求めていた俺 sequel
第五部 「東西学園闘争編」
三十話 不運の極み
「ぜぇ・・ぜぇ・・、ご注文はいかが致しますか?」
桐生の座席の真横には、息を切らしたフライトアテンドのお姉さんがいた。
「あ、こちらがメニューでございます・・」
「ど、どうも」
お姉さんに手渡された機内食のメニューブックに目をやりながらも、やはり疲れまくったお姉さんの方が気になってしまい何度かチラ見してしまう桐生。
「えっと、とりあえず俺はこの『そこそこうまいコッペパン兄貴』で」
「お買い上げありがとうございます。300円でございます」
お姉さんは接客マニュアルの基本であるビジネススマイルを浮かべて桐生から料金を受け取った。
「はい、どうぞ」
フライトアテンダントのお姉さんはミールカートの2段目の引き出しの中から『そこそこうまいコッペパン兄貴』を取り出し桐生に手渡した後、「ではごゆっくり」と一言告げて再びカートを押そうとするが、
「あっちょっと待って」
桐生に引き止められた。
「どうかしましたかお客様。そちらの商品にご不憫でも? よろしければ、無料でこの『そこまでマズくはないメロンパン姉貴』と交換出来ますが・・」
「いや、そうじゃなくってですね。さっきお姉さんものすっごいスピードで走って来ましたよね。あれって何か理由でもあるんですか?相当急いでるようにしか見えなかったんですが」
お姉さんは返答した。
「そこに気付くとは抜け目がないですねお客様」
「非常に気になったもので。それに、あれだけ目立つ行動してたら抜け目もクソも無いと思うんですが・・」
「実はですね。過去にこの機内で私の先輩職員がお客様からクレームを受けたんです。『サービスの提供時間が遅すぎる』と。 この、スカイフェニックス810便の通路の距離をご存知ですか? 約100メートルもあるんです。それに対して乗客の数はおよそ1200人。
もうお分かりかと思いますが、普通にノロノロ歩いていたらとてつもなく移動に時間がかかるんです。」
「なるほど、だからあんなに全力疾走する必要がでてくると」
桐生は納得しながら『そこそこうまいコッペパン兄貴』が入ったビニールを開封する。
「そこで、航空会社の人事委員会が新たな決断を下しました。『フライトアテンダントの雇用条件に ”元陸上選手であること ” を新たに追加する』 と。これによって今まで一緒に働いていた私の先輩達全員が解雇されてしまう、という残酷な結果になりました」
つまり、このお姉さんも元陸上選手と言うことになる。お姉さんにとって機内の通路を移動することは100メートル走をするに等しい。あれだけ汗をかくのも頷ける。
「すげぇなぁ。そんな事情があったなんて・・」
桐生は、何の具も入っていない質素なコッペパンを頬張った。 まるで味のついていない海苔を食べているような感覚で、決して不味くはない。かと言ってとりわけ美味しいわけでもない。
「それでは、他のお客様も待ってらっしゃいますので私はこれで失礼します」
「おう」
フライトアテンダントのお姉さんはスマイルを浮かべて会釈をした。そして、ミールカートのバーを強く握りなおして再びスタートダッシュを切った。
つい今まで話していたお姉さんの姿がみるみるうちに桐生の視界から遠ざかっていく。
「フライトアテンドさんも苦労してるんだなぁ」
ごくん。
他人事のように感心して、残りのコッペパンの欠片を口に放り込んで飲み込む桐生。
「さて、暇だからゆっくり寝るとすっか」
桐生が座席を少し倒してゆっくり目蓋を閉じようとしたその時だった。 突如、声高な女性の声が機内に響く。
「乗客全員に告ぐ!この機体を堕とされたくなかったら大人しく私の要求を呑むんだッ!!」
桐生の隣の隣のおじさんが新聞紙を広げたまま、どこか冷静な雰囲気でこう言った。
「あちゃぁ、まいったねぇ」
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