NOCTURNE〜雨だれの前奏曲〜
赤波直人、白石真奈美は周囲の協力を得ながら真実に徐々に辿り着いていく。
どの様な結果が2人を待っているのか。
真相は誰が握っているのか。
〜雨だれの前奏曲〜1
「初めまして、春日知秀です。」
春日と名乗る人物は俺に名刺を渡してきた。俺はソファに座っていたが、その名刺を貰うために立ち上がった。【私立探偵事務所春日 代表 春日知秀】と書かれていた。徹也に紹介された探偵だ。顔立ちは綺麗だが目つきは悪く、色眼鏡を掛けて一風は怖い人だ。
「あ、春日さんお久しぶりです。」
俺はこの探偵と顔を合わせる為に、徹也の家で待っていた。家といっても、徹也が一人暮らししている一軒家であり、かなりの豪邸だ。そこのゲストハウスで俺は待っていた。待っていた時も、ソファの高級感や、家具、壁紙などを見て豪華だと驚いていた。徹也が入学して二年の付き合いになるが家に来たのは初めて出会った。徹也はこの探偵と親しいらしく、何度か会っているようだ。
「お久しぶりです、徹也様。」
「おいおい、様はつけないでくれよ。」
徹也はコーヒーを探偵に、お茶を俺に出した。その入れ物を見て再度、豪華と感じた。
「そうでした。申し訳ないです。」
そういいながらソファに座り、鞄から紙を出した。何枚か綴りになっており、その冊子は三、四部ほどあった。
「早速、徹也様から依頼を受けていましたので…」
そういうとその一部をこちらに渡してきた。
「まず、私の力を見せる為にと、徹也様から頂いていたので、赤波直人様の事を調査させて頂きました。」
え?
思わず言葉が出た。探偵は表情も変えてはいなかったが、徹也はニヤニヤと俺の方を見ていた。
「ごめんなさい、先輩。春日さんの力見せたくて。」
ああ。それは分からないでもないが…。俺はその冊子を受け取った。
「一応、奥深くまでは調査はしておりませんが、悪しからず大体の事は済です。」
顔が怖く、喋り方が丁寧なので、ますます怖さを覚えた。しかし、その怖さは更に増幅していった。その冊子には俺の今までの経歴、親の経歴までに留まらず、俺の関わりにある人間との関係、よく行く店など事細かに記されていた。
「どうでしょうか?」
春日は肘を机に付き、口元を隠すように手を顔の前で組み合わせていた。笑みを隠す様に。
「いや、凄いとか、そういう感じでは…。」
明らかに汗をかいていた。息をするのも苦しい感覚がした。
「直人さん。お金の事は気にしないでください。春日さんを信用してください。必ず依頼には答えます。」
徹也は俺の目を真っ直ぐ見ていた。協力してくれている気持ちは感じ取れた。しかし、そのことに関してはありがたいと感じているので、問題はなかった。ただ、ここまでの力があるのかと、探偵が怖く感じた。
では…。探偵はもう一部の冊子を渡してきた。
「その日の黒瀬泉の事です。」
黒瀬…。その冊子の表紙には彼女の名前が書いてあった。いよいよ、何か手掛かりがと手が震えていた。俺とあの日言葉を交わした後、彼女がどこで何があったのか…。
「それを読み終えたら、私の一応の憶測を話します。」
「お…憶測?」
「はい。確実性はありません。それが憶測です。なので、可能性としての話をさせて頂きます。」
はぁ…。俺はそのまま冊子を見た。あの日、彼女と俺が学校で分かれた後、彼女は一人で商店街の方を歩いていた。その様子は商店街の監視カメラの写真と共に証明されている。商店街を抜けた後の行動は把握できていない様だが、帰宅したのはいつも帰宅する時間よりはるかに遅かったらしい。また、走って帰ってきた、洋服が汚れていた等の情報も記されていた。また、驚いたのが黒瀬の、由美のメモ帳に記載されている事、黒瀬の例のメールの内容までもが記されていた。
「知らないことまで書かれていて、参考になります。」
素直な感想を探偵に話した。写真付きや行動まで把握できている事は何よりも凄いと感じた。
「実際、二年の前の事ですので、少々難しい点はいくつかありましたが、まだ調査を続けるつもりです。ここから帰宅経路をいくつかリストアップさせて頂き、監視カメラに頼る形になりますが、黒瀬さんの事を確認しようと考えています。」
「ありがとうございます。」
「それで、憶測って?」
徹也は口に銜えていた煙草に火をつけた。
「徹也、煙草は…」
「大丈夫ですよ、赤波さん。認知はしています。注意する義務も私にはありませんので。」
そうですか…。秋口は煙を口から吐き出した。
「では、憶測ですが…。」
俺の方にあった彼女の冊子を取り、ある言葉を指さした。
「帰りが遅くなっている。服が汚れている。走って帰っている。帰ってきて部屋にこもる。メールの内容。全ての事を頭に入れて、考えられる事は…強姦。」
俺は頭が真っ白になった。氷の様に寒く感じた。まるで、このまま死んでいるのでは無いかと思えるほどに。全身の毛が逆立つ感覚が、心臓に負担がかかる感覚が。
~雨だれの前奏曲~2
「ここに残り二冊あります。あなた方が通う学校の方々を少しですが調べさせていただきました。可能性があるのなら学校内が怪しいと考えています。しかし、強姦となると一般人が容疑者として挙がってくる可能性があります。あくまでも可能性の話ですので、学校を
中心に探してみるのが無難でしょう。」
彼は淡々と言い放った。あの言葉も。やっと意識がここに戻ってきたと思ったらと、苛立ちもあった。
「春日!お前少し言葉を慎め!」
徹也は座っている探偵に近づき、胸倉を掴んだ。探偵の表情は尚も変わらず目線は真っ直ぐと俺の方を向いていた。探偵は胸倉にある手を握った。
痛っ!
徹也の声と共に、倒れる音がした。見ると探偵も立ち上がり、徹也は床に倒れていた。
「徹也様。申し訳ありません。こういった職業をしていますと、護身術もならっておりますの…」
そういいながら彼は、胸元を綺麗に直し、ポケットからハンカチを取り出した。
一つだけ…眼鏡を取り、レンズを拭いていた。眼鏡の下にあった眼は鋭く、探偵としては似合わぬ目であった。
「真実を知りたいのであれば、非情に成るべきです。我々の仕事もそうです。真実の先にあるのは、正当な物でも不当な物でもなく、悲しい産物なのです。その産物が何なのか、確かにするために調べているのではないですか?赤波さん。」
彼は眼鏡をかけ、徹也に手を伸ばした。
「黒瀬さんが亡くなったのはただの事故で解決。黒瀬さんが死んだのは誰かに蹴落とされたからで解決。どちらにしても、赤波さんのきもちはどうですか?」
どちらにしても。悲しい事は間違いない。今まで気付きもしなかったことだった。
「そうです。どちらにしても悲しい“事実”なのです。」
俺の心を見透かしたような言い方であった。
「事実としては覆せないものです。」
言葉がナイフの様に俺の心に刺さった。辛いとか悲しいとか、そんな感情とは違った。“事実”という言葉が俺の心に重く伸し掛かってきた。
徹也は探偵の手を取りゆっくり立ち上がった。
「直人先輩…。」
俺は何も言わずに残りの二冊を手に取った。その手は微かに震えていた。そこには学校の生徒の顔写真と個人情報が記載されていた。
「春日さん…調べてほしいことがあります。」
「はい。何なりとお申し付けください。」
俺はページを捲り、写真を探した。
北川俊介、西田守、中岡公洋、東郷早苗。彼らの当時の事を調べてほしい。
————「そんな…。」
近くのカフェで白石真奈美と、黒瀬由美に探偵の件を話していた。由美は話を聞き泣いていた。
「可能性だ。今調べてもらっている。」
俺は淡々と話した。あの探偵の様に。
「直人くん。いくらなんでも由美ちゃんには…」
俺も思っていた、二人に話すべきなのかと。あの探偵が言っていた事を話した。
「そうね…どっちにしても悲しいね…。」
白石は由美を慰める様に肩を抱いた。
「由美ちゃん…泉が居ないのは事実。受け止めよう。」
由美は涙を拭った。その涙は枯れることは無かったが、小さく頷いていた。
————色々な事が起きた。強姦。その言葉を聞いてからどこか心が虚しくなっていた。屋上は俺の心地の良い場所だ。いつも、どんな時も同じ景色を見せてくれる。俺の憩いの場所。
「赤波くん。」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「南…。」
そこには南光が立っていた。彼女は俺の隣に来た。
「綺麗だよね、ここの景色。」
「お前もここに来ることがあるのか?」
「うん。たまにね、遠くにいる人の事を思って。」
「遠くにいる?」
「近くにいそうで遠くにいる、でも私のとこには来てくれないかな。」
彼女は笑顔で答えていた。
「赤波くんはなんでここに?」
南の質問に俺も、空の景色を見ながら答えた。
「俺もお前と同じかな。遠くに行っちゃった人の事思っているのかな。」
南は俺の言葉を聞いて、俯いた。
「どうした。」
「赤波君くん、辛いよね。」
そういうと彼女は扉に向かって歩いていった。
「もし、私でよければ、相談乗るから。黒瀬さんの事も。」
彼女は去っていった。俺の事を心配してくれていると感じながら。
~雨だれの前奏曲~3
「直人先輩、ちょっといいですか?」
教室に徹也が来ていた。徹也は教室に入るや否や俺に話しかけてきた。
「どうした徹也。」
そういうと紙切れを一枚渡した。
【放課後図書室に来てください】
ラブレターみたいだなと徹也に笑いながら話していたが、徹也の顔は曇ったままだった。
「すんません、お願いします。」
そう言って、そそくさと去っていった。青峰がそれを見ていたのか、すぐに駆け寄ってきた。
「徹也どうした?」
徹也が紙切れで渡してきた事をよく考えて話を逸らすことにした。
「うん。部活の事だった。」
「はぁ?なんで俺じゃない!」
「まあまあ。」
青峰は笑っていた。とりあえず、徹也の言う通りに放課後図書室へ向かうことにした。
————静かな図書室。誰も声を発さず、黙々と本を読んでいる。奥のテーブルの方に徹也が見えた。本棚に隠れて見えないが、徹也は誰かと話しているようだ。俺は足音を立てないように徹也の方へ向かった。
「徹也。」
図書室という事で聞こえるか聞こえないかの小さな声で徹也に話しかけた。
「先輩。」
同じテーブルには夏目薫子と冬井美奈、そして黒瀬由美がいた。
「お前ら、どうした。」
見るからに神妙な面持ちであるのは分かった。テーブルには二つの冊子。そして、写真があった。その写真には見覚えのある顔が写っていた。
