鴉が泣いている

 川越なんて、駅周辺以外は、祭りでもない限り来ないため、なんだか新鮮な気持ちで歩いていた。駅周りの人混みと比べると、此処らへんは随分閑散としている。紅葉した落ち葉に彩られた道を世津那と共に歩きながら、ふと、視界の端に朱色が映る。それは楓の紅ではなく、鳥居の朱だった。

「あ、ほら、あれが八咫神社だよ。お祭りの日は焼きそば屋の屋台が出てて、可愛い子にはサービスするって、私には安くしてくれるんだよー。いいおじちゃん!」

 私が鳥居を指差しながら言うと、世津那が大きな目を瞬かせて、ゆったりと顎を傾けた。その拍子に揺れる彼女の濡れ羽色の長髪に、ついつい見惚れそうになる。

「八咫神社?」
「うん。八咫烏(ヤタガラス)っていう、三本足の鴉を祀ってる神社だよ」

 カラス。そう口にしてみて、なんだか面白く感じて、世津那の様子を窺った。彼女の“唐洲”という苗字は、やはりあの黒い鳥と結び向いてしまう。世津那もちょっと笑っていた。
 神社に続く石階段の手前で不意に世津那が足を止めたので、手と手で繋がっていた私も、自然と足を止めることになる。

「御参りしていきたいです」
「いけど。なに、世津那神様信じてんの?」
「いいえ。そうですね、冷やかしみたいなものです」

 なんの? とは、聞かなかった。世津那が“神様”に対してたまに変なことを言うのは、彼女が本当は私とは遠い存在だってこと。気付いてたって、知らないふり。目に見えないものは、なかったことにできることを未だに信じているわけではないけど。私達の間の隔たりからは、ずっと目を背けていたかった。
 彼女の横顔に苦笑しながらも、私は世津那の手を引いて、石階段を共に上がっていく。

 水舎で柄杓を右手に持ち、左手に水をかける。10月は秋の中間だと思っていたが、冬の前兆でもある。「冷たぁ」と呟くと「真冬じゃなくてよかったですね」と世津那に笑われた。
 ハンカチで両手を拭いたあと、世津那が私の手を握ってきた。

「手、冷たいよ」
「あれー、そうですか? 温めてあげようと思ったんですが」
「世津那だって同じ水で手あらったんだから、冷えたんだよ」

 そう言われると、世津那は自分の吐息を吹きかけて、両手を擦り合わせて温めようと奮闘し始めた。元々運動部で代謝がいいから、放っておけば私の手は勝手に温まると思うから、気にしなくていいのに。
 お賽銭をしようと、賽銭箱の前に来ると、私はふと思い出して世津那に訊ねる。

「そうそう、投げ込むお金だけど、一番縁起のいい金額はいくらだか知ってる?」
「二十五円じゃないんですか? 二十にご縁がありますようにって」

 得意げに笑って、私は財布から出した小銭を掌に並べて、世津那に見せてあげた。十円玉が四枚と、五円玉一枚。

「四十五円。終始ご縁がありますようにってことらしいよ。坂高受験するときの初詣で教えてくれたんだよね、弥生が──」

 ザザッと、視界にノイズがかかるような錯覚。自分でその名前を口にして、自分で傷付く。塞がりかけの傷から溢れだす痛みに、唇を噛み締めた。

「と、トモダチが、教えてくれたんだ」

 上擦った声は痛みを堪えるよう。世津那はすぐに私の様子に気がついたようで、なんだか申し訳なくなる。

「じゃあ、ドルを入れましょうか」

 そう言って、財布の中から二枚の硬化を取り出して、一枚は私に差し出してきた。というかなんでドルが入ってるのか。

「このほうが面白いでしょう?」

 世津那の笑顔で、彼女との想い出が塗りつぶされていく。上書きされて、薄れて、全部世津那の色に染まって。また私は、見ないふりで無かった事にする。
 それでもいいのかもしれない。見えないものは無かったことになるのかもしれない。世津那が全部、黒く塗り潰して、覆いつくしてくれるのなら、それでいいのだろう。
 賽銭箱に同じタイミングでドルを投げ入れてから「あれ、お金入れるのって鈴鳴らした後じゃね?」「そうだったかもしれませんね。まあ細かい事はどうでもいいでしょう」と適当に鈴を揺すって、適当にお辞儀と拍手を二回ずつする。

「……神社ってさ、お参りするたびになんかしら無理やり願望叶えてもらおうとするけどさ、何を祈ったか毎回忘れちゃうんだよね」
「わたしは一昨年からずっと同じお願いをしてましたから、忘れてませんよ。初詣の度に、おんなじ事を言われる神様も大変ですねえ」

 クスクスと笑って目を閉じたままお願いをする彼女の横顔を、じっとみつめた。

「何、お願いしたの」

 目を見開いた世津那と目が合う。

「……上手に死ねますように、ですよ」

 薄く笑う彼女の笑みは、不気味な感じはない。ただ、少し寂しそうにみえたから、その手を握り締めた。

「何処までも、一緒だからね」
「ええ」

 神様には、世津那と同じお願いはしなかった。私達は、これから何処までも一緒に空を舞うのだ。
 死ぬのではない。私達は鳥になるのだから。

鴉が泣いている

鴉が泣いている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-08

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