気にするな
冷たい冷たいとふとももが震える。
気にするな。
ただ黒いだけの空を切り進む灯火に目が吸い寄せられる。
それも気にするな。
耳の後ろあたりに根深いかゆみが起こって、髪の毛が逆立つ。
いいから気にするな。
分け入る草むらのあちこちから虫共が叫び合わせて耳に刺さる。
もう気にするな。
どいつもこいつも気にするな。今、鼻がこの匂いを突き止めている。
確かに獣の匂いだ。こんな風も立たぬ怪しい宵に、闇に紛れて獣がうろついている。
俺の周りをうろついているんだ。
右手はどうした。ちゃんと包丁を握っているか。そいつで仕留めねばならん。
握っているから気にするな。
確かにいるんだ。匂いもするし、虫の音の合間に息遣いだってした。
やられる前にこっちがやるんだ。どこにいる。
足がもつれる。股の動きがぎこちない。濡れているのか。
気にするな。
気にするな