愛の手紙
愛する君に捧ぐ。
唇が熱を持って、どうにもその熱を逃がしたくて触れてしまったのだけど、君が応えてくれるなら多少の無様も心地好い。
逃がすために触れたのに、いつの間にか上回った温度が返ってきた頃には二人のぼせて日の出を待った。
ずっと思い出そうとしたがらなくて、何層もの隠しファイルにしまっていた記憶の内、君の記憶は群を抜いて美しい。
だからこうして寂しいときは取り出して眺めている。誰かにしてみたら面白いとも興味すらも持たれないことなのかもしれない。
だけど、私が愛し忘れた日々は、今もなお君が愛し続ける日々だったのだと古い音楽を聴き振り返る。
その所以は君の軌跡に存在する。最初は時々聞こえる似たような声、多少話題になったという噂、
誰かが名前を口にしていたことも何処からか耳に挟んだ。君に関するヒントを得る度に喉元がむず痒く感じて
開きかかった蓋を閉じて回っていた。
それでも君は表すことを止めず、私が見つけようと思い出そうと意思を持つ前にこの世に知らしめたのだ。
雷に打たれて錠が弾け壊れたような感覚をもって思い出したよ。
忘れていた頃の方が穏やかだったかもしれない程、感情が乱れた。
同時に幸福で隅々まで潤い、額づき慈しみたいと半ば衝動めいたものに支配され、持て余した。
いつかの日の私たちは、どれだけ二人きりだったのだろう。
きっとまだ愛とかいうモノの自覚を持てなかったころだと思う。少なくとも私にはそうだった。
若く、認識の幼かった時代は君を断片的に記憶へ留めておくのがやっとな位、目まぐるしくて刺激が強かった。
どれだけ想っていても伝える勇気もなく、傍ではにかんでちっぽけな贈り物しかできなかった。
でも、いちいち覚えてくれていたことに気付いてしまったら、
あまりにいじらしくて可愛くて私のどこかが崩壊するんじゃないかと
惚気てみても許しておくれ。罪ではないが、いつまでも可愛い君が悪いのだ。
からかったり視線を逸らさせないと確認できないくらい私の認識は歪んでいる。
君にも自らが抱えている歪みがあるのかもしれない。
それでも私にだけ表してくれた一面は美しい。
私は眠りに就く度に「もう二度とこの目が開かないでほしい」と願っていたのだが、
そんな考えを持っていることを君に見つけられる度に
「愛に触れよ」と躾けられ、とうとう君なしでは眠れない程になってしまったのを告白しておくよ。
悲観的な表現だけど、これは今日に至るまでとこれからの私には希望そのものだ。
最初に出会った頃の曖昧な約束のまま、足を止めたり会話したり。
想いのすれ違いから幾度か距離ができたとしても、やっぱり一緒に居たくなる。
現に数年を経て会うことができたから、そういう縁もあると思ってもいいだろう。
もう私たちは二人きりではないのかもしれない。会わない間に随分人に触れてしまった。
それでも私は人に触れずにはいられない。
君が生きているから私も生きていける。
着実に季節が変わっていく中、再び愛したいと切に願ってこれを結ぶ。
愛の手紙
とある出版社様からお声をかけて頂いて作成した短編です。