恋愛戦闘姫(可憐な乙女な訳じゃない)
あたしは恋愛戦闘姫。領空侵犯は全て撃ち落とす。今宵も元気にドッグファイト!
酔っ払いな戦闘姫
「ねえ、マスター、なんかもう一杯ちょうだい」
「誰もいない時は、その呼び方やめてよね」
「じゃあ、ママ、もう一杯」
あたしが呆れ気味に言うと、マスター、じゃなかった、ママは茶色のお酒をストレートで出してきた。
「ねえ、なんか、凄いキツそうなんだけど」
ママは、そう言うあたしを見て、
「あんたなんか、それ飲んで、さっさと酔っ払って帰ればいいのよ」
とつれなく返してきた。
ここは、BAR PERSONA。
あたしの行きつけのお店。
何でも気軽に話せる、おねえのママがやってる、こじんまりしたお店だ。
あたしは出されたキツそうなお酒を一口飲んで、やっぱりキツいじゃんと思いながら、ママに言う。
「ねえ、何でマスターって呼んだらダメなの?」
ママはグラスを拭きながら、あたしの顔を見て言った。
「解放されたい時もあるのよ。例え仕事中でもね」
「使い分け面倒じゃない? もうさあ、そういう店でいいじゃん。実際そうなんだしさあ」
ママはしみじみと返してきた。
「人はね、仮面を付けたり、外したりしながら生きてるのよ。それにね、わたしはこの仕事に、そういうの持ち込みたくないのよ。腕で勝負したいの。わたしの憧れの師匠のようにね」
「でもね、わたしは弱いから解放されたい気持ちにもなるわけよ。だから、あんたみたいなのがいてくれて助かってるのよ」
助かってるの言葉に、ちょっと嬉しくなったけど、隠すように、お酒を一口飲んで返す。
「ごめん、言ってる意味ぜんぜんわかりません」
ママはため息をついて、
「だから、あんた位がちょうどいいのよ。わたしには」
と呆れ顔で言った。
ちょうどその時、ドアベルがなり、一人の男性が顔を覗かせた。
「こんばんは。お邪魔していいですか?」
「どうぞ。いらっしゃいませ。鈴木さん」
ママは渋い大人の男の声で、迎い入れた。
切り変わりはやっ!
いつもの光景だけど、あたしは心の中で、いつも通りにびっくりする。
鈴木さんとは何度か、このお店で会っていた。
東京から転勤で来ていて、お店の評判を聞いて訪れて以来、常連になったみたい。
意外と評判いいじゃん、マスター、じゃなかった、ママ。
鈴木さんは、あたしと三席離して座り、こちらを見て挨拶してくる。
「こんばんは。またお会いしましたね」
カウンター八席のこじんまりしたお店だから、三席離れていても、そんなに遠く感じず、また近すぎでもない。
やるな、鈴木さん。
ちょうどいい距離感を分かってらっしゃる。
たまにいる、いきなり近くに座りたがる男にはうんざりだ。
その点、鈴木さんはスマートそうだ。
まあ、あたしが鈴木さんを気に入ってるから、多少の贔屓目はあるかもね。
あたしも、笑顔で返す。
「こんばんは。お会いしちゃいましたね」
ママがこっちを見てたけど、それは無視。
鈴木さんは、ママにドリンクをオーダーした。
「ギムレットをください」
「かしこまりました」
ママが恭しく答えた。
鈴木さんは、ママの所作を楽しそうに見てた。
ママは見た目は四十過ぎの、がたいのいいオッサンだけど、まあ、見ようによっては渋い大人の男に見えなくもないような。
そんな見た目とは裏腹に、ママのカクテルを作る動作はとても繊細で柔らかく、優美にさえ思える。
見た目からは想像がつかない。
なんていうか、女性的な?
いや、実際心は女だもんね。
冷えたカクテルグラスに、シェーカーから、白濁した液体が注がれて、鈴木さんの前に、すっと出された。
「お待たせしました」
ママの渋い声に鈴木さんが続ける。
「ありがとうございます。いただきます」
ふちの手前まで入ったカクテルグラスを優しく持って、口許に近づけ、一口飲む。
なんか、そんな鈴木さんの姿から目が離せない。
また感じる、ママの視線なんて気にならないほどに。
「美味しいです。この少し感じる甘味が、またいいですね。最近は甘味を入れない店が多いのに。僕はマスターの作る、柔らかいギムレットが好きです」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、素直に嬉しいです」
鈴木さんは、また一口飲んで、ちょっと不思議そうな顔で、ママに話しかけた。
「このお店に顔を出すようになってから、マスターのカクテルはいろいろと飲みましたが、どれも繊細で、何というか、女性的な一面を感じます。あ、すみません。変な意味ではないのですが。とても優しい気持ちになれるような」
鈴木さん、それ当たりです。
あたしはそう思いながら、ママの顔を見た。
あれ? なんか、顔が赤いような。
「鈴木さんは、感受性の豊かな方ですね。私も作り甲斐があります」
ちょっと、若干声上ずってるんですけど……。
おい、オッサン! まさか惚れたの!?
ちょっと、待ちなさいよ! あたしが先に目をつけたんだからね!
