ドグマティック・ヒーロー
すべての生命は自らが生き残るために戦ってきた。恐竜が滅び哺乳類が生き残った後、人類が世界の覇権を握った。しかし忘れてはいけない。他に人類から覇権を奪おうとする存在がいるということを。
「君さ、ちょっと人類守ってよ」
僕は普通の高校生だ。普通ってどんなものなのかははっきりしないけれど、今年受験を控えた高校三年生で今塾から家に帰る途中だ。
僕の学力は学校では真ん中ぐらい。数学は好きだけど特に何かやりたいってことも見つからないから文系の大学に進学することにした。
今は受験生最後の休みである(もちろん優秀な人たちは正月がそうだが)GWを過ぎた五月半ば。そろそろセンター試験の理科社会の科目を何にしようか決める時期だ。
理科はもう生物に決めた。化学は学校の教師が言っていることがよくわからないし水兵リーベの暗記で挫折した。物理は中学校のときに挫折した。
社会は二次で使う教科以外にもう一つ別にセンターで受ける必要がる。僕は二次に世界史を選択したからセンターは日本史、地理、倫理政経のどれかを選択する必要がある。地理は去年の実力テストで30点をとったので選択外、よって日本史か倫理政経から選ぶことになる。
歴史系二教科はきつそうなので今日塾で倫理の教科書を読んできたところだ。
倫理の勉強をするのは初めてなのでいまいち確信は持てないが、昔から人間は色々なことを考えて悩んできたようだ。
でも今僕の目の前に立っているこの酔っ払いを見てるとやっぱり例外はいるものだなと思ってしまう。この無精ひげを生やした赤ら顔の大男は今僕に向かってこういったのだ。
「もうすぐ人類を滅ぼそうとするやつらが現れるからさ。君さ、ちょっと人類守ってよ」
大男はちょっと酒買ってきてよと同じ感覚で見ず知らずの高校生に対して意味不明な台詞を口にした。
「あの、ちょっと僕急いでいるので」
酔っ払いにはまともに相手しないほうがいいと経験から学んでいるので僕は当たり障りない返事をして立ち去ろうとした。
「冗談じゃないよ。いいからちょっと話を聞いてよ」
大男は手を広げて僕の行く手を阻む。圧迫感があって怖い。
「なんですか。終電あるので明日にしてもらえませんか」
相手を刺激しないように、もっともな言い訳を考えたが時間はまだ十時。恐怖のあまり動揺しているみたい。僕は結構な怖がりである。
「んん。確かにもう遅い時間だからな。じゃあメアド教えてよ。メールで連絡するから」
スマートフォンを取り出す大男。僕なんかまだガラケーだぞ。
「いや、僕携帯持ってないんで。すいません」
「君って平気な顔で嘘つけるよね。だから君に声かけたんだけど」
「そう緊張しないで、お兄さんの話を聞いてくれ。近い将来他の生命体が人類の覇権を自らの手中に収めようと暗躍し始める。そこで君にはそいつらから人類を守ってほしいんだ」
大男が僕の心を読んでいるような口ぶりにも、話す内容にもあっけにとられてしまって僕は身動きできなかった。まるで金縛りにでもあったかのように。
「もちろん一介の高校生に人類の未来を託すわけじゃない。ここら一帯の人々を君に守ってもらいたいんだ。聞いてる?」
何も考えず僕はうなずいた。
「ようし」大男はにやりと笑って僕に手を差し出した。
「君は今日からヒーローだ」
Ⅰ
「頭が痛い・・・」
あの後僕は大男に世界の覇権を狙う生命体の話、それに対抗するための話などをされた。今考えるとあの大男に洗脳されていたんじゃないかと思う。
でも大男の話は嘘だけではなかった。
あの夜大男の話は長かったために終電の時間は過ぎてしまった。僕の家は塾の最寄り駅から三駅で歩くと一時間くらいかかる。運動部所属だったわけでもないのでこの肌寒い中一時間も歩いて帰ることは正直億劫だった。なにより今日は月曜だ。正確には火曜だけど。
「ダイジョブ、ダイジョブ!」
大男はそういうとコートの中からあるものを取り出して僕に渡した。
「未成年なんで酒は飲みませんよ」
なんでカップ酒を渡してきたのか。まさかこれを飲んで温まって帰れともいうのだろうか。
「これからはそういうわけにはいかないよ。言っただろ?君は今日からヒーローなんだ。ヒーローには何が必要かわかるかい?」
「正義の心・・・ですかね」
正義の心なんて言葉実際に言ってみるとかなり恥ずかしい。
「違うよ」
やれやれと手をひらひらさせる大男。
「変身にきまっているじゃないか。君は昔ヒーローものをみたことがないんだね。だから受験に失敗するんだよ」
まだ受験してないのになんて不吉なことを言うんだこの大男は。
「変身。それはヒーローの絶対条件。そして君はヒーロー。ヒーローは変身アイテムで変身する。さて君の場合の変身アイテムは何かな?」
「まさかの酒ですか」
「そう。お酒!人類の最大の味方!君みたいな真面目くさったヒーローにはぴったりだね」
「で酒を飲むとどうなるんですか?巨大化するんですか?」
昔見ていた特撮ヒーローは巨大化して敵と戦っていた。
「巨大化はしないよ。敵もそんなに大きくないしね。まあ一回飲んでみて」
何も変化が起こらなかったら警察に通報しよう。そうきめて僕は酒を一口飲んだ。
そこから先はあまり記憶にない。気付いたら僕は部屋の布団の中にいた。
財布の中に“お酒代315円徴収いたしました”と書かれた紙と、大男の連絡先と思われるものが書かれたメモが入っていた。
ドグマティック・ヒーロー