異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第1幕
3日後、チーム紅薔薇約20名は、アメリカ・サンフランシスコを目指し飛行機に搭乗した。
亜里沙と明は今は日本から遥か離れた国外で前線活動を指揮しているため、サンフランシスコに向け急ぎ別便でくるとのことだった。
亜里沙、俺との約束破るなよ。
あー、初めて飛行機に乗ったけど、エコノミークラスって腰が痛くなる。背伸びできないし。身体がバキバキになりそう。飛行時間は、羽田から乗ったので10時間弱。
俺の初飛行機体験は、ちょっと窮屈だったというのが本音だ。
帰りはもう少し広くなるかな、いや、無理か。
不思議と、飛行機が怖いとかそういうことは考えなかった。
昔の俺なら、落ちたらどうしようとか本気になって考えて、それだけで胸焼けしそうな勢いで皆に迷惑をかけていたかもしれない。
その一方で、この窮屈さを目の当たりにして、飛行機の旅が楽しいとも思えなかったのが事実ではあったが。
早く10時間が過ぎて空港に到着して欲しいという切なる願いを胸に秘め、眠れないのをいいことにアイマスクを二重に装備して寝たふりをし、周囲から孤立した風体でサンフランシスコへと向かう俺だった。
サンフランシスコの空港に着き、解放感も手伝って俺は思わず席から立ち上がった。すると膝の辺りでボキボキッと骨が鳴る。似たような鈍い音はそこかしこから聞こえてきた。やはりみんな窮屈な思いをしていたのだろう。
サンフランシスコは今が一番過ごしやすい気候だと、旅行雑誌に書いてある。確かに、横浜の10月と比べればそうかもしれない。秋雨前線だってそんなに活発じゃないだろうし。
たまに暑さを感じることもあるけど、横浜と比べたら全然違う。どうして最高気温は同じくらいなのにこっちは過ごしやすいんだろう。
アメリカの中でも、ここサンフランシスコは比較的安全な部類に入るらしいが、現地のホテルマン曰く、「日本語で近づいてくる外人を信用しないこと」「どこにでも危険な場所があるので、日本にいる時のような安易な行動は差し控えること」だそうだ。
ということは、むやみやたらにジョギングなどしない方がいいってことか。
観光都市であるがゆえに日本人の家族連れやカップルはとても多い。
俺も観光したい。アルカトラズ島やゴールデンゲートブリッジ、世界遺産ヨセミテ国立公園に行けたらどんなにいいか。機内で隣に座っていた聖人さんがナパを始めとする世界屈指のワイナリーでワインを浴びるほど飲みたいと妄想を始めているのが、そのエヘヘとせせら笑う表情から見て取れる。
でも、聖人さん、無理。
公開練習日まで調整で、公開練習があって、試合が終わったらすぐロシア・サンクトペテルブルクに飛んで、次はロシア大会の練習だし。
サンフランシスコのホテルはハイアット系列。レストランや飲食店があるのでホテルの外に出なくてもいい。会場との行き来はタクシーを借り上げていると聞く。交通機関は発達してるようだけど、誰か迷子になったら困るし。
はい。一番迷子になりやすいのは・・・俺です。
GPSはひとつの都市で『プレースリジット』『バルトガンショット』『エリミネイトオーラ』『スモールバドル』『デュークアーチェリー』の種目全てを行う。サンフランシスコ市や大学の建物、グラウンドなどを借り上げて、GPSが行われる。
各地で行われるGPSはポイント制で管理され、ポイントの高い順に1位から6位までがGPFに進出できる。
30人以上いる参加者の中から、1位には20ポイント、2位には15ポイント、3位には10ポイント、4位は5ポイント、5位は2ポイントを付与し、6位は1ポイントで争うらしい。7位以下はポイント無し。だから団子状態になる。
逍遥の言ってた『エリミネイトオーラ』の得点はあくまで1位から4位か5位あたりまでを決めるポイントであって、GPSの取得ポイントとは違うようだ。
なんだか、頭が混乱する。
今回のGPSでは、聖人さんが同行していて、俺の専属サポーターとして動いてくれる。元々魔法技術科にいたからサポート面はお手の物。
亜里沙と明が後から来るってのが気に入らないけど、何か事情があるんだろうから仕方ない、聖人さんに全てお任せするつもりだ。
今日は昼間に会場見学を済ませ、明日から2日間、練習場で本格的な練習に入る予定を組んでいる。
『デュークアーチェリー』は、市の国際競技場で行われるとのことで、聖人さんと一緒に会場を見学してホテルに戻った。
カードをもらってまず俺の部屋に入る。応接セットが部屋の中にあり、俺と聖人さんはミニ・ミーティングのために向かい合って応接椅子に座った。
なんか、眠い。物凄く眠い。
これが時差ってやつなのか?
「寝るなよ、今日を過ぎれば身体が慣れるから」
OH!時差って東京サンフランシスコ間で17時間もあるんじゃない。今はこちらの時間で午前10時だから・・・。また24時間起きてろと言われても無理だよ、俺。
「大丈夫だ、13時間起きれてばこっちも夜になる。たぶん」
「聖人さんは海外旅行の経験ないんですか」
「ないよ、父は魔法部隊にいたし母は俺が10歳の頃に亡くなって。新しい母が家に来たのはその直後だったから。もう海外旅行って雰囲気もへったくれもありゃしない。俺は15歳で魔法部隊にぶちこまれたから、もう海外旅行も何もあったもんじゃなかったんだよ」
「すみません、また思い出させてしまって」
「気にすんな、海斗。別にもう、あれは過去のことだから、俺にとって」
「はい・・・」
「眠気覚めないなら、散歩でもするか?」
「大丈夫なんですか、外に出ても」
「一応、生徒会の指示は仰ぐさ」
生徒会部屋があるのは俺たちの真上の部屋。今回、女子は南園さんと未だ姿を見せない亜里沙だけなので、生徒会部屋の隣に部屋をとっているらしい。生徒会役員は全員が1階上の部屋にいる。といっても選手やサポーターと兼任してる人も多いので、階下に部屋をとったのは7人になる。
俺と聖人さんが上の階に上がると、ちょうどサトルと譲司が生徒会部屋から出てきたところだった。
サトルが俺の顔を不思議そうな顔して覗き込む。
「また寝不足?海斗は長旅に向いてないのかな」
近頃モノをはっきり言うようになったな、サトル・・・。
「そうなんだよ、時差で眠くてさ」
「30分とか、少しだけ昼寝したら?」
脇から口を挟む聖人さん。
「いや、こいつの場合夜まで寝る可能性大だから。散歩でもして眠気覚まそうと思うんだけど」
「外出ですか、ちょっと先輩方に聞いてきます」
そういって、一旦生徒会部屋に戻るサトル。譲司はちょっと手持無沙汰な感がありありだった。聖人さんを前にして、どうふるまえばいいかわからなかったんだろう。
光里会長や沢渡元会長は去年もGリーグ予選やGPSで海外に出掛けているので、その辺のニュアンスを加味して俺がどうするべきか、アドバイスしてくれることだろう。
すぐにサトルは部屋から出てきた。人見知りなサトルのことだから、絶対に俺の方に近づくと思いきや、俺にではなく聖人さんに顔を向ける。
「この辺だけ歩くならOKだそうです。ただ、たまに日本人を狙った良くない輩に絡まれる事件も発生しているので気を付けるように、とのことでした」
聞いたことある。
白人にとっては、アジア系の国々の人がみな同じ顔に見えるんだそうで、服装の立派なのが日本人、うるさいのは中国人、非を認めないのが韓国人と見分けているんだとか。いや、聞いた話だから実際のところはわからないよ?中国や韓国の人で俺の話にムッとしたら、それは謝る。・・・ほらね?日本人は謝る人種なんだよ。
って、謝るとかじゃなくて、日本人はお金持ちってイメージがあるから良くない輩が寄ってくるというんだが、今の時代、中国人のほうがよほどお金持ってると思うのは俺だけか?
それはまたあとで考えるとして、財布も鍵も持たずに俺と聖人さんは普段着ジャージでホテルを出た。
なんか、空気が違う。
街並みも違うけど。
洋風!って感じもあるけど、それだけなら横浜にも中華街があるし、神戸の異人館あたりだって異国情緒が街を支配してる。
長崎と同じで少し坂が多いのかな。
東京は・・・実は俺、中学の修学旅行でしか東京にいったことがない。それも、東京いうてもTDR(=東京ディズニーリゾート)と中華街。どっちも東京違うやんか。
「どうした、急に静かになって」
「あ、俺って東京行ったことが無いなって」
「行ったこと無いのか?」
「そうなんですよー。行き先は東京のはずなのに、TDRと中華街で2泊3日。それって東京じゃなくて千葉・神奈川方面ですよね」
「ふーん、仙台の中学はそうなのか。俺は京都にいったぞ」
「いいですねえ」
「中学のガキが寺巡りして面白いと思うか?」
「・・・なるほど。TDRに軍配上がりますね」
「俺は中華街に行きたかったよ。好きな物好きなだけ食えるからな」
なんだか俺は、哀しい気持ちが先立ってしまった。魔法部隊に入隊するまでの間、実家では食べたいものすら我慢する生活を強いられてきたのだろうか。
「お前さんは優しいな」
聖人さんは俺の髪をもちゃくちゃにして、前を向いた。
俺たちは大通りだけ歩いていたのだが、運悪くパラパラと空から雨粒が落ちてきた。仕方なく店のショウウインドウに身を寄せたのだが、身を寄せた途端、俺のジャージの襟元がぐいっと後ろに引っ張られた。
一瞬のことで何が起きたのか分らなかった。
が、よく前を見るとスラム街から出てきたと思しき連中が俺を取り囲んでいた。
3~4人の若い連中が片言の日本語で「金、金」と俺に向かって叫んでいる。
もちろん俺は金も何も持っていなかったのだが、持っていないという仕草で手を振ると、連中は俺が嘘をついているもんだと思い込んだのか、俺に暴力を振るおうとした。
危ない!危険だ!!ヤバイ!!!
俺は思わず右腕を庇い、横になった体制で相手のパンチや蹴りを防ごうとした。
その時だった。
比較的暖かい日だというのに、地面が冷たくなった。上をみると、連中の全身は氷漬けになり動かなくなっていた。足ですら既に固まっている。
「海斗!」
聖人さんが声の限りに俺を呼んでいた。
「海斗、行くぞ!」
「はい!」
「走れ!」
後ろを振り向かず、ただ先程の現場に後ろ手で右手を翳す聖人さん。
たぶん、氷漬けからあの連中を溶いたのだと思う。俺としては氷漬けでも良かったけど、万が一事件にでもなったら俺たちの関与が浮かび上がらないとも限らない。
聖人さん、ありがとう。
この一件で、俺はすっかり目が覚めた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・◇
夕食時まで、逍遥と絢人が俺の部屋に遊びに来た。
「いやあ、さっきは参った」
俺は必死にその時の情景や言葉などを駆使して話すのだが、中々上手く話せない。
「上手く説明できなくてごめん」
逍遥はこともなげに俺の頭をさする。
「聖人と一緒で良かったじゃない、SPとしても有能だ」
絢人も逍遥と聖人さんの関係に少なからず疑問を抱いたらしい。
「逍遥は宮城先輩と昔からの知り合いなの?」
「それなりにはね」
「タメ口聞いてるじゃない」
「聖人の上官が僕の父だった、それだけだよ」
「魔法部隊の上官?」
「そういうことになるね」
聖人さんは逍遥の首に手を回しながら、俺と絢人に説明する。
「初めて会った時からタメ口でさ、生意気な奴だと思ったよ」
「でも僕の魔法力は完璧だって褒めてくれたじゃない」
「俺はお前と一緒で嘘だけはつかない性分だから」
嘘、かあ。
確かに、この2人は性格的に同レベルなのかもしれない、でも、逍遥は冷たくて聖人さんは温かい人だと思うんだが。
「僕は決して冷たくないよ」
逍遥。やっぱり君は読心術を使っているとしか思えない。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第2幕
その晩は、眠いというか眠くないというか。
眠いんだけど、今まで我慢してきた心と体は「まだまだ頑張れるぜ!」とばかりに寝ることを拒否している。
しかし、明日から本選まで、自分のパフォーマンスをピークに持っていくためには、規則正しい生活が必須になる。
俺は枕に顔を埋めてうつ伏せになったり横を向いたりして、もう1時間が経とうとしている。
あー、なんて俺って神経質!
そう思った途端寝てしまったのか、次に気が付いた時は枕によだれを垂らしながら、すでに朝を迎えていた。
部屋にある画面付きインターホンが鳴る。
日本と違い、海外のまともなホテルは全て画面がついたインターホンが設置されていた。日本人くらいだよね、相手も確認せずにドアを開けるのは。
こっちの世界に来て横浜のホテルに入った時、それだけは面喰ったのを覚えてる。
さて、誰だ、俺を呼ぶのは。
ぼさぼさ頭で画面を見る。
部屋の前にいたのは、聖人さんと逍遥だった。
今何時だ?
急いで時計を見ると、朝食の約束をしていた朝の7時半。
「ゴメン、直ぐ着替えるから待ってて!」
そういうとインターホンを切り、クローゼットに仕舞った制服を探す。
制服を着て靴下穿いて靴履いて。ああ、靴の中で靴下がよれる。直さなくちゃと思い、また靴下を脱ぐ。その繰り返し。
最後に、ユニットバスの鏡を覗き込んで髪にブラシを入れる。
げっ、ちょっと後頭部が跳ねてる。
でも、これ以上2人を待たせてはおけない。
「お待たせ!」
「相変わらず髪ハネてるね」
逍遥の嫌味というか、的確なお言葉もスルーし、3人で2階のレストランに向かった。
このホテルでも、日本にいる時と同じように朝食からバイキング方式で料理を提供していた。
聖人さんと逍遥は和食を選択したが、俺はとても食べられそうにないのでパンケーキとホットミルク、レタスサラダを選択。
逍遥は聖人さんに告げ口してた。
「コイツ、全日本でも薔薇6でも、全然食わなくて」
「これから運動すること考えれば、ちゃんと食わないと。食えるか?」
「いや、無理」
ホテル内には他国からのGPS出場者も宿泊しているらしく、薔薇6を思い起こさせる。
俺は英語はリスニング=聞くだけなら大体の意味がわかる。話す方は今一つだが。
いかにも欧州とか北米の若い衆が話しているのを聞く限り、魔法に関することのようだ。
俺自体は純粋に日本語しか話さないのだが、逍遥や聖人さんは英語を話せるようだった。
「すごいね、2人とも」
「僕は色々とあって、中学時代に英会話を特訓したの」
「俺は魔法部隊の時代だな。習ったというよりか、演習で海外に出掛ける時は英語必須だったから必死に覚えたよ」
「へえ。俺は聞く方だけ。話すのはできない」
「聞くのが出来りゃ問題ないって」
俺がスプーンを口元まで運んだ時のことだ、逍遥が俺の制服を指さす。
「ところで海斗。ネクタイ曲がってないか?」
「えっ?ほんと?」
「洗面所で見ておいでよ」
「食うもの食ってから行け、食いたくなくなるぞ」
聖人さんの方がマナー的にも正しいと思う。お腹痛いわけでもないし、今席を立つ理由はネクタイの件だけだから。
ただ、人からどう見えるかが気になって俺の食欲は今一つだった。
逍遥は俺の神経質細胞の動きがなぜか分るんだよね。
ネクタイを気にして一生懸命パクパクと食べるのでパンケーキの味もサラダの新鮮さもわからない。
牛乳もぐいっと飲み干すと、とにかく皿を空にしたのを確認して、俺は洗面所に向かった。
鏡を見る。
逍遥に騙された・・・。
ネクタイは曲がってない。
何故逍遥は俺に嘘をつくのか。嘘は嫌いなはずなのに。
ああ、聖人さんと内緒の話でもあるのか。
考えてみれば、聖人さんは紅薔薇に復帰してからずっと俺と一緒にいた。逍遥にしてみれば以前からの知り合いでもあり、なにかしら相談というか、話がしたかったんだろう。
それならば、少し帰らないでみるか。
俺は洗面所から出て、階下に広がる景色を見ながらゆっくりと歩いていた。
すると、茶髪の外国人2人に片言の日本語で話しかけられた。
「キミ、参加する?」
「え?」
「GPS」
「あ、はい」
「僕たち、フランス。僕、ルイ、彼、リュカ。君は?」
「僕?海斗」
「カイト?タコ?」
「たこ?」
「空飛ぶ、タコ」
「・・・ああ、凧」
「カイト、タコ!!よろしく!」
「あ・・・うん、よろしくね」
2人はその後楽しそうに母国語で話しながらレストランから去っていった。
たぶん、フランス語。
俺はフランス語はさっぱりわからない。
え?さっぱりは標準語じゃないって?
