うわさの霊子さん

maoria

うわさの霊子さん
  1. 踏切の出会い
  2. 押入れからこんにちは
  3. 時を刻む旧校舎
  4. 私が霊子です

「ねぇ、うわさの霊子さんって知ってる?」
「知ってる、知ってる。死が近い人に見える“踏切の幽霊“のことでしょ」
「え、私は“学校の七不思議の1つ“って聞いているよ」
「違うって、どっかで首つって死んだ幽霊でしょ?」
「出会うとマジでやばいらしいの」
声を潜めながら一人の女の子が言った。
「死んだあと地獄に連れて行くんだって」
「やだぁ、地獄なんか行きたくないし」
「ていうか、本当にいるのかな」
これはよくある都市伝説、それは嘘かもしれない作り話や現代の都市で幅広く流れる噂話。
中にはとても怖いもの、一見怖いというより奇妙な話もある。
白い着物をきた女性の幽霊・・・霊子さんに出会ってしまったら。

踏切の出会い

登場人物
宮本清一(みやもと せいいち)・・・39歳のサラリーマン。エンジニアの大手会社で働いている。
松村淳(まつむら じゅん)  ・・・7歳くらいで病気で死んでしまった男の子。
・松村ゆり子  ・・・淳の母親で弁護士をしている女性。


僕の名前は宮本清一(みやもと せいいち)、サラリーマンで東京都に一人暮らしをしている。
仕事はエンジニアで、いつもうまくいかず、毎日毎日怒られている。
「何度言ったらわかるんだ」
「す、すいません。やり直します」
周りの人からも「この仕事、向いてないいじゃないのか。やめた方がいいかもな」と私は言われっぱなし。
これが毎回のやりとり、他の社員にだって迷惑かけている。
相談したいけれど、仲のいい社員もいない。この仕事を辞めてしまおうかと何度考えたことか。
「毎日が苦痛になってきた」
こんなことを言うのもなんだけど、もう選択肢がないのかも。
いつもの帰り道、この踏切を通れば僕の家に着く。あと、何日これを繰り返すのだろう。
定年退職まで、ずっと今のままでいようか・・・転職しようか。
腕時計を見ると、針は夜10時近くを指している。あたりは真っ暗で、静か過ぎるくらいシーンとしていて、猫もいない。
踏切をいつも通り渡って立ち止まる。あお向けに寝転がってみた。
目を閉じるとアスファルトは冷たさが感じられる、10月だから風も吹いているから少し寒い。
「これでいいんだ、これで楽になれるんだ」
『何してるの?』
僕は目を開いてみると、そこには着物を着たきれいな女性が僕の顔を覗き込んでいた。電車が来るまでまだ少し時間があった。
「僕のことはほっといてください」
『気になる』
「迷惑ならどきます」
人に迷惑かかるけど、こっちの方がすっと終わるからいいのかなと思った。痛いのも一瞬だし・・・あ、痛いって感じる前にこの世にはいないか。
『じゃあ、死ぬまで待っているよ』
「僕が死ぬを待っているんですか?」
『邪魔するなって言われたし、このまま地獄行きもありだし』
ちょっと待った。僕は起き上がると、急いで踏切から出た。数分後、踏切は閉じられて電車が通った。
『あれ、怖くなったのかな。自分で選んだの道でしょ。素直じゃないね』にっこりと笑う女性はこっちに近づいてきた。よく見るとちょっと透けているようにも見えた。
「今電車すり抜けた?あなたは人間じゃないんですね。もしかして、この辺で噂になっている幽霊ですか?」
そう言えば、このあたりの近所の人が前に踏切の幽霊の噂をしていることを思い出した。
死が近い人ほど、見えてしまう不思議な幽霊。
でも、ちょっと待てよ。
僕はきっと、仕事をしすぎて頭がおかしくなったのかもしれない。
今こうしている自分もおかしいような気がしてきた。
『ほっぺたつねれば?これは現実だよ。それよりもし、私の頼みを聞いてくれたら天国につれていってやる』
「信じるもんか。第一、悪霊の頼みなんていいことないに決まっている」
まぁいいから、いいからとちっとも話を聞かない。早く帰りたいけど、このおかしなことに少しだけ付き合うことにしよう。
電車が走り去ると、再び踏切は渡れるようになっていた。向こうのほうから男の子が見えてきた。
女の幽霊は手招きしている。男の子がこちらにやってきた。
『この子の名前は松村淳(まつむら じゅん)、7歳くらいかな。病気で亡くなったんだ』
あぁ、この子はきっと地獄への案内人だ。見た目が子供の方が安心すると思っているのだろう。
本で読んだことがある、悪い化け物はターゲットが男だと、女や子供に変身して騙そうとするんだ。かわいい顔をしているが本当は悪魔なんだ。
「じゃあこの子も幽霊なんですね」
「僕にこの子をどうしろと?」
『成仏させてほしいんだ』
頼みって成仏のことか。
「ごめんなさい。できません。あなたではできないのですか?」
『私はお前と同じ頼みを他の奴にもしている。そいつのところに行かなきゃいけないんだ。人間でいう仕事みたいなものだな。それに私達は普通の人に見えない。死にかけそうになるか、幽霊って存在を意識してくれないと無理なんだ』
確かに幽霊を信じる人は少ない。化学ではいないって言われている存在だし、オカルトな話だから子供は信じても大人には無理だろう。まれな霊感ある人くらいなら見えるだろう。
僕は今、死のうって思って行動に出たから見えたのか。
でも、僕はずっと独身で一人だったから子供の相手なんてしたことがなかった。
僕が悩んでいると、女性の幽霊は肩を抱いてきた。なんとなく冷たい感じがして鳥肌がたった。
『この子はお母さんに会いたいの。会って伝えたいことがあるみたいなんだ。未練があるままこの世に長く居続けてしまったら、怨霊になってしまう。もし、お前が同じ立場だったらどうする?』
この踏切の幽霊、妙に優しすぎる怨霊だなぁ。
淳君は何も言わず黙ってこっちをじっと見ている。幽霊でも少年の目はこんなにもキラキラしているのか。
こんな子が怨霊になってしまうなら、まぁ付き合ってやるか。
「わかりました。やりましょう」
『ほんとか?ありがとうな』
淳君は嬉しそうに僕の隣に来た。
「ところで、あなたの名前は?」
『私は霊子(れいこ)だ。そのうち様子を見にくる。さぼるなよ』
霊子さんと名乗った幽霊は踏切の向こうに消えていった。


僕はマンションに帰宅する。
そのまま、玄関を上がり、狭いリビングのちゃぶ台に鞄を置く。
(なんだか、いつもより疲れたなあ)
どっこいしょと床に座る。そろそろ、ホットカーペット買おうかな。
『お家、狭いね』
そうだった。今僕は一人じゃないんだ。淳君という男の子を預かっているんだった。
「一人暮らしだから」
『ねぇ、遊ぼうよ』
「えぇ‼遊ぶのは明日にしないか?今日は寝かせてくれ」
明日から久しぶりの三連休、今のうちから寝て朝はゆっくり起きたい。
『そっか、そうだよね。おじさん、すっごく疲れてるもんね。無理なお願いしちゃったね』
僕はなんだか申し訳ない気持ちになった。
この子はまだ7歳、普通ならたくさん遊びたい年頃なのに病気だったせいで、外で遊べなかった。
親はきっと忙しい人だったのかな。苦しんでいても気づけなかったのかな。
いや、この子も親に悪いと思って言わなかったのかもしれない。
それに霊子さんの言ったことに逆らったら地獄いきだ。
「わかった。でも、ちょっとだけだよ」
少年の顔に笑顔が戻った。といっても幽霊なので顔色はよくないけれど……。
『わーい、やったー!じゃあ、ブランコに乗りたい』
「こ、こんな時間に!まぁでも、決めたのは僕だし。着替えたら行こうか」
僕は簡単なジーパンとトレーナーにすぐに着替えた。このアパートから5分くらい歩いたところに、本当に小さい公園があった気がする。
貴重な物だけをトートバッグに入れて部屋を後にした。
アパートから向かって真っすぐ歩いて右にちょっと曲がって、まっすぐ歩くと小さな公園が見えてきた。
周りは住宅街なので真っ暗というほどでもないが、暗い。
淳君は走っていき、さっそくブランコに乗り始めた。多分、ここを人が通っていたら独りでにブランコが動いているように見えるのだろう。
『おじさんも乗ろうよ』
「ぼ、僕も乗るのかい」この際、もうなんでも聞こうと思った。
ブランコに乗るのなんて、きっと何十年ぶりだろうか。僕は公園で遊んだ記憶といえば、友達とサッカーをやったくらいだ。ブランコなんてちょっとしか乗ったことがない。
しばらく二人でブランコに乗っていると淳君のブランコの揺れが止まった。
『僕……ブランコに乗ったの初めてなんだ』
僕もすぐにブランコを止めて淳君のそばに来た。
『元々ね、体が弱くてお外で遊んだことがないの。幼稚園や小学校も室内にいたし』
「お母さんにはなんで言わなかったの?」
『忙しくて言えなかったの。嫌いとかじゃなくて僕のために頑張っていたから…お父さんがいないから頑張らなきゃっていつも言ってた』
「お父さんはいないのかい?」
家庭のことにあれこれ聞いていいものだろうか。
『仕事に向かう途中に車同士の事故で・・・それにお母さんは独りぼっちなの。……』
淳君の目には涙がたまっている。お母さんのことが心配なのだ。今はどうしているのだろうか。
「お母さんに会いたい?」
『会いたい。すっごく、会いたい。でも、僕の姿は見えないし思いも伝わらない』
僕にできることがあるだろうか、生きているお母さんに淳君をどう会わせればいいか。
そもそも、幽霊を信じてくれるだろうか。

僕たちは公園から家に帰宅することにした。淳君は家で僕が風呂に入っている間もずっと泣いていた。
折りたたみ式のちゃぶ台を適当に片付けて、布団を敷きながら家の場所を訪ねた。
『上野って名前の駅だったかな。茶色っぽいマンションで6階だよ』
僕の駅からちょっと乗り換えるけど30分以内には行ける距離だ。いきなり押しかけて大丈夫なのだろうか。
ましてやこんなおじさんが淳君を知っています、なんて言ったら怪しまれそうだ。
『お母さんね、べんごしていう仕事してるの。人を助けるんだって』
「弁護士?名前はなんていうんだい?」
『ゆり子、松村ゆり子だよ』
すぐにスマートフォンで検索してみると、一番上に名前がでてきた。
アクセスすると小さい事務所だけど、土日だと個人で無料相談もやっている。
僕は真っ先に予約してみることにした。
ある程度のプロフィールを打っていると、相談内容の枠が出てきた。
「ちょうどいい、会社への不満をもとにしよう。うまく淳君に話を持っていけるといいけど・・・」
”会社を辞めようか考えています。家族にも相談しにくいので力を貸してください”と、問い合わせに打って送信する。
数分後、すぐに返事が来て”明日、昼13時までにこちらにきてください”と返信がきた。
僕はメモを取ってから布団の中に入った。
「君のお母さん、仕事熱心だね」
『夜もあんまり寝ていないの。この仕事が大好きだって言ってたし、仕事があるからまだ自分をしっかりと保てるのかも』
淳君も僕も天井を見ている。電気を消す紐を引っ張った。
部屋の明かりが消えるころ、アパートの近くで霊子さんが様子を見ていた。
そうして、真夜中の町中に消えていった。


よく晴れた次の日。僕は早起きして出かける準備をした。
黒に近いこげ茶のチノパンを履いて、上にはアイボリーのカーディガンを着る。
休みとは言っても女性に会うのにだらしないのもよくない。
朝ごはんは冷蔵庫にあった焼きそばパンと温めた牛乳。
『いいなぁ。僕も食べたかったなぁ。病院のご飯はうすかったし、たくさん食べれなかったの』
「でも、こういうのばっかりだと栄養がかたよっちゃうよ」
淳君はニコニコしながら僕を見ている。
(もし幽霊じゃなかったら食べさせてあげたい)
食べ終わったあと、待ち合わせのメモと財布、スマートフォンを持って部屋を出る。
まずは駅に向かった。アパートから約15分歩いたところに改札があって、日比谷線というのに乗って上野に行く。
淳君は窓の外を眺めている。他の人は三連休なので、どこか出掛けるのか楽しそうだ。
ゆり子さんにどうやって淳君のことを話そう。
上野駅に着いて改札を通るとスマートフォンを出して地図をひらいた。
待ち合わせのカフェは10分くらいで着きそうだ。有名な美術館よりは離れているけど。
歩きながら、話の切り出しことばかり考えて、そのうちカフェの前に来た。
中に入ってみると割と人がいる。
(こういうカフェに入るのは初めてだな)
いつも会社の昼ごはんはコンビニで済ますか、立ち食いそば屋、たまにファミレスといって、こんなにおしゃれなカフェは立ちよることがない。
『あ、あそこにお母さんがいる』窓側の端っこの席でコーヒーカップをもって何か飲んでいる。
「お客様、一名様ですか」店員がこちらに来た。
「いや、待ち合わせなので大丈夫です」
「失礼致しました」頭を下げて去っていく。なんと、上品なんだろう。
僕はゆり子さんのところに来て声をかけた。
「あの、松村さんですか?」
窓の外をぼーっと眺めていたがこちらを向いた。
「もしかして宮本さんですか?」
「はい、そうです。前の席いいですか?」
「どうぞ」
僕が座るとすぐにさっきの店員がまた来て「ご注文は?」と聞く。
「僕はカプチーノをお願いします」
「かしこまりました」さっと立ってすぐにキッチンへ向かう。
「改めて名刺をお渡ししますね」ゆり子さんはすぐにカバンからカード入れを出して、名刺を渡した。
名前と事務所の名とメールアドレス、電話番号、後ろには地図が書かれている。ここで働いているのか。
「僕からも名刺です」
受け取るとゆり子さんはジックリと見ている。
ちょうどさっきの店員がカプチーノを持ってきた。
「エンジニアの大手会社ですか?」
「はい、この会社を辞めようか、今日はそんな相談をしに来ました」
「どうしてそう思ったのですか?」ゆり子さんはメモ帳を取りだして書き込む準備をしている。さすが手馴れているなぁ。
「僕は何をやっても失敗ばっかり起こして、会社に迷惑をかけています。上司からも怒られるし、相談相手に良い社員もいない。というか、みんな忙しくてそんな暇ないかも。いっつも失敗ばっかなんですよ。でも、まじめにはやっているほうなんだけど。うまくいかないなぁ」
最初に言うのを忘れていたが、僕は転職したばかりだ。
高校を卒業した後に短大も物作り系を卒業、そこからの最初の就職先は実家から近いところを選んだ。
ここは通うのに楽だった。それに部品の中でも細かいネジを扱っていた。仕事としては好きな方だった。
けど、人付き合いが悪くて自分に合わなくて27歳の時、退職した。
それからは、転職はせず休でから年が経って、都会に出て下町の乗り物の部品を作る会社に就職したけど、入って3年ぐらいで赤字倒産しちゃって・・・その次が今の所だ。
今のエンジニアは今までよりも給料はいいし、長く勤めている。
入った時は悪くなかったけど、すぐに部署も変わっちゃったしね。
今の怒られっぱなしは、部署変わってからかな。
「単刀直入にいいますが、さすがに次の転職はやめたほうがいいと思います」
グサッと刺さるその言葉、淳君、やっぱり弁護士のお母さんは強いな。
「もう年齢的に無理ですかね?」
「そういうわけではないですが、次のところに行くとき相手に悪い印象を与えてしまうかもしれません。こいつ、すぐにやめるやつなんだって。今のままをうまく変えるしかないと思います」
「わかっています」
わかっているけど、行動に移しにくいから相談しているのに。
僕の隣で淳君はお母さんのことを見ている。
旦那さんも子供もいなくなって、普通なら立ち直れないはずなのに。よっぽど、強く育てられてきたのだろうか。
「家族に相談しづらいと言ってましたね」
「一回目は相談しましたが、もうため息つかれました。僕も松村さんみたいにしっかり意見が言えるといいですが、ネガティヴで引き下がるタイプなんです。うらやましい」
すると、ゆり子さんは暗い顔になって窓のほうに視線をかえる。
「私には両親がいません。12歳の時に病死して、母方の祖母に育てられました。その時、強く生きていかなきゃって思ったんです。だから人の手助けになりたくて弁護士になりました」
そうか、自分で自分を変えようと努力したんだ。
「僕も最初は人の役に立つ物づくりがしたかった。だけど、何が目標なのかわからなくなってきました」
「辛いのはわかります。この弁護士の仕事をしていて大変なこともありました。女性だったので男性の弁護は少なかったんです。・・・・・・でも、あの人は違った」
ハンカチをだして目元を拭いている。
「私に真剣に弁護をお願いしたのは夫です。ここで私のことを話すのも変なんですが・・・」
「聞かせてください」
「夫は痴漢扱いされたんです。もちろん、冤罪ですよ。相手は私立の女子高で親がモンスターペアレント、正直負けると思ってました。でも、私をずっと信じてくれた。だから、小さな証拠を見つけて勝てました。結果は人違いだったということです」
「そうですか」
ちょうど店員がおかわりはどうですかと話しかけてきた。僕はお腹もちょっと空いたのでチーズケーキを頼んだ。
ゆり子さんも紅茶とモンブランを頼む。
「夫は私の必死さに惚れたと言っていました。あなたみたいに強い女性を今度は僕が支えたいって。結婚して二年が経ってから子供を産みました」
カバンから一枚の写真を取り出して見せる。ゆり子さんの隣に旦那さん、そして抱かれて眠っているの赤ちゃんは淳君だ。
「かわいいですね」
「淳っていうんです。漢字の意味は真心があついとか、情が深い。そういう意味で付けました。夫は淳が4歳の時、事故で亡くなりました。・・・シングルマザーになってもしっかりしなきゃと一生懸命、働きました。それがいけなかったのか、淳のことに気づけませんでした。ある時、学校で倒れたのにびっくりして病院に連れて行きましたが、間に合いませんでした。余命宣告された時に後悔しました」
涙をハンカチで拭きながら紅茶を飲む。
「辛さを忘れるために、今もこうして生きている私はひどい母親です」
「そんなことないと思います」
「苦しんでいる自分の子を放置状態にしたんですよ。お母さんは僕を殺したんだって、夢に出てきました」
『違うよ、お母さん。僕はそんなこと思ってない』
淳君はお母さんの手に触れる。だが、すぅっとすり抜けてしまった。
お母さん、あなたの息子はここにいます。見えないだろうけど、ここにいるんです。と言っても信じてもらえない。
ふざけないでと怒られるに違いない。
「ちょっとトイレに行ってきますね」そう言って席を離れた。
チーズケーキを食べながら、“あぁやってしまった”と思った。
そういえば、ここしばらく糖分とってなかったなぁ。
『うまくいかないのが普通だよ』
いつ現れたのか、ゆり子さんの席に霊子さんが座っていた。
「れ、霊子さん‼︎どこから来たんですか」
『私はどこでも現れるの。大変そうだね』
「どうしたらいいでしょう」
『どうしようかね』
頼んできたのはあなたでしょ、全くこの人はのんきだなぁ。ヒントぐらいくれてもいいと思う。
ゆり子さんがトイレから戻ってきて席に着いた。霊子さんはゆり子さんの体をすり抜けて、僕の隣に来た。
どうやら見えていないみたいで、寒気もしていない。
「ごめんなさい、また日を改めてお会いしましょう」
「僕、本当に申し訳ないです」
僕らは食べ残したケーキを食べるとカフェを出た。
「本当にすいません」
「僕が悪いんです。あなたを困らせてしまい申し訳ない」
ゆり子さんは「優しい人ですね」と小さく呟いてお辞儀をした。次に会うときはゆり子から連絡すると言っていた。
二人がカフェで別れると僕はため息をつきながら上野駅に向かった。
淳君は帰り際でもずっとお母さんの後ろ姿を見ていたのだった。