「先輩、ヤバイです。」
俺は徹也の隣に座り話を聞くことにした。
「先輩が春日に頼んだ件ですが…」
二冊あるうちの一冊を俺に渡してきた。その表紙には学生と書かれてあった。
「西田守、中岡公洋、裏では相当悪い事しているみたいです。」
中身を開いた。部活動員からカンパ、いわゆる集金を集めていると書かれている。
「おい、これ本当か。」
「春日が調べたから間違いないです。」
うん。確かにあの探偵なら信用できる。しかし、なぜそのような事を?ページを進めていった。その集金はある一定の所、人物に流れているらしい。
「大山真司…。」
空手部元主将の大山真司の名前が書かれてあった。
『西田守、中岡公洋、大山真司。この三人は中学こそ同じではないが、昔から強豪校の武術部生徒として関係はあるようだ。中でも格差はあり、大山真司→中岡公洋→西田守のように序列が付いている。』
と書かれていた。
「こうなると、俺を襲ったのが中岡公洋とするなら、大山真司の指示になるのか?」
「え?先輩襲われたんですか?」
夏目が驚いた様子で聞いてきた。そういえばこいつらに話していなかった。それ事の経緯について詳しく話した。
「そうなると、大山さんが怪しいですね。」
ここでまた、新たな関係性が出てきてしまって、頭が混乱していた。
「ねえ、混乱する。」
冬井は頭を抱えながら、徹也に言っていた。俺もそう思っていた所だと言いたかったが、中々恥ずかしかった。徹也はペンを取り出し、冊子の裏に相関図を書き出した。それを冬井、夏目に見せて説明をした。
「先輩が目撃したのは、東郷早苗、北川俊介、西田守の三人の会話。そこに先輩の目撃を勘づき襲ったのが、中岡公洋。でもこの中岡公洋も大山真司に指示されていた可能性がある。後これも、関係がありそう。」
そういうと徹也は冊子を再び開いた。東郷早苗のページであった。
『東郷早苗。実家が営業写真館であり、昔から写真を撮るのが趣味。彼女の写真は風景写真が多く、殆ど人物は撮影していない。これは、子供の頃のネグレクトが原因だと考えられる。そして、高校入学以降、数枚の人物写真に挑戦するも失敗。しかし、いつかの弾みに人物にファインダーを当てている。赤波直人と黒瀬泉の盗撮写真を数十枚ほど。二人の姿が写されていることも多いが、殆どが黒瀬泉の単体の写真である。そして、黒瀬泉が死亡した日より、その人物写真は撮られなくなり、風景写真に戻っている。』
「先輩…東郷さんと話されたことは?」
夏目はその文章を見ながら俺に質問をしてきた。もちろん彼女は暗く、喋っている姿を目撃することが少ないのはこの学校でも知られている。そのことを話し、全く無い事を告げる。
「でも、北川さんとは話していたよね?」
冬井が夏目に話しかけた。確かに彼等には交流関係がある事は、一也の調べで判明している。更には西田との会話も俺は目撃している。
急に夏目は口を覆いながら俺の方を覗き込んだ。
「東郷さんが先輩のこと好きで、北川さんに黒瀬先輩を襲うのを依頼したとか…」
多分昔の俺なら、怒りを覚えたのだろうが、今はそれが新鮮な意見だと感じ始めている。
「それはそれでも、相談相手がなんで北川なのかだ。」
冷静に答えた俺を見て、徹也は驚いていた。目を丸くしているのは、横目からでも見えていた。
「それに対人恐怖症の東郷が人を好きになるとは思えない。」
そうこうと話は続き、結局結論には至らなかったが、今後も彼らは協力をしてくれるとのことだった。注意深く、気に障られない程度に観察しておくと。
————益々あいつらの関係が分からなくなっていた。あいつらと、嫌悪感も抱くようになっていた。多分、俺の中で“強姦”というフレーズが気持ち悪く感じていた。汚い男に俺の大切な人をと考えると、不思議と殺意が芽生えた。
俺は図書室を出た後、不思議と音楽室に向かっていた。音楽室のピアノの前で俺は茫然と立っていた。感情は殺意のまま。そんな時に彼女の声が聞こえた。
「直人くん。」
振り返ると白石が入り口に立っていた。白石は、俺の顔を不思議そうではなく、悲しそうに見ていた。
「直人くん、目が怖い。」
そういう彼女の目はキラキラと光っている。光に当たって、電気に当たってとかではなく、涙が溜まっている感じであった。そんな彼女を俺は黙ってみているしかなかった。
「悔しいよね。泉も悔しいよ。あの子、直人くんの事好きだったから。」
まさか…。俺と同じ気持ちだったとは思わなかった。黒瀬が…泉が俺の事を…今思えば、長く一緒にいたことに満足していて、普段の彼女の大切さを見失っていたのかもしれない。今、はっきりとわかる。俺も、泉が好きだ。だからこんなに殺意が芽生えのかもしれない。一度、冷静になることが出来た。悩んだり冷酷になったり落ち着いたり、情緒不安定であることは自負している。そのまま二人の時間は無音で続いた…。俺もかける言葉がなかった。
————「まあ、薫子達の言い分も分からなくもないな。」
グランドで青峰と横に立ち、後輩たちの部活を見ながら、図書室で起こったことを話した。「うん。だけど、そうなると俺と東郷の関わりが無いんだよ。」
「それもそうだけどな…。おい!今のランパス乱れてるぞ!」
青峰は声を張りながら、後輩達の方へ向かって行った。
————「確信かもしれません。」
俺は探偵に呼び出され、事務所まで来ていた。殺風景で何も物を置いていない。置いているとすれば沢山の書類がある棚、無数の金庫、パソコンが十台程設置されているくらいだった。初めて入る探偵事務所に戸惑いを覚えていた。
探偵は例の如く、一部の冊子を出してきた。
「彼が黒で間違いないでしょう。」
表紙には、【小牧 哲平】と書かれていた。
~雨だれの前奏曲~4
桜岡高校の体育教師。空手部の顧問監督をしている【小牧哲平】。
「春日さん。どういうことですか?」
探偵はその冊子を久開き、ある一ページを俺に見せてきた。
「前学校の時に、前科がありますね。」
え?前科?小牧哲平、結構男女問わずに人気のある教師で前科があるという話は聞いたことがなかった。
「強姦ですね。懲役三年、執行猶予五年。執行猶予後、二年間不適格教員に対する研修を受けて、桜岡高校に再赴任してきたようですね。」
また強姦…。
「でも、黒瀬を襲う意味が分からないのだが…」
「そうですね。そこが繋がらないですね。」
関連するなら、大山真司。空手部の顧問監督であれば空手部元主将の彼とは何かしらの関係性は出てくるはず。そうなると自ずと、西田や中岡との関係性も見逃せない部分ではある。
「根拠がまだ無いのですが、この路線で推理していくのは強ち間違いではなさそうですね。」
探偵は、眼鏡を外した。
「心境は変わりましたか?」
心境…。今までと違うのは心が強くなっているという事くらいだ。強姦然り、黒瀬然り。怒り。その方向でいったとしても多分、怒りの感情はこみ上げてこないだろうと自負している。
「春日さんのおかげで、少しは物の考え方が変わりましたね。」
俺は小牧先生の資料を持ち、立ち上がった。
「そうですか。それは良かったです。」
探偵も立ち上がり、事務所の扉の方へ歩いていった。
「私は引き続き調査をします。赤波さんも、何かありましたら私の方へ。」
扉へ開けてくれた。俺は素直にありがとうございますと返事をし、事務所を後にした。
————授業中、とは言っても、みんな就職や進学やらで、自主学習をしていた。勿論先生もおらず、皆ひたすらペンを動かしているか、携帯を触っている程度だった。俺もそのうちの一人で携帯を触っていた。特に何をする訳でもなく、ゲームをしていた。誰も何も話さないこの空間は窮屈でならなかった。皆いるのに会話もしない。皆一人の殻に籠っている。これほどまでに退屈な時間はなかった。
『退屈?』
携帯のバイブレーションが震えた。南からのメールが届いた。
『この時間は一番退屈だな。』
『考え事もしなくなったの?』
『考え事?』
『黒瀬さんの事とか。』
『ああ。あと少しかな。』
数分だが南からの返信が途絶えた。
『死んだ原因が分かったの?』
へんな間が不気味だった。
『原因は自殺だけど。』
『そうだよね。』
『放課後、屋上に来て。』
南とのメールをやり取りしている時に、白石からメールが来た。
『何か話でも?』
『東郷早苗と話をする。』
『話?』
『写真を撮っていた理由。』
いよいよだと、携帯をしまった。
————「東郷早苗さん。」
「は、はい。」
「これなに?」
俺、白石、桃田は屋上に集まり、東郷を呼び出した。東郷は一人で屋上に来た。白石にアルバムを渡された東郷は、不安そうによそよそしく、ずっと下を向いていた。
「これは誰に?」
東郷は尚も黙っていた。
「早苗ちゃんお願い、本当の事を言ってほしい。」
桃田は情に訴えていた。白石が彼女も呼んだのもそのためだろう。
「愛ちゃん…私、苦しまなくていいのかな…」
東郷は泣いていた。全てを知っているのだろう。悲しみの顔が全員に見えていたはずだ。空間は一時の静寂に包まれた。まるで動画の停止ボタンを押されたかのように。
そのボタンを再生するように桃田は口を開いた。
「早苗ちゃんが抱えている物を私たちに教えてほしい。あなたの“物”じゃなくて、黒瀬さんの“もの”を私は知りたい。」
桃田も泣いていた。同情より感情を共有しているかのように。苦しくも悲しくも俺も緩くなっていた。
「入学したいつの日か、あの人の言葉で…私の高校生活は負担を抱えながら過ごしていくことになったの…」
東郷はポケットから何かを取り出した。それは、一冊の手帳のようなものだった。
「ここまで溜めていた自分が辛かった、苦しかった。いつか誰かが知ってくれると信じてた。弱い人間で…ごめんなさい…。」
東郷は涙を流しながら、手帳を開いていった。
「あなた達、皆が黒瀬さんの事に関して色々調べているのは…私もだけど…皆知っていることだと思う。北川君も中西君も…関係については知られているはずだと…ごめんなさい。」
スローモーションかの様に手帳を捲っていた。全く涙は枯れないままの状態が続いていた。心拍数が上がっていく。自分の心臓が破裂しそうな感じがしていた。
「黒瀬さんと赤波さんが付き合ってるかが知りたい、写真部のお前なら付けられるだろう?って言われた。」
「誰に?」
白石の質問に皆が固唾をのんだ。誰かに頼まれたのは確実だ。それに、その頼んだ誰かが根源だと感じた。皆も同じ気持ちだったはずだ。白石は怖い顔を。桃田は今にも泣きそうな顔を、俺は緊張している顔をしていた。
