ベルサイユ宮殿、北部のモンマルトルに位置する寺院、ちょっと離れるが世界遺産のモン・サン・ミシェル等々、見どころ満載だ。
でも、今の俺に観光など絶対に無理で、観光に行きたいと思う気持ちはほんの僅かに心の中にあるんだが、いかんせん身体がこうでは、行く意味がないし行く気力もこれっぽちも残ってやしない。
すると驚いたことに、空港に亜里沙と明が着ていた。
「大丈夫?耳でも悪くしたのかしら」
亜里沙が言えば、明も万が一吐いた時のために俺が準備していたビニール袋を見ながらふうっと息を吐きだし、俺の背をさする。
「こっちにいる間に大きな病院で見てもらったらどう?」
「うーん、明日から練習に入らないと」
「身体が資本なのは前にも言ったと思うけど」
・・・言われたっけ?・・・
まあ、ここで言った言わないの話をしても双方に良いことはない。俺は今、何の病気でどうすれば症状が無くなるか、それさえ教えてもらえればいい。
亜里沙と明は用があると言って空港で俺を置き去りにして消えていった。
嘘つきだな、亜里沙。
何が3人で行きましょう、だ。
どこの国でもずっと一緒にいた試しがない。
俺たち日本選手団はまず、パリ市内のホリディ・イン・パリ系列のホテルに向かった。
南園さんに言わせると、ここ、パリでは独立したお洒落なホテルが多く、系列店を持つホテルは珍しいのだとか。
この世界でそうなのか、リアル世界でも同じようなホテル事情なのかは、俺には知る由もない。
ここのホテルは、なんかこう、殺風景な感じがする。
いや、殺風景という言い方では悪いな。部屋の中はそれなりにシンプルで使いやすい。シンプルイズベスト、ってやつだ。
俺、フランス語は聞く方も喋る方もからきしダメ。
もし病院に行くとしても英語で話せるスタッフがいる病院でないと。1人で行くのも心細い。
大きな病院へ行けば、と提案してくれた明はどこかに消えた。
もう、プチパニック状態。
そんなときだった。
ホリディ・イン・パリのロビーで、アメリカ大会でルイと一緒にいたが途中から姿が見えなくなったリュカがホテル内を歩いているのを目撃した。
見間違いではない、俺は人の顔を覚えるのも早いし、忘れないという特技も持っている。
リュカの姿が、天から罪深きこの世界に遣わされた天使だとしか思えなかった。
俺は目眩も忘れ猛進してリュカを追いかけ、後ろから声をかけて相手が歩くスピードを緩めたところで前に回った。
「俺、カイト、タコ、覚えてる?」
リュカは少し思い出せないでいたようだが、俺が大きい凧のジェスチャーを交えて話しかけると、ようやく思い出してくれた。
「オウ、タコ」
そこに聖人さんが1人で顔を出した。
逍遥はいない。あいつ、また一人で最初にホテルのチェックイン済ませて透視してやがるな。
逍遥の悪趣味のひとつだ。
そこで初めて聞いたのか前に聞いたのか忘れたけど、聖人さんは英語の他に、片言程度なら5か国くらいの言葉がわかるのだそうだ。
なんでかって、演習で他国に行った時怪我をしたら現地の病院に行かなくてはならないから。この話は前にも言ったことがあるような気がするが、気にしないでスルーしてくれ。
俺が日本語以外話せないと知っている聖人さんは、リュカと、片言のフランス語と日本語、そして英語で意思の疎通を図っていた。
その場には本当を言えば数馬もいたんだが、数馬は英語が苦手らしかった。
「数馬、お前英語ダメなのか?放浪中困ったろうに」
聖人さんは何の気なしに言ったつもりだったようだが、聖人さんに見えないように数馬が舌打ちしたのが俺には聞こえた。
あれ、目の前に出ると緊張するんじゃなかったのか?
舌打ちと緊張は対極にあるような気がするんだけど。
その後数馬は生徒会に行くと言って姿を消した。
数馬、病院へ付き合ってくれないのか?
それでも俺のことを心配した聖人さんは、リュカに何やら頼み込んでいる。英語で話してる内容を聞くと、どうやら俺を病院に連れて行きたい、と言ってるようだった。
リュカは初め乗り気ではなかったようだが、何度も聖人さんが頭を下げることに日本らしさを感じ(聖人さん曰く、そういうことらしい)俺たちを助けてくれることにしたそうだ。
リュカの紹介で、俺はフランスの選手たちが御用達にしている病院を紹介してもらうことができた。ここは禁止薬物を徹底的に知らべていて、ここで診療している限りは、禁止薬物など処方されることがないという。
リュカと聖人さんが付いて来て通訳を務めてくれた。
綺麗な白髪頭のドクターは俺の話を丁寧に聞いてくれたが、病状については首を捻るばかりだった。
もしかして、原因不明?
