ミステリー小説家。

 人もそうでないものにも様々な豊かな人生がある未来のこと、そのころの地球では、人も人造人間も友に同等の権利をもち、同等の暮らしを生きる事を許されていた。年には永遠とも思えるほどの長寿を得た人間や人造人間がいたが、一件人間と人造人間は同じ見た目をもつので、見えない場所で一様に幸福かどうかは誰にも判断できないものだった。
 しかし、そういう人達と同じように都市でくらし、人生を謳歌した人がいた。20代後半から人生が順風満帆、エイラと言う女流小説家だった。150年も生きて、すでに高校生の頃から名の知れた小説賞を佳作で入選し、それからは小説家をなのり、コンスタントに作品を発表していた。
 彼女の仕事はとてもスマートで、コンスタントに作品を発表し、作品はいつも一定の売り上げを稼ぐ、出す作品出す作品の世間や評論家からの評価も高かった。 得意先にしている出版社もあり、幾人かの知れた中の編集者や小説家の知人もいた。
 当人の人格といえば。いつもけだるげでアンニュイな感じをもつ女性で、飾り気がなく表裏がない、むしろ欲を表に出さず、おごる事がないので、人間として大丈夫なのか、商売相手が心配するほどだ。しかし彼女いわくそれが普通なのだという、彼女にとって、そうした人間的欲求は大した娯楽にならず、趣味ではじめた文字書きだったが、20代の頃には、今はその仕事は天職であるとい自任していたという。ほかの生活、学生生活や、趣味などと同じく、感情の起伏が目立たない彼女だが、裏ではとても感情的なこともあるらしかった。
 仕事はストイックで、天職だというわりには、仕事に関して、仕事を終えた時に感じるような、特に変った達成感を感じる事はないが、だがそれが生活を豊かにするので日常に不満はないのだという、まるでロボットのように、ポーカーフェイスに近く、読み取るには繊細さを求められるような、微妙な表情をもった人、体重、身長は平均。皮膚は少し乾燥気味で産毛のめだつ少しかさかさしていた。繊細な口元、ひたいの小じわ、生涯、困り眉毛の天然のパーマがゆるくかかった顔をしていた。仕事はいつもスーツ姿、同じスーツをきにいっていて、年齢を重ねてもスーツ姿でいる事が多い女性だった。 
 20後半から、彼女はよく自分からも、人生が順調だ、順調だといっていた、婚約をしている恋人もいた。その他にもこんなことを人に話したりもしていた。これは彼女の人柄をよく表している一言だと思われる。
 「好きでも嫌いでもない仕事をして、好きでも嫌いでもない勉強をして、好きでも嫌いでもない人生を歩む、それほど私にとって、価値のある人生などないわ、すべて皆のおかげなのよ、普通という事は普遍的ということ、心や感情の起伏が大きくなくとも、大切と思う事こそが私にとって大切なの」
 
 彼女は、本当の意味で悪い人間はこの世界にはいないとおもっている、ときたま実家を訪ねてくる叔父以外には、そうだと感じている。金を無心してくる遊び人である、これほど人生を腐らせている人間を見たことがない。ただ彼も病んでいるのだ。青年の時期に要らぬ期待をかけられて、夢を目指した、彼はプロ野球選手崩れなのだ。未だに腐った自分を立直せるような、素敵な何かとの出会いを探しているのだ、彼女は思う、私も、彼の様になったかもしれない。だからこそ、しっかりと、精神的ケアのための病院に通わせたりしていた。
 
 彼女は実際、20代には悩みがなかった。ただ、彼女は、その時がくるまで、自分の繊細な悩みに気づかずにいたというだけなのだが、彼女はまだ、自分の人生というものも、まるでどこかに置かれた他人に作られた、他人の置物のように考えていた。それでいい、むしろ自分が小説に書き出すときのような美意識に近い、完全な人生の形態こそが、そんな普通で、何の変哲もない人生のイメージそのものだった。