ん? でも、まあ、心配することもないか。
鈴木さんにその気があるわけじゃないだろうし。
まさかないよね……。
とりあえず、そんなことは置いといて、せっかく近づけるチャンス到来。
何回か会ってるけど、そんなに話してないし、この機をものにするべし。
あたしは、鈴木さんに話しかけた。
「お仕事帰りですか?」
会話の入りはシンプルに。
あたしの持論だ。
「はい。ちょっと長引いてしまって。高橋さんも仕事帰りなんですか?」
鈴木さんは、こちらを向いて、にこやかに答えてくれた。
よし。名前は覚えてもらってるみたいだ。
「わたしは、ちょっと飲みたい気分になって。それで」
言いながら、視線は鈴木さんからさりげなく外して、手元のグラスに落とす。
わざとらしいと思うでしょ? でもね、これくらい分かりやすくやらないと、相手の気は引けないからね。
「どうかされたんですか? あまり元気なようには見えませんが」
ほらね。心配してきたでしょ。心配はさせるものなのよ。
「ちょっといろいろあって。人間関係って難しいなあって」
悩んでる理由は人間関係がいい。どうとでも応用きくしね。
あたしは鈴木さんに視線を戻して、訊いた。
「鈴木さんは、人間関係とかで悩むことないですか? わたしは就職して四年目なんですけど、上手くいかないことも出て来て」
ここでさりげなく、こっちの年齢のヒントを出す。
だって、ストレートに訊きづらいでしょ? 男の人って。
「そうですか。僕も就職して六年になりますが、悩むことはありますよ。仕事には慣れていくけど、その分、人間関係が重くなっていくような」
これで鈴木さんの年齢もだいたい分かったわ。
相手の情報が欲しい時には、自分の情報も小出しにする。これもあたしの持論。
「そうなんです。些細な事なんですけど、最近ぶつかることがあって。わたしって、ぜんぜんダメだなあって。自信なくしちゃいました」
ここで、はあ……っとため息を。
だから、こんだけオーバーじゃないと、伝わらないんだって!
鈴木さんは、ちょっと間を置いて、優しい声で言ってきた。
「そんなに落ち込まないでください。僕じゃ力になれるか分かりませんが、良かったら話してください。きっと少しは楽になりますから」
「いいんですか? 聞いてもらっても」
「もちろんです。もし良ければ、お隣に行っても構いませんか?」
よし! きましたあ! あたしはそんなことをおくびにも出さずに、
「はい」
と、ちょっと切なげに返事をする。
まずは、接近戦に持ち込むことに成功。
「マスター、すみません。席を移っても構いませんか?」
「ええ。構いませんよ。どうぞ、グラスはそのままで。こちらでお持ちしますので」
ママの返事に頷いて、鈴木さんは、あたしの右隣に移ってきた。
「失礼します」
そう言った鈴木さんが近い。
あたしはちょっと見とれてしまった。
鈴木さんは、そんなにイケメンってわけじゃないけど、いや、世の男性半分に割ったらイケメンだろうけど、なんていうか、雰囲気がたまらない。
知的で、優しそうで、包まれてしまいそうな。
ただの顔だけイケメンにはない、奥深さがあるような。
何か分からないけど、ほのかな甘い香りや息づかいが感じられる、そんな距離。
ちょっと、久しぶりにドキドキしてきたわ。
いや、仕掛けたのはあたし。
そんなこと考えてる場合じゃない。
そんなあたしを、ママの声が引き戻す。
「お持ちしました。どうぞごゆっくり」
ママの視線が痛い。刺さりまくりなんですけど。
グラスを置いて、去ろうとするママに、鈴木さんが声をかけた。
「マスターもこちらで一緒に一杯いかがですか。高橋さんは、きっとマスターに聞いてもらいたくて、今夜は来たんだと思うんです。僕がでしゃばっちゃいましたけど。人生経験豊富なマスターの意見は、ためになるはずですから。そうですよね、高橋さん」
おい、鈴木。あたしはそんなことは望んでない。
あたしはあなたと喋りたいの!
オッサンの話なんて、どうでもいいわ!
「分かりました。鈴木さんにそこまで言われては。では、私もお話を伺わせていただきます。よろしいですか、高橋さん?」
ここで、断る術をあたしは持っていない。
勝ち誇ったような、ママの視線を受けながら、
「ええ、もちろんです。マスターも一緒に聞いてください」
と、あしたは笑顔で答えるしかなかった。
心の中では、憤怒の形相で。
あたしの実は悩んでもいない人間関係の話を、鈴木さんは真摯に聞いてくれてる。
そんな鈴木さんを見てると、ますます、引き込まれていく。
「マスターはどう思いますか?」
「私はいっそのこと、もっと本音をぶつけてみるべきだと思いますね」
ああ、鈴木さんの声だけでいいのに、ママの無駄に渋い声が邪魔をする……。
もう! 何なのよ!
もちろん、あたしの苛立ちなんて、顔に出せるはずもなく、二人のアドバイスに、ええ、そうですねと頷いていた。
「悩み事は誰にでもあります。でも溜めちゃいけないと思うんです。だから、愚痴でも相談でも何でもいいです。吐き出してください」
鈴木さんの優しさに触れていたい。
このままずっと……。
「私もそう思いますね。誰かに話すことは、とても大事です」
鈴木さんの後に、お約束のように入るこの声。
本当に邪魔!