僕のアパートに着いたの3時半過ぎだった。
「ブランコの時みたいに何かに触れたりする事ができないかな」
まるで家族会議のようにちゃぶ台を真ん中にして三人で座る。
『子供の幽霊は大人の幽霊と違って、”こうしたい”ってことが限られているんだ』
無理に強い力を使うと、成仏よりも悪い“消える”しまうことがある。消えたらそれこそ生まれ変われない。
人に取り憑くのはどうかと提案したが、一歩間違えればその人の命を奪ってしまうこともある。
それに他の人に頼むこともできない。
『でも、字を書くことくらいはできるかもしれない』
淳君は暗い顔をしていたがさっと霊子さんを見た。
『ペンを貸してくれ』
僕はメモ用紙とペンをテーブルに置いた。すると、一人でにペンが動いて文字を書いていく。
”私は霊子です”、そしてペンの動きは止まる。
『ペンをもって字を書いているイメージを強く意識するんだ。やってみて』
淳君は頭の中でイメージをしてみた。そうして手をゆっくりと伸ばして、ペンをつかもうとする。けれど、スルッと抜けてしまった。
今度は声に出して『ペンをつかむ』と唱えなてみるがテーブルをすり抜けてしまう。
『これ以外方法はないと思う。もう少し頑張ってみな』
霊子さんは母親のように見守っていた。
それから夕方が近くなり、僕が近くのコンビニでカップ麺を買いに行って帰ってきても・・・・・・まだ練習を続けていた。

次の日、淳君はペンを持てるようにはなったものの、なんとか書けた字もミミズの線みたいになっていた。
文章が書けるのはまだ先になるかもしれない。
『長い文が書けるのは無理そうだな』
淳君は、はぁ〜とため息をついて床にごろっと倒れる。
幽霊も体力を使うと疲れるみたいだ。
僕には何にもできない、見守るくらいしか何にもできない。


三連休なのにあっという間に終わり、火曜日が来た。
僕が仕事に行く間は、霊子さんがいてくれるから淳君のことは任せてある。
あれからゆり子さんからも連絡は来ない。自分からメールしてもいいがなんて送ろうか。
今日は珍しく、上司は怒ってこないし、マスクをしてむせている。これは1週間くらいは怒られなさそうだな。
それよりも僕は淳君が気になっていた。
昨日、ミミズ文字から少しだけ字が書けたけど文まではいかなかった。
例えば、ありがとうって書きたくても"あ"だけ書けて、次の文字からはペンを落としてしまう。
これを繰り返しているのを見ていると、辛くて、僕がかわりに手紙を書いてあげようかと聞いた。
でも、「これは僕がやらなきゃダメなんだ」と強く言われてしまった。
しっかりしているところもゆり子さんにそっくりだ。それに淳君は書きながら喜んでいた。
「字が書けなくてもペンを持っているだけでも嬉しんだ。持つだけじゃ意味はないかもしれない。でも病院にいた時、何にもできなかった僕には嬉しい」

(あんな風に強くなれたらいいのに)
僕の性格は一言で言えば、ネガティブタイプだ。何でも悪い方向に考えるし、親にも真面目すぎだと言われる。
それ以外の取り柄がないんだよ。
仕事中にいきなり、ブーっとスマートフォンが鳴った。メールが来て、開いてみると相手はゆり子さんだった。
“この前の土曜日はありがとうございました。
私の方も少し落ち着いたのでお会いしませんか。
まだ宮本さんの悩みも解決してないので・・・。
返信お待ちしています。 ゆり子”
昼休みまであと一時間、早く仕事を終えて返信をしよう。

お昼ご飯は、ファミレスにした。立ち食いだとゆっくりメールも返せない。
ホットドッグとコーヒーを注文したあと早速、メールをする。
“こんにちは
メールありがとうございます。僕の空いている日はいつでも大丈夫です。
松村さんに合わせます。
宮本”
10分くらいたってからすぐに返事が届いた。
今週は他の予約があるみたいなので、来週の日曜なら空いていると来た。待ち合わせ場所にマンションの名前と番号が書かれている。
ゆり子さんの家に行くのか・・・変な言い方をすると、これはチャンスだ。
手紙を書く仕草を見せれば、信じてもらえるかもしれない。
すぐに了解の返事を返した頃、注文したホットドッグとコーヒーが運ばれてきた。


どうやら風邪のおかげで上司から怒鳴られることはなかったし、熱を出したみたいなのか途中で帰宅してしまった。
奇跡かもしれない、神様に感謝しなきゃ。
ゆり子さんに会うまでには日にちは十分ある。
淳君はお母さんに会えるとわかった日から、いつも以上に字の練習をしている。今週の金曜日の夜には”ありがとう”や”おはよう”などの簡単な単語は書けるようになった。
霊子さんも早い上達にびっくりしていた。
『私でもここまではできなかったのにすごいよ。これだけでも十分伝わるよ』
『でも、なんて書けばいいのかな。書きたいこといっぱいあって、わからないよ』
僕も親への手紙をそうそう書かないから、何も思いつかなかった。
「一番伝えたいことだけ一言かいてみたらどうだい?」
淳君は目を閉じて少し考えた。そうして、ペンをもって書き始めた。

* * *

とうとう、ゆり子さんに会う日曜日が来た。
前に会った土曜日のように早起きして支度を済ませる。霊子さんも一緒についてきてくれるようだ。
部屋から出ると鍵を閉めて、三人で駅に向かう。
僕はふと、今日もしかしたらお別れになるかもしれないと、思っていた。
別れは突然くるものである。
電車に揺られながら、いつもと違って淳君の顔は固くなっていた。
上野駅に到着すると、ゆり子さんの住むマンションへと向かった。


マンションの入り口、ゆり子さんは待っていた。ちょうど13時になった時、僕らはそこについた。
「お久しぶりです」
「こんにちは、この前はすみませんでした」
「あぁ、もう大丈夫ですよ。さぁこちらへ」
オートロックに番号を入力して鍵を開ける。自動ドアが開いてエレベーターに乗った。
6階まで上がっていく中、何もしゃべらなかった。
エレベーターを降りて右に曲がると”603”と書かれた”部屋の鍵を開けた。
「お邪魔します」女性の部屋に入るなんて初めてだ。中に入ってみると綺麗に片付いている部屋だった。
「紅茶、入れますね」
僕は部屋を眺めた。玄関から廊下を歩いてキッチンとテーブルがすぐにあり、近くの食器棚の中には子供用のカップとお揃いの皿。向かいの畳部屋には小さい丸いテーブルに家族写真が飾ってある。
その写真の近くに薬の入った袋が置いてある。
まぁきっと、頭痛薬とか風邪薬だろう。
畳部屋にはもう一つ、仏壇も置かれていた。
仏壇には淳君と旦那さんであろう二人の写真が置いてある。
僕は静かに手を合わせると、テーブルの椅子に座った。
ほのかに香る花の紅茶、いつも飲むティーパックの紅茶より味が出ている。
「会社のことはどうしますか?」
「うーん、実はまだハッキリしてなくて。どうしようかな・・・」
これは時間を稼ぐために嘘をついた。今日はそのことより大事なことがある。
ガチャっと玄関のほうで何か音がした。
「すみません、ちょっと見てきますね」
ゆり子さんは立ち上がると、玄関に向かう。玄関扉の郵便受けを開けると、手紙が入っていた。
こちらに戻ってきて手紙を開けてみると、びっくりした顔をした。
「う、嘘」
「どうしたんですか?」
僕も立ち上がって、手紙を見せてもらう。手紙にはこう書かれていた。

”おかあさんへ
ぼくはここにいます。
おかあさんのそばにいます。 じゅんより”

ひらがなで書かれたその手紙は淳君が練習で書いたものだった。僕がわざと話を引きずって、霊子さんがうまく郵便に入れてくれたみたいだ。
僕の隣で淳君は反応を窺っている。
「こんなのいたずらですよね。だって淳はもういないのに」
「あの、これは淳君が書いたものだと思うんです」
「・・・。確かにこの字の書き方は淳だと思います。信じられませんが間違いないです。誰かが字を真似たんでしょうか」
これだけじゃやっぱり無理かな。
『お母さん、僕はここだよ。ここにいるよ』
叫んでも聞こえてはいなかった。
昨日、僕は霊子さんにどうやったら淳君が見えるのか方法を聞いた。
『目の前でペンを動かせば確かに信じてもらえるけど、意識するのが大事なんだ。そこに淳がいて文字を書いている・・・100%とは言わないが、間違いなく見えると思う。後は本人次第だ』
僕はテーブルに紙とボールペンを置いた。ならば、やってみるしかない。
「松村さん、信じてもらえるかわかりませんが、こっちを見てください」
淳君と僕はうなずきあった。首をかしげながらゆり子さんは紙とペンを見ている。
すると、ひょいっとペンが動いて字を書き始めた。
”まつむら じゅんです。”とペンを動かしている。
「宮本さん、これは手品ですか?」
「違います。よく、見てください」
ゆり子さんはペンから椅子へと視線を動かす。瞬きが何回かされて、目をこすっている。
紙にはたくさんの文字が埋まっていく。徐々に淳君の姿がはっきりしてきた。
「じゅ、淳なの。そこにいるの?」
『お、お母さん』
その場で立ち崩れる、目からは大粒の涙があふれていた。淳君は手を止めて母に抱きついた。二人は確かに硬く抱きしめ合っている。
「ごめんなさい。悪いママで本当にごめんね」
『そんなことない。お母さんはいつもかっこよかったし、優しかった。僕ね、助からないことわかってから言えなかったの。お母さんきっと仕事を投げ出しちゃう。いつものお母さんでいてほしかったの』
「そんなこと言わないで、ママが悪いと言って」
良かった、本当に良かった。僕はほっとして席に着こうと体を動かしたが、急に足が動かなくなった。
声も出そうとしてでなくなる。一体、何が起きたのだろうか。
ゆり子さんはこっちを見てお礼を言おうとしたその時だった。
僕の顔を見てびっくりした表情している。
「あ、あなた」
その言い方は旦那さんを呼ぶときの「あなた」ですよね。
僕に何が・・・もしかして、旦那さんの霊が僕の体に乗り移った‼︎
『ゆり子』
出たその声は僕の声じゃなくて、もっと若くてハスキーな声だった。
ゆり子さんは立ち上がると、今度は僕を抱きしめた。
「本当にごめんない。あなたを亡くした時、淳を必ず守るって誓ったのに。それなのに、それなのに」
『淳は元々、体が弱かったんだ。だから、俺も気づかなかったのが悪いんだ。自分だけを責めないでくれ』
優しくそっと、ゆり子さんの体を抱きしめる。細い、あの時の家族写真のゆり子さんはもっとふわっとした感じだった。二人がいなくなって食事も喉を通らなかったのだろう。
「私、一人ぼっちになっちゃった」
抱き合った体をはなして静かにそう言った。
『一人じゃない。お母さんはいつも僕とお父さんが見守っている』
ゆり子さんは部屋中に声が響きぐらい大泣きをした。そうしてたくさん泣いた後に、僕にお礼を言っている。
「宮本さん、本当にありがとうございます。宮本さんと私が会うこと・・・きっと決まっていたのかな」
僕らを引き合わせたのは淳君だよ。そう言おうとしたとき、淳君の体が薄くなっていく。
『おじさん、ありがとう。おじさんのおかげで僕は自由になれたよ』
『ありがとう、宮本さん。お体、お返ししますね』
ふっと体は軽くなり、淳君の姿は消えてしまった。
「私、もう自分を責めるのやめます」
「僕もありがとうございます。淳君には大事なことを教えてもらいました」
ちょっとだけ寂しくなっちゃったなぁ。
「今度、休暇をもらって実家に帰って淳とあの人のお墓参りに行ってきます。宮本さんはどうしますか」
「仕事は続けます。考え方をかえてみようかと思います」
そうですか、お役に立てなくてごめんなさい。とゆり子さんは頭を下げた。
そんなことないですと、僕は笑う。
僕は帰る前にもう一度だけ、仏壇に手を合わせた。

上野駅までゆり子さんに淳君との出会いの話をしながら僕たちは駅に向かう。
霊子さんのことはとりあえず、ちょっとだけ触れておく程度にしておいた。
霊子さんがあんまりたくさんの人に話すなと言われたからだ。
「淳君の仏壇に今度焼きそばパンを供えてあげて下さい。僕といたとき、食べたいってそう言ってました」
「はい、そうしますね」
駅に着くと、また深く頭を下げる。そして、顔をあげて笑っていた。
「ありがとうございます。また、困ったらいつでも相談に来てください」
「はい、またいつか」
僕らは手を振って、別れの挨拶をした。
(短かったけど、悪くなかったなぁ)
そうだ、いつの間にかのことだけど霊子さんは何処かへ行ってしまったようだった。

* * *

何か月か経ったある日のこと。
「宮本、ちょっと来い」
上司に廊下まで呼ばれた、この頃怒らないと思っていたけれど・・・きっと怒りがたまっていたんだと思う。
この前、風邪を引いていた時は怒鳴る気にもなれなかったんだ。
「最近、かわったな」
「え、そうですか」
「どうしたんだ?」
「実は僕、苦手なくしに資格を取るために勉強してるんです。成果もでてよかった」
「次の会議、参加してみないか?」
「ぼ、僕でいいんでしょうか?」
企画会議に呼ばれるなんて初めてだった。
「だから、今度これも勉強しておけ」
そう言って一度自分のディスクに戻って、一番下の引き出しから二冊の本を取り出して、僕に渡す。
「分からなかったら聞きに来い」そう言って作業に戻っていく。
僕は嬉しくなって本をしっかりと持つと、自分のディスクへと戻った。
淳君が教えてくれた。
一生懸命やれば、努力次第では変わることだってできる。
時間がかかる人もいれば、かからない人もいる。何かをやるのに長いか短いかはその人によると思う。
淳君がもし生きていたら、きっと上達の早い子だったのかもしれない。
もう一度、もう少し頑張ってみようと思うことを思い出させてくれた。
でも、ちょっとだけ気になることがある。
淳君とはどこで会っただろうか・・・僕のこと、知っていたような感じだったなあ。

【霊子視点】
それは一昨年の夏のこと。
上野の病院の屋上に宮本はいた。夏だったから薄くてチェック青いチェックの甚平みたいなのを着ていた。屋上には他の患者もいて、年齢も様々だった。
入院した原因は、お酒を飲みすぎて公園のベンチで寝ていたところ、ジョギング中の人が見つけた。それだけでなく寝返りをうったのでベンチから落ちるし、さらには吐いていた。見方を変えると、倒れているように見れたのだ。
ジョギングの人はすぐに病院に電話した。
宮本は眠ったまま意識も曖昧な中で病院に運ばれて、診察の結果は食中毒だった。
どうやら、酒のつまみに食べていた物があたりの悪いことだった。
「はぁ〜退院したくないなぁ」
こう言うのもおかしいが、実は会社には戻りたくなかったのだ。
失敗は多いし会社では怒られっぱなしだ。
途方に暮れていると、宮本の近くに小さいボールが転がってきた。
ボールを拾うと7歳くらいの男の子がこっちに走ってきた。
『おじさん、ありがとう』
「気をつけて遊びなさい」
その子はボールを受け取って去っていく。
宮本は病室に戻ることにした。
3階の301号室、ベッドに横になる。

ちょうど同じ頃、霊子さんは宮本の病院にいた。死が近い病人には、彼女が見えていた。
彼女がここにきたのには理由がある。
皆が「助けてくれ」って手を伸ばす人がいた。
『悪いな、私は医者じゃないんだ』
霊子さんは彷徨っている。そこに先ほどの男の子が着て、霊子さんの服を引っ張った。
『お姉さんはうわさの霊子さんだよね』
『そうだよ。君が淳君だね』
『僕を知っているの?』
『正確には君のお母さんを知っているよ。彼女には私は見えないけどね』
『こっち来て』
彼の後についていくと、宮本の病室に来た。
『ここが君の死んだ病室か』
『うん。あの人見てよ』
そこに寝ている宮本を見た時黒いオーラのような(もや)が見えた。
『あの人、ここの人達と違って病気で死なない。そんな気がするの』
『入院の原因は?』
『しょくちゅうなんとかって言ってた。しょくちゅうなんとかでもいいから死にたいって言ってるの。治るっていいことなのに・・・もし僕なら、生きていたらお母さんに会って、伝えたいことがあるのに』
『お母さん会いたい?』
『会いたい。だけど、何度かお母さんに会いに行ったけど、僕の姿見えないんだ』
『変な言い方だけど、あいつの力を借りよう。あいつの死の原因を探るんだ』
『わかった。霊子さん、ありがとう』
『まあそれが仕事だからさ。協力してくれるか?』
こうして2人の契約は成立した。
宮本が退院後、淳はずっと彼について行ったのだ。
”その時“がくるまで。

『覚えてないよな。それが普通だもん』
いつもの踏切、走っていく電車を眺めていた霊子さん。宮本とすれ違う。
けれど、彼にはもう霊子さんの姿は見えていない。彼はいつものように家に帰っていく。
1つだけ違うことは、生き生きとした表情で前向きな雰囲気に見える。
『ある意味、人を2人も助けたってことか』
そう言って、踏切の幽霊はどこかへ向かうように消えていった。

押入れからこんにちは

登場人物
山下卓(やました まこと)・・・22歳の大学生。東京の新宿に住んでいる。
美優(みゆ)       ・・・高校生になるときで火災で死んでしまった女の子。


ここは渋谷のピザ屋のアルバイトのスタッフルーム。
「先輩のこと、ずっと好きでした。良かったら・・・」
「ごめんなさい。山下君のことは嫌いじゃないけどごめんね」
「そっか。ごめんね」
こうなることはわかっていた。俺みたいな奴はやっぱり駄目なんだ。
「もう帰らなきゃ、お疲れ様」
そう言って、先輩はスタッフルームを出ていく。俺も後からきた他の先輩に挨拶をして帰っていく。
そう、これが俺山下卓(やました まこと)だ。
新宿に向かう電車に乗って、揺られながらため息がでてきた。ちなみに明日で俺の誕生日で22になる。今までで一番、悲しいクリスマスプレゼントだ。
渋谷と新宿は駅も近いからすぐに降りて家まで歩いていく。
家の近くまで来たとき、スマホが鳴った。メールは母さんと父さんからで「帰りは遅くなる」と書いてあった。母は医療事務、父はテレビ業界系の仕事で二人とも共働きだから仕方がない。
俺は今日も独りぼっちなのか・・・。
大きなため息をついて玄関のドアを開けると、突然、目の前に首を吊った制服姿の女の子が現れた。
背中を向けていた体は俺のほうに回って向いて、開いていた目から目玉がおっこちて、俺の足元に転がってきた。
「ぎゃああああああああ」
俺は隣の家まで聞こえるくらい叫んだ。
「うるさいよ、あんた静かにしとくれ」
隣の家のおばさんが怒鳴ってきた。
「はぁはぁ、ごめんなさい」
俺は焦りながら玄関のドアを閉めた。首吊りの死体はぶら下がったままで、俺はそっと当たらないように壁に沿って歩いて二階の部屋に上がった。
部屋に入ると、いきなり押入れが開いて、中から着物を着た女性が「ばぁ」といって出てきた。
『ねぇねぇ、怖かった?首吊りって色んなものが飛び出るぞ。目玉だったり、舌だったり・・・』
「だ、誰なんだあんた?」
『あえて言うなら霊子さんの話、聞いたことない?』
俺は記憶をめぐるように目を閉じた。