 彼女は読書を好んでいた。静かであろうが、騒がしかろうが場所はどこでもよかった。しかし本の匂いが好きで、図書館へはよく通った、たとえ次の小説のための資料だとしても楽しんで読み、まるで趣味を終らせるように文字をよんだ。人と話すより、文字の方が心がわかりやすい、それと同じで、文字を書く事の方が好きだ。そうした理由でラブレターも生涯何通も書いた。
 恋愛は多かったが、ピンときたのは、婚約を結んだ一人の男性のみだった。彼女は30代まで地元F県でくらし、実家暮らしだったが、26の頃、県で一番大きな図書館にて、ある人物と出会った。もともと軍人だったという彼は、現在知り合いのコーヒー喫茶で店長を任されていて、30歳の男性だった。小説のための材料を用意していたところ、いつも似たような本を読んでいる事に気づき、自分から声をかけた。昔からガタイの良い男性がこのみだった。父も退役軍人だった。最初は友達のような関係だったが、一緒に遊びに出かける事がおおくなり、性格もさっぱりしていて、こだわりももたず、ただ、正義感はある方で、本の趣味も同じなので、申し分ないような感じがして、お付き合いをした、それから2年、付き合ったあとにその男性と婚約を結んだのだった。


 28の頃、何日か図書館通いをしていた、その日、フローリングの床を頼りに、リビングへと向かって進んでいく。彼女の記憶の中では、その日がとても印象深い、自分の中の感性の豊かさを感じた一日のひとつだった。
『ただいま』
『おかえり、今日はクリームシチューよ』
『わ、すごい』
『お帰り』
 丁度お手洗いにいっていたという父がその席に合流した。リビングのテーブルの横、窓際のカウンターに額に飾っておかれてある紙があった、人造人間証明書。手洗いもすんだし、うがいもした、だがそれをじっと見るには抵抗がある。いつも忘れられない。忘れる事ができない。彼女こそが人造人間であるという証明の文章。彼女がこの世に生を受けたあの病院で、両親がうけとったものだ。この家族が自分とは別種であるという事を知りながらも、それを受け入れるという事が怖い。だからこそ無表情は彼女の武器だった。
 『私は、人造人間だから』
そうなのだ、彼女は人造人間なのだ、回りと同じだけ笑い、回りと同じだけ考え、回りと同じだけ苦しむ、何の疑問もない人生だから、彼女は感情をおもむろに表現する事は少ない。信頼する人と話すときにも、むしろ自分が一体何を考えているかもわからない風で、まるで永遠の思春期の中にいるようだった、むしろ、そういう彼女に、友人、家族、恋人でさえ、少し同情の念を抱いていた。
 (あなた、人造人間であるという事を、少し気に留めすぎていません?)
 そんなようなことを、友人から何度聞いたかしれない。

 7時から四角いテーブルを囲み、家族の食事が始まった、一家団欒水入らずの様子。エイラは話かけられなければ言葉を交わさないが、図書館の事、小説の事、友達の事、家族と会話を交わすのは、とても穏やかな気持ちになれた。そのひとときがいつまでも続けばいいと、しかしどこかで、息苦しさも感じ、すぐに終わってしまえばいいと思う。矛盾したようでいて、反発しあうギリギリのバランスが好きだった。いつ崩れるとも知れないスリルは、初めから望まなかったし、望まない自分をおかしいと思った事もある。けれど彼女のうちの人生とは、自分とはそういったものだった。これこそが彼女の安心であり、彼女の幸福だと、彼女は心から信じていた。がやがやと話す声は、ときたまテレビの音より大きくなる、テレビタレントの声をかき消しても、主導権があるのは家族のだんらんの笑い声だった。この日のシチューはとてもおいしく感じた、めずらしく香辛料をいれることもしなかった、ただやわらかな、あまみのあるシチューを味わいたかった、そんなしつこいくらいの、甘ったるいいやさしさのある一日だった。
 ときたま、この前に電話が入る事があるが、今日は用のある人もいないようだ。食事を終え、風呂を進められ、シャワーを浴びおえると、そこでエイラもスーツをぬいで、部屋ぎに着替え、スマホをいじりながらトントンと家の中央の大黒柱に近い、階段をのぼり二階の自室へと向かう、天井には、ガラス窓がついていて、屋根はほとんど平にちかかった。右奥に設置されたベッドに飛び込むと安心して、本当に息をぬいたように、まったくの無表情で何も考えず、ふわふわとしたその幸福の中にひたっていた.。

