金色の世界

 前後不覚の状態、そこそこの酩酊感。高校生の僕がそんな感覚を知っているのは世間的におかしいということになるのだろうが、僕からすれば知らない高校生なんているのだろうかと思えてしまうほど馴れ親しんだ感覚だ。若いうちは楽しかったなんて人はいうものだけれど、それはおっさん、あんた昔のこと忘れてるだけだと僕は声を大にして言いたい。変わんねぇよ、実際……というか、大人なら自分の意志一つで自由に生きられる分だけ救われてるだろう。子供は、置かれた状況から逃げられないんだ。親も学校も、どこまでもついて回ってくる。だから僕はこう思うのだ子供だって酒のんでいいじゃないか、と。そんくらいしか逃げ道ないんだ、許せ日本国。
 さてところで、酒を飲むのは習慣だから特に不思議なことではないのだが、しかし解せないのだった。僕はこんなに気分が悪くなるまで酒を飲むようなバカじゃない。酒は飲んでも飲まれるな。ほろ酔い気分で自制しておくのがエリートのんべぇの鉄則であって、酔っ払っている状態を他人に見られたらアウトの未成年のんべぇにとってそれは生命線でもある。自分がそんな下らないミスをしたとは到底思えないのだけれど、痛む頭は雄弁に自己主張をしている。一体僕は……僕は何を?
 重い瞼を開くと、目の前には女が座っていた。
 ……。
 とりあえずどういう女なのかを説明する必要があるだろう。まず髪は金髪でしかも超ロングヘアだ。どのくらいロングかというと広げればテニスコート七面分はあるだろう。嘘だ。足のくるぶしにかかるぐらいか。そして瞳の虹彩は深いワインレッドに染まっている。猫のそれのように、少し光を反射しているのではないかと思えるほど輝きが強いツリ目。一見してどういう性格を容しているのかがわかるとっても親切な顔立ちだ。もちろんここまで言えば言うまでもないと思うが、肌はこの世のものとは思えないほど白く透き通っており、こいつを立たせて作品タイトルでも貼り付けておけばそのまま美術作品として通用しそうな、そんな女。
 そんな女が、いかにもすわり心地のよさそうなソファに足を組んで、女王様然として座っている。
 ……。
 さきほどの発言を取り消そう。子供には酒しか逃げ道がないなんて言ったが、ありゃ嘘だ。実はもう一つだけある。それは何か? 妄想だ。僕はあまりそっちの方面には詳しくないが、酒よりこれを嗜んでいる奴の方が多いだろう。なにせ金はかからないし、国も認めているし、その妄想を小説とかで形に出来れば金も稼げる。まさに一石三鳥の逃避術だが、できない奴にはできないのが悲しい所。酒なんか日常的に飲んでることからも分かるように、僕もその一人のはずだけど。
 凄まじい存在感を放って、非現実的な女が目の前に座っている。
 つまり凄まじい妄想力を僕が発揮しているということだ。
 自分の秘められた才能に驚きと喜びを感じながらも、もうそろそろ消えてもいいんじゃないかと思えてきた。あまり今までの人生妄想をしてこなかった僕は、妄想の止め方をしらない。とりあえず自分の頭をはたいてみるも、女の象は揺らぎもしなかった。妄想を無視してもう寝てしまおうかとも思ったが、どうやら女だけでなく部屋自体が妄想にすりかわっているようで、どこにもベッドはなくあるのは高そうな机と見晴らしのいい大きな窓と一見してよくわからないコンピュータ状の機械だけだった。部屋の総評を行うならとても手入れの行き届いた高級な社長室、というのが僕の評価になる。床には柔らかそうなカーペットが敷かれているが、もちろん気持ちよく寝ていられる部屋ではない。
「状況の説明を求めないのね?」
 女が突如、口を開いた。声は外見から予想できる範疇、凛とした、涼しい声。
「説明してくれるなら説明して欲しいけれど、もう結論は出てるから答え合わせの方が手っ取り早い。これは僕の妄想、そうだろ?」
「否」
 あっさりと二文字で今までの全てを否定された。
 それだけでなく、
「ここは貴方からすれば異世界です。金があればなんでもできる、というのが貴方の元いた世界と違う所。だから、帰りたければ金を積みなさい。一億あれば帰れるわよ。ちなみにここの通貨は『ジル』という単位で、平均的な大卒初任給が二十二万ジルだから、四十年ぐらい真面目に働いて守銭奴の如く金を貯めれば帰れる計算になるわね」
「実質無理じゃねーか」
 大体、五十幾つで帰ってどうしろと言うんだ。
「加えて、貴方の株式は現時点を持って全株私が保有しましたから、現時点をもって貴方の行動の自由は完全に消滅しました。今後は貴方を所有している私の意思が、貴方の行動になります」
「ちょっと待て、僕の株式だって?」