ちっとも、が標準語かも。
いや、全然が標準語か。
フランス選手団も同じホテルに宿泊していることがわかった。何年だろう。1年かな。
そんなこんなでレストランに戻ったら、逍遥がふて腐れている。
どうした、逍遥。
「どうしたも何も。君が帰ってこないからだよ」
聖人さんも逍遥との長話に飽き飽きしていたらしい。
「出るか」
そのひと言で、俺達3人は席から立ち上がった。逍遥などは、ふて腐れて大きな音を立てて椅子を引きずっている。聖人さんから小声で注意されるとフグのように頬っぺたを膨らます逍遥。聖人さんはそれを見ることなく、先頭に立ってレストランを後にした。
周囲では俺たちを気にしている人たちがたくさんいたようなのだが、誰も話しかけて来ようとはしなかった。
睨むような視線ではなく、同じ目的を持って話したがっている人が多かったのかもしれない。どうやら俺はその辺の表情から人の真意をくみ取る方法には疎かったらしい。
部屋へ歩き出した逍遥は、文句ばかり言っている。
「初めての顔だから1年だとか、どのくらい魔法力があるのだろうとか、そんな話ばかりだったよ、周りは。話しかけてもらえればちゃんと返したのに」
聖人さんは逍遥のふて腐れ顔を見て苦笑している。
「あっちから聞こえた「大したこと無さそう」って言われたことに腹立ててんだよ、こいつ」
「僕の場合、顔や体格だけで判断されても困るんだけど」
俺がフランス人と思しき2人に声を掛けられたことを話すと、興味を示す逍遥。
「へえ、たいした度胸と自信だね」
「なんというか、タコになって終わった」
EVの中で、聖人さんが腹を抱えて笑い出す。聖人さんは、絶対笑う上戸だと思う。
「なるほど、カイトだからタコか。お前のニックネームになりそう」
俺は口を蛸のように尖がらせ、本気で反対する。
「タコって言うとあの蛸思い出すから止めて」
逍遥が首を傾げる。
「なんで、いいじゃない」
「なんでいいんだよ、あのヌメヌメを考えただけで震えがくる」
「仙台なら漁業とか盛んじゃないの?」
「仙台はほとんどがビル街と住宅地だよ」
「そうなの?こっちに比べて田舎だから近くに漁業施設とかあるんだとばかり」
俺はメトロノームのように指を振る。
「周辺はそうだけど、仙台には無いと思う、たぶん」
そうなんだよ、都会の人は仙台の良さを知らないから色々言う。
でも、遊ぶ場所こそ少ないけど生活するにはちょうどいい、今でも俺はそう思っている。
何で俺はここで田舎自慢してるんだろう。
普通なら、明日の練習のこととか、会場のこととか、それこそ色々語ることがあると思うんだけど。
聖人さんも逍遥も直ぐに自室に入ってしまい、俺は練習開始までの時間、とても暇な気分に陥った。
よし、生徒会役員室に行って亜里沙と明が着てるか、覗きながら確かめよう。
俺は階段を上がって生徒会役員室の前に着いた。
インターホンを押す。少し身なりを整えてっと。インターホン画面の向こうにネクタイ曲がった生徒がいたら誰だって嫌だろう?
インターホンを取ったのはサトルだった。
「海斗、久しぶりだね」
「サトル?忙しくないか?入ってもいい?」
「どうぞ」
中に入ると、真下の部屋とは対照的に会議室のような作りになっている。応接セットや机に椅子。薔薇6でのホテルと同様、2部屋を1部屋に纏めたような雰囲気だ。
ここも元々は会議室だったのかもしれない。
亜里沙と明はまだ来ていなかった。
2人とも、どこで油売ってんだ。
生徒会役員室の中には、沢渡元会長と光里会長、麻田部長、譲司、南園さん、サトルが揃っている。
亜里沙や明がいないと、部屋の雰囲気が緩やかに見えるのは俺だけだろうか。
でもまさか亜里沙と明が着てるか確かめに来たとも言えず、俺は何て言い訳しようかなと頭の中で良いフレーズを探す。
咄嗟の場合、俺は上手い表現を口にすることができない。
この場でも、俺はしどろもどろになっていた。
「あの、いえ、その・・・」
沢渡元会長が口元に笑みを浮かべている。
「なんだ、山桜さんたちを探しに来たのか」
「いえ、別にそんなことは・・・」
「ちょっと遅れているが、八朔の試合は絶対観ると言っていたぞ」
俺はちょっとの安心とちょっとの不満の中、生徒会役員室を後にした。
サトルもすっかり生徒会役員の姿が板についてきた。独り立ちしたサトルは、俺よりも落ち着いて見えた。良かった。本当に嬉しい限りだ。
後ろからパタパタと足音がする。なんだろうと後ろを振り向くと、サトルが生徒会部屋から出て俺を追ってきたようだった。少し心配そうな顔をしている。
「海斗、練習に行くまで生徒会室で少し休んだらいいんじゃない?」
「うん、部屋に戻ってストレッチでもしてるわ」
「緊張しない?」
「ああ、そうか。緊張するシチュエーションだよな。でもさ、見事なまでに緊張してないんだよ」
「ホント、海斗はメンタル強いね」
「そんなことないんだけどなあ」
周りからメンタルが強いと言われ続けている俺だが、ちょっとそれに対しては反論しておきたい。
俺がメンタル強いように見えるのは、その都度周囲から守られているからだ。比較するのはいけないかもしれないけど、他の選手に比べサポーターも多いし、中でも亜里沙や明の存在がある。今回だって聖人さんがサポーターについてくれるという、夢のような展開で俺はこの地に降り立ったのだから。
この幸運を、俺は大事にしていくだけだ。
サトルの誘いをやんわりと断り、自分の部屋に戻った俺。
制服を脱ぎジャージ姿になった俺は、ゆっくりと動きながら身体を伸ばしていく。開脚しながら足の指を掴む運動で、ある種の安心を得たりもする。
じっくりと身体を伸ばしながら、汗をかいたらシャワーを浴びてもう一度だけ身体を伸ばす。
これで前運動はお終い。
あとは練習場でさらりと身体を伸ばし、練習に励むだけだ。
練習場に行く10分前ぴったりの時間に、聖人さんが俺の部屋まで迎えに来てくれた。
「おう、タコ。いくぞ」
「タコはやめてください」
「いいだろ、誰とも被らない」
「そういう問題じゃないでしょ」
「俺的には、タコ万歳」
「じゃあ、俺は何て呼ぼうかな」
「俺は何でも。来るものは拒まず。さ、行こう」
俺たちは2人で部屋を出て、ロビーに向かった。
ホテルの車寄せに、1台のタクシーが止っていた。誰かがノックしてもドアを開けようとしないから、予約車なんだと思う。
聖人さんがコンコン、と後部座席側の窓を軽くたたくと、中から少しだけドアが開き、「ミスターミヤギ?」とドライバーさんが確認していた。
「予約してたんだ、さ、乗ろう」
こうして、練習場に指定された市の国際競技場までホテルからタクシーで移動する。一昨日のようなことがあるとよくないから。
逍遥は別場所で練習するとかで、絢人とともに出掛けた後だった。
練習場の国際競技場アリーナに着くと、もう各国から『デュークアーチェリー』に集まった魔法高校の生徒たちがの練習を開始しようとしている。
みな、自信満々といった表情で、俺如きがここにいて良いのかと思うほどだ。
周りの空気に圧倒されてしまい少し身体に力が入ってしまった俺に、聖人さんがそっと声を掛けてくれる。
「海斗。周りは皆タコだと思え」
「ここでもタコ?」
さすがの俺も笑ってしまった。でも、お蔭でいい意味の緊張感を得ることができたような気がした。
「さ、いくぞ」
聖人さんの声に合わせ、姿勢に気をつけて的を見る。
胸を張るように、右肩を若干上げるように気を付けながらの1枚目。
バンッ!
勢いよくしなった矢が、50m先の的を射る。
成功。
ど真ん中に当たった。
今度は立て続けに10枚。
左腕に気を使いながらも胸を張り、右掌が下がらないように注意する。
またも良い音がして、10枚中9枚が真ん中に命中した。
聖人さんの声が、俺の気分の盛り上がりを後押ししてくれる。
「よし、その調子で今度は20枚。いけるぞ」
「はいっ」
威勢よく返事をしながらも、猫背にならないよう気を付ける。
左肩から右肩にかけて少し違和感がある。姿勢が悪くなってきた証拠だ。
姿勢を矯正して右手をほんの少し上げ、20枚に挑戦する。
姿勢を直したのが良かったらしく、20枚中19枚、的に当てることができた。
周囲は騒然としていた。
どうやら日本の選手が今までそのような結果を残したことが無いらしい。
Gリーグですら毎年のように予選落ちしている国=日本なので、個々の力も大したことがないと思われていたのだろう。
掴みはオッケー。
最初に良い結果を出したことで、周りも日本を、紅薔薇を注視しながら話しているのがよく解る。
その中にはフランスのルイやリュカの顔も見えた。
その時流暢な日本語が聞こえた。
「すごいね、僕も見習わないと」
思わず声の方に顔を向けると、そこにいたのは、なんと国分くんだった。
白薔薇のユニフォームを着た国分くんが練習場にいたのだ。
俺はすごく驚いたけど、まさか驚きを顔に表すことはできず、にっこりと微笑みながら応じた。
「久しぶり、国分くん。体調は良くなったの?」
「うん。みんなのお蔭で白薔薇に転学することができたよ」
「白薔薇に転学できたのは国分くんの努力の成果さ、おめでとう」
「君の命中率、すごいね。第3Gで紅薔薇に来た頃とは雲泥の差じゃない?」
雲泥の差か・・・ちょっと言葉に気を付けてほしかったが、何も嫌味で言ってるわけじゃないのは知っている。
「どうだろう、コーチがいいからかな」
「コーチ?」
聖人さんは俺たち2人をじっと見つめていたが、すぐに白い歯を見せながらこちらに近づいてくる。
「海斗、こちらは?」
「初めまして。白薔薇高校の国分と言います」
「初めまして、国分くん」
俺はここに至るまでの経緯を話していいものかどうか瞬間的に悩んだが、その目つきや口元から、聖人さんはどうやら国分くんのことを全て知っているように思えた。
これはもう、特に紹介は要らないとみた。
「日本にも強力なライバルがいるじゃないか、海斗」
「ええ、本当に。お互い頑張ろうね、国分くん」
国分くんは挨拶だけして、練習はしていなかった。紅薔薇1年でナンバー3の位置に付けていた国分くん。
薬物中毒を克服して白薔薇高校に転学したのだろう。
本当に、強力なライバルだ。
国分くんが離れていってから、俺は聖人さんに率直に聞いた。
「聖人さん、国分くんのことホントに知らなかったの?」
「まさか。俺は全日本の時からサポーター務めてたから1年の選手も皆覚えてたよ」
「あの事件さえなければ長崎に引っ越すこともなかったんだよね」
「まあな。犯人があのおねえちゃんだったのは意外だったけど」
「俺も意外だった。まさか、って」
「海斗。どこにそういう危険がはらんでるかわかんねえから、お前は充分注意しろ。俺が差し出したドリンクさえも飲むな。信じるのは自分だけだ、わかったな」
「うん、わかった」
俺が練習を一段落させてアリーナの隅に腰をおろしていると、およそ日本人にしか見えない女子を先頭に、何人かがこちらに歩いてくるのが見えた。
「ハーイ、私、サラ。アメリカの高校に通ってるの。こっちはアンドリュー、イギリスよ。そして後ろにいるのがアルベール、カナダ。よろしくね」
とても流暢な日本語だし名前もサラというし、完全日本人と思うのだが、彼女はアメリカから出場するらしい。まだ国籍は2重にあるのかもしれない。日本との2重国籍は、22歳になったらひとつの国籍を選ぶと聞いたような気がする。日本では2重国籍が認められていないから。
「僕は海斗。日本の学校に通ってる」
「カイト?よろしくね。ほら、今練習してるのがスペインのホセで、壁際にいるのがサーシャとアレクセイ、ロシアから。で、今練習始めたのがドイツのアーデルベルトよ」
「すごいね、皆知り合いなの?」
「6月に欧米選手権があって、その時に知り合ったの」
日本ではちょうど全日本の最中だ。
「じゃ、私たちこれから練習だから行くね。さっきの演武、すごかったよ」
「ありがとう」
「またあとでね」
なるほど。挨拶という形の宣戦布告か。
外国で育った人だからはっきりしてるのか、サラがそういう性格なのかは分からない。でも、レストランで逍遥を見ていたのは多分彼女たちだろう。
背中をビビビ、と電流が走るような武者震い。
よっしゃ、これからまた、練習だ。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第3幕
と。聖人さんからセーブの合図が来た。
俺としてはもう少し念を入れた練習をしたかったのだが、聖人さんが逍遥の練習を見る約束をしていたというので俺の練習は早々に切り上げられ、タクシーに乗せられ別の施設に向かった。
逍遥の『エリミネイトオーラ』も明後日から始まる。競技会場は市の国際競技場なんだが、各競技で各々30人くらいかな、選手が集まっている。そのため練習場は市の至る所に整備されているという話だ。
逍遥が練習している大学のグラウンドを訪れると、逍遥がかったるい顔をして絢人から怒鳴られている。
何事だ?
「逍遥、バックも注意してよ。君は高校生など敵わないくらい高度な魔法を会得してると思うけど、背中盗られたらお終いなんだよ」
「わかってるよ」
それを見た聖人さんが2人の間に割って入る。
「どうしたどうした」
絢人は今にも泣きそうな顔をして聖人さんを見ている。逍遥、何ンか言っただろ。絢人はちょっとやそっとじゃ泣かない人間だ。
聖人さんはまず絢人に声を掛けた。
「泣いてもいいから、その前に事情話せや」
口笛を吹きながら逍遥が逃げようとしたのだが、聖人さんが見逃すはずもない。逍遥は足を魔法で固められ、その場でコケてしまった。
「僕は別に練習してたよ」
逍遥の言葉を聞いた絢人は、身体から力が空けたような素振りで聖人さんの問いに答えた。
「嘘ばっかり。飛行魔法試して空中散歩しただけじゃない」
あ、俺が沢渡元会長と一緒に横浜の国際競技場で練習した時と同じ。沢渡元会長もすごくかったるそうにしてた。あの時は出たくないんだろうなと思ったけど、もしかして逍遥も同じ?
その時の状況を、絢人の記憶から呼び覚ましたのだろう、聖人さんが逍遥を呼んだ。
逍遥が聖人さんの真ん前に立つ。
「この馬鹿タレ」
両側からこみかみあたりへの拳骨。
逍遥は頭を抱えて少し声を荒らげた。
「痛いよ、聖人。練習ったって、何もできないじゃないのさ」
すかさず聖人さんが返す。
「ソフトがあったはずだ、何でそれを使わない」
さすが元魔法技術科。それに対し、逍遥はまたもや頬っぺたを膨らましてぶつぶつ言っている。
「生徒会から使うのを制限されたらしいよ、どうやって練習すんの。僕は透明人間相手に練習できるほどの魔法力ないんだけど」
はあっ、と溜息を吐く聖人さん。
「ソフト無しでは練習に力が入らないのも理解はできるな。絢人、どうして持ち出し禁止になったんだ?」
「まだ届いてないんです。物理的に持ち出せないんですよ」
「届いてない?」
「はい、山桜さんが持ってくる予定だったんですけど、まだ到着してないから」
またもや、はあっ、と溜息を吐く聖人さん。
「そりゃまたなんでだろうな。仕方ない、俺が相手になるから。逍遥、飛べ」
思いがけず、俺は聖人さんと逍遥の『エリミネイトオーラ』を生で見ることになった。
一体、高度な魔法とはどんなものなのだろう。
逍遥も聖人さんも腰から2丁のショットガンを取り出した。
聖人さん、何が無くともショットガン持ち歩いてるんだ。でもこの間は何も持ってなかったけど。練習用に持ち歩いてるのかな。何があってもいいように、なのだろうか。それとも携行を義務付けられてるとか。わかんないけど。
「いくぞ」
2人は同時に空に向かって飛び出し飛行魔法で縦横無尽に飛びながら、逍遥が聖人さんを追う形で追いかけっこをしていたが、空中5mくらいのところで2人は一旦止った。
その後、しばらく見つめあう展開が続いた。初めに動きを見せたのは逍遥。もっと高く飛び上がり聖人さんの頭めがけて右手のショットガンを空撃ちする。
空撃ちとわかるまで、ホントにオーラ目掛けて撃つんじゃないかとハラハラしたよ。隣の絢人もそうだったと思う。
聖人さんは空撃ちのショットガン目掛けて右手のショットガンで応戦していた。
が、その後すぐに聖人さんが「とんでもなく俊敏な動き」で逍遥の後ろに回り込み、逍遥の頭に左手に持ったショットガンを当てた。
俺には一瞬、何が起きたのか分らなかったくらいだ。
2人はそのままの格好で下に降りてきた。
聖人さんのプチ説教が逍遥を襲う。ある意味、逍遥に説教できるのは聖人さんしかいないのでは、と考えざるを得ない。
「ほら、あんとき後ろに注意払わないからこうなるんだよ」
「誰も聖人のように俊敏に動けやしないね」
「それが油断だっつーの」
その時、後ろから拍手が起きた。
驚いて俺が振り向くと、サラたちや国分くん、フランスの2人まで、俺がこちらに来て出会った全員が、この練習場にも顔を出していた。
なぜ?