この一軒家を選んで引越ししてきた日にあることを噂していた。
「ねえあの家でしょ?」
「そうそう、“出る”って噂のね」
「男に騙された若い女性が首吊りした部屋があるんでしょ。あぁ怖い怖い」
そう言ってチラチラとこちらを見ていた。ちょっと気になって調べてみたところ、“うわさの霊子さん“という都市伝説が出てきた。怖い話は嫌いだし、俺はお化けとか信じちゃうタイプだし。
なるべくは噂なんて、ただの噂とだけに思っておいた。

「霊子さんっていうのはあなたのことですか?」
『そうだね。幸せになる方法があるって言ったらどうする?』
「何でもします」
『何でもするってさ』
玄関に向かって手を振っている。俺もそっちに向くと、首吊り死体がなくなっていて、先ほど死体だった制服姿の女の子がそこに立っていて、そわそわしながらこっちに来た。
『この子の恋人になって成仏させてやってくれ』
「えぇ!嫌ですよ。幽霊の恋人なんて」
ふざけている、恋人になんてなれるわけがない。それに気持ちが悪いし・・・。すると、霊子さんは俺の顔を引っ張叩いた。
『ふざけんな、お前だってそんなようなこと言われてみろ』
頬をゆっくりさすりながら涙がでてきた。そうだ、俺もみんなと一緒だ。たくさんの子に嫌われたのに同じように避けてしまった。
『仕方ないです。普通ならそう思います』
女の子が悲しそうな眼をしている。
『やーめた。これからお前を地獄に連れて行く。そうだな、火やぶりの刑がお似合いだろうな』
「ごめんなさい。ごめんなさい」痛いのは勘弁してほしいと思いながら、土下座をしている。
『嘘だよ』
俺は土下座から頭をあげると女の子と目が合った。バイトの先輩はいわゆるかわいい系だったけど、どちらかというと癒し系の顔だなぁ。
「どうして死んじゃったんですか?」
『この子、火事にあったんだよ、一家全員で死んだのさ。もし生きてたらお前と同じ年だったそうだ。時間が止まっているんだ。気持ちを込めてお前が期限までに好きだってちゃんと言えばいいんだ』
「期限?」
『私の住んでいる家、もうすぐ新しい家が建つの。来年の3月中旬にお祓いされちゃうの。時間がないの』
新築を建てるときは、悪いことが起らないようにお祓いをする。さすがに神主さんには逆らえないか。だけど、うまくいくのかな。
どうやって会ったばっかりの子を好きになれというんだろう。
『やらないのか?』
「いや、やります」
霊子さんって見た目が怖いとかじゃなくて、言うこと一つ一つが恐ろしすぎる。本当に殺されちゃいそうだ。逆らったら火やぶりより恐ろしいこともあり得るかも。
『これからはなんでもやりますって気安く言うな。そういう時は、僕ができる範囲ならやってみますとかにしとけよ。さてと、そろそろ行くか』
着物の幽霊は立ち上がる。
「手伝ってくれないんですか?」
『もうぅぅぅぅ、何でも頼めばいいてもんじゃないの。私は一人しかいないの。神様だってそうだろ。だから“学問“とか”健康“、”恋愛“って役割分担があるんだ。一人じゃいっぺんにできないの』
霊子さんは怒りながらそう言って、壁をすっとすり抜けていった。
残された俺と女の子は改めて向き合う。
「これからよろしくお願いします」
『よろしくね、卓。私のことは美優(みゆ)って呼んで』
「あ、はい」
その時、俺はふと思った。どうして、この子は俺の名前を知っているだろう。俺の家に住み着いていたのかな。
『明日は仕事なの?』
「明日からは休暇を取ったんだ。でも、さっきフラれちゃったし予定なくなった。まぁ、大学の宿題でもするかな」
机の上に乗っているパソコンを開いて電源を入れた。
『なら、デートをしようよ』
「デート!」
俺は今までずっと女の子とデートをしたことがない。付き合ってきた子はゼロ。恋人の条件って言ったらデートから始まるよね。
『大丈夫。予定なら“ぼく“が決めるから』
「ぼく?」
『あぁ、ごめん。つい、小さい時の癖でね。気持ちが高まると、つい出ちゃうんだ』
「そうなんだ」
そういえば、どこかでこんな風に会話をしたことがあったような気がする。気のせいかもしれない。俺はとりあえず、レポートに取り組むことにした。
ゼミの課題で食について書かなくてはならない。まずは簡単に課題シナリオを提出するために打ち込み始めた。
『食文化の勉強か。大学生って楽しそうだね』
「そうかな・・・レポートなんて大変だよ。俺は食べることが好きだから食文化のゼミに入ったんだ。卒論は“日本の食”にしようと思ってね」
『得意分野なら、ぼくもいっぱいあるよ。運動が得意だったよ。特に球技は好きなんだ』
「俺は運動嫌いだったなぁ」
美優さんはニコニコしながら、俺をじっと見てはたまに、明日の予定をメモ帳に書いている。なんだか会話が弾むなぁ。どうしてだろう。
女の子と話したのなんてバイトの先輩以来かも。あぁ、でもよく考えてみたらバイトの先輩との会話といえば仕事の話しかしたことない。こんな風に日常会話しなかったし、趣味も聞かれた事さえない。
この子といても緊張感とかちっとも感じない。
やっぱ、幽霊だからなんだろうね。そうしていると、ピンポーンと玄関のベルが鳴って「ただいま」と母さんが帰ってきた。


次の日、ベットから起き上がりカーテンを開けると、とてもいい天気だった。
「お出掛けにはぴったりの天気だ」
今日は幽霊の美憂さんとデートする。ちょっとドキドキしていた。相手は幽霊でもこれが始めてのデートだからだ。
「卓、朝御飯よ。珍しいのね。休みの日はゆっくり寝てるのに」
母さんが起こしに部屋に来た。
いつもの俺ならバイトと学校以外はだいたい、昼前まで寝ていることが多い。今の時刻は8時ぴったりだった。
「今日はちょっと出かけるんだ」
「あら、デート?」
「違うよ。ゼミのことで・・・ちょっと調べ物をしに行くから」
母さんはつまらなさそうな顔をして「早く降りてきなさいよ」と言って下に降りていく。
ところで、美憂さんはどこに行ったのだろう。
あたりを見回すと、机の上にメモが二枚置いてある。

“谷中銀座の近くにある夕焼けだんだんのところで待っています。
今日のデート、楽しみましょう。 美優より”
もう一枚のメモには今日の一日が書かれていた。

 夕焼けだんだんで待ち合わせして、食べ歩き
 渋谷に向かい、タピオカを飲みながら散歩”
 夕食、どこかで食べる

とても楽しそうに見えるけど、実際は俺一人なんだよね。他の人には幽霊は見えないだろうし、霊感ある人だってびっくりするよね。
食べ歩きはありがたい、丁度いい卒論の資料になりそうだ。タピオカもちょっと触れておきたいと思っていたけど・・・。
(お店はきっと女性が多いから一人じゃ入りづらいな)
俺はとりあえず、朝ご飯を食べに下のリビングへ向かった。
リビングでは父さんがテーブルについていた。
「おぅ、まこと。22歳おめでとう」
テーブルに着くと母も座る。
今日は二人とも仕事がお休みだった。休みの日はしっかりと朝ご飯を食べる。
納豆ごはんとみそ汁、それに鮭の塩焼きは久しぶりだな。
「今日は出かけるんでしょ」
「デートか?」
「ちがうよ、大学の課題をやりに調査しに行くの」
「なんだ違うのか。せっかくの休みで誕生日なのにか。良太は・・・・・・あの子はお前の年でもう彼女がいたんだぞ」
仕方がないけれど、比べないでくれよ。
「兄貴はだって、なんでもできちゃうもん」
俺には5歳年上の兄がいる。すごく簡単に言えば自慢の兄貴、勉強はできるし、スポーツ万能、顔だって悪くない。欠点といえば、背が男でも高くないほうだった。
ちなみに兄貴は結婚もして、子供が2人もいる。だから、今は俺と母親、父親の三人だけだ。たまに正月になると帰って来る時もある。
「今日ぐらい、美味しいもの食べてきなさい。これはお母さんから少しだけよ」
2千円を渡された。俺は受け取ると、ポケットにしまっておくことにした。後でちゃんと財布にしまおう。
「母さん達はどうするの?」
「普通の休日を過ごすさ。お父さんからはこれを渡しておく」
父からは腕時計を布巾で磨きながら
「卓はこういうの好きだろ?サイズだけ今度合わせてこい」
そう言って俺に渡してきた。革製品の焦げ茶ベルトに丸い形で、ギリシャ文字系の番号。
「これ、父さんのお気に入りじゃん。いいの?兄貴じゃなくて?」
「二十歳のお祝いに渡そうとしたんだが、革じゃないのがいいって言われたのさ。だから新しいのを買ったのさ。父さんは革のほうが好きだけど・・・」
そういえば、兄貴はいつも銀のバンドか金色を付けていたっけなぁ。
もちろん俺も時計が好きだった。特にベルトタイプが渋い感じで、味が出るからだ。
腕時計は来年にでもサイズを合わせたら、さっそく使おう。
それはそうと、もう時刻は10時を過ぎている。早く準備しないと、美優さんが待っている。
ご飯を早めに食べて、「ごちそうさまでした」と言いながら立ち上がり食器を片付けた。
「そんなに急ぐことなの?」
母は俺が急いでいることにびっくりしていた。大学の課題なんだから急がなくてもって思っているのかな・・・。
「あ、同じゼミの子を待たせているんだ」
母は「気を付けて行ってきなさい」と、微笑みながらそう言った。


俺が住んでいる新宿から日暮里駅までは10個くらいだった。谷中銀座は初めて行くので、すごく楽しみだった。テレビで何度か見たが、猫がいっぱいいるというので有名だった。
「レポートにするから写真も撮らないと」
俺の好物、コロッケなんかもあると嬉しいな。電車に揺れながらわくわくしていると、日暮里の駅に着いた。駅から降りて、改札に向かうと西口へ向かい、外に出てみる。
「なんか落ち着きがあって静かだなあ」
そのままずっと歩いていると、夕焼けだんだんが見えてきた。その近くに美優さんが立っていた。
ゴロゴロと寝っ転がっている三毛猫を触っていた。そうか、動物っていうのは霊とかを感じるというのを聞いたことがある。
「こ、こんにちは」
俺は駆け寄ってあいさつした。なんだろう、相手は幽霊なのにとても緊張する。
服装は制服のままだった。猫が丁度起きて、そのままどこかへ行ってしまった。
『早かったね。もっとゆっくりでもよかったのに。待っている間、あの子と遊んでいたんだ。行こうか』
坂を降りながら特に話すこともなく黙っていた。どうしよう・・・女の子と何を話していいのか、全然わからない。
商店街をそのまま歩いていると、コロッケが売っているのお店が見えてきた。
「あ、ここのコロッケを食べてみてもいい?」
『いいよ』
俺は財布を出して、一つコロッケを買った。焼きたてで、少し熱い。写真を一枚とってから大きな口を開けると、一口食べてみた。ソースがいらないのに、こんなにおいしいなんて。
そして、美優さんをチラッと見ると俺のことをじっと見ている。
「ごめんね。俺だけが食べて・・・」
『別に気してないよ。食べられないし』
「他にできることはないの?」
『霊子さんが言っていたんだ。意識すればなんでもできるけど・・・食べ物は無理だって』
「それってけっこう辛くない?」
俺だったらきっと辛いだろうな。
『でも、見ているのは楽しいんだ。本当に美味しそうに食べるよね』
「俺のこといつから知っているの?」
『内緒。次はあそこの猫たいやきもいいと思うよ』
指をさしたほうを見ると、猫の形をしたかわいいたい焼きが売っている。たいやきか・・・これも食べ歩きには、持って来いの食べ物だ。
食べ歩きの文化として、コロッケの次はたい焼き、焼き鳥なんかもネタにしたい。
さっき見たいに一枚撮って、猫のも一つ買って食べてみる。
『楽しそうでいいなぁ』
「そうかな」
ふいに聞こえた声のほうを向くと、霊子さんが現れた。
「わぁ」
さすがにこの驚きには、他の人たちは俺を見ている。店の人も首をかしげている
「あ、すいません。あまりにも美味しかったので・・・」
「そうかい、ありがとね」
何とかごまかせたけれど、気を付けないと変な人だと思われちゃう。
ささっと商店街をでてしまい、人通りが少ないとこまでちょっと歩いた。
「れ、霊子さん。急にやめてください。心臓に悪いでしょ」
『自分ばっか食べていいよな。見ている側としては悲しいよ』
「だって、食べられないんでしょ?」
『物を持つと、宙に浮いていると思われるし・・・』
確かにそれは見るからに怖い、人のいないとこでやると変に怪しまれる。幽霊も大変なんだね。
「でも、お墓にお菓子とかお供えとかするよね。あれはどうなの?」
『一応、食べれるよ。減ってないけどね。強いて言えば、線香の匂いかな』
「え、匂いを食べるんですか?」
『勉強してこなかったのかよ。線香が食べ物みたいなもんなんだよ。香りを楽しむのさ』
俺はふと、母さんのことを思い出した。そうだ、おばあちゃんの墓にもラベンダーの線香もっていったことあったなぁ。
『この後はどうするの?』
「タピオカを飲みに行くんだけど、俺一人じゃ店に入りづらいんだよ」
霊子さんは飽きれたようにはぁ~とため息をついた。
『まぁ、女の子いっぱいの中に男一人も恥ずかしいか。・・・ボッチだもんな』
ボッチって言われると、ちょっと傷つくな。
「何か方法はないんですか?」
『彼女が意識するんだよ。私は“ここ“にいるって。短時間だけど、見えるようになるよ』
美優さんは目を閉じ始めた。だんだんと体が透けて見えていたのにはっきりとしてきた。
ついには窓ガラスに映るほどにもなっている。
『この子の場合、たくさんできることは無理だけど“ある程度“ならできる』
『これならぼくらカップルに見えるよ、ありがとう』
『じゃぁ』
霊子さんはそのまま、路地の中に入っていくき壁をすり抜けて行く。
「渋谷ならタピオカのお店があるから、そこに行こう」
『うん』
美優さんが右手を出してきた。手をつなごうよと言っているのだ。
俺はドキドキしながらそっと手を握ってみた。やっぱり、幽霊の手は冷たい。
あれ、こんなこと前にもあったような気がするなぁ。


その後、渋谷に行ってスペイン坂近くの台湾のタピオカを買って、代々木公園を散歩した。
並木の近くを歩いていると、他のカップルの中に見覚えのある女の子が見えた。
俺よりも背が高くて、スマート系の男性と一緒に仲良しそうに歩いていた。
『あの人、知っているの?』
「バイトの先輩でね、告ったら“嫌いじゃないけど、違う”って言われてね・・・普通に彼氏がいますって言ってほしかったよ。俺はやっぱり駄目なのかな」
『どうして、そう思うの?』
「前にね、好きな女の子に告白したことあるけどダメだった。バイト先輩と合コンの人も、みんな同じ目で見るんだよ」
お腹の肉をつかみながら苦笑いする。美優さんは困った顔をした。
『ぼくはそんなことないと思うよ』
「兄貴みたいにかっこよかったらなぁっていつも思うよ」
『お兄さんはどんな人なの?』
俺は立ち止まって近くのベンチに座った。美優さんも隣に座って、俺の話を聞く。
兄貴の話は簡単に言うと、背が低い以外は完璧だった。俺は母方のおじいちゃんのほうに似たからふっくらしているんだ。ふっくらって考え方をかえると、大らかで優しそうに見えるけど、俺は顔がふてくされている。
笑っても楽しそうに見えないらしい。
『食べるときの君の顔、すごく幸せそうなのにね』
「でもね、合コンの時は緊張しちゃってできなかったんだ」
初対面は緊張するのが普通だよね。中には平気な人もいるけど、少ないほうだと思う。
「もういいんだけどね。さて、これからどうしようか」
スマホをチェックすると4時を過ぎていた。
『混んでくる前にご飯を食べちゃいましょ』
「どこがいいかな」
『なら、ハンバーガーショップ行きたいです』
ハンバーガーショップなら一番いいかもしれない。一人で入っても違和感ないし、レストランよりは気まずくない。
『友達とハンバーガーショップで雑談する・・・してみたかったんです』
美優さんはとても明るく笑う。どうしてそんなにプラス思考にしていられるのか、俺にはわからなかった。

ハンバーガーショップは、どこにでもあるからすぐに入れた。みんなクリスマスだから違うとこで食べに行っていたので、バーガー店は空いていた。せっかくだから、一番いいものを頼んで食べた。
「あ、大学の課題やるの忘れてた」
『どうしたの?』
「ゼミ以外の授業で映画鑑賞があるんだ。単位っていうのを取るのに映画の授業で、洋画を見て感想を書かなきゃいけないの。俺、邦画しか見ないから・・・それにDVDではダメなんだって」
『なら、次のデートは映画にしようよ。私がオススメ探しておくよ』
「ごめんね。任せっきりだね」
『いいの、いいの。生きていた時できなかったからやりたいんだ』
やりたいことや未練が残っていると、幽霊はこの世に残るっていう・・・でも、強制的なお祓いは誰にも止められない。
今日は最高の誕生日だった。両親は共働きだから祝ってくれたとしてもいつも日にちが過ぎてからだった。
「今日はありがとう、美優さん。とっても楽しかったよ」
『プレゼントがなくてごめんね』
「一緒にいてくれて、好きなところに行けた。これだけでも満足だよ。最高のプレゼントだ」
『そっか』
美優さんはそう言って一瞬だけ暗くなった。3月に美優さんは成仏されてしまう。それがいつなのか正確にはわからない。
好きって気持ちはまだわからないけど、期限までに俺にできることの精一杯をプレゼントしてあげなきゃ。
俺と美優さんはハンバーガーショップを出て、そのまま二人で駅に向かった。

* * *

帰省することもなく、お正月頃になるのも早く、俺は鎌倉の初詣に行くことにした。
美優さんは一緒に来てくれたけど、神社もお寺も入れないので、神社の入り口付近で待っていると言った。一緒に行きたかった。初めてのデート、初詣だってしたい。
お賽銭を投げ入れて、初詣のやり方を見ながら会釈と手合わせをする。
入り口まで戻ってくると美優さんは、手を振っている。
「ごめんね」
『神聖な場所だからね』
鎌倉を選んだ理由は、行きたかったからだ。東京の方に引っ越す前、小学校の時は川崎付近に住んでいたんだけど、行く機会がなかった。小学校卒業までは川崎大師でお参りしていたのだ。卒業後に父の転勤で、東京に引っ越した。それからずっと今の家にいる。
鎌倉の小町通りを抜けて、駅の向こう側にある江ノ電に乗る方の改札まで来た。
ちょっと喉が渇いたので小道に入り、その近くにある青色の店の隣、そこのお茶屋さんに入って、一息ついた。
『この後、映画でも行きましょうよ。良さそうな洋画探して見ました』
「そうだね。でも、俺こう見えてホラーは苦手なんだ。ファミリー向けのでもいいかな』
『もちろんです』
そうそう、俺はホラーは大の苦手だった。だから、初めて美優さんや霊子さんに会った時、正直とても怖かったのだ。2人には言えないけどね。
お茶屋からでると、再び鎌倉駅にもどり、そこから平塚に電車で移動することにした。

