無剣の騎士 第2話 scene12. 策謀

馬場 久志

同じ「作戦を考える」という行為にしても、エドワードの場合は「策」、コンラートの場合は「謀」という感じがします(笑)
なお、なんだかんだでエドワードはまだ即位式を行なえておらず正確には王太子なのですが、周囲は既に「陛下」と呼び始めているという設定でひとつよろしくです。

 一般に脈玉と聞いて騎士達が真っ先に思い浮かべるのは、剣などの武器に使われる銀色の脈玉だろう。彼らにとって最も身近な種類の脈玉だからだ。
 次いで挙げられるのは、癒しに用いられる真珠色の脈玉。
 上記の二種に比べると、透明の脈玉についてはあまり知られていない。

「邪悪なものを感知したり排除したりする脈玉――と伺っておりますが。某も、見たことがあるのは片手で数えられるほどしかありませんので、詳しいことは……」
「でしょうね。産出量は極僅かだし、それになにより情報が秘匿されているもの。王家の人間以外は、ほとんど知らないはずよ」
 リチャードの回答を聞いて、アンナは幾度も頷いた。国王直属の近衛騎士団長でさえこうなのだ。ここにいる他の者達も知らなくて当然だろう。
(親父は戦に直接関係ない方面の知識はさっぱりだからな……)
すぐ横にいたメルキオはそう指摘したかったが、何とか心の中だけに(とど)めた。

 ここは、アンナの主宰する研究所の一室。
 リチャード、メルキオ他、近衛騎士団の中でも特に精鋭と目される騎士達が集っていた。次の海戦で作戦の要となる技術について、説明を受けるためだ。エドワード立ち会いの下、アンナが実験をしてみせるという。
 しかし、その前に予備知識として「聖なる脈玉」ともいわれる透明の脈玉について知る必要があるとのことで、アンナの講義が始まったのだった。
「この脈玉には幾つか特殊な特性があるのだけれど……その一つが、銀の脈玉の初期化よ」
「初期化……ですか?」
 脈玉は使い手を選ぶ。誰にでも使いこなせる訳ではない。個々の脈玉は、使い手を自分の主と認めなければ、その能力を発揮してくれない。熟練の騎士でさえ、脈玉入りの新しい武器を本当に使いこなせるようになるまでにある程度時間を要するほどだ。
「脈玉が使い手を認めるようになった後で、使い手がその脈玉を別の人間に譲りたい場合、どうするかしら? メル君」
「は、はい。えーっとですね……」
配下の騎士達がいる前でその呼び方は勘弁してほしいと内心苦笑しつつ、メルキオは周りの視線に気づいていない振りを貫くことにした。悲しいかな、アンナのこういう性格は変えられないのだ。
「所有者が直接、新しい所有者に手渡します。この時、お互いが完全に同意していることが大切です」
「その通り」
これは、アーシェルが近衛騎士に任命された時にエドワードが行なったことだ。双方同意の下であれば、脈玉は使い手の意向を汲んで従う。新しい所有者を拒絶するようなことはしない。
「じゃあ……、主が脈玉から離れた場所で、例えば急死した場合はどうなるか、ご存知かしら?」
「確か、一旦王家に返納される決まりだったかと……。その後で改めて別の騎士に下賜されたりすると聞きましたが」
「そう、その通り。そして、その場合……」
不慮の事故で主と別れた脈玉は、頑なに他の人間の使用を拒む。所有権の消失を知らないからだ。一度、ある人間を主と認めると、主が明快な仕方で所有権の放棄を表明しない限り、あるいは主の死に立ち会わない限り、脈玉は主を変えない。
「そこで、脈玉を強制的に新品の状態──つまり、製造直後でまだ使い手のいない状態──に戻す必要が生じるの。これを『初期化』と呼んでいるわ」
「そして、この聖なる脈玉の秘めたる力の一つ、それが初期化なのだ」
エドワードは自身の首飾りに付いた透明の脈玉を示した。透明といってもガラス玉のようなものではなく、水晶のような──いや、どんな宝石よりも遥かに神秘的な光を放っている。
「使い手が変わる度に王家が武器を預かるのは、この初期化のためでもある。もちろんそれだけが理由ではないが……。ともかく、返納された脈玉入りの武器には全て初期化処理が施されるのだ」
 それでは、とメルキオは実験台の上に設置されている抜き身の剣を指差して尋ねた。
「これがその返納された剣ですか?」
アンナは首を横に振った。
「いいえ。この剣は、リヒテルバウムの兵士から回収したものよ」
「なるほど。これを使って、今から初期化の過程を見せて頂けるということですか」
「半分正解。今から行なうのは確かにこの剣の初期化ではあるけれど……」
アンナは実験台に歩み寄り、何やら準備を始めた。
「平時から行なわれている初期化を再現するだけなら、わざわざエド君や貴方達を呼んだりはしないわ」
そう言って、目を保護するための眼鏡を掛ける。
「それに、初期化って普通は結構時間がかかるものなのよ? エド君の持っているその脈玉を以てしても、ね」
次いで、堅牢そうな小箱を開け、その中から、透明な珠が嵌め込まれた指輪を取り出して、皆の方を振り向いた。
「これも、浄めの脈玉なの。王が代々受け継ぐ秘宝とは比べ物にならないほど小さなものだけれどね。これが、わたくしの受け継いだ宝……」
 騎士達は一様に息を呑んだ。めったに見ることのできない希少な脈玉が、この場に二つも揃っているのだ。一体、今から何が始まるというのか。
「実験を始める前に今一度確認しておくわ。貴方達、脈玉入りの物品は何一つ身に付けていないわね?」
「えぇ、勿論です」
騎士達は口々に答えた。そもそも、実験室に入る前に脈玉入りの武器は全て預けておいたのだ。それを指示したのは他ならぬアンナであった。
「いいでしょう。それじゃあエド君、こっちに来て」
「はい」
エドワードは実験台の傍に近付き、自分の首飾りに付いた脈玉をぎゅっと握りしめた。
「先程、この脈玉には特殊な特性があると言いました。その一つを、今からお見せするわ。とくとご覧あそばせ」