俺は覚悟を決めた。
そうだよ、これからそういう症状が出なきゃいいんだ。
目眩さえ出なきゃ、それでいい。目眩止めの薬出してくれ。
俺の覚悟がドクターに伝わったのか、ドクターは俺の方を向いて座り直した。
「症状からするに当てはまる病気がわかりかねますが、一番近いのは“メニエール病”かもしれません」
リュカと聖人さんの通訳で俺は医師の言葉を知る。
「メニエール病?」
「やはり目眩や吐き気、耳鳴りなどが頻発する病気ですが、今お話を聞く限りではまだ確定診断は出来かねるのです」
「そうですか」
「また調子が悪くなったらきてください」
医師は目眩に効くくすりと吐き気止めを処方してくれた。院内処方の病院なので、日本のようにわざわざ薬局を探す必要もない。病院から出た俺は、リュカと聖人さんにお礼を言った。
「わざわざありがとう」
リュカは眉毛を八の字にしながら片言で
「タコ、シンパイ。デモ、ココノドクター、シンヨウデキル」
聖人さんも俺を励ましてくれた。
「確定診断は出せないらしいけど、何かあったらここに来ればいい。それだけでも安心だ。リュカにお礼だな」
俺はもう一度、リュカに頭を下げた。
「忙しいのに、ごめん」
するとリュカは、目に涙を溜めた。
「イソガシイ、ボク、ナイ。プレー、ダメ」
俺は慌ててリュカの肩を抱く。
「どうして?」
「キンシ、ヤクブツ、デタ」
俺も聖人さんも、一瞬言葉が出なかった。何と返答すればいいのか迷ったから。
ここは直球勝負で聞くしかない。
「禁止薬物、飲んだの?」
「ノンデナイ、ナノニ、デタ」
リュカは涙をハンカチで拭きながら必死に訴える。
「クロード、ボク、キライ」
聖人さんがリュカの真意を確認する。
「クロードがリュカを嫌いなのか?」
うんうんとリュカは頷き、またハンカチで涙を拭く。
聖人さんが何とも言葉を発しきれずに溜息をついた。
「おい、海斗。こりゃもしかしたらクロードがリュカを嵌めたんじゃないのか」
「そういえば、ルイもクロードとは一緒にいないな。怒ってる感じで」
「ルイ、シッテル。デモ、ナニモデキナイ」
「スポーツ調停委員会に申し立てしたらどうだ」
「ナニ、ソレ」
「冤罪を調べてくれるところだよ。パリにも支部があるはずだ」
リュカはしばらく身じろぎ一つしないで考え込んでいたが、決心が固まったのだろう。俺たちに対し作り笑いの笑顔を見せた。
「ヤッテミル」
「おう、冤罪は晴らさなきゃな」
「俺たちも陰ながら応援してるから」
「パリ、スリオオイ、キヲツケテ」
リュカと病院の前で別れ、俺と聖人さんは歩いてホテルに向かった。
どうやら、パリも安心安全な街ではないらしい。でも今は聖人さんが隣にいるから何かあったとしても俺は守ってもらえる。
俺の目眩は薬が効いたのかほとんど感じられなくなっていた。
2人だけで歩くのは本当に久しぶりで、“俺はもうお前と行動を共にしない”という走り書きのメモを見てからは初めてだった。
「聖人さん、逍遥の方はどう?」
「変わんねーよ」
「じゃ、フランス大会も1位狙いで行くんだね」
「山桜との約束だからな。絶対に1位でGPS通過させてみせる。近頃やっと真面に練習するようになった、サポーターも大変よ」
「そうだね」
俺は、ちょっと作り笑いになってしまった。こうやって2人で歩くと、聖人さんに指導してもらったときの、あの、何もかも包み込んでくれる安心感が俺の心に流れ込んでくる。
何か、他のことを話さなければ。
「リュカ、うまくいけばいいけど」
「実際には冤罪が晴れないことが多いけど、自分はやってないという意見を述べる機会にもなり得るからな」
「万が一冤罪が証明されたとして、今からだと、世界選手権に間に合うの?」
「今年度は無理だろうな。あいつ1年っぽいから来年のためにも、今動くべきだと思う」
「そうか・・・」
俺はすぐに五月七日さんのことを思い出した。
国分くんを陥れ、南園さんまで狙い、紅薔薇1年を壊す寸前までいった薬物投与。
自分ファーストの権化であり、サイコパスであった彼女。
みんな、殺人事件とかに当てはめてサイコパスっていうけど、俺は違うと思ってる。
サイコパスは情けなど持ち合わせない究極の自分ファースト人間。周りを巻き込み自分だけが輝けばいいという心の持ち主。もちろん、そういった人が殺人を犯せばそれがサイコパスの起こした殺人事件になるだけ。
確か、昔大阪の方で小学校襲撃した事件もあれば、東京の有名処の歩行者天国に車で突っ込み次々と歩行者を刃物で刺した事件。近頃じゃ、障害者はゴミだといいながら施設を襲撃し30名近くの死傷者を出した事件。自殺願望者の願いを叶えるとかほざいて9人殺した事件。
でも、なんかサイコパスから遠のいてるように思うのは俺だけなんだろうか。歩行者天国の事件は親との確執が生んだ痛ましい事件だと解釈しているんだけど・・・。
施設襲撃事件は・・・わからない。逮捕され起訴された今も持論を曲げず曲解しているといわれている。
9人殺した事件に至っては、あれはただの強盗殺人だ。
ああ、しまった、またやった。俺はサイコパスの話をしたいんじゃない。
俺の周りには普通の人間が少ないような気がする。一番普通なのが譲司じゃないかと思う。と言いたかったんだ。
これという会話もなく喧噪に包まれたパリの街を歩きながら、俺と聖人さんはホテルの前に着いた。
ここは俺の方から、離れる言葉を見つけなくては。
「聖人さん、今日はありがとう。もうよくなったから、明日からの練習はできると思う。逍遥にもよろしく伝えておいて」
「おう、無理すんなよ」
「じゃあね」
俺たちはホテルに入る前に別れ、最初に聖人さんがフロントで自室のカードをもらっていた。
その間俺はロビーに佇み、聖人さんがフロントを離れるのを待つ。
なんだろう、心に空いた穴?一種の無力感?
