かみあわせ

吉崎葵

 陽だまりを見ると死にたくなる。
生を、謳歌しているものを歓迎してやまない太陽様の成すことなのだから、この状態ではそれを享受することなどできるはずもない。
取り立てて趣味もなく、夜間にフラフラとコンビニに出向き、安酒を胃に流しこむ。
そして日が昇ったころに意識を手放す。
かれこれ一ヶ月以上そんな生活をしている。
必要なことは酒とたばこと自由だと小学校を卒業する前から義父が口癖のように言ってきたためか、それが至極当たり前の思考となって意識に、肉体に強く絡みついていた。
 「ちゃんと食べないと、肉の味がしないからってスープにされちゃうよ」
「酒漬けの僕らを生で食べたらどんな化け物だって泥酔してしまうよ。もしかしたら急性アルコール中毒で死んでしまうかも」 
 「まさしくその通りかもね、でも私はハンバーグの方がいいな」
ミンチになるのを所望するなんて変わりもいるものだ。それを食べても同様に体調を崩すのはめに見えているけれど。
 僕は彼女をサメと呼んでいる。いつものコンビニで家が分からないといって勝手に上がり込んできた変人であるが、彼女の見た目は、少なくとも人目を引くことには違いなかった。単純に時間をもて余していた僕がサメと今のような関係になるのに時間はかからなかった。出会って30分後には僕の部屋に来ていたし、今と同じような会話が繰り広げられていた。それ以来、急にやって来るサメとアルコールで幻惑した時間を過ごしている。
 誰の役にも立たず、迷惑もかけないものを毒にも薬にもならないと評するならば、きっと僕らは毒なのだろう。
 
 目が覚めると、辺りは薄暗くなっていた。
健康的な生活をしている人がこの景色を見たら朝日と勘違いするのかもしれない。
日当たりの悪い僕の部屋で唯一外の光が見えるのが換気扇の下の小窓だ。
そこでサメはタバコを吸っていた。
偏見といわれるかもしれないが、彼女はおよそ一般の女性が好まないようなかなり重い煙草を吸っていた。肺の色がうかがい知れる。
彼女の透けるような真っ白な肌一枚剥いてしまえば腫れ上がった肝臓と、真っ黒な肺があってそれを知っているのは僕だけで、僕の臓器もきっと同じ色をしているだろう。
 僕と一緒の人がいることが少しだけ心地良かった。



 僕は自分自身をいつまでも客観視しているようで出来ていないのだろう。
 いつだって俯瞰で何にも頓着せず生きているつもりでも、つい熱くなってしまうこともあるし、
引き際と責め時を見誤ることもたくさんある。
 現にサメは既に四度目のチェックメイトを口にしている。甚だおかしなことである。盤上でこうして上から戦況を見れる状態なのに、兵力すら同じ、しかもルールがある状態で戦っていても退廃仲間に一勝も挙げれていないのだから客観視どうこうの話でもなくなってきている。

「サメ」 呼びなれた固有名詞をつぶやく
「なんだい、弱小将軍」
「もう少し、手加減をしてほしい」
これが僕の引き際というやつだった。
七戦目にしての実質的な敗北宣言だ。
「いいよ、次から左手でやる」 
見当違いな答えが返ってきた。
 チェスなんてしたの七つの時以来だ。酒を買いに行った帰りに安売りされてるのを見つけなければと後悔した。
「これでも七つの時は負け知らずだったんだよ」
「天才少年の見る影もないね」
痛いところを突かれた感じがして缶に手を伸ばしたが空っぽだった。
結局十一戦してチェックメイトすら言わせてもらえなかった。
 次の日目が覚めるとサメはいなかった。一緒に暮らしているわけでもなく約束を取り付けているわけでもなく、急にきて急に居なくなる。それが僕らの当たり前だった。
いつからかカギをかける習慣がなくなったのは、サメの訪れを心待ちにしている自分がいたからかもしれない。
僕は一人でも意味もなくお酒を飲んで朝方眠っていたし、そうしていれば彼女が来ることも知っていた。
 実際のところ、僕は彼女の連絡先も住所も昼間何をしているのかさえも知らなかった。
もし知ってしまったら、何もない僕と何かある彼女でつり合いが取れなくなってしまうから、それだけは避けようと思っていた。
赤の他人を家に招いているなんておかしいといわれるかもしれないが、生憎取られてしまう心配のあるものなんてないし、犯罪に巻き込まれたとしたら今よりは幾分か刺激のある生活になるかもしれないとすら思っていた。
 文字通り何もないのである。

 