「赤波さん…貴方に好意を持っている人よ…」
〜雨だれの前奏曲〜5
「私の話を持ち出してきたのは北川君。」
さっき東郷は俺に“好意”を持っている人と言った。北川が俺に好意を持っている?と少し混乱した。
「俺に好意を…」
「北川君じゃないよ。」
「ああ、そうだよね。」
東郷は落ち着いた様子で話をした。
「私、元々独りぼっちで、でも別に寂しくなくて、一人が楽だし、誰にも迷惑掛けないし、掛けられないし。そんな時に、北川君が話しかけてきたの。最初は普通に話して、お友達になって…初めてできた友達“だった”。」
「だった?」
白石は東郷の方を冷静に見ていた。
「ある時、私が図書室で本を読んでいたら、北川君が来たの。いつものお話かなと思って、気にしてなかったけど。顔が怖かった。瞳孔が開いている感じだった。」
「北川に何かあったのか?」
「うん。話を聞いたら、赤波さんと黒瀬さんの事を調べてほしいって。」
「誰かに脅されていた?のか?」
「当時は何も話してくれなかった。でもね、黒瀬さんが亡くなる前日に北川君とまた話したの。」
「亡くなる前日?」
「あなたは何か知らないの!?」
白石は先程の冷静さを欠き、怒りに任せて東郷に叫んでいた。
「内容はしらないけど、私に写真を頼んだ理由を話してくれたよ。」
俺は白石をなだめる様に腕を掴んだ。
「北川君、黒瀬さんに手紙書いたのは知っているよね?」
以前、黒瀬に話は聞いた。白石にも話をしていたからわかっているはずだ。
「協力してくれれば黒瀬泉は貴方のものよ、って言われたらしい。」
「そんな脅し方で…」
俺は唖然とした。
「その時の北川君はちょっと、情緒不安定だったの。病んでいたと言うか、自暴自棄と言うか…。」
「それを利用した最低な人間がいるのね?」
白石は冷静さを取り戻していたが、顔は怖かった。早く真相が知りたいと急いでいる感じであった。
「うん。なんとかして赤波さんと黒瀬さんを裂こうとしていた人。南光さん。」
————「まさか…南だったとは。」
皆に図書室に集まってもらい、屋上での話をした。
「でも、緑川。南にも協力してもらっていたんじゃないか?」
「ん。俺様が?何故だ」
「南に話をよく聞かれていたんだ。緑川から話は聞いてるって。」
「うん。騙されておるな。」
「え?」
「俺様は全く南には話しておらんぞ。」
そうだったのか。俺達が探っていることを南は分かっていたのか。俺はそれに騙されていたのか。
「南が北川に命令か…」
茶ノ木は頬杖をつき、悩んでいる様子だった。
「どうした、茶ノ木。」
青峰はその様子を見るやいなや直ぐに茶ノ木に問いていた。
「いや。今推理している方向性…強姦でいくと、南は関係あるのかと思って。」
確かにそうだ。今俺達の中では、“強姦”という路線で話をしている。
「例えば。今回の東郷の件。直人と黒瀬の中を裂こうとするだけなら、強姦までする意味が俺は理解できない。もしそうだとしても、黒瀬を強姦してくれと頼まれてする男が南にいるのかとも思うが。」
全員が唸っていた。また振り出しにと、そう思っていた。
「黒瀬に直接関係が無いのは、北川、東郷だな。」
茶ノ木は改めて言葉を発した。
「北川は関係あるんじゃないか?」
青峰は茶ノ木の言葉に対して諭した。俺もそう思っていたので、茶ノ木の意見は欲しかった。
「南に脅されたとき、黒瀬が北川のものになると言われて協力したんだろ?それなのに強姦するのはおかしいだろ。仮にも北川は黒瀬の事が好きだった様だしな。」
俺と青峰は成程と納得した。
「なあ。そういえば他校の奴等に話を聞いたことがあるんだが…」
黄金崎が口を開いた、黄金崎は他校との親交もあるため、そこで情報収集をしてくれていたらしい。
「うちの高校の体育教師、小牧先生の事だけど。」
小牧。前科持ちの教師という事は、俺は知っていた。
「強姦事件起こしていたそうだ。」
案の定皆は驚いた。その言葉を聞いた白石は俺の方を向いた。
「知ってた?」
「う、うん。この前、探偵に聞いていた。」
呆れた顔をしていた。また言わなかったと目で訴えてきていた。完全に目を逸らしてしまったが、視線は未だに感じていた。
「んで、その小牧な。部員から金集めているらしい。」
黄金崎が言った時に、また白石はこちらを見てきた。知らないと身振り手振りで説明した。恐怖なのか分からないが、少し汗をかいていた。だが、俺が知っている情報とは少し違っていた。
「あ、あのさ。それ、マジで小牧先生が集めてるのか?」
俺は黄金崎に聞いた。後ろから白石の疑いの目線を当てられながら。
「ああ。他校の奴がうちの部員から聞いたらしい。なんでも、柔道部、空手部の二年と一年は無理矢理徴収されているみたいだ。」
そうか。多分繋がったと自分の中で解決した。
「ねえ、直人くん。何か知ってるの?」
とうとう白石に突っ込まれた。別に隠すわけじゃないので苛まれる事はない。黙っている理由もない。
「探偵に聞いたんだ。西田守、中岡公洋、大山真司がカンパ、集金しているって。」
「え、あの三人が?」
青峰は身を乗り出して俺の話を聞いていた。
「うん。基本大山にその金は入っていると聞いてたんだけど、その上、小牧先生に渡っていたことになるな。」
「まさか、三人とも違う中学なのにな。」
「ああ。強豪校関係で知り合ったみたいだ。」
「そうなると、何かしらの事で小牧が命令してを強姦をさせた、もしくはしたかの可能性が出てきたな。」
茶ノ木の冷静の推理で場は少しの間静かになった。
小牧哲平…。前科もあり、集金を行っていると考えると、社会的悪に匹敵するのは間違いがない。しかし、まだ黒瀬との関係性が分からず仕舞いである。ふと、白石の方を見ると、机の一点をボーっと見ていた。
「どうした、白石。」
「考えられるのは、単に小牧とかいう先生が泉に好意を持っていた可能性もあるのよね。」
「うん、そうだな。」
「そうなると、東郷さんに依頼した南光はなんの為に嘘をついてまで、直人くんと話を合わせていたのかな?」
「それは…。真実を、知っているからか?」
「そうなるよね。」
白石はまた、机を見ていた。
多分ここにいる奴は皆、小牧が怪しいと踏んでいる。白石は鞄から真っ白の紙を出した。
「今までの関係性をまとめてみるね。」
そういうとペンを出し、紙に書いていった。俺たちはそれをジッとみていた。
「入学してから一時して、北川駿介は泉にラブレターを出した。けど結果フラれた。同じような時期に南光は東郷早苗と仲良くなった。そして、北川駿介を利用して東郷早苗に直人くんと泉の事を調べさせた。その理由は直人くんが好きで泉が厄介だったから。そして泉が死んだ後、北川駿介は東郷早苗に南光から脅されたことを言われた。そして、つい最近、直人くんは北川駿介、東郷早苗、西田守の会話を聞いた。その時の“あの話”の内容は不明だけど、分かることは、泉の死にこの三人は関係していない事かな。」
丁寧に話ながら書いてくれた。
「こうやって、図に書くと分かりやすいな…。」
茶ノ木は白石にペンを借りて、追加していった。
「こう見るとこの三人。大山真司、中岡公洋、小牧先生。関係ありそうで、関係性が見えないな。」
「多分、この三人の関係性が見えれば、何かしらは掴めるわね。」
その時俺は決心した。南、彼女に本当の事を聞こうと。その事は皆には言わずに。また、白石に言われると思うと気が引けるが、仕方ない。真実を知るためには、彼女と仲の良い俺が出るべきだと考えていた。
~雨だれの前奏曲~6
「赤波、調子はどうだ?進路は決めたか?」
白石と学校の廊下を歩いている時に、小牧哲平、小牧先生と会った。
「あ、先生。まだ進路は…」
「そうか!白石君はどうだね。」
大きな声でうるさい男だと、のちに白石から愚痴を聞かされた。白石は反抗意識を持っているかのような声でいいえ、と一言だけ言い放った。
「そうか!二人とも頑張れよ!」
ニコニコと笑顔を見せ、通り過ぎていった。
「ねえ、そんな人には見えなかったけど…」
「うん。話聞いても、聞かなくてもそんな人には見えないんだ。」
本当に前科が?集金を?という人柄なので、信じられないのは当然であった。全く悪い噂を耳にしないからである。俺と白石はそのまま音楽室へと向かった。
————俺と白石は音楽室で昼食をした。
「直人くん、将来どうするの?」
さっきの小牧先生の言葉に感化されたのか、将来の話になっていた。
「うん。まだ何も…」
「そうなのね。」
「そういう白石はどうなんだ?」
「私?音楽学校に行こうかと。」
「やっぱり、ピアノの先生か?」
「なにその言い方。小学生みたい。」
笑われた。音楽の先生…確かに子供っぽい。
「音楽教諭よ。音楽の素晴らしさを伝えたい。」
「いいな。夢。」
そんな話をしていると音楽室の扉が開いた。そこには南光が立っていた。
「ここにいたのね、直人くん…。」
神妙な面持ちであった。どうしたと声を掛けようとしたが、先に白石の口が開かれた。
「なに?」
声のトーンが低く、威圧するような言葉であった。その一言で俺は圧された。
「ごめんなさい、急に入って。直人くんとお話があって…」
間髪を入れず、白石は言葉を返した。
「私が出て行けってこと?」
本当に威圧している彼女が俺もそうだし、南も恐怖にあったと思う。
「そうね。私は直人くんとお話がしたいの。」
意外に南も圧されていない状態であったように感じ取れた。
「白石、ごめん。俺も南と話がある。」
俺は南に真実を聞くチャンスが来たと思い、白石に話した。しかし、白石は俺の方を振り向き、怒った表情をしていた。
「今、二人でごはん食べてるのよ?それを他の女に邪魔されたくないんだけど。」
「あなたの直人くんじゃないでしょ?それに他の女って言い方なんか傷つく。」
女の争いを見ている様で、少しこの場を離れたいと思った。なんて面倒くさいと感じていた。こんな話がまとまらないのを続けられても困ると思い、俺は白石の手を握った。
「ごめん、白石。数分で終わる。少しの間席を外しててほしい。」
白石は目をウルウルとさせながら、こっちを見てきた。悲しいのか寂しいのか。白石は小さく頷いた。
「私はここに残るから、直人くん達が他に行って。」
そういうと白石は俺に背を向けた。
「ごめん、行こう南。」
俺は南と音楽室を後にした。廊下を歩いている時に、ピアノの音がした。夜想曲、別れの曲ではない、聞いたことのない曲であった。
