第8話-6

 ビザンは父が眠る中、仕事を続けていた。

 美しい二重らせんの水柱に浮遊する光の塊を1つ、1つ口から吸いこみ、ティーフェ族の素晴らしい処理能力を誇る頭脳で情報を処理する。

 ビザンの海洋学者の仕事としては、ティーフェ族が生存権とする水の惑星を中心とした水棲生物の調査、生体の解明にあった。ティーフェ族が誕生してより地球の数字で表すと348億年の歳月が流れていた。水中に発生した単細胞生物から進化を開始して、現在の形、つまりティーフェ族の祖先が誕生したのが348億年前になる。

 それから文化圏をどんどん広げ、水分子を凝固させる技術が、飛躍的に生活レベルを向上させた。

 だが今もって水で構成された無数の惑星では、今も多くの水棲生物が絶滅と誕生を繰り返し、巨大な食物連鎖を形成していた。そうした未だに見つかっていない、あるいは最近発見されたばかりの生物を調査するのが、彼の仕事の主な内容である。

 父もまたそうした研究を常に行ってきた。ティーフェ族のほとんどが海洋学者であるように、父もそうして海洋学者となって、議長と仕事をして議論を尽きることなく続けてきた。ビザンの前でもよく、議論をしていたものである。

 そんな父の姿を見て、海洋学者の道を選んだビザンは、父が病気になるまでは家に帰ることもなく、研究施設に籠って研究を続けていた。新たな海洋生物の発見と、その生物の進化を理論づけるのが楽しくてしかたなく、仕事に没頭していた時期もあった。

 そんな中で彼の仕事の成果が議会の眼にとまり、惑星惑星ダゴルト、ジェフフォ族の議会代表に推挙された。

 当初は断ったのだが名誉なことであると議会代表の職務を受けた。仕事と議会代表という名誉ある職務に、彼の人生は何も問題ないかに思われた。ところが彼が議会代表になった矢先の出来事であった、父が奇行を始めたのは。

 最初は彼らが独自に利用するティーフェ族共通の真珠の円盤型の通貨を、無くしたと言い始めたのだ。普段から通貨の管理がきっちりしていた父だけあって、どうしたものか、とビザンは思っていた。しかもそれが頻繁に続くのである。

 さらには海洋学者仲間との待ち合わせや、訪問者が来る日を忘れるなど、物忘れがどんどんひどくなり、亡くなったはずの母親のデハが買い物に出ているとまで言い出したのだ。

 母のデハは貿易の仕事をしていた。ところが貿易の商談相手の種族、デンヘラー人の縄張り争いに巻き込まれ、殺されるという死に方をした。それがもう地球時間で言えば1000年も前の事である。それを今更なにを言い出したのかと、ビザンはようやく父の異変に気づき、トクサ、人間の言葉で医者を意味する人物に見せたところ、難病のガシュト病であることが判明した。

 ティーフェ族で最大の特徴である莫大な情報を処理することができる脳細胞が死滅していく病気。ティーフェ族やあらゆる種族の医学知識をもってしても、なぜ脳細胞が破壊されるのか、その仕組みすらわからない難病であった。

 それから父の介護という仕事も彼には増えた。すでに一人暮らしをしているミザンと話し合い、父グザの面倒を見ることを約束したが、次第にミザンは家に近づかなくなってきている。兄のビザンはそう思っていた。

 そんな状況でミザンは在宅で多くの海洋生物の情報を脳で処理していた。

 すると背後から突然、唸るような声が聞こえてきたのである。父の声だ。

 脳の情報処理を慌てて中断し、口から光の粒を水柱に戻すと、泳いで父が眠る、水分子が軽い室内の中空の空間へ泳ぎ着く。すると水が茶色く濁って、ベッドのように利用している軽い水分子が激しい臭いで満ちていた。汚物を水の中にまき散らしたのだ。

「父さん、トイレでしろってあれほど言ったろ」

 激しい口調で叫んだビザンは、室内の奥へ入っていくと、水分子を固めたホースを持ってくると濁った水をそれで数。吸った先には彼らのトイレともいえる、丸い穴がある。その穴は汚水処理施設へ太い水分凝固ラインで直接つながっており、父の排出した汚物もホースで吸われ、ラインへ直接排出されていく。

 水の中だからもちろん濁りは水に交じってしまう。それは水を空気と同じ感覚で吸っているティーフェ族にとって、激しい激臭になる。

「街にも濁りが出ていくと苦情が来るんだよ。俺の立場も考えてくれよ」

 そう父を怒鳴りつけると、軽い水分子の球体を、別のホースから排出する水分で形成し、父をその中に放り投げるように入れ込んだ。

 最近では会話すらもできなくなってきたグザを見て、ビザンは赤い顔をした。怒りの表れでもあったが、同時にあれだけ立派な父親が壊れていくことへの、不満もその赤い顔色にはにじみ出ていた。

 父を水分子の軽いベッドのような水たまりへ放り込み、仕事へ戻ろうとした時の事、1つの水流がビザンの頭部に吸収された。それは家の外部から流れてきた水流である。

 脳内に激しい爆発の幻影が瞬間的に表れ、何を意味するのがすぐに彼は理解した。

「また攻撃か――」

 ジェフフェ族議会代表としての職務に今度は出向かなければならなくなったビザンだった。

第8話-7へ続く

第8話-6

第8話-6

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-15

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