覚えてなさいよ。この報いはきっと!
話もそろそろ終わりかと思われた頃、ドアベルが鳴り、お客さんが三人で入ってきた。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらに」
ママが対応で離れた隙に、あたしは鈴木さんに話しかけた。
「鈴木さん、話を聞いてくれて、本当にありがとうございました。凄く楽になった気がします」
「それなら良かった。僕の話なんて、マスターに比べれば幼稚極まりないですが、そう言ってもらえると嬉しいです」
「ううん、そんなことはありません。歳も近いせいか、同じ悩みを共有してるみたいで、とても親近感わきました」
「僕もこちらに来て、まだ知り合いもそんなにいないので、高橋さんみたいな方と話せて良かったです」
「あの、お願いがあるんですけど」
タイミング的には今なはず。
「鈴木さんの連載先を教えていただけませんか?」
「僕のですか? ええ、構いませんよ」
はい、いただきました。あたしの領空に入ったからには、ただでは終わらせない。頂くものは頂きます。
そう。領空侵犯は全て撃ち落とす。それがあたしの流儀。まあ、逃げられることも多いけど。
連絡交換も無事に終わり、二人でとりとめもない話をしたあと、鈴木さんは、明日早いのでとママにお会計をお願いした。
お会計が済み、席を立った鈴木さんは、あたしを見て言った。
「高橋さんは、まだ飲んでいかれるんですか?」
「はい。もうちょっとだけ飲んでいきます」
ここで、一緒になんて野暮なことはしない。
急いては仕損じる。
それに、あたしにはやることがある。
あのオッサンと、とことん話すという。
「そうですか。あまり飲み過ぎないでくださいね。今夜はお話できて、本当に良かったです。また、一緒に飲んでください」
「はい。わたしで良ければ、ぜひ」
引き際のスマートな男は好きだ。
そんな鈴木さんに益々引かれる。
「マスター、ごちそうさまでした。また、お邪魔させてください」
「鈴木さん、ありがとうございます。私もお待ちしてます」
おい、『私もお待ちしてます』に、やけに熱がこもってないですかね。
だいたい、そのセリフいらなくない?
入口まで出るママに、丁寧に送られて、鈴木さんはお店を後にした。
戻ってきたママに、
「マスター、なんかください」
と棘のある声であたしは言う。
「お客様、だいぶお飲みになってるようですが、大丈夫ですか?」
「ええ、ぜんぜん大丈夫ですから」
ママの顔がちょっとひきつっている。
あたしを帰そうたって、そうはいなかい。
「かしこまりました」
ママは渋々答えた。
日付が変わる頃、お客さんも引けて、お店にはあたしとママの二人だけに。
ダンッ! あたしは、グラスを強めにカウンターに置き、ママに言った。
「話があるから、ちょっとこっちに来なさいよ」
「あら、やだ。何をそんなに怒ってるのよ」
すっとぼけは許しません。
「あたしの言いたい事は、分かるわよね? この色ボケマスター!」
「ちょっと、色ボケって失礼ね! この小娘が! それに、マスターはやめてって言ってるでしょ!」
「何が、解放されたい時もあるだ。解放されっぱなしじゃないのよ! 出来ない使い分けなんて、やめてしまえ!」
「あら、やだ。わたしに取られそうで怖いのかしら? 小娘ちゃん」
「ふざけんなあ! オッサンに言われたくないわあ!」
「誰がオッサンよ! 失礼しちゃうわね! わたしは熟女よ!」
「そんながたいのいい熟女いるかあ!」
そんな言い合いが暫く続いたあと、あたしたちは疲れて、お互いにため息をついた。
「わたしのことは、さておき。ねえ、あんた本気で狙ってるの?」
「あたしは本気よ。だって、直感が行けって言ってるから」
ママはあたしの答えに、呆れて返す。
「あんたねえ、その、圏内に入ったら撃ち落とすみたいなのやめたら? そりゃあ、数撃ちゃ何とかって言うけどさあ」
「お言葉を返すようですが、あたしは数なんて求めてないから。質の良い男が入って来た時だけ、あたしのセンサーが働くのよ。それよりも、わたしのことはさておかなくて、ママはどうなよ?」
ママはため息をついて答えた。
「わたしも、鈴木さんは良いと思うわ。チャラくないし、知的で、しかも、笑った顔がかわいいのよねえ」
「やっぱ、狙ってんじゃん!」
「そうね。わたしのテクでメロメロにしてあげたいわね」
「オッサンのテクなんて求めてないから」
「あんたみたいな、若さと身体だけの粗雑なそれとは違うのよ。虜にする自信はあるのよねえ。まあ、そうはいっても、わたしはいけないから、心配しなくていいわよ」