————二人で図書室へ向かうことにした。図書室には夏目、冬井といつもの二人組が居た。図書室に入るや否や、俺と南が入ってきたことに驚いていた。なにやら目で訴えてきたので、
南を奥の席へ座らせ、二人と話をした。
「先輩。真奈美先輩は?」
こいつらはいつから白石の事を下の名前で呼ぶようになったのかと、呆れた。
「音楽室にいるよ?」
「一人で?」
「一人で。」
「南先輩と一緒にいるのを知ってるの?」
「あ?知ってるよ。話してきたから。」
二人は顔を見合わせた。
「ならいいか。」
冬井はニコッと笑った。二人は図書室の中に戻った。疲れる、あの二人は。そう思いながら南の所へ行った。
「ごめんね。急に来て。」
南は申し訳なく言っていた。
「大丈夫、俺も話したい、聞きたいことがあったから。」
俺は南の隣に座り話すことにした。
「南、話ってなんだ。」
南は下を向きながら話を続けた。
「うん。黒瀬さんの事。」
南の口からその話を振られると思っていなかったので、少し驚いた。
「東郷さん…早苗ちゃんから話は聞いた。」
「東郷から…。なんて。」
「うん。私と、早苗ちゃんの話。」
南は悲しい表情で、俺に話を続けた。
「黒瀬さんの事は本当に残念に思ってる。」
本当に思っているのか。今までの俺達の推測や白石の態度を考えても、怪しいと思うのは当然だ。
「それで、南の話はなんだ?」
多少、自分が冷たいと感じたが、白石が待っていたので焦っていたのかもしれない。
「最初に早苗ちゃんとは普通の友達だったの。」
そこから話か始まるのか、少し長くなるなと感じた。
「私、あなたが好きだった。いいえ、今でも好き。だから、黒瀬さんが私にとっては邪魔でしかなかった。」
“邪魔”という言葉を聞いて腹が立った。
「邪魔だったからなんだ、死ねばいいと思ったのか。」
完全に沸点に達していた。声を荒げず、冷静に。
「違うの、話を聞いて。」
本当に聞く気はなかった。呆れていたというよりかは、南を友達と思っていた自分に嫌気がさした。
「とりあえず、一方的に話を聞くよ。」
ありがとう。彼女はそういうと話を始めた。
「私は北川君に頼んだ覚えはない。北川君との関わりもないよ。」
「…どういうことだ?」
「私がそんな人に見える?確かに赤波くんの事が好きだけど、黒瀬さんを陥れようとは思っていない。」
信じていいのかどうか、とても悩んだ。しかし、以前茶ノ木が言ったように、南から“強姦”という方向へは繋ぎにくいと思った。そうなると、南の言っている事は正しく、北川が嘘をついているのかと…。
「わかった。」
全然わかっていない。何をどう処理すればよいのか、自分は誰を信じればよいのかと。
南は俺の方をジッと見ていた。
「赤波くん。苦しいのは分かる。黒瀬さんが居なくなってから、様子がおかしいのは気付いていた。それはそうよね、ずっと一緒にいた人だったから。私は…貴方の心の隙間を埋めたいと思ってる。今でもずっと。」
南は俺の手を握り、俺から目線を離さずにいた。これまで南には助けられていた実感はある。よく話しかけてくれる、よく誘ってくれる。ありがたいと感じていた。
「南、分かった。お前の気持ちは。」
俺はそのまま、南の手を離し図書室を出ていった。背中には南の視線を感じながら。
————音楽室へ向かう途中、ピアノの音が聞こえてきた。初めて白石と出会ったころ思い出していた。その音色を聴きながら、音楽室へ向かった。その音色は、夜想曲でも悲しみの曲でもないことは分かった。
「なんて曲なんだ?」
俺はそのまま音楽室へ入り、白石に聞いた。白石は演奏を続けていた。
「雨だれの前奏曲。」
そういいながら彼女は演奏を続けていた。俺は音楽室の椅子に座り、白石の方を向いて静かに彼女の奏でる音を聞いていた。
「あの子、何の話だった?」
走る指は止まらず、音も変わることなく、彼女は話をした。
「東郷にお願いしたのは私じゃない、北川に勝手に名前を使われたと。」
俺がそういうと白石は指を止めた。ポーンと一つの鍵盤の音が響いていた。
「そう。それで、直人くんはなんて?」
こちらを見ず、鍵盤を見ながら言っていた。彼女の心境は分からないが、南を疑っていることは間違いないと思う。
「一応、信じた。でも、それは俺が決める事じゃなくて、北川に真実を聞かないと分からない事だけど。」
そう…。彼女はそのまま演奏を続けた。俺はそれを黙って聞いていた。ゆったりとした音楽は心が清々しい気持ちになった。
————「最近、南の姿が見えないな。」
朝、司と教室に向かいながら話していた。
「ここ、二日は見てない。」
「直人、お前何か言ったのか?」
あの日、図書室で話した事が原因なら、何も心当たりはない。登校できない理由の様な話はしていない。
「何も。」
「彼女は風邪だよ。」
後ろから声が聞こえた。俺と司は驚いて後ろを振り向いた。そこにはニコッと笑っている小牧先生が居た。
「お、おはようございます。」
俺達は咄嗟にあいさつをした。
「ちょうど前に君たちが居たから話が聞こえてきたんだ。どうやら南さんは風邪らしいよ。」
「そうだったんですね。」
いかにも作り笑いですよ、といった感じの表情をしていると自分自身でも思っていた。少し顔の筋肉がピクピクしていたからだ。
「先生…」
唐突に司が口を開いた。
「南と仲良かったですか?担任の先生でもないし、顧問の先生でもないし。」
軽い冗談のように彼は聞いていた。相変わらず先生の表情は変わらずにいた。
「君たちの担任の先生に聞いたんだよ。彼女が休むなんて珍しいって話をしていてね。」
「確かにそうですね。あいつ無遅刻無欠席だった気がする。」
「そうそう。だからちょっとした話題?になったんだよ。」
司と先生は世間話をしながら廊下を歩いていった。俺はその二人の背中を追う様に後ろを付いていった。この先生は本当に“黒”なのか。そのような雰囲気はない、この人が本当に“黒”なのであれば、俺はすぐさま殺意を抱くだろう。
「着実に前には進んでいる。」
俺の後ろで声がした。茶ノ木一也であった。
「一也…」
俺は後ろを振り返り、話しかけた。
「どうしたんだよ。」
彼の顔は強張っていた。
「西田を…呼び出した。」
〜雨だれの前奏曲〜7
司は未だに小牧先生と話はしながら先を進んでいった。俺は一也の発言に驚いてそのまま、顔を見ながら茫然と立っていた。
「実はな、西田から話をされてな。」
俺は未だに一也の顔から目線を外せないでいた。一也も俯いた状態で話を続けていた。
「な、なんて?」
「苦しくなってきたって。話がしたい、お前とって。」
「苦しくなってきた?」
「ああ、顔が青ざめていたぞ。」
苦しい、俺に話。繋げられるのは黒瀬の事だとすぐに分かった。
「多分、黒瀬の事だろうとは思う。」
一也もそのことについてとは、確信があったようだ。
「わかった。」
気持ちが揺れる。知りたい、という感情の中に、恐怖が一ミリでも入っているのが未だに抜けない。あの探偵に言われた言葉を忘れず、しっかりと向き合う事の辛さが、真実に辿り着くに連れ、段々と増していく。
「大丈夫か、直人。一応、俺も付いていく。」
ありがとう。一也の優しさと心強さに感謝をした。明日の休日に会いたいという事であった。
————学校の前の喫茶店には多くの桜岡高校の学生が通っている。半分は学生で半分はOLか?といった感じである。昔は近くにチェーン店が新しくできた事もあり人気もなく、穴場であったが、時代が過ぎると新しい物は古いものへと変わっていき、老舗としての価値が上がってから客足が増えだしてきたのだという。過去はあくまで過去、といったものだろうか。鞄から封筒を取り出し、注文したコーヒーを飲みながらそんなことを思っていた。
「お待たせしました。」
探偵は黒スーツに指や耳にキラキラと光るものを身に着け、俺の前まで歩いてきた。周りの客はこの場違いな格好の俺達に見向きもせずゴチャゴチャと話をしていた。
「お疲れ様です。」
俺は鞄から出していた封筒をそのまま探偵に渡した。
「直人様、これは?」
探偵はその封筒を取るや否や俺に質問してきた。
「再度、調べてほしいことがありまして…。」
俺がそういうと、彼は不満な顔をした。
「再度、というと、一度調べた方の、更に深くを調べてほしいという事でよろしいですか?」
「はい。」
探偵は納得したように分かりましたと返事をし、俺が渡した封筒の中身は見ずに、そのまま自分の鞄の中に直した。
「確認しなくていいんですか?」
「内容がどうであれ、今回は私からのお話ですので優先するべきは私の話です。安心してください。事務所に帰ってからはしっかり確認させていただきます。」
そういいながら今度は別な封筒を鞄から取り出した。
「言葉が不謹慎ですが、面白い事が判明しました。」
探偵はその封筒から一冊の冊子を取り出した。別に言葉には大しては何も思わなかったので、そのままにしておいた。探偵の出したその冊子には、二人の名前が書かれていた。その名前を見た時に驚きが隠せずにいた。
「ん?どうしましたか?瞳孔が開いて、呼吸が少し変わりましたが…。」
徹也から聞いたことがあった。この春日という探偵が信頼される、ほかの探偵を出し抜ける理由が。人間の心理を読める、人間の微かな行動を見逃さず、その心理を突くからだと言う。それを今、間近に見ることで、この人の凄さが伝わってきた。
「驚いている、という状態である事は間違いないですね。その驚きの内容は、多分…」
鞄から俺が渡した封筒を取り出し、中身を確認した。
「やはり、あなたが調べてほしい人と私が持ってきた面白い人が一緒の人でしたか。」
南光。彼女の名前ともう一人、小牧哲平。
「さ…流石です。」
感心しながら探偵が言ったように呼吸は乱れていた。司と小牧先生の会話の中で、可能性としてその二人の関わりがあるとすればと考えていた事を考えていたが、この人は突き止めていた。
「ある程度は予測していたといったことですか?直人様。」
「予測したのは…今日なので、驚いているんです。」
そうですか。ニコッと笑った彼に対して顔の表情がばれない様にと顔を伏せていた。
「春日さん…ここでこれを開く勇気が俺にはありません。」
俺は二人の名前が書かれているのを確認してそのまま封筒の中に直した。探偵は分かりましたと言い、そのまま席を立った。
「直人様。あとは御自身で解決するのが得策でしょう。私の行動範囲にそこに書かれている人物が嗅ぎまわっていました。手駒は揃いつつあります。考えてください、あなたにはその力がありますので。」
