鳥達のさえずり

小豆澤燕と唐洲世津那。鳥たちはひっそりと秋風にさえずる。


 晴れていても冷たい風が吹き付けると、少し身震いしてしまう。
 冷え性だと言っていた世津那も、やっぱり少し寒いのか、やや猫背気味になっているように見えた。私は運動部生活のお陰か、世津那と一緒にいるからか、謎に指先が温かい気がしたので、彼女の手を握ってあげようかと思って、でもまだ校内だからと踏みとどまる。
 渡り廊下を進んで階段を降りて、体育館裏へ続く外の道に出て、人目が少なくなっても躊躇してしまって、結局私の手はぷらぷらと虚空を彷徨ったままになった。見た目を変えたって、小心者の私は消えてくれないんだな、と痛感する。
 一緒にお弁当を食べるために体育館裏まできた私達。少し先を歩いていた世津那が、体育館裏の入り口前の階段のところに腰を下ろしたので、私もその隣に座って、持ってきたビニール袋の中身を漁る。

「世津那見て見て、じゃーん」
「あらあら、どうしたんです? そんなに大量にトッポ買って」

 朝のうちにコンビニに寄って買いまくったトッポの箱を見せられた世津那は、驚きに目を見開いてから、優しく細めた。

「今日11月11日だよ?」
「ああ、ポッキーの日ってことですか? 燕ちゃん、トッポ大好きだから、急に欲求が爆発して、今日のお昼ご飯トッポで済ませようとしたのかと思っちゃいました。みんなに配って回るんですよね。……でも燕ちゃん、そんなに配る相手いましたか?」

 早速箱の一つをべりべりと開けて、袋を開封すると、チョコの甘い香りが秋風にのってふわりと漂う。マジどこまでチョコたっぷりだというの、トッポ最高。

「ん? え、配る相手? まあ、去年ならバスケ部のみんなにあげてただろうけど、もう繋がり断ったし、アサクンとか、ちるてぃあとかにあげてもいいかもしれないけど……あげる相手いないね、ほぼ」
「じゃあその大量のトッポは?」
「? 私のお昼だよ」
「……oh」

 いつも世津那のお弁当は私が作ってあげていたから、自分のぶんのお弁当もトッポにされたのではと思っているのだろうか。苦笑いと真顔の中間みたいな変な顔しているから、こんな顔もするのか、とカメラを起動しようとした辺りで「ちょっと、撮影NGです! 事務所通してからにして下さいよ!」と、両手で顔を隠されてしまう。事務所ってどこだよ。
 スマホはとりあえず膝の上において、階段に置いたビニール袋に埋もれていたお弁当の袋を取り出して、世津那に渡した。

「流石に世津那のぶんまでトッポにはしないよ。今日は卵焼き多め」
「わぁ、ありがとうございます」

 手を顔の横でぱちんと合わせて、顔を綻ばせる。うん、可愛い。世津那は私の作る卵焼き好きだから、多めに作ってよかった。いっそ卵焼きオンリー弁当とか作ったら、それはそれで面白い反応をしてくれそうだな、なんてひっそり邪な思考を浮かべながら、ついでに食べていたトッポの一本を世津那の口元に近づけた。そうすると、ぱくりと軽く咥えて、その動作が動物みたいだな、と思う。
 そのまま世津那は私の目を見て、静止した。

「……ん? 食べないの?」
「あら? 燕ちゃんまさかポッキーゲームを知らない?」
「ん? えっ……?」

 私が狼狽していると、とりあえず貰った一本をシャリシャリと食べきって、ああ、と声を漏らした。

「燕ちゃん、お友達少ないから無理もないですね。ポッキーゲームというのは簡単に説明しますと、両端を」
「いやいや、流石に知らないってことはないよ! 女バスの中でもやったことあるし! てかこれトッポだけど!」
「じゃあ話は早いですね。もう一本下さい」

 世津那は何をしようとしているのか。
 半分頭が真っ白になってオロオロしていると、世津那は軽く首を傾げて、その拍子に彼女の艷やかな黒髪がふわりと揺れる。この、キョトンとしてるときの世津那の顔がすこぶる可愛いんだけど、今はそうじゃなくて、そうじゃないんだぞ、そんなこと考えてる場合じゃないんだぞ、私。

「燕ちゃん、私のこと好きなんですよね」

 まるで日常会話のように。「次の授業現文だよね?」くらいのノリで聞きやがるので、途端に私は顔が熱くなった。

「ヴァ……!? ソ、ソウデスケド、なんで今そういうこと言うの、ホントなんで」
「だから、ポッキーゲームやってあげたら喜ぶかと思って」
「んぇ、なにその謎のサービス精神ありがとうございます、でもちょっと待って心の準備が」