「心配してないし。横からウザイだけ。でも、一応理由はなんで?」
ママは少し黙って、寂しそうに答えた。
「わたしはね、お客様から始まる恋はしないことにしてるの。バーテンダーのわたしを好きで来てくれてる人の夢を壊したくないのよ」
あたしはその答えに、黙ってしまった。
「はあ、わたしにあんたの若さと容姿があったらと思うわ。でも、神様はそれを与えてくれなかった。不条理よねえ」
「不条理といえば、あんたは見た目も、まあ、綺麗だし、スタイルも悪くないのに、何で男ができないのかしらね? 性格かしら?」
「性格もいいし! 『まあ』なんて挟む余地ないくらい綺麗だし!」
「あんたは攻めてるようでいて、固いもんね。ちょっとやらしたら、大抵の男は落ちるんじゃないの?」
「簡単にやらせるわけないでしょ。あたしは自分のことを良く分かってるから。見た目は綺麗だけど、しょせんそこそこなのよ。ママの言う通り、『まあ』なのよ。確かにやらせたら落ちるんだろうけど、そんな男はすぐにもっと見た目が良い女にいくから」
「あんた、結局まだ気にしてるのね。女は忘れる生き物なのに」
あたしはママに何も言えなかった。
ママが言った、あたしの気にしてること。
よくある、ありきたりな話。
お互いに好きだと信じてた男に浮気されて、その相手があたしよりも見た目が良い女だったってだけの話。
男との始まりは、うっかりな身体の関係から。そして、そんな男は、また身体から始まる関係に旅立ちましたとさ。
だから、身体は安売りしない。
それから、あたしは自分を良く知ることから始めた。この切れ長の目も気に入ってる。スタイルも悪くない。綺麗系だけど可愛さもある。でも、80点位。まあ、贔屓目にみてね。それ以上の女には勝てないかもしれない。だから、あたしはフルスペック使えるように、自分を知ることから始めたの。100点持ってるのに、70点位しか使えてない、油断してる女に負けないように。
そして、質の良さそうな男を見たら、落としにかかるようになった。成果が表れてないのは痛いけど。例え間違ってても、今はトライ&エラーで良いと思ってる。動かないよりはね。
そんなあたしを見て、ママがある時言った。
「あんたは恋愛戦闘機ね。あ、機械の機じゃなくて姫にしといてあげる。しかも、操縦悍は壊れたんじゃなくて、捨てたのね。だから、圏内に入ったら自動で撃ち落としにかかっちゃって」
そう。あたしは捨てたんだ。ついてても意味のない操縦悍なんて。代わりに高性能AI搭載だ。自称だけどね。
「鈴木さんは久しぶりに現れた、本当に質の良い男なはずよ。必ずものにするわ。そして、あたしは幸せになるの!」
あたしの宣言を、ママは、はい、はいと聞き流していた。
あたしは積極的に動いた。
早速鈴木さんと約束を入れたのは言うまでもない。
何度かの食事を繰り返し、お互いの趣味や食事の嗜好も把握。
やっぱり、食事の好みが合わないのはダメよね。
結局長続きしないから。
これもあたしの持論。
幸いなことに、あたしと鈴木さんの好みは合っていた。
これはなおのこと期待できる。
ああ、聞こえてくるわ。
幸せの足音が。
でも、最後に必ずママの店に行くのが気になる。
だって、絶対ママを絡めるし。
鈴木さんは、あたしとママが楽しそうにしてるからって言うけど、そんなことはない!
たまには、二人だけになりたいのに。
それに、一向にあたしに手を出す気配がない。
おい、鈴木。そろそろキスぐらい良くない?
まあ、軽い男よりは好きだけどね。
そして、今夜も食事の後に、いつも通りママの店へ。
ただ、何か浮かない顔をしてる。
あれ? さっきまでは、そんなことなかったのに。
「どうかされましたか? 何やら浮かない顔をしてますが」
さすがにママも気づいて、声をかけたみたい。
「今日はお二人に話さなければならないことが」
ちょっと、トーンが不穏なんですけど……。
鈴木さんは、絞り出すように続けた。
「実は、東京の本社に戻ることになりました」
急な話に、あたし達は言葉が出なかった。
「元々代打だったので、長期ではないと思ってましたが、まさかこんなに急だとは僕も……」
「いつ行かれるんですか?」
あたしはやっとのことで、声を出した。
「来週末には離れます」
「そ、そんなに急に……」
ママの声は、動揺を隠せてなかった。
「それで、お願いがあるのですが」
鈴木さんが、あたし達の顔を交互に見て言った。
「ぜひ、最後の夜はお二人と過ごしたいんです。ダメでしょうか」
「ぜひ、そうしましょう。最後の夜は共に」
ママが気丈に振る舞ったのは分かるけど、あたしは、何かもやっとした。
なんで、あたしと二人っきりじゃないのよ!