 
 うとうととしていると、彼氏から電話があった、例の彼氏、名前をエルトといった。エルトとはその夜、いつにもまして楽しく会話をして、本当はアンニュイなはずの彼女の心は上機嫌だった。疲れもしないし、期待ばかりいだく、彼と過ごしたら、どんな生涯が待つのだろうと結婚の事さえ考えた。 いつまでも募る話は終わらず、彼の人生が好きで、彼がその日とてもやさしかったことも背中を押して、いつにもまし彼の笑い声や、冗談やユーモアに対する興味がわいて、それでいて、電話を切るという事がどれほど怖いかという事を本気で身に染みた。まるで子供の用にこわかった、だから明日が仕事だというのに深夜にまで、話はとまらなかった。切らないで、なんどいっただろう、まさかという時間、午前3時に階下で怒鳴り声がした。両親の喧嘩だった。彼に電話で一言断りをいれて、その様子を盗み聞きした、階下でドアを開けてまで見に行く気にはなれないので、電話をかけたまましばらくの間、家と両親の事は頭の外においておいた。しかし、ひときわ大きなヒステリックな母の声がして、それが電話口から彼にきこえたのではないかと尋ねると、大丈夫か?と尋ねられたので、少し家の事を話さざるをえなくなった。

「なんでもない、ああ、ごめん、両親が最近喧嘩がおおいの」
「……僕の事関係あるかな?」
「この前、正式に紹介したばかりじゃない、まだ結婚の事なんて…………心配性なのね、私はあなたのそばにいるわ、ずっとね」
 どうしたことか、これまでほとんど言い合いもすらもしたことがなかった両親、あくる日からも、次の日もその次の日も、あんなに仲のよく、ハグも毎朝しているような両親が、人がかわったように、近所迷惑を考えず、毎日のように深夜、喧嘩の声をしていた。深夜目を覚ますと、お互いにむせび泣く両親の声がする、ただ事ではない、ホラー映画のようで、こらえきれず、1週間後の深夜、喧嘩も大概にしてくれといいにいくことにした。午前3時階下におりようとフローリングの床を、二階の家の中央にある階段のほうへとむかう、電気はあまりつけず、部屋のあかりと階下からもれるあかりをたよりに階段をめざした。そこでこんな声をきいた。
 『私の青春は、あなたに奪われたのよ、あなたとは義理で付き合って喧嘩したのよ』
 丁度階段から少しおりおようと、壁のとってにてをかけたところ声がしたのだ、それは母の声だった、父とは仕方なく結婚した、と冗談で聞いたことはあったが、聞いてはいけない音を聞いた気がした。
 (まさか、本当に彼氏とのことで喧嘩をしたのだろうか)
 そんな不安を抱えながら、喧嘩の間にわけいるすきがないような声の勢いにおびえ、急いで二階に引き返しねむった。その様子と足音を両親は気づいていたが、エイラも両親もあくる日をまって、いよいよお互いに、ある相談をしようと考え、深い眠りについた。
 (ピピピピピ)
 エイラは、余りの不安で悪い夢を見ていたようだった。涙がでていた、すぐさま目やにとともにティッシュでふきとり、ベッドの上に座り込んでしばらく静寂を感じていた、しかし、さっきとめた目覚まし音が、スマートフォンから響いた。

