第８話-８

８

　ここに記載されることは、人間の言葉で理解できるように記載されるものであり、本来はティーフェ族、ジェフフォ族の1人、脱皮を繰り返し4000年の時間を過ごした人物、グザがガシュト病の中で脳内に必死に記憶した記録である。それを水に記憶させることにより、息子、娘へ伝える意図がある。

　それをここに言葉という形で記載する。

『グザの記録』

　わたしの脳が覚えている、思い出せる内に記憶を水に記録しておく必要があると考え、続けてきた行為は、あとは息子と娘へ残す記録だけになった。仕事の事に関してはすでにわたしの脳にある記憶はすべて吐き出した。

　今、この瞬間もどんどん頭の中で記憶が消えていくのが解る。だからすぐに記録してしまわなければならない。

　まず私は君たちの事をすべてのなにもりも「愛している」と伝えたい。そう、わたしが携わってきたすべての研究よりも、なによりも、君たちがわたしのすべてだった。今もすべてであることは変わりがない。

　思い出せる限り、君たちの母、デハと初めて会ったのはまだデハが若いころだった。わたしは海洋学者として必死に働いていた頃、自分の研究を実らせるために仕事に命を懸けていた。そんな時だ。デガタの家に行って議論をしていた最中、デガタの家に宿泊しにきていたのが、デハだった。親戚の子供だというデハは、本当に子供の部分が残っている、それでいて美しい、まるで女神がわたしの前に現れたようだった。

　そこまで白熱していた議論は、わたしの一目ぼれで終わった。なんとも恥ずかしいかぎりだった。もちろん饒舌なわたしを知っているデガタの事だ、わたしの気持ちにはすぐに気づいた。あいつは昔からおせっかいでな、すぐにデハと２人きりになる機会を作ってくれた。

　わたしは研究者だ。研究のことしか頭にない。きっと最初はつまらない男だと思われただろう。しかしデハはわたしの話を全て聞いてくれた。あの大きな眼でわたしを見つめ、時に笑い、時に興味深く、わたしの話を聞き、楽しそうにしてくれた。だからわたしはデハを選んだ。この人しかいないと思ったからだ。

　夫婦生活と呼べるものがあったか、それはきっとデハがまだ生きていたなら不満を漏らしていたに違いない。それだけわたしは、家を留守にしていた。研究の毎日に明け暮れていたのだ。今思えば、残された時間をどうして有意義に使わなかったのか、後悔ばかりだ。

　デハがあんな事故に遭遇して亡くなった。聞いた時、何もできなかった。失ってはいけなかったものを、わたしは失ってしまったのだ。

　君たちにもいずれわかるだろう、大切な者ができれば。家族を持てば――

第8話-９へ続く。