シロヒメは時をかける白馬なんだしっ∞
Ⅰ
「ぷーりゅーを~♪ かーけーるー、しょおーじょ~♪」
「白姫……」
相変わらず独創的な歌をうたっている白馬の白姫(しろひめ)に、アリス・クリーヴラントは口もとを引きつらせつつたずねた。
「いつものことですけど……『ぷりゅを駆ける』ってなんですか?」
「シロヒメ、これからぷりゅを駆けるんだし」
「………………」
――わからない。
「えーと……お出かけするんですか?」
「お出かけはお出かけだし」
「どこへ?」
「過去へ」
ここでまた完全に言葉を失う。
「えー……と……」
取り残された思いのアリスを前に、白姫はうきうきと、
「ねー、おしゃれな時代といえばどこだしー?」
「PU・RYU」
「へー、そんな時代もあるんだしー」
「あの……」
自分を放っておいてそばにいるメカ白姫との会話を始める白姫に、アリスは早くも脱力感を覚えつつ、
「だ、だから、どういうことなんですか?」
「ぷりゅ?」
「過去って……そんなの行けるわけないですよ」
「行けるし」
「いや、行けませんよ!?」
「じゃあ、メカシロヒメはなんなんだし」
「あ……」
そうだ。
メカ白姫は未来から来た――そんなことを白姫は言っていた。
確かに、ここまで精巧な馬型ロボットの創造が、すくなくともアリスが生きるこの現代で可能とは思えない。
「というわけでタイムマシン出してー、ぷりゅえもん」
「ぷりゅえもん!?」
「そうだし。未来の世界の馬型ロボットなんだし」
「いや、あの、でも……」
唐突な白姫の言葉が現実味を帯び出し、アリスは別の意味であわて始める。
「その……いいんですか?」
「ぷりゅ?」
「だから、ほら、過去に行ったりとかして……何かあったら」
「『何か』ってなんだし」
「ほら、よくあるじゃないですか。過去にあったことを変えてしまって、それで未来まで変わっちゃうって」
「シロヒメたち、何も変えないし。ただ静かに観察するだけなんだし」
「観察?」
「メカシロヒメのリクエストなんだし」
「えっ」
「メカシロヒメには見たいものがあるんだし」
「見たいものって……」
「広い大平原を優雅に力強く駆け抜けていく――」
白姫は言った。
「野生の白馬だし!」
「野生の白馬!?」
「そうだし。メカシロヒメは未来にはいないそんな野生の白馬たちを見たいんだし」
「い……いやいやいやっ」
思わぬことを聞かされたアリスはあたふたとなって、
「そんな……いるんですか、野生の白馬?」
「いまの時代にはいないし」
確かに――
まず目の前にいる白姫が、生まれたときから騎士の馬として育てられた白馬だ。
「どこかにいるかもしれないけど、探すのはとても大変だし」
「はあ……」
「そこで過去なんだし!」
白姫は声に力をこめ、
「過去には自然がたっぷり残ってるんだし! そこならきっと野生の白馬もいるんだし! シロヒメのご先祖様たちが!」
「それは……」
いるかもしれない。
しかし、とにもかくにもアリスにとっては途方もない話でありすぎた。
「じゃー、行ってくんだしー」
「ええっ!?」
突然の出発宣言に驚くアリス。
「でも、どうやって……」
「タイムマシンって言ったし。アリス、記憶力ないんだしー。アホなんだしー」
「アホじゃないです」
すかさず抗議したあと、
「そんなものがどこに……」
ゴゴゴゴゴゴゴ――
「え?」
地響きと共に聞こえてきた重低音にアリスはぎょっとなる。
「な、なんですか? 何が……」
「タイムマシンだし」
そして、
「きゃーーーっ!」
地面が浮かび上がった。
いや、上に乗っていた芝や土砂を跳ねのけ『それ』の姿が明らかになる。
「大きな……蹄鉄!?」
「タイムマシンだし」
「タイムマシン!?」
「そうだし。ヒヅメ型のタイムマシンなんだし」
「ヒヅメ型って……」
そんなタイムマシンがあり得るのか!? いや、そもそも、タイムマシンがどういうものであるべきか本当のところなどわかるはずもないのだが――
「って、なんでそんなものが庭に埋まってるんですか!」
「埋まってたんじゃないし。しまってたんだし」
「こういうのを『しまってた』とは言いませんよ!」
そんなアリスの言葉を完全に無視し、
「準備はいい、メカシロヒメ?」
「PU・RYU」
次の瞬間、
「!」
重厚な振動音と共に、巨大な蹄鉄が淡い光を放ち始める。
「ちょ、白姫、本気なんですか!?」
「シロヒメはいつだって本気だし。大長編ぷりゅえもんなんだし」
「待ってくださ――」
