異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 ロシア大会
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第1幕
亜里沙たちがいなくなった途端、逍遥が駆け寄ってきた。
「僕は大丈夫だから、聖人をサポーターに就けた方がいい」
俺は逍遥に向かい、首を傾げてふっと笑みを漏らした。
「もし聖人さんが俺のサポートに付きたがってたらこんなに反論してないよ。聖人さんは君のサポートがしたいんだ。還元した後輩だもん。亜里沙だってその辺は分かってたと思う」
聖人さんは右手で頭を掻きながら俺の真正面に立った。
「海斗、お前のサポートに就かなきゃいけないことは分かってるし、逍遥のサポートを辞めることはやぶさかではないんだ。でも、俺は逍遥のことを知り尽してる。逍遥が心配なのも確かな事実なんだ」
「分かってる、聖人さん。亜里沙や明が俺を心配するように、聖人さんが逍遥を心配する気持ちも」
「そうか」
「亜里沙たちは普段軍務に就いてるんでしょ、だから時間を区切って俺と逍遥の練習を見てもらえないかな。本選では逍遥のサポートをしてもらって、俺はできる限り亜里沙たちに就いてもらうから」
すべて俺の本心じゃないけど、この場を収めるにはこの方法しかない。
逍遥を誰もサポートしないなんて、あまりに逍遥が可哀想すぎる。いくら魔法部隊で特訓してて誰の力も借りず戦うことができても、逍遥だってまだ俺と同じ、精神的には幼いんだから。
「いや、僕は君と違って幼くはないよ。全日本も、薔薇6だって自分の考えだけで戦ってきた。僕を可哀想だなんて思わないでくれ。何度もいうけど、僕は1人でも大丈夫だから。聖人は君のサポーターとして現地入りすべきだ」
俺は床に向けて、ほんの小さく溜息をついた。
「逍遥、やっぱり君読心術できるんじゃない。僕が君を可哀想と思ってる、とか、幼い、とか」
「この場合、君は遠慮して聖人と僕が組めるように配慮してくれてる。それは僕が可哀想だと思うからにほかならない。僕の実力だけ見ていればそんな考えには及ばないからね。とはいえ、僕も君と同じ1年に在籍しているから精神的に幼い、と君は考えた。君と同じレベルなら皆そうだから。これが答えさ」
俺は肩の力が抜けていく。強情なやつだ、逍遥は。
「君はこの場においても絶対に認めないわけだ。ま、それはそれで。聖人さん、俺は練習だけ見てもらおうと思うんだけど、それでどう?」
「山桜たちが認めるなら、それが一番だと思う。『デュークアーチェリー』と『エリミネイトオーラ』の競技開始時間が重ならない時は、試合で俺がサポートに入ることもできるけど」
「でも試合時間や競技順によっては被る可能性だってある。亜里沙と明は俺が説得するから、その方法で行こうと思う」
「お前はそれでいいのか」
「俺自身、人に頼るだけの生活を止めなければと思えてきて。人に頼れば、言い方は悪いけど裏切られた時の悲しみは半端ないから」
そう。この大会、はっきり言って俺は聖人さんに頼りきりだった。逍遥の気持ちも何も考えずに。だから逍遥のサポートに聖人さんが就いた時、裏切られた気分になり、泣いた。
でも、人に頼りきり、と思った時、この世界でもそうなんだけど、ホントはリアル世界の両親に頼り切っている自分を思い出した。
私立だったら金もかかる。休学するまでの授業料、嘉桜高校の制服、どれもが両親が汗水たらして働いた金で賄ってた。それを俺は当たり前のように受け止めていた。
俺が今年のGPSでどれだけ力が出せるかわかんないけど、自分のことを自分で完結している逍遥を見習うことだって、還元のひとつに入るじゃないか。
亜里沙と明はやっぱり俺のことが心配で、いざとなると何かを犠牲にしてでも俺が立てるようにしてくれてる。
すごく有難いことだよ、ブラックの上意下達さえなければ・・・。
俺と逍遥、聖人さんの3人は連れ立って会場近くのタクシー乗り場からタクシーに乗った。行き先は宿泊先のホテル。なぜか今日は道が混みあい、タクシーは30分ほどでホテルに到着した。GPSでは表彰式は無い。ポイント制でGPF出場者を決める大会だから。
というわけで、試合を終えた俺たち紅薔薇高校組はアメリカでの最後の晩餐として、ホテル近くにある洋食屋さんで祝杯を挙げた。
夕方4時を回った頃。アメリカに赴いた総勢20名ほどが洋食屋さんに集結する。
最初に、光里会長が挨拶した。
「今回の大会では皆が持てる力を出し切っていい位置に付けている。このまま他の大会まで好調をキープしていこう。乾杯!」
「乾杯!」
今日は軍務も無いらしく、亜里沙と明、聖人さんは酒を飲んでいた。
亜里沙よ、明よ、お前たち、20歳過ぎてるんだな。だからリアル世界でも酒飲んでたんだ。今ようやくわかったよ。あの時分は、不良高校生と思ったものだ。
亜里沙がほろ酔い加減で俺に近づいてきた。
「で、話は纏まったの」
「少なくとも、ロシア大会での練習は時間を区切って聖人さんが両方見ることにして、試合の時は聖人さんに逍遥のサポーターとしてベンチ入りしてもらう。自分のことを自分で完結させるのだって、還元のひとつではあるんだろ」
「まあね。でも海斗。本選で誰もあんたのサポートしないのは余りに危険すぎるわ」
「競技時間が重ならない時は聖人さんに入ってもらうけど、なるべくなら、亜里沙と明に入ってほしい」
「なんで」
「俺が一番に信頼してるのがお前と明だ、ってわかったから」
「ふーん、明にも聞いてみる。なるべく試合の日は仕事入れないようにシフト組んでもらうから」
「ありがと、助かるよ」
酔ってる時の亜里沙は、絶対に怒らない。これも12年間の付き合いで学んだ成果だ。
明には亜里沙から情報が入るだろう。
と、全然酔った素振りを見せない明も近づいてきた。
「亜里沙から聞いた。大丈夫か?」
「練習は見てもらえるわけだし、本選はお前たちにお願いするし。これでOKだよ。仕事のシフトは本選の日だけは入れないでくれよ」
「了解」
2人が去って行くと、俺は壁際に移動した。
紅薔薇の一員にはなったものの、まだ俺は遠慮していて、人間観察をしようと思って近くの炭酸ジュースが入ったグラスを手に取った。
「よう、八朔」
沢渡元会長と光里会長が2人でグラスも持たずに歩いていた。
慌てて俺は会長たち用のグラスを探す。
自分のグラスをテーブルに置き、ノンアルコールのシャンパンモドキのグラスを2つ持ってきて、3人で乾杯した。
「律儀なやつだな」
沢渡元会長会長の言葉に、光里会長がクスッと笑った。沢渡会長、もしかして、酔ってます?
「今回は山あり谷ありだったようだが、お前の実力からして、もう少しレベルは上がるだろう。今後も鍛練に励め」
「はい、ありがとうございます」
「ところで、宮城がお前のサポートを外れたというのは本当か」
「え、あ、はい・・・」
「今後は誰が就く」
「あ、いえ、山桜さんと長谷部さんにお願いしようと思っています」
「向こうは忙しいだろう。どうだ、若林を付けるか」
「若林先輩は沢渡会長のサポーターです。申し訳ないどころの話ではありません。僕はどんな状況にあっても勝ちを目指したいと思います」
「良い心掛けだな」
沢渡元会長は一度だけ頷いた。光里会長もそれに倣い、2人は俺の元から去っていった。
ふう。やはり沢渡元会長の前では緊張する。
心を見透かされていそうで。
そういえば、生徒会役員連中の顔を見ていない。ここでも幹事役を仰せつかっているのか?まさに、大変な仕事だ。
次に俺のところに酔って近づいてきたのは、聖人さんだった。シャンパングラスを手に持っている。
いいですねー。俺も酒が飲みたい。
今すごく酒が飲みたい気分なんです。
「ごめんな」
もう、謝る必要なんてないんですよ。聖人さん。
俺は俺の成長のためにも、1人で練習する気概をもたなきゃいけないから。
「お前の気概のほんの少しでも逍遥に飲ませたいよ」
そんなに逍遥は聖人さんにべったりなのか?
「精神的に俺を頼っているのは確かだ。俺がいなくなったらどうするんだか」
聖人さん、どっか行っちゃうん?
