魔女と咎

主に後半推敲が甘いですが、ひとまずアップロードしました。またこれから後半の推敲を続けて行く予定です。

#2018/11/12(初稿)

 ある爽やかな春のこと、とある国の西、ある町の、某場所で、決められた出来事のように、そこに住む人々の日々において単純で平凡な日常が送られていた。そこで皆が皆ただ昨日と同じようにつまらない様子で、昨日までの日々の連続と同じ生活と、作業を黙々とこなす感じがあった。しかし、一人の人間だけが集団の中、違った行動をしていた。ぼんやりと別の意識の中、他の人間とまるで関係のない景色のある別な世界の中にいた。その人は記憶の中で自己中心的に、一人夢をみていたのだった。
 夢を見ている感覚の中、風景は安定せずぼんやりあたりがゆがんみえている、夢の中に映った世界はその人の過去で、それはいつか学校の帰路に寄り道した時、馴染みのあるレストランの風景だった。壁を背景にソファ席にすわっていて、丸テーブルを隔てた先の小さな椅子に人影。誰かがすわっている。その人が声のものとをたどると、甲高い女性の声、いつか見た衣服の色模様、聞き覚えのある友人タリ、その人物の大親友の声のようだ。
 何事か話しているのがわかるが、まるで壊れた機械音声のようではっきりとはききとれない、その後、親友のはいつかの、夢見る本人にとても意味ありげな一言をはっした。
「あなたが魔女であること……どんな過去をもっていようと、自分過去は自分で受け止めるしかないわ、あまり気にしないようにね」
  
 午前のある場所、つくえにつっぷしている少女の体がゆれた、揺れても起きないところから、揺らす人が目に見て感じるようにその人の反応は鈍い、意識は薄くゆれに対し少し抵抗の力をいれる程度だ。それもそのはず、未だ少女は夢の中にいるのだ、少女の頭の中ではいまやっとぼんやり意識がよみがえりはじめるところ。本人としてはとっくに目覚めているつもりで、揺さぶり起こす人をなだめようとして、気づいてもらえるか、うう、と肩をひねりうなり声をだしたが、手の主はその声には気づかず、くすくすと笑っているだけ。寝ている少女も笑い声を聞き取れなかった。
 
 やがて少女の背中から音も揺れもなくなって、数秒、彼女自身、自分から起きようとする、背もたれに気づき、椅子に座っていることがわかった、背もたれへ片手をのばそうとする、しかし瞳の重さにも気がつく、とても開けられる様子じゃない、こじあけようにも手が命令をきかない、そうして念じているうち、目の外の感覚が徐々によみがえっていくのを感じた。それによって、先ほどの光景の中に響いた聞き覚えのある声が、声が現実のものでないとわかったとき、そのとき体がどこかで寝そべっているのはわかった。耳の中で声がする、ぼわんぼわんと耳の中妙な響きをもっている、それは近くにも遠くにも声が反響している感覚だ。五感はそれをとえているのに意識は浅い。彼女の心は、その声に起こされ、めざめる事によって意識は軽いけだるさと楽しさを同時に感じだしていた、それは先ほどまで、現実でで彼女が感じていた感覚だった。
 「ん、ん……」
 声になったかならないかもわからない、咽か頭かどちらかに浅く響いた声、それは腕の中の空気に反響して耳にかえってきた、どうやら自分の身近で反響した音、同と腕の中の間に空気の揺れを感じた。自分が自分の頭をささえるため、腕を前でくんで机にのせ、その上に頭をのせているらしい。いまだ瞼をあける気力はない、そのほかにわかっているのは、背後に感じる人の手のひらが後方から背中をさすり、自分の体が大きくゆらしているという事、それでも眠る自分、やっと、自分が意識がぼんやりして机につっぷしてねており、その自分をこづいて、誰かが起床を促しているという事にはっきり気付いた、声は遠くにも近くにも思える、誰の声だろう。彼女はすぐさま、自分の都合のいい想像をした。(家だ、家の中なのだ)

【聞こえてる?……聞いてるなら、おきて、おきて】
 
 心地よく眠る少女は、外からみるといかにも心地よさそうだった、つづけざま激しく肩を揺らされて2、3度めにやっと、うう、とうなり声をあげて背中をのばす、しかし瞼を開けず同じ格好をしてねむりこける。それを何度か繰り返すうち、いままで小突かれても目を覚まさなかったのが、そうされてやっと、腕を組んでその穴に落ち込んでいた瞳がななめを向き、とぼけたような目をあけた、時刻は午前10時。たった今寝返りをうった、まつげがこく、うぶげのように長く繊細だ。居眠りをしていたのは意外にも可憐な少女である、背が高く、ロングの髪が茶色い、それはセーラー服をきた女子高生だった。彼女の名前はマイラ・ケート、今年17歳。ジマという西のヴェレというとある町、西ロンテ高校に通う。彼女はまだ完全にまだ目をさましていなかったが、そこは実は高校の教室で、ガラスからは上空にゆるやかな風の流れとやわらかい雲の群れがみえ、校舎の外や別校舎と彩ゆたかな街並みがみえ、電柱には小鳥たちがさえずりをならして集まっていた。彼女は自分でも、外からみると自分が机に突っ伏して寝ているところまではわかった。しかしまだ瞳が重い、それにどんな夢をみていたかわからないが、肩から上半身をおこし、背中と腕でのびをする、思わず心地よさに声をあげそうになった、寒すぎず暑くもなく丁度いいような気温で、目覚めはいい気がしたのだ。そこでようやく外の景色に気がついた。
 「二階……??」
 彼女は何をおもったか、再び安心したように瞳をとじ、ふたりとまた肩と腹の力をぬいた、そして次の瞬間には、自分でもまた、ごろんと机に寝そべった実感があった。

「うそでしょう、やっとおきたとおもったのに」

 少女の五感の中で、耳だけが敏感だった。ガヤガヤという生徒たちの話声は彼女の耳の中で都合のいい無意識と引き換えに遠い世界の出来事に変った。コツコツコツ、大きな建物の中に筆記の音や何者かの大勢の声が反響しているのにきがついた、しかし目を覚ますつもりはない。彼女はまだ瞳をあけず、家の中だと思い込みたいからだ。まだねむっていたいのだ。
 
 そこは、高校の教室、彼女のクラスだったのだが……。本当に響いているのはチョークの音、そしてそこは黒板に向いあっている教師。彼は若いが、クマがある。 熟睡する少女はほったらかしに、教師が教室の生徒に対して、午前の授業をすすめていた。名前をボブといった。振り返り生徒たちをみるが、教師の瞳と眼鏡に映る光景は様々。真面目な生徒がいる一方で、その中にはにやけているものも、こそこそ話しているものもいる、ひときわ目立つのは、机につっぷし寝ている女性、先ほど、ゆすぶられ一度目を覚ましたはずの彼女だ。教師は少女に気がついていた。
 (まったく……)
 すでに授業を始めた当初から眠り始めていて、その時から教師はすでに気がついていた。突然の景色に思わず吹き出しそうに顔はにやけるが、かくすように左手でハンカチをとりだし、汗をふき、すぐさま後ろに向き直り平静を取り戻す、5分、10分だっただろうか、教師は知らぬふりのあっまノートを取る生徒たちにまたも背を向け、黒板に授業内容を書き出す、口頭でわかりやすく説明をして、テスト範囲の確認などをする、しかし彼もまた、日常的作業と良い天気に意識がぼーっとしていてで、その最中に、彼はひときわ目立つ睡眠をとる彼女についての、とある思い出を記憶からよびだしていた。
 「コホン……」 
 あれは今年の初め、夕日の差し込む廊下、その教師は年齢のわりにふけていて、始業式当日にいきなり色々いじくりまわされ、からかわれていた。今でこそ前よりかは大分おとなしくなったのだが、それでもまだ問題はある。ともかくも、当日に教師がまるで学級崩壊間近というような生徒たちが騒がしく、教師の話をきかない様子だったが、にぎやかな教室でボブという新任教師は、自由奔放の生徒たちを叱れなかったのだ。
 あとで他の教師が調子に乗っていた生徒を叱り、聞き取ったところによると、生徒たちいわく、その教師は新任である噂が広まっており、そもそも様子がおどおどしていて、その様子をだれもが噂をしていて自分たちのクラス担当となり、あまりに意外で浮かれていたためだいったそう。 
 教師は昔からの自分の気質だとおもって、それは諦めていた。しかし今、真面目な生徒もいるように受け持ちのAー3クラスはおとなしくなっている。そもそもその時、午後になって意外だったのは、あとでそのクラスの何人かがやりすぎだと職員室にわざわざ教頭と尋ねてきたことだ、しかし、もう一つ意外だったのは、その次の日のことだった、教師がその寝込んでいる女子高生に呼び止められたのは、セーラ服ですぐわかる、担任となったクラスの生徒の女性である。長身でオッドアイ、木彫りの像のように、はっきりした目鼻立ち、意思を感じる透き通った瞳、やわらかい輪郭、美しい女性だった。それこそが今眠る彼女なのだ。
 今現在女性をみてもそっぽをむいてみぬふりをするのはそのおかげだろうか、彼は少し含み笑いをして瞳だけが軽快な笑みをうかべた。
(先生……怒ったほうがいいですよ)
(なぜ?……)
(私の境遇をしっているでしょう?先生みたいなタイプよくしっているけど、なんでも人の目を気にするより、自分の言いたい事ははっきりわないとまわりはわかりません)
(僕は新人だからさ)
 向かい合う二人の間にしばらくの沈黙の時間がながれた、教師は振り返り、教科書や資料を抱えて歩きだしたが、それから少女はずっと教師をみつめていた。今現在、授業中でありながら居眠りをする生徒である彼女、その悪態に気づきながら、見逃すわけはひとつにはそれだった、もう一つは彼女の血筋、魔女であるという理由もあるのだが。しかし女子高生はそんな事は知る由もないしただいまは眠っている。
 いまもふと生徒たちの方をむきなおり、スーツのネクタイを直しながら授業内容の説明をつづけていたが、眼に入る悪態の少女をみつけても、やはりそのとき教師が、先日廊下であったときに声を掛けられた言葉を思い出して、困り顔で少しわらっただけだった、そして同じように、眼の端でみつけながらもそっぽを向いて知らないふりをして、授業を続けていくのだった。

