分割人間プロジェクト

 三人の男女が、雑居ビルの1フロアを一時間かしきっていた。部屋を見渡すと空しいほどに何もない、ただ漆喰の壁が白くめだっているようだ。人のいたオフィスの名残、その置き土産は廃墟を連想させた、椅子やテーブル、使えそうのない古いものだけが置かれている。死骸、巣、無残にも人がいなくなった後のほこりや虫たちの痕跡が部屋中に寂しく広げられたまま残されていた。おかれたままの使い古されたテーブルには、上にななめに急いで置かれたように放置された、使えるかどうかもわからない電話機の子機、親機、コンセントケーブルが宙をまう。
 ここに午後6時、ようやく訪問客がやってきた、物好きな三人組が、扉をパタンとひらききると、コンビニでかった食料を片手の布袋にさげて、のろのろと一人はいってきた。前から猫背の老婆、あとを若者が追って部屋へと入っていく。
 「ここで、いいのかね」
 「いったとおり、ここです、おばあさん、迷わなかったでしょう」
 「まあ、ばあさんが、本当に女性とは思わなかったがね、ばあさん」
 一人は年老いた女性、老婆で杖をついてマスクをつけている、眼光するどく、文字通り光輝いている。ほかの若者のひとりは、もじゃもじゃ頭の男性、その癖の強い頭とコントラストのように、顎髭は丁寧に手入れされて、一定のながさをもっている、所々白髪交じりで、前衛的芸術的なTシャツをきている。たれ目で、唇はどちらかといえばあつく、むっとした表情が彼のあふれ出る独自な哲学を感じさせる。しかし老婆に気づかいができる程の紳士ではあるようだ。
 最後の一人は、割腹のいい、背の低い男で、太っていた、なんだか世の中のすべてが不満といゆようなめつきをして、口をへの字型にまげていた。足だけは筋肉質が妙なバランスをもっているところだが、インターネットでの会話で本人いわく、どうやらかつては陸上競技でスポーツ選手やらなにやらでその道のプロをしていたらしい。
 『まあまあ、すわりましょう』
 どうやら、もじゃもじゃ頭の男がこの奇妙な集会の進行役をつとめるようだ、頭を書きながら、菓子をほおばりながらも、要領よくノートをひらいて段取りを説明している、だが、小太りの男は、その様子を気に入らなそうにじーっと、人の心の裏表を見定めるようにみていた。
 もじゃもじゃの男は長そでをきて、しきりに片方の腕をきにしていた、もじゃもじゃ頭の男は、その腕を色々と話し込むうちに、肘の内側に何か入れ墨らしきものがあることは、あとの二人に徐々に気づかれてしまっていた。それよりも異様なのは、肩のあたりに腕にそって水平にある丸い切れ込みのようなのの、まるで腕が服をきているよう、それは左だけではなく、左右両方にあって、まるで人工物かマネキンの腕のようだ。
 もじゃもじゃ男が先陣をきって、その場の調子をもりたてた、三人だけの昔話などでもりあげたり、近頃はやりの話題、ニュースなど世間話をしてみせた、その様子に老婆は心惹かれ、関心し、あるいは小太りの男は顎に手をあててまた見定めるようなしぐさをしていた。

 そこに集まった人間たちは、皆インターネットを通じて知り合った人間たちで、ある共通の目的をもち自主的に集まり、またもじゃもじゃ頭の男の手配によって、念入りに準備された今日の日の企画のもと、彼の注意に従いあつめられていた。彼がこの場所を選んだことで文句をいったのは、太った背の低い男だけだった。インターネット上で、それぞれに偽名があり、小太りの彼は自分をネクロとなのり、もじゃもじゃは、そのままもじゃお、老婆は、ばあやと名乗っていた。しかし、ここに来る前、近場の飲食店にたちよったことで、次第にネットでの話し合いのようにすぐにうちとけていったのだった。

 年老いた女性が、背の高いもじゃもじゃあたまの男にいった。   退屈、あなたの腕は退屈を持っている。
 もじゃもじゃ頭の男が、背の低い、割腹のいい腹のつき出た男にいった。  傲慢、あなたの足は傲慢を制限できない。
 割腹のいい腹のつきでた男が、年老いた女性にいった。        悲観、あなたの眼は悲観を監視する。
 三人が三人、それぞれの体の一部を、他のとものものと交換を遂げる。

 それが実験の始まり、現実世界で初めてであったネット上の知人たちのオフ会の本題が始まる、物々しい雰囲気につつまれ、老婆は鞄から道具や布類を、小太りの男もスーツケースをあけて、他の2人の様子をさぐる、
 『さあ、もう一度呪文をくりかえそう』
 それはどう見ても、体の一部を取り換える呪文だ、ましてや、他の人間ではなく、当事者ならばその意味はたしかにわかる、彼等はそれぞれの器官をもぎとって、相手のものと交換をするのだった、さっきのことばはあらかじめ決めた合言葉、あからさまな機械人体交換の隠語的ことば、その合図だった。

 かたをくみ、三人が奇妙な円陣をくむと、窓の外はもう夕日がてらしていて、三人は円陣の中にそれぞれのもってきた工具と、それから麻酔薬、注射針、などなど用入りのものをまとめてひろげた。それらは汚れをきにして、ひとつの綺麗なシーツの上にならべられた。アルコールの霧吹きもあった、すべてはもじゃおのはからいなのだ。