「まだはっきりとは決めてないけどな。紅薔薇出たらどっかに行くだろ」
あ、そうか。卒業したら・・・やはり皆、自分の進路を決めてるよね。
俺くらいのもんだよ全然決めてないの。
3月末には亜里沙に報告しなくちゃいけないというのに。
俺を悩まし現実を直視すべき事態は、刻一刻と迫っているのを感じる。
でも、大会の時くらいはそれを忘れて一球入魂じゃないけど、自分を追い込んで行きたい。
午後5時。
飛行機の搭乗時間があるため、アメリカでの最後の晩餐は1時間もしないうちにさらっと終わった。
夜7時には、サンフランシスコの空港からヘルシンキにある空港を経由してサンクトぺテルブルクへと移動する。
凡そ30時間以上の長旅が始まる。
長崎行きのバスを経験しといてよかった・・・というのが俺の偽らざる気持ちだった。
生まれて2度目の飛行機で、またもエコノミークラスに乗車した俺は、前回同様、窮屈と言えば窮屈な空間にいた。
光流先輩は、調子そのものは戻ったらしいと聞いた。でももう競技には参加しないとのことで日本に戻ったのだが、四十九院先輩だけがサンクトぺテルブルクのロシア大会に派遣されるのかなと思っていたらそんなことはないといわれた。
サポーターが多ければ、俺のような問題も起こらないかと思ったのに。
生徒会は俺と逍遥のサポーター事件を知らなかったわけではあるまいが、(実際、絢人は生徒会に逃げた)、敢えて俺たちのことに口出しはしなかった。
亜里沙と明が一枚かんでいるから、というのが本音だろう。
ま、俺如きのことに生徒会を巻き込むつもりもないが、絢人はこれからどうするんだろう。あ、もしかしたら絢人はサンフランシスコから日本に強制送還されたかもしれない。
機内の何処を見ても、絢人の顔はなかった。同時に、亜里沙と明の姿も無かった。
絢人の場合、俺にも逍遥にも、サポーターとしての働きを見せることができなかったという理由は大いにあり得る。
別に俺は絢人が嫌だったわけじゃない。あの時は聖人さんがいなくなり、亜里沙たちもいなかったから不安だったんだ。
ごめん、絢人。
君を信じないで己に負けた俺が悪かったのに、君になすりつけた格好になった。本当にゴメン。
ヘルシンキの空港で1回乗り換えるために席から立ち上がった時は、またもや身体中がバキバキしていた。
聖人さんが俺を見て目を爛々と光らせてる。
「向こうに着いたら、身体中解してやるぞ~、覚悟しとけ」
それはそれで、怖い。
聖人さんさんから、俺の心を読んでるような発言が飛び出す。俺の周りは読心術ばかり。声にならない声まで全部拾われてしまう。
「大丈夫、それだってサポーターの役割だ」
「げっ」
「なんだよ、げっ、て」
「マッサージはこちょこちょが苦手だから。逍遥にやってあげて」
「お前さ、どこまで慎ましくやるつもり?この世界、盗るか盗られるかだったりするんだぞ」
「こういう生き方しかできないから。この世界に合わないなら・・・」
そこまで早口でいうと、ピタリと俺は押し黙った。
“リアル世界に帰るだけ”と言いそうになったのだ。
もちろん、俺の心を読んだであろう聖人さんさんも何も言わなかった。
そうだよ、ここに来てなお、俺には逃げ道があるんだ。
皆のように逃げ道さえなくて悩むことがない。まるでお坊ちゃまみたいに生活してる俺。
だから俺は競技に勝てない。
ハングリー精神が足りないから。
一時はもう帰れないと思いこちらに馴染もうとしたが、帰れる家が復活したことにより、また、俺の決心は揺らいでいたのだ。
中途半端が一番まずいことは知っている。
でも、競技だけに集中できない俺がいるのもまた確固たる事実。
ここに来て俺の中の神経質細胞がまた目覚めた。
ああ、今日の夜は眠れそうにない。
思った通り、乗り継いだ後の飛行機の中では、寝ようとしたが全然眠れない俺がいた。逍遥は隣でイビキまでとは言わないけど、もそもそ寝言か何かを呟きながら寝入っていた。
俺は窓側の席を逍遥に譲っていたので、トイレに行くふりをして立ち上がった。
俺が後ろの席の脇を通り抜けようとしたとき、逍遥の後ろに席を取ってる聖人さんが左手を上げて俺に応答した。
離話で話そう、そういっているように見えた。
するとすぐに離話が来た。
「眠れないのか」
「まあね」
「ヘルシンキでの言葉か」
「それもあるけど」
「他にも?」
「何もかも中途半端だな、って思ってさ」
「何もかも?」
「こっちで上手くいかなくてもリアル世界に帰る家があって、それを心のどこかで最後の砦にしてるからハングリー精神も生まれない。結果、試合には勝てない。その繰り返し」
「なるほどな」
「俺はメンタルが強いんじゃなくて、周りが俺を支えてくれるだけ。他の選手より恵まれてる環境にあるだけ」
「それは違うんじゃないの。お前、自分が蝶よ花よでここまで来たと思ってないか」
「そう思ってる。事実そうでしょ」
「じゃあ、周りは蝶よ花よの人なんていない、とも思ってるだろ」
「うん。第3Gのときから俺って特別扱いだった。こんなに特別扱いされる人見たこと無いよ」
「確かに、周辺の人たちはお前を励ました、でもさ、魔法をこんだけの速さで習得したのはお前自身だよな。他の誰でもない、お前自身」
「まあ、魔法についてはそう思うけど」
「だからさ、面倒なこと考えないで、目の前のことだけ考えればいいんじゃねーかな」
「今なら的に当てることだけ、ってことでしょ」
「そう、逍遥も俺も何もなくて、目の前にある的だけ」
「それができないから難しいんだよねー。どうやったら的のことだけ考えられる?」
「逍遥じゃないけど、絶対に1位で折り返す」
「逍遥は世界的に見てもすごいもん。てか、魔法部隊所属の高校生って、反則でしょ」
「他にも自国の魔法部隊に所属してるやつたくさんいるぞ。逍遥は日本軍魔法部隊」
「そうなの?」
「そうだよ、お前すごく賢そうでいて、たまに思いっきりヌケてるよな」
人の前でヌケてると言うのもどうかとは思ったが、それより何より、各国の魔法部隊関係者がこの大会に出ているという事実が、俺の興味を引いた。
「聖人さんはそれが誰だかわかるの?」
「今のやつらは若いからわかんねーけど、俺が魔法部隊にいた時は高校にも所属してこういう大会に出てたやつがいたよ。今も変わらんはずだ」
「そか、聖人さん高校行かなかったんだっけ」
「その対価かは知らんけど、大佐さまよ」
「あの事件さえなければ、今頃大将殿モンだったね」
「そ、人間欲出すとダメな。俺も欲出した直後に引っ掛かったわ。なあ、海斗、考え過ぎても朝は来るし、何も考えなくても朝は来る。どうせなら良い方向に何か考えたほうがよくねー?」
聖人さんは、酔っているのか何なのか、いい加減な発言が増えてきた。
少しだけでも寝よ。
俺は酔っ払いをひとり置き去りにして、席に戻りぐるぐると毛布にくるまった。
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第2幕
30時間以上という長旅の中、飛行機はやっと目的地の空港に降り立った。
あー、やっとサンクトペテルブルクに着いた。
ロシア西部のこの都市は、モスクワとは直線で600キロ以上離れている。北海道から東京経由で九州手前まで離れてる勢いだ。
ロシア帝国の首都だった時期やソ連時代はレーニンにちなんでレニングラードと呼ばれたこともあるこの地。帝国時代より様々な建造物もあり、ロシアの観光名所としても有名だそうだ。
運河が縦横に流れるその街並みは「北のヴェネツィア」とも称されるほど美しいという。
世界遺産であり世界三大美術館のひとつとされる「エルミタージュ美術館」から始まり、玉ねぎの形をした屋根?とドーム型天井の「血の上の救世主教会」や世界遺産に指定されている聖堂もあるという。「聖イサアク大聖堂」、「カザン聖堂」、「トロイツキー大聖堂」この聖堂は、木造の教会建物として世界最大級を誇るんだそうだ。他にも、世界遺産に登録されている「ペテルゴフ(夏の宮殿)」など、様々な観光名所がある。
近年はモスクワから首都機能の一部が移転し、その役割を果たしているらしい。
歴史ある街並みと近代国家の象徴。
とても魅力ある街だと思う。
さて、俺たちは観光に来たわけではないので、ホテルへと直行する。
ロッテ系列のホテルが今度のお宿。
外に出るなというお達しはいつもの事。
しかし、この地の場合、危険とかそういうレベルよりもまず、寒い。今年は地球温暖化の煽りをうけていくらか気温が高いようだが、それでも、寒い。
ジョギングなんてしようものなら身体が凍ってしまいそうな(これは言い過ぎかもしれないけど)気がする。
10月のロシアなんてそんなもんだって?
俺は初めてのロシアだからわかんないんだよ。
とにかく、全員がホテルに入りチェックインを済ませる。
あとは休憩時間となった。
練習は明日から。公開練習は試合の前日に。そして本選へと繋がっていく。
サンクトペテルブルクに着くまでの便にも、亜里沙や明の姿は無い。あいつら、一緒にいるからとかうまいこと抜かしといて、全然いないじゃないか。
1人部屋にいると、頬っぺたがぷーっと膨らんでくる。
ふぐみたいに。
ふぐってなんでほっぺ膨らむんだっけ。
怒るから?
違うか、毒吐くから?