 少女マイラはのんきなものだった、上半身は背後の生徒にむりやりおこされ、そこで半目の状態、からだをふらふらとして、まるで夢遊病のように頭をかくかくさせている、彼女でさえ、教室にひびきわたる、背後から響くくすくす笑い声が聞えたが、どこかでその理由をわかっていて、しかしはっきりと理解できなかった。

 やがてやっとむくりと自発的に上半身をおこし、椅子のせもたれと胴との間に片手をはさんだ、しかし授業の集中力はすでにとぎれかけていて、耳は音を敏感に察知した。カタカタと音がする、それは少女の寝ぼけた視界では、その夢の中で彼女の望む穏やかな日常の一幕を想起させた、それは自宅の風景だった、ぼんやりと頭だけおこしたはいいが、ふらふらと重みを感じている、けだるさはないものの、やはり起きるのはおっくう、どうやら深い眠りにはいっていたらしい事は把握した、瞼をとじたり、時折瞼あけたり繰り返すが、そのとき彼女は幻覚をみたのだった。 
 「誰だろう、なんだろう、ここはどこだろう」
 その時のことを、彼女が跡で話す中で、彼女いわく、真正面にいるのは、現実の教師ではなく、自宅にいる母親の姿だと思ったらしい。ここは自宅で、カタカタというのはキーボード音だと思った、母はよくパソコンで仕事をしている。教室は彼女にとって、ぼやけた瞳の中で、居眠りが心地の良い自宅リビングの想像に変った。
 彼女はそれで、今は朝食前に寝てしまったその時なのだとおもい、のんびりとまぶたをこすったのだが、少し違和感もあった、母親の位置が遠すぎるし、母親はそっぽを向いている、その音はよくきくと、カタカタというよりは、カツカツというペンが何かをたたく音に思えた、あるいは前方の声は、何か壁にペンに近い筆記具を叩きつけている音だ、しかし横からもノートに対するような筆記音はきこえる。
 (なんでお母さんせかすんだろう、今日は休日じゃなかったかな……)
 肩がおもくもういちど机の上で腕をくんでつっぷしてねたのだが、背中から誰かがせかすので、また上半身をおこしたり、そのたびなんどか目をこすり、瞼を開ける。
「ううん……」
 再び、しゃきんと背中を伸ばす、組んでいた腕をほどした、すると見えて来たのは、さきほどより鮮明な光景だった、外の景色ではなく、今度は屋内に目をやる、緊張感が走った。カタカタ音の正体のひとつがわかった。クラスメイトたちのシャープペンシルの筆記音だとわかった。窓ガラスもみえるし、学校としか思えない風景がみえた。姿勢の悪さで景色はななめになっていたが、ずらりと見覚えのある机と椅子と制服がならぶ、そうしてやっとその人は緊張によって意識が目を覚ます、どこか教室の中の風景にみえた。彼女以外はまるで整然と授業をうけている、少女は体をおこして現実味のない感覚をどう対処しようかとなやんでいたが、目がさえてくると前方にいたのは母ではなく教師だったとわかる、家ではなく学校の授業中の際のできごとだったのだ、そうして理解して彼女はようやく頭がスッキリし考えた、朝食時居二度寝でい眠りをして、やさしい母に肩を揺さぶられたわけではなく、授業中に後ろの席の少女、彼女の親友から肩をゆすられたのだ。
「……魔女という存在は」
 前を見ると教師が教科書をひろげ黒板に向け文字を書いている。そうだ、4時限目、歴史の最中。授業できかされたのは、魔女と宗教との関係だった。延々と聞きやすい音の波をひびかせる、詳しい解説は、これまでの眠気と、教師のその心地のよい声に引きずられはいってこない、ひとまずノートをとっておく、そのために背筋をのばし体を起こした。
 普段、そうした場所では真面目な彼女にとっては、授業中におきていた衝撃もあったが、それよりも今朝通学中に出会ったもののほうが恐ろしかった、骸骨が路地裏を歩いていたのを見たのだ、と言って魔女である彼女には、その情報だけが恐ろしかったのではない、骸骨の格好が、意味ありげな過去を持つ彼女にとって、特別な意味をもったのだ。
 彼女はまだ気づかなかったが、それよりもその日、4月22日に起きた出来事は、友達との新たなる関係の始まりと、これまでの関係の終わりを暗に示したような問題だった。

 背中から声がする、振り返ると短髪のくせっけ、瞳が柔らかく糸目で、それでいてつぶらでかわいらしい、丸顔の親友がいた、先ほどの記憶の中にでてこなかったが、それがこれから紹介する友人、タリ・バサンだった。それは少女本人がこの学校で唯一といっていいほど親友だと思っている女性だった。くるくるの天然パーマのショートカット・ヘアーで、ほほにはそばかすがある、いつもにこやかに笑うキツネ顔のかわいい少女だった。やっと目を覚ました彼女は、その友人に会釈をして、それからしばらくの間いくつかの授業をまじめに受けていた。
 
「寝ているなんて珍しいわね、魔法使いさん」
 昼休みに親友のタリ・バサンが先にはなしかけてきた、後ろの席の人間で、さっき彼女を揺さぶっていた人だった。彼女が促し、いまだにぼーっとした意識の彼女を心配してくれた、食事の為に席をつきあわせ、二人で楽しい会話をした。しかしマイラの頭の中では、やはり今朝の事がきになっていた。親友はその様子を知ってか知らずか、時に気を使い、気を使わないような様子で、彼女に相槌だけですませられる、返事のいらないような話をつづけた、それは今日やすんでいる友人の話も含まれていた。
 
 (心配されているなあ、授業中に寝るなんて、朝から嫌な予感はしていたんだ。髑髏の魔法使いを見かけたから)
 髑髏の魔法使い、伝承によると彼女は魔女たちの導き手であり、なんらかの運命を知らせる役目をもつと言われている。彼女はそれを初めてみた、セーラー服のリボンをととのえて、呼吸を整える、どうやら悪夢でも見ていたらしく汗を流している、彼女はふだん迷信は信じない。
 (私は魔女だから、怖いものは自分の過去意外にはないわ)
 強がりに、表向きには、友人のタリにもそう伝えている、けれど迷信を信じずとも、心の中の恐れはあるものだ、今日の迷信には少し恐ろしさを感じていた。震えを隠すように、タリと何気ない、昨日のインターネット番組の話をしながら、そのまま昼ごはんの準備にはいって、楽しく食事をおえた。

 骸骨の話で思い出す、未知の出会いといえば、高校生活の始まりは彼女にとって新鮮だった。それまで、彼女は、中学まではすごく決められた生活をしていた、それというのも身分でいうと彼女は魔女という特殊な身分であった。国はそれを公的にみとめているし、そのことは高校の人にも社会的にも知られていて、たとえば中学までは人間と魔女は別々の基礎を勉強する。少し人間と距離を置かれる存在でありながら、法律や社会の一般的な社会通念の中で、人間社会にも存在を認められているのだ。
 マイラにとって新鮮な高校生活、そのきっかけこそが、タリ・バサンによって与えられた。それは高校生活の始まり、まずは全体集会のようなものがひらかれ、式がおわったあと、教室に入り、自席にすわる。がやがやと話し声がひびくその時、そのときも彼女は、今朝のようにうつぶせで寝たふりをしていた。しかしその時、今は高校において親友となった少女に話かけられたのだった。
 
 教室で、出会いとわかれ、新しい季節。彼女は、初めて人に、唐突に、違う人種の人にやさしさにふれた、彼女が思うに、彼女にとって、この高校で初めて記憶の中に、目に焼き付いた印象深いシーンだ。
「ねえ、あなた何てなまえなの?」
「マイラ・ケート」
 そう、彼女、オッドアイの彼女の名前こそ、マイラケート、この話の主人公だ。
「私、タリ・バサン」
 正直そのときは、返事さえおっくうだった、純粋さをうしなう事と、大人になる事、あるいはさらに子供じみた存在になること、それが同時の起こる時期があると思っていて、そのときうつぶせに寝そべっていた彼女にとって、あまり明るいイメージではなかった、それが高校生になるという意味だった。
 中学までは、人間とは区別されていて別の専門の中学に通っていから、これから新しく人間関係を作るのが怖く、もうおっくうで、人の眼を気遣い、人種の違うの歴史を抱えるのもハンデがあると思った。しかし、これから生きていくためには、人間にこびてわざわざまたいいひとみたいな演技をするのも面倒だと思っていた、そんな高校デビュー、はじめて話しかけてくれた人は、同じクラスの、変わった女子だった、変わってるのに、快活な人だった、彼女がいくら素をだして、話すのが面倒という態度をしめしても、その中で楽しい反応をひきだして、いつも笑わせてくる。今朝の出来事は、クラスはかわらず二年生になったばかりのの出来事だ。

 今日は5月22日、放送室のスピーカーから帰りを促す音声がながれた。そのころにはもう、可憐な少女マイラ・ケートは、例の親友タリを校門で待ち構えていた。部活が違うが、二人とも運動部ではないので帰りがおのずと同じくらいの時刻になった。彼女も色白でめだつが、タリもまた印象深い姿をしている、少し肌に焼けたような肌色をしていた。
 校庭の中、塀をこえた先に庭木たち、グラウンドに穏やかに差し込む夕日が温かみをおびていて、反射した日光は空をまう砂埃をキラキラとてらしだす。親友は珍しく遅れて来た、随分まっていたが、ちょっとまってね、とまたまたされた。スマホに着信があったのだ、ようやくもう一度もどってきたときには、もう5分ほどたっていた。こういうときほど、時間が気になる、二人での帰路は彼女にとって楽しみでもあるのだ、歩く音がして振り返る、何度もくりかえし、3度目には校門にタリが顔を出した、手の間にスマホをはさんで謝るポーズをみせていた。
 「おまたせ、ごめん!ごめん」
 「電話、誰からだった?」
 「アルコ」
 アルコとは、学校の友達のことだ。タリと仲がよくマイラとも友達、一緒によくゲームをする中、家でもするし、スマホでも一緒にゲームをする。彼女は今日風邪で学校をやすんでいた。そこで会話の内容に触れないようにきをくばりながら、共通のスマートフォンアプリの話をふった。
 「あの子、いまレベルどのくらい?」 
 「何の話?あ、スマホゲーか、新しいの?多分まだふたけただよ、あんまりやってないって」
 「そっか」
 マイラのレベルはもう3桁いっていた。なぜならあまりに簡単なゲームで、少しいじっただけでいつのまにかレベルがあがっていたのだ。だから少しふにおちなかった、(あの子はゲーム好きのはずなのに)とマイラは思う、アルコは最近二人にも、自慢のように彼氏ができたと話していたからきっとそのせいだろう。
 話をしながら歩いていたし、そんな事を考えているうちに、二人の帰路の機転となるのエィラ駅についていた。二人は電車の向も同じだ。だからそこまでは歩いて通う、地元の駅につくとそこには自転車がおいてある、自宅から駅までの間は自転車を使うのだ。
 