聖人さんの指導を仰ぎたいと願ったあの時にタイムスリップしていくような孤独感。
数馬は本当にいいやつで俺へのサポートも十分すぎるくらいだけど、どうしてか聖人さんへの思慕は変わることがなかったと、今あらためて気づかされたのだった。
逍遥が1人立ちしたとしても、聖人さんは一番に逍遥のことを心配するだろう。亜里沙や明が俺のことを心配してくれるように。
俺は永遠に、聖人さんの一番にはなり得ない。
聖人さんの影がどこからも見えなくなってから、俺もフロントに立ち寄り部屋のカードをもらい、聖人さんと俺の関係性を考えながらまた下を向いて歩く。
この場合、俺はまずフランス大会に出られるかを心配し、チームドクターの診断を仰がなければならぬと言うのに。
「海斗、海斗ったら」
突然誰かの声が聞こえ、声の主がどこにいるかわからず、俺はキョロキョロと周囲を見回す。
「前に僕もそういう時あったね。あの時は海斗が離話で励ましてくれた。今度は僕が励ます番だから」
離話だった。相手はサトル。
「おはよう、サトル。元気にしてた?」
「魔法大会がこんなに忙しいとは思っても見なかったよ。書記を増やさなくちゃダメだ」
「だから絢人が入って、他のサポーターも役員に準ずる扱いに変わったんだろ?」
「それでもサポーターの役割と生徒会の役割は全然違うからね。無くなったのはドローン飛ばす策戦会議くらい」
「疲れるか?」
「いや、僕は充実してるからさほど疲れは感じない。選手として出てる南園さんとか、すんごい大変に見える」
「無理しないように、南園さんに言ってくれよな」
「無理って言えば、君はどうなの。ここまでの移動中大変そうだった」
「こっちの医者に診てもらったんだ。メニエール病かもしれない、って言ってた」
「メニエール病?」
「目眩とか耳鳴りとか吐き気とか、そんな症状の病気らしいけど」
「今も症状あるの?」
「いや、もうないな」
「メニエール病って厄介な病気らしいから気を付けないと。繰り返すと慢性化するんじゃなかった?」
「そうなのか、でもなあ、これから症状出ます!って出てくるモンでもないし、俺の場合原因不明だし」
「ストレスとかも原因になり得るらしいよ。何か悩み事あるんじゃないの」
「いや、特には」
「嘘でしょ。逍遥と宮城先輩のことでだいぶ悩んだ風だった、って絢人が洩らしてた」
絢人め、余計なことを・・・。
「ほんとに、今は何も。試合で順位が上がらないのが目下の悩みさ」
「大前数馬だっけ。サポーター。どう?」
「すごくいいよ」
「順位上がってないのに?」
「それは俺が悪いんで。悩みも聞いてくれるし、ストレッチもマッサージも全部お任せ状態」
「何か変なことあったら逍遥や宮城先輩に相談しなよ、向こうに行きづらいなら僕のとこに来ればいい」
「ホントに大丈夫だから、心配要らないよ」
数馬を知らないからみんな渋ちんだけど、本当の数馬を知れば絶対に賞賛に値する人間だから!沢渡元会長が太鼓判押してたんだから!
実を言えばね、こないだのロシアでのプチ祝勝会で生徒会から皆に対し正式に紹介してもらおうと思っていたんだけど、順位も順位だったし、俺が具合悪くなったから生徒会に頼むことができなかったんだ。
フランス大会が終わったらまた祝勝会とかやるんだろうから、その時に生徒会に申し出て数馬をみんなに紹介しよう。そのためにも、今度の大会は攻めに行く!
GPS-GPF編 第9章 フランス大会 第2幕
サトルとの離話が終わったところに、ジャストなタイミングで数馬が現れた。
心配そうに数馬が尋ねる。
「調子、どう?」
「よくなったから大丈夫」
「ドクターは何だって?」
あれ?
あのとき生徒会に行くと言って数馬がいなくなってから聖人さんがリュカに頼み込んで病院紹介してもらったんだけど、よくわかったな。
俺、そのあと何か言ったんだっけ。
ま、いいや。
「断定はできないけど、メニエール病じゃないか、って」
「そりゃ大変だ、試合、棄権する?」
「もったいない。今は大丈夫だし、薔薇6の時だってぎりぎりまでやってきたんだから、出るよ」
「そう。でも試合中に目眩とか耳鳴りとか吐き気とか、そうなったらすぐに競技止めて棄権するんだよ」
「了解。でももう大丈夫だから心配要らない」
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
俺は数馬にストレッチとマッサージを頼み、俺の部屋に行くことにした。
まず最初にストレッチから始める。
「あのリュカって人、知り合いなの?」
数馬が少々不機嫌な声色ながらも不思議そうな表情で俺に尋ねた。俺が日本から出たことがない、と常々言っているからだ。
「アメリカ大会で会ったんだ。でも薬物検査で引っ掛かったらしくて自国に戻されたらしい」
「大丈夫?そんな人に紹介してもらった病院」
「本人はやってない、って。全日本の時も紅薔薇でそういうことあったんだ。禁止薬物をこっそり摂取させて追い落とす、みたいな」
「そういうことあったの?紅薔薇で」
「同じ1年だったから衝撃的な展開だったよ、俺、こっちに来たばかりの頃だったし」
「そりゃそうだよね、僕が回った国々では、少なくともそういうことは無かった」