答えはすぐに出た。
皆、『エリミネイトオーラ』と『デュークアーチェリー』にエントリーしているということだろう。1年ではないのか、いや、少なくとも国分くんは1年。
国分くんの場合、白薔薇高校の個々人の能力から言ったら1番手なのだろう。で、高等魔法を教えてもらえる土壌が固まったとしか思えない。
うちの1年には逍遥とサトルがいる、女子には南園さんがいる。紅薔薇高校の1年メンバーの顔触れは間違いなく反則級の事実だ。
となれば、今目の前で拍手をしてくれた面々は、たぶん1年の人たち。
逍遥のように『エリミネイトオーラ』だけというならまだしも、2つ一緒に出るのは力の分散になりはしないのだろうか。
これまた、考えてみれば答えはすぐに出る。
どちらかを直前でキャンセルしエントリー変更すればいいだけだ。
その辺り、紅薔薇は正直すぎる。
GPSなど毎年のことだろうに、毎年このような解り易い布石しかできないのか、と半ば呆れ気味になった。
亜里沙や明に会ったら言わねば。GPSは実力だけで勝てる競技ではないと。
誰がどの競技に出るにせよ、今年はエントリー変更なしで臨むしかない。
1年とはいえ、聖人さんが出たら真面目に反則だと思うし。
でも、本気になった聖人さんを見て見たいとも思う。魔法部隊大佐の任にあった人が、どんな高等魔法を繰り出すのか、俺はワクワクする思いに駆られた。
この街のチンピラどもに掛けた魔法は、聖人さんにとっては簡単な魔法に入るのだろう。俺にはそれですら難しいかもしれないのに。
と、黙って拍手させておくわけにもいかない。
俺が間に入るか。
国分くんの顔を見た逍遥は、懐かしさと驚きが混じったような不思議な表情になった。
「逍遥、こちら白薔薇高校の国分くん」
「あ、ああ。国分くん、白薔薇にいたんだね」
「四月一日くん、あの時はありがとう。また魔法ができるのを両親揃って喜んでいたんだ。本当にありがとう」
「いや、総ては国分くんの努力だから」
「みんなの協力のお蔭だよ」
国分くんは逍遥に手を差し出し、固い握手をして俺たちの元から離れた。
次に逍遥に近づいたのは、フランスのルイとリュカ。
「ショウユ?」
俺は笑い出したいところを目一杯押さえながら訂正する。
「ショウヨウ、だよ」
「オウ、ショウヨウ、ヨロシク。僕、ルイ、彼、リュカ」
逍遥は醤油と間違われたのがいたくお気に召さなかったらしい。
「よろしく」
ぶっきら棒な返事、こちらからは手も差し出さない。でも、向こうは全然気にしていないようだ。
「タコ、アリガトウ」
ルイとリュカは、そういって聖人さんに会釈してから自分たちの練習に入っていた。
その他欧米チームの団体からは、サラがまた皆の言葉を代弁してくれた。
イギリスのアンドリュー、カナダのアルベール、スペインのホセ、ロシアの女子サーシャ、ロシアのアレクセイ、ドイツのアーデルベルト。
「すごいスピード感でみんなびっくりしてたわ」
逍遥は手も出さず、顔色を変えることなく答えている。女子に対する敬意もない。
おい逍遥、そんなことだと女子にモテないぞ。
「じゃ、今度は試合で逢いましょう」
そうサラがいうと、皆はそれぞれに練習体制に入ったようだった。
もちろん他の国からも選手は来ていたのだろうが、聖人さんの方針として、自分のプロフィールは明かさないよう指導された。
いつ誰が禁止薬物を飲ませたり、禁止魔法をかけるかわからないからだ。
逍遥が握手しなかったのもそういった理由からだとわかり、そこまで考えていなかった俺はちょっと自分が恥ずかしくなった。
聖人さんが逍遥に声を掛ける。
「逍遥、もう一度だけ練習するか?」
「聖人とやったらすぐ捕まるからやらない。明日までにはソフトも到着するみたいだし」
どうしてわかる。
逍遥、また生徒会役員室を覗いたな。
聖人さんが右目でウインクをしながら俺に謝る。
「ごめんな、海斗。こっちでもう少しやれると思ったけど、肝心の逍遥がこれじゃ練習にならない」
「俺、少しだけ海外勢の動き見てもいいですか」
「いいよ、色々と参考になるだろうから」
俺はまずフランスのルイとリュカに焦点を合わせた。
2人で飛行魔法で飛びながらショットガンを両手持ちし、相手に空撃ちを浴びせている。聖人さんを見て刺激を受けたのだろう、相手の背後に回ろうとしていたが、あんなに速い動きが出来る訳もなく、相対している2人の体勢が劇的に変わることは無かった。
逍遥と聖人さんを見て、高等魔法とは両手撃ちだけではなく、先読みを加速させた俊敏な動きであったり、硬い鎧のように強化魔法をかけた背中までをも透過させることなのだと俺はあらためて気づかされた。
俺はまだ両手撃ちできないし、反射神経は・・・俊敏な動きと言い難い。はっきりいって、ノロい。
GPSやGPFが終わったら『バルトガンショット』のタイミングを直し、両手撃ちにも挑戦しようと思う。世界選手権新人戦に出るために。
サラたち欧米勢は、そつなく練習を熟している。
色違いのオーラが頭上に現れ、それに向かってショットガンを発射する練習をする者もいた。国や学校から支給されたソフトがあるのだろう。国分くんも、系列の薔薇大学魔法技術学部で作製したのだろうか、試合形式のソフトを使用し練習に余念がない。
その他にも、上級生と思しき生徒たちが其々にソフトや実戦形式で練習に励んでいる。
もしかしたら、亜里沙たちは長崎にある薔薇大学の魔法技術学部まで行ったのかもしれない。紅薔薇でソフトが作れなければ、薔薇大学の魔法技術学部に早急に頼むだろうから。
少なくとも、紅薔薇の魔法技術科はソフト作製に時間を費やし、素晴らしいソフトが完成するはずだと聖人さんは言ってたが、今回のGPSに、『エリミネイトオーラ』に間に合ったかどうかはわからない。
「さあ、俺たちは帰るとするか」
逍遥も絢人も、もう帰り支度を始めていた。
全然焦りを見せない逍遥。周囲でこれだけの動きを見せつけられているというのに。
俺は本心から逍遥にアドバイス、というよりは説教に近い物言いをしてしまった。
「逍遥、君には焦りってものがないのか?みんな一生懸命に練習してるじゃないか」
「別に。試合当日にベストなパフォーマンスを見せられればそれでいいと思ってる」
「余裕だなあ」
「それより海斗、君はどれくらい的を射た?」
俺の競技に話題をふるとか、どんだけ余裕があるんだか。
「20枚中、19枚命中したよ」
「そりゃ進歩だ。このままいけばGPFも見えてくるんじゃない?」
「周りの練習見ないでこっちにきたから、どのくらいの位置にいるのかわかんないけど」
「周りなんて関係ないさ、君が君であれば、必ず扉は拓けるよ」
逍遥、俺のこと心配してる暇あるのか?
本気で説教したい気持ちに駆られるが、聖人さんが何も言わないということは、逍遥の練習はこれで良しということなんだろう。
4人で練習場を出て、会場わきに停まっているタクシーの窓を叩く。
逍遥が英語で何か話している。どうやらホテルまで戻るらしい。
聖人さんは、俺たち3人に対しボヤキにも似た口調でタクシーに乗れと指さした。俺が最初に乗り、絢人、逍遥の順に乗る。聖人さんは最後に乗って、走り出したタクシーの中で俺たちにプチお説教が始まる。
「逍遥、明日の公式練習ではサボらないでちゃんと練習しろよ。絢人、明日も逍遥がこのざまなら俺に連絡しろ。海斗、もし途中で俺がいなくなっても、お前は自分のことだけ考えて的を射ることに注力しろ、いいな」
逍遥はまたふて腐れて返事もしない。
絢人はわかりましたと答えた。
俺?もちろん頷いたよ。
海外勢がどのくらい『デュークアーチェリー』に流れてくるかわかんないけど。
今日の逍遥の様子を見て、これでは勝てないと思った連中は、即座に『デュークアーチェリー』にくるだろうから。
明日の公式練習、俺としてはちょっと不安。
ホテルに着き自室でシャワーを浴びた俺は、Tシャツにハーフパンツというルームウェアでベッドに寝転がった。
今は昼の12時。
俺は朝ご飯を食べたからそんなに腹は減ってない。
でも、聖人さんや逍遥は違うだろ。絢人だってお腹が空いてるに違いない。
仕方ないよな、お付き合いしなくちゃ。
俺は制服に着替えて、まず逍遥の部屋に突撃した。
インターホンを押し返事を待つ。
「はい、四月一日」
「こちら八朔。昼飯行かない?」
「ああ、行く。聖人は?」
「これから誘う」
「絢人はやめてね」
「どうしてそんなこと言うんだよ」
「向こうが僕に逢いたくないと思ってるはずだから」
それが真実かはさておき、俺は次に聖人さんの部屋を訪ねた。
また、インターホンを鳴らす。
「はい、宮城。おう、タコ」
「タコは止めて。昼飯食いに行かない?逍遥も誘ってるから」
「じゃあ、絢人は止めとけよ」
「どうして?」
「こういう時の逍遥は、相手に謝りたいけどプライドが邪魔して事が大きくなる傾向があるんだ」
「面倒なプライドだこと」
「察してやってくれ。今絢人は・・・栗花落や岩泉、南園と一緒にレストランにいる。少し時間ずらしてからいこう。お前も逍遥も、俺の部屋にくるといい」
さすがの透視力だ。どうやって絢人がレストランにいることを知ったんだろう。絢人が部屋にいないのは透視すればわかるけど、レストランという発想は俺には無かった。
聖人さんといると、逍遥といる時と同じくワクワクする。
どんな魔法が飛び出すのかわかんなくて、知らない魔法が出てくると妙にテンションあがるんだよね。
俺と逍遥は別々に聖人さんの部屋に入った。俺が最初だったかな。
「聖人さん、絢人がレストランにいるのどうしてわかったの?透視?」
「なに、このくらいの時間で俺たちに何の連絡もないということは、誰かと一緒に飯食いに出てるだろうという予想さ。さっきの今で逍遥に声を掛けることは無いだろうから、生徒会の1年に声掛けしたろう、とね」
「逍遥と考え方が似てる」
「逍遥のお父君がそういった考え方をしててな、少なからず影響を受けた」
「読心術とは違うの?」
「似てるようで全然似てないように思うよ、俺は」
そのうちに逍遥が聖人さんの部屋に来て、その話は立ち消えになった。
何気ない笑い話で1時間ほど聖人さんの部屋で過ごした俺たち。
聖人さんがようやく立ち上がり俺たち3人はゆっくりとした足取りでレストランのある2階に向かった。バイキング料理を中心にメニューを考案しているので、食べる量や栄養が偏らないようなメニュー選びとか、結構楽しく食事ができている。
まあ、正しく栄養が摂れているかはまた別の話なんだけど。
俺は自分に見合った量の洋食メニューを皿に並べる。
パンとサラダと野菜ジュース。今日はトマトサラダを選んだ俺。
聖人さんからはまた叱られたが、逍遥はもう慣れきっていて文句も言わない。
でも、聖人さんが立って少量の鶏肉のソテーとゆで卵を持ってきて俺のトレイに置く。仕方なく、俺は皿を空にした。うん、でもお腹には重くない。
これくらいまでなら俺でも食べられるという指標にもなる。
聖人さん、サンキュー。
レストランから出る時、ルイとリュカの2人組に会った。
向こうは食事をしにきたようだった。
何か2人とも真面目な顔つきで、俺たちの顔を見ても目を逸らすばかり。
気分屋なのか?フランス国の人間は?
頭の中で、カチン、と音がしたように聞こえた。ルイやリュカの行動に少し気を悪くした俺だったが、別に逍遥や聖人さんにいうような話でもない。俺は黙ってレストランの扉を閉めた。
午後は各自自由時間にという聖人さんの指示で、俺は暇人になってしまった。
どうしよう、安易に生徒会役員室を訪ねても邪魔なだけだし、これから寝るってのも規則正しい生活とはいえない。
でも、亜里沙たちがこちらに来たのかどうかはちょっと心配だった。俺の試合は観る、ということは今日はこちらに来ないのかもと思いつつ、制服からジャージに着替えて、持ってきた魔法大全という本を開いた。
聖人さんから貸してもらった本で、色々な魔法が載っていた。
その中で、瞬間移動の魔法があった。亜里沙やサトルがEVの中で使った魔法だ。
簡単とまでは言わないが、今の俺なら試してみる価値があるかもしれない。
おっと、外でやるにはジャージ姿ではいけない。
俺はまた制服に着替え直して、ドアを開けようとしたその時だった。
目の前が真っ暗になり、呼吸が苦しくなる。
浅くなった呼吸の中で朧げに考える、これがただの貧血なのか、何らかの禁止魔法によるものなのか、または他の理由があるのか。
俺の理路整然とした考えは段々フェードアウトしていき、その身体はドアの前に倒れ込み、記憶は遥か遠くなっていった。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第4幕
「どうした、君」
「どうしたの、大丈夫?」
誰だ。
俺を呼ぶのは誰だ。
アメリカにあるホテル内で倒れたはずなのに、俺の耳に聞えてきたのは、なんと両親の声に近い。いや、紛れもなく両親の声だった。
ここは、どこだ。
なぜ両親の声が聞こえる。
またリアル世界に戻ったというのか。
亜里沙が壁を作ったのではなかったのか。
なぜ、という言葉だけが俺の脳裏をよぎり、少なからず驚愕の事実が全身を支配する。
しかし、これは現実らしい。
どうやら俺の身体と魂はリアル世界に飛び、この人たちの近くで急に倒れたと見るべきか。
足音で、2人が俺が倒れた場所に駆け寄ったのがわかった。
救急車でも呼ぼうと思ったのだろう。
父さんが俺を助け起こし、母さんが額の汗を拭こうとバッグからハンカチを出した。
突然、2人の手が止った。
「海斗?」
「お父さん、海斗だわ」
俺はどう対応して良いかわからずに、瞬間的に自分の手元を見た。
紅薔薇の制服を着ている。
父さん、母さん、貴方たちの息子はこの世界にはいないよ。俺は紅薔薇高校に通い魔法を勉強しているただの学生だ。
助け起こしてくれた父さんに、俺は告げた。
「ありがとうございます、1人で立てますので」
「あ、ああ。君、名前は?」
名前?八朔海斗だけど、本名を名乗るわけにもいかない。
「四月一日逍遥です」
母さんが目に涙を浮かべながら俺の手を握った。
「あなたは私たちの息子に生き写しなんです。八朔海斗という名前に聞き覚えはありませんか」
父さんも俺が立ち上がるのに最後まで手を貸しながら頷く。
「何処かで事故に遭い記憶を失ったかもしれない」
そうか、この人たちの中では、俺は家出してしまった息子で、どこかで事故に遭い記憶喪失になったのではないか、そういう流れで物事が進んでいる。
俺は反論した。
顔や声さえもが八朔海斗なのに、不自然ではあるのだが。
「いえ、自分は今まで事故にあったり記憶を失ったことはありません」
両親は二人で肩を落とし、母さんは泣きだした。
「私たちがあの子を追い詰めてしまった」
父さんは涙こそ見せなかったが、随分と老け込んだ顔になった。俺がいなくなってから方々探し回ったんだろう。
俺が戻ってしまったリアル世界で今は、何月何日なんだろう。
でもそんなこと聞いたらますます本物ではないかと疑われてしまう。
俺はこの人たちと一緒にいるべきではない、直感的にそう思った。
「お気遣いありがとうございます、では・・・」
「待ってください、これからどちらに」
父さんが俺の腕を掴む。
こんな制服は県内の学校には無い。学校に行くなどと言ったところで嘘なのは目に見えている。
「演劇のサークルに行く途中です」
俺は、常日頃から嘘がつき慣れないばかりに地雷を踏んだような気がした。
父さんは俺の腕を掴んだまま引き留め離さない。
「もし、もしお時間頂けるなら、家に来てもらえませんか」
母さんも泣きながら父さんの案に頷いた。
「私たちの話を聞いて下さいませんか」
俺は早々にここを立ち去りたかったんだが、両親の涙を前に、ぶっきら棒に断ることはできなかった。
「1時間だけなら」
父さんと母さんは喜んで俺をぐいぐい引っ張っていく。
街並みを見ると、家から出て10分くらい歩いたところにある川沿いの遊歩道なのがわかった。
なんで二人で遊歩道なんて歩いてるんだ?