        *    *

「今、何と仰いましたか!?」
「その作戦は危険すぎます! 無茶です!」
「ご自分をもっと大切になさってください!」
 エドワードの告げた作戦は、それまで比較的静かに進行していた会議の空気を一変させてしまった。その場で初めてエドワードの考えを聞いた大半の大臣達が一斉に反対を表明し始めたからだ。もっとも、そうした異論が出ることは当のエドワードも織込み済みだったらしく、しばらくは黙って反論を聞いていた。ようやく怒号が収まってきたところで、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「先程述べた通り、研究所での実験は成功したし、実戦への投入に関しても叔母上から太鼓判を頂いている。これは決して無謀な作戦でもなければ自棄な戦術でもない。熟慮の結果、余が導き出した策なのだ」
「しかし……!」
なおも食い下がろうとする者達に対し、傍らのケネスが手を挙げて制した。
「皆様は、次期国王陛下のご意向に逆らうおつもりですかな……?」
「……っ!」
更にエドワードが追撃する。
「他に妙案のある者はおらぬか? もし余の考えより優れた案があるならば喜んで聞こう。遠慮なく進言してもらいたい」
この言葉が決定打となった。室内は水を打ったように静まり、皆がエドワードの提案を黙諾せざるを得ない空気へと変わった。
 アストリア最高の頭脳と称されるほどのエドワードに太刀打ちできる者などいない。──少なくともこの場には。
「諸君の忠義に心から礼を言う。
 繰り返すが、余は戦死するつもりなど毛頭ない。ただ、これほどの危険を冒さねば勝てない相手ということだ」
そう言うと、エドワードは両手を机について立ち上がった。
「これにて、作戦会議を終了する」

        *    *

 大陸の一部を占め、広い領地を持つリヒテルバウムは、内陸部の諸国へと侵攻し領土を拡大してきた歴史を持っている。ゆえに、非常に強大な陸軍を抱えていた。
 一方、大陸間の地峡部に位置する小国アストリアでは、陸軍よりも海軍の方が伝統的に強さを誇ってきた。
 以前、つまり休戦協定発効前、二国は主に陸での戦いを繰り広げていた。普通に考えれば圧倒的な兵数のリヒテルバウム軍が有利なはずだが、戦況はほぼ互角かむしろアストリアの方が優勢でさえあった。というのも、数の利を覆すほどの力を脈玉が秘めているからである。リヒテルバウムとしては、数で劣るアストリア軍を容易に屈服させられずにいる現実は屈辱的であった。
 アストリアの陸軍に勝てないのであれば、海軍を打ち負かすことなど到底不可能ではないだろうか。
「相手のみが脈玉入りの武器を持っている、という従来の条件が変わらないのであれば、確かにそうかもしれません」
コンラートは右手の中指で眼鏡を軽く押し上げ掛け直した。
「しかし、今回はこちらにも脈玉入りの武器が揃っております。まだまだ数は少ないですが」
「少ない? 今度の戦には十分足りると言っておったのではなかったか?」
ヴュールバッハはコンラートに視線を向けて問い質した。
「えぇ、足りますよ。十分にね」