巨大な蹄鉄の上に乗る白姫たちと共にアリスは、
「!」
閃光に包まれた。
Ⅱ
「ぷりゅぷりゅ。ぷりゅぷりゅ」
「ん……」
頬を『つんつん』とつつかれ、アリスはうっすらと目を開いた。
「きゃっ」
すぐ目の前にあった白姫の顔に思わず驚きの声をあげる。
と、次の瞬間、
「ぷりゅーーーっ!」
パカーーーーーーン!
「きゃあーーっ」
倒れていたところを蹴り上げられ、アリスの身体が高々と宙に舞い、
「ぐふっ!」
地面に墜落し、盛大な砂ぼこりをあげた。
「うっ……ぷ……はぁっ!」
めりこんだ顔を引き抜き、アリスは涙目で、
「なんてことをするんですかっ!」
「アリスが悪いし」
「なんでですかっ!」
「なに、シロヒメの顔見て悲鳴あげてるし。意味わかんないし」
「悲鳴じゃなくて、ただ驚いたんです!」
そこで、はっとなるアリス。
あたふたと辺りを見渡し、
「ここは……」
そこは先ほどまでアリスがいた屋敷の中庭とはまったく違う場所だった。
青々とした草が茂る見渡す限りの――
大平原。
「って……」
アリスは絶叫する。
「ここはどこなんですかーーーーーっ!」
「過去だし」
「そんな、大ざっぱな説明があるんですか!?」
「あるし。ねー、メカシロヒメ」
「PU・RYU」
「あ……」
冷静にうなずくメカ白姫の存在に気づき、アリスわずかながら冷静さを取り戻す。
(過去……)
あらためて辺りを見渡す。
背の低い灌木こそわずかにあるものの、そこはアリスのいた〝現在〟の〝現地点〟からはやはりかけ離れた場所だった。
「そんな……」
信じられないという想いが口をついて出る。
「過去なんですか?」
「過去だし」
「でも、その、どれくらい過去なんですか?」
「どれくらいかの過去だし」
「は?」
「細かいこととかわかんねーし」
「えぇ~……」
「だいたい『年』とか『月』とか人間が勝手に決めたんだし。自然の生き物たちにとってはなんの関係もないんだし」
「それは……そうかもしれませんけど」
「たぶん北の国だと思うし」
「それは時代とぜんぜん関係ありませんよね? というか、なんで北なんですか?」
「北国って、なんか野生動物がたくさんいそうなんだし。厳しい自然を生きている凛々しいイメージが馬にぴったりなんだし」
「はあ……」
「ぷーりゅぷりゅーきたぜ、はーこだて~♪」
「ってなんなんですか、いきなり!?」
「北の大地を踏んだよろこびを歌ってみたし」
「いや、函館じゃないですよね、ここ!?」
「自分、ぷりゅ用ですから」
「なんですか『ぷりゅ用』って……」
立て続くわけのわからない発言に、アリスは助けを求めるようにメカ白姫のほうを見る。
すると、
「………………」
「メカ白姫?」
「………………」
「あの……」
と、
「ぼけーっと突っ立ってんじゃねーし!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
またも蹴り飛ばされ、草むらに突っ伏すアリス。
「な、何を……」
「だから立つんじゃねーし!」
「ええっ!?」
「身をひそめんだし!」
「!」
はっとなるアリス。
見れば、メカ白姫が藪に隠れるようにしてしゃがみこんでいる。
アリスもあわてて頭を低くした。
「な、なんですか? 何が起こったんですか?」
「しーっ!」
「ひょっとしてあれですか? 何か敵? みたいな? こういうタイムトラベルものではお約束の……」
「だから『しー』って言ってるし! ホント無駄にうるせーし、アリスは」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「勝手についてきて、しかも邪魔までするつもりだし?」
「邪魔って、そんなつもりは……」
「ほら、来たし!」
「!」
あわててさらに体勢を低くするアリス。
(一体どんな……)
白姫とメカ白姫。彼女たちが息を詰めて見つめる――
その先にいたのは、
「……あ」
一気に緊張がほどける。
思い出す。そうだ……最初から白姫たちの目的は、
「ぷりゅー」
目を輝かせる白姫。
メカ白姫も何も言わずに眼前の光景に見入っている。
「すごい……」
アリスも感嘆の声をもらす。
白姫が言っていた通り、広い大平原を優雅に力強く駆け抜けていく――
野生の白馬たち。
野生、となぜ断言できたのかはアリス自身にもわからない。
以前アリスが暮らしていた〝騎士の島〟でも、たくさんの馬が放牧されている光景は見ることができた。
しかしそれとは違う。
ただ、違う。
そうとしか言いようがなかった。