声に出して言えるわけもなく、今夜は沈んだ気分のまま終わった。
人の想いなど関係なく、時間は過ぎてゆく。
最後の夜は、あっという間に訪れた。
そんな中でも、一時落ち込んだ、あたしのテンションは復活していた。
よくよく考えてみれば、そんなに落ち込む話じゃない。
東京なんて、すぐ近くだし、何よりも遠距離恋愛は燃える。
長く続くのはダメだと、周りが結果で教えてくれてるけど、短い間なら、良い結果になることが多いとも教えてくれている。
むふふ。燃えた先に待つものは。
あたしは最後の夜なんて忘れて、一足先にママの店へ。
「こんばんは!」
あたしの元気な声に、ママは憂鬱げに答える。
「はあ、何であんたはそんなに元気なの? 強がりからくる空元気かしら?」
「ママさあ、そんなに落ち込むことないじゃん。会えなくなる訳じゃあるまいし。それに、遠距離って燃えるでしょ。何より、あたしはママに邪魔されることもなく、二人の愛を育んでいけるしね」
ママはため息を一つついて、テーブルに料理を並べ始めた。
あれ? いつものような返しがない。
これは相当落ちてるな。
あたしは、空気を変えたくて、ママに話しかけた。
「今日金曜日でしょ。お店こんなに早く閉めて良かったの? それに、すごい料理だね。ママ作ったの?」
「今日位はいいのよ。鈴木さんのお願いなんだから。それにね、わたしの手料理を食べてもらえるなんて、最初で最後だろうから」
やばい。空気が変わるどころか。
「いや、やっぱりママはすごいね! バーの料理とは思えないよ。ほら、このお肉の塊、ローストビーフだっけ? それにサラダの盛り付けなんて、こんな綺麗なのよそでもみたことないよ」
ダメだ。言えば言うほど。
「す、鈴木さんまだかなあ」
待ち合わせは十一時だったので、まだちょっと時間には早い。
この空気を何とかせねば。
そんなこんなで焦っていると、ドアベルが鳴り、鈴木さんが入ってきた。
「こんばんは。お待たせしてすみません」
「お待ちしてましたよ。鈴木さん」
ママがいつも通りに、渋い大人の男の声で答えた。
あたしには、いけないとか言ったけど、やっぱり鈴木さんのことが好きなんだね、ママ。
無理しちゃって。
健気なママに、あたしはちょっと、うるっときた。
あたしと鈴木さんがテーブルに着くと、ママはグラスとシャンパーニュを持ってやって来た。
ママは、静かにコルクを抜きながら、
「門出には、やはりシャンパーニュが良いでしょう。これは私の一番好きな銘柄です。手向けに同じものを用意してますので、帰りにお渡ししますね。ぜひもらってください」
そう言って、グラスに良く冷えた、淡い麦わら色の液体を注いでくれた。
「では、鈴木さんから何か一言お願いします」
ママに促されて、鈴木さんはちょっと考え込んでから、ゆっくり話し出した。
「今夜は僕のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとうございます。短い間でしたが、お二人に出会えて、とても良かったです。僕の忘れられない、思い出になりました……」
鈴木さんはちょっと言葉に詰まった。
あたしはみかねて、
「もう、鈴木さん、そんな今生の別れみたいな言い方しないでくださいよ。ちょっと距離が離れるだけで、会えなくなる訳じゃあるまいし」
と言うとママも、
「そうですよ、鈴木さん。これはお別れではありません。門出なのですから。さあ、乾杯しましょう」
とグラスを掲げた。
「鈴木さんの前途と、私達の変わらぬ友情に乾杯!」
あたし達はグラスをそっと合わせた。
冷えたシャンパーニュが、湿っぽくなりがちな気持ちを洗い流してくれるようで、喉に心地良い。
「さあ、食べましょう。男の手料理で申し訳ありませんが、腕によりをかけて作りました。さあ、さあ」
あーあ。本当は男なんて自分で言いたくないだろうに。
無理しちゃって。
はっ!? いけない。ママに共感してる場合じゃない。
あたしも頑張らないと。
「鈴木さん。これはわたしからです」
そう言って、あたしは今夜のために用意したプレゼントを鈴木さんに渡した。
「え、僕に? いいんですか? いただいても」
「はい。良かったら、開けてみてください」
鈴木さんはあたしの言葉で、包みを丁寧に開け始めた。
そう。そういう繊細な優しさもいいわ。
「ボールペンですか。しかも、こんなに良いものを」
「鈴木さんに、ぜひ使ってもらいたくて」
あたしが選んだのは、名の通ったブランドのそこそこ値の張るものだ。安っぽいのはダメ。かといって、高すぎてもいけない。絶妙な選択が大事なのよ。良い筆記具は大人の男のアイテムに丁度良い。
何でボールペンにしたかって?