 カシャーン、いつのまにか切符をかって、改札をはいっていた。プシュー、電車のドアがいい音をたててしまり、心地いい揺れの中にいた。まるでぼやけたような情景の中だった、それは朝見た夢の中の景色のよう。しきりに左隣のタリが話しかけているが、返答は力なく、たんなる相槌程度だ、どこか心ここにあらず、といった調子がマイラにはあった。今日はそんな日だった。そのとき少し、友人が気になる話題をふってきた。
 「そういえばいってたよ、アルコ、あの子あなたともっと遊びたいって、どうしてカラオケとかいかないんだって」
 「だって私……へただからさ」
 隣の友人はくすっとわらった。それから思い出話を2、3個話したあとに何か溜息まじりに呆れたように、思い出したようにマイラに注意をくわえた。
 「ねえ、そういえばさ、カラオケだけどさ、下手とかうまいとか関係ないんだよ、その話題でなんども、そういうのは思い切りが大事なんだって注意したのに、なんどいっても同じなんだもん」
 「ごめん」
 「そういうので謝られるとこっちもこまっちゃう、私がそう思うだけよ?」
 話題を変えようと、アルコの話、彼氏の話、長身でイケメンだと話した後に、マイラに対し、タリは相手のさげているバッグの壁面にふれながら、こんな話をふった。
 「相変わらず好きね、このストラップ」
 「いつかあげるから。欲しい?お揃いすきだよね」
 「いや、そうじゃなくて、」
 社交辞令だ、あげられない、それはこれが大切なものだから。もし同じものがあればいいが、これは実は自作なのだ。
 「ねえ、あまり私の事探るのはよくないよ、私の秘密しってるでしょ、本当の魔女なのよ、あなたって不思議よね、人は人が畏怖するものは見たくなはずなのに」 
 「え?でもさ、親友ってそういうものでしょ」
 「またそういう事……」
 マイラはあきれてそっぽをむいた。そしてスマートフォンをいじっていた。あいかわらず隣の親友は話をやめようとしない、夕焼けにてらされている風景が電車のガラスに反射してながれていった。
 「景気づけよ、ケーキの形してるでしょ?」
 「え?」
 「あははは冗談よ」
 何度か笑い過ぎだと注意しても、親友は時間をおくとまたくすくすと笑いだすので、その様子に少しもらい笑いをしつつも、マイラは注意をくわえた。
 「ちょ、ちょっといつまでわらってるのよ」
 「いや、こんな雰囲気のとき、あなたも冗談いうんだなって。めずらしくて、今日ずっと落ち込んでいるみたいだったからさ」
 そのとき、改めて思う、自分のしぐさが、人間にとって、あるいはほかの同族にどううつっているか、思春期だからこそ考える。
 (そんな風にみえていたんだ、人って、自分のしぐさや表情なんて、あまりよくわからないものね、よくそう聞くけれど)
  やがて二人は駅前でそれぞれの家へと向かってわかれた。マイラは別れた横断歩道から、自転車にまたがったまま、隣町のにぎやかな都会の街並みを見つめた。首都の近くといえど、田舎から片田舎まで生活模様はピンキリである。ここが分かれ道、都会に住むのがタリであり、右の田舎に住むのがマイラである。

 マイラの家は片田舎にある叔父の家だ。形は住宅街、大きな通りの近くいで周りになじんで平凡な家だ、となりに青い屋根のアパートがたっている。逆の左どなりはカーブ、脇道が続く。コンクリートの塀をあるいて、外の門をあけ、中の玄関へ入る。自慢ではないが家は小さい、庭は広くないし雑草だらけだ。  
 「ただいま」
 帰宅後、彼女はは用事にでる準備をし始める、それはオカルトじみた作法から始まる、まずは同居人ゴルーという名の叔父にただいま再度と声をかけた。
 「おかえり」
 白が混じりの灰色の顔を連想する、よくみしったしぶい叔父の顔だ。リビングによりつくりおきしたウーロン茶をのんだ。叔父はポロシャツをきてゆったりしていた、テレビに向っていて、首をひねって娘がかえってくるその様子をみた。クマのようなシワのある、しぶい白髪と茶髪の中年男性。彼女があっさりしているのはいつものことだ、しかし彼女も思春期、顔をあわせ再度挨拶をするとすたこらと自室にいそぎすぐに服を着替える。やがて顔をあらったりてをらったり、授業ノートをひろげたりしていたが、どうやらばたばたしている様子をみたり、着替えているところからみると外にでるらしい。
 毎夜毎夜のことながら、顔を洗いひきしめる、いまから行われるのは魔女として生まれた彼女にかせられた義務だ。それを想うと、ゴルーは何も癒えなくなる、ただ眉間にしわをよせるのみだ。わすれようとコーヒーを片手に新聞に目を通した。

 マイラが魔女についてや、初めて魔女の秘密についてをきかされたのは、彼女の両親がなくなって、ゴルーにひきとらた直後だった。魔女たちは血縁関係を大事にする、そして魔女たちのコミュニティだけで独立した責任と結束を紡いでいる、だからこそ、物心つけばすぐさまその“呪い”についての秘密もつげられて、対処法も学ぶ。
 ゴルーの言葉をかりれば“魔女は呪術を使うために報いを受けるのではなく、すでに存在としての報いを受けているため、呪術を使う”世間一般の抱く魔女のイメージとはまるで違う、そして中学にあがるまえ、マイラもまた周りと同じようにその事実をきかされた。
 「いいか、マイラ、もうすぐお前の周りには魔物が生まれ、お前の魂を奪うため、うろつくようになる。歴史上で魔女狩りはよく知られているが、幻影狩りはしられていない、幻影とは魔女の近くでうまれる“呪い”のことだ、夜な夜な“原初の魔法使い”の“悪魔契約”の呪縛と向き合わなくてはならない、知られてはいないが、歴史に伝わり、世にいうイニシエーションの儀式は嘘だ。本当に魔女が仮面をして出歩く行為は、表向きそうした、通過儀礼、立派な一人前の魔女になるためのイニシエーションの儀式とされている。だが実はそのようなものではなく、その身にまとわりつく呪いを払うためのもの、お前は必ず、やがて魔女であるための儀式をしなくてはいけなくなる。それが幻影がりだ」
「よくおぼえておけ魔女はな、呪われているから魔法を使うのだ。魔法を使うために呪われるのではない」
 魔女としてのマイラは、準備をしつつそんな事を思い出していたが、すでに自室にて外にでる準備はおえていた、しかし服装はかえってきたときとかわりがなかった、一応中にきるものはかえてあるのだ。タンタンと階段をおり、階下の廊下へ、再び冷蔵庫にむかい、チョコレートをひとつとりだしてポケットにつめた。
「いってきます」
 ゴルーがぼーっとしていた間に思春期少女マイラは、すでに玄関にいた。いつものように急ぎ足に家の人に無意識に掛け声をかけて家をでる、そんな様子にゴルーも何気ないように、何気ない返答をしたものの、それから少しして、新聞をよんでいた手をとめ、心配そうに玄関へ続くドアへいそいだ。彼はまだリビングにいて、廊下へ顔を出し、廊下へでた。不安を表すように娘が出ていくのをみおくりつづけたのだった。

 見送られた彼女のほうは、ウィッチ教会から事前に得ていた情報から、電車をいくつかのりついで、うとうととし、必要な場所でおりた、それは自宅近くの公園バス停から5つ先の地元駅付近のバス停だった。その頭はひどく憂鬱な様子だった。 
 【ポーン】
 マイラは5つ先のバス停でバスのガラス窓のとなりにあるボタンをおした。それからものの5分もしないうちに目的地についた、モリ町という所の、ザイ駅前バス停という所だった、彼女は運賃をはらいそこへおりたった。うしろに若い女性が一人すわっていたが、風邪をひいたのかマスクをして窓ばかりをみていた。その時からマイラの様子はおかしく、女性の様子をさぐるようだった。その女性が気づかないときにふりむいたり、あるいは彼女が前をむいてるときにはそっぽを向いたような態度をとっていた。