「熾烈な争いを繰り広げる国ほど選手同士のいがみ合いもあるのかも」
「で、摂取させられたほうはどうなったの」
俺は国分くんの名を明かしたくはなかった。今は白薔薇の選手として頑張っているわけだから。昔の話を穿り返すのはマナー違反じゃないかと思った。
「退学したみたい。俺たちが全日本に出てる間の話だからその後は分からない」
「そういえば、禁止薬物もそうだけど、禁止魔法を自分にかける人も少なからず存在するんだ。僕の見てきた国ではそっちの方が多かったかな」
ほっ。
リュカの話で言えば、フランスのクロードが一番怪しいわけだけど、そっちに話題が飛ばなくて良かった。怪しいだけで根拠もなしに人を疑うわけにはいかない。
俺は数馬の話に合わせて会話をリュカから外した。
「禁止魔法?」
「そう」
「どんな風に?」
「筋肉増強剤、っていえば解り易いか」
「ああ、アメリカの野球とかロシアのオリンピックとかで有名になった・・・」
「そうそう。敢えて見逃してきた感は否めないんだけど、昨今の状況があまりにも酷いから、それを禁止する法律ができたんだ」
「どうして?」
「身体がぼろぼろになるんだよ、これは禁止薬物も同じ」
「そこまでして記録残したかったんだろうなあ。残るのは記録じゃなくて記憶なのに」
「海斗、上手いこと言うじゃない」
すまん、数馬。これはリアル世界で実際に言った人がいるんだ。
俺たちはあはは、と笑いながらストレッチを続けていた。
ストレッチの次は全身マッサージ。
前にもいったが、数馬のマッサージは超絶気持ちがいい。俺はいつも寝てしまう。
今日も俺はよだれを垂らしながら「起きて」という数馬の声で目が覚めた。
「さ、今日はこれでお終い。ご飯、どうする?」
サンクトペテルブルクを午前中に発ち、こちらの空港に着いたのが昼。亜里沙や明と軽くご飯を食べようとしていたらあいつらが消え、ホテルに着いてからリュカに会い病院へ行った。
ホテルに戻ってマッサージを施術して、今は午後3時。
晩飯には早いけど昼を抜いてしまった。
何か軽いものが食べたい。
食べたいということは、吐き気が収まった証拠だ。
善きかな善きかな。
俺と数馬はホテル内のレストランでクロワッサンとサラダと紅茶をご所望。店の外に並んだカフェコーナーもあるが、俺は恥ずかしくて外では食べられない。
ゆえに店内でちまちまと食べるわけだが、フランスにはフランスなりの食事情というものがあるらしく、俺と数馬は好奇の目に晒されたような気がする。
いいじゃない、何を食おうが。ここも一応バイキング形式なんだし。
さっさとレストランを抜けた俺たちは、俺の体調が戻ったこともあり街へ繰り出そうかという計画を立てた。立案者は、もちろん俺。
花の都、パリ。
あんなにたくさん観光名所があるのに行かない手はない。
少しぐらい観光したいじゃないのさ。
しかし、生徒会の返事は、NO。許可は下りなかった。
生徒に万が一あったら保護者達に顔向けできないというのが表上の規則らしいが、その実は、1人認めると済し崩し的に他の生徒も認めざるを得ないからだ。
ケチだなとひとしきり文句を言う俺に対し、数馬は冷静に話しかけてくれた。
「海斗、練習の無い日に観光したくなる気持ちは分からないでもないけど、日本と違って外国は何が起こるかわからない土地柄だ。ここは生徒会の意向に従おう」
考えてみれば、俺は日本にいるような感覚で観光を考えていた。でも、昔ほどでは無くなったにしても、今もこちらの世界では日本人が狙われるという図式は変わらないという。
絶対に中国人の方が金持ちだって。
でも、誰も俺の言い分を聞く人はいない。
暇だ、ヒマだ、ひまだ。
今回のホテルでは全身鏡が備え付けられていたので、明日の練習に備え部屋の中で姿勢を正してみたり、3Dイメージ記憶を呼び起こしてみる。
ところで、俺は、ダーツや『デュークアーチェリー』は人さし指で行う競技だと、紅薔薇入学以来ずっと思っていたんだが、あれは人さし指をショットガンや弓に見立てたデバイスなんだと今更ながらに気付いた。
逍遥に言えば絶対に馬鹿にされる。聖人さんに言えば一発で逍遥にバレる。
サトルや譲司、南園さんは生徒会業務で忙しい。
亜里沙や明にいったところで阿呆呼ばわりされるのがオチだ。
何で俺今まで気が付かなかったんだろう、ショットガンは形状がごつくてデバイスと呼ばれているから気が付かなかったのか。
いや、宮城海音のデバイス操作のとき、気付くべきだったんだ。
デバイスは色々な形状がある、南園さんの『スモールバドル』で使う羽子板とバドミントンラケットの中間みたいなのだってデバイスだし、マルチミラーだってデバイスだ。
俺、やっぱりマヌケかも・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
夕食まで時間があったので明日の下準備をしたのち、リアル世界から持ってきた『異世界にて、我、最強を目指す。』を紐解いてみる。
そうそう、そうなんだよ。
まるで俺視点での日記のように書かれた文章。
次々と起こる事件。まあ、事件といっても高校生レベルだけど。
解決していく俺や逍遥。
こないだ拾った時もそうだったんだけど、これから先のことは書いてない。
やっぱり、日記みたいなものだからかな。