彼は財布を取り出し、机にお金を置いて喫茶店から出ていった。
手駒は揃っているか…。自分に後は受け渡されて、俺はどう行動を行えばよいのか…。
————俺は家に帰宅し、探偵から受け取った封筒を眺めていた。俺の中では今回、南が俺に話した内容には中身はないと思っていた。北川に頼んでいない、その一言で南と北川の関係を処理するには簡単すぎると感じていた。そして、俺に話したタイミングの次の日に欠席。その欠席内容を担当でもない小牧先生が把握している、そこも怪しいと感じていた。若しかしたら、南と小牧先生に何かの接点があるとすればと考え、あの探偵にはその依頼をしようと思っていた。しかし探偵は、それ以上の仕事をしてくれていた。
『小牧哲平 南光』
渡された冊子にはそう書かれていた。そして、冊子のほかにもう一枚、手紙が入っていた。
『直人様。私の調べる事はこれで全てです。私の実力は確かなものです。不備はありません。徹也様には私から依頼終了、調査金額、報酬の事を話させていただきます。直人様、真実に感情は無関係です。残酷に判断してください。それでは、またのご利用お待ちしております。 春日知秀』
探偵からの手紙であった。綺麗な文字で書かれていた。俺はその手紙を封筒に戻し、例の冊子に目を向けた。開けるのを戸惑うという感覚かどうかは分からないが、躊躇していた。
————俺は夜遅く、近くの公園まで来ていた。街灯の光だけで公園は輝いており、バチバチと虫が光に向かっていた。誰もいない公園にベンチで一人座り、虫が当たる音、冷たい風の音が響くのをジッと聞いていた。明かりが街灯でしか照らされていない公園は、殆ど暗黒の世界と言っても過言ではなかった。その暗黒から足音が俺の座っているベンチまで近づく音が聞こえた。
「ねえ、暗すぎない?」
白石は足元を携帯のライトで照らしながら俺の方へ歩いてきた。
「ごめんな、夜遅くに。」
「ほんとよ。女の子を一人でこんなところに呼び出すなんて。」
そういいながら、俺の隣に座った。
「それで、急用って何?会って話したいこと?」
俺は探偵から受け取った冊子をすべて読み終わった後、彼女にメールをしていた。
「そうだな。話しておきたいと感じたから読んだ。」
そう。彼女は携帯の明かりを俺の顔に照らし始めた。
「な、なんだよ。」
「ううん。深刻な話ってことは顔見て分かった。」
だからかと、納得した。明かりで俺の表情を確認していたらしい。
「探偵から最後の調査報告を受けた。」
俺は有無を言わさず、話を始めた。
「うん。その最後の調査って何?」
「南光、そして小牧哲平の関係性について。」
彼女の表情は一変した。暗くてよく見えなかったが雰囲気は感じ取れた。
「それって、何、殆ど、解決してる…?」
俺は軽く頷いた。彼女は下を向き、大きなため息をし、肩の力を抜いた。
その夜はやけに静寂が続いていたが、俺達が座っているベンチだけは雰囲気は違った。特に彼女の、白石の熱が俺にも伝わってきていた。
「もうすぐ卒業…それまでには解決できるのね?」
彼女にとっての卒業は、解決と同意であるのか。しかし、卒業すると解決が難しくなるのは事実である。
「うん。俺の考えが正しければ黒幕は、南光だ。」
————屋上は基本、常時解放されている。昼食をするために来る生徒や、桃田の様に写真を撮る者、俺の様にボーっと景色を眺める奴もいる。今日は朝早くから、白石、一也、緑川、司と屋上に来ていた。
「本当に来るんだろうな、あいつは。」
司は屋上の柵を掴みイライラした様子であった。
「来るはずだ。俺に話しかけてきたくらいだからな。」
一也は司の方は見ずに、腕を組み仁王立ちしていた。
「うぬ。司よ、少しは落ち着きたまえ。」
緑川は司の肩を軽く叩いてなだめさせていた。司もおうと返事をし、落ち着こうとしていた。寒い季節、屋上という事もあり冷たい風が肌に刺さる。白石はマフラーを首に巻き、靴元まで覆っていた。
「直人、あいつの話を聞く価値あるのか?」
「ある。情報は必要だ。話してくれるだけありがたい。間接的にしか関わっていないと予想はしているが、それでも本人の口から聞きたい。」
そうか。司はその場に座り込んだ。その場にいる全員は、南光と小牧哲平との関係を告げた。あとは本人たちの口から何があったのかを聞く必要がある。
「皆、いるか。」
屋上の扉が開いた。そこには西田守が居た。
「来たか…」
仁王立ちしたまま一也は西田の方を見ていた。俺達も西田の方を振り返り、司は立ち上がった。
「悪い。呼び出して。この人数いるとは思わなかったけどな。」
西田は一歩一歩ゆっくりと俺達の方へ歩いていった。
「さっき、大山と中岡に話をしてきた。」
「大山と中岡に?何の?」
俺は近づいてくる西岡に迫るように歩いていった。
「全部、話すって。」
全員驚いていたと思う。西田がそう思ってくれたのはありがたい。何かを確実に知っているのは確かなのだから。
「やめろと言われたけど、俺も隠せる気は最初からしなかったし、このまま罪悪感抱いた状態で卒業なんてしたくないんだ。」
西田はそのまま俺の方へ近づいた。そして、俺に深々と頭を下げた。
「赤波、すまん。俺は過ちを犯した。止められた事を止められなかった。」
西田の気持ちは素直に伝わってきた。憤怒はしない。気持ちは落ち着いていた。
「西田、お前の気持ちはありがたい。真実を話してくれるようになっただけでも、嬉しい。」
西田は頭を上げ、俺にありがとうと言った。
「俺だけじゃなくてもう一人話したいというやつがいるんだ。」
そういうと携帯を取り出し、なにやらメールをうっていた。
「優柔不断でまだ迷っているらしいが、後押しはしておいた。ここに来るようには話してある。だからまず、俺の話を聞いてほしい。」
ここにいる全員が覚悟を決めたはずだ。そして、話したいと言っている奴も誰かは見当がつく。今はそのことは考えずに、西田の話を聞くことに専念した。
「小牧がカンパをしているのは多分お前たちの耳にも入っていると思う。」
「ああ、入っている。」
「中間として、大山と中岡が関わっているのも知ってるな?」
「ああ、知っている。」
西田が話す内容はすべて探偵が調べていてくれたものだった。多分、あの探偵が居なかったら、驚いている事だろう。
「流石だな。要はこの三人、小牧、大山真司、中岡公洋は繋がっているんだ。」
「自ずとそうなるだろう、それで、なんだよ。」
司は落ち着きを取り戻せず、相変わらずイライラしている様子だった。
「落ち着いて聞いてくれ。二年前、この三人が話をしているのを聞いたんだ。あれは部活終わり、忘れ物を取りに一人で教室に行ったんだ。途中、教室の方から話し声が聞こえた。小牧の声は確認できて、誰と話してるのかと気になって隠れて聞いてたんだ。そこに三人が居たよ。」
「その話の内容を聞いていたのか?」
「一言一句覚えては無いけど、内容は把握してる。黒瀬を陥れるって話だった。」
「な、なにそれ…」
白石は口元まで覆っていたマフラーを下げて言った。目も大きく丸く見開いていた。いかにも驚いていると言った表情であった。俺は驚きと言うより呆れた感情の方が勝っていた。“陥れる”という言葉を使う奴らなのかと。
「小牧と南の関係は?」
「ああ、俺が全員に話してる。二人に肉体関係がある事を。」
〜雨だれの前奏曲〜8
「小牧が一方的に求めたようだ。」
俺は知っている情報を西田に話した。
「そうなのか…凄いなお前ら、そんなことまで。」
「ああ、絶対に解決しなくちゃいけない事件だから。」
「そうか…そうだよな。」
西田は俯いた。彼にも罪悪感は本当にあったのだと改めて感じた。
「そうなってくると、南が直人の事を好きなのを知っていたという事にもなるか?」
一也は俺に顔を向けて話した。
「可能性としてはそう考えて、尚且つそのことが原因で黒瀬が狙われたと考えてもおかしくはないな。」
「そうね。南光が小牧に何か言ったんでしょうね。」
白石は、さっきの驚いていた表情とは裏腹に右手の親指を唇に当てながら話していた。
「まあ、話を続けさせてもらう。」
西田はその場の全員を制止し、話を続けた。
「その日は、話を聞き流そうと、逃げようとしてその場を後にした。だけど、昔から大山と中岡は仲が良かったから、二人から話がきたよ。」
「その、黒瀬を陥れることについてか?」
「そうだ。その方法が強姦だった。」
「そうか…。」
俺は白石の方を向いた。彼女は西田の方を向き、真剣に話を聞いていた。
「俺は断ったし、あいつ等を止めた。だけど聞かなかった…。昔のあいつ等とは変わってた…」
西田は落ち込んだ様子で下を向いた。俺達は唯々、西田守の罪悪感を背負っている表情を見ていた。ここにいる全員はこいつに対してどう思っていたのだろか…。俺は…許せているだろうか…。
「西田君。あなたが真実を話してくれた勇気はありがたい。でもね、遅いよ。それを知っていれば、泉は死ぬこともなかったんだから。」
白石は涙も流さず、表情も変えることなく、淡々と話していた。西田はその言葉が胸に刺さったのか、涙が溜まっている。
「すまん、赤波…俺は…」
その涙は勢いよく溢れ出した。滅多に見ない、涙。声も出さずに泣いていた。
「おい。泣くなよ。」
一也は西田に近づき、ハンカチを差し出した。
————「え?光まだ帰ってきてないわよ?」
俺と白石は、担任の先生に見舞いに行くと住所を聞き、南光の家へ向かった。
「え、どこかに行ってるんですか?」
「ううん。あの子いつも学校終わったらすぐ帰ってくるんだけどね?」
学校?差し詰め、彼女は学校へ行くと言い、どこかに行っているのだと確信した。
「学校では会わなかったの?」
南の母親は完全に学校に行っていると勘違いしているらしい。
「お母様?彼女、学校にはここ二日、来ていません。」
白石は鋭く言った。母親はびっくりした表情を見せた後、大きなため息をつき、手のひらを額に当てた。
「あの子の…悪いところがでちゃったのね…」
首を振りながら再度、大きなため息をついた。
「悪いところ?以前にもあったんですか?」
母親は額に当てた手を今度は口元まで下した。
「あの子、無遅刻無欠席なんだけど、ちょっと何かあったりすると学校行くふりしてどこか行っちゃうのよ…大体予想はつくんだけどね…。」
ちょっと何かあったりする…多分、図書室の事だろう…。でも、そんなにダメージは大きいものか?