 まずマイラがおりたった。スッという音と、
 「ありがとうございました」
 運転手と乗客がお互いに声をかける、しかしその後挨拶もなく、スッ、と彼女が降りた後に誰かが下りたようだった、間違いなく彼女だろう。マイラは不自然なほどそちらをふりむかず、そのほかにも、なぜか風景には眼もくれず、スマホをいじったり、何度か深呼吸やストレッチをしていた。やがてそれがおわると、少し民家にかくれて路地へ進む、脇道へはいった、それは例の女性の死角だった。スマホのアプリから地図を開く、田園風景、小高い山の景色がひろがる田舎道、肩からは高校で使うバックをさげる。例のケーキ型ストラップのついたバックだったが、それをしばらく見ていると、やがて肩にさげたまま底を左手でもちあげ、右手でチャックをあけその中にてをのばした。回りをみて、中身から軽いものをとりだす。それはカラスのような仮面だった。
 「まわりにはだれもいないな」
 そういってやっと回りに目線をくばった、その時彼女の後に降りた人、女性は、マイラののいる歩道左側をいった塀の影に隠れていた。マイラは気にせず、やがてとりだした仮面を彼女はすぐさまひたいに紐を廻し結び目を作る。するとカラスのような白い仮面は、嘴の部分がちょうど鼻と口をカバーし、彼女の顔上半分を覆ったのだった。
 その後マイラは、制服の中、後頭部の襟から中にきたインナーのフードをとりだす。やがてもうひとつ、バックから小さめの何かをとりあげた、それは魔女特有のとんがり帽子だった、しかし、ちょこんとした普通の帽子の3分の2ほどのとても小さなものだった。
 「見られていたらやりなおさないと、私集中力ないんだもの……」
 そういいながらそれからもう一つ、メモ帳のようなものを、左ポケットからとりだすと、帽子をかぶりメモ帳をひらき見て、私服のままストラップを手にもち何かしらをつぶやいた。すると徐々にマイラの二つの眼が、文字どおり光り、ストラップには音もなく風が集まりだす、彼女のセーラーが端から風邪をとりこんで、ぱたぱたなった。そして彼女の髪は逆立ち、彼女の体全体も暗闇でポオ、と柔らかな光をもった。学校の授業でも習う、それは魔法が発動するときの魔女の様子、そのものだった。
「今から詠唱を三回……だれもいない……わよね」
 あたりきょろきょろとみるマイラ、その背後に、やはりチラチラと人影がみえていた、誰かにつけられている。集中しているせいか、そのときにも、マイラは未だに気づいていないようだった、その女性は赤い服、明らかに服装からバスに同乗していた例のマスクの女性のようで、電信柱や、民家の石塀をうろうろして死角を探し、何かしらこちらを監視して、あるいは付け回す予備動作をしているようだった。
 「仕事は仕事、魔法は魔法、すべては義務だわ……こんなこと、ラノベの中でしかしらないけれど」
 背後で人影がそうこうしているうち、あろうことか、なんの知らせもなく、静かにストラップは一人でに光りだした。
 「封印ヨ……魂をトキハナて」
 魔女としての彼女に、この呪文に違和感はない、ストラップは魂を宿している。普段はそれを封じているのだが、それを開放する魔術を使い詠唱を唱えると、ストラップは目を覚ます。ストラップを手に握ったまま手のひらを上空にかかげる動作をした、小さな物体内部から、どんどんと突き上げるような音がする。魂の声だ。ストラップは内その後何度も、内側からぼこぼことつきあげるような動きをして変形していく様子だった。徐々に巨大化し、彼女の顔と同じくらいの大きさになった。その動きに反して、彼女の手のひらが、その巨大化や、異形となったストラップを抑えこませようとすると、中から伝わる音や衝撃が、彼女の体を立てに突き上げたり横にふりまわしたりした、汗をかき、はあはあと呼吸をあらげながら、そしえ再び別の詠唱ををとなえると、プツプツとストラップはお湯が沸騰したような形になり、彼女に揺られているように左右に揺さぶられはじめ、さらに巨大化して、何かしら声を発する、意思を宿し始めている様子だった。
 「儒呪授受」
 何かわからない声が、ストラップから聞こえる、マイラは小声で
 「まだ早い!!完全じゃない、まだ待って!!」
 とつぶやいていたが、ストラップが沸騰と巨大化をやめると、やがて彼女はその意思を認めるように、その中に宿していた魂を【解放】した。彼女はストラップを掌からさしだし、手のひらをひらき、空にさしだすしぐさをした、ストラップはひとりでに左右にゆれたのだ、くちもとで人差し指をたてて、最後の呪文を唱える。
 「ヘッサム……」
 ストラップの中の光は、まるで生命に宿る魂のようにあちらこちらへと揺らめき動いた。ここでもし、誰か人間やほかの魔女にその様子を見つかっても不干渉の規則がある。しかし、彼女自身の存在は、その景色とのミスマッチ、その車道は舗装されたコンクリートであり、脇に雑草がおいしげる夜の田舎道、その様子をまじまじと見たがるような人間がいるわけもなく。呪文はブツブツ言ってほかの人間にはききとれないようなものだったから、はたからみるとその様子は気味は悪かった。
 そんな事にはお構いなく、あたりを眩しく照らすような光が彼女の手のひらで一瞬ひかり、点滅が安定した光にかわり、ストラップが黄金の光につつまれると、瞬間に耳をつんざくような叫びがひびく、あらかじめそれをさとっていたように、首尾よく彼女は両耳を両手でふさいだ。
 「ピエエエエエ」
 叫び声をあげるストラップ、マイラはひたいからあせをたらし、オッドアイは半目の状態で額にはしわはより、まゆはしかめて、そしておちつきはらっている様子だった。その様子に反して、テンションの高いストラップはまるで犬や猫の口の形のようになって、それが彼女と似たようなオッドアイの瞳をしていて、カラスの仮面をかぶっていた。
 “ギャアアアアア”
 その瞳の部分がケーキの装飾でいう、ろうそくの火、鼻の部分にはイチゴがうまっていた、狂ったように、生まれたての赤子のように悲鳴をあげる、魔女であればすぐにわかる、彼は今生命を宿した、いや取り戻したのだ。
 「おはよううううう、おおおおい、生きてたか相棒!!」
 マイラはあきれた溜息をついて、もとはストラップだった奇怪なその生き物のつんとつきだしたけもののようなくちもとを上下からつかんでおさえた。ストラップはときたま細長い手や足をだしてそれに抵抗する、マイラのほうが力がつよく、呪文のようなものを唱えて力を抑えているようだったが、まだストラップのその両端、口角から大きなこえがもれてううう、とうなっている。手足はクロールのようにあばれていたが、少し短い手足だった、知らない人間がみれば、まるで犬の形をしたストラップが本物の短足の小型犬のようなものが、飼い主と喧嘩をしているような、奇怪な光景ではあるが、その一方で、どこかで許容範囲内であろうと思う、なぜなら、奇妙な事はこの世界では日常茶飯事、魔女が奇怪な存在だということは、この世界では常識だ。相も変わらず、開けない口を不便そうにしかめずらをして、マイラが油断しようものなら口をひらいてベラベラとしゃべるストラップ。
 「静かにしろって」
 「うるさい!!」
 「うるさいのはあんたでしょって、静かにしなさい、今から仕事なのよ、し・ご・と!!」
 二人は仲がいいのか悪いのか喧嘩をしながらもみくちゃになり、彼女はストラップを左小脇に、学校のバックとともにかかえ、そうしながら、脇道からもとのバス停のある場所へまっすぐすすみ脇道からもときた地点へもどった、それから体をひねり、左にむけ、小さな歩道を少し遅いながらも歩きだした。コツコツコツと、静かな田舎道にふたりのやかましい声と、妙に響き渡る足音がきこえていた。

 夜の田舎道に響く足音、それは一匹の怪物と一人の女子高生の話声だった。女子高生は高校のバックを肩からさげて、その上に小型犬の形をした、ケーキの装飾をもった奇怪な怪物をかかえている。怪物はまるで親しげに、爽快そうに、田舎道に吹く風をあびながら、ときに親友のように時に悪友のように、しつこいほどにマイラにはなしかけた。小脇にかかえられている様子なので、彼はマイラを下から見上げているのだった。
 「ギャッハッハハ、愉快な愉快な、いなかっみちっ」
 「うるさい!!!静かに、名もない咎、すぐそばに“魔の物”の気配がするわ、案内するから、仕事よ」
 あいかわらず、あるきながら時折その小動物の口をふさいで、ときたまバックでむりやり体との間にはさみ、小脇にかかえたついでに口をおさえつけたまま、高校のバックを抱えてあるいていく。
 「幻影狩りッ、ケッ、幻影狩りカアアアアアア、面倒っ……くっせせえええええええ」
 「ああもう!!」
 「あああああ面倒くせえええ!!!!」
 「駄々をこねるな化け物!!!」
 そういわれてその通りでしかない小動物は一瞬静かな様子を取り戻した。しかしあらがうように、ときたま道のわきの民家の塀を細長い手足でがりがりひっかいて嫌がったりする様子を誇示してみせた。
 「そうだよ、幻影がりだよ、神聖な儀式なんだよ」
 「しらねえ、人間たちに嘘ついてるくせによ!!!」
 “幻影狩り”とは、“魔女が魔物を狩る行為”。魔女の生活にとって、どうしてもかかせないもの、そしてこのストラップは、それに利用される彼女の使い魔だ。使い魔は“なもなき咎”、とも呼ばれる。
 「どうして、あんたなんかが相棒なんだろう……」
 「うるさい!!さっさと呼び名を付けろ!!!」
 マイラは相変わらず怪物の口をとじさせたまま、ときたま怪物の力がまさって、マイラの腕にかみつこうとする。なぜ魔女であるマイラは、こんな危険な怪物を飼っているのだろうか?それには、2、3説明とエピソードが必要だろう。

 魔女は、現代において最低限の、それもたったひとつだけの魔術を行使する事を法律で許されている。それがこの“名もなき咎”である、簡単にいえば魔女に対して一匹だけ存在できる使い魔だ。しかしそれらはどんなものでも使い魔になるわけではない。
 “名もなき咎”それは、魔女たちが日ごろから利用し、愛着を感じているものでなければいけない。“名もなき咎”の魔術。それは、それぞれ個別の魔女たちが大切にしている道具、モノに魂を与え、自分の命を守る魔術。マイラはそのことに何か不満がないわけではないが、規則なのでしたがっている。現代魔法使いは、魔法を使うことも、使う方法も制限されている、ゴルーから聞いた話を総合すると、それもこれも“原初の魔法使い”に発端があるのだそうが、それも長い話しとなってしまうだろう……。
 彼女も“原初の魔法使い”の話はゴルーに知らされ、中学に入る前には、自分が魔女であることの責任や、自分が所属する人種コミュニティや、ウィッチ教会の信仰についてをしらされた。端的にいえばウィッチ教会は、魔女のコミュニティを束ねる宗教であり、魔女コミュニティとは、魔女が誕生した瞬間から強制的に加入する事になる、相互援助機関だ。まだ小さなころにマイラは叔父から何度も何度もその話をきかされ、その時にこの仕組みをよく理解させられた。今でもすべては必要な事だとわかっていたのだが、自分とて好き好んで魔女に生まれたわけでもなく、日ごろ不満はたまる。そんな時のはけ口が、叔父だった。単なる反抗期ではなく、もともとツンケンした様子をみせ、甘える相手は叔父だけだった。