洋画はたくさんあったけれど、今日見た作品はとても面白く、ちょっとこの主人公は俺に似ていると思った。
俺と美優さんは駅から離れてちょっと散歩する。
「そういえば、なんで俺と付き合いたいって思ったの?」
『好きだからだよ・・・・・・覚えてないんだね』
美優さんはボソッとつぶやいた。
そのまま、俺たちはただ黙った。

【霊子視点】
『思い出そうとしないから、思い出せないんだよ。本当はちゃんと覚えているのさ』
後をつけてきた、霊子さんは2人が歩いているのを見ている。
着物の袖からかわった数字が書いてある懐中時計を出した。
女性サイズには大きな懐中時計は、数字の他に月と年も書かれている。
『美優のいられる間が予定より早まっている・・・。早くしないと』
時の時計だけは、霊子自身にも止められないのだった。


学校の冬休みも終わって、大学に行くと言うと美優さんもついてきた。授業中は暇だったのか先生にいたずらしていた。
教科書のページを勝手にめくったり、肩にツンツンしたり、俺は思わず静かに笑ってしまった。先生は何があったのかなみたいな顔をしていた。
授業が終わって、ご飯を食べることにした。どこで食べていても気にしないから、外のベンチに座る。
『大学行きたかったなぁ。たくさん勉強して学校の先生になりたかったんだ』
「学校の先生か。美優さんなら合いそうだね・・・・あ、ごめん」
『気にしないで。私ね死んだ日、高校の入学式だったの。両親も一緒に行って、家に帰ったら疲れちゃったし、そのままみんなリビングで、寝てたんだ。火のもとってちゃんと気をつけなきゃね・・・』
「周りの家の人はどうだったの?」
『ちょうどね、出かけていたみたいで。死んだのは私と家族だけなの」
その先は言わなかった。俺はなんだかとても自分を責めたくなった。
『学校の先生になりたかったのにはね・・・小学校の時にからかわれている子がいて、その子を助けた時、"ほっときな"って先生は言うの。私ならほっとかない』
男同士の”からかい“だとそう言う先生もいるよね。男の先生なんて特にそうだ。
俺もあったなぁ、このふくっらしたことでからかわれてたこと。でも、美優さんは男の子でも助けたんだ。
『私もからかわれてたから。ボクって言うとなんか男みたいだなんてね』
俺はまた不思議な気持ちになった。美優さんの話にはどうにも自分の過去と共通点があるのだ。そうだ、俺もからかわれてた時に誰かに助けてもらったような気がする。
「俺、美優さんに会ったことがあるような気がするんだ。その話、覚えがある」
美優さんは深くため息をついてあきれた顔をした。最近は会った時よりも体の色が薄く見える。ここにいられる時間がもう少ないのかな。
腕時計を見ると、1時をすぎていた。ちなみにこの腕時計は父さんに誕生日にもらったやつをサイズ直ししたものだ。
「今日は久しぶりのバイトだ」
『ぼくはもう帰ることにするよ』
美優さんはそう言って学校の門の方に行ってしまった。
後を追っかけようと思ったが、俺が門に着く頃にはもう消えてしまった。
同時にスマホのメールが鳴った。
“緊急のお知らせがあるので、14時頃にはスタッフルームに集まってください。
これない人は連絡してください。店長より”
店長からのメールは全員宛だった。
緊急の知らせとはなんだろうか。俺は店長のメールに返信して、急ぎ足で渋谷に向かった。

14時ちょうどにピザ屋に着いて、裏から店に入る。
変だなぁ、今日はお店が開店していない。
そっとスタッフルームのドアを開けると、7人くらい人が集まっていた。
でも後、3人足りない。俺の好きだった先輩もいない。
「急に集まってもらって悪い。来れなかったスタッフには先にメールしておいたんだ。今月いっぱいでこの店は閉店することになった」
「店長、どうしてなんすか?」
同い年の男の先輩が不安な顔でそう言った。
「ここ最近、お客さんが少なかっただろう。それで、お客さんに聞いてみたらイタリアンの店が増えてきたと言っていた。私もお客になってみたけど、ここより安くて、美味しかったところが多くてね。それに最近売上が落ちてしまって・・・」
「でも店長、ここのピザは店長が海外で学んだレシピと独自のレシピがあることが、売りじゃないですか?」
「他のイタリアンは有名な系列店が多いみたいでね」
俺もここのピザは好きだけど、確かに普通のところより少し高い。でも、高いなりのいい味があるのに・・・競争に負けてしまったということだ。
「俺たちはどうなるんですか?」
「そのことなら大丈夫だ。宛はある。・・・今から名前を言うからどこに行くか話すよ」
1人ずつ名前を呼んでいくのを聞いていると本当ばらばらだった。パスタ店、イタリアン、ハンバーガーとお店の名前が聞こえてくる。中には断っている先輩もいた。
俺も呼ばれて店長のとこに行く。
「私の母友にパン屋さんやっている人がいて、君の家の近くだけど・・・」
「ちょっと考えてもいいですか?」
「もちろんだけど、早めにお願いね」
今日はこのまま店も休みなので、俺はスタッフルームから出ることにした。今は整理する時間の方がほしかった。
渋谷駅に向かう途中の映画館近くで、霊子さんに出会った。
『やっと見つけた。美優はどうした?』
俺は今までのことを駅まで歩きながら霊子さんに話した。霊子さんは何も言わず、話を聞いている。
「やっぱり俺には無理です。彼女のこと嫌いじゃないけど、好きの気持ちをどう伝えればいいか」
『前に好きだった先輩だと、ずっと一緒にいたいなぁって思わなかったんだろ?でも、美優に会った時は楽しかった、一緒にいて安心するって思ったんだろ。そのまんまを素直に伝えるんだよ。下手くそだな』
「下手くそって言われても・・・だって彼女のことちっとも知らないし」
『過去を振り返るなとはよく言うけど、時には過去を見るのも悪くないと思う』
駅に着く頃にはまたどこかへ消えてしまった。


思い出せない過去を思い出す方法は難しいものだ。
俺の記憶の中に美優さんがいたのかわからない。美優さんは先に帰るって言っていたけど、部屋に入ったときにはいなかった。
床の上で、学校の卒業アルバムをめくってみた。中高生の頃は男子校だったので、おそらく出会うとしたら小学校の時だろう。
「俺のクラスにはいないなぁ」
やっぱり、美優さんは幽霊になってから俺に出会ったんじゃないのかな。ぺらぺらとページをめくっていくと、次のクラスになった。ふと、見るとクラス写真の中に目にとまった名前があった。
木下美優(きのしたみゆ)・・・」
なんだろう、目から涙が出てくる。俺はこの子のことを知っている。
その時、母さんが部屋に入ってきた。お盆には有名なドーナッツ屋のライオン・リングを持っている。
「安くなってたから買ってきたの。あれ、どうしたの?」
「あ、ありがとう。なんかね、ふと振り返りたくなって」
お盆を机に置いて、母さんも俺の横に来た。
「そういえば、もうすぐだったわね」
「え‼︎何が」
「美優ちゃんの命日よ。・・・母さんも話すの遅くなっちゃったね」
「どういうこと?」
「ショックによって過去の記憶がなくなることってあるでしょ。あんたがそれになっちゃったのよ。御葬式の日、倒れちゃって次の日に見舞いに行ったら、俺なんでここにいるのって言うからね。説明したけど、覚えてないって言ったのよ」
病院に行った記憶は確かにある。でも、それがなぜなのかの理由が覚えてなかった。
「病院の先生が、カウンセリングで思い出すこともあるって言うの。それでしばらく、高校の帰りにカウンセリングしてもしたでしょ」
あぁ、そうだった。カウンセリングいってたなぁ・・・でも、カウンセラーの先生が休みになってから行かなくなったような。
「今度、お墓参りにいってあげなさい」
母さんは立ち上がると、手で顔を押さえながら部屋から出て行った。
『そうか。ショックだよな』
霊子さんの声が聞こえた。声のほうを見ると、最初に会ったあの押入れからまた出てきた。
そして、俺の近くに来て、俺の胸に手をあてて目を閉じた。
『でも、あいつはずっと待っていたんだよ』
俺も目を閉じた。何か不思議な空間に入ったような気がした。

* * *

「やーい、まことのぶー」
「やめてよ」
小学校に入って、近くの席の男子に最初にそう言われた。
俺の体はみんなよりふっくらしているから、ぶーぶーとからかわれていた。お腹をツンツンされたり、俺の真似をしたり、言い返す言葉もなかった。
そんな時いつも彼女は助けてくれた。
「あんたたち、そこらへんにしときな。ぼくが許さないよ」
隣のクラスの木下美優、彼女は男子より力が強かった。元気な女の子で、クラスの女の子たちの憧れだった。わざわざ、俺のクラスまで来てはからかう男の子達を追っ払ってくれた。
「わー男女がきた」
「うるさいなぁ」美優ちゃん的にはため息が出るみたいだ。
「卓くんはどうしてもっと言い返さないの?」
「ぼくはね、美優ちゃんみたいに強くないんだよ」
「別にぼくは強くなんかないんだけど・・・。イライラするんだよ」
「いつかは終わるよ」
「本当に卓くんは・・・」
そう、俺と美優ちゃんはこうやって仲良くなったのだ。
美優ちゃんが自分のことを“ぼく”というのには理由があった。
お母さんが体が弱くて、今まで育ててくれたのがお父さんだった。お父さんの真似をして”ぼく“というようになったという。
でも、違和感とか感じなかったし、そういうことは俺は気にしなかった。

6年生になって最後の卒業式が近くなって突然、父親の転勤により東京の新宿に引っ越すことになってしまった。美優ちゃんにちゃんとお別れも言えなかったし、卒業式も出れなかった。せめて電話番号だけでも伝えておけばよかったと思っていた。
それからずっと東京生活で、高校生になって一学期が始まる頃、その知らせは届いた。
自分宛に届いた喪中はがきに木下の名字が書いてあった。
美優ちゃんのおばあちゃんが俺に送ってくれたのだ。彼女のおばあちゃんは昔、学校の先生だった。俺の住所を小学校の先生から聞いたみたい。
元々体が弱く入院していて、看護婦さんから娘(美優の母親)の知らせが届いた時、嗚咽したぐらいショックだった。
美優ちゃんの家に遊びに行った時、一時的な退院したおばあちゃんに会ったことがある。
俺のこと覚えていたんだ。数回しか会っていないのにおばあちゃんは記憶力だけは体より自信あると。
すぐ葬式の準備をして、久しぶりの川崎に帰ってきた。葬儀場にいくと学校の先生や美優ちゃんの友達がたくさん来ていた。中には顔見知りも数人いたし、軽い挨拶はした。
靴を脱いで部屋に入ってみると、3人の家族写真が見えて・・・・バタッと目の前が暗くなった。

数時間後、ゆっくりとまぶたを開くと白い天井が見えた。起き上がると、ボワっと気持ちの悪い頭痛がする。
「起きたのね、今お母さんを呼んでくるから」
看護婦さんを見てからここが病院なのだということがわかった。
「卓、大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だけど、なんで病院にいるの?その服も・・・なんか葬式みたいだよ」
母さんは口に手をあてて泣きながら「覚えてないの?」と言った。
先生に診てもらうと、
「体には特に異常はないけど、ショックで記憶をなくされていますね」
「回復はするんですか」
「時間をかけれてゆっくりとカウンセリングすれば、治ることもあります。倒れた時の頭の打ち所か、もしかしたら自分で記憶を消して何もなかったようにしているのかもしれません」と長々と話していた。
でも、自分では全然わからなかった。
母親と一緒に病院に通っていたけど、なんでそうなったのかすらわからず、それからずっと小学校の頃の記憶は、曖昧というより覚えていないということだ。

思い出したよ、美優ちゃん。俺達はずっと友達だったんだね。
「俺って最低だよ、大事な友達のことを忘れていたなんて・・・」
『お前の過去を見てわかった。ずっと苦しかったんだろ?』
「・・・・・・美優ちゃんに会わなきゃ」
『あいつはあそこにいる。場所、わかるだろ?』
時刻はもうすぐ夕方の5時になる。すぐに部屋から出て、リビングに行くと母さんにちょっと出かけてくると言って出て行こうとした。
「気をつけて行ってきなさい。夕飯の7時には帰ってきなさいよ」
俺は走って、走って、走りまくった。目が時々、うるうるして涙がとまらない。
美優ちゃんはずっと、俺に会いたかったんだ。ちゃんとお別れを小学校の時言えばよかった。
駅に着いて電車に乗ると空いている席に座って、川崎まで向かった。

川崎駅に着くと、駅から出て街から離れると墓地があるところまで歩いていく。
しばらく来てないせいか、だいぶかわったなぁと思う。
俺は久しぶりだけど母さんなら時々、ばあちゃんの墓参り来てるからそうは思わない。
バスにも乗っていくと、霊園近くのところで降りる。
もうちょっと早く来た方がよかったかな・・・まわりは暗いし、夜の霊園ってやっぱり怖い。
それに・・・なんか人が見える。
『こんな時間にくるなんて、何を考えているじゃ』
「あ、あの・・・木下家のお墓ってどこですか?」
『わしらが見えとるぞ』
『木下さんならこっちだよ』
しわしわのてで指差す方を見ると、制服の女の子が立っていた。俺が近づくとこっちを向いて黙っている。
「美優ちゃん、ごめんね。やっと思い出したよ」
『本当に卓くんは気づくの遅い。でも、ショックだったんだね』
「俺のこと、どうやって見つけたの?」
『霊子さんが教えてくれたの。いろんな霊に聞いたらこの家にたどり着いたの。でも、急に出てきても困るだろうから押入れに隠れていたの』
時々、押入れから物音がするような感じはずっとあった。彼女が隠れていたなんて・・・今まで気がつかなかった。
押入れを開けることもなかったし、いきなりどうしていいのかだってわからないはずだ。
『家が建つってなった時、体が消えるのを感じたんだ。時間がないんだってことわかったら卓くんに会いたいって思ったの。本当は小学校の卒業の時、好きなこと告白したかった。伝えるの、遅くなってごめんね』
「そうだったんだね。俺も早く思い出せなくてごめん。でも、俺のことどうして好きだったの?」
『私、卓くんの食事の時の顔好きなの。家に遊びに来てくれた時、ごはん美味しそうに食べてくれた。人の家来て遠慮しなくていいって言ったら残さず食べてくれたし・・・それにあんなにいい顔できる人、いないよ』
「美優ちゃん、ありがとう」
『若いもんはいいのう』
他の幽霊たちが集まってきた。
『いちゃついていないでさっさと言いなよ』
幽霊の中に霊子さんの声が聞こえてきた。
「美優ちゃん、俺は好きってことがわからない。だけど、一番、自分をわかってくれる人と一緒にいたいって思ったんだ」
『・・・卓くん、頼みがあるんだけど聞いてくれる?』
俺にできることならなんでもすると俺は言った。
『目を閉じて』
俺はそっと目を閉じる。
『好きだよ、卓くん。今までありがとう』
耳元でそう聞こえて、目を開けると美優ちゃんはいなくなっていた。あたりを見渡しても、姿がない。
『美優は行ったよ』
霊子さんが俺の近くまで来た。
「でも、俺は何も伝えてない。好きって言ってないよ」
『内緒にしてたけど、美優は告ってほしかったわけじゃない。お前に自分を思い出してほしかったんだよ。自分を覚えている卓に好きって言いたかったんだよ。それが本当の頼みだよ』
「美優ちゃんの家に神主さんが来るのはまだなのに」
『無理やり消えちゃうより、自然に消えたかったってさ。条件果たしたら自分から消えるって言ったんだよ』
俺は木下家のお墓に向かって、手を合わせて「今度、お線香とお花持ってくるね」と言って霊子さんと一緒に霊園を出た。


新宿に帰ってきて、家に帰ると母さんにちょっと叱られた。仕方ないよね、家に着いたのは7時半過ぎだもん。
でも、ご飯を用意して俺を待っていた。
お腹が空いていたからあわてて早食いしてしまった。
バイトのことを話すと、母さんは「どちらでもいいけど、たまには休んだら」って言った。美優ちゃんのことを思い出せたこともちゃんと伝えた。そうしたら母さんも父さんも泣いていた。
ご飯が終わると、部屋に入ってスマホを出した。
俺はもうこれからゼミで忙しくなるし、先のことも考えなきゃいけないからってバイトの店長には断りのメールを入れた。店長は残念そうな言い方で返信が返ってきた。
『終わったのか』
「二人ともありがとう」
『これからも元気でな。私はそろそろ行くことにするか』
「もう会えないんですか?」
『会えても覚えてないだろう?』
俺は無言になった。
その通りだ。もう会うこともないなら俺は霊子さんのこと忘れちゃうかもしれない。
例えるなら、仲のいい子や家族だと覚えているとも言うけど、街ですれ違った他人や店の人すら覚えていない。
『時々、物音でも立ててやるよ。私がいるっていう証拠。じゃあな』
霊子さんは俺の部屋の窓から壁をすり抜けて出ていった。
結局、幽霊とは言っていたけど、霊子さんの正体はわからなかった。
「卓、お風呂沸いたわよ」下の階から母の声が聞こえてきた。俺は「今、行くね」返事をして電気を切って、部屋を後にした。
数分後、部屋の押入れの奥でバタッと何かが落ちた物音が鳴った。
『卓はもう私のところにもこないかもな』

時を刻む旧校舎

登場人物
斉藤真穂(さいとうまほ)・・・高校二年生で女子高に通う子。おとなしい子でいじめを受けている。
赤井幸子(あかいさちこ)・・・さなえの父方の祖母。ガンで亡くなっていて旧校舎につく霊となる。ある探し物を見つけるために。
・赤井さなえ ・・・青山グループの一人。傍観者的なポジションでいじめる側にいる。しかし、彼女の心には隠している悩みがあった。
向井嵩志(むかいたかし)・・・お笑い芸人を目指していたが、自宅の近くにある階段で足を滑らせ転落死。さなえとは、ちょっとしたことで知り合いである。


「おーい新人、今日はお前が見回り行ってこい」
ポイっと乱暴に懐中電灯を渡された。管理室には私を含めて、5人のスタッフがいる。私以外はほとんど先輩である。
「わ、わかりました」
懐中電灯を受け取ると、隣のスタッフが肩を組んできた。
「あーあ、お前はほんと可哀そうだな。初仕事があの旧校舎の見回りとか・・・」
「知ってるぜ。あそこには幽霊が出るっていう噂があるんだぜ」
別のスタッフもこっちに来た。
「ゆ、幽霊?そんなの、いるわけないじゃないですか」
肩を組んできた先輩は声を潜めてこう言った。
「お前が入ってくる前、一人の先輩が見回りに行ったんだが・・・戻ってこれなくなったらしいぜ。周囲の人が悲鳴を聞いたってよ」
「その人、結局どうなったんですか?」
「あいつは結局、朝になっても出てこなくて行方不明らしい。お前も気をつけろよ」
肩を組んでいた腕を離して背中を軽くたたかれる。
全く、くだらない話だ。幽霊なんているわけないじゃないか。
私は立ち上がると、先輩達に行ってきますと言い残して、管理室を出た。
そのまま、暗い廊下を進んで外廊下に出ると、旧校舎に向かう。
なんて不気味な天気なんだろう。雨が降りそうで降らなそうな、雲も怪しい雰囲気だ。寒いわけでもないのに何となく涼しい気もする。
旧校舎にはすぐに着いて、見上げると時計が9時を指していた。
もちろん、この時計はずっと動いていないまま9時を指したままで止まっている。ひび割れたガラス、茶色く色あせた時計。
自分の腕時計を見ると、もう夜の8時半だった。
そして、懐中電灯をつけて、ドアのカギを開ける。
辺りは真っ暗だったが見えないほどでもない。少しずつ歩いていくと、ドアがゆっくりと風で閉まった。
先まで進んでいくと、廊下に何個かのドア、でも鍵は閉まっているので教室に入ることはできない。
二階に上がる階段が見えてきた。下の階は地下へとつながっているが、階段が壊れていて降りることができない。そっと覗く。
すると、階段を上がってくるおばあさんの姿が見えた。
「え!」
目をこすってもう一度見たが何もいなかった。
なんだ、気のせいかと思っていたその時だった。肩に何か冷たいものがあるような・・・。
振り返ってみると、さっきのおばあさんがそこに立っていた。
『あの、ちょっと』
顔と目が合った後、肩に乗った手を見てみた。
骨だ。皮膚もない、骨が乗っていた。
「あ、ああああああ」
数分立つごとに徐々に顔も骸骨になっていく。
「うぁあああああああああ」
私はびっくりしてしまい、階段の地下のほうへと足を滑らせてしまった。
その後、朝になっても旧校舎から出てくることはなかった。
そう、これが噂の旧校舎の幽霊のお話。