「ああ言い忘れていたけど、ここでは全ての個人に株式が設定されていて、任意でそれを市場に放出することができるわ。ちなみに初期設定では公開になっているから、今度から気をつけなさい。でないと即効で買い叩かれて、奴隷一丁上がりということになるわよ」
「今まで黙ってたのはその作業をしてたからなんだな……この悪人が」
「否」
 またもや二言でばっさりと僕の発言を切り裂いて、彼女は笑った。
「この世界では、金を持ってる奴が偉くて『善い』の。だから、金を持ってる私は善人にしかなりえないわ」
「なんて腐った世界だ……」
 普通異世界に召喚されるって言ったら剣と魔法と美少女の世界と相場が決まっているのに、これはなんという事だろうか。俺が心の奥底から嘆いてそう言葉を発すると、しかし意外や意外、
「同感ね」
 女はここにきて初めて、俺の言葉に同意した。
「本当に腐った世界。だから壊すの。その為には、金がいるわ」
「……幾らぐらいいるんだ?」
「七十一京六千億」
「うわぉ」
 その暴力的な数字なら、きっと世界も壊せるだろう。
「その為に、貴方の存在を使うわね財テク君」
「なんて斬新な呼称なんだろう。僕は金融商品にまで堕ちたのか」
 そして力を借りるならまだしも、『存在』を『使う』とは。完全に扱いがふくろのなかのアイテムだ。
「あら、何か文句がありそうな顔ね?」
「この状況で文句がない奴を人類とは呼ばない」
「株主命令、『スマイル』」
 誰がするもんか、と思ったが。
「……!」
僕の頬は僕の意思とは対照的に釣り上がっていった。ぎこちないながら、これは紛れもなく笑顔と呼ばれるサムシングであることは遺憾ながら認めざるをえない。
なんてこった。
マジで僕の自由意志は、『買われ』てしまった。
「抗えないことが分かったかしら? まぁ安心しなさい。アンタのようなクズ株をいつまでも持ってようとは思ってないわ。値を釣り上げたら、すぐ売り払ってあげる」
「それでどう安心しろと言うんだ」
 支配者が変わるだけで僕としては何も益する所がないじゃないか。
「あら、意外と頭が回るようね。底値のクズ人間を召喚したつもりなのに」
「非道い言い様だな」
「褒めてるでしょう」
「……好意的に解釈すればな」
 とんでもない女だった。妄想で作り出すならもっとご都合主義的な女を作って欲しかったが……実はこういうのが好みなのか? 僕。
「――よろしい。頭が切れるならもう少し温めておいてもいいわね。教育を施して『金を稼げる』人間にすれば更に株価が上がるわ。上手いこと『上場』なんてできたら株価は数千倍に跳ね上がって、利益は莫大なものになるもの」
「……」
 つまりもっと餌を食わせて太らせればもっと高く売れる豚さんと同じ境遇というわけか。僕の脳内ではドナドナドーナーという何か悲しげな背景音楽が流れていた。まさかこの人権意識も高まった現代、しかも先進国に産まれてこんな体験をすることになろうとは、本当に人生ってわからない。
 脳内での金勘定が終わったのか、女はどこか嬉々とした表情で椅子から立ち上がると、颯爽と歩き出した。
「……ちょっと」
 首だけ曲げて女は後ろを振り返る。僕は主のいなくなった椅子でふんぞりかえっていた。いや、どうしても座りたかったんだ。なんかすわり心地よさそうだし、気分良さそうだし。
「時は金なり、貧乏人に休んでる暇なんてないのよ」
「世知辛いな」
「それが嫌なら金を稼げばいいのよ。金持ちが何時まで寝てようが誰も何も言わないから」
「結局金か」
「結局金よ。分かりやすくていいじゃない」
「……ま、それもそうかもな」
 面白い視点だと思った。『金が全て』。そう割り切ると、僕の胸中に濃く立ち込めていた厭世観が、少し晴れたような気がした。
 僕は椅子を立って、伸びをする。
「んっ……行くよ。アンタは僕を、何処に連れてってくれるんだ?」
「決まってるじゃない」
 艶然と彼女は微笑んで、僕を見据えた。
 
「金色の世界へ」



 Well come to the World of Gold

金色の世界

金色の世界

異世界もののセオリーといえば剣と魔法だろう。ロボや平行世界なんてのもたまにはいい。だけど僕が召喚されたのは『金色の世界』。そこは金があればなんでもできるという、現実世界よりもツーランクぐらいゲスな世界であったとさ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-02

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