違う。
こういうとき、スマホあると助かるよなーなんて思ってみたりする。
リアル世界は情報国家だったんだと初めて知った俺。
ふぐに気付かされるのが、ちょっと情けないけど。
とーにーかーくー。
明日からの練習を前に、余計なことを考えないよう、俺は部屋の中でできるストレッチに励んで身体を解す。
総ては、明日から・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日から練習が始まった。
ロシアのこの練習場は、どこかの高校か大学なんだろうか、若い人がたくさんいる。
でも、日本のようにロリータ趣味の学生はおらず、みな大人っぽい。
練習そっちのけで、俺はまたそういういただけないことばかり考えていた。
俺の場合、聖人さんが逍遥に付いている間は1人なので、はっきり言って何をどうしていいものやら、まったくわからない。アメリカ大会のとき聖人さんに言われるままに何も考えなかったことも、今から考えると失敗だった。
ソフトでもあれば1人で練習できるんだけど、それすらどこにあるのかわからない。あるのかないのかさえわからない。
でも考えてても仕方ない。
またストレッチで身体を伸ばし、イメージトレーニングを行い時間を潰す作戦に入った俺。
でも、周りはちゃんと『デュークアーチェリー』を練習している。ソフト付きで。
いくら俺でも、焦らないと言えば嘘になる。
あーあ。
亜里沙や明が俺の練習を見ることができない事情は分かったけど、あいつらの顔が見えないと何となく不安になる。
聖人さんは相変わらず逍遥の練習につきっきりだし。
ま、亜里沙から1位奪還命令受けたからには、もう2位は獲れないわけだから練習にも熱が入るだろう。
俺のことを忘れても仕方のないことだ。
きょろきょろと辺りを見回しても、知っている選手はいなかった。
まずい、こりゃ本当に由々しき事態だ。
俺の動きがよほど不審だったのだろう、譲司とサトルが近づいて来た。この二人は、たぶん俺がここに1人でいる訳を知っている。
「もしよかったら、僕とサトルが練習を見てあげる」
「ほんと?」
「1人だと何をどうしたらいいのかわかんないみたいだったから」
サトルには俺が気の毒に見えたのだろう。少しだけ怒っている。
「逍遥は誰もサポートに就かなくたって優勝できるくらいの才能もあるし知力もあるよ。でも海斗は全部が初めてで、その中で結果を残せ、なんて単なるイジメじゃない」
「怒るなよ、サトル。エントリーを断らなかった時点で俺の負けなのさ」
「断るなんて僕でも無理。さ、愚痴はこのくらいにして練習始めようか」
サトルは、自分が矢を撃つとした場合の姿勢を見せてくれた。そして2,3発、的に当てる。
とても綺麗で無駄がない。そりゃそうだ。逍遥に続く魔法科2番手のサトルと、優秀な成績ながら思うところあって魔法技術科に入った譲司。
サトルは思ってないかな、なんで自分より才能のない俺が選ばれたのか、って。
俺はたぶん、そのことを考えて萎縮してしまったのだと思う。
「海斗、姿勢が悪いよ」
突然、離話でサトルの声が聞こえた。
「ここで他のことを考えちゃダメ。真ん前にある、あの的だけを見て、的だけを射抜くことを考えて」
「ごめん」
「さ、もう一度」
俺の姿勢をチェックしながら、譲司とサトルはあーでもないこーでもない、体幹が曲がっているのでは、とか腕のしなりが足りない、とか俺を操り人形のように扱っている。
生徒会の仕事を休みながら俺の練習に付き合ってくれる、俺のために一生懸命動いてくれる二人に、感謝以外の何物もない。
その夜、サトルたちとの食事を終えた俺が部屋に戻ろうとしたときだった。
後ろから来た沢渡元会長が俺を呼び止めた。
「八朔。今、ちょっといいか」
「はい、なんでしょうか」
「お前の専属サポーターとして、日本から呼び寄せようと思っているやつがいるのだが」
「沢渡会長、僕は今の練習方法で充分満足していますが」
「いや、栗花落と岩泉がな、生徒会のことを後回しにして昼間はお前の練習を見ているから、毎日徹夜で仕事をする気なのだ。さすがにそれはまずいということで、俺と光里、麻田で考えた」
俺は正直驚いた。
2人とも何も言わず俺に寄り添ってくれていたから。
ああ、そうだよな、生徒会の仕事はここでもたくさんあるはずだ。どうして俺はそこに気が付かなかったんだろう。
2人に悪いことをした、今晩から徹夜なのだろうか。
「お気遣いありがとうございます。それで、日本からは誰が?」
「魔法技術科の1年、大前数馬だ。身体検査はしてある。お前の邪魔をするような奴ではない。万が一そいつと合わないときはまた考えよう」
「何から何までありがとうございます」
大前数馬、聞いたことの無い名前。譲司に聞けば何か分るか。
俺は早速譲司の部屋に行きインターホンを鳴らす。
「おう、オレオレ」
「どうしたの?」
「沢渡元会長が君らの激務を見かねて日本から俺のサポーターを呼んでくれるって」
「誰?」
「大前数馬、知ってる?」
「うーん、知らない名前だなあ」
「目立たないか、よほど影の薄い人間なんだろうな」
「でなきゃ、転校生かも。僕たちずっと学校にいなかったでしょ。9月だって練習ベースにして授業日程組んでたし」
「うん、沢渡元会長たちには悪いけど、会って決めようと思う」
「そうしたらいいよ。僕やサトルのことは気にしないで、君が一番安心できる相手にサポートしてもらった方がいい」
「ありがとな、でも、君たちに迷惑かける訳にもいかないからさ。良い人であってほしいと願うよ」
俺は譲司と別れ自分の部屋に入った。
大前数馬、か。1年魔法技術科ではあまり目立った存在でもなかったらしい。それがどうして沢渡元会長や光里会長の目に留まったんだろう。
八雲のように取り入ったわけじゃないだろうな。
もうあんな奴だったら、一日でお役御免にして差し支えないよな。
少なくとも譲司+サトル以上。
聖人さんや亜里沙と明クラスまでのものは望まないけど、俺の神経質細胞が疼かないような人間でないと、俺は信用しない。
初対面は明日と聞く。もう、日本を発っているのだろう。
はてさて、一体どんな人間が現れるのやら。
はっきり言って、俺は大前数馬とやらに過剰な期待を寄せていなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日、朝の食事と午前の練習は譲司とサトルが付き合ってくれた。沢渡元会長から舞台裏の話を聞いていたので、だいぶ遠慮しながらの練習になってしまい、サトルのダメ出しは物凄い。
そうなんだよ、サトルがこの競技に出ていれば、もっと活躍できたはずなんだ。サトルはそんなこと思ってないかもしれないけど、サトルの席を奪った俺としては、何としてでもいい結果を残さなければサトルに合わせる顔が無い。
結局考えは堂々巡りで、人前で笑うことさえ苦しくなる。
そんな俺に気付いたのかどうかわからないが、沢渡元会長は練習の合間に俺を呼んだ。隣には見知らぬ男子が立っていた。当然、譲司もサトルもそこにいたのだが、俺が沢渡会長のもとへ走る直前、譲司はやはり知らない顔だと首を振った。
俺が行くと、沢渡元会長は機嫌よく俺を迎え入れた。
「八朔。こちらが昨日紹介した大前数馬だ」
相手は、まるでアイドルといった端整な顔立ちの中にも落ち着いた雰囲気を漂わせていて、同じ1年とは思えないほどの風格の持ち主だった。
はて、これくらい目立つ顔立ちなら、譲司が知らないわけがないんだが。
俺が値踏みしているように捉えたのだろうか、沢渡元会長が1回だけ咳払いをした。
「学年は1年だが、大前は紅薔薇を休学しながら、世界各地の魔法技術を日本の魔法技術に応用したデバイス作製や、古典魔法のルーツを調べるなど、魔法技術における世界では有名な人間だ。お前のサポートも必ずや満足のいくものとなってくれることを願っている」
俺は前に出て、挨拶するとともに握手のために右手を差し出した。
「八朔海斗です。俺なんかのためにわざわざお越しいただき光栄です。ぜひ、色々なことを教授いただき競技の中に生かしていければと思っています」
全日本のときの俺の挨拶に比べたらなんと進歩したことか。
最初なんて、名乗って、どうぞよろしくしか言えなかった。
それが今じゃ、腹の中に無い事さえすらすらと口から出てくる。
成長するって、こういうことなのかと可笑しくなった。
大前数馬も1歩前に出て、にこりと笑った。あ、めちゃくちゃアイドル顔。紅薔薇高校内に、いや、薔薇6や全日本レベルでファンクラブが出来てもおかしくない。
「大前数馬です、君のような才能あふれる若者のサポーターをするのが夢でした。これから、二人三脚で頑張って行きましょう」
大前数馬とやら、掴みはOKだな。
譲司もサトルも向こうで嬉しそうな顔をして、やがて去っていった。おい、その前に魔法技術の世界で本当に有名なのか教えてから行け、譲司。
俺の見立てがどう変わるかは、これからのこいつの指導による。
大前数馬の方を見ながら、俺はストレッチで身体を解していた。大前くんはまず、ストレッチで伸びきらない筋肉を見つけ、上から身体を押したり捻ったりしながらストレッチの手伝いをしてくれる。
肩甲骨のストレッチで代謝を高めながら全身を解すと言うのだが、行ったストレッチがこれまた気持ち良くて、マタタビの中にいる猫状態の俺。
「終わったよ」
大前に声を掛けられたとき、俺はうつ伏せに寝ながらよだれを少々垂らしていた。いや、何ともお恥ずかしい。
その後実地練習に出た俺たちは、まず10枚、試射してみる。的に当たったのは8枚、移動後の初試射にしてみれば、悪くない。
先程の肩甲骨ストレッチが効いているような気がした。
身体がじんわりと温まり、細かい神経細胞まで脳から運動命令が出ているように思える。
そのまま、20枚、30枚と連射するが、18枚、27枚という俺にしては珍しい命中率。普段なら、途中で何回も身体をフラットにして姿勢を安定させなければならなかったのに。
俺は自然と大前くんに感謝の念を抱いた。
「ありがとう、さっきの肩甲骨ストレッチが効いたみたい。俺のことは海斗でいいよ、大前くん」
「僕のことも数馬と呼んでくれ。試合前の肩甲骨ストレッチは秘策なんだよ」
「うん、肩甲骨は初めてだった。じんわりと身体中が温まって、すごく身体の調子がいいように感じる」
「それなら良かった」
実際、魔法力だけでサポートを見るとするならば、聖人さん、亜里沙や明はパーフェクトなサポート能力を発揮している。彼らはどちらかと言えば一流プレーヤー向けのサポーターだと思う。
だが、身体能力を上げていく、つまり魔法プラス身体のサポートを組み入れた場合、数馬が取り入れてる方法は他の誰よりも俺の身体の改造をしてくれるような気分になる。
魔法に頼り切った改造ではないので、俺のように発展途上人間でも素直に受け入れられるのが嬉しい。聖人さんたちに感じてた負い目が無くなるんだ。
それにしても、この爽快感。
禁止薬物をおそるおそる摂取したり禁止魔法を自分にかけて自己の能力をあげるよりも、正当な方法で身体の能力が上がるのだからこれに越したことはない。