散歩でもしてたのか?
ま、今の俺には関係ないけど。
つーか、戻れんのかな、向こうの世界に。
俺はもうこの両親とやっていきたくないから向こうの世界を選んだのに、何で今、こっちに戻されるんだ。
それにしても、これがリアル世界だとしたら、だ。
父さんたちがこんなに憔悴しつつも午後に2人で散歩しているところを見ると、俺がいなくなってから半年といったところか。
なぜ午後だとわかったかって?
もうすぐ夕暮れが近づいてる太陽だよ。みりゃわかる。
なぜ半年と思うかって?
一義的には、太陽の高さ。
そんでもって、ひと月やそこらじゃ、この人たちが本気になって俺を探すわけがない。家出したバカ息子は1週間も持たないで家に戻ると踏んでいたはずだから。
俺は紅薔薇の制服を着たまま、両親のあとをとぼとぼとついて歩かざるを得なかった。
もう少しうまい嘘ついて逃げ切るんだった。失敗した。
家まで歩いて10分。
両親は何も話さず、時折後ろを向いて俺の姿を確認する。
またいなくなったら大変だとばかりに。
いや、どんなに怒られようが謝られようが、俺はもうあの家には帰らないよ。
もう怒ってはいないけれど、子どもの人権無視する家なんて願い下げだから。
それでも、こんなに弱りきった両親をぶっちぎって逃げることもできない。
俺はどの世界においても優柔不断なのかなと思ってみたりもする。
でも、向こうの世界にいったからこそ、この人たちに腹を立てることもなくなったのも確かだ。リアル世界に居れば、間違いなく家出していたろうし、将来を悲観し自殺していたかもしれない。
それだけ、あの時の俺の精神状態は普通じゃなかったといえるから。
一旦離れて見たからこそ、色んな思いが交錯し、今がある。
帰らないと決めたからこそ、成長した部分も確実にある。
ゆっくりと歩きながら、俺たち3人は家に着いた。
母さんは寿司屋に電話していた。俺の好物だった寿司を頼むと言って。
父さんはリビングに入り応接セットに座って、俺にも座るよう勧めてきた。
俺は父さんの斜め向かいに座った。
父さんはとても驚いたように俺を見る。
「うちの息子も、いつもその席に座っていました」
あちゃっ。
つい癖で。
「そうでしたか。自分も自宅ではいつもこの席なんです」
また、つき慣れない嘘をつく。嘘だと自覚しているから、父さんの顔を直視できない。
母さんが嬉しそうな声で俺に告げる。
「もうすぐお寿司きますから」
「どうぞお構いなく」
出てくるフルーツやお菓子も、俺が好きだったものばかり。
以前なら食わせろと言っても出したこともないのに。
俺が出て行って、(たぶんこの様子だと出ていったと思うんだけど)この人たちはどんな風に感じたんだろう。
寿司が来るまでの間、2階を見せたいという両親に俺は抗えず、母さんと一緒に階段を上がることにした。2階のドアは新調されていた。なぜなのかはわからない。
新しいドアを開けると、机とベッド、クローゼットも新調されていた。机の上にはカレンダーがあり、バツ印が並ぶ。
俺が見つからなかった日に×印をつけているんだろう。
カレンダーを覗き込むと、10月4日の木曜日まで×印が書き込んである。
とすれば、今日は10月5日、金曜日のはずだ。
平日の午後まで俺を探す両親。
仕事だって忙しいだろうに。
なぜ?そこまでして俺を探す?
玩具がいなくなったから?
いや、そこまでいったらこの人たちに悪いか。
そして、クローゼットの中から母さんが出してきたのは、泉沢学院の制服ではなく、嘉桜高校の制服だった。
そして母さんは、俺が聞いていないことまで話す。
「この制服、新調したんです。息子がいなくなってから」
「新調?どちらに通われているんですか」
「泉沢学院に通っていました。でももう退学し、制服などは捨てました」
「なぜですか」
「あの子の悩みを聞いてあげなかったばかりに、家出して今は行方が分かりません。帰ってきたときにと思って・・・」
ちょうど寿司が届いたようで、涙で潤んだ目をこすりながら母さんは1階に降りていった。
亜里沙。部屋ごとぶっ飛ばしたのはわかった。でも、俺の部屋は修理したらしい。父さんも母さんも、俺のことを忘れていなかった。
お前、失敗したんだろ。俺に黙ってたな。
何もかもが新しくなった部屋を見ながら、俺は部屋の片隅に「異世界にて、我、最強を目指す。」の本があったのを目ざとく見つけた。
中をめくる。
惜しい、薔薇6までしか連載されてない。
GPSと、俺が今リアル世界に居ることは話も始まっていなかった。
母さんに「四月一日さん」と呼ばれロクな返事が出来なかった俺だが、とにかく海斗であることを悟られてはいけない。
俺は本を制服のポケットに滑り込ませた。
階下から呼ばれ、ゆっくりと音を立てずに階段を下りる。
「どうぞ、召し上がって」
「済みません、ご馳走にまで預かってしまって」
「いいえ、いいの。あの子が一番好きなお寿司だったの」
「そうですか」
そういいながら、ちょっと腹が減っていた俺は、ガリを隅に全て退けてから寿司を食い始めた。いつも食う順番があるのだが、それをやったら海斗なのがばれるから、食う順番はバラバラにした。
母さんはそれでも、ガリを遠くに除ける姿を見て息子を思い出したらしい。
またもや、自分の息子に似ていると言っては母の涙が頬を伝う。
父さんも母さんも、昔いつも俺にしてたように怒鳴ったり高圧的な態度を取るでなく、こんなに優しい姿を見せる。こんなのいつ以来だろうというくらいに優しかった。
でも、ここに戻れば、必ずやまたあの日のように問題がリフレインするはずだ。泉沢学院は退学したようだし嘉桜を受けることも許してくれているようだが・・・。
なにより、今の俺はGPSに出たいという気持ちが強かった。ある意味両親を不幸のどん底に突き落としてでも、紅薔薇にいたいと思う気持ちの方が強かった。
ああ、どうやってここを抜け出そうか。どうやれば向こうの世界に戻れるのだろう。
とにもかくにも、ここを出なければ。
「海斗」
突然父さんから呼ばれ、思わず返事をしそうになり身体が固まった。振り向きそうになった。たぶん、父さんは俺が海斗だと踏んでる。
でも、俺はこの家の八朔海斗ではない。
今言えるのは、それだけだった。
寿司までご馳走になり、俺は夕日がもう西に落ち始め、雲がオレンジ色に染まるころ八朔家を後にした。
「いつでも遊びに来てください」
「お待ちしていますから」
両親はそういいながら、俺が見えなくなるまで手を振り続けた。なぜわかったかって?俺も両親に対して少し申し訳ない気持ちがあったから、100m、200mと歩きながら角を曲がるまで両親に会釈していたんだ。
そうそう、向かいの家に、ダルメシアンはいなかった。
もしかしたら、あのババアが餌をやらずに天に召されたか、保健所にでも連れて行ったか。いや、保健所に連れて行ったら持ちこみ料をとられるはずだから、前者だな。
ダルメシアン、次は優しい飼い主に逢えるといいな。
もう向かいには誰も住んでる様子はない。カーテンが全部屋外されていた。
俺がいなくなってから引っ越したんだろう。
さて。俺は両親が見えなくなると取り留めもなく歩きながら遊歩道へ近づいていった。ジョギングやウォーキングをする人たちも多く、ここではちょっと姿を消すことはできないだろう。
つーか、帰る手段を俺は知らない。
それよりなにより、俺って向こうの世界で、もうお払い箱になったんだろうか。だからここにいるのか?
お払い箱にするんなら、一言ぐらいあってもいいよな。
試合に出るためにわざわざアメリカまで行ったんすけど。
悩みながら向こうの世界へ行けそうな場所を探す。
歩き続けていると、川沿いに不思議なゲームセンターがあったのを思いだし、駆け足でその場所まで戻った。
やはり、あった。俺が向こうの世界に行ったあたりには無かった建物だ。
普通こんなところにゲームセンターなんて作れないだろ。建築基準満たしてるのか?
でもまあ、いい。ここの階段かトイレなら急に姿を消しても誰も目を留めることはないだろう。俺はゲームセンターに入って階段を探した。
ない。
EVしかない。
いいさ、EVでも構わない。
移動魔法が効くかどうかわかんないけど、俺はEVに入り、呟いた。
「15階」
EVが動き出した。
そしてすぐに停まる。
どうも15階までの動きとは思えず、魔法が効いていないのだろうと思わざるを得ない。
ああ、サトルに聞いておくんだった。
しかし、EVの開くボタンを押して外に出てみると、そこはハイアットホテルの廊下だった。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第5幕
ふう。
無事こちらの世界へ帰ってきたな。
もうリアル世界との行ったり来たりはないと思っていたから、今日のリアル世界は驚いたなんてもんじゃない。
父さんは俺の正体に気付いてたような気がするし。
俺は早速、生徒会役員室に向かった。
部屋の前で呼吸を整えてから、インターホンを押す。
しばらく誰も出てこなかった。ちょっとばかり怒りにも似た心境でもう一度インターホンをじゃかじゃか鳴らす。
亜里沙と明にひと言だけでも言わねば気が済まない、そんな思いだった。
5分は待たされただろうか。帰ろうかどうしようか迷ったが、これは伝えておくべき事実でもあるだろう。ドアが開くまで待ち続けた。
やっとドアが開いた。南園さんが受付嬢のように立っている。
「どうしました、八朔さん」
「亜里沙と明は」
「お2人は今しがた到着されて、会議中ですが」
「終わるまで待たせていただきますので2人に伝えてください」
「私が言付かりましょうか」
「いえ、俺の口から話したいことですんで」
「承知しました」
南園さんは、衝立で仕切られた応接セットへと足を運び、何やら隣の会話が途切れた。
何分も待つつもりでドアのところに立っていたので、亜里沙が出て来た時、俺はちょっと驚いた。もう会議が終わったのか、と。
亜里沙は何が何だかわからないといった表情だった。
「今、あんたのことが議題に上がってんの」
「リアル世界に戻った話か」
「そう」
「どうなってんだよ、向こうも俺のこと覚えてたぞ。お前魔法に失敗しただろ」
「失礼な。あたしの魔法は完璧だったわ。でも、あんたのご両親の子供を想う心が勝ってたのね」
「とにかく、母さんは未だしも、父さんは俺が海斗だって気付いてたようだし」
「そうか、気付いちゃったか」
「記憶喪失かなんかだと思ってるみたいだ。俺、向こうに帰る気ないからね」
「また、どうしてそんなに意地張るの」
「海斗として帰った直後くらいさ、あの人たちが優しいのは。すぐに俺は人形としての生活に戻される。それだけは絶対に嫌だ」
「嘉桜の制服まで買ってくれてんのに?」
「いなくなって半年くらいだからだろ、反省してんの」
亜里沙は深い溜息を洩らしながら俺をじっと見つめた。
「あんたさ、今日はこっちの世界に帰ってこれたからだけど、帰ってこれなくなる事態だってあり得るでしょ。そん時はどうするつもりだったの」
・・・。
痛いところを突かれた。
そう、今日だってたまたま移動魔法がうまく作用してこっちの世界に戻っただけかもしれない。
「そうだな、俺が不必要なモノになったら、こっちの世界ではただのガラクタでしかないわな」
「誰もモノとは言ってないわよ」
「もしもガラクタ判定されたら、今年度が終わるまでに俺の進退も考えないと」
「今年度?3月末ということ?」
「それくらいが目安だろ。切も良いし。ただし、ガラクタ判定されたらね。何でか知らないけど、競技に関連して寮を離れた時に限り、この現象が起きてる気がするんだよ」
「それもそうね」
「だから、それまで波動とやらを綿密に監視してくれ」
「了解。じゃあ半年後にあんたの考えを聞くことにするから。それまでは波動がおかしくならないよう監視しとくわ」
俺は、今年度の試合が全て終わるまで自分の考え方を纏めて、考えを実行に移さなければと感じていた。どっちに転ぶにしても、自分で選択しなければ。
「頼むよ。折角の練習や人とのかかわりを無駄にしたくない」
亜里沙が急に聖母マリア様のような優しい顔で微笑んだ。
「変わったわね、あんた」
「何が」
「昔なら、練習とか嫌いだし人とのかかわりなんて持ちたくない、そういってたのに」
「そうだっけ」
「あら、記憶喪失?」
「うるせえ」
後ろを向いて俺に手を振ると、亜里沙は衝立の陰に消えた。
部屋の時計を確認した。もう夕方5時。そろそろ食事の時間だ。
嫌な時期に戻ってしまった。
あんなに一気に年をとったような父さんや母さんには会いたくなかった。
でも、でもだよ?可哀想な両親とは思うものの、今までのように玩具として扱われる生活だけは御免被る。
でも、魔法が通用しなくて、こっちの世界で用無しになることだって往々にしてあるだろう。その時俺はどうすればいいのか。
ああ、考えが纏まらない。
そうだ、今考えるべきは、両親のことではなくGPSの試合。
明日の公式練習で気が散るのも気がかりだ、というよりか、現在進行形で思い出したくもない思い出だけが俺をがんじがらめにする。
姿勢を真っ直ぐにして的を思い浮かべてみるが、どうにも気が散って仕方がない。
両親のことを忘れられる魔法でもないものだろうか。
聖人さんなら、何か知ってるかな。
俺は自分の部屋を出て、聖人さんの部屋のインターホンを押した。
聖人さんは制服姿で俺を出迎えた。
「今呼びに行こうと思ってたところだ」
でも、俺がどうにもこうにもやりきれない顔をしていたことにすぐ気が付いたようだった。
「どうした、何かあったか」
俺は一旦聖人さんの部屋に入れてもらい、先程起こった事の顛末を語った。
聖人さんの意見を聞きたかったわけじゃないけど、亜里沙と明以外の誰かに話したかったんだ。逍遥にはなぜかわからないけど、話しづらかった。
「お前は戻ろうかこっちで生きようか迷ってんだな」
「そんなことない。もう、戻る気はないよ」
「なら、何を悩んでる」
「なんで今の大切な時期に戻されるかな、と思って」
「お前の波動とやらが暴走してんだろう、ほんとに向こうのことをお前自身が忘れたなら、暴走なんて起きないだろうが」
「聖人さんも俺が向こうに行った方がいいと思ってるの」
「そういうわけではないさ。親子の間には切っても切れない血が流れてる。俺も何だかんだと父を否定してきたけど、こうして離れてみて、やっと自分の立ち位置がわかった程度だから」
そうだ、聖人さんは勘当された身だった。
でも、ここで比べたら聖人さんは気分を害してしまうだろう。
俺だって、両親がまるっきり嫌いなわけじゃない。ただただ、あのヒステリー母さんとお金に託けて泉沢学院にいくことを強要した父さん。2人に挟まれて人格すら否定されかねい生活を送りたくなかっただけだ。
それが解決されれば、今日リアル世界で経験したような生活に戻れれば・・・俺はいったい、どうしたいと思うだろう。
俺たちが2人で神妙な顔をしているところに、ご機嫌絶好調の逍遥がやってきた。
「2人とも、答えを出すのは今でなくてもいいじゃない」
まるで俺たちの会話の内容がわかっているかのような言葉を発し、俺たちをレストランへとギリギリ引っ張って連れて行く。
レストランに入る前、ついに俺は逍遥に対し嫌味とも取れるような発言をしてしまった。
「逍遥、君はいつも元気でいいねえ」
「それは僕に対する嫌味かい?僕だっていろいろ悩んで今があるんだ。海斗だって、そのうち答えが出るよ。聖人は・・・どうかな」
聖人さんがサラサラの髪をかき上げながら逍遥に拳骨をかまそうとしている。
「おい、落とすくらいなら俺の名前はだすな」
レストランでは、珍しく光里会長と沢渡元会長が食事をしていた。
2人とも和食。1日1回は米だよ、うん、そう思う。
俺たちが入っていったときはちょうど食べ終わったところのようで、席を立つところだった。
沢渡元会長がレストランに入った俺たち3人に気付いて近づいてきた。
「悩みは尽きないだろう。だが、それぞれに自分の役割を果たせ」
誰に向かって言ったのかは定かではないが、これは俺やに聖人さんに対する言葉だとも感じられた。
だって、逍遥に尽きない悩みがあるとは思えないから。
朝、昼、夜とバイキング方式で食べたいものが食べられるレストランは俺にとって非常に有難い。
でもその実態は、学生が多いと、固定メニューでは量が足りないとか、洋食でも自国の料理をメインにしろとか結構クレームを入れられるそうで、そんなに食いたいなら選んで食え、という方式に変わったのだとか。
それに、チップの問題もある。俺たちは学生だからお金はほとんど持っていない。
日本のようにチップ文化が根付いていない国からアメリカに行くと、双方が悲惨な目に遭い、嫌な思いをする。だからチップを廃止して定額をお給料に上乗せするんだとか。
でも、ウェイターやウェイトレスさんからの評判はあまりよくないと聞く。そりゃそうだ。通常なら、自分の接客次第でチップの額も変わってくるのだろう。それが、適当にしているウェイターと同じ額を給料に、と言われても納得がいかないはずだ。
あ、でも、このチップ話は俺の妄想が過度に入ってる。だって俺、外国に旅行したこと無いもん。
俺たち3人はトレイを持ってうろうろし始め、聖人さんはすぐにテーブルに着いた。
逍遥はこれまた珍しく洋食中心にトレイに乗せていく。
俺は相も変わらず今度はフランスパンとコーンスープ、野菜ジュースとレタスの種類豊富なサラダをチョイス。また聖人さんにメインのおかずを取れと言われて肉コーナーへと移動する。
あまり食べたくないんだよねえ。今日の今日だし、寿司食ったし。から揚げがあったのでから揚げを3つだけ皿に取ってテーブルに戻った。
聖人さんは今日の出来事を知っていたから、それ以上文句は言わなかった。逍遥は、ご機嫌絶好調のまま。競技の薀蓄を俺に垂れ流す。聖人さんと漫才をしながら。逍遥なりの気遣いなんだろう、これが。
それが嬉しくもあったが、俺の心の曇りを晴らすまでには至らなかった。
今日は欧米勢が食事に来ていなかった。
食べ終わって部屋に戻ったのかは分からない。
ただ、フランスのあの2人の顔が妙に脳内の片隅には残ったが。
いつもは頗る上機嫌といった顔つきでいつも過ごしているように見えたのに、あんなお通夜に出てますみたいなどんよりとした空気感は初めてだった。
まあ、俺だって今日はかなりどんよりな顔つきではあるんだろうけど。
夕食が終わり、3人でEVまで歩いてる時の事。
聖人さんが俺の肩を叩きながら、逍遥はボディブローをかます。いだいっつーの。
「今日は早めに休め。ホットミルクでも飲めば眠れるだろ」
「気を遣わせてごめんなさい。それって冷蔵庫にあるの」
逍遥はまたもやボディブローの体勢をとりながら、呆れた声を出す。
「冷蔵庫で冷やしたらホットになんないでしょうが」
「そんなの知ってるよ、レンジでもあるのかなと思って」
「ルームサービス頼めば持ってきてくれるよ」
途端に俺は緊張する。
「だってそれってフロントに電話して持ってきてもらって。英語しゃべらないとダメじゃないか・・・あ、ほら、チップとか。俺、金持ってないし」
聖人さんと逍遥はくっくっくと苦笑いで俺の言葉を受け止めた。
「お前さ、英語聞けばわかるんだろ」
「その前にフロントに電話しないといけないんでしょ」
「部屋番号とホットミルクっていえば持ってきてくれるんじゃない?」
2人とも流暢に英語が喋れるから俺のような凡人の悩みが分らないんだ!!