「どこに向かったか分かりますか?」
「あの子一人になることが好きでね、そこら辺をウロウロしているはずよ。」
そうですか…。母親の答えに、少し落胆した。しかし、風邪で休んでいないという事は確かであった。
「ごめんなさいね、あの子の事心配してくれて。」
母親の笑顔を見ると、心が痛んだ。あいつが何をしたか、母親は知らないのだから…。一先ず俺達は母親に挨拶をしてその場を離れた。
————俺達は学校の近くの大きな図書館に来ていた。南の母親の“一人になることが好き”で当てはまるのではと考えていた。学校とは比べ物にならない程の本の量と、黙々と読書をする人たちが大勢いた。
「一人が好きなら、ここは違うかもね。」
図書館に入り、白石は俺に耳打ちをしてきた。確かにすごい人の数であった。何年もこの街にいるが、ここに来たのは初めてであり、予想外の事に驚いていた。
「と、とりあえず出るか。」
俺はそういって、白石と図書館を出た。
「あとは…どこかあると思う?」
俺達は行く当てもなく歩いていた。
「ねえ、直人くん。」
「ん?どうした?」
「罪悪感を抱いて泣いてた西田君見てどう思った?」
唐突な質問であった。顔は真っ直ぐと進行方向を向いており、俺からは彼女の顔は見えなかった。
「許すも何も、現況で無い事は確かだし、尚且つ、罪を意識しているのならマシなほうだと思った。」
そう…。歩くスピードも変わらず、何を考えているかも分からない状態の彼女であった。
「すごく、殺意が生まれた。」
彼女から滲み出る殺意は俺にも分かった。西田の話を聞いて以降、彼女の雰囲気はどことなく変化していった。
「わかる。でも、感情的にはならない様にしてくれ。」
「分かってる。分かってるけど…。」
彼女は歩みを止めた。
「いざ真実を目の当たりにすると怖くて…辛くて…」
その場に立ち尽くして、泣いていた。俺は白石の頭を自分の胸に抱きよせた。
「うん。真実を知るって、結果が良くても悪くても、怖くて辛いものだよ。だから一人で抱え込まないで、周りの皆が必要なんだよ。」
彼女は未だに泣いていた。うんうん、と相槌はうってはいるが声が枯れていた。白石がいる俺の胸は熱くなっていた。
数分して彼女は顔を上げた。
「本当にごめんなさい。」
ポケットからハンカチを出して涙を拭いていた。俺は白石に大丈夫と伝えた。
「とりあえず、街の方に行ってみましょうか。」
白石はそういうと、先程の涙を感じさせない雰囲気で先を歩いて行った。俺もそのあとに続いて歩いて行った。何の変哲もない道を制服のまま二人で歩いている。白石が時折、黒瀬に見えている自分が居た。黒瀬…もうすぐで全てが終わる…。
「ねえ、あれって…」
ショッピングセンターの近くを通りかかったときに、白石は足を止めた。
「どうした?」
白石はそこの駐車場を指していた。そこには男が三人、遠目からではあるが口論をしている姿が見えた。
「何か言いあってるみたいだな。」
「違う、よく見て。」
俺は白石に従い目を凝らした。それは、まさかこんな所で会うとは、といった三人であった。
「西田、大山、中岡…」
会いたいのか、会いたくないのか、むしろ顔も見たくないのか、感情は混乱の状態で、ただ茫然と三人の方を向いていた。
「行きましょう。」
白石は俺の返答を聞くまでもなく、その三人の方へ向かって行った。俺も待てとも言わず彼女を追った。
近づくにつれ、口論をしていると確信が持てた。話の内容まではまだ聞こえてはいないが、西田が二人から攻められている感じを見ると、黒瀬の事だろうとすぐに分かった。
「おい、やめろ。」
俺は白石を追い抜き、先に三人を制止した。
「直人…」
西田は口論の最中割って入った俺の方を見た。
「お前がなんでここにいるんだ。」
西田の言葉を遮るかのように中岡が俺に向かって言い放った。
「たまたま、通りかかったんだよ。何か言い争ってるのを見て。」
俺は素直に見た状況を説明した。
「そうか、何も言い争ってないけどね。」
不気味な笑顔で大山は会話に入ってきた。
「大山、中岡。何の話をしていた。」
俺は間髪入れずに二人に聞いた。二人はしばし無言であった。その様子を西田は茫然と見ていた。
「泉の話でしょ?」
唐突な発言がその場を凍り付けた。白石は表情を変えず話を進めた。
「西田君から全ては聞いたわ。あなた達のしたこと全て。」
何もかも直球である白石の言葉に西田と中岡は目を見開いていた。完全に動揺しているのがハッキリと分かった。しかし、大山は白石と同じく表情を変えることなく、白石の方をジッと見ていた。
「本当に話したんだな、西田…。」
大山は西田の方を振り向いた。頭を過ぎったのは殴り掛かる可能性や上手く言葉で言い逃れをする可能性だと考えていた。だが、大山が次に発した言葉は、予想もしない返答だった。
「明日、全員集合させろ。全て終わらせよう…」
大山は中岡と一緒にその場を後にした。全てが終わる。終わらせる。やっと終わるのか。白石も俺と同じで安堵したと思う。
〜雨だれの前奏曲〜9
「これで全員だな。」
俺、青峰司、緑川竜二、黄金崎亮太、桃田愛、茶ノ木一也、白石真奈美は勿論の事、俺達の後輩である、黒瀬由美、夏目薫子、秋口徹也、冬井美奈も集まってきていた。そして、大山真司、中岡公洋、西田守、東郷早苗、北川駿介と、真実を知る奴らも集まった。場所は放課後誰も居なくなった音楽室であった。頭数を確認すると大山は再び発言した。
「何から話したほうが良いのか分からないが、事の発端から話そうか。」
場がピリピリした空気になっていた。落ち着いているのは俺か白石くらいだった。他の皆は少し動揺をしていた。泉の妹である由美は勿論の事、怯えた様子の北川や東郷、西田の表情も目に付いた。
「初めに話を持ち掛けたのは小牧だ。」
その名前が出てくることは想定内であった。
「黒瀬泉を陥れる事に協力をしてほしいと。」
「何故そこで拒否できなかったんだ。」
一也は言葉を返すや否や鋭い言葉で突き返した。
「それはできない。俺と中岡は特に逆らえない。」
「は?どういう事だ。」
一也は敵意むき出しの感じで返答をしていた。
「カンパ、集金しているのは知っているだろう。最初は軽い気持ちで、二人でやろうって話をしたんだが、やられた。段々エスカレートしていったんだ。」
「小牧の要求がか?」
「ああ。俺達が入学してからは、最初は少ない金額の要求だったんだが、後輩達ができると金額がでかくなってきた。それと共に他の要求も増えていったってことだ。」
「他の要求?」
集金のほかにも要求があったとは知らなかった。
「この学校にいる女子生徒の身辺調査だった。」
は?
全員が同じ感情であったに違いない。そんな変な依頼をする、気が狂ったような先生がいるのが近くにいるとは、と考えただけで身の毛がよだつ思いだった。
「多分、肉体関係が目的だとは思う。以前、小牧が強姦で捕まっているのは知っているとは思うが、その感覚が抜けていなかったのだろう。」
小牧の事実を知らないものは驚いていた。
「それにしても、お前らは何で逃げられなかったんだ。」
「ああ。無理だ。カンパを始めたのが、俺達がまだ一年の頃。同罪や同じ穴の狢と言われたら精神的に追い詰められた。それに、共犯である事は間違いないからな…。」
大山の反省しているのか、そうではないのかの表情が気に食わなかったが、話しているのは真実という事は分かった。
「二年前、身辺調査がある程度終わりかけていた頃、また小牧から話が来た。」
「泉の事ね?」
白石が初めて口を開いた。早く真相を聞きたい一心だったと思う。
「ああ。黒瀬を陥れるという話がきた。」
「何故、黒瀬泉が標的にされたんだ?」
青峰が全員の意見を口に出して言ってくれた。
「南光だろうな。」
一也が口を開いた。それに対して疑問を持つ者はいなかっただろうが、由美だけはまだ戸惑いが抑えられない状態の様子であった。
「正解だ。身辺調査で小牧が近づけたのは南だったようだ。そして、肉体関係とは引き換えに、黒瀬を陥れるという事が条件だったらしい。それは小牧から聞いた事だから間違いはない。」
「それで…あの女は、俺に脅しをかけてきたのか…」
北川は東郷と目を合わせながら話をしていた。大山はどういうことだと、北川に話をした。北川は南から脅されていた事、そして東郷に俺と黒瀬の動向を調べさせていた事を話した。
そうだったのか。
大山はその一言を放つと再度、話を続けた。
「結局、俺らは今までの経緯から、協力せざる負えない状態ではある。だから、黒瀬をさらい、小牧と一緒に強姦した。」
場の空気は冷めきっていた。誰一人、声を荒げる事もなく、乱すこともなく。
「自首する、と捉えていいのね?」
白石は冷静な判断で大山に向かって言った。
「今はしない。卒業式を終えると同時に自首する。中岡と一緒に。」
大山の覚悟は見えていた。
「お前らに許してもらおうとは思っていない。むしろ許さないでほしい。俺らの弱い心が、こういった事態を招いた。本当にすまない事をした。何言っても俺らは悪だ。今まで心の何処かに、早く終わらせたいと思う気持ちがあったのに終わらせなかった。」
「ええ、許さない。絶対に許さない。私の泉を今すぐにでも返してほしい…。でも、あなた達の改心は認める…」
白石の目は充血していた。その言葉を受けた大山は笑っていた。
「白石真奈美。君とあの時対峙して気付いた。誰かの為にここまで自分を犠牲にすることが出来るのかと。君にもっと早く会っていれば、俺達の心も強くなっていたのかな…」
大山は膝を崩し、その場に座り込んだ。中岡はそれを見ながら腕で目を隠していた。殆どの人間が泣いていた。その場にいた人間はすべてが終わったと確信したからだと思う。安堵や悔しさ、様々な感情があったと思うが、終わったのは終わった。白石は俺の方を向いて微笑んでいた。
—————「どうしたんだい、こんな所に呼び出して?」
俺と白石は、小牧を音楽室に呼び出した。
「南はどこですか?」
俺は間髪を入れずに投げかけた。
「おいおい、彼女は風邪で…」
「二年前の事すべて知っています。」
白石は小牧の発言を遮り、全ての真相を知っていることを明かした。
「……。しくじった。餓鬼は頭が働かないのか…」
「大山と中岡の事を言っているんですか?」
「まだまだ子供だったようだね。」
「彼らがすべて話してくれたことを、勇気を振り絞った事と褒めてやれない腐った大人よりかマシだろ!」
俺は小牧の胸倉を掴み、大きな声で叫んだ。近くまできた彼の顔は口が歪んで笑っていた。