でも、ちょっと複雑なことなんかも書いてあって、「これって伏線?」と思ったりもする。どっちに転ぶかは、もしかしたら、俺次第なのかもしれない。
俺が最後のページを捲ろうとしたその時だった。部屋のインターホンがなった。
誰だろう。もうすぐ夕飯だから数馬かな。
でも、さっき食べたばかりだからお腹はそんなに空いてない。俺は読み終えたページに、栞代わりにスマホを挟んでガラガラキャリーバッグの中に入れた。
インターホンの画像を見ると、そこにいたのは逍遥1人だった。珍しい、近頃はいつも聖人さんと一緒にいるものだとばかり思ってた。
ああでも、前にもこんなことがあった。
言霊、という言葉を聞いた時だ。
全日本以降、1人でいる時の逍遥は廊下で派手に入れろコールをやらかすため、無視して入れないわけにもいかない。
待ったなし。
俺は部屋の中をドタバタ走り、急いでドアを開けた。
肩で息をするふりをして逍遥にアピールする俺。
「珍しいな、どうしたの」
逍遥は俺の言葉も聞かず、ずけずけと部屋に入り、お定まりの行動でベッドにちょん、と腰かけた。いつもより身振り手振りが大袈裟だ。
「いや、聖人に君が大変だった、って聞いて駆け付けたんだよ」
「お蔭様で体調は良くなった。大丈夫」
聖人さん・・・どんだけ逍遥が心配するようなフレーズ流したんだよ・・・。
俺は溜息を堪え、一応逍遥の心配もしてみる。
「君の方はどう?体調じゃなくて練習」
「頗る快調だ。油断はない」
「だからそれが怖いってみんな言ってるでしょうが」
「うん、みんなの言うことも理解してる。その上で前後左右と上下に目を張り巡らせてあるから」
目がいくつあってもしょうがないだろーが。
「網の間違いじゃなくて?」
「目だよ」
「一体にして、君の目はいくつあるんだ?」
「背中に大きいのが一つ。あとは動きを見切る程度の小さい奴が左右と上下に」
「それが聖人さんとの練習の成果なわけ?」
「そうだよ」
2人とも、ふざけてんのかよ、おい・・・。
逍遥は、ふふふと不気味に笑いながら俺を見る。
「体調が戻ったなら何よりだ。万が一何かあったら、僕か聖人に相談して。それが難しいならサトルにいうんだ。絶対だよ」
これまた数馬の名が出てこない。
なんでだ?
ああ、まともに会ったことがないからそう思うんだよね、聖人さんだって俺が病院に行った時に数馬はすぐにいなくなったから。
でもロシアでのプチ祝勝会の時は話もしたはずだよな、自己紹介くらい互いにしたと思うんだが。
数馬だって頼りになるサポーターだよ。
少なくとも、俺の力では一流のサポーターを就ける意味がないし、就けようとする理由だってわからない。
亜里沙、よく考えてくれよ。
聖人さんに俺のサポートさせたって暖簾に腕押し、じゃないか、猫に小判?だ。逍遥やサトルクラスであれば、聖人さんだってサポートし甲斐があるんだって。
俺は数馬と一緒に成長していきたいと思うし、数馬のことをもっとみんなに知ってほしいと思ってる。
だけど肝心の数馬は、いざというとき俺の傍にいない。
たまたまなんだと思うけど。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
絶対だよと念を押され、うんうん、と何も考えずに返事をした俺。
それでほっとしたのか、逍遥は鼻歌をフンフン口ずさみながら自分の部屋に戻っていった。
逍遥が部屋を出てから数分。
今度は制服姿の数馬が俺の部屋を訪ねてきた。
「海斗、少しマッサージしてから食事に行こうか」
もちろん、数馬からの提案を俺が断る理由がない。
俺は早速ドアを開け数馬を招き入れると、そのまま早足でベッドにうつ伏せに寝転がった。
マッサージが始まると、ものの数分で寝てしまう俺。
数馬は本当にマッサージが上手い。
いつも数馬に起こされて初めてマッサージしてもらった時間を知るくらい。
今日は60分。
「数馬、いつも長々とマッサージさせて申し訳ない」
「そんなことないよ、海斗が寝たらテキトーに休みながらマッサージしてる」
「そうなの?」
「なーんてね」
俺たちはまた2人で笑い、俺は紅薔薇の制服に着替えた。
2人でゆっくりとホテルの廊下を歩きながらレストランの前まで着くと、徐にドアを開けた。
今日は珍しい光景が見られた。
サトルと譲司、逍遥と聖人さんが4人でひとつのテーブルに座り魔法談義に花を咲かせていた。
サトルと譲司は生徒会の仕事が一段落したのか、ちょっと疲れも見えるような気もするが、逍遥たちとの会話が息抜きにもなるのだろう。どちらかといえば、サトルと譲司が主導権を握って会話をリードしているように見える。
逍遥と聖人さんが、俺と数馬に気付いたように顔をこちらに向ける。
やった。
正式にではないけど、数馬を紹介するいい機会だ。
「やあ、みんな。こちら・・・」
「大前数馬君だろう?」
逍遥が俺の言葉を受け取り、みなの考えを代弁したようにぶっきら棒に言い放つ。
悪意のある言い方をすれば、逍遥は数馬を上から下までじろじろと見ていた。
聖人さんは会釈をしただけ。
サトルと譲司は無視に近い。
そりゃ、聖人さんと逍遥は前にちらっと会ってるし、サトルと譲司は書類で数馬のことは知ってるだろうけど、失礼すぎやしないか?