 起き上がると、二階のお手洗いで顔をあらい歯を磨いた、それから寝巻のまま急いで階下をめざす、妙な展開になければいい、そう期待しつつ、どうにでもなれと思い切ってリビングのドアをあける、奥にはテレビと食卓のテーブルと椅子、その左側に、テレビが一番近い場所に人影が二つ。両親のものだった、眠たそうに片をつきあわせている、中がいいのか仲がわるいのか、早朝、両親は寝ていなかったようで、こちらをみてぼーっとしていた。目を真っ赤にしてリビングの、食卓のテーブルから少しはなれた部屋の左に位置する、ガラスドアに近いソファにだきあって目を真っ赤にしてこちらに何かを訴えている様子だった。
 (は?どうしたの?)
 エイラは、ドアをあけたまま、そちらのほうを見て思わず呆然となり肩の力をぬいてたちつくしていた。
 (これまで私を育ててくれた、私をひきとってくれた、両親、どうしてこんなに喧嘩をしているの、人造人間である私を、こんなに愛してくれたのに、私、何かしてしまったのかな)
 エイラは尋常ではない二人の様子にあまりにも緊張をしてしまい、頭の中を走馬燈のように記憶の中、家族と暮らした生活が、いまその瞬間に映像となって血液のように自分の頭の中を流れていくのをかんじた。体が寒くなっていくのを感じた、まだ、彼氏との付き合いを否定されることのほうがいいだろう、そんな重い空気がただよい、つい、咽が、意味のない言葉をはいた。
『私……』
『エイラ、話しがあるんだ、そこに座りなさい』
 そういって、父がうながし、それからは母がうけとり話しを続けた、二人とも涙声で、さらに声をからしていた。どうやら、エイラが深夜二人が喧嘩をしている事を知っている事に、彼ら自身気づいている様子で。エイラはソファの前にしかれた渦巻き模様のカーペットの上に、何が何だかわからず、進められるまま、まるで反省するこどものように正しい姿勢ですわり、呆然として正座をした。しまった、とおもった、逃げ場のない緊張であり、彼女はそれを唯一、この世で唯一嫌っていた、それから黙って、二人の話を真摯に聞く以外に、その場の対処の方法が思い浮かばなかった。

 『あなたは本当の子供じゃなかったみたいなの、あなたは、どなたかの人間の両親の間に生まれた子供、それも人造の人間ではなく、本当の人間の子供だったようなのよ。ごめんなさい、最近ちょっと結婚前に、あなたの健康を検査しようとして、そのとき、ね……。』
 要領をえないものの、聞いているうちにはっきりしていた。人造人間は、ほとんど人間とかわらないため、いままで検査をうけていなかったのだが、どうやらDNAレベルでは、明らかな決定的な差があるらしい、そのことはわかる、彼女自身、これは最近ニュースでも聞いたことだったが、つまりとても小さな赤ん坊のころ、病院側が、自分とほかの子供を取り違えたらしかったのだ。
 両親の涙の意味をさとると、なぜか彼女は、いつもは表情のない彼女から、進んで二人をだきしめ、まるでいいわけのようにこうささやき続けた。
 『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
 『おちこまないで、ずっと愛してるから、ずっとずっと、いつまでも』
 それから、その月に書ききる予定だった小説は、急遽とりやめで、急速をもらうことになった、彼女の事を心配して両親は、ゆっくり休む時間をとるようにといって、あまり彼女にかまわないようにして、ただ身の回りの世話だけをしてくれた。彼女は、2、3日もやもやした感じがあったが、三日めには、その時なぜか頭が透き通った感覚になって、彼女はひっそり、深夜までおきて、一つの小説を書きあげていた。

 それからまた2日ほど寝込んだあと、小説を書きたい欲求がでてきて、彼女の感覚では、一週間ほど部屋にこもっていた、両親は心配していたが、しかし、生活に必要な行動はしていたし、書いていないときは、なるべくそわそわと、家事などもしていた。それから、彼女の体感で、一週間後、彼女はやけに朝早く、ニコニコした表情をして、階下におりていったた。丁度おきてきたその様子をみた母が尋ねる。
「なあに?どうしたの?」
 キッチンに二人で向かう、母と話をするうちに、一か月間の間の心配をされた。母いわく時間感覚がおかしくなっていて、一か月ほどがすぎていたそうなのだ、カレンダーをみると確かにそのようだった。その事を母からつげられると、彼女はこんなことを切り出した。
 『お父さんが起きてきてから伝えたい事がある、家族にとって大事な事よ、私小説、大事な小説をかいたの、ミステリー小説よ』
 それから珍しく、彼女は母と朝食の用意をした、きびきびうごき、いつにもまして母に甘える、そんな様子をみて、母はついこんなことを口にした。
 『あなたがいて本当によかった、私、お父さんの事嫌いじゃない、好きよ、でもだからこそあの人のせいにしたくなることがある、自分の人生や、過去のこと、そういうときあなたの顔をみるとね、安心するの、私間違ってたって』
 彼女もそれをきいて安心したようにわらった。