「いいっす。俺、飲まなくても眠れますよ」
「俺が頼んで持ってってやろうか?」
「前に、聖人さんが持ってきた物でも飲むな、っていったじゃないすか」
「そりゃそうだ」
逍遥はもう、俺の悩みなどお構いなしに突っ走っている。
「海斗、シャワー浴びてゆっくりストレッチすれば眠れるって。ホットミルク気にするよりその方が現実的だろ」
俺は心が折れそうになっているけど、皆には見せられない。
プライド高いのかな、俺って。
「いいよ、今日は部屋に帰って寝るから」
俺は自分の部屋に帰るまで無口だった。逍遥と聖人さんの漫才にも耳を傾けず、ぽっかりと空いた心の穴をどうすれば塞げるのかもわからない。
「おい、海斗。猫背になってるぞ」
自分の部屋に入る直前、聖人さんに指摘された。
「うん・・・わかった・・・」
つまるところ、何もわかっていなかったのだが。
俺は猫背を加速させ、しょんぼりと自分の部屋に入り、制服のままベッドに転がった。右膝の部分が汚れていた。
そうだ、あれは夢ではない。
すべて現実に起こったこと。
聖人さんに言わせれば、俺がリアル世界のことをすべて忘れていれば、波動がおかしくなるはずがないという。
亜里沙の持ってきた薬が効かなかったとき、もっと抗議すれば良かった。
もうすべて忘れて、こっちの世界で暮したかった。
過去2回、リアル世界に戻った時はこんなに気分は落ち込まなかった。
過去のときは両親の態度に腹をたてていたのも理由のひとつではあったんだろうが、こちらに戻り易い環境が整えられていたかもと思わざるを得ない。俺がこちらに戻りたいと願えば、直ぐにでも戻れる環境にあったのかもしれない。
でも、今回は何か違うような気がした。
移動魔法が上手くいったから戻ってきたようなもので、魔法を知らなければ、魔法を巧く使えなければ俺は戻ってこれなかったはずで。
正直に言うと、今の俺はリアル世界に戻るより、ここで競技を行い良い成績を残し、講堂で俺に対しバッシングを浴びせたやつらに一泡吹かせてやりたいと思う気持ちの方が強かった。
・・・だから戻ってきたのか。
総ては俺の心のままに、というやつか。
親不孝な息子かもしれないけど、俺は自分の力に賭けてみたいし、どこまで通用するか、上まで登れるか試してみたい。
リアル世界に居た頃のように、できないからと決めつける性格をぶっ壊して上に進みたい。ここで暮してようやくそう思えるようになったのは確かだから、俺は今ここからいなくなるようなことはできない。
でも、両親の狼狽ぶりは、俺にとってかなり堪えたのも確かだった。
半年ほどいなくなっただけなのに、あんなに老け込んだ父さん、いつもはキーキーうるさかったのに声が小さくなった母さん。
ごめんなさい、親不孝な息子で。
あそこで帰っていれば、父さんたちをこれ以上悲しませないで済んだんだよね。
亜里沙との約束の日まであと半年。
俺はある覚悟を持って、これからの生活を送る、そう決めたのだった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
色々と考えているうちに、制服姿のまま寝てしまったのだろう。
翌朝起きると、顔は腫れぼったいし制服はシワシワだし、俺は発狂しそうになっていた。
こういうときは聖人さんが何か知ってるはず、と早速聖人さんの部屋のインターホンを鳴らす。
う、まだ寝てる時間かも。ピンポンダッシュするわけにもいかず、そのまま立ち尽くす俺。
「んん。まだ朝の6時じゃねーか。いくら昨夜早く寝たからって、起きんの早すぎ」
そういいながらも、聖人さんは俺を部屋に入れてくれた。
「顔もパンパンだし、制服シワシワだし。どうしたらいい?」
「顔はどうにもなんねえなあ。服は脱いで魔法かければどうにかなるけどさ。右脚の膝ンとこ擦れてるけど、それも直すか?」
正直、迷った。
あの両親の寂しげな背中を忘れてもいいのか。
それとも、すべて忘れて今を生きるか。
「それも直して」
この先はどうあろうとも、俺は今を生き、目標を達成する覚悟を持たなければならない。
「じゃあ脱げ」
「え?今?」
「あたりめーよ。誰も襲いやしねえから大丈夫だ。俺にそういう趣味はない」
うかうかしてると強行採決されそうなので、聖人さんのジャージを一時借用して制服を脱いだ。聖人さんは180cmほど身長があるらしく、俺が穿くとジャージの裾はよれている。
はあ、もう少し身長が欲しかった。
聖人さんは右手を翳し、上から下に手をおろした。
すると制服は綺麗な状態に戻った。自己修復魔法。服にも応用できたんだ。でも、サトルは確か「ホーリー」と呟いてから右手を翳していたような気がする。高等魔法ともなれば、デバイスや呪文も必要ないのかもしれない。
「ありがとう、聖人さん」
「顔は、一旦シャワー浴びてから冷蔵庫の氷枕使って目の部分だけでも冷やせ。だいぶ変わるはずだ」
「うん、今日の公開練習は何時から?」
「非公開の練習が10時からで、公開練習は2時からだ。少し動いて絞れば、顔つきも元に戻るから心配すんな」
「わかった」
聖人さん大好きの逍遥には悪いけど、本当に、聖人さんが俺のサポーターでよかった。他の人ならこんなこと相談できなかった。サトルや譲司は生徒会のことで忙しいし、絢人はしっかりしてるけど俺の本当の闇を知らない。
制服を持って部屋に入り、自分のジャージに着替えて聖人さんの分を返しに行く。ほんの数分だけだから洗わなくていいかなあ、それとも一般の礼儀として、ここは洗って返すべきなんだろうか。
うーん。
そんなどうでもいいことで悩む俺。
「おう、そんなん気にしなくていいから持ってこい」
思った通り、聖人さんは優しくて、強い。
朝の7時過ぎまでシャワーを浴びたり腫れた目元を冷やしたり。
どうにか見られる顔になっかたどうか。自分ではまだ腫れててカッコ悪いと思うけど、他人様って、思ったほど俺の顔に興味ないんだよね。
興味というか、空気を読まず突っ込んでくるのは逍遥だけ。
今朝も、ほらきた。
「海斗、どうしたの?顔腫れてる」
「そこは突っ込まないでくれよ」
「ああ、昨日の余波か」
「そんなとこ」
生徒会役員とは時間がずれたから合わなかったんだと思う、亜里沙はこないだ会って少し話したけど、明なんてしばらく顔も見ていない。元気にやってんだろうか。波動の乱れを監視しているのは明だと前に聞いた。それで忙しい部分もあるだろう。
ま、元気でなければそれこそ亜里沙から知らせが来るはず。元気でやってると信じたい。
現地時間の午前9時半。
俺は聖人さんとともに市の国際競技場までタクシーを飛ばし会場まで向かう。他で調整を続けていた逍遥や絢人も今日は一緒だ。
「どうだ逍遥、調子は」
「絶好調」
絢人が助手席から後ろを振り向きながら聖人さんに直訴してる。
「昨日ソフトが届いたから特別に夜の会場借りて練習したんだけど、逍遥ったら絶好調とか言い出して練習止めないんだモン。本戦に影響でないかヒヤヒヤしたよ」
聖人さんは胸元のサングラスで遊びながら爽やかな笑いを絶やさない。
「絶好調か。ならそれをイメージ記憶に蓄えて、本選まで持っていけるな、逍遥」
「もちろん」
「絢人、逍遥の暴走はいつものことだから気にするな。ただ、体調面の水分補給や塩分補給だけはお前が見ててやってくれ」
「わかりました」
逍遥が隣に乗った俺の顔をじっと見つめる。
「朝よりはいくらかマシになったけど、海斗は大丈夫なの」
「向こうでやってみないとわかんない」
「聖人、海斗のこと、よろしくね」
絢人も俺の顔を見て何かあったくらいに感じたのだろうが、何も突っこんでこなかった。ありがとう、絢人。
タクシーが会場に着いた。
最初に絢人が、次に聖人さん、逍遥、俺の順でタクシーから降りる。
会場のグラウンドでは、すでに『バルトガンショット』『エリミネイトオーラ』の練習を開始している国もあった。
どうしてか、光流先輩の姿が見えず、変わりに光里会長が『バルトガンショット』の練習を始めていた。
聖人さんが蘇芳先輩の元へ駆け寄り、何やら互いに低い声で話しあっている。
しばらく話をしていたが、聖人さんが首を横に振り、蘇芳先輩から離れた。
「光流の調子が今ひとつみたいで、日本に戻るそうだ。光里が『バルトガンショット』に回る。『プレースリジット』は沢渡先輩1人で臨むらしい。お前らも体調の変化には気を付けろ、絶対に無理はするな。今回はGPSの初戦だが、今日で全てが終わるわけじゃないから」
逍遥が俺の分まで返事する。
「了解」
「よし、じゃあ2人の分、順番とってこよう」
「僕が行きます」
絢人は走って施設管理者の部屋に入っていく。
絢人が来るまでの間、俺たちが目にしたのは、様々な競技にトライしている外国勢の姿だった。中でも『バルトガンショット』の練習者が多い。
日本選手の出来不出来を見ながらエントリーを変えて臨むつもりらしい。
うん?ルイの姿は見えるがリュカの姿が見えない。いつも仲良く行動していたのに。ルイもソフトを使い『バルトガンショット』の練習を行っている。なんだかあまり楽しそうではなかった。
国分くんは『エリミネイトオーラ』の練習を続けている。ソフトを使って。
絢人はしばらく戻ってこなかったが、施設管理者の部屋から出て近づいてきたと思ったら、声に出さず俺たちに両手で大きく丸を作ってみせる。
逍遥は何か気付いたようだったが、声にも態度にも表さない。
タタタッと軽やかに俺たちの元に走ってきた絢人は、ある一つの情報を俺たちに齎した。
「フランスの選手が禁止薬物で引っ掛かったらしい」
「なんでそこで丸印」
逍遥のツッコミにもめげず、絢人は事実らしき伝聞を俺たちの前で披露する。
「フランスの選手、リュカっていったかな、エフェドリンが検出されたって」
「風邪薬の成分?アンフェタミンと似た作用があるらしいけど」
俺は残念ながら薬物については素人以下だ。
「どんな作用?」
逍遥は眉を顰め俺の耳元で囁く。
「眠気と疲労感が無くなる,そして闘争心や集中力が高まるといわれてる。国分事件の時話さなかったっけ」
「聞いたかもしれないけど忘れた」
すると絢人は自分の方を見ろとでもばかりに、大きく手を振る。
「本人は風邪薬も飲んでない、って言ってたみたいだけど。まさか国分事件と同じように食べ物に入れられたわけじゃないよね」
逍遥は眉を顰めたまま、絢人に言葉を返す。
「ここの料理に入れたとしたら、何人もの人が食べるはずだよ。有り得ないと思うけど」
「じゃあ、リュカが何者かに勧められた何かを飲んだ」
「そういうことじゃないかと僕は思う」
俺はふと気が付いた。ここって、外国だよね。
「ここならアンフェタミンも楽に入手できるんじゃない?」
皆の血の気が引いていく。
特に国分事件を知っている逍遥は、明らかに動揺したような素振りを見せた。
「また化け猫でもいるって?勘弁してくれよ」
絢人や聖人さんは直接関わらなかったが、あの日のことは紅薔薇のほとんどの生徒が知っていると聞いたことがある。なんつっても、当時の沢渡会長直々に捕まえた犯人だったから。
逍遥と絢人の2人が五月七日さんを話題に出している隣で、俺は下を向きながらサトルのことを考えていた。
もし、もしもサトルの作ったドリンクを誰かが飲んでしまったら、今、サトルはここにいることができなかったのではないか。確か、そうに違いない。サトルは風邪薬を飲料に混ぜ込んでいた。
そう思うと、サトルは運が良かったとしか言いようがない。
本当に、みんなの身に、サトルの身に、何事も無くてよかった。
聖人さんは逍遥と絢人の会話を無表情で黙って聞いているだけ。
自分の過去を思い出したに違いない。身につまされているのかもしれない。加害者と被害者の区別は違ったけれど。
聖人さんにしてみれば、今は慕われている身でも、その実禁止魔法を駆使し俺を潰そうとしていたのだから。
摂取したとされる禁止薬物を誰かに飲まされたのか自分で飲んだものかわからないけど、練習時はホントに楽しそうに『エリミネイトオーラ』でルイと追いかけっこをしていたリュカ。彼の演武を見られないのは少し残念な気がした。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第6幕
リュカの後釜で『エリミネイトオーラ』の練習していたのは、クロードと呼ばれる男子らしい。ルイはクロードへの挨拶もそこそこに自分の練習に取り組んでいたが、サポーターと思しき男子が何から何まで教えていたし、サポーターが何度も名前を呼んでいたので、選手として出場するのはクロードなんだろう。
同じ国の代表選手なのに、ルイとクロードは何か雰囲気が違った。
クロードが『エリミネイトオーラ』を気に入ったような仕草を見せると、ルイはちょっとヒステリック気味に自分のサポーターを呼んだ。そして、すぐさま『デュークアーチェリー』の練習に切り替えた。弓道のように姿勢を正す動きが見られたので、きっと出場種目を変えたに違いない。
そしてルイはちょっと引き攣った表情でグラウンドでの練習を止め、1人アリーナへと向かった。