明日の朝からも、肩甲骨ストレッチを朝早くから入念に行い、そのあと姿勢の確認をして試射するというメニューで行くことを決めた数馬。
俺はそれから、数馬と過ごす時間が増えた。
朝昼晩の食事でさえ、数馬と一緒に摂り、数馬の言う栄養が偏らない食事を摂る様心掛けた。もちろん、量は食べられなかったけど。
逍遥は常に聖人さんと一緒にいたし、サトルと譲司は生徒会関連でいつも一緒だったから、サトルが1人で寂しさを感じることもない。OH!オールハッピー。
その晩も、俺の部屋でしばらくマッサージをしてくれた数馬。明日は公開練習の日。
普段ならくすぐったくてリタイアしてしまうのだが、数馬のマッサージは特別で、俺の筋肉と要らない贅肉を分離していくような錯覚にも捉われる。
俺は第3G時代からの自分の過去を話し、数馬は聞き役に回った。あっという間に門限の10時を過ぎた。
「もうこんな時間か。おやすみ、数馬」
「おやすみ、海斗。明日は朝6時半に迎えにくるから」
そう言い残すと、数馬は自室に向かって歩いていった。歩き方もモデル並み。どうして魔法の世界に身を置こうと思ったのか分らないほどだ。
俺は一回背伸びをする、マッサージ後の身体はどこも凝り固まった部分が無く、このままシャワーを浴びて寝れば、すぐ寝入ることができそうだった。
そんな風に考えていると、インターホンが鳴った。
画像を見ると、こりゃまた珍しい。
逍遥だった。
俺は急いで部屋のドアを開けた。
逍遥はいつものように知らぬ間に部屋に入りベッドを占領するという感じではなく、俺の返事を待って応接椅子に座った。
なんか、どうみても遠慮がちだ。
そういえば、数馬がこちらに来てから、俺は逍遥とほとんど顔を合わせていなかった。
「どうしたの、逍遥」
「いや、この頃全然話す機会が無かったなと思って」
「お互い忙しいもんな」
「うん・・・どう、新しいサポーター」
「数馬?すごく良いよ、俺に合ってると思う」
「そうか」
やはり逍遥はどこか遠慮がちに見える。いつもの逍遥らしくない。聖人さんのことを今も引きずっているんだろうか。
俺は逍遥に、ひいては聖人さんにも心配をかけたくはない。かけるわけにはいかない。
「このところずっと思ってた。聖人さんや亜里沙たちは一流のパフォーマーをサポートしてこそ、その能力が発揮できるって言うか、神髄見せたり!って感じだよね」
「そんなことはないさ」
逍遥にしては控えめな返事。
おい、逍遥、どうした。聖人さんと喧嘩でもしたか。
「いや、別に聖人と喧嘩した訳じゃない」
相変わらず、読心術だとしか考えられない返事。俺はちょっと笑った。
「じゃあどうしたのさ」
「僕は君に魔法を還元するために紅薔薇に入った。全てを還元させるためには己の強さが必要だから、今聖人にサポートしてもらってるつもりだ。でもね、時々思うんだよ。僕の父のことを思いだし、聖人なら何でも言うことを聞いてくれる、って甘えが出てるんじゃないか、って」
「甘え?」
「そう、やはりどこかで僕は聖人に甘えてる、父の下で働いた聖人にね。聖人も心の中では知ってるんだ、君のサポートに就くべきだって」
「本来どうあるべきか、って大切かもしれないけど、亜里沙との約束を果たすのも大事じゃない?これからの4連戦、君は常に1位を取り続けなきゃいけないだろう?」
「それなら聖人なしでもできる自信はある」
「聖人さんの心配はそこにあるんだ、逍遥。自信を持つことはいいけど、自信が暴走したら大変なことになる。これは団体戦じゃなく個人戦なんだから」
「聖人なしでも、ぶっちぎりのトップで折り返す自信はあるんだけどなあ」
逍遥は、俺が何を言っても聞きやしねえ。
「大丈夫、今のサポーターは俺の心身改造から入ってくれてる。俺の昔話とか色々聞いてくれてさ、まるでカウンセラーみたいなんだ。ロシア大会では一定の結果を残せると思うよ」
「僕も聖人も心の中ではかなり心配してるんだけど」
「大丈夫だから。俺の心配は要らない」
「わかった、明日の公開練習を見させてもらうよ。晩くに悪かった。おやすみ」
「逍遥も、おやすみ。腹出して寝るなよ」
逍遥の顔に笑みが漏れることはなく、終始ぎこちない表情だった。
俺は少々心配になったが、俺に出来ることは何もない。出来るとすれば、明日の公開練習で自分の力を解放することだけだ。
力の開放とは、数馬が言っていたフレーズ。
これこそが言霊ではないかと、俺は感じてる。
逍遥が部屋に帰ってから、身体が少し硬くなったように感じ、俺はシャワーを浴びてからストレッチでじんわりと身体を温めた。
よし、これで大丈夫。
寝よう。
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第3幕
翌日の朝、俺は見事に寝坊してしまった。
インターホンで数馬が姿を見せたので時計を確認すると、見事に朝の6時半を回っていた。
「まだ寝てた?」
「ごめん、今着替えるから少し待って」
ドアを開けて数馬を迎え入れ、急いで制服に着替える俺。
着替えは3分と掛からない。
「お待たせ」
振り向いた数馬は優しく微笑む。
ああ、アイドルがここにいる。
俺はアイドルを独り占めしたような高揚感に包まれる。
いや、ことわっておくが、俺は女子より男子が好きなわけではない。南園さんを初めとして、概ね女子は好きだ。微妙なラインにいるのは亜里沙くらいだ。あいつは女子とは違う何かを持ってる。
俺の周囲には美形が犇く。
なぜか知らないが、周りに集まってくるんだ。
サトルは文句なくカッコいい。
明も美形だが、明の場合は何て言ったらいいんだろう、お兄さん的な顔の良さだけど後光が差してる感じで近寄りがたいのもまた真実。
聖人さんは決して顔が悪いわけじゃなくて、表情美形といった感じ。さらさらの髪と相俟って、ステキなお兄さんといった風貌。
でもそのお蔭で、誰と歩いてても一緒にいて引き立て役になるのは目に見えている。明でさえ女子の皆がハートを持ってかれてた。数馬といたら、その比ではないだろう。
まったく。
逍遥くらいかな、指さしてハートマークが飛び交わないのは。こういったら逍遥に怒られそうだけど。
数馬はスケジュール帳を見て指で追い、スケジュールを確認しながら俺と話してる。
「急ぐ必要もないよ、今日は午前10時から公開練習前の練習で、午後2時から公開練習だから」
「食事とかストレッチとかマッサージ考えたらタイトなスケジュールにならない?」
「今から下に降りて食事を摂って、少しだけ肩甲骨のストレッチしてから会場入りしよう。ちょうどいいくらいの時間に会場入りできる」
「了解、数馬」
数馬の全身マッサージや肩甲骨ストレッチをするようになってから、俺の『デュークアーチェリー』の命中率は飛躍的に伸びていた。常に30枚は命中、調子がいいと40枚を超えた。
数馬の言った「力の解放」が俺の中で言霊になっているに違いない。
俺がネガティブになった時でも、いつも優しく俺をサポートしてくれる数馬には心から感謝の気持ちしかない。
その日は午後から公開練習で、30名ほどのプレーヤーが午前中から練習していた。
午前中の練習は人数を区切って10人ずつ的に向かう。練習時間は20分。
俺は早めに会場入りしなかったので、真ん中のグループに割り振られた。
1枚目の的が現れた。
姿勢を確認し、足を開く。心持ち、広めに。
左腕にも気を注入しながら右腕を頭上の高さに一度上げてゆっくりと振り下ろす。直角になったところで心持ち右腕を上げ気味にする。
スタンバイ、完了。
少しだけ右人さし指に力を入れて、50m先の的を狙う。
ドンッ!
命中。
命中するごとに出てくる的を次々と撃破する。
20枚中19枚命中。
周囲からは、何とも言い難い溜息が漏れてくるのがわかる。圧倒されて、という感嘆の溜息なのではないかと他者を分析している俺。
調子が上向いているのが自分でも認識できた。身体が軽く感じられる分、姿勢が悪くならないで済んでいるのだと思う。
前にも言ったと思うが、数馬のサポート力は一流のプレーヤーでない俺にとても合っている。数馬は椅子に座っている俺と話す時必ず膝をついて、俺の目線で話しかけてくれるんだ。
アスリートファースト。
まあ、俺たちはアスリートとは違うけど。
グラウンド内の軽食コーナーでうどんを食べた俺。ロシアに来てうどんとはこれいかに。ここでもボランティアの日本人学生がいた。聞けば、薔薇大学の魔法技術学部を休学しここにいるという。この時期に合わせて世界各地に留学する学生は多いらしい。
その学生は、数馬のことを忘れていなかったようで、数馬にも声を掛けてくれた。
やはり大学生とかそういうレベルの人たちの間では有名なんだ、と俺は思ったのだが、当人の数馬は、そういった人たちと交流を持つでなく、外に出るといつも俺の陰に隠れるというか、極力目立たないように生活していた。
俺は、数馬が人見知りなのだとばかり思っていた。
俺たちが軽食コーナーを出て練習場に向かおうとしていたところに、逍遥と聖人さんが現れた。軽食を摂ろうとしていたらしい。俺が数馬を紹介しようと思ったら、生徒会に行く用があると言って逍遥たちに挨拶もしないで駆け出していった。
2人に紹介できないのは惜しかったが、そのうち紹介できるだろう。
聖人さんが、俺の練習風景を見る限り、サポーターとしての数馬の力量は大したものだと褒めていた。
俺は言霊を思い出した。
「聖人さん、俺と数馬は「力の解放」を言霊にして戦って行きたいと思うんだ」
「力の解放?」
聖人は直後に眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をする。
それからは黙って何も話さない聖人さんを見て俺は不思議に思った、なぜ言霊を聞いて眉間にしわが寄るんだろう。
聖人さんはちょっと怖い顔をしているので、ストレートに疑問をぶつけてみた。
「どうしたの、さっきから怖い顔してる」
はっと気づいたような素振りで、聖人さんはサラサラヘアをかき上げる。
「そんなことはないさ、前から何度も言ってるけど、健康には十分気をつけろ。大前だったか。どんなに信用していても、あいつから差し出されてもドリンクやサプリ類は飲むなよ」
「はい、解ってます」
聖人さんはいつでも俺を心配してくれる。
同じくらい、いや、それ以上に逍遥のことは心配かもしれないけど。
数馬が俺のサポートをしてくれるようになってから、逍遥を巡る亜里沙と聖人さんの攻防は鳴りを顰めた。
俺自身、聖人さんに固執する部分も今はもうない。亜里沙と明がいなくても、活力に満ち溢れてるように思うし、数馬という一個人を、俺はすごく尊敬していた。
午後の公開練習が始まった。
練習の順番は、第2グループの2番目。
いい位置に付けた。
第1グループだと準備の時間が無いし、第3グループ以降だと待ち時間が長くて飽きてしまう。これが本番なら順番は遅い方がいいのだが。
この練習をもって、実戦形式のリハーサルは終わる。
あとは明日の本選だけだ。
公開練習、俺の番がやってきた。
数馬が優しく背中を押してくれる。
場所を移動し、俺は的の真ん前に立った。
姿勢を整えて的が出てくるのを待つ。
最初の的が出てきた。
ドン!!