***

斉藤真穂(さいとうまほ)の視点】
私の机にはいつも落書きだらけだった。
黒い文字で大きく書かれた“ウザいから消えろ”、“死ね”、こんなことばかり・・・。昨日も消したのにさらに増えている気がする。
私の左斜め前の席に座りながら、女の子が机を見ながら笑っている。
この人がいじめのリーダーの青山だ。いつもこの子を含めて五人でつるんでいる。
「りな、どうしたの?」
赤井さなえも登場して、さらにもう三人来た。
「しかも今のお母さんは全然似てないし、本当の親子なの・・・?離婚かな・・・」
「ほっといてよ」
「は?なに、生意気な口きいてんだよ。既読、無視したくせに」
「あれは、充電が切れていて・・・」
「知っている?言い訳って通用しないから。それ常識じゃん」
3人目のちょっと焦げ茶っぽい女の子はニコニコしながらそう言った。
その時、学校の鐘がなった。
「今日、ちょっと帰りに顔貸せよ」
全員が席について、先生が教室に入ってきた。
そう、これが私の日常だ。

放課後のホームルームの前にトイレに行ってきた。
教室に戻ってくると自分のカバンがなくなっていて、机の中にメモが入っていた。
“どうせ顔貸せと言っても逃げそうだし、カバンは旧校舎の屋上に置きました。返してほしかったら、取りに来なよ”
あの旧校舎の中に私のカバンがある。あそこに行くのはちょっと嫌だった。
噂では夜になるとおばあさんの幽霊が出るみたいで、地獄へ連れていかれちゃうという。
ホームルームが終わった後に私は教室を出て、1階まで降りていく。
1階まできて下駄箱で靴に履き替えると、そのまま外にでて、隣の旧校舎まで走っていく。
この旧校舎は今の私の学校が建つまでは、旧校舎が本校だった。けれど、老朽化によって新しい学校を近くに建てたので今は使われていない。
強いて言えば、学校の資料とかの物置状態にしているという。
旧校舎に着くと、ドアを開けてみようとすると、鍵が開いていた。まだ夕方でも6月なのでそんなに暗くないし、廊下も明るかった。
階段を上がっていき、屋上に着くとカバンがど真ん中に置いてあった。
カバンを取って中を確かめる。良かった、特に中を荒らされてはいなかった。カバンを肩にかけると、出口へと向かった。
しかし、屋上のドアが閉まっていたので開けようとしてみたが・・・開かない。
鍵は開いていたのにどうやって閉めたのだろう。
もしかして内側から鍵がかけられているのではないだろうか。
「開けてよ、開けて」
ドンドン押していても開かない、
「騙されたほうが悪いっていうじゃん」
聞こえてきた声はあの青山グループだった。
なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの。
グループの声がどんどん遠のいていく。このままだと、先生が来ない限り、ここから出られない。
屋上から下を見ると、あのグループが門を通って行くのが見えて、私はしゃがみこんだ。
どうしよう、どうしよう・・・。ここから叫ぼうか。
叫べば聞こえるかもしれないけど、私には別の考えが頭をよぎる。
「あぁ、そうだ。ここから落ちちゃえばいいんだ」
そうだ、きっと楽になるはずだ。簡単なことじゃないか。
私は右側の一番端にあった壊れている柵を開ける。下を見下ろすと、風が顔に当たった。
大丈夫、怖くない。こういうのは一瞬で終わるんだ。
『やめなさいよ』
後ろのほうでしわがれた声が聞こえたので振り返ってみると、おばあさんが立っていた。
骨が見えそうなほどのか細い手と足、肌も真っ白で血の気がない。
藤色の着物を着ていて、金の線模様が薄く入っている。帯は緑だけど、優しい色をしている。
どうやってここに来たのだろうか。
「な、何か用ですか?」
『若いもんが命を簡単に落とすんじゃないよ。何があったか知らないけど、大事にしなきゃダメじゃないの』
「あなたにはわからないと思います」
あれ、このおばあさんよく見ると透けているようにも見える。
『そうりゃあそうだけど、話してくれないとわからないものだろ?まぁ、こんなおばあちゃんにでも話してみ。楽になるかもしれんよ』
私は下を見下ろしてからまたおばあさんを見た。こっちに手を出している。
まぁ、今すぐ死ななくてもいいか。
私はゆっくりと柵を超えて、おばあさんの手を取った。
なんだか、死んだ人みたいに冷たい。
もしかして、このおばあさん・・・もう死んでいるんじゃ。
『わたしはね、ここに住み着く幽霊じゃよ。どうして、死のうと思ったの?』
おばあさんと私は座った。
夕暮れの中、カラスが何羽か飛んでいくのが見えた。
「私、いじめられているんです」
おばあさんは頷きながら黙って、聞いている。
私は話し始めた。

私は小学校の時にお母さんがどこかへ行ってしまった。
その頃の私には“離婚”のことなんか全然わからなくて、新しいお母さんを見たときには戸惑っていました。
中学1年生の時にもう一度、お母さんのことをお父さんは話してくれた。
私のお母さんは、人一倍ヒステリックなところがあって感情を抑えきれないことがあった。子供を育てるときにもちょっと、育児放棄の手前いきそうになったという。
私のことを思って離婚したみたいだった。
お父さんがお母さんのことで悩んでいた時、会社の人と飲んでいて話を聞いてくれたスナックのママさんが私の新しいお母さん。
ママさんは独身で生きていくつもりだったけど、お父さんのことと私を放っておけないと言って結婚した。
「いじめのことは母には内緒にしているの」
『新しいお母さんは嫌いなの?』
「ちがうの、すごくいい人なの」
すごく優しい人で私は逆に気を使ってしまうのだった。心配かけたくない。
その後、高校生になって友達ができたんだけど、二年生になった時にはクラス替えでみんな離れてしまった。私の近くの席に青山さんグループがやってきた。
最初は何もなかった。席が近かったのですぐに話しかけられて、普通に仲良くできるのかと思っていたけれど・・・。
あの子たちは先生の悪口ばっか話して、正直そういうのは嫌だった。だって、私は別に先生達のことをそこまで思ったこともないから。
そんな話で気まずくなったけど、ある日にトークアプリでグループトークをしていたら充電が切れてしまい、触れなかったことがあった。
PCに入れておいた同じアプリでグループトークの部屋にいこうとしたら・・・。
“既読無視とか意味不明”
“本当は話したくないとか”
そんなことが通知で見えたとき、トーク部屋に入りづらくなってそのまま無視しちゃった。
次の日に訳を話したら言い訳だって言われた。
『そんなことで怒るなんて、ずいぶん気が短いのね』
「まぁ、ちょくちょく先生の悪口言うくらいだし・・・」
しばらくは、隣のクラスの友達に会いに行って相談したけど、それが逆に余計に仲が悪くなって、一度私たちは離れることになった。
しばらくしてからあの日がやってきた。
私の前のお母さんが盗みを働いちゃって警察に捕まった。
お母さんは別れた後にギャンブルがらみで借金をしてしまったらしく、借金を返すために盗みをしたみたいなのだ。
そのことが学校にばれた。どうやってそうなったのか全然わからないけれど、今の時代はネット情報がすごいから私の母ってことまでたどり着いちゃったようだ。
それに私は父よりも母に似ているので、顔もわかっちゃったのかな。
「赤井さんは授業中、スマホばっかいじっているから。あの子が私のことばらしたから。何なのあの子」
『赤井ってさなえのこと?』
おばあさんは驚いた顔をしている。
「どうして名前を知っているの?」
『・・・。私ね、自己紹介が遅れたけど赤井幸子(あかいさちこ)っていうの。孫がご迷惑をかけたね』
「ご、ごめんなさい」
あぁ、なんてことを言ってしまったのだろうか。私は赤井さんのこと悪女のように思っていた。
『あの子、本当はとてもいい子なのよ。でもね、私の息子もお母さんも教育的なのよ。私はそんな風に育てたわけじゃないんだけどね。仕事で性格が変わっちゃったのよ』
いじめる人には事情があるというのを勉強で聞いたことがある。
何か家庭の不満をぶつける場所がないと、そういう風にいじめに走ってしまうみたいだ。
赤井さんも苦しいのだろうか・・・。
『苦しいって雰囲気を出さないようにしているのかもな』
突然、後ろから声をかけられて振り向くと、着物を着た女性が立っていた。
この人も良く見ると、透けている。幸子さんの友達だろうか。
「あ、あの・・・あなたは?」
『私の名前は霊子。名前くらいは知っているでしょ?』
その名前には聞き覚えがある。学校や踏切、病院、とにかく色々な場所で彼女は現れる。
そう言えば、私の学校にあるこの旧校舎の都市伝説にある話があった。
夜の9時に旧校舎に入った人が、地獄へ連れていかれてしまう噂があった。
この霊子さんが旧校舎の幽霊だろうか。
「私は地獄へ行くんですか?」
『私はそんなことしない。少なくともそっちのおばあさんとは違ってね。そのおばあさんが本物のこの旧校舎の都市伝説だよ』
「え!」
『ひどいわね。私は寂しかったのよ。夜にくる警備の人とちょっとでも仲良くしたかったのよ』
「いなくなった人たちはどこに行ったんですか?」
『生と死の狭間とも呼ばれるとこにいる。気絶しているけど、ちゃんと生きているさ。さっきこの世に連れて帰ってきたのさ。けっこう大変だった』
幸子さんはため息をついて『ごめんなさい』と言った。
『もう迷惑かけないために成仏したほうがいい』
「でも、何か心に残っていることがあるんでしょ?」
幸子さんは目をキョロキョロさせて話すのを迷っている。
一つため息をついてから話し出した。
『さなえのお母さんがね、昔この学校のどこかにタイムカプセルを埋めたみたいなのよ。それを探したいんだけど、見つからなくてね』
「お母様に聞くことはできないんですか?」
『聞きたいけどね、私のこと信じないのよ。霊感があるから絶対、見えているはずなのに・・・幽霊なんていないって思っているの』
教育的な母親なら確かにそういう幽霊のことなど信じないだろう。
『あなたにお願いしてもいいかしら』
「わ、私ですか?」
正直、わかりましたとは言いずらい。困っている幸子さんを放ってはおけないけれど・・・そんな昔のタイムカプセルなんて見つかるだろうか。
『頼む、私からもお願いだ。あんまりこの世にいすぎると、このばあさん、本物の悪霊になっちまう』
霊子さんまで私の手をつかんできた。
幽霊の手って本当に冷たい。背中がゾクッとした。
「やってみます」
『ありがとうね』
幸子さんはちょっと涙を流していた。
でも、断らなくて良かったと思う。
『さてと、私も行くとこがあるから、また会いにくるからな』
霊子さんは屋上からでるドアの壁をすり抜けて行くとき、ガチャっと音を鳴らして行ってしまった。
鍵、開けてくれたんだ。
『今日はもう遅いから明日から始めましょうかね』
「あ、私も自己紹介が遅くなりました。斎藤真穂っていいます。よろしくお願いいたします。幸子さん」
『そんなに固くなくていいわよ。よろしくね』
幸子さんと私は屋上のドアを開けて階段を降りると、そのまま私達は家に帰った。


【赤井さなえ視点】
学校の帰り道、友達とのホームで別れて一人、反対側の電車に乗る。
あたしはいつも、いつも心の中は独りぼっちだ。いつもいる友達も誰もあたしのことはわかってくれない。
仲良くしていても偽物に過ぎない。
帰りの電車は下北沢に向かう小田急線に乗っている。
(家、帰りたくないな)
本当なら寄り道もちょっとしたい。でも、それはできなかった。
下北沢に着くと、ホームに降りて改札口に向かう。そのまま、商店街のほうを歩いていると、コンビニの近くでお母さんに出会った。
「あら、さなえ。おかえりなさい。丁度、今買い物が終わったのよ」
スーパーマーケットの袋を二つ重そうに持っている。
「ただいま」
荷物を一個持っては、お母さんと一緒に家に帰る。
「最近、勉強の調子がいいわね。このままいけばお父さんの会社を継ぐこともできそうね」
「そうね」
あたしはロボットみたいに感情のない返事をした。
こんな返事の仕方をしても彼女は気づかないだろう。
母さんはいっつもこうして期待ばっかして、人の話を聞かない。
ていうか、お父さんの会社なんて本当は行きたくない。
だから、とりあえずは勉強して成績のいい娘を演じている。
商店街を抜けると5丁目まできたら、あたしの一軒家がみえてきた。
鍵を開けて、玄関で靴を脱ぐとリビングに向かう。
「そこのテーブルに置いといて。後はやっておくから」
あたしは荷物を置いて、二階の自分の部屋へと階段を上がっていく。
上がりきって二つのドアがある。
一つは自分の部屋、もう一つは姉の部屋で中は物置だ。
実は二つ上の姉は教育的なこの家庭に耐えられず、大学で彼氏をつくってはそっちの家に逃げてしまった。
ずるい、大学生になれば自由の身になれたようなこと言っていた。
部屋に入ると、電気をつけて制服からルームウェアに着替える。
上がグレーと黒のボーダー、下は黒のゆったりしたパンツ。
机にはたくさんの勉強と資格の本、お父さんの専門分野にかかわるものばかりだ。
お父さんの専門は大きく言えばIT会社、母も同じ会社で同僚だったのだ。
一番下、鍵のかけてある引き出しを開けていつも眺めるメイク本。
「あたしは、メイク師になりたいのに」
親の目を盗んではこっそり勉強はしている。
メイク本の奥にしまってあるカミソリ、いつも眺めてはしまう・・・けれど、もう限界だ。
(痛いのは嫌だけど、もうこんな生活に比べたら・・・)
目を閉じて首にあてようと、右手でもっていく。
『震えているんじゃ、できやしないよ』
誰かの声が聞こえていったんは手を止めて、目を開けてみる。
辺りを見回すと、全身移る鏡の近くに人の気配を感じた。
鏡に近づいて見ると、あたしの後ろに着物を着た女性とおじいさんが立っているのが見えて振り返る。
「だ、誰なんだ。あんたら」
『私の名前は霊子。うわさの霊子』
霊子?ネットの都市伝説とかになんか載っていたような。
いろんなところに現れる幽霊の伝説は本当だったのか。
「邪魔すんな」
『私は邪魔をしに来たわけじゃないが、このじいさんが辞めろっていうから』
霊子という女性の隣に立つおじいさん。どっからどう部屋に入ってきたのか。
「あたしはこんな生活にもう限界なんだよ」
『まぁそう言わずに。考えてみたらどうじゃ。人生、長いんじゃから』
じいさんは見るからに弱々しいけれど、顔は生き生きしている。
でも、透けている。ていうか、じいさんも幽霊なのか。
『わしのこと、覚えとらんか?』
あたしはじいさんの顔をずっと見続ける。ふと、頭の中に一人の老人が出てきた。
「もしかして、あの時のじいさんなのか?」
『おお、思い出したかのう。この間はありがとう』
「なんで、死んじまったんだ?」
『家に向かう途中の階段から足を滑らせて、転落してしまった。気づいたら、体と離れていたんじゃ』
このおじいさんは私の家よりさらに上のほうに住んでいて、出会ったのは学校帰りの電車の中だった。誰も席を譲らないので、さりげなくあたしは立ち上がって「どうぞ」と言った。その後に同じ駅に降りたから荷物を持ってあげた。
『あの死んだ日は夜だったからのう。助けもないのは当然じゃな』
「で、何か用なの?」
『このじいさんがあんたを助けたいって言っているの。そのかわり、あんたもこの爺さんの願い事を聞いてくれない?』
「願い事ってなんなの?」
『わしは若いころ、お笑い芸人を目指したかったんじゃ。だけど、貧乏じゃったからそんな余裕もなく普通に仕事して給料をためるのが必死だった。
定年退職したあとにこの貯めたお金をどう使おうか迷っていたんじゃ。独身だったから孫もおらんかった。孤独の中で、このまま死ぬのかと思っていたある日にテレビで年寄りの芸人を見て、気づいたんじゃ。やっぱり、夢を捨てることができない。最後の大勝負にかけてみようと』
それからじいさんはたくさんのネタ帳といろんな芸人のビデオを録画して、練習してみた。
すると、ネタを考えるのに頭を使うので脳にいいトレーニングにもなった。
独り身だったのでピンですることが多く、いつも通うスーパー銭湯で芸を披露したこともあった。でも、なかなか受けてもらえなかったみたいだ。
当然、ネタ作りにはいろんな芸人に会わなくてはならない。
電車に乗って、新宿の吉本にも行った。その吉本の帰りに買い物をして、電車の中であたしに出会った。
死んだときの日もネタ作りの帰りだったようだ。
なんだかここまで聞くと、自分と似ている気がする。
目指すものこそ違いはあるけれど、夢には変わりはない。
『わしはお嬢さんのことを助けたいと思ったんじゃ。こんな老人にできることは少ないけど、力にはなりたいんじゃ。わしの願いはたくさんの人を笑わせたい。協力してくれんか?』
じいさんに協力はしてもいいけれど、他人なのになんであたしなんか助けるの?
「協力はいいけど、あたしを助けるのなんて無理だよ。母さんは期待を膨らますし、父さんはまじめすぎで固いし、あたしの話なんか聞いてくれない」
だから、こうして夢を持っていても隠すことになってしまう。
『そういえばさ、あんたのお母さん、霊感もちなんだね』
「それが何か?」
『なら、グッドなアイディアがある。わしに任せなさい』
グッドなアイディアねぇ・・・。
まぁ、ここまで頼まれたら断らないで最後までやり通そう。
「霊子さんだっけ?じいさんの願いを叶えるよ」
『あぁ、良かった。話せばわかるやつじゃん。さてと、そろそろ行くかな』
霊子さんは窓からすり抜けてどこかへ行ってしまった。
「あたしの名前は赤井さなえっていうの」
『わしは向井嵩志(むかいたかし)というのじゃ。ちょっと芸名っぽいじゃろ』
そうかぁ・・・でも、にっこり笑うその顔、なんだかほっとする気持ちになれた。
あーあ、おばあちゃんのこと思い出しちゃった。
トン、トン。ドアの音が鳴って、母さんの声が聞こえた。
「さなえ、ご飯よ」
「今、行く」
二階を降りていく音が聞こえて、向井さんに話しかける。
「じゃあ、また後で」
『わしはこの部屋で、ネタ作りでもしていようかのう』
「そこにあるペンと紙、使ってもいいから」
あたしは椅子から立ち上がると、部屋から出ていった。