 それから父が起きてくると、エイラは二人を、あの日のようにベランダが見える、光のさすベランダのガラスドアを背後にしたソファにすわらせて、また、自分も同じようにカーペットの上に正座をして、少し沈黙をまって、それからひと呼吸おいて、背筋をしゃんとのばして、自分の望みを、2、3ぽつぽつと話し始めたのだった。 
 『私。ミステリー小説を書く事にするわ、結婚もやめる、ねえ、いいでしょ、そして、私人造人間になるわ。そうすれば皆幸福だから、黙っておいてほしいの、本当の両親には、私、本当の両親なんて知りたくない』
 父は焦りながら、娘がパニックを起こしていると考えこういった。せっかく元気を取り戻したかにおもえた娘が、そんな事をいいだす。まさか自分たちが対処を間違えたのかと思ってしまったのだろう。すぐさま、彼女にさぐりをいれるように、質問を質問で返した。
 『何を言っている、誤解をといただろう、君は、何が合っても僕らの娘だ、それに関して、あちら様は何も文句をいわない』
 両親はそこで初めて気がついた、自分たちがソファに座り、娘がただカーペットの上に、正座をしているという事に、なぜ、娘がそんな格好でいるのか、自分たちが正気をうしなっているためわからなかったのだ、だが娘が突拍子のない事をいったので、ふと、正気にもどったのだ。

 『今まで生きていることの意味がわからなかった、でも今ならわかる、どうして人造人間としての自分に、違和感があったのか、それでいて、そんな周りと違う、自分の少し特殊な人間性に執着していて、まわりから気を使われいきてきたのか、私、人間だった、今までは人間だったのよ。でも、それでもこれまで人造人間として生きて来たプライドがあるから、私いまとてもつらい気持ちなの、それでもその気持ちが、とても大切な事の気がしているの、きっと私、自分自身に同情しているのね』
 ソファにすわる親にむかい、すがるように、実際同様する両親、彼等の部屋着の襟をつかんで、彼女は必死にお願いした、そこには狂気とともに、すがるような輝きをもつ瞳があった。まるで赤子のようだった。それは両親がこれまで感じたことの内容な彼女の激しい感情だった。彼女自身、自分がそんな風に感情をあらわにする事も考えていなかったし、本当に心変わりしたのかどうかも、わからなかった、しかし、家族にはこういいたかったのだ。
 『なんていっても私は人造人間になって、人間の寿命を超える程いきる、そしてミステリー小説を書き続ける、彼への気持ちもさめた、誰もいやなわけじゃない、自分の人生がいやなのよ、私すべてを見つめなおしたいの』
 そういって、彼女はついに、向かい合う両親の前で、カーペットに頭をすりつけて、土下座までしてお願いをしたのだった。

 28の春、それから彼女は変わってしまった、突然、恋人ともわかれ、生涯独身を誓い、長く生きる事とミステリー小説を書く事にだけに執着するようになった。150年の生涯のうち、彼女はそれ以上変わる事はなかった。それはそれまでの人生が、とても普遍的で、普通の人生だった事と同じように何の変わり映えもしない日々だった。だが彼女は、一日一日を大事にした。
 変わったのは、これまでストーリーのある小説を得意としていたのが、ミステリー小説を好んで描くようになったことだった。それだけを書いているわけではないが、彼女の書くミステリー小説の謎は、特に彼女に熱烈なファンを付けるようになった、自伝でそのことについて、ファンからファンレターで質問があると、こう答えるのだと自慢げにいった。
「謎、謎の正体……いつだって、人には疑問があるものよ、今一番大事な疑問が何か、それに気づくことができるか、気づかされる状況にあるか、気づくための準備ができるか、それだけが私のミステリー小説にとって大事なことだったわ」

 彼女は生涯自分に同情した、それでいて、人生は幸福だったと断言した。28の時に訪れた彼女の変化は、それは28のときはじめて会った自分と、それまでの自分とのバランスを取るための答えだったのかもしれない。なぜ、取り違えられて、なぜ人造人間として扱われ、20代まで生活をしていたのか、それが最大の問題だ。ただでさえ長い彼女の生涯のうち、それが彼女にとっての最初で最後の疑問だったのだ。

ミステリー小説家。

ミステリー小説家。

『家』『公園』『図書館』 sf×家族×ミステリー小説家

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-18

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