矢はど真ん中に突き刺さった。
ドン!!ドン!!
俺はテンポよく矢を放っていく。そのたびに矢は真ん中を貫いていく。
今日の公開練習はアメリカ大会のそれと違って38枚と大きく他の選手を引き離し、俺は圧倒的な演武を披露した。
数馬が俺の公開練習中、大会事務局に足を運び競技順を決めるくじを引き、持ってきた。
中はまだ開いてないということで、アリーナの隅に移動した俺たちは互いに身体を寄せつつ、他の人からは見えないようにくじ用紙を開く。
「やったね」
「よし」
くじの番号は25番。
俺にとってはイメージの良い数字だ。
前回のアメリカ大会も25番で、俺としてはまともなパフォーマンスを披露できたから。イメージも良ければ相性もいいように思う。
さ、今回はNo1を目指して頑張ろう。
と、俺の頭を上からゴン!と叩く不届き者がいた。
俺は思わす声を上げ、上を見た。
「いでっ、誰だよ!」
亜里沙と明が俺たちを取り囲むように下目遣いで立っている。
「何見てたの」
俺はほっとしたのが本音。ここで嵐のような展開は御免被る。
「ビックリしたあ、お前たちかよ」
「あら、ご挨拶ね。その紙、なに?」
「ロシア大会の競技順」
「何番?」
「25番」
「そう」
「それだけかよ、普通“がんばってね”くらい言うだろ」
「ベンチには入るから」
「そういう問題じゃないだろ」
亜里沙が落ち着き払った態度で数馬を指さす。
「こちらのイケメンはどなた?」
数馬を紹介していないことに気が付いた俺。数馬、ごめん。
「こちらは俺のサポーターになってくれた大前数馬。数馬、こっちが山桜亜里沙と、隣が長谷部明。俺の幼馴染だ」
「初めてお目にかかります。大前数馬です。まだまだ未熟ですが、精一杯務めさせていただきます」
亜里沙はにっこり笑って数馬に握手を求めた。
「お噂はかねがね。どうか、海斗をよろしくね」
そうか、俺のためにまた今日もシフトを変えてくれたんだ。
でも、数馬のサポートを是非見て欲しい。
ところが数馬は、朝のマッサージだけでベンチには入らないと言う。
「なんで数馬は入らないの」
「山桜さんと長谷部さんの前で、僕如きが君に策戦を授けるなんて烏滸がましいから」
「あいつらは確かに俺のパフォーマンスに対するお守りのようなもんだけど、俺のサポーターは数馬だよ。数馬とうまくやってるの見せなかったら、亜里沙も明も心配するよ」
「そうかな」
俺の説得に、ようやく納得してくれた数馬は、ベンチ入りを承諾してくれた。
亜里沙と明はアメリカ大会同様ベンチに入ってくれる。
もう、怖いものは無い。
いや、違う。もし明日へぐったら、亜里沙が怖い。
とはいいつつも、俺は最強のサポーターを有して大会に臨むことになる。
今日の良いイメージを、明日まで持っていって、上位を狙う。
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第4幕
公開練習を終えた俺は、いつものように数馬と食事を摂ろうと思っていたが、せっかく亜里沙と明が着たのだから、2人にも食事に同席するよう勧めてみた。
だが生徒会にて報告を受けるといって、亜里沙たちは瞬く間に姿を消した。
「つまんねーの、せっかく会うのに」
俺のボヤキに、数馬は恐縮したような素振りを見せて手を思い切り振った。
「山桜さんと長谷部さんの前では何も食べられないよ。緊張しちゃって」
「あいつら、偉いんだっけ」
「そりゃもう。一介の高校生が近づける人たちじゃない」
「ああ、そういえば・・・」
俺は亜里沙が逍遥に暴力を振るった場面を思い返していた。
亜里沙、暴力で事は解決しないんだ。
なんであのとき逍遥に暴力をふるったか、俺には分らない。暴力絶対反対主義者の俺には、永遠に分らないと思う。
でも、亜里沙には亜里沙のけじめってものがあったんだろう。それだけは理解できるような気がした。
亜里沙たちが消えたので、俺はいつもどおり数馬と食事を共にする。
食堂に入り、2人で主食から始まり、副食、サラダ、ジュースと選んでいく。
俺は少し食が細いので、数馬がメニューを考えてくれて、ちょっとずつ量を増やすように工夫している所だ。
数馬は上から目線でもなく、かといって媚びるような態度でもなく、俺を一般人、ただの男子として扱ってくれる。
俺の喜び、悲しみを自分のことのように思ってくれる。
それが他のサポーターとの一番の違い。
競技で上位に入ることを目的とする以前に、俺が人間的に成長できるように助けてくれる。
ん?それは前にも聞いたって?
何回でも自慢したくなるんだよ、数馬のことを。
こんな欠点らしい欠点を持たない人間には初めて会ったから、俺は途轍もなく嬉しくて、皆に知らせたくなる。
聖人さんも欠点ないけど、もう大人だし。
譲司やサトルも出来た人間だけど、数馬と比較すると凡人に思えてしまうから不思議だ。
ごめん、譲司、サトル。決して君らに欠点があるわけでもなく、数馬が俺に合っているだけなんだと思う。
でも、数馬のサポートがどれだけ俺の人間性及び競技人生に明るい光をくれたのかは、俺が明日の本選で良い成績を残さなければ皆に伝わらない。
アメリカ大会では亜里沙と明がベンチにいてくれて35枚という数字を叩き出したが、今回はどうか。
今回は40枚が分岐点となる、と数馬は言った。
アメリカ大会は今季の初戦ということで、実力があっても、緊張した挙句目標枚数に届かなかった人間もいたはずだ。
それを考慮に入れれば、アメリカ大会の結果は一概に信用できるものではなく、このロシア大会の結果がGPFに絡んでくるだろう。
そう俺に告げて目標設定を掲げたのは数馬だ。食事を終え一旦は立ち上がったのだが、俺はちょっと心配気味で食堂の椅子にまた座った。
「5枚も目標上げて大丈夫かな」
するといつものように、数馬は膝を折って俺の目線まで下がり俺の目を見つめた。
「大丈夫、君ならできるさ。明日も思い切り力を解放しよう」
段々やる気が増してくる俺。
周囲を見渡すと、いつの間にか遠くに亜里沙と明が立っていた。俺を励ましにきたのか、単に食事に来たのかは分らなかったが、数馬の言葉と態度だけで大丈夫と思ったのだろう、何も言わず微笑んでいる。
俺は椅子から立ち上がり、食器を片づけるためにトレイを持った。近づいてきた亜里沙たちに一言告げた。
「じゃ、お先に。亜里沙、明。明日もベンチに入ってくれよ」
そういうと、明が求めてくるハイタッチに応じながら、俺は数馬の腕を引っ張って食堂を出た。
部屋に戻る途中、ロシアのアレクセイとサーシャに出会った。アメリカ大会では堂々の1位発進を決めたアレクセイ。毅然とした態度で俺たちに英語で挨拶してきた。
「やあ、カイト。明日の本選、楽しみにしてるよ、お互い頑張ろう」
数馬は方々を旅した人間なので、英語は話せるはずだったが何も語ろうとはしなかった。
「こちらこそ、お互い頑張ろう」
俺はにこやかに微笑みつつも、英語は聞くだけしかできない。仕方ないので今回も日本語で返事をした。不思議な会話風景がここにある。
アレクセイたちと別れてから、数馬の真正面に回り、聞いた。
「数馬、何か国くらい回ったの」
「10ヵ国ではきかないくらい」
「英語は覚えなかったの」
「あ、ああ、スペイン語中心に覚えたから」
「すげー、スペイン語とか」
「南米に行くときはスペイン・ポルトガル語が便利だね」
「俺なんて日本語オンリー」
「海斗だって修業に出ればすぐに覚えるよ」
思い出した。
俺の母は英語の教師なのに英会話は教えてくれなかった。けど、テストの点数が悪いと必ずキーキー叫んでた。お蔭様で、テストの点数だけは悪くなかったよ。
でもキーキー叫ぶくらいなら、ホームステイとか、何でもやりようがあったと思うのだが。
やはり俺の両親は子どもファーストでは無かったんだな。
俺がリアル世界のことを考えている時は、何か顔つきが変わるらしい。
「また、ご両親のこと考えてたの?」
数馬の質問にちょっと驚き、聞き直す。
「どうしてわかった?」
「海斗は向こうの世界を考える時、いつも決まって気難しい顔になるから。今はそれより、明日の策戦を練ろうよ。君の部屋でマッサージがてら」
「ありがとう、数馬のマッサージは天にも昇る勢いなんだよね」
「そのまま昇天しないでくれよ」
あはは、と笑って、俺たちは数馬の部屋に向かった。
俺の部屋でうつ伏せになり、肩甲骨を中心に肩周りや腰など、要所要所をマッサージしてもらいながら解していく。
少し炎症気味の場合はマッサージをしないで冷やしたり、足湯に浸かって身体全体が温まるように工夫したり。