【時間は少し遡る。しばらくは斉藤真穂の視点】
私はマンションに住んでいて、お母さんとお父さんと私の3人家族だ。
いつものように玄関に着いて、ドアを開けるとお母さんが玄関まで来てくれた。
「真穂、おかえり。学校はどうだった?」
「いつも通りだよ」
こうやって言っておけば大丈夫。
「そうなのね。今日はカレーにしたわ。お父さんは少し遅くなるから先に食べましょ」
お母さんはキッチンに戻っていく。
靴を脱いではそろえておく。
「お母さんには見えないのね」
『よっぽどの霊感のある人と死が近い人には、私たちは見えるのよ』
「じゃあ私はあの時、一瞬だけ死に近づいたから見えるの?」
『そうね』
そのまま、目の前の自分の部屋に入る。
制服からパジャマにも使える上下ともネイビーの服を着替えては、キッチンに向かう。
私の部屋の右隣りはキッチンがある。
お母さんは野菜を切っていた。
カレーの匂いはするのだが、次は何を作るのか。
「玉ねぎがメインのサラダ作るんだけど、目に染みるわね」
『あらあら、大変。鼻にティッシュを詰めると、玉ねぎが切りやすいのにね。教えてあげて』
「お母さん、鼻にティッシュを詰めて玉ねぎを切ってみたらどう?匂いが防げるかも」
「やってみるわね」
リビングにあるティッシュ箱から一枚取り出して、鼻に詰め込んでみた。
そして、キッチンに戻ると、玉ねぎを切る。
「あら、真穂の言うとおりね。ありがとう、真穂」
「が、学校の家庭科で習ったんだ」
さすがに幽霊から教わったなんて言っても信じないだろうね。
幸子さんは隣で笑っている。
「何か手伝おうか?」
「箸、スプーン並べてくれる?」
私はキッチンの引き出しから箸とスプーンを取り出して、リビングのテーブルに並べる。
それから、料理ができたお皿から並べていく。
お母さんが最後に鍋を持ってきて、カレーをご飯にかけた。
「真穂、明日は休みだからどこか出かけるの?」
どうしよう、学校に行って幸子さんのタイムカプセルを探さなくてはならない。
でも、学校に行くとは言えないし、制服着て行ったら変だと思われるし・・・。
あ、でも、制服をどこかの服屋かトイレで着替えればいけるかも。
「友達と会う約束しているんだ」
まぁ、幸子さんと出かけることには変わりないので嘘ではない。
「じゃあ、日曜日でもいいから買い物に付き合ってくれる?」
「わかった」
お母さんは多分、服を買いに行くのだろう。
スナックで使うため、いろいろなコーディネートを考える。結婚してからは仕事の回数は少ないが、店長なので辞めることはできない。
週3くらい赤坂に行って、最近は新人も入ったようだ。
新人の人は、私より年上だが22歳だという。私に新人に似合うファッションのアドバイスを聞きたいみたいだ。
私はご飯を食べ終えたあと、お皿を片付けて再び部屋に戻る。
制服を猫柄のトートバックに入れる。
「タイムカプセルの手掛かりは?」
私は準備をしながらそう聞く。
幸子さんは頬に手を当てて考えるポーズをとった。
『あの旧校舎のどこかにあるのは間違いないのよ』
幸子さんがいた旧校舎、ずっとカプセルを探していたのか。
あれ、でも幸子さんはさなえのお父さんのお母さんだから・・・タイムカプセルのことはどう知ったのかな。
『あ、確か旧校舎のどれかの木の下に埋めたとか言っていたわね』
「幸子さん、カプセルの存在をどこで知ったの?あの学校はさなえのお母さんの学校でしょ」
『さなえのお母さんのお母さんから聞いたのよ。さなえのもう一人のおばあちゃんもいなくて、死んでから成仏する前に、生きていた時の私に教えてくれたのよ』
なるほど、それならわかるような・・・。
でも、それだとなぜ幸子さんになるのか。心残りがあるのは母方の方なのに。
私の今の気持ちを悟ったかのように幸子さんは話す。
『実はね、さなえのお母さんの方は認知症だったのよ。死んでから思い出したみいで私に託したの』
なんだか、すごく複雑な気持ちになった。
教育家庭か・・・無理に勉強とか押し付けられているのかな。
赤井さんはあの子たちとつるんでいる割には、成績は悪くないから先生に名前を呼ばれる。
「カプセルには何が入っているの?」
『そこまでは教えてくれなかったのよ。でも、きっと大事な物よ』
タイムカプセルと言えば、よく小学校の校庭に埋めたりするもの。
中は未来への自分に宛てた手紙が入っていたり、大事なものを入れると聞いたことがある。
私はそんなことしなかった。
昔の私が今の私を見たら悲しむかな。
明日の準備も一通り終えたので、お風呂に入ることにした。


次の日、8時半ごろに起床するとパラパラと雨が降っていた音が聞こえた。
『まぁ、天気が味方してくれないわね』
「このままひどい雨にならなきゃ、カプセル探せるのに」
私は簡単に着替えができるようにジーパンとベージュのパーカを着て、リビングに行く。
「お母さん、雨はやみそう?」
お母さんはテレビで雨の降水確率をチェックしている。お父さんがいないのは、きっとまだ布団の中であろう。
「お昼ぐらいには晴れてくるみたい。お友達とは何時に会うの?」
ここはまぁ、早すぎてもだめだから適当な時間でも言っておくか。
「13時だよ。傘持っていくの、面倒くさかったから晴れてよかった」
「念の為、折り畳み傘もっていきなさい。ご飯は軽く、おにぎりとお味噌汁作るわね」
私は折り畳み傘を荷物の中に入れた。
丁度、お父さんがあくびをしながら起きてきた。
「真穂、でかけるのか?」
「おはよう。うん、友達とちょっと会ってくる」
「気を付けて行ってきなさい。お母さん、俺はちょっと昼にスーパー銭湯行ってこようかな。昨日も遅くて風呂に入れなかったし・・・」
お父さんが返ってきたのは結局9時くらいだったかな。疲れて、風呂に入るのも大変だったみたい。
「わかったわ、真穂のごはんもうできるからその後で用意するわね」
お父さんはそのまま、トイレに向かう。
私はご飯を食べながら、今日のことを考えていた。
まずは旧校舎の裏から探そう。そこなら誰にも見つからない。先生には部活で学校に来たと言っておけば大丈夫だ。
「お母さんは今日、店の方に行ってくるわ。新しいメニュー考えてくるわね」
そっか、個人店のスナックだから自分でメニュー考えなきゃいけないのか。
みんなお出かけなら好都合だ。
私はご飯を終えてから、洗面所へと移動した。

東中野から大江戸線で新宿まで向かう。私の学校は代々木の方面だ。
あまり人のいない席、小声で話すことにした。
『まぁ、東京って本当に人が多いのね』
「幸子さんはどこに住んでいたの?」
『私ね、こう見えても千葉なのよ。でも、田舎の方だったから東京なんて行ったことなかったわ。体もガンで悪かったから外にも出れなくてね』
「そうなんだ」
千葉に言った記憶と言えば、木更津の買い物くらい。
新宿に着いてから、代々木まで行く電車に乗り換える。いつもこうして学校に行っていた。
代々木に着いたらまずは近くのスーパーに行ってトイレの中に入る。
制服に着替えると、学校に向かう。帰りにまたここのスーパーで私服に着替えよう。

学校までは10分くらいですぐに着いて、警備の人には部活のために来たと言ったら通してくれた。
校庭では陸上部が走っている。
今の校舎のちょっと離れたところの旧校舎まで来たら、裏側のほうまで歩いていく。
茶色っぽい旧校舎は窓も埃で曇っている。
本当に古いなぁ。見回りの人もいないから何とかなりそう。
裏側には何本か木が生えていた。
『まずは端にある木の下から掘ってみて。順番にここから掘れば見つかるかも』
私はすぐ近くの古い倉庫を開けて、シャベルを出した。
古いけれど、穴ぐらいは掘れそう。土も雨で少し湿っているので、すぐにシャベルは入った。
ある程度掘ってみたが特に何もなかった。
次は隣の木・・・・・・ここもだめか。
そこから隣へ行き・・・また隣へ行き・・・何本の木の下を掘ったのだろうか、幸子さんが声をかけてきた。
『少し休憩しないかしら』
「私、ちょっと喉乾いたので飲み物買ってきます」
シャベルは端っこの木にたてかけてカバンを持ち、自販機まで歩いていく。
レモンサイダーを買うと一口飲んでみた。
カプセルなんて見つかるのだろうか。幸子さんを疑いたくはないが本当はカプセルなんてないのかも。
ゴホッ、ゴホッ・・・またいつものあれだ。
カバンの中から喘息用のステロイドを出して口に当てる。
『そんなに無理しなくてもいいんじゃないかな』
聞き覚えのある声が後ろからして、霊子さんが立っていた。
「霊子さん・・・幸子さんには言わないでください」
『言わないよ。カプセルは見つかりそう?』
「たぶん、無理だよ。そんな昔の物なんて残っているはずない。最初はあると思っていたけど、掘る度に見つからなくて、正直、何の意味があるんだろうって思う」
幸子さん、ごめんなさい。
『意味なんて考えなくてもいいよ。でも見つかった時、やり切った感はあると思うんだ。もし、中に何も入ってなくても宝はここにあるのさ』
左胸を抑えて霊子さんはにっこり笑う。
「やっぱり、喘息のこと正直に言います。いつかは内緒にしていてもたぶんばれるし」
『じゃあ私はこれで』
霊子さんは私に手を振って、学校の門のほうまで行ってしまった。

時間は4時半になって、裏側の木を全部調べてみたが、結局は見つからなかった。
『また次の時に探しましょう』
幸子さんもがっかりしながら二人で穴を埋めなおした。また来週からは雨が降るから自然に土も戻るだろう。
校庭を横切って門を出ていくと、歩きながら私は喘息の話をした。
この喘息は中学になって二年生の時から急になったみたいだ。
一度、医者に診てもらった時にストレスからきていると言われた。
私は元々、人と話すよりも一人が多くておとなしい子だった。
ちょっとは友達がいたこともあったけど、ほとんど一人で図書室とかにいた。
お母さんにも気を使っていることも若干はあるのかな。
でも、お母さんに気を使っていることは言っていない。
喘息の判断されたとき、ストレスからきているってこと先生には内緒にしてもらった。
環境の変化だと言ってもらうことにした。
『ごめんなさい、無理をさせちゃったわね』
「大丈夫です」
嘘、本当は大丈夫なんかじゃない。
でも、幸子さんもいい人だから心配かけないようにした。
ふと、スマホが鳴っているのに気づいて、トークアプリを開いてみた。
“ご飯をもし食べてなかったら、お店に来てちょうだい。新作の味見をしてほしいの。どうかな?”
お母さんのスナックは確か新宿にあったような。前にも急な大雨で迎えに行ったとき、お店に行ったことがある。
『私は食べられないけど、楽しみだわ』
「お母さん、スナックやる前に家族で居酒屋やっていたみたいなの。味には自信があるって言ってた」
今のお母さんとの思い出はたくさんあるけど、昔のお母さんとの思い出は薄っすらしかない。
昔のお母さんだったら、どんな風な会話していたかな。
私達はお母さんのいる新宿まで戻ることにした。


【赤井さなえ視点】
土日は特に出かけることもなく、ほとんど勉強ばかりだった。
親の目を盗んでは、向井さんの一発芸を聞いていた。
ネタ練習には積み重ねが大事だと言っていたが、全然面白くないけれど、勉強ばかりやっているよりはいいかもしれない。
「学校でウロウロしないでくれよ」
『大丈夫、大丈夫。屋上でネタを考えとるから昼休みに来ておくれ』
「そうしたいけど、友達になんて言おう」
実はグループでいると、どこへ行くのにも一緒にいるから離れることはできない。
特にあの青山りな、うまい理由を考えなくては・・・。
一人でいたいっていうと、なんか言われる。
「先生に呼び出し食らったとでも言うか」
電車を降りると、駅で友達が待っていた。
「おはよう、さなえ。一緒に行こうよ」
りなはそこにはいなかったがいつもの友達が二人いた。
焦げ茶の方が井上花絵(いのうえはなえ)、黒髪のポニテが上田帆夏(うえだほのか)
そう言えば、りなっていつも遅刻になる前のギリギリで到着だった。
話ながら学校まで歩いていく。
向井さんのことは二人には見えていなかった。
りな達とはクラス替え以降も一緒だった。高校に入って、初めて席が近かったのがりな。
りなとこの花絵は元々、一緒の学校で仲が良い。
帆夏は途中から転校してきて、花絵から誘ったのである。
「あ、りなからトーク来た。・・・・・・学校休むって。どうしたんだろ?」
「なんか、具合悪いって書いてある。・・・先生には伝えたみたいだって」
なんと都合がいいのだろうか、あの子がいなければいろいろ楽だろうな。
学校に着くと、あたし達の前を歩いて教室に入っていく斉藤真穂の姿が見えた。
あの子、どうやって旧校舎から抜けたんだろう。
あれ、なんだかあの子になんか憑いているように見える。
透けて見える体は向井さんと同じようだった。
いつの間にか向井さんはどこかへ行ってしまった。
「あれ、斉藤さんじゃない?どうしてここにいるの」
花絵はいつものようにちょっかいを出す。
「屋上から叫んだら先生が来てくれたの。それで家に帰れた」
「先生にはチクってないよな?」
帆夏ったらそこまで言わなくても、この子にはそこまでできやしないよ。
「言ってないけど・・・何か用なの?」
「別に・・・でも、今日はりなもいないから遊ぶのやーめた」
あたしは特に参加しない、いつも傍観者(ぼうかんしゃ)でいる。
でも、あたしはこの子が嫌いだった。クラス替えして、席替えしてから仲間に入れてあげたことも前にはあった。
いじめのきっかけはりなが始めたんだけどね…。
ところで、この子に憑いている幽霊、よく見たら・・・あたしのばあちゃんだった。
後ろ姿で初めはわからなかったけど、顔見たらわかった。
ばあちゃんもあたしの方を見つめていた。何も言わないのが逆に怖かった。
この子も死のうとしたのか・・・確か霊子さんの都市伝説では死のうとすると霊が見えるって言っていたな。
同時にチャイムが鳴ると、先生が教室に入ってきた。

昼休みになって、屋上に向かうことにした。本当にりながいないと花絵と帆夏はやりやすい。
屋上に着いて、ドアを開けると向井さんはネタ練習をしている。
「ごめん、遅くなっちゃった」
『わしはもうがっかりじゃ。お嬢さんのこと見そこなったわい』
「な、なんだよ、それ」
『屋上に行く前にお嬢さんのこと見てしまったんじゃ。いじめはいかんぞ』
いつ見ていたのか全然わからなかった。授業中だったかもしれない。
あたしはとにかく斉藤真穂について話をした。
『なんで、嫌いなんじゃ?』
「・・・。前に三者面談で、あの子のお母さんを見かけたの。そうしたら仲良くしゃべっているのを見たら羨ましくて」
『嫉妬じゃな。女の嫉妬は怖いもんじゃ』
わかっている。いじめるのがいけないってことはわかっている。
でも、仲良くしている顔を思い出すだけで・・・自分にはないものがあるってそう思った。それにあの子のお母さんは血のつながらないお母さん。あたしは血のつながっているお母さん。
どうしてこんなにも違うのだろうか。
そうこうしていると、屋上に誰かが上がってきた。
「斉藤・・・真穂、なんでここに?」
あたしの後をついてきたのか。もしかして、向井さんのことが見えるからなのか。
ばあちゃんも一緒にいて、二人とも顔を困らせている。
「幸子さんが私に教えてくれたの」
『さなえ、死のうとしたのね。悩んでいるのね』
向井さんは私の両肩を握って、斉藤真穂の方に顔を向かせた。
『とりあえずは、謝るのが先じゃ』
謝るって、言われてもこんな風に向き合うのはとても気まずかった。
悪いのはあたしじゃないとも言い切れない。
いじめのグループには変わりないのだから。
「わ、悪かった。今までのこと・・・」
「怒っているわけじゃないよ。幸子さんからは話は聞いている。許すつもりはないけど」
ほら、やっぱり誤ったって何にもないじゃないか。
まぁ、言葉に出してみたら重荷が軽くはなったけど。
『じゃあ、許してもらえるように一緒にカプセル探しを手伝ったら?』
霊子さんも屋上まで来て話に加わった。
「カプセル?」
「赤井さんのお母さんが高校生だった時、あの旧校舎のどこかに埋めたみたいなの」
あぁ、タイムカプセルってやつか。斉藤から話を聞くと幸おばあちゃんのいる理由が分かった。
母さんがそういうのを埋めたなんて話、聞いたことがなかった。
あたしが小さかった頃は優しかったのに今はもう・・・。
『二人で探す方が効率もいいもんじゃのぅ。わしも手伝うか』
「でも、あたしは隠れてやらないと・・・りなに見つかったらあたしもいじめ対象になる」
『何?そんなにえらいの?同じクラスなんだから上も下もないだろ。学級委員ならともかく』
あたしは彼女について簡単な説明をする。
“青山りな“は、お父さんが警察関係の仕事をしていると聞いたことがある。それで、確かけっこうな有名な父で、それで自慢していたような。
ちょっとお嬢様みたいな性格で、他のクラスの子からもうわさになっている。
“私のお父さんがみんなを守るの”そんなこと言っていた。
斉藤の前の母親が捕まった時も関わったし、その話をみんなにしたのは彼女自身だ。
どこまでが本当の話か分からないけどね。
「あなたのこと疑ってごめん」
あたしがネットに詳しいから、母親のことばらしたと思っていたんだ。
「トークアプリでさ話しかけてくるんだよ。返さないと怒るじゃん」
そうそう、充電切れたぐらいで斉藤に怒っていたし・・・あの時は話に乗ってやったけど、今思えば充電くらいで怒る方がおかしい。
『本人(りな)がいないと、とことん言うんだな。まあそいつの方は私に任せな』
霊子さんが自信ありげにニヤニヤしている。
「幽霊だからって脅かしても、あいつに通用するかな」
『大丈夫。幽霊でも脅かす方のやり方じゃないから』
そう言って霊子さんは屋上のドアに行った。
本当、何をするつもりなんだろう。
昼休みの終わりのチャイムが聞こえてきた。幸おばあちゃんが『じゃあ、放課後に会おうね』と言って先に斉藤と教室に帰った。
『わしが生きとって若かったらのう・・・彼女に声かけていたかもしれん』
向井さん、そう言えば幸おばあちゃんばかり見ていたな。
幽霊にも好みっていうのがあるもんなのか。