 もじゃおはここでも気を使った。
 『怖がっているのか?』
 円陣をくみながら、一人汗をかき、息を荒げ、ふとった小男に尋ねる。この問いは、自分にむけたものであろうとほかの二人はすぐに覚った。オフ会、まだ打ち解けていないのは、この人だけだ。だからこそあえて、自分のこわさを人と共有しようと考えた、それはネット上での彼の本質の態度そっくりそのものだ。もじゃおは誰よりも気が利く、ゆえに仕事でも現実でも気が病みやすいと本人談。
 
 やがて小太りが答える、先ほどとは違い、まゆげはこまったような表情をみせた。円陣はいつしかくみ、彼は肩をぐるぐるとまわして、ほとんどすべてがひび割れている部屋の窓ガラスから夕焼けをみた。 
 『怖くはない、怖くは、我々は同じ目的のために集まった、だいたい……昨今の科学は実験として、そして研究の成果として、人体の器官それぞれにね、記憶を持たせることにしたのだ、それ自体は科学の成果だ。人の体の一部が、脳だけではなく、記憶をもつのだということは、随分昔からいわれていたことだよ、問題は我々の同意がどこにあるかということだよ』
 老婆がくすくすとわらう。
 『どこから説明をしているのだ』
 もじゃおが茶々をいれた。

 『昔から、臓器移植をされた人は、ドナー患者の記憶を引き継ぐことがある、という話やその例がある。人間は頭や脳に記憶をもつが、脳ではなく、臓器も独立した記憶をもつのだといわれいる。だからこそ科学者たちは、人工の体のパーツ、サイボーグの代替的身体にもこの要素を加えた、人間がなんらかの器官を人造のものととりかえるとき、この研究は、この研究は、その器官がもつ記憶がなくなっては、悲しいだろうという、苦しいだろうという、欲張りな科学や世間の倫理観のたまものなのだよ、でも我々は今日それに反逆をするのだ』

 小男は聞いてもいない説明を始めてしまう。老婆はコンクリートとほこりだらけの地べたに持参したフランケットをしいて、めんどくさそうに、あるいは孫をみるようなやさしいめでしわを寄せて二人の様子をみた。それから二、三度顔を意味もなくよこにふり、こんな言葉を口にした。

 【おそれてはいない、私は年を食うた、だからこそ、あんたらの行いが心配なのだ、覚悟がなければやるべきじゃないよ】

 駅で他の2人と出会ったころから、老婆は始終穏やかな姿勢でいた。ただ杖がなければ、ふらふらと足元がふらつくのが難点だった。それ以外は、さすが年長者と言った感じで、礼儀からしぐさから、すべてがおだやかで、器用だった。
 『ごくり』
 だが、二人の喉元でひとつの決意の合図をさせるのに、老婆は適役だった。二人は初めから、人体交換によって、違う人の性格を移植してみたい、そう思っていた。そもそもこの三人、皆が皆、オカルトマニアであった。

 今度は勢いにのって、決意をかためた小男が胸の前で腕を組んでこつうぶやいた、まるでまくしたてるような態度で、どこか怒っているようにもみえて、もじゃおは、ぷっと、それに少し噴き出してしまった、相手のネクロは気づいていないていで顔をあからめた。
 『法律は違反しないともじゃすけはいう、ただ誰も経験した事のない事だ、まさかここまで似通ったボディがあるなんて、予想だにしていなかったのだからな、これはもうひとつの面がある、私たちがオカルトマニアだからこそ実践するのだ、大義名分など後付けだよな』

 そもそもこの手の込んだ儀式と、自分たちで勝手に義手義足をとりかえるような真似を始めようとした、その発端は、三人がSNSにアップロードした機械の手足の写真だった。もともと、オカルトつながりてお互いに知った仲だったが、二人が上げた写真に写るその器械、義手義足、そのどれもが似通っていた。同じ博士にとりつけてもらったもの、デザインも基本的にオートクチュールだが、なんの間違いか、そっくり似たものが出来上がってしまった。お互いがお互いを、ただのオカルトマニアとして、ネット上の存在として認識していた彼等は、その瞬間に共通の願望と欲求をあらわにし、ものの1時間もしないうちに、その感動を共有しきらないうちに、ある実験に参加することを、ほかの二人にもちかけたのだ。

 夕焼けが沈むころ、交換の儀式はおわった。
 『さあ、皆の人体を取り換えたよ、これから何がおこるか、各々がよく観察することだ、第一この場に、医者の存在はないのだからね』
 ろうそくの火が、各々の顔と表情を不気味にてらしていた。

 その後SNSより抜粋…………。

 もじゃもじゃ男
 「今日は、よい日取りだ、だがなあ、私は空を見上げる事をやめたよ、私も随分年をとったのだ」
 ばあや
 『ああ、なんだか心が晴れやかだ、食欲がわくねえ』
 ネクロ
 「最近、昔見たいに心がかろやかになったよ、何も、何一つも昔から得意なことはなかったが、もじゃおにあってかわったよ、彼はもう、自分自身の一部みたいなものさ」

 予想以上に性格に介入するらしい。

分割人間プロジェクト

分割人間プロジェクト

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-16

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