 例えば先週の仕事終わりもそう、帰宅して、日常ではなく非日常、それが反転して、再び日常に戻る。叔父は男なので、圧倒的な違いがある。たしかに叔父には感謝しているが、女としての苦痛はしらないだろう。半ばあきらめ気味に、“幻影狩り”の仕事について、現実と向かいあうために、相談するように、時に歎くように、リビングで自分を、いつも疲れて仕事から帰ってくるのを待っている、ゴルーにこんな風に愚痴る事がある。
 【“原初の魔法使い”別に恨んでいないけれど厄介よね、私女だもの】
 【そうだな、魔女にうまれたんだ、仕方がない】
 そっけないゴルーにむっと口をとがらせることもある。仕事を終えた魔女にたいして、自分は女性ではないゴルーはこうして情けない返答をするしかない。男女の事情はさておき、マイラは生きているというだけで、幻影に追われる、幻影の咎をもっているのだ。原初の魔法い―—どうやら噂ではれいの“髑髏の魔法使い”がその末路といわれているが―—“。マイラだって、本当は誰を恨めばいいかもわからない。
 「ゴルー、どうして私の使い魔はあんなに反抗的なの」
 そうやってゴルーを頼ったこともあるが、彼女自身、答えはわかっていた。使い魔は、魔女を写す鏡、内なる自分を表現したものが使い魔の性格としてあらわれる、通説では、そういうものらしい。それらは魔女コミュニティの勉強会で身に着けた知識だが、ほかにも、もうひとつ原初の魔法使いについてわかっている基本的な知識がある。それを丁度考えて、反復するように、マイラは口にだした。
 「間違いないのは、原初の魔法使い、その魔法使いがすべての発端であるらしい。彼女が、生涯たった一度の魔術を使うために悪魔と契約した。その血筋のものたちは、ある呪いをうけた、それが原初の魔法使いが原初と名付けられる理由。それまで普通の人間だったものが、ただの人間だったものが、魔法を使うために、魔法使いになった、そのおかげで、その末裔は、女であればだれもが魔女の呪いをうけつ、魔女である限り、代償を強いられ、魔力を使うことを強いられ続ける運命をおしつけられた」
 マイラは、恨んでいるか、恨んでいないかといえば、この自分の運命を恨んでいた。

 そんな事を考えるうちに、マイラは制服の上衣の服の裾をつかまれ、脇をこづかれたりして、注意をせかされた、それが自分の使い魔の仕業とわかり、やがて、いやいやながら、自分のそばに異形の気配が二つあるのだという事を気がついた。徒歩ではもう10分ほど、さきほどのバス停から歩きつづけていた。スマホをみると、あらかじめ青色の矢印をつけていた地点に、いつのまにやらたどり着いていた
 「スウゥウスゥゥウ」
 (野犬の呼吸?いや、違う、ここは目的地点、もう1キロ近くあるいていたのか)
 魔物の気配が、確かに魔物の気配がする。
 「幻影狩り、か……」
 彼女は意味もなく小さなつぶやきをたてると、わきみちをいったところの左の、垣根のある草むらから思わぬ声がひびいた。それは少し大きめの車道の垣根だった、彼女はその場所に用があったのだ。
 (またこいつ、何もしゃべらずに人をつれまわして)
 クレイジーな言動はおいておいて、使い魔の心情はわりと慎重で、冷静だった。歩く主人にむりやり目的地につれてこられたはいいが、何をすればいいかわからな、それどころか仕事の内容すらきいていない。
 【クシャアアアア!!】
 「おい、あぶねえぞ、目の前に鎌を構えたクサリの魔物がいる」
 彼女は情報にあった遊歩道の前で仁王立ちしていた。
 「あれよ?わかる?あれが今回の獲物なの、ほら、連絡した通り、二つ通りを右にまがって、それから小道を右に二回、左に三回まがってきたわよ」
 「ああ、はいはい、わかりましたよクソ上司!!」
 草むらから目を光らせているものがいる、ここはニュースでも取り上げられたことがある“通り魔”の出没地点、それがまさか“魔物”だとは世間の人間はしらないだろう。血気盛んな彼女の使い魔は、彼女にしられないように、くちのわきからこぼれるよだれを逆の手でふき取った。

 しか彼女は後ろをむき、スマートフォンをちらちらとみたり、背後をみたりして、それから、こしをかがめて、今きた道と逆にスタートダッシュをした。突然走り出した主に驚く使い魔、彼女の視線はすぐさま走る景色を目でおっていた。
 「おい、にげんのかよ!!」
 声をあげたときには、すでにマイラははしりだしていて、もはや返答のチャンスもない、彼女の呼吸は荒い。仕方なく使い魔は後ろをみると、“別の魔物”もそのすぐあとを追ってきている。
 「ああ、あいつは魔物だ、ひでえ怨念だぞ、マイラ、きいてんのか、おい!!クソ上司!!」
 スマートフォンを左手にかかえて、右では大きく脇でふられる、それと交差するように足が地面をけとばした。使い魔が見ると彼女がひろげた地図上にはさっきとは別の色の赤の矢印ピンがさされていて、目的地を表す。そこでなんとなく理解したが、魔女の使い魔に目的地もつげずに、彼女はただすぐ近くの、駅のすぐそばにある大通りのおおきな歩道橋をめざしていた。
 「オイオイ、何にも説明せずになあ、それによお、愚痴くらいいわせろよ!!なんでこう毎度、オレに何もはなさねえんだ、お前さあ、今朝からしけた顔してんなア!なあ、走る時も顔が変わりもしない、お前仮面付ける必要ねえんじゃねえかワハハハハハ」
 「……」
 (うるさいなあ、相変わらず、だから名前をつけてなんてあげないのよ、バカ使い魔)
 普通は、“名もなき咎”は魔女の使い魔として、人間に定められた通り従順な態度をもつのだが、彼女の場合は例外。二人はいつもこんな感じの迷コンビ。その本当の理由を彼女は知ろうとしいし、興味もない。だからわりとしょっちゅうこんな言い合いや喧嘩をしていたのだが、最近は表面上、言い返さず彼女がおれる、それにはマイラなり目論見があるのだが、彼女の心の中では、実はひっそり使い魔の愚痴は毎日さんざん繰り返される。
 「なあおい、おまえ、責任感ってやつがないのか?お前が生きているから、俺はうまれちまったんだよ、お前の性格がひねくれてるから、こんなにひねくれてるし、全部おまえのせいだぜ」
 「ささと終わらせて帰るよ、やりたいゲームあんだからさ」
 使い魔は鼻をほじってやる気をなくしているようだった、そのくらいがちょうどいい、と思うものの、彼女は使い魔の言葉に少し引っ掛かりを覚えた、わりと感情豊かなのが、マイラという少女の本性なのだ。
 (傷つくこというなあ、もしこんなの魔物にいわれたら、私立ち直れないや)
 現代魔女は箒もステッキも使うことを許されていない、そんな彼女にとっては一応頼るべき相棒である、この使い魔、良し悪しはさておき、いわばこれが現代魔女のまぎれもない魔法道具だ。
 彼女の“名もなき咎”は、見てきた通り、普段はケーキの形をしているストラップ。見た目こそケーキだが、彼女が魂を宿す封をとくと、まるで犬のような見た目になる。瞳はキャンドルの火で赤く光り、ケーキのスポンジ部分の半分からわれて不気味な口がひらかれ、鋭い牙が両方から、ときにマイラをねらい光る。そして、その魔術の法則通り、他の魔物が大好物、使い魔の性格も色々とあるのだが、彼はわりと食欲旺盛な使い魔なのだ。
 「ああ、かったりりいなあ、ご主人、ご主人がなんか今日元気ないからさあ」
 「ふーん」
 実は彼女は、人間と話すとき、親友と話すとき、冗談で、ストラップを付けている理由などを聞かれると、韻を踏み、事あるごとに、彼女も冗談で【ケーキ】と【景気】をかけていたけれど、あの冗談は、只の冗談じゃない、縛られている冗談なのだ。
 実は、それこそ冗談のようだが、あれは呪文詠唱の一つだった。魔力を使い魔に宿すための作業のうちひとつなのだ。それは、必要な魔術の手順。こうした手段をつかわなくては、現代魔女は使い魔さえうまく使えない、高度な方法はあれど、現代では、魔法も魔力も呪文さえ人間に提示され、厳しく決まりがあるので、まわりからはふざけていると思えるような言葉の力にさえ、現代では時に、たよらざるをえないのだ。


 いくつかの脇道をまがり、スマートフォンの案内にまかせる、遠く見えていた電車の駅が知覚なる、やがて目的の歩道橋のもうすぐそばだという所にたどり着くと、彼女は使い魔の根っこ、ストラップをくくりつけた根っこにてをかざしつかんだ。ゴソリ、と背後で音がした、人がひそんでいる。先ほどのバス停から、マイラを確かにつけているものがいる。彼女はそれをわかっているし、“名もなき咎”ももちろんわかっている。
「なあ、また人間が見てるぜ、見逃すのか?“特別”って、オレにはよくわかんねえけど、あまりこういう姿はみられるべきじゃないってルールはなかったか?」
「集中してる、ちょっとだまってて」
 気がついたときには、マイラは“名もなき咎”を引きずり、半分集中したスポーツ選手のように機械的に、脳内でイメージしていたルートをたどり、ひとつ路を急カーブを左にまがり、やっと目に入った歩道橋の階段の入口へを走り向かっていた、丁度すぐうしろを、持ち手のない鎌が自身をふりまわして奇声をあげておいかけてくる。やがて階段のすぐしたにたどりついた。
 「まてえええ!!!!母さん!!!あんたが生んだんだろう!!!!」
 (はあ、はあ、何あれ、ただのカマじゃない、情報によると女子高生の持ち物、あんなもの女子高生がもっているのかしら?)
 先ほど遊歩道の草むらでみた“魔物”の正体だ。それでいてカマはその取っ手のすぐそばから鎖がでていて、鎖の先にはスマートフォンらしきものがぶらさがっていた。そのスマートフォンは、まるでマネキンのような無表情な人間の顔をうつしていて、どうやら音、声はそこから発生しているらしい、彼女はそれを走りながら、ときたま後ろを振り返りながらみて、キャッと恐ろしげな悲鳴をあげつつも予定どおり、歩道橋の橋の下、階段の部分に鎌を誘導したのだった。
 「“クアアアアア”、なああ、俺の“主人”はなあ、本当は自分を変えたかった、でも無理だった、なら、なんで俺を生んだんだ!!お前が、人の心を、醜い心を形にしてしまったんだああ」
 魔物はあらぶり鎌をふるう、右から左へ、左から右へ、刃の鋭い部分をひるがえしながら標的のマイラめがけて、ちょうど力がもっともかかる刃の切っ先ととっての中心あたりを、勢いよくマイラめがけて当てようとしている、しかしそれがほとんどからぶりで、あるいは標的のもつ自分と似たような怪物に邪魔をされてしまう。
 「主人!!!ぼーっとすんなよ、後ろ向いてあるいてぼーっとすんな!!おれが鎌の攻撃をうけ……いてええ!!!」
 マイラ、彼女のもつ使い魔であり“名もなき咎”は彼女への攻撃をそらし、あるいは魂を受け、その頑丈になった体でそのままうけとめる、彼の使命なのだ。
 