「あ……」
気がつくと自然と涙がこぼれていた。
それはまさしく、アリスの生きる時代には失われてしまった〝地球の記憶〟とでもいうべきものだった。
「っ……」
胸をつまらせながらアリスは、
「……ありがとうございます」
「ぷりゅ?」
突然お礼を言われ、不思議そうに隣を見る白姫。
アリスは頬を涙に濡らし、
「自分、感動しました。こんなに素敵なものを見せてもらえて」
「素敵なのは当然だし」
白姫は胸をそらし、
「そもそも、白馬は素敵なんだし。その中でも特に素敵でかわいいシロヒメをアリスは毎日見られているんだし。こんな幸せはないんだし」
「いえ、あの、微妙にそういうことではないんですけど……」
そのとき、
「PU・RYU」
「あっ」
メカ白姫が目をやった先――
そこに、群れからはぐれたとおぼしき子どもの白馬が歩いているのが見えた。
「どうしたんでしょう? 何かあったんでしょうか……」
アリスが思わず近づこうとした瞬間、
「待つし!」
「えっ……?」
「忘れてはいけないんだし。シロヒメたちは違う時代から来たんだし」
「あ……」
はっとなるアリス。白姫は真剣な面持ちで、
「だから、この時代のことにむやみにかんしょーしてはいけないんだし」
「PU・RYU」
メカ白姫もうなずく、
「ですが……」
アリスは未練たっぷりに白馬の子を見て、
「あんな小さい子なんですよ? もし群れに置いていかれたら……」
「ぷりゅー」
白姫もその心配はしているのだろう。難しい顔で考え出す。
そして、
「……わかったし」
「えっ」
「シロヒメたち、こっそりあの子を助けるんだし」
「こっそりって……」
「うまく、あの子をゆーどーするんだし。みんなのいるほうへ案内してあげるんだし」
「誘導? どうやって……」
すると白姫は、
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「えっ!?」
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「あの、ちょっと……」
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「し……白姫!?」
歌――とは違う独特の節回しの呼びかけを、茂みに隠れながら始める白姫。
「なんなんですか、それは?」
「白馬を呼ぶ〝呼び声〟なんだし」
「呼び声?」
「そうだし。北の国ではこうして白馬を呼び寄せるんだし」
「北の国……それは別の生き物を呼び寄せるものだったような」
「まさに『ぷりゅの国から』なんだし」
「なんですか、ぷりゅの国って!?」
「とにかくアリスもやるし!」
「は……はいっ」
そして、
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「ぷ、ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
すると、
「……来たし!」
「あ、本当に……」
「って、やめんじゃねーし! 続けんだし!」
「は、はいっ」
白姫とアリスは、
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
「ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪ ぷーりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ♪」
共にひそかな呼びかけを続ける。
そして、
「PU・RYU」
メカ白姫が、かすかな声で呼びかけを止める。
「あ……」
白馬の子どもがすぐそばまで来ていた。
呼びかけの声を気にするように、鼻先をかわいらしく動かしてあちらこちらと顔を向ける。
その姿に、
「かわいーしー」
「って、まず白姫が言っちゃいますか!?」
「言うし。かわいいから」
「確かにかわいいですけど……」
あらためて白馬の子を見るアリス。
野生の世界に生きるものながら厳しさを感じさせるようなところはまったくなく、むしろ自然の純粋さが愛らしい立ち居ふるまいをいっそう輝かせている。
「本当にここでしか見れないというか……」
――パキッ。
「っ……」
無意識に身を乗り出していたアリスの膝が枯れ枝に乗り、それが思いのほか大きな音を立てた。
その音に、白馬の子がびくっと身体を硬くする。
「おどろかせてんじゃねーし!」
パカーーーーーーン!