 日が落ちて僕らの時間がやってきた。
前日夜遅くにやって来たサメとチェスをしながら散らかしたカシューナッツの殻と空き缶を袋に入れて、僕らは出かける。
たいしたことない距離にあるコンビニを通り過ぎてたいしたことのある距離のスーパーに行く。
 サメ曰く、
 “健康に気を使わないと長生きできないのだよ”
とのことであるがそれは僕も君にもちょっとの頑張りで解消できるものなのか疑問であった。

 「何色が好きですか」
唐突に意味のない質問が飛んでくる。
黒かな。夜と一緒の色だから。
 「そちらはどうですか」
 「私は特に好きな色はありません」
英語の教科書にすら載っていないようなひどく生産性のない会話が僕らのスタンダードでその心地よさがより一層、ダメなほうへ、下のほうへと引っ張っていくように感じた。
 「私が喉を乾かしているうちに着きましたね」とサメが言う。どんな文法だろうか。
 続けて
 「今日も帰ったらチェスしようか。罰ゲーム付きでもいいよ」と強気にいう。
前回の敗戦を引きずっている僕は今日もそのつもりだ。
 「負けたほうが大貧民で、勝ったほうが大将軍ね」それが罰ゲームなのかさっぱりわからなかったが、少なくともチェスにそんなルールはないだろう。これは僕らのだけのルールだ。
 今夜も僕らの時間が始まる。夜が明けるまで、日が昇るまで、あまりに淡くて消えてしまいそうな時間を彼女と過ごそう。



 時に人間は変化を求めてしまう
実際僕自身もその口だ。
僕が求めたのは自由と時間からの解放。
 手始めにバイトに行かなくなった。当然、お金がなければ生きていけはしないが、これまでほぼ休むことなく働き詰めていたし、使う時間も欲しいものもなかったため、貯金額はゆうに百万円を超えていた。よく、百万円あったらなどと絵空事を言う人がいるが、実際にに百万円を持った僕は無職になった。
 次にしたことは大学に行かなくなった。多くの学生がじわじわとドロップアウトをしていく中、僕は急に行かなくなるという事を美学とした。
苦労して入った学部ではあったが、将来に直結するようなものでもなく安易な選択だったとどこかで後悔している節があったのかもしれない。
そこから二か月とちょっと、今の僕が出来上がっている。
退廃に学年があるとすればまだ一年生も始まったばかりである。
 「サメは19日後、なにをしたい」 僕が尋ねると彼女はけだるそうに毛布から頭を出してきた。
 「つま先立ち体操かな」と答える。
それがどんな体操かはわからなかったが、僕には百万円の貯金があるのだから細かいことには頓着しない。
「君は、23日後なにをしたい」
チェス以外ならなんでもいいさと答える。
結局何回やっても僕はサメに一勝も挙げれなかった。
 わかりもしない未来のしたいことなんてどうとでもいえる。もし、きのう何をしていたという質問だったらばそこには事実が横たわっている。現実に目を背けたい僕の気持ちを汲んでかサメはいつもそこには存在しないものを話してくれているように感じた。


 時計をみると午前10時を指していた。こんな早い時間に目が覚めるのはいつぶりだろうか。
サメが最後に来てから一週間がたつ。ここ最近は少なくとも二日に一度は来ていたから一緒に買い出しにいった二人分のお酒も昨日早い段階で飲み尽くしてしまって日の昇る前に眠ってしまったからだろう。
サメは何しているだろうか。
 今思い返してみると、サメという女はとても勝手だ。来ないなら来ないと言ううべきだ。社会をわかっていない。と、思ったが、僕もバイトを無断欠勤しているし、頻繁に店から掛かってきていた電話も今は全くだ。もうシフト表に名前はないだろう。
時折、話題に上ることがあっても
僕を心配している人なんていないだろう。誰にも関心をむけられないというのは辛いものなのかもしれない。少なくとも僕にはサメがいて関心をむけられているのかどうかは不明だが、存在を認知してくれる人間がいた。
 思い返してみるとサメがいる間はそんなこと考えたこともなかった。


 朝に目が覚めて段ボールに荷物を詰めた。いるものもいらないものも分け隔てなく詰めた。
出張買取をお願いして、家具や家電は全て売り払った。はした金にしかならなかったが、別にかまわなかった。
家に残っているのは段ボール一つとサメが借りるだけといって持って帰ってきたスーパーのかごで収まる量の僕の私物と申し訳程度の二組の布団だけだった。置き手紙は必要ない。モッズコートに袖を通し、財布とたばこだけ持って出かけよう。
 外は寒いだろうか。少しだけ覚悟を決めてフードを深めに被ってカギのかかってないドアを開けた。
 