雑談ともいえるような会話でプレーヤーを深く知る。その中で、現在の状況を見極め今後の目標を立てていくのが俺たちのやり方だ。
マッサージしてもらいながら、明日の策戦について再確認する。
数馬は2戦目で参加者の身体が慣れてくるので、40枚という、ちょっと高い目標を設定したい、このマッサージが終わったら、生徒会役員部屋に行って策戦を申し出てくるという。
それに対し俺は、ロシアは気候が寒い地方にあり、どんなに調整しても身体が思ったように動かないはずで、フランス以降は気候がロシアに比べれば温暖であることから、次回のフランス大会以降、調整を行いながら目標を40枚以上にした方がいいのではないかと思い、そう数馬に伝えた。
そう、今回だけは身体に負荷をかけないよう35枚、というのが俺自身の戦略だ。
俺も数馬も相手の案を頭ごなしに否定するわけではないのだが、数馬は、参加している他の選手に置いていかれる可能性もあるという、俺にとっては、ある意味情けない現状が暴露された。そうなんだよ、35枚は楽だけど、他の選手が40枚平均なら、俺はGPFレースから脱落することになる。
数馬は、ここが正念場で、次からはこれまでに比べずっと身体が楽になる分、ここ、ロシア大会から目標枚数を上げていこうという。
しかし、俺にはその自信がなかった。
平行線を辿るかにみえた俺たちの目標枚数だが、間の38枚を取ることで直ぐに一致した。俺たちは互いに自己を譲らず自分が主導権を握りたい自分ファーストタイプでもない。ああ、数馬と組んで良かった・・・。
全日本前の練習の時、3年の先輩方の誰かに聞いたことがある。
「自分の意見を押しとおそうとするサポーターはやめておけ」と。
そりゃそうだ。全部こちらの言いなりでも困るが、試合をするのはプレーヤーだ。プレーヤーに対するリスペクトも無しに策戦を立てられても、その通りに動けないことはままあるものだ。
数馬は絶対にそういうことはしない。芯が強いのは目を見ればわかるのだが、まずもって、プレーヤーに対するリスペクトが先にあって、それから理論武装した策戦を提案してくれる。
聖人さんも同じだが、あの人は口が悪い分損してるかもしれない。理論武装も得意じゃなさそう。プレーヤーが逍遥だからそう見えるだけかもしれないが。
そういえば、聖人さんも逍遥もどうしてるかな。
昨日の公開練習、俺は自分が終わってからすぐホテルに戻ったので逍遥の様子を見ないでしまった。
亜里沙との約束、絶対に果たしてくれよな、逍遥。君ならできるさ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・◇
翌朝、ちょうど朝6時。
俺はちょいと早起きした。俺のストレッチ&数馬のマッサージの時間が朝6時半なのでそれに合わせて。
昨夜は公開練習で疲れたのか夜10時半には眠ってしまったようだ。数馬は部屋からいなくなっていたが鍵だけは自分でかけたらしい。
数馬との約束時間まで30分あるのだが、もうこれ以上ベッドに戻って寝てはいけないというシグナルが頭の中で鳴っている。寝たら起きられないに決まってる。
この頃はストレッチについてもマッサージについても、全て数馬に任せる方式を採っていた。最初の頃は俺なりにストレッチをしながら数馬に手助けをお願いしたものだが、数馬から言われたところを伸ばすと気持ちも良いし試合でもテンポよく動くことができる。
アメリカ大会の時は亜里沙と明がベンチに入ってくれてずっと俺の手を握っていてくれた。もちろん今日も亜里沙と明には念地に入っててほしいが、数馬がいないことにはちょっと心配になる。
それほど、俺の中で大前数馬という人間への信頼度はぐんぐんと上がっていたのだった。
今日の試合に向けて、数馬からの注意事項はほとんどなかった。
亜里沙と明が俺の部屋に来て、俺たちは4人で競技場までタクシーを使って移動した。
「今日の策戦はどうなってるの」
亜里沙が車内で助手席に乗った俺に問う。
「一応38枚目標に行こうかなと」
「大丈夫?身体」
「身体は大丈夫。40枚目標だとビビるような気がして」
「あんた昔からビビリだもんねえ」
明は隣に座った数馬に話しかけていた。
「海斗の調子はどう?」
「身体も何もかも好調です」
「目標設定、低くない?」
「はい、一般的には40枚程度まで上げた方が今後の策戦が立て易いのですが、40を物差しにしてしまうと万が一の時、せっかく良いイメージできているところに悪いイメージが重なってしまいますので目標を下げました」
「そう、じゃ海斗は38以上を目標にしていくんだよ」
俺は後部座席に向かって手を振りながら答える。
「へーい。りょーかーい」
その時の数馬の顔は引き攣っていたらしい。
あの山桜さんと長谷部さんに対して不作法な人間がこの世にいるなんて・・・ということのようだ。
そうだな、確かに無作法と言われても仕方のない行動だった。
数馬の心臓に悪いことは、金輪際しないよ。
許してくれ。
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第5幕
アリーナに入った俺たちは、他の人間が実際に的へ矢を射る練習をしているのを尻目に、とにかく身体を伸ばし柔らかくすることに注視した。
俺の場合、回数を重ねて練習し過ぎると猫背になり逆効果になる。
効果的な方法として、身体を伸ばし体温を上げることで命中率を上げる、それに終始していた。
「じゃ、あたしたちは一度生徒会の連中のとこに行ってくる」
「そうだね。順番近くなったらまた来るから」
亜里沙と明は生徒会役員のいる応援席に行ってしまった。
数馬にとっては緊張が解けたらしく、亜里沙たちがいなくなると口数が増えた。
「あー、緊張した」
「そうか?怖いけど、踏んではいけない地雷さえ踏まなきゃ大丈夫だよ。あとは、酒飲んでるときは絶対に怒らない」
「地雷ってなに?」
「三白眼になって口がへの字型になったら終わり」
「じゃ、そこまでならOKだと」
「伊達に12年間幼馴染やってないから」
「そうか、向こうの世界では幼馴染だったんだね。頼りになる幼馴染だったろ」
「そうでもないな。あいつら、リアル世界じゃ猫被ってたらしくてさ」
「リアル世界?」
「向こうの世界の事」
「なるほど、君にとってリアルなのは向こうなんだ」
「15年も暮らしたから、もう向こうのがリアルだろ?俺自身、ここにこうしていることが不思議だけど、ここで暮すことが定めなんだとしたら、この大会も気を抜いちゃいけないんだよな」
「そう、その意気で」
「ありがとう、数馬」
前回のサンフランシスコよりも全体的に緊張の度合いは弱かったように感じるが、それでもポカミスで的に命中しない人は何人かいた。緊張の糸は緩んでもいけないし、張りすぎてもミスに繋がるんだ。
なかなか厄介だが、平常心というやつが一番大事というやつか。
前回アメリカ大会は25番までかなり時間があったように思ったが、今日はあっという間に20番まで終わってしまった。
ここまでの1位はロシアのアレクセイ。45枚命中。
2位はスペインのホセ。43枚。
3位はドイツのアーデルベルト。ホセと同じ43枚。
40枚命中させても4位以下。こりゃ、かなり分が悪い。
それでも40に近づけるよう頑張らないと。
明だけが応援席からベンチに戻ってきた。試合開始ギリギリになって、亜里沙がベンチに顔を見せる。
2人とも言葉にはしないが、俺の手をぎゅっと握って送り出してくれた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
俺のロシア大会『デュークアーチェリー』が始まった。
身体の方はとても調子がよく、左腕の張りもないし、右腕はそのままでもほとんど疲れない。胸を張っていられることから猫背になってるようでもないし、自分で言うのもなんだが、綺麗な姿勢で撃ってると思う。
おまけに俺の得意技の3D記憶(イメージ記憶を頭の中に3D映像として蓄える)を作動させればより命中率が上がるはずだ。
今回も、名前を呼ばれてから位置につき、足幅を決め、拳骨をつくったまま右腕を大きく上に上げてから徐々に下げて定位置で止め、手のひらを上に向けて人さし指と親指を伸ばす。この一連の動きだって、数馬と練習するようになってからもイメージ記憶に蓄えてきた俺のやり方だ。
そのやり方で、的に照準を合わせテンポよく撃っていく。
今回はアメリカ大会にも増してイメージがはっきりと手にも伝わっている。
俺が思っていたよりも命中する枚数が増えてきたような気がした。
もしかしたら、40いくかも!