「勇気?警察に逃げる事が勇気なのか!」
俺は小牧に突き飛ばされた。白石がすぐに大丈夫?と駆け寄ってきてくれた。
「このままだったら隠せていたんだよ。このままだったら何も起きないままだったんだよ。なのに…なんで…餓鬼はバカだから頭が回らないんだよな!」
小牧は俺達に向かって歩いてきた。その顔はまさに鬼の形相。正直怖かった。恐ろしさが尋常ではなかった。何を考えているか分からない奴の行動は把握できなかったが、頭を過ぎったのは、殺されるという感覚。白石を守らなければと、突き飛ばされてからすぐに起き上がり、白石の前に立っていた。
「やめて!」
一人の女性の声がした。その声と同時に小牧の動きは止まった。
「南…」
南は音楽室の前に立ち、小牧の方を睨んでいた。
「あとは私が話すから、先生は戻って。」
そういうと小牧は素直に返事をして、その場を去っていった。去り際、こちらを睨んでいた。
「ごめんなさい…」
そういう南に、白石は威圧的に話しかけた。
「なに?私たちを言いくるめに来たの?あなたと話すつもりはないの!」
俺の前に出て、今にも南に詰め寄りそうな白石を俺は制止した。興奮冷めやらぬ彼女はずんずんと詰め寄る。
「白石!落ち着け!」
俺はついつい大きな声を出してしまった。それに反応して白石の勢いは止まった。彼女はこちらを振り向き涙目になっていた。俺はそのまま彼女を引き寄せ抱きしめた。
南は目を逸らし、ずっと俯いていた。俺は白石を離し南に話をした。
「全部聞いた。何もかも、全て。」
尚も南は俯いた状態だった。それを見た白石は詰め寄ることもなく、俺の方を向いていた。
「すべて事実。知っての通り。」
南は俯きながら話し始めた。
「高校に入った当初からあなたの事が好きだった。でも、あなたには黒瀬さんが居る。そんな時に、小牧先生の存在に気付いたの。彼の前科に。そして、近づく事ができた。」
「小牧を利用して黒瀬を陥れるためか?」
少し間が空いたが、南は首を縦に振った。
「完全にお前にその気があったんだな、殺意が。」
「残念…残念…私は変わらなかった…残念…」
「ふざけて…」
白石は拳を強く握りこんだ。
「南…。人間には三種類の人間が居るんだ。変化に気付いて進化する人・変化に気付いて退化する人・変化に気付くも進化も退化もしない人。」
「なにそれ、私は退化してるってこと?」
南は少し苛立っていた様子であった。
「黙って聞け。変化に気付いて進化する人は、自分の少しの変化も逃さず、常に前向きに行動できるんだ。その変化が正でも負でも。」
俺は南に詰め寄りながら話を進めた。
「変化に気付いて退化する人は、少しの変化も見逃すことも無いけど、中々前に進めないんだ。なぜ前に進めないか、それに気付く事が出来れば前に進めるんだ。」
俺は南の前に立ち彼女の手を掴んで話を再開した。
「一番ダメなのは、自分の変化に気付いているのに、そこから前も向かず、後ろも向かず、その変化を更に変えようとしない人間だ。南、お前のような人間だ。」
南は表情を変えずに俺の顔を見ていた。
「お前は俺が好き。だけど、黒瀬が邪魔な存在だ。だったら消してしまおう。そんな馬鹿な考えがあるか!」
俺は南の手を掴んだままだった。
「私は、貴方が好き。でも黒瀬さんが居る。その変化に気付いているのに、その先に進もうともせず、退こうともせず。変化を受け入れる事も無く、ただ自分の欲を満たしただけ…」
南は俺の手を振りほどいた。そして今度は、一歩一歩白石に近づいて行った。
「卒業式が終わるまでは小牧を抑えておく。私も自首する。ごめんなさい、白石さん。」
反省よりも罪悪感の方が強く、より強力であった印象であった。白石はそれに答えることも無く、俺の手を引き音楽室を後にした。
〜雨だれの前奏曲〜10
卒業式当日。三年生はソワソワしていたり、ニコニコしていたり。今後皆に会えなくなる悲しさや、新しい人生が待っている現実の話で持ちきりであった。式が始まるまでは、まだ時間があり、各クラスを行き来する場面や、最後にと写真を撮る生徒も多かった。
「ようやく卒業だな。」
司らしくもない、暗い雰囲気で話していた。俺達はいつものように、時間までは屋上にいることにした。
「司よ。泣くで…ない…」
相変わらずな口調の緑川は涙ぐみながら司の肩をポンポンと叩いていた。俺たちはその光景を見て、笑っていた。
「いよいよだな…」
二人を余所目に今度は一也が話を始めた。
「今日、俺達の全てそして、黒瀬の全てが終わるな。」
そうだ。俺達の卒業、そして、黒瀬の事件がすべて終わる。この三年になった時が一番長い一年であった。
「皆、今までありがとう。皆が協力してくれたおかげで、全てが解決した。全てが終わった。全てが分かった。ありがとう。」
今までの思い出と、今回の事件の皆の協力性が込み上がってきており、それと同時に涙も込み上がってきた。皆の前で涙は流すまいと思っていたが、無理であった。その込み上がった涙は自然に頬を伝っていった。号泣、まではいかないが、言葉は出なかった。
「その涙は、卒業式が終わってからにしておけ。」
一也は俺の両肩を掴み話してくれた。ありがとう…。ありがとうが、言いきれないほど言葉が溢れてくる。
————「赤波直人。」
はい
卒業証書授与のため、校長が俺の名前を呼んだ。大きな声が、体育館中に響いた。
「卒業証書。赤波直人。あなたは本校において高等学校の課程を卒業したことを証する。」
ありきたりの卒業証書だと、昔は思っていた。しかし、今、俺の受け取る物で、俺達はバラバラになると思うと、また自然と涙が出てきた。証書を受け取りながら、目が潤んでいるのが自分でも分かっていた。壇上を降りてからも、次々に名前が読み上げられていく。
青峰司・白石真奈美・茶ノ木一也・緑川竜二・桃田愛
彼らの名前と、壇上に上がる後姿を見ると、益々涙が溢れ出してきた。中々自分で制止できない雫は、頬を伝い、顎先で床に落ちた。もう今は何も考えることが出来なかった。今まで何も感じたことの無かった卒業式が、自分の番になると、これ程にも悲しい物になるのかと噛み締めていた。
司は涙を堪えているのが分かった。目は充血し、唇を噛んでいた。
一也は殆ど無表情であった。何も感じていないのか分からないが、前だけを集中してみていた。
緑川は笑いながら泣いていた。少し不気味さを感じたが、その涙は悲しいものであることは感じた。
桃田は号泣していた。顔をクシャクシャにしながらハンカチで涙を拭っていた。
白石は…涙も流さず、クールであった。時折目が合ったが、彼女はニコリと笑うだけだった。彼女が涙を流さないのは、転校して一年しか月日が流れてないからだと感じた。
大山や中岡、北川、西田、東郷の名前も勿論呼ばれた。彼らの表情は変わらなかった。しかし、南光の名前は呼ばれず、出席もしていなかった。卒業生で合唱をし、在校生と一緒に合唱をし…そして、卒業式が終わった。俺達の“戦い”も終わった。
————俺達の卒業式が終わり、最後の挨拶として、各学生は自分の教室に戻り、担任の先生と話していた。いわゆる最後のホームルームと言うやつだ。俺はさっきの式で、未だに目が赤い。それを悟られまいと一度トイレへ行き、顔を洗った。すると、そこに大山が入ってきた。大山は俺を探していたかのように、やっといたと言葉を放った。
「どうした。」
俺は顔を持っていたハンカチで拭い、大山に聞いた。
「ああ、いや。」
そういいながら彼は携帯を取り出した。
「俺と中岡は親に話した。今日で全てが終わる。」
そういいながら携帯を耳に当てて、どこかへ電話を掛けていた。
「おい、どこに電話かけて…」
俺は大山に聞いたが大山は電話先に繋がったのか、俺の話は聞かずに話を進めていた。
「あ、もしもし。桜岡高校に強姦をした生徒と先生がいます。」
大山が話している内容だけでどこに掛けているかが分かった。警察である事は間違いなかった。
「お前…」
自分でも驚いたが、制止する言葉が出た。止めるのか、大山に情けをかけるのか。そう思っている自分に嫌悪感が湧き出してきた。
「お前の前で電話をするのが一番だと思った。」
「どういう事だ。」
「俺が通報した、その事実を目の当たりにしてくれないと、俺には信用がないだろ。」
大山は携帯をポケットへ戻した。
「赤波。何度も謝るが、申し訳ない事をした。取り返しの無い事をした。だから俺は償う。償うのが遅くなったが償う。」
大山は俺の手を握り、もう片方の手で俺の手を拳にした。
「赤波。俺を殴ってくれ、気が済むまで。」
俺を握る彼の手は力強かった。しかし、俺は殴る気は無かった。ここで殴ったらそこで終わりだと思った。俺は彼の力強い手を振りほどいた。
「どうしても殴ってほしかったら、早く罪を償え。その時に殴ってやる。」
大山は俺の言葉を聞くと手の力が抜いていった。
「それじゃあ、またな。」
「ああ、またな。」
大山はトイレから出ていった。多分自分の教室に向かったのだろう。俺も皆の待つ教室へと戻ることにした。
————各教室では別れを惜しむ泣く声や思い出で笑い合う声、とにかく廊下まで様々な声が聞こえた。
「直人くん、遅いよ。」
目を赤くした白石が俺の方へ駆け寄ってきた。
「あ、うん。どうしたの?」
「皆で集合写真撮るんだって。」
そういうと俺の手を引き、教室の中まで引っ張られた。教卓の前には全員がワイワイと話をしながら集合していた。黒板には“卒業おめでとう”と大きく書かれていた。
「お、直人!やっと来たか!お前で最後だぞ!」
大きな声で司が俺を呼んだ。皆もこっちと手招きしていた。すると、そこへ誰かが教室へ入ってきた。
「皆さん揃ってますかー。」
一眼レフのカメラを持った桃田が入ってきた。どうやらその場で撮って、すぐに現像してくれるらしい。
「ありがとう!皆揃ってるよ!」
司は桃田に返事をした。桃田は了解と言い、写真を撮った。
「すぐ持ってくるから!」
桃田は駆け足で次の教室へ向かっていった。写真を撮ってからはまた、皆が話を続けていた。
すると、今度は別な男性が入ってきた。
「盛り上がりの所申し訳ありません。私こういうものです。」
その男性は入って来るや否や担任に挨拶をしていた。遠くからは男性が出したものが、ハッキリとは見えなかったが、男性が何者かが分かった。警察だ。担任は完全に卒業式の感情は無くなっていたはず。キョトンとしていた。その男性は担任の感情を尻目に話を続けていた。俺は必死に耳を澄ませていたが、周りはそんなことはお構いなし、と言った感じに盛り上がっていた。