「みんな失礼じゃない?せっかく紹介したのに・・・」
俺は、はらわたが煮えくりかえりそうな怒りを覚え、口を真一文字に結んでしまった。
「行こう、数馬。俺、腹減ってないし」
くるりと向き直り俺がドアの方に行こうとすると、逍遥の声が後ろから聞こえた。
「ごめんごめん、悪気があったわけじゃないんだ」
サトルと譲司も数馬に対しての詫びの言葉を発した。これが詫びかどうかは別として。
「僕たちも悪意なんてこれっぽちもないよ。食べていきなよ」
でも、聖人さんだけは何も声が聞こえない。病院に行ったとき、傍に数馬がいなかったことを気にしてるのかな。あれはたまたま数馬がそこからいなくなったときにリュカとの間で病院の話になり診察にいっただけで、別に数馬が悪いわけじゃない。
サトルと譲司は、わざとらしく席を立った。
「もう時間だ。海斗、大前くん、今度時間があったらゆっくり話そう」
サトルはそういうと、皆に手を振って譲司と一緒にレストランの扉に向けて歩き出した。
俺はちょっと憤慨していたのでこのままレストランを出るか、食事するなら逍遥たちから遠い席に座ろうと思ったんだが、逍遥が俺と数馬を呼び止めた。
「ちょうど席も空いたし、ここにおいでよ」
俺は拗ねたような声で抗議した。
「俺たちがいたら邪魔みたいだし」
「邪魔?そんなこと無いよ。ね、聖人」
「ああ。別に何も言ってねーけど」
「聖人さんの言葉遣いが悪い」
「海斗・・・俺は昔からこういう言葉遣いだと思うぞ、違うか?」
そうなのは知ってるけど、数馬に対して申し訳ない。
俺は数馬に見えないように頬を膨らませて聖人さんを睨んだ。
「わかったわかった。綺麗な言葉で話すから。頬っぺた膨らますの止めてこっちこいよ」
数馬の顔を見ると、恐縮した様子が見てとれる。
「数馬、どうする?ここの席でもいい?」
「僕ごときがこんなハイスペックな人達の前で話すのは気が引けるけど、もしお許しがでるのなら」
逍遥が間髪入れずに話の腰を折る。
「許すも何も、僕たちは紅薔薇高生じゃない、仲間だよ」
俺はまたそこで逍遥の目を見て項垂れた。
「それが君、逍遥だってことは俺は分かるからいいけど、数馬は初めてなんだから気を遣ってよ」
聖人さんは、じっと数馬の顔を見ていた。それこそ舐め回すように。
少なからず皆に怒りを抱いていた俺は、聖人さんに聞き返した。
「聖人さんはどうして数馬の顔そんなに見てんの」
「知り合いに似てるからさ」
「魔法部隊の?」
「ま、そんなとこ」
今度は逍遥が俺を咎める。
「聖人の前歴は言いっこなし。今は紅薔薇の1年なんだから」
俺もハタと気付く。
「あ、ごめん」
その瞬間、数馬の目が輝いた。
「魔法部隊に関わりあったんですか?宮城先輩」
聖人さんは少し引き気味になったが、隠し立てするまでではなかったのだろう。学内ではもう有名になっていたから。
「昔ちょいと働いたことがあってね」
「でも、そんな方がどうして紅薔薇に?」
すると、逍遥が突然冷酷な表情に変貌した。つっけんどんに立ち上がり、数馬の言葉を遮って自分のトレイに手をかける。
「聖人、時間切れ。タイムオーバー。行こう」
当の聖人さんも数馬の質問に答えることなく席を立ち、素早く2人はいなくなった。
呆気にとられる俺。
数馬は恐縮したように、また、下を見た。
「なんか、四月一日くんと宮城先輩を怒らせたみたい」
俺はあまりのことに、心臓が口から飛び出そうになっている。
それくらい、みんなの数馬に対する態度は酷かった。
「いいよ、みんな酷いんだから」
「僕なら気にしてないから。軽いものだけ食べて部屋に戻ろうか」
腹立つ。
腹立つ。
あーーー、腹立つ!!
みんな、あの態度はなんだ!
俺だって紅薔薇に来て以来あんな態度取られた覚えもないのに、どうして数馬に厳しいというか、嫌っているというか。あんな不遜な態度が取れるんだろう。
あ。でも入間川先輩とかいたな、そういえば。
いやいや、あれはレアケースであって、みんな俺に良くしてくれた。
なのに、みんな、数馬に対してとても冷たい。
数馬はちょうど沢渡元会長と同学年だったはずだから今の3年から情報くらいは入れるだろうけど、あまりにも酷いじゃないのさっ。
沢渡元会長は数馬のことを信じて俺のバディにしてくれたわけだし、何も他から言われる筋合いもない。
あー、腹立つっ!!