一旦グラウンドで逍遥の練習を見ていた俺。理由は、聖人さんが逍遥にアドバイスをしていたから。逍遥ときたら、絢人の面目丸つぶれじゃないかと思うんだけど、それを超えてでも、GPSを勝ち越しGPFに前進することが第一の目的なのだろうと思った。
逍遥の言葉でいうところの「還元」
もしかしたら、聖人さんは逍遥少年に魔法を還元したのだろうか。
特にそう思ったことに理由は無いんだけど、逍遥の聖人さんへの信頼度の高さは半端じゃない。
聖人さんがサポーターに就けば、逍遥はもっともっと力を出し切れるかもしれない。
ごめんな、俺が聖人さん盗った格好になって。
絢人は良い奴だし頭も切れるし1年の中では譲司の次くらいに、いや、譲司と並んで魔法技術に精通しているけれど、サポーターとしては新人だし、相性というものもある。
生徒会では逍遥の魔法力が人並み以上であることから、勉強の意味も込めて絢人を付けたのだろうが、生憎、逍遥の御眼鏡に適うサポーターとしての働きには不十分だったようだ。
俺としては、教えてもらえるなら聖人さんが第一候補だけど逍遥の邪魔をするつもりもない。
一度はGPSも諦めかけたくらいで、絶対勝利の4文字は俺の頭の中にはない。このままサポーターを交換しても異議はないという、ないない尽くしの心境だった。
公開練習ということで、今日は午前中の通常練習から生徒会役員もこぞってギャラリーの中に顔を見せていた。誰に言えばサポーターを変えてもらえるんだろう。サトルや譲司じゃ無理っぽい。やっぱり光里会長だろうか。
俺が練習もそこそこに紅薔薇生徒会役員たちが集まってる場所へ行こうと駈け出したそのとき。
「このタコ!さぼってんじゃねえっ!!」
逍遥の練習を見ていたはずの聖人さんが俺の方を向いて大声を出した。
いや、あの。
お二人のために俺なりに考えた答えなんですけど。
何もサボってたわけじゃ・・・。
絢人はここにはいない。
たぶん、逍遥のサポーターを降りたんだと思う。
あ、やっぱり生徒会役員の人たちと一緒にいる。
となれば、サポーターで空いてるのは光流先輩が棄権したために急遽その任を解かれた四十九院先輩だけ。
四十九院先輩のサポートがどのくらいのものか俺には分らなかったけど、俺はおまけでここにいるようなものだし。
「いでっ!!」
頭頂部と後頭部に一発ずつ、拳骨が命中した。
誰だよ、人が一生懸命考えてるのに。
と思ったら、逍遥と聖人さんだった。
「タコ助、何考えてやがる。お前は立派な選手であって、おまけなんかじゃねーよ」
「君の悪い癖が出たね。絢人は生徒会の書記にと要望があったから、今大会中にその任をサトルと二人で熟してるんだよ」
「いや、それでも四十九院先輩がいるじゃない」
「光流先輩と一緒に帰ったよ、日本に」
「え、じゃあ俺のサポート誰やるの?ああ、亜里沙と明か」
逍遥は俺の言いっぷりを聞いて、かなり渋い顔をする。声も1オクターブ低くなり、俺の耳元でぼそぼそと囁く。
「前に言いそびれたけど、あの2人は従軍しているため普段はいないんだ。昔の友だちだった時代とは立場も階級もレベルも違う。友達だった時代を忘れた方がいいと思うよ」
すると、俺の中で、砂時計が壊れて砂が一斉に零れ落ちるような感覚がひらひらと舞う。決して重い発言では無いけれど、もう時間が巻戻らないというその一言は、リアル世界にいる憔悴しきった俺の両親を思い起こさせた。
俺が両親を捨てたように、亜里沙と明は俺を捨てた。そういうことだよな、あんとき約束したのも嘘だったんだ。
俺の中で、もう一人の冷めた俺が、これまでこっちの世界でやってきたことは全て無駄だったのさ、と囁いている。今まで頑張ってきたもう一人の熱い俺は、氷の世界に跪き、氷と同化しようとしている。
もう、起き上がれない、立てない。
立っているのは、俺の抜け殻だけ。
「おい、海斗、タコ。聞いてんのか」
聖人さんが何回か俺に声を掛けたようだったが、俺にはその声が聞こえなかった。アリーナに動くべき時間が来て、逍遥が隣に付いていたらしかったが、何を話したのか覚えていない。
聖人さんがアリーナの中で『デュークアーチェリー』の練習をさせようとしたらしいのだが、俺の身体はそれを拒否って腕を上げられなかったという。自分では、何も覚えていない。
公開練習は午後なのに、あと少しでやってくるというのに、俺は全く魔法が使えなかった。というより、使おうとしなかった。
これではリアル世界に帰される。
そうか、俺、リアル世界に帰るべきなんだ。
ひとりで生きればいいんだ。
3月末に答えを出さなくとも、今、答えを出せばいいじゃないか。
俺は自らアリーナを出ようとしたらしい。
バシッ。
俺は左頬をビンタされた。続けて右も。
鈍い痛みだけが感触として俺の脳に伝わる。たぶん、俺は死んだ魚のような目をしていたと思う。
「何やってんの、あんたは」
ようやく、亜里沙の声が遠くに聞える。
でも、それだけ。
今度はもっとすごい一撃が俺を襲った。左と右頬に、強烈な一発を食らった。
亜里沙が逍遥や聖人さんと喧嘩している、というより一方的に説教しているような声がおぼろげに聞こえた。
目の前に、ぼんやりと明の顔が見えた。
「どうしたんだよ、海斗」
俺は返事をしなかったらしい。
するともう2発、左頬にビンタを食らった。
「海斗、俺だよ、明だよ、どうしたんだ」
それまで俺は立っているのがやっとで、聞きなれた声が鼓膜に響いた瞬間、俺は床に崩れ落ちた。
気が付くと、俺はアリーナ外の壁際に座らされていた。
目の前には、三白眼になり口元はへの字に歪み、眉をつり上げている亜里沙が立っている。
亜里沙の前には逍遥が立っていて、亜里沙が平手打ちを右、左と逍遥に浴びせている。
声にならない声で、俺は必死に亜里沙の足下にしがみついた。
「や、め、ろ」
亜里沙は俺の方を見ずに尚も逍遥に平手打ちを続けていた。
「亜里沙・・・止めろ・・・」
俺の声は亜里沙に届いていなかったと見える。
「四月一日。これは私たちの決定事項であって、お前如きが口を挟む問題ではない。出しゃばるな」
亜里沙に平手打ちされるなんて逍遥にとってはプライドが許さなかっただろうに。
でも、思いのほか、逍遥は悔恨の情に駆られていたらしい。
「申し訳ございません、言ってはいけないことを言ってしまいました」
聖人さんは誰に味方するでなく、黙ってその様子をみているだけだった。
俺が足下に縋りついているのがようやく分かったのか、亜里沙は逍遥への平手打ちを止めた。
「海斗、気が付いたの」
「もう・・・そんなことは・・・止めてくれ」
亜里沙は俺の頭をポンポン叩く。
「四月一日。練習に戻りなさい」
「了解しました」
亜里沙の表情がいつものワンパク亜里沙に戻っている。
逍遥が表情を硬くしたまま、グラウンドに去っていく。
俺の目は、耳は、やっと正常範囲に戻ってきた。
「亜里沙、今のパワハラ。訴えられたら負ける」
「あーら、あんなの序の口よ」
そこにやや厳しい顔つきをして口出ししたのは聖人さんだった。
「で、どうする」
亜里沙も明も、心底困ったような顔をする。
「ああ、もう。絢人は逃げちゃうし。聖人さん、あなたはどうしたらいいと思う?」
「俺が逍遥を見るか、明が見るか。この2択だろ。あの我儘を見られるのは俺たちくらいのもんだ」
明はいつもの優しい声ながら、結構はっきりものを言う。
「四月一日は1人でも大丈夫でしょう。本人は還元と称してますし。ただ、海斗は発展途上です。俺たちが軍務で一緒にいられないとなれば、メンタルが落ちるのは周知の事実です」
「試合は重ならないからいいとして、問題は練習なんだよ。逍遥はあれでいて考え方がまだ子供だから、1日中ほったらかすと練習しなくなる」
「俺や亜里沙が言ったら直りますか」
「直るだろうけど、軍務あるだろ?」
「そうですね、明後日の海斗の試合には間に合わせますが」
俺は別に、GPSでなくてもいいし。
でなけりゃ、俺と絢人が一緒になればいい。
簡単なことだ。
すると亜里沙が目をむいて怒る。
「あんた約束したでしょ、GPS出る、って」
亜里沙お得意、読心術というやつか。
「お前たちが一緒に行くのが条件だった」
「試合は大丈夫、見るけど、練習までは難しいの。今回はたまたま来れたからいいけど」
「じゃあ、俺が絢人とチーム組めばいいだろ?」
皆が黙り込む。
「別に、聖人さんに姿勢とか教えてもらったし、的に当てるだけだから」
本心では、聖人さんに付いて練習するのが理想的だとは思ってる。
でも、自分の我儘をとおせるくらい、俺は強くない。
なら、別に絢人でもいいじゃない。
「やっぱり絢人にサポートしてもらうから。姿勢の部分だけ絢人にレクチャーしておいてよ」
聖人さんも亜里沙も明も、まだ黙ったままだった。
もしかしたら、全日本や薔薇6のショットガンは絢人が作ったものではなかったのかもしれない。亜里沙や明が詳細まで設計し、絢人がデバイスに作り上げただけだったのか?
あの時はブレーンという言葉だけしか知らなかったから、プログラミングなんて誰がやってるか上の空で聞いてたんだよ。
俺の前で立ってる3人は何を悩んでいるのだろう。
別に、悩むほどのモノでもないのに。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第7幕
俺は不安だった。
逍遥は明らかに聖人さんを必要としている。
全日本や薔薇6じゃ見せなかった逍遥の一面。
逍遥は、俺が聖人さんを奪ったと考えてはいないだろうか。
絢人を嫌ったりしてないだろうか。
俺を、八朔海斗を嫌ったりしてないだろうか。
さっきのは夢?幻?現実?
いや、俺が両親を捨てたのは事実で、こちらの世界で役に立っていないのも事実。
その俺が亜里沙たちに近づくなど言語道断で、向こうは上意下達の先鋭を突っ走っているような組織の中にいる。
ああ、絢人が言いたかったのはこれか。
亜里沙と明には上意下達の前衛的な部分があると俺に伝えたかったのだろう。
皮肉なもんだ。
やっと上意下達から抜け出そうとしてる紅薔薇高校に、半端ない上意下達の流れがあるなんて。
生徒会そのものは上意下達から何とかして変わろうとしているのに、魔法部隊から派遣されている生徒は全然違うというわけか。
その割に、逍遥はそれを良しとしていないようだが。
聖人さんは今のところ上意下達の考えはないようだが、元々が魔法部隊大佐の身分だったわけだから、それそのものが身に付いていないわけがない。
もう、何が何だかわからなくなった。
誰を手本にしていいのかも、誰に頼ったらいいのかも。
俺は自力で立つことは出来るようになったけれど、心が追いつかず、何も手に付かない状態になってしまった。集中力がまったく無くなった。
もちろん、練習どころではなく『デュークアーチェリー』の的さえ前にすることができなかった。
こんなんで、公開練習大丈夫なんだろうか。公開練習欠席もできるよな、たぶん。
でも、公開練習もできないメンタルの人間が、翌々日の勝負に勝てるわけなどないと思わないか?
聖人さんがアリーナから俺を引きずりだした。何を思ったのかは知らないが、俺はひとりタクシーに乗せられた。行き先は、宿舎のホテル。
そうだよ、俺はもう不必要なモノ。
聖人さんは逍遥のサポーターとしてこの先進むつもりなんだろう。
どうやってタクシーを降り、どうやってホテルの自室に着いたのか覚えていない。
でも俺は、ユニフォームから着替えもしないで洗面所に駆け込んでいだ。涙が溢れるのを、止めることはできなかった。
我慢しても溢れてくる涙。
俺はどうしたらいいのか。
もう、ここから逃げ出してしまいたい。そうすれば、悩むこともない。
昼。誰にも会いたくなかった俺は、時間になると早々にレストランに降りて野菜ジュースを2本、トレイに載せた。
何も食べる気にはなれなかった。
何らかの栄養補給は不可欠だったが、この状態では公開練習にも行けないだろうから、特段栄養を摂る必要もない。
っと。
誰かが俺の前に立った。
この顔は・・・確か見たことがある、なんだっけ、欧米チームの、ほら・・・。
「僕はロシアのアレクセイだよ。こっちはサーシャ」
簡単な紹介を英語でゆっくり話してくれるので、俺にも聞き取り易い。訛りとかそういったものもあるんだろうが、挑戦するってだけで、俺はその人を尊敬する。
ちなみに、俺は日本語でしゃべり向こうは英語で返してくるという、ミラクルな会話術である。
赤く腫れた目を隠すように下を向きながら挨拶する。
「こんにちは」
2人は心配そうな顔をした。
「調子が悪いの?」
「まあ、そんなところ」
「じゃあ、これを食べるといいよ。栄養剤さ」
アレクセイの手の中にあったのは、たったひとつのガムだった。
「ありがとう」
「公開練習前だろう、噛んでしまうといい」
そこでやおら我に返った俺。
「ゴメン、俺、今歯が悪くてガムダメなんだ。あとで食べさせてもらうよ」
そういってガムをユニフォームのポケットにしまった。2人の顔は優しげだったけど、どこか、そうだ、目に異様な感じがあったんだ。
ロシア勢と別れると俺はすぐに部屋に篭った。
ユニフォームからガムを出す。
たぶんこれは、禁止薬物のはず。
どうして俺に?