それは、常に使うものだし、使う度にあたしを思い出して欲しいからよ。まあ、意識付けね。
「ありがとうございます。大事に使いますね」
「そう言ってくれると、わたしも選んだ甲斐があります」
「さあ、早く私の料理も食べてください。味には自信がありますから」
それはそうだ。
せっかくのママの手料理だもんね。
ちょっと、渡すタイミング間違ったかな。
あれ? 何か、今夜のあたしはママに優しいようだ。
まあ、そんな時もあるよね。
「すみません、マスター。それにしても、凄い料理ですね。どれも美味しそうです」
「美味しそうじゃなくて、美味しいですから」
ママは、鈴木さんとあたしに料理を取り分けてくれた。
白い皿に丁寧に盛りつけられたサラダが、あたし達の前に置かれた。
「ロメインレタスのシーザーサラダです。どうぞ、召し上がってください」
あたしと鈴木さんは、ママに促されて、フォークで口に運んだ。
「美味しいです! ドレッシングもマスターの手作りですよね」
「さすが鈴木さん。気がついていただけましたか。基本オリジナルレシピに忠実なのですが、ビネガーをボディがあって、風味の優しいものを使いました」
「そうなんですね。繊細な中にもしっかり芯があるように感じるのは、そのせいですね」
これには、あたしも諸手を上げて賛成。
本当に美味しい。
ママ、あんた芸が細かいよ。
神様の不条理がなかったら、間違いなく良い女だったろうね。
それからもママは、甲斐甲斐しく料理を取り分けてくれた。
どれも美味しくて、バーじゃなくても、この道でもやってけんじゃないのと、あたしは舌を巻いた。
美味しい料理も手伝ってか、会話も弾んで、楽しい時間が過ぎていく。
あたしは、鈴木さんにアピールすることも忘れて、この楽しい時間が、ずっと続けばいいのにと心の中で思ってた。
ママの出してくれたシャンパーニュはとっくになくなり、あたし達はオススメの白ワインを飲んでいた。ほのかな甘味を感じるそのワインは、ママがお肉料理にも合うと言って出してくれたものだ。
お肉には赤と思っていたあたしは、目から鱗だった。
そのワインも空いた頃、鈴木さんは脇に置いたカバンから包みを取り出した。
その包みをを開けながら、鈴木さんはママに言った。
「実は、ロックグラスを買ってきました。お店に対して失礼かとは思いましたが、このグラスでどうしても飲みたいお酒があるんです」
包みから出てきたのは、三つの小振りのロックグラスだった。
「チェコのカットグラスです。今夜のために探しました。マスター、お願いできないでしょうか?」
「何を言ってるんですか鈴木さん。断る訳がないじゃないですか」
「ありがとうございます。これは、お二人に僕からの感謝の印です。使っていただけると嬉しいです」
あたしはジーンときた。
ママももちろんだと思う。
「鈴木さん。ありがとうございます。大事に使わせていただきます。高橋さんもそうですよね?」
「はい。わたしもマスターのお店で使わせていただきます。これで飲む度に鈴木さんを思い出しますね」
「高橋さん。今生の別れじゃないって、さっき言ってたじゃないですか」
笑いながら、鈴木さんに突っ込まれて、あたしは顔が熱くなった。
それにしてやられた。これって、あたしがやった意識付けのカウンターじゃん。
ズルいよ鈴木さん。
自分は棚に上げるけど。
「そ、そうですよね。自分で言っておきながら、わたしったら」
「そうですよ高橋さん。鈴木さんとはいつでも会えますから」
あたしに対してのそのセリフには、ママの想いが詰まってるように感じた。
「ところで鈴木さん。飲みたいお酒というのは?」
鈴木さんは、あたし達の顔を交互に見て言った。
「シャルトリューズを飲みたいんです」
あたしは、聞いたことのない名前に、思わずママの顔を見た。
「シャルトリューズですか。ジョーヌとヴェーヌはどちらがよろしいですか?」
「ジョーヌでお願いします」
ママは静かに頷き、カウンターのバックバーからボトルを持ってきた。
あたしは名前も初めてだったけど、ボトルも初めて見た。
「これはどういうお酒なんですか?」
「フランスの修道院で作ってるリキュールです。食前に飲むこともあるし、食後にも飲まれます。ハーブをふんだんに使ったお酒です」
あたしは養命酒みたいな? という言葉は飲み込んだ。
「ストレートにしますか? それともロックで?」
ママの問いに鈴木さんは、
「そうですね。ロックでお願いします」
と答えた。
「かしこまりました」
ママはそう言って、またカウンターに戻り、氷の塊を持ってきた。
アイスペールに入った氷を、ロックグラスに入る位にピックで割り、ぺディナイフで削り始める。
あたしと鈴木さんは魅入った。
いつも何気なく出されていた、丸い氷が作られていくさまに。
ママは素早く、それでいて流れるように削っていき、あっという間に三個の丸い氷が出来上がった。
三個の氷を、チェイサー用に持ってきていた水差しの水で軽く洗い、グラスに入れる。
カランと良い響きが広がる。
ママはそこに、ボトルから静かに注いでいく。
黄色味がかった透明なお酒が、グラスの氷を包んでいく。
甘い、そして、いろんなハーブが重なりあったような独特の香りが鼻腔をくすぐる。
ママはあたしに達の前にグラスを静かに置いて、鈴木さんの言葉を待った。
鈴木さんは、少し間を置いて話し出した。