GPS-GPF編 第9章 フランス大会 第3幕
次の日からの練習を考え、その日は軽く夕食を済ませレストランを出た俺と数馬。
数馬が意気消沈しているように見えたので、話すことは最小限にして数馬の部屋の前で別れ、俺はまた頬を膨らませながら自分の部屋に戻った。
腹が立つあまり透視でもしてやろうかと思ったが、どうせみんなもう自分の部屋に帰ってるだろう。
離話するのも面倒、というか、話したくもない。
俺はまたあの本をキャリーバッグから出して栞代わりのスマホを取りページを捲ったが、どうして数馬が嫌われるのか、答えは書いていなかった。
俺が癇癪を起したところで本のページも終わっている。
意味ないじゃん、この本。
捨てようかとも思ったが、待て、待てよ。
こういうときこそ冷静にならなければ。
サトルか逍遥に理由を聞かねばなるまい。
明日からはまた練習が始まる。
確かフランス大会の次は日本大会。会場は横浜の国際競技場だったはずで、皆の話も聞きやすいだろう。
俺は逸る心に蓋をしながら、毛布にくるまった。
◇・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日の午前9時から練習が始まった。
俺の場合、1位とかそういうレベルにはほど遠いので、取り敢えずGPF参加を今の最高の目標として考えることにした。
6位から落ちなければいいわけだから、気が楽だ。
まず、数馬に念入りにストレッチを頼んで身体を解し、あとはいつものように姿勢を整え3D映像を脳ミソの引き出しから呼び出しイメージ記憶を膨らませる。
アリーナの中では、其々の選手が学校や国から支給されている練習用ソフトを使って的を出す方式を使い、人さし指をデバイスとして矢を放っていた。
俺も、ご他聞に洩れず練習用のソフトを数馬が準備してくれて、的を出しては射るを繰り返す。
今日は20分で40枚を超えた。
うん、ここに来て調子は上がっている。
他の選手も腕が上がるようになってきた頃だろうから油断してはいけないと思いつつも、この調子の良さに俺も数馬も表情は緩んでいた。
公開練習日は、確か1週間後。
皆に俺の調子が上がっているところを見せれば、数馬への批判めいた態度も止むかもしれない。
俺は数馬と二人三脚でGPFを目指す。
もう、生徒会には数馬の方から現在の調子と目標を提出しているはずだ。
俺の自力で上位通過など望めないのは皆がわかっていることじゃないか。
なんかこの頃、練習してることはしてるけど、それ以上に人の悪口を胸に溜めこむばかりで、とても生産性の無い生活を送っているような気がする。
生産性が無さすぎる。
人の悪口を心に思う暇があったら練習しとけ、って話。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
瞬く間に時間は過ぎ、公開練習の日がやってきた。
ロシア大会辺りまでは悪い意味での緊張感が俺の勘を鈍らせていたのだが、ここのところ調子が上向いてきた。
実際に演武を行うアリーナで、大会事務局から提供されたソフトを使い的を射ていくわけだが、身体的には思った以上に良好で、頭も冴えているように感じる。
公開練習も20分で42枚命中。
よし。この調子だ。
数馬とのミーティングでも、次回日本大会での3位入賞を見越して今回は目標を6位以内と定め、ラフに身体を動かすように指示があった。
目標枚数は、45枚。
大会も3回目ともなると時間の流れがきちんと身体に入ってくる。
1日1日のスケジュールが時間通りに過ぎていく。
もう、フランス大会の試合が迫っていた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
いざ、フランス大会が幕を開けた。
『デュークアーチェリー』では、命中した枚数を数え間違えて俺は7位に沈んだ。
1位は変わらずロシアのアレクセイ。
何と48枚という命中率は、ここしばらくのGPSでは誰も成しえていない記録だそうだ。
2位はフランスのルイ。
自国開催の利をその背に受けて、46枚という相当な枚数を命中させていた。リュカのことで心配もあっただろうが、よくぞ蘇ったと思う。
3位はカナダのアルベール。45枚。これだって、普通にすごい命中率。余程鍛練に時間を費やしてきたのだろう。
4位はスペインのホセ。44枚。ホセはどの大会でも結構いい順位で終えている。このままいけば2位通過でGPSも有り得るかもしれない。
5位はイギリスのアンドリュー。43枚。この辺りまで来ると、毎回順位変動があり、誰が有力とかは言えなくなる。
6位は無名の選手だった。申し訳ないんだが、初めて気が付いたような気がする。名前も良くわからない。英語圏の人間では無さそうだ。本当に今まで『デュークアーチェリー』に参加していたのか?その選手も43枚だった。
俺は42枚。最初は44枚だと思って4位?と喜んだもののあとで命中が42枚だったことを知り、撃沈。
今回は公式練習でも好調を保っていたのだが、元々の地力の差というか、上に食い込むことができないでいる。
今日はさすがに悔しかったが、次は日本大会。お膝元での大会だから今まで以上に試合に打ちこめるだろう。
次の目標日本大会3位は、決めて見せたい。数馬のためにも。
日本までの飛行所要時間は大凡12時間。時差は・・・日本が8時間早いと言うのだが、俺には時差の概念がよくわからない。
えーと、パリを夜の8時台に出発して羽田空港に着くのは午後3時台。
寝るなと言ううことか?それとも、たくさん寝ろと言うことか?いや、着くのは夕方。着いてすぐ夜が待っているのだから、そこそこ寝とけと言うことで間違いないな?
アメリカ大会でサンフランシスコに行ったときは、聖人さんが全部教えてくれたから俺は言われるままに従っていたけど、今は数馬に頼り切りではいけないと思い、自分でできることは自分でやる習慣をつけている。
数馬と俺とのバディ風景は上下の格差もないし、お互いが対等。魔法科の方が優れているという考えは、俺は大嫌いだ。
そうか、皆、数馬が魔法技術科でそれも休学留年しているから心の中で馬鹿にしているのかもしれない。
どうにかして数馬の良いところを皆に知らせることができないものかと俺は思案していた。
フランス大会でも、夕方4時から5時半までの予定で近くのレストランに足を運び祝勝会が開かれることになった。
そこで数馬の良い部分を紹介できればいいんだけど。
祝勝会では、毎度、試合に臨んだ選手の結果があらためて皆に知らされる。
光里会長は『バルトガンショット』3位。急にポジショニングが変わったのに、いつも上位にくるのは勿論努力もあるだろうが、元々の才能が物を言っているのだと思う。
2年のホープでもある光里会長。
来年の全日本や薔薇6では、現1年のスーパー軍団を引っ提げて各大会のトップに君臨することは間違いない。
Gリーグだって、リーグ戦突破できるかもしれない。
なんたって、聖人さんや逍遥、サトルがいるんだから。
あ、来年のことをいうと鬼が笑うといわれてるの知ってる?