  
 ドアを開くとサメがいた。

「お出かけですか、ご一緒してもいいですか」先に口を開いたのはサメだった。
 「ちょっとダイビングでもしてこようかなと思ってね」
 「お客さん十一月も終わり掛けに悪趣味じゃないですか」
 「そちらこそ人の家の前でいったい何をしてらっしゃるのですか」
 「ちょっとアルコールの海にダイビングでもと思ってね」
 彼女の手にはこの辺りにはないコンビニの袋が握られていた。そのまま僕は押し込まれるように部屋に戻った。
 部屋を見渡して
 「この部屋何もないがたくさんって感じだね」と彼女が言う。
ついでに、ピエロがいても子供が泣くと評価を下した。
僕のほうはといえば、いつもと変わらない調子の彼女に何を話そうか考えていた。
 「その恰好は、、」
 「ああ、これ似合ってるかな?」サメは得意げにくるりと回って見せた。
いつもと違うのは彼女が俗にいうOLの恰好をしていることだ。
 「クレオパトラかと思いました」
適当なことを言ったが彼女はどことなく満足げだ。
 「私、再就職したの。だからオフィスレディなのです」
いつでも止まったままだった僕らの時間が動きだした気がした。



 サメは社内の人間関係で仕事を辞めたこと、たまたまコンビニで見かけた僕に話しかけたこと、僕のおかげで立ち直ることができたことだとかを語って聞かせた。どれも僕が知りたくて、知りたくなかったことだった。
 それから二人でいつものように朝方まで酒を呑んで日が昇るころに眠った。
 目が覚めると辺りは薄暗くなっていた。彼女は換気扇の下でいつものようにタバコを吸っていた。
 「おはよう、昨夜はお楽しみでしたね」
 サメはおどけた調子で言う。お楽しみした覚えはない。楽しかったのは事実であるが。
 今夜も僕らの時間を過ごそう。
動き出した時間を止めようと必死に変わらないままを演出しよう。そう思った。
いつものようにちょっと遠いスーパーに行っていつものようにくだらない話をした。
占い師は本当のことを言ってはならないだとか、自分の未来は占えないだとか、シマリスは逃げるときしっぽをおとりにするけど、トカゲのように生えてこないだとか。
 隙間を埋めるように僕らは無意味を積み上げた。


 日曜日の夕方、サメは来週末また来るねと言って僕の家を出た。
僕はサメが忘れていったタバコに火をつけた。ヘビースモーカーの僕ですら思わずむせてしまう、そんなタバコだった。
 一本吸い終わってから家を出た。夕焼けに照らされたアスファルトがどことなくきれいに見えた。
いつものコンビニと逆方向へ歩く。途中でタクシーを捕まえて乗り込んだ。よく考えればこのまま駅に向かってしまうとサメと鉢合わせしてしまうかもしれない。
運転手に行先を告げる。
彼女との会話を思い出しながら、眠りについた。
 

 お客さん、お客さん、優しく肩をゆすられて目が覚めた。辺りは既に暗くなっていた。運転手のおじさんは不審に思ったのか、どうしてこんなところにと尋ねたが、適当に濁した。変なこと考えるんじゃないよと念を押されたが、それ以上は何も言ってこなかった。
何もなく、波の音と寒さだけが僕を歓迎していた。二十分ほど歩いて崖の上にたどり着いた。
こういう時は靴を脱ぐものなのだろうか。変に気がかりになりそうだったので考えないようにした。
 
 タバコに火をつけた。今度はむせなかった。
変な意味じゃなく、これがサメの味なんだろうと思った。
 僕が死ぬのに理由なんてない。ただ死にたいから死ぬだけだ。このタバコは僕の命のメーターでこれが燃え尽きると僕の命も燃え尽きる。
それがなんだか素晴らしいことのように感じた。これくらいわかりやすければとも思った。
 フィルターぎりぎりまで吸って、僕は飛び降りた。最後にサメの顔を思い浮かべた。忘れないでいてほしいけど、忘れてほしいとも思った。


でもやっぱり。



 

かみあわせ

話はここでおしまいです。

かみあわせ

切ないとか悲しいとかじゃなくて、ある意味の閉鎖的な歪んだ愛情みたいなのが一番好きだったりして、そういうのが書きたかったです。 幸せの形なんて人の数だけあるように、愛の形も数もどれだけ自由でもいいんじゃないでしょうか。本当に自己満足の作品となっております。 ぐっちゃぐちゃに曲がった愛をお楽しみください。あと、縦読みで書いたのでできれば縦読みでお願いします

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-11-02

Copyrighted
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