そう思った瞬間、1枚外した。
ああ、努力なしに命中は有り得ないってことか。一気に何十枚も命中するわけじゃない。1枚1枚、丁寧に行かなければ。
もう一度右腕を上にあげてから真っ直ぐにおろし、拳1個分手のひらだけ上げる。
そして、もう1枚、もう1枚と丁寧な魔法を心掛けた。
30分の時間制限の中、最終的に、40枚命中。
数馬の目標とした数字まで届いたことで、俺は小さくガッツポーズを決めた。
だが、敵は手強い。
26番目に現れたイギリスのアンドリューが、とても綺麗な姿勢から力強いショットを見せるその技で41枚命中させて、俺は5位に陥落。
そのまま試合は終了し、ロシア大会の俺の成績は5位に終わった。
数馬の言うことを聞いておけば良かったと反省する俺。
「数馬、ごめん。数馬の言うとおり40枚を目標にしてればもう少しいけたかもしれない」
「もう気にしないで。この大会がキーポイントになるから、あとは精度をあげていくだけさ」
亜里沙と明も満足そうな表情で俺を迎えた。その割に、いうことはキツイ。
「目標を上げて臨むべきだったかもね」
亜里沙、お前いつでも容赦ない言葉で攻めてくるな。
明、お前はそんなこと言わないよな。
「でも、自分で決めた目標をクリアした意味は大きいよ」
よかった、明。
優しくなったよ、お前。
俺はあの小学5年の遠足を今でも覚えてるよ。てか、絶対忘れない。
もうロシアでの試合が無くなった俺と数馬は、紅薔薇高が出る他の試合を応援するために亜里沙や明と別れた。亜里沙たちは生徒会連中と再度合流するという。
俺は逍遥がどんな試合運びを見せるのか、それがとても気になった。亜里沙から言われた「残り全部1位」という途方もない要求。逍遥なら超えて見せるさ、と思いつつも万が一を考えると怖かった。
万が一、1位を逃したら逍遥はどうなるのか、魔法部隊に戻されてしまうのか。
こちらに来て最初にできた友人で、冷静な判断力や時に冷徹なまでの行動力を併せ持ちながらも根は温かいやつ。常にクールに見せる反面、ほんとにたまーにやらかすドジっぷりが笑いを誘うやつ。
俺は、逍遥とできる限り長い時間を過ごしていきたいと思っているし、逍遥もそう思ってくれていれば嬉しい。
逍遥の試合は午後からで、それまで光里会長の『バルトガンショット』を見に行くため、一旦グラウンドへ足を向ける。
光里会長はもう演武を終えていた。
100個撃つのに要した時間は9分台後半。
暫定2位。
暫定首位は、オランダの選手で100個撃つのに要した時間は8分台後半。
光里会長の強みは、マルチな才能をどの競技にでも活かせる点にある。
今回だって、本来は『プレースリジット』に出場するはずで、練習環境は限られてたはずだ。『バルトガンショット』の練習をしているのは見たことがないし、サブの種目としても考えてはいなかっただろう。
でも、急な出来事があり『バルトガンショット』をほとんどぶっつけ本番でやってのける高い運動能力と冷静な判断力。これこそが、光里会長の心身を構成する要素になっている。
あと1人で、出場者が全員演武を終える『バルトガンショット』。
俺は、手に汗しながら内心で「二桁台に乗れ!」と祈る。そうすれば、ロシア大会2位確定になる。
俺の祈りが通じたのかは知らないが、最後の選手は上限100個11分前半という数字でフェードアウトした。
やった、光里会長、ロシア大会2位確定。
俺の種目もそうだが、やはり欧州勢が軒並み記録を伸ばしているようだ。光里会長だから2位に踏ん張ることができるのだろう。
あとの種目は、逍遥の『エリミネイトオーラ』も午後だし南園さんの『スモールバドル』も午後で、沢渡元会長の『プレースリジット』も午後だ。
いずれ俺と数馬は応援だけなので、昼食を食べに競技場内の軽食コーナーに行くことにした。
『エリミネイトオーラ』の応援用にドリンクを買い求め、軽食コーナーでサンドイッチを頬張り時間をつぶす。
「光里会長、すごかった。9分台後半だって。俺なんて練習しても12分台しか出ない」
肩を竦めながら俺が愚痴とも取れるような発言をすると、数馬はにこにこしながら首を振る。
「一度見て見ないと何ともいえないけど、君の実力なら10分台くらいに乗せられるんじゃないかな」
「動体視力は良い方なんだけど今一つなんだよね。聖人さんには、動体視力から脳に伝わってそこから手に伝わるタイミングがずれてるんじゃないか、っていわれた」
「へえ、聖人が・・・」
押し黙った数馬を見ると、なぜか宙を見ているその眼はギラギラとしていて、炎が宿っているように感じられた。
聖人さんはかなり優秀なサポーターだけど、数馬もしかしたら張り合ってんのかな。
どっちが上とか、俺には何とも言えない。
パフォーマーが優秀であればあるほど聖人さんに軍配が上がるような気がするし、数馬は全方位に対応できるサポーターだ。
何も自分と比べることないのに。
「数馬、もう行こうか」
数馬は何も答えない。どうしたんだろう。
「数馬、数馬ったらどうしたんだよ、グラウンドに行こう」
数馬は数秒間、目を開けたまま身動き一つしなかった。
寝てる?
いや、違う。
もしかしたら、てんかんの症状?
俺は数馬の肩を掴んで揺さぶった。
「おい、大丈夫か?数馬!」
「え?あ、どうかした?」
「君、固まってたよ。大丈夫?」
「ん、大丈夫だよ」
「気分とか悪くない?」
「ホントに大丈夫だから。『エリミネイトオーラ』の応援に行くんでしょ、良い席取らないと」
「大丈夫ならいいんだけど、なんか心配だな」
「僕のことなら心配いらないよ、行こう」
俺は数馬に背中を押されるようにしながらグラウンドの応援席へと向かう。
数馬、ホントに大丈夫なのか?
今日は晴れていて、気温の割には温かく感じられる。熱中症になるほどの暑さじゃないからいいけど、数馬に倒れられたら、俺、どうしていいかわかんない。
そうこうしているうちに、逍遥の『エリミネイトオーラ』が始まった。
ついつい興味はそちらに移ってしまい、数馬の体調を心配していた俺はどこかへ吹き飛んでしまった。
俺は応援席を隅々まで眺めた。一番後ろに亜里沙と明が陣取っているのが見える。やっぱり、試合見に来てたんだ。
逍遥は出だしから攻勢をかけ、2丁のショットガンを有効に使い次々とオーラを消し去っては地上へと降り立つ。そしてまた、勢いをつけて上空に昇り敵のオーラを消し去っていく。
心配された背後だが、今日の逍遥は違っていた。聖人さんと一騎打ちしたときとは異なる動きで、真後ろに立った敵の背後に素早く回り返すという素晴らしいプレーで観客の度肝を抜いた。
結果、全ての敵選手はオーラを消去され地上に降り立ち、最後まで残ったのは逍遥だった。
やった。逍遥1位。見事に亜里沙との約束を果たした。
南園さんは今回は3位。
準決勝で当たったロシアの選手が1位になったとかで、すごく悔しそうにしていた。南園さんの悔しそうな表情を初めて見たような気がする。紅薔薇に来てからほとんど記憶にない。
次のフランス大会に向けて、気を引き締め直すという短いコメントだけがプレスに出された。
俺、何もプレスに出してない。生徒会からも指示は出てなかった。
つーか、俺の場合はプレスが寄ってこない。逍遥は早速プレスの連中が周りを取り囲んでいた。
俺はさして重要な生徒ではないということか。ま、ホントの事だからしかたない。今回も5位だし。
最後まで結果の出なかった『プレースリジット』も今しがた結果が出たところだ。
今回も圧倒的な要素で1位を決めた沢渡元会長。見ていてヒヤヒヤすることがない。
これこそが、真の勝者なのかもしれないと、数馬と話し合っていたところだ。
沢渡元会長はやっとプレスの連中から解き放たれたと言って俺と数馬の前に姿を見せた。
「沢渡会長、1位おめでとうございます」
俺と数馬がハモって仲良く挨拶したのを見て、機嫌を良くしたかに見えた。
数馬を紹介してくれたのは沢渡元会長だったから。
GPS-GPF編 第9章 ロシア大会 第6幕
次の舞台はフランス、パリ。
サンクトペテルブルクの空港から約3時間半。
こちらからパリに向けては、一番遅いフライトでも午後3時半ということで、今日中に移動するのではなくもう1泊して明日の午前の便でパリ入りすることになった。
夜は恒例のプチ立食パーティー。
今回はホテルの宴会場を借り上げ、日本国のみで祝杯を挙げる。
俺は相も変わらず壁際にいる。
今までと違ったのは、数馬も一緒に壁際にいてくれたこと。
今まで休学していた分、知り合いはほとんどいないのだという。何年休学していたんだろう。数馬は俺の昔話はとことん聞いてくれるのだが、自分のことはといえば、そんなに話さない。俺も別に聞きたがりではないので、俺たちの会話は、もっぱら俺のリアル世界のことや競技に関すること、魔法そのものに関する意見だったり情報交換だったりする。
数馬の性格は掴みづらい。
優しくてアイドル顔で、それでいて落ち着いている。
俺等と同じような年齢なら、まだまだ子供っぽさが抜けないのが普通だと思うんだが、数馬はいやに落ち着き払っているし、どちらかと言えば、その落着き具合はサトルをもっと大人にしたような感じだ。
でも、サトルはビビリだけど数馬はビビリというわけではないらしい。
頼もしき友よ、俺に会わせてくれた皆に感謝申しげたい!!
と。
俺たちが立っているテーブルに、逍遥と聖人さんが2人一緒に近づいてきた。
数馬は逃げの体勢に入っている。そんなに2人が苦手なのか?
聖人さんが、逃げようとする数馬の襟首を持って掴まえる。
「おいおい、逃げるこたぁないだろう」
アルコール漬けの聖人さんはプチ説教でもするのかと思いきや。いや、数馬は本気でそう思ったことだろう。俺だってそう思った。俺の場合、順位も5位と伸び悩んだんだからしかたない。
数馬が聖人さんに謝っている。俺の成績のことで。
「すみません、もう少し順位を伸ばしたかったんですが」
俺は2人の間に割って入った。
「今日の成績は数馬のせいじゃないよ、俺がへぐっただけだから」
逍遥は前から数馬に興味があったようで、何事か話しかけていた。何を話しているか傍で聞こうとしたら、俺の前に聖人さんが立った。もちろんアルコールは抜けていないはずだ。
なんだろう。やはり、プチ説教か?