だから、来年の夢想はここまでにして、フランス大会の結果に戻ろう。
逍遥の『エリミネイトオーラ』はぶっちぎりの1位。亜里沙たちに、またいい報告ができることだろう。まったく、本気を出せばここまでできるのに、なぜ本気を出さないのか俺には不思議だ。ああ、還元とか言ったっけ。あれに『エリミネイトオーラ』は含まれていないのかもしれない。だから逍遥は気を抜いたのか?俺には分らないところだった。
南園さんの『スモールバドル』は3位。
俺は午後の途中から観戦していたのだが、南園さんはちょっと疲れが見えてきたのか、今回は順位云々よりも、よく最後まで身体がもったなという感じだった。
『スモールバドル』ではラケットデバイスが小さい分、細かな動きや大胆なスマッシュなどが求められ、第2セットの南園さんは足が動かなくなっていて見るに忍びない感じがした。
沢渡元会長の『プレースリジット』は、堂々の1位。確かここまで1位の座を他国に渡していないのは沢渡元会長だけだと思う。素晴らしいファイティングポーズ。
デバイスの使い方がこれまた秀逸だと聞く。沢渡元会長用に特化したショットガンデバイスを、若林先輩が精巧に組み上げたものらしい。
やはり、デバイスの出来不出来が試合を左右することもあるのだろうか。
でも沢渡元会長についてはその言葉は当てはまりそうにないが。
今日は南園さんの試合を見たから、次の日本大会では沢渡元会長の『プレースリジット』を観戦してみようかな。あとで数馬に相談するか。
俺は図らずも7位に沈み、祝勝会のメンバーの中には溜息を洩らす者もいた。
しかし、そこで沢渡元会長が景気づけるように皆を鼓舞した。
「魔法を始めて半年余りの八朔が7位入賞するのだから大したものだ。我々も次の日本大会、そしてイタリア大会を勝ち越してGPFに残れるように頑張ろう」
そこで皆は俺に対しエールを送ってくれた。
沢渡元会長、ありがとうございます。今まで散々な結果しか残せてないけど、GPFに残れるよう、次は頑張ります。
皆の順位報告会が終わり、つかの間の自由時間になった。
壁際に移った俺の元に、数馬がにこにこしながら近づいてくる。
すると、急に数馬の影が揺れた。
やべえ、またきた。
またしても眼の焦点が合わなくなり、ぐるぐると回りが高速回転する目眩で俺は普通に立っていられなくなり、壁に背を付けてようやく立っていられるだけだった。
おまけに、酷い耳鳴りと吐き気が俺を再度襲ってきた。吐きはしなかったのでレストランスタッフに迷惑をかけることは無かったが。
立っているのが精一杯の俺だったが、数馬が「風のあるところに」というので、俺はちょっと冷たい風に触れるため外に出た。数馬の肩を借りながら。
俺はそのとき気付いていなかったが、逍遥や聖人さん、サトルや譲司は、その様子をレストラン内から見ていたらしい。かといって、皆が集まってきたわけではなかった。
祝勝会に水を差すようなことをしたくなかったのだろう。
夕方5時半になり会はお開きとなったが、俺は乾杯の席にいられない程症状が酷かった。外で風に当たっていたが、症状は一向に良くならない。俺は倒れないように蹲るだけで精一杯だった。
店の外でなんとか我慢して、レストラン内で預かってもらっていたキャリーバッグを数馬が運んできてくれた。2人分のキャリーバッグを持つ数馬に申し訳なかったが、もう、俺は何もできる状態ではない。
そこに、姿を見せたのがサトルだった。数馬に俺のキャリーバッグを預けて、俺の身体だけ預かるから、と声を掛けていたようだった。
「海斗、大丈夫?じゃないよね」
「サトル?来てくれたのか」
「選手のサポート業務は生徒会の仕事でもあるからね」
「仕事で来たのか、つまんねえ」
「まさか。友人として君の様子を見に来たんだよ」
サトルは俺の背中をさすりながらゆっくりとした歩幅で一緒に歩いてくれた。レストラン近くには紅薔薇高校専用の貸切バスが用意されていたので、一番最初に乗り込んだ俺。一番前の席に陣取って背もたれを倒して横になった。
皆が乗り込むまで俺は待たなくてはいけない。ほろ酔い加減のメンバーたちが集まるのが遅く感じられ、俺のイライラは頂点に達するほどだったが、イライラよりも目眩や耳鳴りが酷く、ぐったりしていると言った方が正しかったかもしれない。
総勢が乗り終え各自がシートベルトをすると、バスは急ぎ空港を目指し走り出した。
夜の帳が降りたパリ市内を走るバスの中では、皆が燥ぎパリの面影を満喫しているように思われた。
俺だけだと思う、こんなにゲロゲロとした表情で、外も見ずに眼にホットタオルを乗せてるのは。
空港に着いてからも搭乗手続きはサトルにお願いして、1人で行うことはCAさんの手を借りて。あとは完全にサトルに頼り切り。
でも機内の座席は数馬と隣同士だったので荷物を預けた後、数馬はサトルと交代し、また俺の傍にいてくれた。
日本までの12時間、また俺は飛行機内で苦しみ続け、ようやく眠ったかと思えばまた目を覚まして目眩で周りがぐるぐると回りキーンという音が耳の中で木霊するような錯覚に捉われる。
俺は祝勝会で何も口に入れてなかったので、吐き気はすれども吐く物が無かったことだけが幸いだったかもしれない。
フランスで診察した際の目眩止めなどを飲んだが効かず、生徒会の承諾を得てサトルに他者修復魔法をかけてもらったりもしたが、一向に病状は良くなることが無かった。
異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 フランス大会