ああ、先日の練習で調子が良かったからか。
敵は潰すに限る、ってか。
でも、あからさまな方法だよね。俺は今ぼーっとしてるから間違えて飲んだかもしれないけど、普通の選手なら警戒するところだ。
なのに平然としてガムを渡す2人に、ある意味感動してしまう。
さて、俺はこれを何処に持っていけばいいだろう。
紅薔薇高校から運営に持っていくのが一番組織として正しいやり方だと解した俺は、上の階まで階段で上がり、生徒会役員室のインターホンを押した。
「はい」
南園さんの爽やかな声とともに、ドアが開いた。
亜里沙や明がいるかもしれないのは分かっているけど、あの(=上意下達)話を聞いた後なので、いるのかいないのか問いかけるのは止めた。
もしかしたら、2人とも俺のタメ口に閉口していた可能性は・・・大いにある。
ひとこと言ってくれれば、ここに着てまでタメ口なんて止めたのに。
恥ずかしいという気持ちもあったけど、上意下達を決して良しとしていない俺にとって、亜里沙たちのさっきのような行動、そう、逍遥を叱咤しパワハラしてる場面はみたくなかった。
と、今はパワハラの話じゃなかった。危なく忘れるところだった。
「さっき、ロシア代表の選手に栄養剤としてもらったんだけど」
俺の片手にはガムが一つ。
皆がこっちに近づいてきて俺の右手を見る。
最後に亜里沙が明と一緒に奥から出てきた。なんだ、帰ってたのか。
なんか、目つき悪い。俺は飲まないで持ってきたんだから褒められると思ってたのに。
「ロシアのどっち?」
「2人揃って」
明は頭を掻いていた。明としては珍しいリアクションだ。
「こりゃ参ったな」
亜里沙も欠伸をしながら明と一緒に俺の前に立った。
「海斗、とにかくありがとう。今回のように、もらったものは直ぐに服用しないでね」
「了解」
あ、これも言わなくちゃ
「俺、やっぱり絢人にサポートお願いするよ」
亜里沙の目の色が変わる。お願いだ、白目をむかないでくれ。
「なんで」
「もう争いたくないから」
「あんた、何しにここに来てんの」
「GPSに出るため」
「あんたの地力はまだまだ発展途上なの、聖人さんのようなベテランに見てもらう必要があるのよ」
そんなこと言われてもなあ。
俺は皆に助けられてんのに、逍遥は常に1人きりってのは俺のポリシーに反する。
人って、孤独になったとき自分のベストを尽くせるとは限らないから。
明が俺の頭を掴んで右に左にぐるぐると回した。
「今回は緊急避難的に俺と亜里沙が試合の時にサポートするよ」
「お前たち忙しいんじゃないの」
「試合は観に来るつもりだったから大丈夫」
絢人には申し訳なかったが、亜里沙と明がサポートしてくれるのなら、それに越したことはない。
「じゃあ、公式練習は?」
「ゴメン、その時間は打ち合わせがあるんだ」
「そうか・・・」
「お前の言うとおり、聖人さんから絢人にサポートを交換して、本選は俺たち俺たち2人が見るから」
「了解」
昼飯でホテルに帰ってるはずの聖人さんに連絡をとり、絢人にサポートを交換し、俺に関する諸事項をレクチャーしてもらった。レクチャーと言っても姿勢だけなので、楽々とまでは行かないものの悩むほどのサポート内容でもないだろう。
「よっ、海斗」
聖人さんが一度俺の部屋に来た。
はっきり言って、涙が出た。
本当は聖人さんに教えてもらいたかった。
でも聖人さんは何も言わず、サポートが変わる旨の挨拶だけすると部屋を出た。
俺が気持ちを読心術に引っ掛からない程の奥深くにしまったのか、聖人さんが気付いていながら無視したのかはわからない。
やはり、俺はこの場に相応しくないということか。
午後2時からの公開練習。
ホテルを出る俺の傍らにいたのは絢人だった。
公開練習では、亜里沙と明が観ていないということもあったのだろうか。
俺の結果は散々で、30枚中5枚しか命中しなかった。
もちろん絢人はレクチャーどおり俺の姿勢に気を付けてできる限りのことをしてくれたし、俺も落ち込んだ気分を元通り、とまではいかないけど、明日の本戦のことを中心に考えてきた。
それでも、集中力が全くと言っていいほど欠けていたのだと思う。
あまりにも拙劣な出来。
絢人が涙ぐみながら頭を下げた。
「ごめん、海斗」
ここは絢人が謝るシチュエーションではないわな。
「俺が集中力切らしたのが原因だよ」
落ちこむ絢人にデコピンしながら、俺は一旦1人でアリーナを出て、外の空気を吸いながら天を仰いだ。
真っ青な空。
遠くに見えるうろこ雲。
何やってんだ、俺。
なんのために憔悴しきった父さんや母さん置いてまで、この世界にきたんだ。
俺、なんのためにここにいるんだ。
絢人泣かせてまで。
腕を上げて背伸びして、深呼吸した。
何か、力が少しだけ漲って来るような気がした。
もう、今日のことは仕方がない、命中しなかったモノは仕方がない。
本番は、明日。
俺はまたアリーナに戻り、帰る用意をして絢人と一緒に外に出た。
絢人はまだ落ち込んでいた。
「ごめん、何の役にも立たないサポーターなんて要らないよね」
「絢人のせいじゃない。もう忘れよう。悪いイメージ持ち続けたら明日に持ち越してしまうから」
俺は絢人の背中をドン!と叩いて前を向いて歩きだした。
「ほら、前を向こう。本番は明日だ」
絢人は泣き腫らした顔を、下を向いたままの顔を、ようやく上げてくれた。
俺たち2人は、前を向きながらタクシー乗り場まで歩いた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「海斗っ!!」
あーあ、聖人さんの声がする。こりゃー相当怒ってるな。
「どういうことだっ!!」
仕方ないでしょ、やっちまったものは。
でも、これで俺に対するマークは確実に減ったと思うんだけど。
「そういうことを言ってるんじゃない!!」
自分でも集中力切らした原因わかんないっす。
「こーなることが心配だったんだ」
大丈夫だよ、明日は亜里沙や明も試合でのサポーター席に入るし。
「そうでないと俺が困るわ」
んー。ノーコメント。
聖人さんの読心術と会話した結果だ。
読心術ってスゲー。
昼間はみんなの前で、努めて明るく振舞っていたけど、取り敢えず夕食済んで部屋に戻った俺は、ガタガタと手足が震えてしまって、もう部屋から外に出られそうになかった。
明日、イメージ通りに的に当てられるだろうか。
それより何より、こんなに震えていたら会場に行けない。
逍遥みたいな人間にはある程度の緊張が必要なのだろうけど、俺は元々こういう煌びやかな世界は苦手だったりする。
そうだよ、人前に出るのは苦手中の苦手なんだよ。
目立ちたがり屋はこういう機会を「よっしゃー」とばかりに活用するんだろう。いや、決して逍遥のことを言ってるわけじゃない。
逍遥は目立ちたいとも思ってないはず。
ただ単に、目立つことを怖れないタイプなんだ。
逍遥と少し話してみたら、目立つことを怖れない心境のお相伴に与れるかもしれない。
俺はジャージ姿のまま、カードキーを持って逍遥の部屋を訪ねた。
「はーい、どーぞー」
相変わらずの軽い応答。緊張感のきの字もない。
逍遥に聞いても無駄だと知りつつ、部屋の中に入って開口一番、一応言葉にしてみた。
「緊張感を失くす方法知らないか」
「知らない」
「じゃ、緊張感の中でも普段通りに出来る方法は?」
「うーん。信念を持つことじゃないかな」
「信念?」
「そう。例えば薔薇6のマジックガンショットのとき。僕は君のタイムを見て自分のタイムを割り出したろ?」
「最後なんて有り得ないタイムだったな、君は」
「そこが信念なんだよ。絶対にやり遂げてみせる、って」
「絶対にやり遂げる、信念か・・・」
「今の君に必要だとすれば、絶対に射抜いてみせる、といったところかな」
「射抜いて見せる・・・」
「言葉にはマジックがある。言葉は言霊になる。言霊は信念に通じる」
「言霊?」
「なんていったら解り易いかな、一般的には呪力や霊的な力と言われたりするけど、うーん、僕は呪力とか霊的な力というよりも、希望を宿したフレーズだと解釈してる」
「言霊か・・・」
「信じる信じないは人それぞれさ」
「いや、俺は信じるよ。俺自身の過去がそれを物語ってる。中学とか高校受験の時、母さんはマイナスの言葉しか言わなくてさ。それじゃ、受かりっこないよな」
「でもそこには自身の努力も入ってくるよ。何もしないでプラスの結果を求めても無理に決まってるでしょ」
「そりゃそうか」
俺は笑って逍遥の頬っぺたを抓りながらおどけた。
「言霊って、魔法の言葉かもしれないな」
逍遥もくすっと笑みを浮かべながら頷いた。
俺は何となく気持ちが楽になったように感じた。
別に逍遥と仲違いしたわけじゃないし。こうしてアドバイスもくれる。そのアドバイスは、俺にとってピンポイントで効くようなものばかりだ。
逍遥の言った「信念を持つ」ことの大事さを俺は噛みしめていた。
そう。俺だって今までサボって寝てたわけじゃない、それなりに練習を熟してきたつもりだ。
明日は明日でどうなるかわかんないけど、逍遥の言うように、絶対に的を射ぬいてみせる。いや、きっとどうにかしてみせる。
それが俺の言霊だ。
逍遥の部屋を暇して自分の部屋に帰った俺に、聖人さんから便箋一枚のメモが届いていた。
「俺はもうお前と行動を共にしない。お前の健闘を心から祈ってる」
聖人さん、俺、今までのこと心から感謝します。
皆に見守られて今がある。恩返しじゃないけど、明日俺は自分のために、みんなのために的を射る。
俺は軽くシャワーを浴びストレッチを入念に行って、もう一度シャワーを浴びた。
まだ午後の9時。いつもの俺の睡眠開始時間よりちょっと早いけど、俺はTシャツとハーフパンツで布団にくるまった。
GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会 第8幕
翌朝、起きたのはちょっぴり早い5時。
ストレッチとシャワーを繰り返してから、『デュークアーチェリー』の姿勢を確認するため鏡の前に立った。上半身しか見えないから、鏡に足の幅は映らなかったが、それは自分の身体が覚えている。
弓道など実際の競技で的を射る際にはどうかわからんけど、俺の場合は肩幅から拳半分ほど開くとちょうどいい。最初に聖人さんから教わった足幅だ。
こんな朝早くから絢人を起こすのも申し訳ないが、俺の場合、姿勢が段々猫背になっていく悪い癖があるので、誰かに見て欲しかった。
そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。
誰だよ、こんな朝早くから。
「おはよ」
食い入るように画面を見る。
本当の幽霊だと困る。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。俺の前に、魔法部隊の仕事帰りと思われる亜里沙と明が現れたのだった。
「朝帰りか」
「失礼な物言いじゃない」
「別に深い意味は無いけど。よかったら俺の姿勢見てくれよ」
「あんたの場合は段々姿勢が悪くなって右の手のひらが下向いちゃうのよね」
「どうすれば直る?」
「気持ち手のひらを上に向けて」
「こうか?」
俺は少しだけ手のひらを上にあげる。
「最初はそれでいいけど」
明が俺の右肩から肘、そしてもう片手で手のひらを抑えてぐっとあげた。拳約2つ分。
「こんなに上げたら的から外れないか?」
「いや、大体の目安として、10枚超えたら自分で思うところの拳ひとつ、20枚以上超えたら拳2つ。そうすれば若干姿勢が悪くなっても的から外れない」
「自分では中々わかんないからなあ」
「その人の癖もあるから」
亜里沙も脇から口を出す。
「あんた猫背になる癖あるからね」
「悪かったな」
「癖はもうどうしようもないのよ。聖人さんの教えは完璧だった。猫背になることも予想してたしね」
「そのとおりにやったんだけどなあ、公開練習も。なんで当たんなかったかな」
「集中力でしょ、あんた全然集中してなかったらしいじゃない」
「今日は昨日みたいな無様な真似はしないよ。できることなら50枚すべて的を射たい気分だ」
「そういかなくちゃ。みんなで応援してるから」
あはは、と3人で笑ってると、あっという間に時間が過ぎていく。
結局俺は、こいつらが魔法部隊の人間だったとしても、上意下達を他人に強制する組織に属していたとしても、幼馴染としてのこいつらを忘れたくないんだ。
逍遥は忘れろと言ったけど、無理なモノは無理だ。
頼らないに越したことはないけど、こいつらが俺の傍に寄り沿ってくれる限り、俺はこいつらの言葉を信じたい。
明がしきりに時計を気にしている。
「どした、なんで時間気にしてんの」
「海斗、会場入りの時間から割り出すと、もう朝ご飯食べて会場行かないと。ユニフォームに着替えて」
亜里沙に後ろを向かせて、俺はユニフォームに袖を通す。
「そういえば、絢人は?聖人さんは?逍遥は?」
「絢人は生徒会の連中と一緒に行くはずで、四月一日と聖人さんは2人で一緒に。もう行ったはずだ」
「そう・・・」
一緒に行動しないというのはこういう意味だったのか。
「海斗、なに気にしてんの。聖人さんは四月一日の悪い癖を直すためにサポートに就かせたんであって、本来なら四月一日は1人でも十分戦える実力があるの。聖人さんが海斗に就くのが気に入らなくて練習サボったに過ぎないんだから」
亜里沙はそういうけど、俺には「気に入らない」という言葉が合ってないような気がする。こう、何でかは言えないけど、それは違うよ、というやつ。
昨日の逍遥を見て、俺のことを気遣ってくれてるのがわかったから。
逍遥が聖人さんに就いてもらうことに理由があろうとなかろうと、聖人さんは俺の元から離れたという事実があるだけだった。
「さ、食事終わらせて、あとは会場入りしよう」
明の言葉に従って、俺たち3人は朝の7時を迎えたところで部屋を出た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
結構急いで食事を摂る俺たち。そのままタクシーに乗り込むために。
今日の朝食は亜里沙と明から「栄養とはなんぞや」とのキツーイお説教があり、栄養源を少量ずつ食べるという面倒な時間と変化した。
薀蓄を語りだす明こそ、全然食事に手を付けていない。それらの薀蓄は試合後に聞くとして、明にも無理矢理朝ご飯を食べさせる俺。
「ほら、行こう」
俺は席を立って後の2人に立つよう促した。
エントランスから車寄せに向かうとタクシーが1台だけ停まっていた。これを逃したら、またフロントに頼んでタクシーを手配しなければならない。
「国際競技場までお願いします」
日本語で言っても通じるのがまた嬉しい。通じないときは、英単語だけ使って国際競技場と言えばいいんだよ。話すのが苦手な俺だけど、そこまでは進歩した。
会場まで車が走る間、俺と亜里沙・明は何も話さなかったけど、2人とも俺の手を握っていてくれた。
活力注入。
今、一番俺が求めているモノ。
亜里沙と明は、何よりこれこそが俺の求めているモノだと分っている。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
午前7時30分。タクシーは無事に国際競技場に着いた。もうすぐ通勤ラッシュの始まる時間だったようで、ドライバーのおじさんは頗る機嫌が良く「GOOD LUCK」と俺たちを激励してくれた。
競技場には、ぞくぞくと選手やサポーターが集まっている。
今日はアリーナで午前に『デュークアーチェリー』、午後は南園さんの出場する『スモールバドル』が行なわれる。
外のグラウンドでは午前に光里会長の『バルトガンショット』、午後は逍遥の『エリミネイトオーラ』、競技場構内では午後から沢渡元会長の『プレースリジット』が行われる予定だ。
俺の試合は午前9時30分から。
エントリーは、公開練習で俺がコケたせいもあって30人に増えていた。
昨日絢人が俺の代わりに演武の順番をくじで引いたのが25番目。
まあまあ、俺としては満足できる。
最初に終わると楽だけど、自分を追い越されたら面白くない。25番目なら練習はそれなりに出来るし、順位もある程度の予想はつく。
そういえば、絢人がいない。俺は亜里沙を突いた。
「絢人は?」
亜里沙が右手を振ってる。なぜ?