「ねえ、あの人…」
俺を見ていたのか、白石が話しかけてきた。
「ああ。多分、警察だ。」
「誰が…呼んだの?」
俺は大山との話を白石にした。
「だったら、大山君をここに呼んだほうがいいんじゃないかな?」
「そうだな…」
俺は白石と男性の元へ行った。
「君達か?」
その男性は俺達が近づいて来るや否や急に話しかけてきた。担任はしどろもどろになりながら、状況を把握できていない様であった。
「俺達ではありません。でも、知ってます。」
「そうか。案内してくれるか?」
俺達は返事をして教室を出た。大山の方へ向かう途中の廊下で、予想もしない人物と出会った。
「南…」
南光は俺達の方を見向きもせず、男性の方へ近づいて行った。
「刑事さん、後は私がお話いたします。」
そういうと、男性の返答も聞かずにドンドン先へと進んでいった。
「か、彼女は?」
刑事であろうその男性は、唖然としていた。
「大丈夫です。彼女は当事者です。」
俺がそういうと南は、俺たちとは反対方向に歩いて行った。その後、刑事は南を追っていった。
————卒業式と言うものは一段落した。殆どの生徒は学校にはいない。ここにいる俺達以外は。
「先輩方、卒業おめでとうございます。」
徹也はニコニコと微笑みながら俺達に言った。
「本当に…本当に卒業…なんですね…」
冬井と夏目は二人で号泣していた。それを見て俺達は微笑ましいと思い笑っていた。
「最後の最後まで、この音楽室にはお世話になったな。」
俺はふと、音楽室を見渡す。全てがここから始まったと。あの時、初めて白石に会った時。自分を見つめなおして、自分を変えていなければ、ここまで皆の協力の元、全ての真相を解明することはできなかった。絶対に。そして、何度も白石にここで助けられた。彼女の弾く曲も、全てがまだ耳に、いや、心に残っている。夜想曲、悲しみの曲、雨だれの前奏曲。全部、ショパンの想いと彼女の想いが伝わってきた。そう思いながら、俺は皆の顔、そして、白石の顔を見た。その俺の状態を見てか、徹也が話しかけてきた。
「春日さんも、卒業おめでとうございますと言ってましたよ。」
探偵の春日知秀さん。彼が居なければここまで来ることも無かったと思う。あの人にも感謝だと感じた。
「まあ、全て終わったと、そういう感じだな。」
そういうと、司は窓の外を見た。
「見てみろ、パトカーの周りに人が集まってきてる。」
俺たちは窓を覗き込んだ。司の言った通りに校門前にはパトカー、その周りは生徒やその保護者、近隣の人々が、灯りに集まる虫の様に群がっていた。
「近くでこんな、非日常的な事が起きたら誰でも集まるだろうな。」
窓を背に向け一也が言った。俺たちはそんな非日常的出来事に反応もしてないと思った。すると、白石は俺の顔を覗き込んで笑い出した。
「どうしたんだよ、白石。」
俺は笑っている白石に、少し照れながら聞いた。
「思っている事が分かったのよ。」
そういうと、笑いを止めて話を続けた。
「私達が、非日常にも反応しないって思ったでしょ。」
「あ、ああ。もう、そんなのにも動揺しなくなったのかと思ってな…」
白石は再び笑った。
「今までずっと、非日常に触れてたからね。」
白石の言葉に合わせて、一也も口を開いた。
「確かにな。今まで高校生が触れもしない非日常を俺たちは体験してたんだ。警察やパトカーよりも上を行く、“事件”というものに。」
緑川も口を開いた。
「直人が悩んでいたのは知っていたが、中々俺様達も手助けできなくて悩んでいたのだ。しかし、白石くんが来て、直人の顔も変わったし、性格も少し変わって、非日常になっていたんだ。」
「俺が、変わっていった?」
桃田は俺の言葉にそれもあるけど、と付け足しをした。
「私達も変わっていったのよね。赤波君が変わっていくのと同時に。誰かの為に自分達をここまで変化させてくれるなんてと思ったわ。」
「春日さんも言ってましたよ。先輩は会う度に何かを変化させて行っているって。」
桃田の言葉に続いて、徹也も話した。
「ここまでくると、私達がいかに皆に助けてもらったってのが分かるわね。」
白石は下を向きながら言っていた。本当に俺は、いや、俺と白石の話だけで、真実であるかないかの確認のために皆が協力してくれたと考えると、今の白石の気持ちは分かる。
…ありがとうございます。
━━━━皆は帰った。最後の挨拶を交わして。この音楽室に残ったのはいつもの如く、俺と白石だけだった。
「結局残っちゃったね。」
白石はピアノの前の椅子に座って、鍵盤を見ていた。
「雨だれの前奏曲…まだ話してなかったよね。」
そういうと、綺麗な指は鍵盤の上に置かれ、綺麗な音を奏で出した。
「ショパンがパリである女性に出会ったの。でも、お互いの印象は最悪。肉食系と草食系の関係だったみたい。でも、彼女のショパンに対する考え方が変化していって、一年ちょっとで交際して行ったそうよ。」
白石の指は止まることはなく、綺麗な音色は未だ続いている。
「でも、ショパンは肺結核を患って修道院に入ってしまうの。病弱なショパンを、スキャンダラスなパリから遠ざけるために、マヨルカ島って所に逃避行している途中でね。そんなある日、彼女はショパンを残して買い物に出たの。でも、嵐が突然現れて、帰るのが遅くなったの。その時に作ったのがこの“雨だれの前奏曲”と言われているの。」
まだ演奏は続いている。彼女の顔、指、音、全てが美しいと思った。俺はソッと目を瞑り音楽に集中した。ショパンの事も知る様になったし、彼女の事も知る様になった。
「私達も、周りも、ショパンも変わり続けているのよね。」
演奏が終わると、体ごと俺の方を振り返った。
「私達の、気持ちも変わったかな?」
白石の言葉にドキッとした。それと共に、彼女の顔にも再度ドキッとした。なんとも言えない表情を俺はしていたと思う。
「白石…俺…」
━━━━春風が気持ち良く、心地良い。黒瀬泉が亡くなって15年が経った。皆成人し、皆大人になった。その過程においては全員に言える。南、大山、中岡、彼等は十八歳との事で五年の禁固刑が言い渡された。小牧哲平は再犯という事と主犯格、そして学生からお金を集めていたという事、人間を一人死に追いやった事を加味されて二十年の懲役刑が言い渡された。あいつはまだ服役している。そう
毎年毎年、彼女の命日に、彼女の墓の前で手を合わせている。
「また一年経ったな、黒瀬。」
俺は手を合わせて目を瞑った。全てを第六感で感じていた。
「あれから十五年経ったのか。」
俺の横に男が仁王立ちしていた。
「司…」
「よう、直人。しばらくぶりだな。」
「休みは取れたのか?」
「高等学校の教師はこんなもんだ。」
青峰司は高校の先生になっていた。今は桜岡高校に赴任をして、体育の教論をしているらしい。勿論、ラグビー部の顧問だ。
「俺の休みが取れた事を褒めて欲しいぞ。」
一直線の道には大男が歩いてきた。
「お、スーパースターのお出ましだぞ。」
司はその大男を茶化す様な発言をした。
「アホ。まだそんなレベルじゃない。」
その大男は黄金崎亮太だった。ラグビーで大学へ行きそのまま社会人まで上り詰めた。日本代表にも選ばれている。スポーツ選手として成功している。
「亮太。来てくれたのか。」
「ああ、忙しいが、たまには黒瀬に顔を見せないとな。」
そういうと墓の前に屈んで拝んでくれていた。来ていたスーツは彼の筋肉で、張り詰めていた。
「二人とも早かったな。」
さらに奥から、茶ノ木一也と桃田愛が歩いてきていた。
「おお、一也、それに桃田まで!」
彼等が歩いてくる方向に司は手を大きく振っていた。
「桃田じゃない!私も茶ノ木!」
そう言いながら彼女はお腹をさすっていた。
「おお、大きくなってきたな。」
「そう、六ヶ月。」
「何!?妊娠しているのか!」
司は驚いていた。
「お前には言っても何もないからなー。」
一也は司を笑っていた。
「待てよ。なんで直人は知ってるんだよ。」
ああ…。俺はそういうと、皆が歩いてきた方向とは反対の方向を向いた。
「パパー」
「あら、皆来てたのね。」
白石真奈美と娘の泉が駆け寄ってきた。今は白石ではなく赤波だが。
「おお、真奈美と泉ちゃんだな。」
「真奈美から聞いていたんだ。愛が妊娠しているのを。」
「愛ちゃんには、泉の写真も撮って貰ってるから、仲良いのよね。」
二人して顔を合わせて笑っていた。一也と愛は卒業後、営業写真館を営み、そこで東郷早苗を雇っている。彼女も今は明るく頑張っているそうだ。
「緑川くんは忙しいの?」
真奈美は黒瀬の墓に花を整えながら言っていた。
「今日も仕事明日も仕事。俳優は忙しいみたいだぞ。」
緑川はそのカッコいい容姿でもでるとしてスカウトされ、その後俳優に転身したという。
「そう。でも、皆来てくれて嬉しいわ。」
皆そんな話をして、黒瀬のお墓に手を合わせてくれた。もちろん、娘の泉も。
「今年もあいつらは来てくれたよ。」
俺はそう言うと一通の手紙を皆に見せた。
「大山と中岡と南か。」
三人連名で毎年手紙を出してくれている。それに、俺らが来る以前に、墓参りもしてくれている。
「まあ、あいつらにとって、やるべき事なのかもな。」
司は手紙の内容を読みながら言っていた。
「直人、事務所の方はどうなんだ。」
一也が俺に仕事について聞いてきた。
「ああ、順調だ。世知辛い世の中、色々な事を調べて欲しい人はたくさんいるらしい。まあ、それで生計が立ってるから、ありがたいんだがな。」
俺は高校を卒業した後、春日さんの事務所に就職をすることになった。探偵として。全ての人間の核心を知りたいがために。誰が何を抱え、何を思うのか。俺は春日さんに出会い、自分の事を理解できる様になった。だから、探偵になった。
「あら、私も生計立ててるつもりだけど?」
真奈美は大学に音楽の講師として働いている。コンサート等にも招待されるほどの人気もある。
「皆、頑張ってるよな。本当に。」
俺は再び黒瀬のお墓に手を合わせた。
今までの人生が間違っていなかったとは言えない。誰にでも失敗していた時期や時間、そういった場面があったはず。しかし、立ち止まる事や考え抜く事で、人は変化するものだと改めて感じた。誰も一人では生きていけない。友人や恋人、家族の力があって今の自分がいる事を、高校の時に感じられたことが出来たのが、俺の中で一番の幸せだ。
皆に会えてよかった。
俺は今、しみじみとあの時代を思い返して今、皆と話をしている。
夜をしみじみと思う、夜想曲の様に。
完
NOCTURNE〜雨だれの前奏曲〜