***

【霊子さん視点】
さてと、真穂たちがカプセルを探している間、私は彼女たちをちょっと懲らしめてやろうと思う。
さなえの言う通り、彼女たちの家はすぐに見つかった。
まずは、上田帆夏と井上花から始めるか。
彼女たちは学校の帰りに商店街に寄り道していた。
目と鼻の先くらいかなり近くまで寄ってみても、二人は私に気が付かなかった。
「りな、今日、仮病使ったらしいよ。彼氏と家で映画鑑賞だって」
花絵がスマホをいじりながら帆夏に話しかけた。
「まじ?家族とかバレないの?」
「あの子の家、共働きらしくてお母さんも家に帰ってこないことあるって。お父さんも警察関係じゃん忙しいらしいよ」
「でも、男なんてどこで見つけたんだろ。うち女子高じゃん」
「あの子“me book“やっていて、フォロワー多いんだって。そこからイケメン何人か見つけたって言っていたよ」
何人とお付き合いなんだあの女、でもこれで情報も聞き出せた。
二人はそのまま商店街を抜けて公園に向かうと、ベンチに座った。
「私、飲み物買ってくる」
花絵は近くの自販機に走っていく。
『お隣いいかしら?』
帆夏はニコニコしながら「ごめんおばさん、先に座ったの私達だから」とカバンを隣に置く。
『そうそれは残念ね』
私がそっと立ち去ると、帆夏はカバンを開けた。
すると、「い、いやぁぁ」と叫び始めカバンを地面へ投げた。
花絵はその悲鳴を聞いて戻ってきた。
「どうしたの?」
「む、虫がいっぱい入っていたの」
指さす方にあるカバンを花絵が身に行くと、「何にもいないじゃん」と言っている。
「いたんだって。ムカデとかミミズとかそういうの。私苦手なんだって」
「まぁ落ち着きなって、これでも飲んで」
紙パックのジュースを渡された。
でも、受け取ったのはジュースのパックじゃなかった。それに手から何か白い生き物が、うねうねと生えてきている。
「ちょっと、やめてよ」涙目になっていたその目から本当に泣き出してしまった。
「本当にどうしたの?」
花絵は帆夏の右肩に手を置いた。すると、今度は帆夏の肩から骨と血がむき出している。
「ほ、帆夏?ほの・・・」
パシャパシャっと何かの音が近くで鳴り始めた。
『珍しい写真撮った。拡散希望』
『うわぁ、なにあれ。拡散しよ』
『面白すぎ、ネタになるね』
まわりには、霊子さんを含めたたくさんの幽霊が花絵と帆夏を囲んでいる。
二人は幽霊がやっているとは気づいていない。
鳴り響くカメラの音が耳から離れなくなり、二人は耳をふさいだ。
「やだ。取らないで拡散しないで」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
『これに懲りたら今までの悪いことも謝ったら?』
指がパチンとなって全てが消え去った。
二人は目を開けると、公園のベンチ上で寝ていただけだった。
冷や汗をかいていて、辺りを見回している。
「今日はもう帰ろう」
「う、うんそうだね。なんか気味悪い」
まわりは人がいないのに、いるような気配がたくさんしていた。


お次は青山りなである。彼女の家は、渋谷から近い宇田川町の方にある一軒家にいた。
「今日、ほんとは学校だったんだけどさぼっちゃった」
「学校なんて別に行かなくてよくない?」
二人は部屋でイチャつきながら、テレビを見ている。本当に仮病だったとは。
じゃあ、こうしてみるか。
まずは、テレビが勝手に切れた。
「あれ、おかしいな?テレビ壊れた」
「じゃもう見るのやめよっか」
今度は停電・・・部屋が真っ暗になった。
「な、なんだ?」
「電気つけてきて。台所近くににスイッチがあるはず」
男がスマホの明かりで足元を照らしながら部屋を出ていく。
台所に着くと、スイッチを入れてみる。
電気がつくと、台所に女の人が立っていて何やら作業をしている。
「あの、どなたでしょう?」
もう少し近くまで来てみると、砥石で包丁を研いでいた。その包丁、よく見ると血がべっとりとついている。
『もうすぐ、ごはんの時間だからね。材料どこだったかしら』
女の人と男性の目があった。しかし、その人には目玉がなかった。
「うぁ」
その場で転んでしまい、足が動かなくなってしまった。
『ちょうどいいわ。若い肉はいい味出すのよね』
男性は腰が抜けてしまったのか動けなくなってしまい、その場に気絶した。
「ねぇ、電気なんとかなった?・・・・あ」
『あら、りなったらすごく元気じゃない。仮病だったのね』
「お、お母さん?」
『りな、お前嘘ついたのか』
青山りなのすぐ後ろで声が聞こえた。振り返ると、父親が目の前に立っていた。
「お父さんもどうして」
父親の目玉もなかった。
『お前は罪を犯した。だから警察にいこう』
「え、私何にもしてないよ?」
『お父さんはな、お前にがっかりだ。クラスメイトをいじめるなんて・・・さぁ一緒に行こう』
腕を握られているその力はすごく強かった。
「は、離してよ」
連れていかれた先は本当に刑務所だった。たくさんの生徒たちと今までの友達がそこで待っていた。
全員がスマホ片手に写真を撮っている。
「・・・」
頭を抱えて、しゃがみ込んでしまった。
『離れていくってそんなに孤独だったのか』
私は青山りなと向き合う。静かになった空間の中でやっとしゃべりだした。
「私、もうすぐ引っ越すの。小さい時から転勤でいっぱい引っ越して、普通に長く付き合える友達いなかったの。だからあの子が、隣のクラスいくのを見て、私から離れるの嫌だったの。それから自分から離れる子には悪いことしてた・・・歪んでいるよね」
『後悔するなら、早いうちに謝れよ』
「誰なの?」
『私の名前は霊子。うわさのれ・い・こ』
差出すその手は、とても冷たいけれどあったかく感じた。
両親の顔はいつも通りの優しい顔に戻っていた。
青山りなが布団から起き上がった時、ベッドで寝ていたのだった。
隣にはぐっすりと眠る彼氏がいる。
私は青山グループの三人にちょっとした悪夢っぽい形で、夢を見させてやった。
りなに関しては、ちょっと重たかったかな。
『どんなやつにも消えない悩みはないもんだな・・・』
青山りなの部屋からすっと壁を抜けて、私はその場から去った。

***

【斉藤真穂の視点】
昨日もカプセルは結局見つからず、私は体調を崩して、三日くらい休んだ。
その間、赤井さんが探してくれていたみたいだけど、見つからなかったという。
やっと、体も落ち着いて久しぶりに学校に来ると、クラスメイトのみんなが私に頭を下げてきた。
「見て見ぬふりしてて、ごめんなさい」
「斉藤さん、苦しかったよね」
同じようなセリフが、たくさん返ってきた。青山グループが自分のしたことを先生に言ったみたいなのだ。それを先生がクラスメイトに話した。
私は首を振って、「気にしないで」と言った。
確かに助けてほしかったけど、みんなも対象になってほしくない。
私だけが抱え込んでいるだけでいい、そう思い込んでいた。
でも、霊子さん、どんなことをして青山さんを懲らしめたんだろうか。

昼休みに先生に呼ばれて、職員室の隣の部屋、空き教室に行く。
中では赤井さんを含む青山グループがいた。でも、いつもと様子が違う。
私をいじめていた青山グループが私に謝ってきた。
「私、冬休みになったら引っ越すの。・・・友達に戻れないかな?」
「・・・」
「無理だよね」
青山さんはそう言って、すぐに教室から出ていった。
後に続いて上田さんと井上さん、先生が出ていく。
答えられなかった。というより、なんて答えていいのかもわからない。友達には戻れないけれど、普通に話しかけてきたら、普通に話そうと思う。
「そうだ、カプセルの場所わかったぞ」
「え!」
「大事なものを隠すなら、母さんならどうするって聞いてみたのさ。そしたら、木の下と見せかけて、使われていない物置みたいな場所だってよ」
あの旧校舎で使われていない場所と言えば・・・地下教室だと思われる。
いつかの朝礼で、旧校舎になる前からあそこは使われていないようなこと、先生も言っていたなぁ。
あそこは階段も壊れているし、どうやって降りたらいいのだろうか。梯子をもっていくにも先生に言うこともできない。
私と赤井さんが悩んでいると、幸子さんが『私が取ってきてあげる』と言った。
「でも、捜すって言ったのは私なのに・・・」
『そんなところから落っこちて、怪我でもしたら大変だわ。私なら幽霊だからひょいっと終わるわよ。どんな箱に入っているの?』
「青くてお菓子の缶くらいのやつだと思う。母さん、お菓子大好きだかから、よく家にお菓子箱にいろんなもの入れてるよ」
「そうなんだ」
『なら、さっそく今日の放課後じゃな』
私達四人は空き教室から出ていった。

放課後になって、みんなが帰った後、旧校舎に向かうと赤井さんが前で待っていた。
「りな達には用事があるって言ったから。さぁ、行こうよ」
旧校舎の中に入って、長い廊下を渡る。階段まで来ると、幸子さんと向井さんが待っていた。
『カプセルは見つけたわ』
二人で地下部屋まで言って探してくれたのだ。地下の部屋に使われていない本棚があり、その一番端に缶が置いてあったようだ。
缶をもって赤井さんと私は屋上に行くと、霊子さんもそこにいた。
地べたに座ると、青い缶を眺めて、開けてみると、中には手紙が何個か入っていた。
そして・・・筆?これは何の筆だろう・・・。
赤井さんが筆を見ながら手が震えている。
「どうしたの?」
「こ、これ、おばあちゃんの筆だ。お母さんも持っていたんだ」
赤井さんは自分のカバンから筆箱を出すと、筆を出してきた。
サイズは違うけれど、持ち手の色が同じ色をしている。
「これ、おばあちゃんからもらったんだ。認知症のおばあちゃんがいたって話、幸おばあちゃんから聞いているだろ」
その筆は頬に塗るための頬紅用、赤井さんのは瞼用・・・筆の下に作文用紙が入っていた。
色あせていた作文は字がかすれていたけれど、字はしっかりと読める。
“私の将来の夢
私には夢がありません。しかし、友達や家族、これから出会う人、私が結婚する人・・・私にできるだろう子供、そんな人達に夢を与えられるような大人になりたいです。
これは母からもらったお守りです。これを持っていると、不思議と願いが叶うとお母さんは言っていました・・・。”
最後の方に1年A組 赤井尚子(あかいなおこ)と書かれている。
「赤井さん?」
赤井さんは作文を握りしめて、泣いている。私はハンカチを渡してあげた。
「ありがとう。・・・。あたしね将来、メイク師になりたいんだ。この筆もらった時、そう思ったの。おばあちゃんもメイク師だったんだ。あたしが小学校5年になった時、認知症が始まって、施設に入った。そっからかな、母さんが変わったの」
私に家族の話をしてきた。
赤井さんの母方のおばあちゃんは、有名なメイク師で、いろんな俳優さんのメイク担当をやっていたという。
結婚して赤井さんのお母さんが生まれてから、突然、手が動かなくなる病気にかかった。
丁度その時はお母さんが中学生で、自分で家事をやっていたみたいだ。
同じ仕事でお父さんと出会い、赤井さんが生まれた。その小さいころに筆をもらった。
筆はおばあちゃんの愛用だったけれど、今はもう握ることができない。
その時に「おばあちゃんの後は私が継ぐね」と言ったのだ。
一度、お母さんにメイク師になりたい話をしたことがあるという。
結局、そんな夢やめなさいと言われたのだ。
「自分の夢は自分で決めたい。それが叶いもしなかったら、いっそ死のうかと思ったんだ。そしたら向井さんが止めてくれた。斎藤はさ、私達のせいで自殺しようと思ったの?」
「そうじゃないとも言い切れないけど、こんな自分嫌いなの。前のお母さん、私がいなかったらもっと楽だったのかなって。今のお母さんはとてもやさしいけど、気を使っちゃうの。いろいろ迷惑かけたくないって」
私はまた咳が出て苦しくなった。
「お、おい。大丈夫かよ」
赤井さんが背中をさすってきた。
でも、すぐに治まり呼吸を整える。
「赤井さんはいいな。夢があるのって羨ましい」
「叶えられたらなぁ」
『尚子さんに会いに行きましょう。その筆を見せてあげたら、きっとうまくいくわ』
幸子さんの体が初めて会った時より薄くなっている。もうほとんど消えてしまいそうなくらいだ。
『時間がない。幸子さんは条件を半分果たしたから成仏に近くなった』
赤井さんと私が立ち上がると、屋上のドアに向かった。

学校の門まで来ると、母と先生が待っていた。
「お母さん?」
「真穂、先生から聞いたわよ。この頃、なんとなくおかしいなと思っていたの」
先生は母にいじめがあったこと、話したみたいだ。気づいていたんだ、お母さんは最初からわかっていた。
「ごめんなさい」
「喘息の理由、本当はわかっていたの。医者から話は聞いていたし、黙っていてもらったの。お母さんは知らないふりをしていたの」
全部、全部知っていたんだ。母に気を遣うストレスから喘息がきていたこと、お医者さんには黙っていてと言ったけど、まぁさすがに無理だよね。
お母さんは私をそっと抱きしめてきた。
「今の母親は私なんだから。もっと頼っていいのよ」
私も同じように抱きしめた。あぁ、暖かいなぁ、お母さんに抱きしめてもらうこと、初めてだ。
昔のお母さんならこんな風に抱きしめなかっただろうな。私が生まれたとき、昔のお母さんは抱きしめるの怖がっていたってお父さんが言っていたな。
「あ、あの真穂のお母様・・・その・・・ごめんなさい」
赤井さんは頭を下げて体を震わせている。怒られる覚悟はできているけど、怖いんだ。
私の母は赤井さんも抱き寄せて、「事情は聴かないわ。でも、言ってくれてありがとう」優しく声をかけた。
「じゃあ、私はこれで」
先生は学校に戻らおうとしたら、母が「ちょっと待って」と止めた。
「気づくのが遅かったってさっき言っていたけど・・・授業の一つにクラスメイトと面談みたいなの入れたらどうですか。解決していない悩みが他の生徒にもあると思うんです。勉強や将来のこと・・・なんでもいいから聞いてあげてもいいと思います。小さなことから悪いことって生まれてくるものなんです」
「・・・」
先生は目をキャロキョロさせて、動揺しながら、頭を下げてその場から走っていった。
『ふん。逃げるのかよ。私のせいじゃないって言いたいのか』
霊子さんはやれやれという風にため息をつく。
「お母さんが高校生の時、他のクラスの子が自殺しかけた話を聞いたの。その子は結局、転校したんだけど・・・いじめがあったこと学校にも親にも相談できなかったみたいなの。相談しなかったのには迷惑かけたくないし、学校はどうせ助けてくれないって。一人一人に向き合う時間があったら起こらなかったのにね。さ、帰りましょ。ご飯の支度しなきゃ。あなたも一緒に来る?」
母は赤井さんに声をかけた。
「あ、ありがとうございます。でも、私はやることがあるのでまた今度にさせてもらいます」
「わかったわ。じゃあ、仕事は今日休みだから先に店に行って明日の準備してくるわ。後でね」
そう言ってお母さんは先に帰ってしまった。
「駅まで一緒に帰ろ。赤井さん」
「さなえでいいよ」
二人で校門から出ていく。
駅に着くころ、私とさなえが後から霊子さんが話していたけど、幸子さんが消えていってしまったらしい。
私がお母さんと会った時に、向井さんだけが私達の後ろに立っていたという。
『幸子さん、短い間だったけど真穂といれた時間楽しかったって。さなえの幼い頃、思い出したって。子供の頃はよく遊びに来ていたけど、入院してから来なくなって寂しかったみたいで』
「お母さんが連れて行ってくれなかったんだよ。本当はお見舞い行こうと思ってたのによ。父さんと母さんだけでお見舞い行って、私はおばあちゃんの家で勉強だったよ」
『ちなみに9時の鐘が鳴っていたのは、幸子さんが死んだ時間なんだよ』
「もっと一緒にいてあげたかったなぁ」
幸子さんには私の知らない、おばあちゃんの知恵袋みたいなのを教わった。もっと知りたかったし、私もおばあちゃんに会いたくなった。今でもお父さんは実家に電話しかしない。
『短くても寂しさは埋められたと思う。どんなに長くいたってどこか寂しくなる時、あるんだよ。愛よりお金が大事な人もいるけど、寂しいってお金じゃ埋められない』
孤独は埋められないのは誰でもそうだと思った。
『じゃが霊子さん、1つだけ孤独なことを感じない時がある。それは夢中になることじゃ。わしが芸人になりたいことに夢中だったように何かに夢中になればいい』
『それが簡単に見つからないのが“その人の世界”だよ』
話がそこで終わったのは駅に着いたからだった。
ここで真穂のお話は終わり。


【赤井さなえ視点】
真穂と別れた後、いつものように家に帰ってきた。
ドアに手をかけてさっきの話をふと思い出す。今度、じいちゃん(幸子の夫)に会いに行こうかな。
畑仕事、元気でやっているかな。
「ただいま。あれ、玄関開いている?」
いつ帰ってきても鍵を閉めるのが母の(くせ)なのにどうしたのだろうか。
「あぁ・・・さなえ。やっとかえってきた。ちょっと、台所きて」
つかまれた手には力が入っていて、汗でちょっと濡れている。
靴を急ぎ足で脱ぎながら台所まで一緒に来ると、テーブルに晩御飯ができていた。
いや、そんなことで驚くのかってところだけど、それよりも皿や箸、食器類が勝手に動いていることに驚いたのだ。
あたしには見えていたけど、お母さんのおばあちゃんがそこにいたのだ。
「買い物からさっき帰ってきたら・・・こうなっていたの。最近ね、寒気がするなぁって思っていたのよ。でも、こんなこと信じられない」
『信じるも何もあなたが話を聞かないからよ』
「い、今声が聞こえた気がしたけど」
「おばあちゃん」
『さなえ』
あたしはお母さんから手を離すと、おばあちゃんの方に歩いていく。
「どうしてここにいるの?」
『向井さんだっけ?あなたのとこにいる幽霊が、私を連れてきたのよ。黄泉の国で旦那といたら向井さんが来てね』
いつの間に連れてきたのだろうか・・・もしかすると、初めて会ったあの時に部屋で待っていてと言ったときか。グッドなアイデアってこのことだったのか。
「さなえ、独り言話してないで。どういうことか説明して」
「お母さん、もう見えてきているんでしょ?おばあちゃんがいること」
お母さんは見えていても見えないふりをしていた。でも、もうさすがにここまで来たらそれはできない。
「初めはぼんやりしていたけど、今やっとはっきり見えるわ。私のこと呪いに来たの?」
『何言ってんの?あなたに言いに来たの。さなえが大事な話があるのにいつも面と向かって聞かないから』
「さなえ?」
あたしはお母さんと向き合うと、お母さんのカプセルに入っていた筆を見せた。
「これ、お母さんのだよね。ずっと、持っていたんだね。どうして、言ってくれなかったの?」
「高校卒業の時に一緒に埋めたの。お守りに頼ってばかりのもよくないと思って。あなたが生まれてその後に認知症が分かった時、筆のこと話しても母さんは忘れていて泣きたくなった。それからあなたがメイク師になりたいといった時、過去を忘れた母を思い出してしまって、やめなさいって思ったの」
いつかこんな夢でも現実をみたら忘れてしまうなら、いっそのこと夢を諦めさせようと思ったのだ。
すごく気持ちはわかるけど、向井さんのように諦めたくない。
『私だって、忘れたくて忘れたわけじゃない。向井さんが連れてきたとき、しばらくは家の近くからあなたたちのこと見ていたのよ。もっと、早く会いたかった』
認知症始まってから施設に入ったおばあちゃんは、中学校に上がった時に亡くなった。
その後一年後に幸おばあちゃんも亡くなった。
「お母さん、実はね幸おばあちゃんにも会ったんだ。カプセルを友達と見つけてくれたの。筆見つけたときやっぱり、私は夢をあきらめたくないって思ったの」
「・・・」
『尚子、あなたもさなえの夢見守ってあげて。本当はそうしたかったんでしょ』
お母さんは私から筆を受け取ると、しゃがみこんだ。
泣きながらうんうんと頷きながら、おばあちゃんに支えてもらっている。
「でも、お父さんの会社継ぐのはどうしたらいいの?あの人、定年退職まであと一年なのよ」
「・・・それは」
その時だった、ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
あたしがすぐに走っていくと、玄関に姉が立っていた。モノトーンの服を着て、片手にはグレーの大きいスーツケースを持っている。
「お、お姉ちゃん?どうしたの?」
「彼氏が浮気したの。だから帰ってきた。今日、学校の授業終わったら記念日デートしようと思っていたのに。他の女家に連れ込んでいた。はぁ~お父さんの会社継ぐこと考えとこっかなって思っていたんだ。さなえ、私頭悪いから勉強教えてくれる?」
お母さんは私の後に続いて玄関に来ると、びっくりした顔をしていた。
いきなりなことが起こりすぎてお母さんは表情に困っている。
でも、お姉ちゃんがそうしてくれるならちょっと安心した。
『さなえ、ちょっときて』
お母さんとお姉ちゃんを玄関に残して、あたしは自分の部屋にいく。
あたしの部屋に霊子さんと向井さん、おばあちゃんが揃った。
『もうカミソリをあんな風に使わないで。あれだってメイクの中の大事な道具なのよ。凶器にしてしまったら、みんな悲しいわよ』
前に筆をあげると言った時、「道具にはその人の気持ちが込められている。だから大事にしてね」と言われたのを思い出した。
これじゃあメイク師失格かな。
『一件落着じゃな』
『何が一件落着だよ。向井さんも成仏してくれないと困る』
『じゃあ一発やるかのう』
向井さんはあたしとおばあちゃんが客になり、ショートコントをし始めた。
霊子さんも手伝って一緒にコントを進める。
何だろうな、いつもなら面白くないのに今日は一段と面白い。
『舞台なんてなくても、笑ってくれる人がいるとはいいことじゃ。わしの仕事はこれで終わりじゃな』
向井さんの体とおばあちゃんの体が薄くなっていく。
『悲しくなったら、わしのコントを思い出すんじゃよ』
『さなえ、元気でね』
あたしが手を振ると、二人はそっとそこからいなくなってしまった。
『私も行くとするかな』
「霊子さん、ありがとうございました」
霊子さんは窓の方に行くと、壁をそっとすり抜けて行った。と同時にスマホが鳴った。
トークアプリで真穂から連絡が来た。
“お母さんのスナックにいる新人のお姉さんが、メイク師目指していたんだって。
今は掛け持ちで仕事して、いつか海外で仕事するみたいなの。今度、会ってみない?”
あたしはもちろん返事をすぐに返した。