 マイラはというと、その様子にあわせて、階段を一歩ずつ、まるで相手の動きを読むようにゆったりとかけあがっていた。そしてついに中間あたりにさしかかった、それはあきらかに、その動作の法則をみているようだった。彼女のこの時の分析はこうだ。
 (重力やしくみは不明だが、あの中心のスマートフォンを起点にうごいているんだ……ちょっと分析がたりない、もう少し把握できる動きがないと、どっちがどのくらい、相手に対して反発して動きをとる、だとか……)
 「思う存分くらえ!!“なもなき咎!!”」
 「はいよおおお!!!」
 「ギャアア!!!」
 たしかに使い魔はカマをかすめてとんでいった、まるで攻撃をうけたように、カマは声をあげて何事かを訴えようとしたが、少しも傷つくことはなかった。それどころかにやりとわらい、むしろパントマイムのように、ふたりをおちょくっただけだった、とってに装飾のようにつけられたその顔はまるでピエロのようだった。マイラはその様子に若干の嫌気を感じた。
 「はずした、戻る、いったん階段をおりる、もう一回同じようにして相手の動きを見たいわ、ちょっと勢いがたりない」
 「おまえよ!!俺の話聞いてるか?俺だって鉄の刃はいてえんだよ!!それにお前の友人がマスクをつけてよ、つけて……、まああいいや、いまはいいからよ、作戦をおしえろ、どういう事だ」
 「振り子作戦よ!!」
 これまで彼女は、彼女の背後の気配にきがついていた。それが友人の気配であることもわかっている。もう付けられるのは何度目だろうか、バス停についた直後から、誰か遅れて下りているのに気がついていたし、遅れて下りてくる人影が、マスクをしている事に気づいていた。行動がおかしいのは友人のほうだ、だがマイラのほうはどうだ、どうして話しかけなかったのか、友人の行動は異常なのだ。だが彼女は、叱る事ができない。友人のおかげで、学校にはなじめている、友人がつくる交友関係は広い、顔が広いのだ。健気でこまめに気がつかえて、快活な少女なのだ、だからとても頼りにしているし、関係を崩したくない思いがあった。しかしマイラには影がある、影があるのは少女のせいではない、血のせいだ。種族の決まりだ、彼女たちは生きているだけで、悲劇を強いられる、物が宿す魂、それを刈り取らなくてはいけない。
 
「階段をおりて、体制を立て直す!!耳をかして、重要な作戦の核よ!!振り子なのよ!!」
「主人!!!大丈夫か、また発作おこしてるのか?息が荒いぞ」
「大丈夫よ!!」

 彼女の中で今日のすべての計画はすでにおえられていた、だからこそ記憶や幻想が頭を駆け回る。ゴルーに聞いたこの話のあらましはこうだった。
【数日前、このそばの駅で、女子高生が自殺した。その死とともに持ち物の魂も行き場を失い彷徨っている。それが最近ここでうろつく魔物の正体、それは実は。いわゆる切りつけ通り魔事件の犯人だ】
 「そしてやがて、カマは意思をもった……わたしのせいで」 
【そうだ、お前のせいだ、お前さえいなければ、俺は存在しなかった、そしてこれから壊されることもなかったんだ】

 今回の件に関して彼女が思わないことはない、同情?疑問?彼女にその責任がのしかかっている、そのこと自体に恐怖する。同情は、疑問は、意味がなかった。ともかくあの魔物を、この使い魔に食らわせること、それだけが彼女に許されている正義だ。
 発作、と使い魔はいった、たしかに先程、彼女の耳には鎌が自分に、自分が生きる事の責任を問う、そんな声がきこえた。もちろんそんなものは幻覚、幻聴に過ぎなかったのだが、魔女たちはそうした、自分が生きる事による責任と、それによって生じる恐怖を、魔物と戦う事によって感じているのだ。それこそが幻影狩りという名の由来でもあった。

 「大丈夫よ、それより、ちゃんと準備しなさいよ」
 ケーキのストラップは、からだから細長い手足をとびださせ、野生のけもののようにとがった唾液ののびた牙をだす、まるで野に放たれた野獣のようだが、ストラップの鎖の部分が、バックにつながってれたまま首輪のようになっていた、命令に従い、ペットのように自由自在にいう事をきく。それはほかの魔女の使い魔とかわりがない、ただひとつ性格の悪さを覗いては……。
 「魔物は、主人を狙う習性がある、しかし、今度は俺が楯になろう、感情をゆさぶれば、修正に変化をおこせる、主人、これがどうやら、あんたらの戦いの定石だなあ!!」
 マイラは階段をかけおりて、元の歩道にもどっていた、浮き上がるストラップ、彼がおちょくると、たしかにカマは主人であるマイラではなくストラップのほうをねらって鎌をふるった。そこでマイラも使い魔に命じた。
「上によけろ!!!」
 しかしそれは明らかな大振りとなって、カマは歩道橋のわきにあるおおきな木にその刃をつきたて、身動きがとれなくなった。

 せまりくるカマ、彼女がこの場所を選んだわけは確かにあった、そのためにここに先週の午前中にすでに調査におとずれていた。実は彼女はカマをよけながら、“名もなき咎”をおいかけさせ、そのおおぶりを空振りさせて空中戦に持ち込もうとていしたのだ。あわよくば橋からしたにおとし、この面倒な仕事を即座に終えようとしていた。だからこそ、先ほど、この歩道橋をかけあがる途中の階段において、わざわざ相手の動きをたしかめようとしていた。それは相手が、カマとその大本となるもとの持主、その根本からスマートフォンにつづいている鎖と、スマートフォンを基軸に動いている事に由来していた。
 「なあ!!振り子作戦ってなんだよ」
 「ああ、あのね、“魔物の法則”をしっているでしょう、魔物は人間が愛着をもって使っていた道具に宿る魂、そして必ずその人間の“修正”をまねした、“仮の依り代”をもっているものなのよ、それがあの鎌にとってのスマートフォンなのよね」
 「なるほど」
 「だからあいつの動きは、二つの基軸でうごいているの、ひとつは使い主であった女子高生、つまり人間が通常とる行動、それは普通の人間の動きと同様に、橋の外へでることができない、普通の人間の修正に合わせて動くスマートフォンの行動として現れるでしょう、けれど鎌のほうはどう?ただひたすらがむしゃらに、スマートフォンと関係なぐ、けれどスマートフォンを中心として刃をふるっているのよ、まるでそこに元の持主が生きているふうにね」
 “ケーキの怪物”はあっけらかんとしていた、今日これまでになく素直な返答に対し、彼女の使い魔は、少し驚いたような表情をみせた。しかしやがて納得したように、深い感嘆の声と溜息をあげた。トントントン、カマが階段を上ってくる音はたしかにした。
 「そういう事か、横着だな!!マイラ!!主人!!」
 「そうだよ、あんたをえさにあいつをつる」
 「ええ!?そういう事なの!?」
 ああだこうだ、そうこうしているうちに、バチリ、階段をかけあがってきた魔物と、ストラップの使い魔の眼があった。
 「ええい、やるしかない、つまり同じ行動をとればいいんだな!!?」
 「そうよ、あんたは黙って私に従いなさい、ただの道具なんだから!!」
 「はああ!!!?はらたってきたあああ」
 そういうとケーキの使い魔の目線はは、やがて歩道橋の上、水平で一直線の車道を横断する場所へとたどりついた鎌へとむかっていた。
 (てめえのせいだ……)
 「ガルルルッルルルルル!!!カマの怪物め、成敗したる!!!」
 「キシャアアアア!!!!」
 「ちょっと、こっちはあんたのしっぽをもってるんだから、ちゃんとこっちの動きにあわせてよ、橋の中央、中央へいくわよ!!」
 そういうものの、リードをつけてもいうことをきかず走り回る犬を制御しようとする飼い主、あるいは風の強い日、凧揚げに苦戦する凧揚げ名人のように彼等はしばらく橋のはじっこで右往左往していた。
 
 彼女の目論見はいくつかあった。この感情の豊かな自分の使い魔を使いこなすことと、その使い魔と共有すべきでない作戦の核については、彼にも相談せず、話さずに隠しておくこと、そのために日頃から、そうした計画をたてるときはストラップを距離のある場所においてある。使い魔はきがついていないが、普段家にいるとき、彼女がバックをリビングに置きっぱなしにしているのはそういうわけがあったのだった。そのことについて彼女は使い魔に、「いつでも対応できるようにね」なんてもちろん、嘘八百のウソをついているのだが。