「変に気を回しちゃって。今日は生徒会役員と一緒にライヴ中継を見るって」
「全然気にしなくていいのに」
「向こうにとっちゃ、そうはいかなかったんでしょ。聖人さんと比べられるような気もしたんじゃない」
「いや、一番はお前がクマみたいに怒るからだ」
「誰がクマよ」
俺と明が一緒に亜里沙を指さす。
亜里沙が怒って俺たちを追い掛け回す。
俺の中の無駄な緊張がほぐれ、心地よい緊張の糸だけがピンと張るような気がした。
午前9時30分を回った。
号砲とともに、GPSアメリカ大会の試合開始。
昨日までの演武の成果を出すため、1番の生徒から的に向けて矢を放つ。
1人目のモロッコの選手は、50枚中、合計27枚命中。この27という数字を基に、一喜一憂する姿が繰り広げられるわけだ。
俺は一旦アリーナを出た。中は亜里沙と明に任せて。
別に、一喜一憂しなくても自分の実力は自分がわかっているし、今日の目標枚数も決めている。
目標枚数は35枚。
特にシーズン初戦なので、満点は求めていない。ただし、ここで引き離されると後が辛い。ここで少なくとも2位か3位につけて、他の大会でも上位を狙うだけだ。
亜里沙と明は何も言わずとも、俺の考え、俺の体調、俺の全てを最優先とし、2人とも一緒にいてくれる。
軍務で忙しい中、俺だけのために今ここにいてくれる。
俺にとってはそれだけで心強くもあり、また、目標への第一歩を踏み出す勇気をもらえる存在でもあり、普通の幼馴染でもある。
俺としては聖人さんのことがちょっぴり残念ではあったけれど、逍遥は俺よりもGPFに勝ち残る確率が高いわけだから、聖人さんの教えの元、頑張って欲しいと思う。
さて。試合の方だが、今しがた、物凄い歓声が上がった。
この明るい拍手喝采を聞く限り、誰かが相当の枚数を命中させたものと考えるのが妥当だろう。
俺はアリーナに入ろうとはしなかった。誰が上に立とうが、俺は俺の魔法で的を射るしかない。
俺は姿勢に気をつけながら、自分の中で的が当たるイメージを膨らませる。そう、姿勢だけではどうにもならないタイミング。
公開練習ではこのタイミングを逃したから的に当たらなかったという自己分析もできている。
本当に、絢人には悪いことをした。
絢人、今日は俺、頑張るから。
イメージ記憶を頭の中に3D映像として蓄える。
そう、俺の究極の技(かどうかは知らないが)を駆使して本戦に臨もう。
名前を呼ばれてから位置につき、足を肩幅プラス拳ひとつに広げて、拳骨をつくったまま右腕を大きく振りかぶって定位置で止め、人さし指と親指を伸ばす。その一連の動きを何度も何度もイメージで練習していると、明が呼びに来た。
「20番の選手が今終わった。中に入ろう」
「了解」
「調子はどう?」
「上々」
「そう、よかった」
「今の状況は?」
「ロシアの選手が40枚命中で1位」
「そう」
「海斗のイメージ戦略で、思うまま、的に向かえばいい」
俺と明がアリーナの中に入り試合会場に向かうと、22番目の選手が競技を終えたところだった。
1位は変わらず、ロシアのアレクセイ。
俺は廊下に出てストレッチを始めた。身体にしなりがないと腕が上がらないから。
一応3分くらいストレッチで身体を解したあと、もう一度会場に入った。
24番目の選手が競技を始めるところだった。
俺はそちらに目を向けることなく、目を閉じイメージ記憶を呼び出す。
そして目を開けると、大きく背伸びをして息を整えた。
24番目の競技が終わり、33という枚数が電光掲示板に映されたところだった。
次は、俺の番。
出陣だ。
亜里沙が肩と背中を叩き、明が握手してくれて、俺は歩き出した。
丸で囲まれた定位置に入り、足を広げる。
一番最初の的が現れた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
イメージしたとおりの的。
姿勢に気を付けて人さし指を伸ばす。
ドン!!
大きく矢が刺さる。
命中。
命中すると次々と的が現れる。
命中させ次の的を待ち、また命中させる。
イメージ通りにテンポよく前半戦は百発百中。
だが、後半戦になるとさすがに身体が疲れて来て、猫背になっているのが自分でもわかった。明にいわれたとおり拳ひとつ、拳2つと右掌を上に向け的を射ていく。
この時俺の脳裏は何も考えていなかった。姿勢も何もかも自動で制御されたような感覚で身体が動く。
結果、35枚命中という幸先の良いスタートで俺はプレーを終えた。現在、2位。
亜里沙も明も手放しで喜んでくれた。
だが、俺の次に出たドイツのアーデルベルトが 38枚、スペインのホセとアメリカのサラが36枚命中させ、俺は5位に落ちた。
でも俺としては、最初の試合で目標枚数を達成できたので、充分満足のいくものだった。
GPSはあと4試合。
各地でこのくらいの出来をキープし、できることなら本選のGPFに進みたいと思う。前はGPSに出るのすら嫌だったけど、ここまできたら上を目指したい。
競技場の中にある食堂で、亜里沙と明と3人で焼きそばの看板を目にした。
「OH!焼きそば!!」
なんか亜里沙が豹変してピョンピョン飛び跳ねてる。そんなに焼きそば好きだったっけ。
「違うわよ、ここで日本食が食べられることが嬉しいだけ」
「日本の焼きそばと違ったりして」
しかし、俺が危惧したような心配は要らなかった。
焼きそばを作っていたのは日本人のボランティア学生。目の前で焼いてくれるので話ができた。薔薇大学の学生だという。あれ、もう授業始まっているんじゃ・・・。彼は紅薔薇から薔薇大学に進学し2年。半年休学してアメリカ各地を回り英語を勉強しているという。
薔薇大学と英語・・・?
ああ、紅薔薇だったら普通科から薔薇大学に行く人もいるだろう。薔薇大学には文学部とか法学部もあるみたいだし。
でも、俺は紅薔薇の魔法科至上主義が嫌いなので、それ以上突っこんだ話はしなかった。
亜里沙と明も話はしない。向こうの心を読んだのだと思う。
「ご馳走様!」
俺たち3人は、満面の笑みで彼に礼を言い、食堂を出た。
そこで光里先輩と顔を合わせた。
「どうだった?」
亜里沙の問いに答える光里先輩。
「無事に1位通過です」
亜里沙は光里先輩の背中をバン、と1回叩いて喜びを表した。
「あとは『スモールバドル』と『エリミネイトオーラ』と『プレースリジット』か」
明は首を傾けながら戦評を予想している。
「『エリミネイトオーラ』と『プレースリジット』は楽勝でしょ、あの2人が出てるんだから。あとは『スモールバドル』がどれだけ世界に通用するか、だ」
南園さんの『スモールバドル』の試合にはそうそう期待していないようで、亜里沙と明は2人とも眼中に入れていないのが見て取れた。女子オンリーの試合だということもあるのかどうか、それは分からない。
沢渡元会長の『プレースリジット』は、1年の頃から目立った成績を残してきたという。だから試合を見る前から楽勝と言ってのける。俺のような緊張もないだろし。沢渡元会長の『プレースリジット』は本当に沢渡元会長のためにあるような競技だと俺も思う。
一方、午後から逍遥が出場する『エリミネイトオーラ』に関しては、聖人さんの出来事もあり亜里沙たちは注視しているように見えた。
あれだけ我儘を聞いてやったのだから、1位じゃないと認めない、と亜里沙が地下から響いてくるような恐ろしい声で俺を圧倒する。
薔薇6で現れた生霊って、お前じゃないのか、亜里沙。
「あたしが生霊ならあんな下手な手こかないわよ」
「確かに。でも、聖人さんは今でも特級な魔法が使えるのに、どうしてあんな下手な魔法使ったんだろう」
「そこは調べられずに終わっちゃった」
亜里沙。ホントにお前はクールだよ。逍遥とは全く違うけど。
亜里沙と明は、誰も来ないような場所に急ぎ歩いていく。おい、なにすんだ。じっとみている俺の前で、魔法でドローン作って飛ばし始めた。その映像をお前たちはどこで確認するんだ?
「今までは別の人がやってたけど、今日はあたしたちがいるからね」
「生徒会役員が観る映像か」
「そう。でないとこれからの策戦立てにくいじゃない」
「そりゃそうだ」
明は至極冷静で、注意点を忘れない。
「海斗、これは内緒にしといてくれよ」
「なんで」
「策戦会議の方法は、各国それぞれだから」
「なるほどね、了解」
俺たちはそのままグラウンドに出て、午後に行われる『エリミネイトオーラ』を観戦することにした。そのあとアリーナに戻り南園さんの試合を見るという。
逍遥に適う者などいないに決まっているし、ダントツで1位を獲得すると思うんだが、亜里沙たちとしては現物が観たいらしい。
30分後、俺と亜里沙と明がギャラリーの後ろの方で観戦体勢に入る。
試合開始はもうすぐだ。
「On your mark.」
「Get it – Set」
試合が始まった。空高く飛び上がる逍遥に、誰もついていけてない。これで相手のオーラ部分を止めて下に降りてくればポイントが入る。
逍遥はしばらく光の速さともいうべきスピードで何人ものオーラをその手に治めていたが、あるとき、カウンターを食らって背中を獲られてしまった。
そのまま逃げ切ることもできず、逍遥は下に降りてくる。空中での残りはあと1人しかいなかった。
その段階で逍遥は1位を逃していた。
結局逍遥はそのまま2位で試合を終えた。
悔しかっただろうなあ、と俺は純粋に逍遥を心配していたが、亜里沙と明の顔つきは違っていた。亜里沙なんぞ、三白眼にはならずとも、相当怒ってる?なぜ?
逍遥だって2位というそこそこの点数であって、俺なんて5位だよ?俺より順位いいんだよ?なんで怒るかわかんない。
逍遥たちの試合が終わりグラウンドから逍遥と聖人さんが出てきたところを、明が止めた。
「こちらに」
先程ドローンを作ってた場所。人の気配はない。
「四月一日。1位になれるからと聖人さんをサポーターにしたの、解ってるわよね」
「はい、承知しています」
「どういうこと?説明してもらえるかしら」
「まったくもって自分のミスです」
「ミスした理由を述べなさい」
「練習不足でした」
「あなたが練習するために聖人さんを欲しいと願い出たのよね。海斗から盗ってまでも」
逍遥は黙ってしまった。いつもの逍遥ではない。
「はい・・・」
「それとも聖人さんが自ら海斗を捨ててまで、あなたのサポーターを引き受けたのかしら」
「・・・」
急にバシッと音が鳴り、亜里沙は逍遥にまたも平手打ちした。
殴られた左頬はみるみる赤みを帯びていく。
俺はすぐさま逍遥の前に出て、亜里沙と相対した。
「おかしいよ、こんなの。暴力で上手くいくなんて有り得ないだろ。そもそも、亜里沙、お前、前に逍遥に言ったよな、敬語や丁寧語は要らない、って。それがなんで超ブラックの上意下達になってんだよ」
「どきなさい、海斗」
「俺が納得する答えをもらうまで動かない」
亜里沙は大きく溜息を吐いた。そして、これまで聞いたことの無いような口調で逍遥に問いかけた。
「四月一日逍遥。お前はなぜここにいる」
逍遥はしばらく返事をしなかった。
何か、逍遥と亜里沙の間に確執というか、不安定な関係性があり、それには俺も関わっているような気がする。
やっと口を開いた逍遥。
「・・・還元です・・・」
「お前は還元していないではないか。還元が進んでいるのなら、今日だってもっと良い成績が出せたはず」
亜里沙。お前は俺が5位で成績が良くなかったと言ってるのか?
それとも、逍遥が聖人さんをサポーターに就けたのだから1位を取るべきだったと、逍遥に向かって言ったのか?
誰も俺の心の問いに答える者はいなかった。
先程までポツリポツリと話していた逍遥が、やっと口を開いた。
「僕自身に話させてもらえませんか」
「よろしい」
逍遥は俺の前に進み出て、俺の右肩に手をかけた。
「僕の父が魔法部隊にいる、と話したことがあっただろう。実は僕も魔法部隊の人間で、今は少尉なんだ。「還元」とは、僕自身が学んだ魔法を君に全て譲ることだ。そのために僕自身が紅薔薇の高校生になり君に近づいたことを指している」
急に話を振られ、実のところ言葉を失くす俺。
しかし、何か喋らないことには場が持たない。
「いや、それ無理だろ、俺、別世界から来て魔法なんてちゃんと使いこなせないし」
「山桜さんと長谷部さんが見つけた人だから」
「見つけ間違いじゃないの、俺、元々運動神経も良くないし反射神経皆無だし」
亜里沙は目を吊り上げたままだったが、自分が見つけた人間だから正しい、という顔に変わった。自己満足だな。
「そうよ、本来は還元はこちらの世界で見つけるけど、たまに別世界に隠れた人材がいるの」
「僕自身は、聖人に還元してもらったんだ」
俺は納得した。
色々と教えを受け成長を見守ってくれた人に、何年経っても教えを乞いたいと思うのは当たり前だと。
聖人さんにしてみても同じこと、還元した相手の成長を見守りたいと言う心理は働いて当然だ。
「四月一日逍遥。お前は明日からサポーター無しで戦え。さもなくば、魔法部隊に戻れ」
ちょっと待った亜里沙。
「それは厳しすぎないか」
俺と聖人さんが同時に言葉を発した。まずは聖人さんが亜里沙に反論する。
「出場停止は折角の還元に水を差すだろ。こういう方法だから1位になった、2位になった、という方が教え易いぞ」
「であれば、サポーター没収」
「うっ」
と言ったまま、聖人さんは黙りこんだ。
薔薇6のような団体戦ならまだしも、個人戦でサポーターがいないのはとても寂しいというか、自分ひとりで戦うのは非常に難しい。
特に俺みたいなヒヨコは。
俺は俺で、考えていたことをこの際言っちゃえーとばかりに言葉にしようと決めた。これも言霊になるのだろうか。
「サポーターがいないとメンタル的に拙くないか」
俺の方を向いた亜里沙は、普段の口調に戻っていた。
「魔法部隊の人間がサポーターを必要とすると思う?」
「それはそうだけど・・・」
その時、号砲がけたたましく鳴った。アリーナの『スモールバドル』がいつの間にか終了していた。暗い雰囲気の皆を放り出し、俺はひとり走ってアリーナへと向かい、南園さんを笑顔で迎えた。
「ゴメン、ちょっと色々あって試合見れなかった。何位?」
「2位でした」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
そこに、生徒会役員らが寄ってくる。
サトルに聞いたら、沢渡元会長の『プレースリジット』は、ダントツの1位だったそうだ。
俺は南園さんの接遇を生徒会役員へバトンタッチして、急いでアリーナから飛び出し亜里沙たちがいる場所へと戻る。
亜里沙と逍遥は、まだ揉めているようだった。
《しょうよう》に対するサポーターは要らないと強硬論を繰り広げる亜里沙。反対に、誰か一人だけでも逍遥に付けるべきだという聖人さん。
聖人さん的には、どうなんだ?
《しょうよう》のサポートをしたいのか?
それとも俺のサポートをする気なのか?
俺は段々面倒になってきた。
「なら、俺も逍遥もサポート無しでいいよ」
亜里沙が吠える。
今日は誰に向かって吠えているんだろう。
「海斗には誰か就かないと。海斗のパフォーマンスを最大限に引き出してくれる人」
聖人さんはなお、逍遥にもサポーターをつけるべきだと主張しているようだ。
「結局そうなると、あんたらか俺しかいないよな」
「簡単よ、四月一日はサポート無しで、海斗には聖人さんが就けばいい」
「いや、俺の言ってるのはそういうことじゃなく・・・」
辺りも段々灯りが増えてきた。陽が落ちつつあるのだ。
この話を生徒会に持ち出したところで解決を見ないことなど解りきっている。
サポーター全員が聖人さんと亜里沙たちの後輩、というか年下で、力の差など歴然としているのだから。
絢人は生徒会に逃げてしまった。もう今大会で誰かのサポートをすることはないだろう。
聖人さんはやみくもに言っているわけではなく、もうサポーターの絶対数が足りないという事実を告げているだけなのだ。
だから、逍遥は聖人さんに任せ、俺は軍務の無い日に亜里沙・明と一緒に会場入りする。
それでよくないか?
もしもだよ、もしも俺がGPFに出場が決まったら、その時にまた別の方法を考えればいいじゃないか。
俺はサポートを受ける側の選手として、それこそ強硬に自分の意見を主張した。
「この際だから言うけど、逍遥だって誰か必要だと思う。でも逍遥のサポートをできる人なんて、紅薔薇には聖人さんしかいないだろ。お前たちが時間のある時に俺のサポートに回ってくれよ、つーか、その時間を作ってほしい。また3人で試合に臨みたい」
亜里沙が苦虫を食いつぶしたような顔つきで俺たちを見まわす。
「ロシア大会の本選まで2週間あるわ。四月一日逍遥。あなたはどういったことがあろうとも、次からは1位通過で纏めなさい。GPFに進出しなさい、海斗のためにも」
俺はほっとした。いや、少し不安はあるけど、こうして喧嘩するよりよほど漸進的な考え方だと思う。
亜里沙は言いたいことをぶちまけたあと、明とともに『プレースリジット』に出場して1位通過した沢渡元会長を激励しにどこかへ行ってしまった。
その場には、俺と逍遥、聖人さんが置き去りにされた。
異世界にて、我、最強を目指す。GPS-GPF編 第9章 アメリカ大会