【霊子さん視点】
旧校舎の屋上、手の色が薄くなり始めてきているのを黙ってみている。
『私の活動ももう終わりなのかな』
今日出ている三日月は、今までで一番きれいだと感じた。
雪人さんをまたせちゃったなぁ・・・。

私が霊子です

気が付けば踏切にいて、また気が付けば病院、そのまた気が付けば押入れに・・・。
いったいどこへ向かっているのだろうか。
私はどこへたどり着きたいのか、わからなかった。
ただ、一つだけ言えているのはどこで私が目を覚ましても、立体がなくてふわふわしている。
まるで、幽霊みたいだった。

***

瞼がゆっくりと、開かれると白い天井が見えた。
あぁ、またこれか・・・一体いつになったら終わるんだろうか。
私だって若い時と違って体があっちこっちいけるわけじゃないのよ。
「起きた!起きましたよ、ドクター呼んできます」
女の看護婦が驚いた顔して叫んで、部屋を出ていった。
うるさいね、耳元で騒ぐんじゃないよ。
だんだんと視界がはっきりしてきた。
白いカーテンに白いベッド、窓から見える緑の葉は深い緑色。
季節は夏だろうか。
ここが病室なのはすぐに分かった。
同時にガラッとドアが開く音が聞こえて、男性が部屋に入ってきた。
男性はぜぇぜぇと息を切らしながら、私を見て泣きそうな顔をしている。
「おかえり。・・・怜子(れいこ)
そうか、私はやっと戻ってきたのか。
体を起こして、男性の方を向く。
「ただいま、雪人(ゆきひと)さん」
私の名前は怜子、月野怜子(つきのれいこ)だ。
「ちゃんと僕のこと覚えているのかい?」
「当たり前でしょ、何年妻やってると思うの?ところで、私がどうしてここにいるの?」
雪人は看護婦と顔を見合わせた。
「無理もない、4年くらいは昏睡状態だったもんな」
昏睡?私が?ずっと、寝ていたってこと?
でも、なんでかしら頭も確かに痛いし、体も不安定な感じがする。
「覚えていないよな。怜子、ずいぶん前の話になるけど、話してもいいかな?」
「明日じゃダメかしら?今日はなんだか、頭が追い付かないわ」
「わかった。今日はゆっくりしてくれ。明日にはもっと落ち着くと思うから」
雪人と看護婦は部屋から出ていった。でも、外ではすすり泣く雪人の声が聞こえてきた。
どうして、なのかしらね。
頭が全然追いつかないわ。
窓の方に体を向けると、窓に映る自分の姿を見たとき、少し驚いた。
「こんなに老けちゃったのね。私、今いくつなのかしらね」
4年前ってことは、多分私が45歳くらいの時だ。
しばらくはまた寝ることにしようと思い、再び目を閉じた。

次の日になると、食欲はなかったが何かお腹に入れておこうと思い、看護婦さんに栄養ゼリーを三個くらい買ってきてもらった。
ゼリーを飲みながら、ぼっとしていると雪人さんが部屋に入ってきた。
「具合はどう?」
「昨日よりはましかな・・・話の整理くらいは着くかしらね。ところで、私はいくつになったの?」
「今年で49歳になるよ。僕は51歳になった。眠る前の話をしてもいいかな?」
「聞かせて、ゆっくり話してちょうだいね」
雪人さんは私の近くに来て椅子に座る。
そうして話し始めた私の過去の話。

眠りにつく前の3年前の事故の話とちょっとした私の過去のお話。


月野怜子。これは結婚した時の名前で、前の名前は長谷川怜子。
生まれたのは東京の赤坂、夫と出会う前は心理学専門の学校に通っていた。
明るくて元気を分けてあげられるような子だから、母が将来は、カウンセラーはどうかと提案したのが大学を選んだ理由だった。
母はいつも私といると元気が出るというのだ。
私は学校でいろいろな勉強をしながら、カウンセラーの資格を持っていたので、病院系かクリニックに努めようと思っていた。
雪人さんの家は代々医者を目指していて、簡単に言えばお父さんの跡継ぎだとか。
彼の病院も面接で受けに来た時、今回もだめかなと思い込んでいた。
病院にある一般人も利用可能な食堂で昼食を取りながら、次の場所を探していた。
「隣いいですか?」と、たまたま、自分の席に雪人さんが来た。
他のところも開いていなかったみたいで、そこに座る。
そうして、本当に急だったのが「僕のところで働かないか」と言われた。
話を聞いていくと、丁度彼のところにいるカウンセラーの先生に赤ちゃんができたみたいで、最近辞めようかと悩んでいた。
募集にいっぱいきても困るから、採用人数を絞ってしまったせいで、全然応募がなかった。
「父が採用したいと言っていました。でも、この後仕事だからって僕に伝えおいてくれっていうから。そうしたら、あなたが食堂にいたので直接声を掛けました」
何がともあれもちろん、答えは賛成だった。
私はツキノ精神科という名前が付いた部屋で、前の先輩からいろいろ教えてもらいながら働いていた。
早々にも雪人さんからプロポーズされて結婚もした。
自分は勉強が大好きだったので彼氏も作らず、男友達はいたけど友達と言うだけだった。
私の家族はもちろん大喜びだった。


月日は流れて、子供も作らなきゃと思っていた36歳の時だった。
子供を産むことができなかった。流産してしまったのだ。
夫も医者なのに申し訳ないと、言っていたのを覚えている。
向こうの家族は私のことを半分は心配しながらもう半分は・・・。
想像がつくよね。だって、この病院を継ぐ跡継ぎがいないんだもんね。
結局はそのまま次の子供もできなくて、逆に私は怖くなってしまった。
自分を責めながらも仕事はしなきゃいけない。そうやって、年を重ねて、仕事を続けていたのだった。

ある休日に、私は趣味の釣りに出かけていた。
ていうか、一人でいる時間が欲しかったので、休暇をもらって一週間は休むことにした。
その間の仕事は、前のカウンセラーさんが休みの間だけ、引き継いでくれた。
赤ちゃんも大きくなって、手が離れたからだという。
雪人さんも私のためを思って言ってくれたのだ。

そうして夕方ごろに家に帰ろうと、山を下りていた時だった。
昨日の降った雨で地面が歩きにくくなっていて足を滑らせてしまったらしい。
その日からは精神科はお休みになった。前のカウンセラーも毎日来られるわけではなかったからだ。


「それから怜子は川に落ちたみたいなんだ」
私の帰りが遅いのを心配して、いつも行く釣り場を警察と一緒に探していたところ滝の下に体が浮いているのが見つかった。
すぐに病院に運ばれたけれど、頭を強く打って更には骨折もしていて・・・。
回復するかどうかもわからなかった。
「そうだったのね。私は生きるか死ぬかの瀬戸際にいたのね」
死んでいたらどうなっていただろう。
でも、神様は私にもう一度生きろと言ってくれたのかもね。
「怜子が寝ている間にいろいろなことがあったんだよ。例えば、山下さん。カウンセリングはもういらないみたいなんだ」
「え、あの山下さん?どうしてなの?」
「ショックで記憶なくしていたこと、ちゃんと思い出したらしくて。この前、お友達のお墓参りに行ったみたいだよ。今はお父さんの仕事に誘われて、グルメアナウンサーやっているってさ」
あのぽっちゃりくんがカウンセリング来た時はソワソワしてたけど、アナウンサーなのね。
そうか、そうか。お友達の美優ちゃんのこと思い出したのか。
「きっかけは何だったの?」
「いやぁ、それがね、はっきりと覚えていなかったんだって。白昼夢を見た気分だったって・・・変な話をすると、お友達本人に会ったみたいなんだと」
「それって幽霊ってことなの?」
「よくわかんないけどね。おっと、そろそろ、他の患者も見てくるよ」
雪人さんは立ち上がって、部屋を出ていった。
そういえば、いろいろあったとは言え他の患者はどうなのかしら。
私はまだ回復しないから、一か月とちょっとはまだ仕事再開できないわね。

***

3か月たってから、ようやく仕事にもどることができた。
骨折の方は軽かったので、すぐに回復してくれた。
愛用の懐中時計は15時を指している。これは雪人さんに初めての結婚記念日にもらったプレゼントだ。
ドクターになる前、医学勉強で留学に行った時、イギリスで買ってきた。
ずっと自分が使っていたのだけれど、いつか結婚する相手に渡したいとずっと思っていたのだ。
クリニックの昼休みが終わった。
「松村さん、診察室にお入りください」
私は女性の患者さんと向き合う、彼女は弁護士で前に夫と息子を亡くしている。
この病院で息子が入院している時、落ち込んでいる彼女に声をかけたのが出会いのきっかけだった。
シングルマザーの辛い相談、子供の病気が治らなかったらとたくさんの話をした。
その後は息子も亡くなって、余計精神的に苦しくなった。それから夢にうなされることが多くなり、症状を抑えるため薬を出したりしてあげた。
夢に息子が出てきて自分を殺そうとしたり、夫にも「お前が悪いんだ」と、せまられる夢をたくさん見たという。
「あれから夢は見なくなりましたか?」
「はい、落ち着きました」
話を少し聞いていると、仕事も少しずつだが以前よりもやりやすくなったという。
「なんとかやっていくうちにある人の相談に乗りました。その人が息子と夫に会わせてくれました。・・・仕事を続けていて本当によかったです」
また幽霊話か。でも、回復に進んでいてよかった。
「もう自分を責めるのはやめます。薬も飲まないと思います。でも、また苦しくなることがあったら先生のところに通うかもしれません」
「わかりました。でも、以前よりも笑うようになりましたね」
松村さんはにっこり笑って、返事をした。それから椅子から立ち上がって、頭をさげると部屋を出た。
その後もいろいろな人が、同じような幽霊話がたくさんでてきていた。
不思議と覚えがあるような話ばかりだった。


次の週には東中野に住む斉藤真穂さんも病院に来た。
彼女はストレス喘息に悩んでいたという。
夏休みを利用して状況を報告しに来た彼女が言うには、お母さんの実家から近い大学に通っているという。
実家は長野で自然が多いとこに家があり、真穂自身にはいい環境だと思ったからだ。
お母さんとの仲もより深まったみたいだ。
同じ高校で途中から仲良くなった友達と会ったりと、環境的には落ち着いているようだった。

二週間経って、私は病院の中庭のベンチに座っていた。
空を見上げては缶のココアを飲みながら休日を過ごしていると、雪人さんが隣に来た。
「この二週間は一気に予約が入っていたね。体はもう大丈夫そうだね」
「もう心配しすぎなのよ。この通り、しっかりしています」
私たちは笑う。みんなもこんな風に笑っているといいけど。
「私、きっと本当はあの日・・・足を滑らせた時点で死のうと思っていたの」
「どうして、そんなことを」
あの日、釣りに行ってただただ釣り糸を眺めながら、川の音を聞いていると、いろいろなことが頭に浮かんできた。
「いっそ、やり直したい」
子供を産めなかったことにちょっと悔しさがあった。人生をやりなおせるなら・・・。
それ以外にも、このところ患者ともうまくいってなかったこともあった。
どんなに私が頑張ったって、意味がないことがわかってきた。
自分に何となく腹が立っていたのだ。
「いろいろなことにたくさん悩んだわ。何度も自分を責めていたのよ」
「あの時は僕も何にもできなかった。許してくれ」
雪人さんは頭を下げる。
「あの時、君が目を覚ました時は本当に良かったと思っている。きっと、君は生きなくちゃいけないんだね」
私は“いつでも”目覚めていたんだけどね。
何度も何度も目が覚めては、いつも違うところにいた。
ふと、一匹の猫の声が後ろから聞こえて私は振り返った。
三毛猫がこっちを見ている。その時だった。
猫の後ろにたくさんの人が立っていた。
年齢は様々だけど、みんな透けているのだ。
あぁ、思い出したわ。あの日にベッドでやっと目が覚めてからずっと、記憶がぼんやりしていたから“あなたたち”の事、忘れていたのね。
「ねぇ、雪人さん。今日仕事終わったら少し時間ある?」
「あるよ。どうしたんだい?」
「話したいことがあるの」
それから雪人さんはベンチから離れて仕事に戻った。
透けて見える幽霊たちは笑って、その場から消えていった。

***

どこかに落ちていく夢を見た。誰かの声が聞こえてくる。
“どうして、死のうとしたの?”
『もう嫌なの、生きていることに辛くなったの』
“死んでどうしようと思うの?“
『生まれ変われたらって思っているの・・・』
私のまわりには、たくさんの人々が鏡に映っていた。これは今までの患者さんだった。
それに雪人さんがベッドで悲しんでいる姿も映った。
“あなたを待っている人がいる。でも、あなたの魂はどこかで生きたいと願っている”
落ちていく中でその声はどんどん消えていく。
“今のあなたなら救えるはずだ”
『救えるって誰を?』
繰り返される同じ言葉“あなたなら救えるはずだ”、徐々に声は消えていく。
カチカチと、時計の針の音だけがかすかに聞こえてきた気がした。

風を感じる中、目を開けると男性が目の前に立っていた。
起き上がるとなんだか体が軽いし、へんな服を着ている。
白い着物?なんか幽霊みたいだし、手の甲も若々しい気がする。
背もピンとしているし、若返った気分みたい。
そう言えば、髪も伸びたかしら。
『やっと来てくれた』
『あなたは確か松村さんのお父様?』
松村さんとはさっきのシングルマザー、旦那さんの顔は写真を見せてもらったことがあるから覚えている。
『そうです。実は淳のことで相談があるんです』
淳とは病気で亡くなった息子さん、7歳くらいだったかな。
『お願いがあります。淳の願いを叶えてくれませんか?そうしないと、僕も成仏できない』
『どういうことですか?』
淳君は死んでから自分と一緒に黄泉の国へ行く予定だった。
だけど、お母さんに会いたい一心でどこかへ行ってしまったのだ。
おそらくは病院だと思う。
亡くなった人の霊は、思いが残っているとそこの場所から離れないというのを雪人さんから聞いたことがある。これでも彼はお寺巡りが趣味だった。
『でも、どうして私なんですか?』
『あなたはまだ生きている。自由に動けるんです。生か死かわからない状態は魂がさまよっているんです』
私は生きていていいのだろうか、正直死にたいと思っていたのに。
『僕は妻に生きてほしいんだ。いつまでも笑っていてほしい』
このままふわふわ彷徨っていても何も始まらない。あの時、大きな事故で元の体に戻るまで時間がかかりそうだ。
『分かった。やってみるわ』
『ありがとうございます。ところでお名前を教えてください』
『私は・・・』
その時、また同じ声が聞こえてきた。
“あなたが自分で死選ぶなら、生まれ変わればいいんだ。生まれ変わった名前で名乗るんだ”
生まれ変わった自分が、幽霊としての私ならどう名乗ろうか?
『私の名前は霊子』
幽霊とは別で、彷徨っている魂ということにしよう。
そこで彼とは別れた後、私は病院へ向かうことにした。
こうして霊子さんが誕生した。
急に現れては成仏された幽霊を見送ると、またどこかで急に現れる。
私としての意思は関係なく、次の場所で目が覚める。
そうして流れていくうちにたくさんの噂は広まっていった。
中には勝手に“地獄へ連れていかれる“、“首吊りした女性”なんて変な噂も紛れていたものだ。
まぁ、ちょっとした“オドカシ”は幽霊につきものだけどね。
しかし、その噂も忘れていくものである。
“人の噂も七十五日”のように“霊子さん“は、いつの間にか消えていった。

うわさの霊子さん

【解説】
小説を書くのが趣味だったのですが、前に描いた作品は掲載していたけれど、先が進まず削除してしまいました。
新たな形で書いてみようと思って、振出しに戻ったのが【うわさ霊子さん】からです。
これを書いた理由は、私自身が悩みに悩んでいた時期が少しあり、ちょっとでも背中を支えてくれるような存在があったらなと思って書きました。
霊子さんは私のもう一人の自分「そんなに暗くなるなよ」って言ってくれるような存在だと思ってください。

【本文に書かなかったこと】
透けて見えるという表現、これはもちろん幽霊だからということです。しかし、同時に”忘れられた人達”という意味でもあります。
例として、1章の淳君はお母さんに「自分は恨んでいない」と言っています。優しかった淳君を忘れていたという風に・・・。
それから3章の真穂のお父さんが行くスーパー銭湯は、向井さんがお笑いの披露をしていたところです。同じ銭湯だったということ。

【うわさの霊子さん】ホラーのように見せかけてホラーじゃないという雰囲気を出しています。
この作品は考察系の作品にしたいので、4章の声の主や幽霊だった時の霊子さんがどんな姿だったか、三毛猫のポジションは”見守る”という風にしています。2章にも三毛猫出ていますね、誰を見守っているか。いろいろ想像してみてください。
答えを書いてしまうと、彼女が「それじゃあつまらないだろ」と言ったからです(笑)
今回はこれでおしまいです。

うわさの霊子さん

踏切、古い家、旧校舎、病院、といった様々な場所で霊子さんという幽霊に会える都市伝説がありました。 会える条件としては死に一歩近づくこと、または霊感がある人、霊の存在を信じる人。 この世に未練が残って成仏できなかった幽霊たちを成仏させてほしいと頼まれます。 このお話はそんな霊子さんに出会った人々のお話。 ※登場人物の名前を章の初めに載せました。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
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