意味の無い 中身の無い 半端な 空虚と 戯言
「アイスが溶けますよ紺野さん」
一足遅かった。溶けて下垂れたアイスクリームはズボンの上へ消えていった。黒いズボンに白い染みが出来た。
「あゝもったいない。ほら貸して。ささ早く。」
持っていたアイスクリームを奪い取り、彼女は溶けてきたアイスクリームを焦って舐めとった。手についたアイスクリームも残さず舐めて、私に見せつけるように綺麗に食べてしまった。ゾクリと背筋を何かが通った。だがすぐに過ぎていって後には目の前で微笑んでいる茉莉が魅せた色香が私の胸に溜まった。
「なぁに紺野さん。お疲れです?」
放置していた視線の先が下を向いていたから、茉莉は覗き込むように身を這わせてきた。手を私の膝に添うように這わせ、身を屈め、ガラスのように透き通った黒色の瞳が私を伺っている。
「あら、返事も出来ないのは相当疲れてるからですか?」
少し頰が紅くなり、僅かに眉間に皺が寄った。膝上で持て余した両手をぽんぽんと私の膝で鳴らす。もたれこむようにさらに体を近づけたせいで、膝から茉莉の脈動が伝わった。応えるように右手で茉莉を引き寄せて、そっと頭を撫ぜた。
「あらあら。いけずな人。」
蠱惑的に笑って、そのまま私達は重なった。窓に伸びた影が、口元から一つに繋がる。そして、朝には一人の人間が残った。
紺野という家は裁縫で名を挙げた成金の一族である。いち早くミシンを取り寄せ、流行をうたって社員に服を配り、広告としたおかげか服は縫っては売れ縫っては売れと類をみない売上を上げたが、ある日。
紺野神三郎という老人は息子の兼松に店を預けて、有名な女郎と共に姿を消した。兼松は勤勉家で運動はからっきしだったが、秀でたのは商才であった。ミシン工場を元軸に、自ら服飾屋を立ち上げた。自ら縫って自ら売るというのは金利を手繰るに際して非常に短略化され、元の財産の倍以上に跳ね上げた。だが神は二物を与えなかった。兼松は親譲りの性格で女には滅法弱かった。高校の時、三十路を超えた女に求婚されると、出会ってまだ二日と経たないうちに籍を入れ、女共々夜逃げした。半月もしないうちに、夜間に逃げられ騙されたと気付いて帰ることもあった。
それ以降も度々女に騙されたが、七度目でこたえたのか、長年連れ添った侍従の梅という同い年の女子を娶って以降は穏便にした。
その後十八年。兼松は息子を授かり、齢十八になった子の名は椿という。
椿は産まれながらに気品さを漂わせ、その才あってか勉学は父兼松を凌ぎ、かつ未来の代表候補に挙げられるまでの運動神経を有した。ではこの椿、紺野の難である性格はというと、良くもなく悪くもなかった。物静かというにはあまりに喋らない。かといって質問をすれば的確に、無駄なく返すのだ。
俗に椿は学校で菩薩と呼ばれた。しかし椿は無神教を主張し、名で呼べと叱るほどだった。
さてこの椿という子。父兼松とは仲が良い悪いで表す物では無く、母の梅ともあまり話さなかった。
して、早生まれで一つ齢を取らずに大学へ行くために、近くの喫茶店で一人暮らしの最中アルバイトを始め、出会ったのがこの女、茉莉である。
朝が来る前に目は覚める。それは夜中だというのに馬鹿らしく騒ぐ酒飲みの笑い声だったり、例えば泥棒でも入ってきたり。だが今回は別だ。私が出て行く方なのである。まだベッドの中、微睡みながら微笑を浮かべる茉莉は、朝になれば朝食も食べずに出て行く。茉莉は夜仕事をしている。それは見知らぬ男でも女でも、金を出せば何ひとつ文句を言わずに共に寝るということをしている。
茉莉はしっかり者だ。寝るだけに収まらぬ者には、追加を払えばしてやろうと豪語し、事実美しくも可愛らしさを残したこのメス猫は、金で弄んでいる。寝巻きから着替えて支度をした。まだ寝ている茉莉は服が乱れ、裸同然とも言えよう。幾らかの金を机に置いて、部屋を出た。食べたいとせがんだアイスクリームを買ってから要らないと私に寄越し、最後は自分で食べた。食べさせたのは私の所為だがその後に求めてくるとは思わなんだ。適当に手で弄んでいるうちに接吻をしてきたから、代わりに眠り薬を飲ませた。茉莉はさぞかし寝起きが良い事だろう。茉莉には媚薬だとして飲ませたが、あれは良く効く睡眠剤である。現にわたしはそのまま倒れるようにして眠った茉莉をベッドへそのまま運び、何もせず寝た。仮眠とも言えよう短い時間だったが、いくらかマシにはなったろう。だが、あの女。眼の下に深いクマと皺が増えていた。そうまでして誰かと寝たいのか。私には一生理解できまい。野良猫の気なぞ
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