「大人になってからの良い出会いは、一生ものだと僕は思うんです。そんな出会いを僕にくれたお二人には、本当に感謝しています。もう一度乾杯しませんか? 僕らの出会いに」
そう言って、グラスを目線に掲げた。
あたし達もグラスを目線に合わせる。
乾杯という言葉もなく、ただ静かにグラスを掲げるだけ。
言葉はないけど、その分、鈴木さんの想いが流れ込んでくるようだった。
あたしはグラスに口をつけた。
幾重にも重なったハーブの香りと共に、甘くて優しい味が広がる。
これが、鈴木さんがあたし達と飲みたかったお酒。
ママに言って、ボトルキープして貰おう。
そして、これから鈴木さんと会える日も会えない日も、このお酒を飲もうと思った。
ヤバイ、また意識付けされてる。
優しい香りに包まれながら、静かに時間は過ぎていった。
「そろそろ行きます」
鈴木さんの声が、その時間に終わりを告げた。
あたし達は、黙って頷き、席を立った。
鈴木さんはあたし達を交互に見て、ゆっくりと店のドアに向かって歩いていく。あたし達もゆっくりとついていく。
ドアの前で立ち止まり、鈴木さんはあたし達に向い、また交互に顔を見た。
鈴木さんはママに近づいて、ママの両手を持ち上げて、優しく包むように握った。
「マスター。本当にありがとうございました。また、お会いできる日を楽しみにしています」
手を握られたママは、あわあわしながら、やっと答えた。
「わ、わたしも楽しみにしてます」
ママ、あんた素に戻ってるよ。
鈴木さんは、今度はあたしの手を握り優しく言った。
「高橋さん。一緒に過ごした時間は本当に楽しかったです。また、お会いできる日まで」
ママの気持ちが分かった。
あたしもあわあわしてしまって、やっとのことで声を出した。
「わ、わたしも楽しかったです。また、鈴木さんとお会いしたいです」
鈴木さんは微笑んで、あたしの手を離して、ドアを開けた。
一歩外に出た鈴木さんは、あたしたちに「では、また」と一言残して歩きだした。
あたし達は鈴木さんの後ろ姿を見送っていた。
ポンっと背中を押されるのを感じた。
「ほら、行ってきなさいよ。今行かなくていつ行くのよ。あんた恋愛戦闘姫でしょ。撃ち落としてきなさいよ」
ママが微笑んで、あたしを促した。
「ママ……。あたし行ってくるね! そう、あたしは恋愛戦闘姫だ!」
あたしは鈴木さんを追った。
「鈴木さん、待ってください!」
あたしは鈴木さんに追いつき、下まで送りますと言って、エレベーターに一緒に乗り込んだ。
ママがあたしにくれたチャンス。
本当は辛かっただろうに、あたしを送り出してくれた。ママ、あたしに勇気をくれてありがとう! あたし頑張るから。
エレベーターの中では、まだ整理がつかずに何も言えなかった。
今じゃない。
言うのは降りてから、タクシーを捕まえる間に。
大したプランではないけど、あたしが考えてる間に、エレベーターは下についた。
「高橋さん、少し歩きましょうか」
鈴木さん、それって。
その誘い、あたしが断る訳がない。
「はい」
あたし達は、人気もまばらな小路を大通りに向かい歩きだした。
言われるのか、それともあたしが言うか。駆け引きなんて、まどろっこしい。
いざ、行かん!
「あの」
その声は同時だった。
だったら、男の鈴木さんに華を持たせましょう。
「どうぞ、鈴木さんから」
鈴木さんは少し考えてから、あたしの目をじっと見て話し出した。
「高橋さんには言っておきたくて。言わずに去ろうと思ったのですが、こうして見送りに出てくれたので、聞いたください」
きたの? きたのね! いよいよくるのね!
さあ、想いの丈をあたしにぶつけるのよ!
受け止める準備は出来てるから。
あなたに撃ち落とされてあげるわ!
「はい。鈴木さんの口から言ってください」
「僕はマスターが好きなんです」
「ありがとうございます。鈴木さん。あたしも……」
ん?
何か違う。
違和感ある。
あたしがキョトンとしてると、鈴木さんがもう一度言った。
「僕はマスターが好きなんです。恋愛対象として。高橋さんには話しておきたくて」
「えーと、鈴木さん。マスターが好きって聞こえたんですが」
二度も言われたのに、あたしは確認せずにはいられなかった。
「はい。好きなんです」
あたしは固まった。
そりゃあ、固まるよ。
「あ、へー。マスターを。そうなんだ」
あたしは間の抜けた返答しかできなかった。
「でも僕は男です。マスターにその気はないでしょうから、言わずに去ろうと思ったんです。でも、高橋さんには言っておきたかったんです。それも出来ずに情けないと思ってたら、高橋さんが来てくれて。やっと言えました。同じ想いの高橋さんに」
ん? 何やら引っ掛かる言葉が。
「鈴木さん? 同じ想いって?」
「僕は気づいたんです。マスターと楽しそうに話してる高橋さんを見て。だって、同じ人を好きなんですから、分かりますよ」
あたしは混乱した。
なに? 言ってる意味ぜんぜん分かりません。
はあ? あたしがママを好きだあ!?
「いや、鈴木さん、ちょっと話を整理しましょうか。鈴木さんはマスターが好き。そして、あたしもマスターが好きと」
「はい。僕らは同志です。同じ想いを持つ」
あんた、どんな思考で行き着いたんだ、その答えに。
ちょっと、あたしの恋心はガタガタよ!
返しなさいよ! あたしの貴重な時間を!