【かみつけ】
 そう指図して、右手でバックごと、中にのばした。それこそが狙い通り、しかし、その先で、彼女の“名もなき咎”は思ったような仕事ができなかった。彼女はしっかり歩道橋の欄干をつかんで、その魔物に命令した、二人は息をあわせて、お互いに反発した力を持ちながらも支え合いながら、相手をひきつけつつ、ついに橋の中心に戦闘の地点を落ち着ける事に成功した。
「あんたに出来る仕事をしなさいよ!!名もなき咎と魔物はいがみ合うもの!!同族嫌悪、もちろん、彼の狙いは魔女、私自身なのだけどね、だからなるべくあなたがうざい行動をすればいい、いつも私にするみたいに」
「外したぞ!!!マイラ!!!」
 そこでストラップのチェーンの根っこをつかみ、半分のあたりに位置をずらして、逆の手でもう一回転をさせた。腰を屈伸ぎみに、肩を起点にバックが一回転する、それは上空からみても奇抜な動きだった、一度目はもちろん外すつもりだった、それからこの振り子作戦に移行するつもりだったのだ。
「うわああ目が回るるるう」
 そう言っている場合ではない、使い魔とて、主人の命を奪われるわけにはいかないのだ。
「おい!!また外したぞ、どこねらってる!!」
 その叫びとあわせて、女子高生マイラはバックをとってをつかんで自分のお腹のあたりにひきつけ、いきおいよくチェーンのをつかみ、その動きを双方独立した動きで勢いをこらし、ストラップの位置を調整した、しかし少し手がたりないと気がついた彼女は、小動物じみた使い魔の尻を、歩道橋の上空に片足をつきだして勢いよくけった。その反動で、使い魔は口の位置をずらし、見事カマの魔物にたいして食らいつく事に成功した。
 「あきらめんな、いっけええええ!!!」
 「おまっ、ちょっ……振り子ってそういう、人のケツをたた、ブッ!!!!!ガルウウウウウウ!!!」
 途端、歩道橋と同じ高さ、橋から少しずれた同じ高さ、上空を一瞬黄金の光がてらしたが、それはすぐさま煙を発してきえてしまった。ポトン、と何かの音がして、マイラと使い魔が下をみると、画面にひびが入り、役目をおえたスマートフォンが歩道橋の柵の端におちていた。

 呼吸があらくなっていた、だがどうやら今回の仕事はけりがついたようだった、後処理は魔女協会にまかせてしまえばいい、まったく、生きているだけで魔物につけ狙われる人生なんて、なんてひどいものだろうか。マイラは少しおちこみ、仁王立ちをしてしまった。

 「なあ、仕事はおわったけどよ、気配にきづいているだろう」
 後ろに友人がいるのは分っている、階段をおりた欄干の奥、バスをおりたさきからずっと人がこちらをみている、つけてきている、前はちらりみかけても少し後を付けられていた程度だったのだが、最近は得にひどい。初めはだまっていたけどつい最近みせつけることにした。魔女の姿になってそれを追いかけられても、それでも放置していたは、彼女には勇気がないから。
 いや、もう一つの面もあるのだ。
 初めてできた親友ともいえる身近な存在でもあるタリは、マイラに対していつもこんなことを要求した。
 「なんでもはなしてね」
 そんな事を考えて一瞬立ち止まり、返事にこまっていると、
 「おい、まさか、何か同情してやがるのか?いいか、お前の行動は魔女全体にかかわってくるんだ、少しは自重をおぼえろよ、あいつがいい人間か悪い人間かってことじゃない、お前の勝手は、皆の責任になっちまうんだからな」
 「……珍しくまともなこというじゃない」
 「ばっ、お前なあ!!おれの魂も、おまえの生死、あるいは魔女コミュニティ、ウィッチ教会の存続にかかわっているんだよ!!」
 「古く価値がなくなったものを本当に重く受け止めすぎると変化なんてない、私迷信は嫌いなのよね」
 仕事をおえたストラップは鉄の匂いをおびている。それは他人が心をこめてつかっていた、愛着のある道具への執念、彼女の手のひらには、なにもののものともしれないスマートフォンと、待ち受け画面になっていた鎌の写真がみえていた。そんな人のつよい思いをものともせず、あいもかわらず無機質でありながら魂を宿した“名もなき咎”は相変わらず悪魔のような、自分勝手な独り言をつづけていた。
 「迷信ってお前……歴史だぞ、人間は結束力が強い、宗教もな……」


 魔女という存在は、この世界では、完全に人間の日常の世界になじんでいる存在で、非日常の扱いはされない。なので真昼間でさえ、人間はときたま雲のように空をとぶ魔女たちの姿を見る事がある。だがそこには双方の社会通念的配慮や、倫理観、法による規則があるものだ。だからお互いを見かけ、見る事があっても、魔女と人間の間には暗黙の了解のようなものとマナーのようなものがあり、お互いの生活で譲歩し、守り、一定の距離感を持ちつつ守り続けている。その均衡が破壊されることは、ごく一部の人間や魔女の問題だけですまず、大きな社会的な問題をはらむことさえある。だからこそ穏健な魔女たちの相互コミュニティにおいては、そうした接触をあらかじめ避けるように細心の注意を払うのが常であるので基本的に規則を守らないのは悪い事である。それに反して、彼女のようにわざわざ人に見られる事がわかっていて、そのまま放置するのはごく少数、珍しい光景ではあった。

 マイラは、少しおとなしくなったストラップを片手に、さっききた道をもどり、やがて歩道橋のたもとにたどりついた。
 『ごそごそ』
 ピタリ、仕事を終えいままで来た道を戻ろうとしていたマイラだったが、ふと足をとめてふりかえり、音のそた方向をその目線と表情がさぐる。そして、にやり、と不敵な笑みをうかべた、その様子は街燈にてらされ、人気すくない田舎道で、ひときわ不気味な様子にみえた。彼女は、もちろん、追ってきている存在にきがついている、今まで気づかないふりをしていただけだ。

 先ほどの騒動で死角をさがしていた人間、そしてバスからずっと彼女をつけていて、今も近くの公園のそばでずっとマイラの様子を見ていた人間がいた、彼女、親友のタリ、バサンだ、今までつけてきて、彼女の動向をうかがっていたが彼女が動きをとめたので、タリもまた姿を隠す事した、見つかってしまえば友人関係にひびが入る恐れもある、あるいはもっとひどい状況もありうる。マスクをつけて素性を隠し、親友にそんなことをするなんて。
 (ばれた??)
 ツタツタツタ、足音は虫たちの声に邪魔されながらも響く、マイラのいた場所から、友人の潜む公園までは少しあるき角を曲がった場所にあった、そこからはマイラの場所や、さきほど魔女にとって、魔物と呼ばれる怪物との闘いの地点がはっきりみえた。そしてマイラは、いまだ“名もなき咎”を片手に抱えたまま、名もなき咎はうれしそうによだれをたらし、ばくばくと意味もなく口を開閉させていた。
 (なんで武器をもったままこっちへ、怖い、まさか、私を口封じに?)
 タリは必死ににげた、しかし垣根の切れ端からきれはし、マイラのきた地点から一番遠い奥のほうの隅からにげだそうとかけだした、息が漏れないように口を手でふさいで、下半身をかがめたまま急いで走りついたころ、目的の地点にて、人の足がみえた、それはまぎれもない見覚えのある靴、親友の足だった。まだ気がついてはいないようだったが、マイラは垣根の端、いま逃げ出そうとしたところを無言で見下ろして、沈黙のままつったっていた、そのまま友人タリ・バサンは逆を向き、すわりこんで体育ずわりしてその視線をよけようとした。
「そこにだれかいるの」
(やばい、気づかれた!!)
張り裂けそうに高鳴る心臓!!左右に垣根の切れ端、もはや逃げ場はない。いちかばちか、ふたたび先ほどまていた公園の中央あたりへとはしっていく。
「ぷっ、ねえ、タリ、つけてきたのきづいていたんだよ、もうばれてるって」
「きゃっ……え?何?」
 耳元で声、いや、頭の上で声がした。間違いない、すでにばれている、彼女はいさぎよく、そのまま立ち上がる用意をして、返事をするために心音をととのえた、そして諦めの深い溜息をついた。しかし顔をあげるのは恐ろしかった、ひどく怒っていたら、もはやこの関係は終わる気がしていた。
「ごめんね!!!でもいいわけさせて」
「なあに?突然」
 マイラのその声がおわるよりはやく、タリは下をむいたまま、マイラからみると、友人のその上半身だけが垣根からとびだした。
「わっ!!何!!ちょっと、鼻をかすめたわよ!!いったい!!」
「あ……ごめん」
 見ると親友のマイラは鼻腔から血をだしていた。すぐにポケットのハンカチへてをのばし、彼女にさしだした。
「はい、これ……」
「ふっ、あなた、変わらないわね、どんな状況でも」
「え?そうかな、私は、変わった事するように心がけているんだ、常日頃から」
「ふぅーん」
 そうして二人は、今度は逆に、車道側に、垣根にもたれかかるようにしてすわって少し話をした。どうやらマイラがおちついて、これまでのタリの事、すべての事情をしっていたようで、その様子が親友のタリにも見て取れたので、彼女も同じように、おちついてこれまでの経緯を話し出した。スマホの光だけが、垣根の内側、人のいない田舎の公園の端をてらした。
 「あの……そのね、こんなことを始めたのはね、実は初めてではなくて、この前見かけたんだ、夜抜け出していくところ、あなたに貸してた漫画本、家を訪ねていった事があったんだけど、丁度2週間まえかしら?おうちの人があなたがいないって、……それから何度か、あなたが夜抜け出すのを何度かみたの、それでおもった、やっぱりすべては話してくれないんだ……て、私たち友達だとおもっていたのに」
 「……何??それだけ?」
 「とぼけちゃってまあ、わざとらしい……ねえ、コンビニよろうよ、あなたの家の近くでいいからさ、まずバス乗らないと、次のが最後だよ」
 「わざとらしい、って何?え?まじ?もうバスないの?ケンカしてる場合じゃないね」