聖人さんは別に怒った顔はしていなかったが、何を考えているのかまでは俺には想像がつかない。
「今日の出来、どうだった?」
「5位」
「前回と変更なしか」
「うん、でも数馬の対応は俺に合ってるんだ。聖人さんなら、ハイスペックプレーヤーへのサポートが合ってると思うよ」
「そんなことないさ」
「今回の逍遥だってそうでしょ」
「逍遥だっていい加減大人になる」
「世界選手権もあるし、少なくても逍遥は聖人さんにサポートしてもらいたいと思ってるはずだよ」
しばらくの間、聖人さんは言葉を発しなかった。俺にはそれが、俺と聖人さんを遠ざける垣根のように思われた。
「悪いな、当初はお前に就くはずだったのに」
そういわれると、俺もしばし考え込んでしまう。
すぐに「はい」と返すのも向こうが困るだろうし、「いいえ」じゃ、もう要らんわと間接的に言ってるようなものだ。そういうときは、スルーに限る。
そして、究極の魔法。
話題を変える。
魔法になってないじゃないかと自分でも思うけど、このままこの内容で会話を続ける勇気は・・・俺にはない。
「ところでさ、聖人さん。聖人さんは数馬のこと知ってたの?」
「いや、俺が入学したときにはもう休学して海外回ってたはずだな」
「そうなんだ。じゃあ沢渡元会長と同学年なのか」
「たぶんな」
「でも数馬は聖人さんの前に出ると緊張するみたいだよ。知り合いじゃないの?」
「さて・・・向こうが俺を知ってる可能性はないでもない」
「そうなんだ・・・」
俺が聖人さんが飲んでいるビールをグラスに一気に注いだら、泡が吹き零れてしまった。聖人さんの制服の上衣が少し濡れた。
慌てて自分のハンカチで聖人さんの上衣を拭う。
「ごめん!グラスに注いだこと無いから分かんなかった!」
「いいよ、あとで修復魔法かければ済む」
「ホントにゴメン」
宴もたけなわとなりそこらじゅうで大声が響く中、聖人さんは酔ってんだか酔ってないんだかわかんないような表情で、俺に念を押した。
「海斗」
「何?」
「数馬のことで何かあったら、すぐ俺のところに来い」
「どうして?何かって、なに?」
「とにかく、何か困ったことが起こったらすぐに俺のところに来い」
「聖人さん酔ってるんだね」
「たまたま素面でないだけさ。約束だぞ。忘れんなよ」
「はいはい、わかりました」
聖人さんは俺の頭を撫でまわすと、数馬に絡みついている逍遥を引きずりテーブルを離れて何処かへ消えた。
数馬、なに言われてたんだろう。逍遥、だいぶしつこかったようだ。
「数馬、逍遥しつこくなかった?」
「いや、それほどでも」
「あいつ、酒飲んでなかった?」
「たぶん飲んでたと思う」
「まったく、ばれたらどうするんだろ」
「こっちの世界じゃ高校生になったら飲酒や車の運転OKだから大丈夫だよ」
「えっ?そうなの?」
「あれ、誰も君に教えなかったの?」
「誰一人として教えてくれた人はいなかったよ」
「ほとんどの人が飲んでないしね。そういうシチュエーションがなかったんじゃないかな」
「そういえば、俺の周囲で飲んでるのは亜里沙と明だけだったな。あの2人はリアル世界にいたときから酒飲んでたし」
「そうなんだ」
そういえば、酒宴の席に亜里沙と明は姿を見せなかった。
軍務に戻ったんだろうか。
俺に身分明かしてからは、誰に断ることなく2人は姿を消したり現れたりしていた。生徒会でもたまに居所を把握していないときもあるほどだ。
ああ、なんだかクラクラする。熱気に当てられたのだろうか、いや違う。これはクラクラを通り越してグラグラだ。頭の圧迫感もある。
目の前がぐるぐる回って物がよく見えない。こう、何かに物が吸い込まれていくようにぐるぐる回っているのだ。そこにもってザーザーという耳鳴りとともに、俺は立っていることができなくなった。
両手を壁に付けて必死に立とうとするが、膝ががくがくして上手くいかず、遂に俺はその場に蹲ってしまった。
「海斗、どうしたの。海斗!」
数馬の言葉さえ遠くで誰かが叫んでるようにしか聞こえない。答えようとして、立とうとして足を踏ん張るのだが足にも力が入らない。
なんだ、これは・・・。
GPSからGPFに引き続く大会では、海外を連戦するため万が一の病気や怪我に対応するため、日本人の医師であるチームドクターが同行していた。
俺が動けないので周囲で俺を見つけた誰かがチームドクターを呼んだらしい。いや、呼んだのは数馬かもしれない。
俺の元に来たチームドクターが問診する。
「八朔くん、聞こえるかい」
耳鳴りはザーザーという音からキーンという金属音に変わっていて、やはり遠くで誰かが叫んでるようにしか聞こえない。
それでもなんとか返事をする。
「・・・はい・・・」
「どこか痛いところはある?」
「・・・いいえ・・・いや、頭が痛いです・・・」
「目眩がするかい?」
これはたぶん、目眩というやつだと思った。これまで俺は目眩というやつを経験したことがない。
「・・・」
「目の前がぐるぐる回ったり、真っ暗になったりしてる?」
「・・・はい・・・」
「そうか。ではここを出て、医務室に行こうか」
「・・・はい・・・」
チームドクターが待機してる部屋に行くことになった。数馬が一緒についてくる。
目眩はまだ止んでおらず、先程よりはいくらかよくなったかのように思われるのだが、足下のグラグラは直らないし、耳鳴りも大きな音だったり小さな音だったりで続いている。
目の焦点も合わなくなっていた。モノを見ていられない。
俺は目眩が治らない中、何とか立ち上がらせてもらって、数馬の肩を借りながらゆっくりとした足取りで医務室に向かった。
医務室には2台のベッドが置いてあり、2台とも空だった。
その中の1台に寝せられて、またチームドクターの問診が始まる。
「吐き気はある?」
「・・・少し・・・」
「顔面蒼白になってるね、こういうことは初めて?」
「・・・はい・・・」
「目眩止めと吐き気止めと精神安定剤の薬を用意するから、今晩から飲むといい」
「・・・はい・・・」
このころになって、ようやくチームドクターの声が近くに聞えるようになった。いくらか症状が安定してきたに違いない。ベッド脇をみると、数馬が心配そうに俺を覗き込んでいた。その後ろには、逍遥と聖人さんの姿も見える。
皆に心配をかけた。
ベッドから起き上がろうとすると、まだ目眩は続いていて、目の焦点がまだ合わないし、身体がふわふわするような、吐き気をもよおすような気がして口に手を宛がった。
「皆、ゴメン」
逍遥が前に一歩進み出て俺の言葉を制する。
「どういたしまして、ゴメンなんて水くさい」
「祝勝会は終わったの?」
「そろそろ終わったんじゃないかな、僕は飲むだけ飲んだから、あとは帰って寝るだけだし」
隣に移動してきた聖人さんが俺の額に手を当てて熱を測る。
「熱はないようだな、まだぐるぐるしてるか」
「耳鳴りは少し直った。ぐるぐるはまだ。1人では歩けない感じ」
聖人さんはチームドクターに声を掛けた。
「しばらくここでお世話になってもいいですか」
「いいよ、ベッドも空いてるし」
医務室に大挙して来た逍遥たちは、自室に帰ると言って医務室から出た。
数馬が俺にドリンクを差し出したが、俺は自前で買ったものしか飲まないため丁寧に断った。
「ごめん、数馬。数馬を疑ってるわけじゃないけど、聖人さんに言われたんだ、サポーターが用意したドリンクさえも飲んではいけない、って」
数馬は頷きながらドリンクを仕舞う。
「謝ることじゃないよ、海斗」
この会話を聞いたチームドクターが、室内の冷蔵庫からドリンクを出し、俺に向かって投げて寄越す。
「ここにあるドリンク類は大会事務局に納品して成分検査を受けた上で承諾を得ているから、飲むと良い」
その様子を見て、数馬も安心したんだろう、部屋に戻るという。
「先生、どうぞよろしくお願いします」
「今晩一晩寝ればいくらかよくなると思うよ、明日移動日だよね、朝に迎えに来て」
「はい、わかりました」
逍遥たちや数馬のいなくなった室内では、チームドクターが何やら書類を整理していた。
俺のように具合が悪くなる生徒は少なからずいるんだろう。
特に炎天下の応援では。
でも、今時季のロシアは炎天下とは言えないし、目眩を起こしたのは室内だから、その理由は定かではない。
とにかく、俺としては明日の移動日、飛行機で3時間半先のパリ、フランス大会に思いを馳せていた。
チームドクターに睡眠薬を処方すると言われた。大丈夫なのは重々承知しているんだが、薬物検査で何が起こるかわからないとして、俺は服用を断った。ただでさえ目眩止めと吐き気止めと精神安定剤の薬の薬を服用したのだから、
頑固だなと呆れられたが、こればかりは俺の中の防波堤。
ベッドのカーテンを引いて、俺はつかの間の眠りに就いた。
その晩、俺は夢を見た。
父さんと母さんと、高校入試でのバトルを繰り広げる夢。
かなりリアルだった。
明と同級生らしき数馬が出てきて嘉桜高校の優れた点、トップクラスの成績を出し続ければ内申書も良くなる上に推薦で大学に行けると言う利点を滔々と説いてくれた。
両親は渋々OKを出した。
その代り、嘉桜高校でトップクラスの成績を出し続けることを確約させられた。
俺としては、第1志望は嘉桜高校で、第2志望が泉沢学院桜ヶ丘高校であることを両親に告げたところまたもやバトルが勃発し、泉沢学院に入らない根拠を求められた。
中高一貫校のリスクを何と説いたらいいものかと思案していたら、聖人さんが予備校の講師、逍遥が予備校仲間として出てきて、これまた中高一貫校の泉沢学院でも姉妹校の泉沢学院桜ヶ丘高校でも、成績さえよければ将来的には泉沢学院大学にストレートで合格することができるし、男女共学であっても総じて女子の方が成績が良いことから、別の大学に行く際は発奮材料になることを切々と説いてくれて、ようやく両親は首を縦に振った。
その場面で俺は目が覚めた。
ありがとう、明、数馬。
ありがとう、逍遥、聖人さん。
何やらリアル世界が出てきた夢に紅薔薇のみんながいることが可笑しかったが、ああそうか、こういう風に交渉すれば親も頭ごなしに俺を押さえ付けることはできないのだなとなんとなく可笑しく感じた。
こっちが感情的になるから喧嘩になるのであって、冷静に、を心掛ければ両親に言いまかされることもないだろう。
もっていたスマホ時計を見ると、6時半。もう朝だった。立ち上がってベッドのカーテンを開けて、部屋の中を見回した。
よかった。
もう目眩はしないし、吐き気もない。
チームドクターは2名が24時間体制で交替勤務を行っているらしい。俺を見てくれていた人とは違うドクターが椅子に座っていた。
俺は目眩が無くなった旨を伝え、ドクターの許しを得て、自室に戻るため医務室を出た。
異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 ロシア大会