あたしが怒りに震えてる間に、鈴木さんは通りすがりのタクシーを止めた。
そして、あたしに言った。
「マスターのことをよろしくお願いします。高橋さんなら、マスターはきっと受け止めてくれるはずですから。じゃあ、また!」
バタンとドアが閉まり、タクシーは走り去っていった。
鈴木さんの、変に爽やかで、満足気な笑顔を残して。
あたしは暫く茫然と立ち尽くした。
怒りすら通りこし、虚無感に襲われながら。
カランカラン。
あたしがドアを開けると、ママが心配気にこっちを見て言った。
「どうだったの? ちゃんと伝えられたの?」
あたしは虚無感からくる放心状態で答えた。
「好きなんだって」
ママは、パッと明るい顔になって、駆け寄ってきた。
「良かったじゃないのよ、あんた! 両想いだったなんて素敵ね!」
「うん。両想いみたいだよ」
「あたしも背中を押した甲斐があったわ」
「あたしじゃなくて、ママとね」
「そう、あたしと……。ん? あんた今何て言ったのかしら?」
「鈴木さんはママが好きなんだって。恋愛対象として」
「……」
あたし達は暫く沈黙したあと、ママがようやく口を開いた。
「ちょっと待って。整理しようと頑張ったんだけど、何か頭が回らないわ」
「はあ……。ママ、お酒ちょうだい。強いやつ。飲みながら話そ」
「ああ、そうね。そうしましょうか」
あたし達は、さっきまで楽しい時間を過ごしていたテーブルに戻った。
ママは、何か強そうな茶色のお酒をあたしに出してくれた。
あたしは本当に強いじゃんと思いながら、最後の鈴木さんとの会話を話した。
ママは黙って聞いていた。
そんなママにあたしは言った。
「だったら、ママに告白すれば良かったじゃん。あたしに言うなよって話でしょ! まさか鈴木さんがそっちの人だったなんて」
「そうね。あたしも気づかなかったわ。大抵わかるんだけどね」
「正直あたしはしょうがないわよ。悔しいけど。でも、ママに言わないのはどうなよ! せっかく両想いだったのに。言えば上手くいってたでしょ? 何でなのよ! ただの意気地無しじゃん」
ママは優しい顔と声で、あたしに答えた。
「あんたは優しい娘なのね。本当は自分も辛いのにね。でもね、鈴木さんの言えなかった気持ちも分かるわ。わたしもそうだけど、同じ人種って分かってればともかく、そうじゃないとハードル高すぎるのよ、告白って。簡単に好きって言えないのよ」
あたしが黙ってるとママは続けた。
「あんたにだけ言ったのもね、それだけあんたを信頼してたからよ。わたしもそうでしょ? わたしのことはあんたにしか言ってないんだから。きっと、あんたはこっちの人間に信頼されやすいのね」
「そんなのちっとも嬉しくない」
「それにね、鈴木さんから告白されても、わたしは受けなかったわ。前に言ったでしょ。お客様から始まる恋はしないって」
「そんなこと言ってたら、一生恋できないじゃん」
「仕事が絡まなきゃ別よ。まあ、中々機会はないけど。それに今回はこれで良かったのよ。わたしも久しぶりにドキドキしたわ。その感覚を与えてくれた、鈴木さんには感謝してるわ」
あたしは釈然としないまま、グラスのお酒を一気に煽った。
「もう一杯ちょうだい」
「ちょっと、大丈夫なのあんた」
「いいから、ちょうだい」
ママは呆れながらも出してくれた。
ん? あたしは、ふと気がついた。
ママが鈴木さんと最後に飲んだお酒のボトルをみつめてるのに。
「どうしたの? そんなにみつめて。シャ、シャなんちゃらのボトル」
「シャルトリューズよ」
「そう。それ」
「このお酒はね、代々三人の修道士だけに製法が受け継がれるの。そしてその三人も、自分以外のハーブの調合は知らないのよ。三人が秘密の調合で作ったものを一つに合わせて、このお酒ができるのよ」
「だからね。鈴木さんはきっと思ってたのよ。三人のそれぞれの想いが重なった時間はとても大切だったと。だから、このお酒を選んだのね。自分の打ち明けられない秘密にも絡めてね」
そんなもんかなあ、とあたしは思いながら、一つ納得のいかないことをママにぶつけた。
「ところで、何であたしがママを好きなことになってんだろうね」
「あら、あんたわたしを好きなの? ごめんなさいね。わたし小娘に興味ないから」
「ふざけんなあ! あたしもオッサンに興味ないわ!」
「ちょっと、誰がオッサンよ! あたしは熟女よ! はん。わたしに負けて悔しいのね」
「あたしは負けてないから! 何がお客様から始まる恋はしないだ。あんだけのぼせ上がってたくせに。いい歳してキモいわ!」
「なんですって! 小便臭いガキに言われたくないわよ!」
「誰が小便臭いのよ! そっちこそ、そろそろオムツでも履いたら!」
「キーっ! 偉そうに、このヘタレ戦闘姫!」
「なによ! 色ボケマスター!」
はあ。
あたし達はため息をついた。
「ねえ、ママ。鈴木さんって、いい人だったけど、とんだ思い違い野郎だったよ。あたしにとってはね」
「そうね。でもいい人なことは確かよ」
「そうだね。それは確かだね」
少し黙ってあたしはママに言った。
「シャルトなんちゃらちょうだい! それ全部空けて、忘れてやるから!」
ママはそんなあたしに優しく言った。
「これ度数結構あるのよ。あんた一人じゃ無理だから、わたしも付き合うわ」
そして、鈴木さんからもらったグラスに注いでくれた。
今夜の反省会はまだ終わらない。
反省はしても後悔はしない。
あたしは恋愛戦闘姫。
領空侵犯は全て撃ち落とす。
まあ、今回も失敗しちゃったけど。
次回はみてなさいよね!
終わり
恋愛戦闘姫(可憐な乙女な訳じゃない)