「きゃあっ」
「白馬は繊細なんだし! 大きな音とか出すんじゃねーし!」
「白姫のほうが大きな音立ててます!」
いつものように涙目で抗議するアリス。
と、すぐさま、はっとなる。
こんなふうに騒いでいては白馬の子はとっくに逃げて――
「あっ」
アリスはそこに思いもかけないものを見た。
「ぷりゅ!」
白姫も驚きの声をあげる。
いつの間にか、白馬の子のそばにあらたな白馬がいた。
緊張が一瞬でとけ、白馬の子はその白馬にうれしそうに身体をすり寄せた。
瞬間、アリスにはわかった。
ここにいるのは――きっと親子なのだと。
「あっ……」
親の白馬のほうが、子どもを導くようにして歩き始めた。きっと、このまま群れに合流するつもりなのだ。
去り際、親白馬がこちらに小さく頭を下げたようにアリスには思えた。
遠ざかっていく白馬たちを見送り――アリスは、
「……よかったですね」
「よかったし」
白姫がうなずく。
「馬の絆は深いんだし。子どもを置いていったりしないんだし」
「じゃあ、自分たちがよけいなことをしなくてもよかったんじゃ……」
思わずそうつぶやいたアリスははっとなり、
「あの、いえ、よけいではなかったと、その……」
また蹴られては大変とあわててフォローしようとしたが、
「………………」
「白姫?」
「っ」
なぜか黙りこんでいた白姫はあせったように、
「と、とにかく、これでメカシロヒメの見たいものは見れたんだし」
「PU・RYU」
一緒に来てくれてありがとうというように頭を下げるメカ白姫。
なぜか白姫はあせった様子のまま、
「じゃー、もう帰るしー」
「は、はい……」
白姫の態度に不審なものを感じつつ、確かに違う時代に長居するのはよくないとアリスはうなずく。
そして、アリスたちは再びヒヅメ型タイムマシンに乗り――
光に包まれた。
Ⅲ
視界を覆いつくす光が晴れた。
と思った瞬間、遠くから聞こえてきた法螺貝の音にアリスは目を見開いた。
「え? え?」
あたふたと辺りを見渡す。
「きゃっ」
強い風が吹きつけ、アリスはその場にしゃがみこむ。
「ここは……」
おそるおそる。身を乗り出して見えたのは、はるか下方に広がる荒れた大地だった。
「――!」
一気にふるえが走る。
アリスがいたのは地上よりはるか高所にある崖の突端だった。
「はわわわわわわ……」
尻もちをついたまま、手探りで後ろに下がる。
そこで、
「きゃっ!」
何かにぶつかり、またもあわてふためく。
「し、白姫……」
「ぷりゅ」
「あ、あの、ここはどこなんですか? 屋敷に帰るはずだったんじゃ……」
そこに、
「PU・RYU」
「メカ白姫」
白姫の後ろから現れたメカ白姫が、すまなさそうに頭を下げた。
「えっ……どういうことですか」
そこに、
「ぷりゅーっ!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
「なに、メカシロヒメを責めてるし。アリスのくせに」
「責めてませんよ! それ以前に状況がわからないです!」
「ぷりゅー」
白姫はメカ白姫を気遣うように視線をやりつつ、
「……手違いなんだし」
「手違い?」
「正確にはヒヅメ違いなんだし」
「いや、正確さを期さなくても何かあったのはわかりますから」