 バスをまつまでほぼ無言で、それでもなんの知るしか二人はてをつないで、お互い気を使っていた。バスにのるときも二人でお互いの手を引いてのった。一番後ろのせき、女子高校生たちが肩を合わせて無言で左右の景色をみた、夜はくらく、ときたま街燈にてらされて自分たちの姿が窓ガラスに反射して映るほかは、何も変わらない田園風景と、ぼうぼうにはえた雑草、石ころや街頭のたもとが見えるだけだった。うしろからみて座席は右はタリ、左がマイラだったが、先ほどのお互いのおどろき、秘密と暴露で、それぞれに顔を合わせないように窓から外の景色をみていた。まず先手をとって、ひと呼吸にのびをくわえて、その場の空気をなごませるつもりで右をむきマイラが口をあけた。
 「何か謝る事ないの?」
 「でも知りたくて、あなたと、貴方の過去について私かわってるから」
 「それは恐れじゃないの?」
 きまずい沈黙がながれた、
 「私がつけていたことに気づいてたんだって……それだけ」
 「……」
 「あなたも知るように魔法使いについては色々、厄介な歴史がある、いい噂ばかりじゃない、それであなたがしたことはどんなことか自分でわかるよね?」
 「う…あ…うん」
 「まあいいわ、バスをおりたら、ちょっと場所を移動しましょう、コンビニで何かたべよう」

 まるでそれは午前の歴史の授業の続きのようだった、彼女たちは帰りのバスにのって、降りると、すぐさま見知った学校近くのコンビニで買い物をした、それぞれジュースやら、お菓子やらをかって、そのままその駐車場で立ちながらたむろした。さっき空気をなごませたおかげで、タリはいくらか日常のような、とぼけた会話をくりひろげていたのだが、真逆にマイラは、決ま図差をごまかすようなしぐさの、まるでとぼけたような学校での大親友を相手に、一人の若き魔女は難儀しながら、ひとつひとつ教えこもうとした。それは深くしられていない魔女たちの事情を話していくことでもあり、今まではなさなかった自分の悩みを、友人に話し始める決心でもあった。
 (私はまっていたのかもしれない、きっと自分からでは自分の悩みを話すつもりがなかったのかも、もしこれで終わるなら、これまでね)
 マイラは、むしろ自分こそが、この関係を、人と魔女との関係を終らすきっかけになる事をおそれていて、その事にたった今気がついていた。それでいて相手による決断を期待していたがために、今まで“魔女としての責務”を付け回されて、監視されていたことを黙ってみていたのかもしれない、少なくともその時、そう考えた。 

 「現代の魔法つかいは……」
 彼女はバックの中に、都合よくもちあわせていた、今日学習した教科書の一ページをひらいた。ストラップが彼女の武器であるために、つねにバックは彼女のそばにあるのだ。そういえば、友人にもいつもそのことを指摘されていたりした。ストラップといえば、バスに乗る前にすでに封印されていた。もちろんその時にひと悶着はあったのだが、今回は使い魔もつかれたようで、いつもより口喧嘩は少なかった。
 「現代の魔法使いはね、少なくとも、魔法を使いたくて使っているわけではない、あらかじめ魔法とそれによるリスクがつきまとっている感じなのよ」
 「それって授業内容と違うくない?」
 「そう、そうなのよ、魔女が自分から悪さをするからリスクがある、そんな風に教訓じみていないの、魔法が、行使する者の自己責任によって代償とその結果をつくる、そんな風にできてはいない、少なくとも私の知る限りね、魔術とは、そういうものなのよ」
 ううん……と友人タリはうなり声をあげた、しかし信じがたいものではある、信じがたいものではあるのだが、今見て来たもの、彼女をおってきて、ストーカーのように付け回し、それを後ろめたさを感じていた彼女にとって、とりあえずは選択と決断のために、彼女の話を聞き続ける他に選択肢はなかった。
 「つづけて」
 隣り合う二人、コンビニ正面に向かって左にはタリが座る、その右隣で座り安心したように、マイラはわらった。
「初めから代償が定められている、魔法使いが生きているだけで、その周囲のモノに魂が宿してしまう、それは、ある人間に使いこまれた何かしらの道具なのよ、そしてその無意識に魂をやどしたものは、魔法使いではなく、もっとも思い入れのある人間の隠れた意思をうけついでしまうの」
「え?」
「現代の魔女はつらいわ、人を呪わば穴二つ、という事でもなく、魔術を使うと代償があるというけれど、まず初めに呪われているの、この国には古くなったものが魂を宿すという、つくもがみの言い伝えがあったでしょう、言い伝えは信じないが、魔女という存在は、魔物という存在が先にあり、魔女が生きているだけで、それらが魔女の近くで生まれてしまう、まるで病みたいよ、例えば私の担当の区画、私が生きている傍でうまれた魔物は、私がどうにかしなくてはいけない、まるで部屋の掃除みたいに、魔女はね、それを浄化する事を義務づけられているんだよ、それだけ、私にもわかっていることはそれだけよ。」
「そうだったんだ……あ……それじゃああの、噂は違うんだ、イニシエーションって」
 マイラは何も言わないがそれが返答になった。

「いつも戦っていたのは……それなんだ、あたし、あなたが闘っている姿をみていて、戦っている相手の姿がみえなかったからてっきり魔女同士の抗争でも起きているのかもって……」
 タリはしずかにひざをかかえた。ジュースはもう半分以下にへっていた。ふと思い出したのは、口をつけたペットボトルはそのときから、時間がたつにつれ細菌がドンドン増えていくという、危険らしい。最近SNSで見かけたニュースだった。
「自分の近くで必ず、“魔物”ていよくいえば怪物が現れる、因果関係ははっきりわからない、けれど、呪う事も呪われることも、否応なく私を襲うわ、だからこのストラップに、私の望む魂をやどし、私の代わりに戦ってもらっているの」
「なんでストラップなの?同じように魔物を生み出しているのではないの?」
「この魔法だけが人間との契約、というより、盟約によって許されている魔術なのよ、人間との盟約については授業でやっているわよね」
「それで……」
 タリは深くうなずいた。まさかこんなところで学校の授業の続きを受ける事になるとは夢にも思っていなかったのだ。これ以上は知るべきではない、貴方にも危険があるし、私にも危険がある、そういうと再び、気まずい沈黙が二人の間をすぎていく。しかし、タリは口をひらいた。

「それでも、もっと知りたい」

「なぜ?」

「私の持論を聞いてくれる?」
「うん……」

 タリは「昔ね」、と切り出して、彼女は彼女の兄の過去の話をしはじめた。中学生のころ、サッカー部で有名だった兄は、唯一の親友ともいえる友人に、彼女をとられてしまった、兄はとても優秀なサッカー選手で、プロとしての活動も間違いないと評される人間だった。タリはもともとお兄ちゃん子、で兄がいなければ何もできないほど兄をたよりにしていた、その兄がある日から突然人がかわって、何とかして日々勇気づけさせようと、お菓子をかったり漫画をかったり、映画をかりてきたりした。けれどいつしか、兄はサッカーさえしなくなり、自分には兄を完全に助けることが出来ないと気づき、泣きながら兄にその事を相談した。兄はその時の真相をかたりだした。
 「俺に嫉妬して、おれの好きな人をとったんだって、それから俺の大事なものや、お前の大事なハンカチだって……」
 そのとき、タリは声をうしなった、彼女は、兄も信頼していたし、兄の周りに集まる人すべてを信頼していた、そのとき、兄の口からきいたことば、そして足をまるめ体育ずわりでまるまる小さな姿、それが今までの兄とまるで一致せず、怖くて一緒の姿で涙を流してしまった。
 「それから兄は余計ひどくなっていった、きっと私のその態度がいやだったのでしょうね」
 結局兄は、親戚のもとにひきとられ、離れ離れに暮らすことになって、それからは平穏に暮らしているというが、この街には戻りたくないし、父や母、自分にさえ過去のトラウマがあるため、会いたくないといっているらしい。
 「私、あの時の自分を反省している、だからいつでも、変わったものに出会ったとき、すぐ拒絶しないようにしてるの、それが多分将来的に自分のやくにたつから」
 タリはとじていたペットボトルの蓋をあけた、しぶい、ブラックコーヒーのラベルがあって、いつもは炭酸ばかりのむ彼女が、きっと何か様子が違うのだろう、とマイラは思った。そしてひっそり、それが魔女である自分と分け隔てなくかかわっている理由なのか、とも思った。

 「裏切られてるのを見てから、私は、ちょっと変わったことをしようとおもったの、きっと本当に人を信じることもないけれど、でも、
もし私のように人と距離をとっている変わった人がいたら、その人に何かを教えてもらって、教えてもらって、本当の友情を探せないかって」

 「友達って、そんな風に考えてなるものなの?きっともっと簡単なものだよ」
 「だめ?」
 「だめじゃないけど」
 
 こんな風に過去と自分を比べるほど、魔女という自分の変わった部分に、執着した知人はいなかった、まるで自分の存在が許されたように、恥ずかしそうに口元をおおった。そしてぽつり、彼女に聞こえないようにつぶやいた。
 「これで関係が終わらなくてよかった」
 マイラは体育すわりで顔をかくした、だから相手の反応は、細部のみならず、少しも、その表情さえも読み取ることはなかった。 
 「それに」
 「それに?」
 「いいづらいけど、あなたに話しかけたのは、そんな目論見とは違うものだよ、ただたんに、あなた、あのとき消しゴムとシャープペンを片手で使いこなしていたから、器用だなっておもっただけ、魔女って、そんな風に魔術をつかうんだって」
 「ぷっ、ぷふふふふふふ」
 隣り合って同じように体操座りをしたタリのほうでは、困惑したようにその様子を3分の間ほど見つめているだけだった。
 
 マイラは自分の心が少し楽になったのを感じた。魔女というしばりはある、生きている限り、自分や自分が生み出してしまうものの影響を最小限にしなければならない、そんな葛藤がある、けれど葛藤を持っているのは、人間も同じ。かろうじて友達がいるマイラにはそのことがわかる。人間は時に、異種族に関し、無関心で冷たくも、世間とかかわりなく二人がここにいて、そのことを痛感させるコンビニ前に吹く夜の風が、学校よりも、日常生活を送る上での親友としての2人の体をぶるぶると震えさせ、ゆらした。

魔女と咎

#2018/11/13(推敲)《チャプターを3分割、チャプターの2を手直しました。》

魔女と咎

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-07

Copyrighted
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  1. #2018/11/12(初稿)
  2. 2
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