 ここは、リヒテルバウムの外務大臣ヴュールバッハ侯の執務室。二人で軍機に関わる議論が行なわれているところだった。
「少ないと申しましたのは、飽くまで全軍に支給するほどの数がないという意味です。今度の海戦で作戦を遂行するために必要な数は揃っております」
「なるほどな。それを聞いて安心した」
顎ひげを撫で下ろすヴュールバッハにてコンラートは説明を続ける。
「そもそも今度の海戦、我々の狙いは敵の全滅ではございません。むしろ、可能な限り被害を与えずして勝利することです。我が国にとって本来の大目的をお忘れですか、閣下?」
そんなことも分からないのかと部下から侮辱されたように感じて、ヴュールバッハはついむきになって言い返す。
「忘れる訳がなかろう。我がリヒテルバウムの悲願は、アストリアを属国もしくは植民地とすること、そしてそのためになるべく無傷で征服することだ!」
やや興奮気味のヴュールバッハとは対照的に、コンラートは至って冷静なままだ。
「左様です。そして、その無傷で手に入れる対象に海軍も含まれるという訳です。アストリアの武器も船も、かなり魅力的な軍備ですからね」
そう言ってコンラートは、アストリアの海軍が如何に優れているかを語り始めた。話を聞いているうちに落ち着きを取り戻したのか、ヴュールバッハは話を元に戻した。
「して、その強力な海軍を手に入れる作戦とはどんなものだ? オークアシッド侯から何か情報は届いているのか?」
「それが……作戦は一応立案済みなのですが……」
コンラートの表情が僅かに険しくなった。
「開戦以来、オークアシッド侯からの情報は途絶えております。いえ、正確に申しますと、内部の機密情報を入手できなくなったという情報が届いておりまして……」
「何?」
「どうやら、オークアシッド侯は最近軍議の場から外されているようです。恐らく、あの王太子は──オークアシッド侯が我々と繋っていることに薄々勘付いているのでしょう。相変わらず厄介な相手です」
「またしてもあの若造か……」
ヴュールバッハは忌々しげに呟いた。
「やはり、あの王太子は生かしておけぬな。我らがアストリアを征服できたとしても、おとなしく傀儡の王に収まる器ではない」
「仰る通りですね。やはり計画通り、アストリアの次期国王はフェリックス公でなければ……!」

        *    *

 アストリアで軍議から締め出されたオークアシッドとは対照的に、リヒテルバウムではコンラートが軍議に同席するようになっていた。最初はヴュールバッハの付き添いという名目だったが、彼の存在感と発言力は日に日に増していた。
 元々脈玉入りの武器を密輸できるよう暗躍したという功績があったし、そのおかげもあって脈玉に関する知識も──少なくともこの国においては比較的──豊富に持ち合わせている。加えて、先日の国境付近での初戦で立案した作戦が見事に成功したことで、彼の功績は更に増し加わっていた。今では事実上、作戦参謀の一人であるかのように見なされていた。
 となると当然、元からいる参謀達は面白くない。また、外務大臣付きの事務次官、つまり文官が出しゃばることを快く思わない者達も軍部には多かった。
 そのような訳で、軍議はどうしても紛糾しがちであった。
「なるべく戦わずして勝つだと? 何を生温(なまぬる)いことを言っておるのだ!」
「今まで散々、苦渋を舐めさせられてきたのだぞ! アストリアには!」
「今こそ雪辱すべき時では?」
このように、コンラートの提案はまたしても血気盛んな軍人達の反対に直面した。
(やれやれ。閣下といい軍人どもといい、どうしてこう分からず屋ばかりなのか……)
コンラートは内心で大きく溜息をついてから、騒ぐ男達を相手に説得を始めねばならなかった。
 リヒテルバウムの国としての目的を思い起こさせ、そこから論理的に話を導いて今回の作戦へと帰結させる。主に軍功でのし上がってきた武官達の中に、弁論で敵う者はいなかった。納得はできなくても、理論の妥当性には同意せざるを得ない。
 初老の海軍大将が、椅子にどっかりと座り直してから、少々憮然としたまま、コンラートに尋ねた。
「では、そこまで言うのなら、作戦の細部を聞かせてもらおうではないか」
それは、軍を代表しての発言であった。他の者達も一様に、コンラートに視線を向けた。
「承知しました。それでは詳細についてご説明いたします。が、その前に一つ、お伝えしたい情報がございます」
コンラートは軽く咳払いをし、眼鏡を掛け直した。
「今度の海戦において、アストリア軍の指揮を執るのは海軍大将ではなく、エドワード王太子であるとの情報を入手しました」
「なんと」
これは、オークアシッドからもたらされた数少ない情報の一つだった。確かにアストリアの内部情報ではあるものの、軍機と呼べるほどのものではなかったのだろう。それでもリヒテルバウムにとっては十分有用な情報である。
「そこで、王太子だけを抹殺するために……」

無剣の騎士 第2話 scene12. 策謀

次回予告:
戦争はいよいよ佳境へ。
浄めの脈玉が遂にその力を発動する――!
⇒ scene13. 極光 につづく

無剣の騎士 第2話 scene12. 策謀

いえ違うんです。次回から絵的に面白くなるんです。本当です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-30

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