 ワタワタする私を見て面白がっているのか、少し悪い笑みを見せる彼女も、そりゃまあ可愛いなって、そんなことを考えている場合じゃなくて。アワアワしすぎて暑い。自分の熱でトッポ溶けちゃうのではないか、と心配になってきた。
 とりあえず渡した一本を受け取ると、世津那は微笑む。

「じゃあこうしましょう? 燕ちゃんは目を閉じてトッポを咥えていて下さい」
「えっ、そそそ、それさ! 世津那の判断に全ての全てが委ねられるわけでしょ!?」
「ふふ、どうしてほしいか、ご要望があればその通りにやりますよ?」

 完全に面白がられている。クスクスと悪戯っぽく笑う世津那。も、可愛い。というかなんでこんなにノリノリなんだこの子。照れまくっている私がなんだか馬鹿みたいじゃないか。

「さあ、選んで下さいよ。寸止めです? 半分までにします? そーれーとーもー……」
「宣言してからやってもらったらゲームの意味ないじゃん! お、お任せしますっ……」

 それを聞くと、世津那は更に悪い笑みになって、悪魔のようにくつくつと笑い声を溢す。

「へえ。いいんですね? 判断を人に委ねるっていうのがどういうことなのか、もう少し考えるべきだと思いますけど」
「ううっ……もう一息に殺してくれ……」

 世津那がトッポを私の口元に近付けて来たので、軽く咥える。甘い。
 「目、閉じて」少しだけ顔を寄せてきて、彼女が囁くように言うから、緊張して心臓が煩い。鼓動の音が世津那にまで聞こえてしまっているのではないか。

「ホントにやんのコレ」

 思わず聞くと、世津那は困ったように笑った。

「本気で嫌なら、やめますけど……」

 そうじゃなくて、私の心の準備が全然間に合ってないのだ。こんな小心者にそんな試練をかせないでくれ。

「うう、目ぇ閉じてるだけでいいんだよね?」

 こくん、と頷いた世津那を見て、ゆっくりと瞼を下ろす。そうすると、暗闇が広がって、風に煽られた木の葉がアスファルトに擦れる音なんかがやけに鮮明に聞こえてくる。
 彼女が身を寄せようと動く、衣擦れの音とか、顔を近づけてくる気配とか。暗闇が、逆に想像力を膨らませて、自分の体温が高いな、と思う。
 ぺた、と額に何か冷たいものが当てられて目を開けたが、薄ぼんやりとした暗さがまだ続いた。世津那の手だ。

「え、なに……」
「ん、なんか、いざやろうとしたら、恥ずかしくなってきて……もう少し、このまま」

 指の隙間から見える世津那の頬が少しだけ紅潮していた。
 世津那は髪を耳に掛けて、軽く深呼吸して、ゆっくりと顔を寄せてくる。その辺りで私はもう一度目を閉じた。
 口に咥えていたトッポに軽く重みを感じる。待って、こんな、細部まで感覚伝わってくるっけ。女バスでふざけてやったときのことなんかあまり覚えていないが、そもそもあの頃はそんなことを意識しようともしなかったのかもしれない。

「……」
「……」

 パキ、と音と共に、小さな衝撃が伝わってきた。と、同時に世津那の手が離れていったので、目を開けた。
 そしたら、世津那が両手で顔を抑えていた。

「うー……ごめんなさい、恥ずかしくて自分で指で折っちゃいました」
「……え」

 咥えていたトッポを指でつまんで確認すると、多分咥えてすぐに折ったのだろう。ほぼ本体が残っていた。

「世津那、さっきまであんなノリノリだったのに」
「だっ、だって燕ちゃん見てたら、なんかちゃんと睫毛結構長いとか、鼻の形整ってるとか、ピアス微妙に左右対称じゃないとか気になってきちゃうし恥ずかしくなってきて……」
「なっ、なに人の顔ジロジロ見てんの! このっ」
「他にどこ見ればよかったんですか! 燕ちゃんなんか目瞑って待ってるだけの簡単な事しかしてないんですから、私の視点になってみたらわかりますよ!」
「そんなん、やってみないとわかんないじゃん、私一応去年女バスでやったから余裕だからね!」
「へぇ、じゃあ私目瞑ってますからやってみて下さいよ」
「前言撤回、ごめんなさいっ」

 へらへらと笑いあって、とりあえず残っていたトッポを口に運ぶ。程よい硬さと中のチョコの甘味が口に広がっていく。
 未だに鼓動が煩かったし、近くの木に止まった鳥のさえずりも、なんだか耳障りだった。

鳥達のさえずり

鳥達のさえずり

百合注意です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-12

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