「PU・RYU」
またもメカ白姫が頭を下げる。
そして、
「ちょっぴり……時間を間違ったんだし」
「間違った!?」
「ここは――」
そのとき、
「!」
またも法螺貝の音が耳に届いた。
それは、アリスにある〝光景〟をイメージさせるものだった。
「まさか……」
アリスは音の聞こえたほうへ目を凝らした。
「ああっ!」
思わず大きな声を上げてしまう。
はるか遠方でもうもうと上がる砂煙。そして、法螺貝の音と共にかすかに聞こえてくる大勢の男たちの勇ましい雄叫び。
それは、まさに――
「戦国なんだし」
「戦国!?」
「そうだし」
白姫は真剣な顔でうなずき、
「戦いの中で人と馬とが強く結びついていた時代でもあるんだし……悲しいけど」
「そんな……」
言葉を失いつつ、アリスはあらためて砂煙のほうへ視線を向ける。
「……!」
いた。
歴史の本で見た。
馬に乗った甲冑武者。それを取り囲む具足姿の足軽たち。
遠方でくり広げられていたのは、まさに戦国時代の合戦の図だった。
「こんな……本当に……」
声をなくして、その光景に見入るアリス。
と、そのときだった。
「!」
――悲鳴。
遠くに見える戦場でなく、もっと近くでだ。
先ほど恐怖させられた崖の端から、おそるおそる下を見る。
「あっ……!」
それはまさに〝危機〟の図だった。
離れた戦場にいるのと同じ具足姿の足軽たち。しかし、彼らが追っていたのは、明らかに非戦闘員と思われる人々だった。
略奪――とっさにその言葉が脳裏をよぎる。
戦場で興奮状態にある兵士が非道な行いに走るのはたびたびあることで、その矛先が力のない者たちに向けられることもすくなくない。
その悲惨な現実を、騎士を目指す者としてアリスも心得ていた。
「!」
そうだ。自分は騎士を目指す者だ。
たとえ時代が違っていても、目の前の非道を見過ごすわけにはいかない。
「白姫! 自分、あの人たちを助けに……」
そのとき、
「えっ……」
馬のいななきにアリスははっと顔を上げた。
白姫たちではない。遠くの戦場からのものでもない。
「ああっ!」
驚いて身を乗り出すアリス。
白馬――
逃げる者たちを守るようにさっそうと現れたのは、なんと白馬に乗った軽装の青年だった。
さらに驚くべきことに、その青年の手に握られていたのは騎士槍だった。
足軽たちが使っているような長い木の柄に先端だけが槍穂というものではない。身長を超える長い槍身を具えたそれはまさに〝騎士槍〟だった。
その武装は、やはりこの時代では異色のものなのだろう。略奪を行おうとしていた足軽たちが動揺するのがアリスにもわかった。
だが、彼らは引く気配を見せず、騎士槍を持った青年に敵意を見せる。
青年は、
「!」
走った。
白馬を疾駆させ、騎士槍を前方に構える。
それはまさに騎士の奥義――
突撃(ランス・チャージ)。
「っ!」
息を飲むアリス。
疾風のように駆け抜けた青年。
その衝撃を受けた足軽たちが次々と宙に舞う。
そのまま地面に落ちた彼らは、かすかにうごめくだけで誰一人立ち上がることができなくなった。
「あ……」
間違いない……あの青年は――
「騎士だし!」
白姫が目を輝かせて言う。
アリスはあたふたと、
「で、でも、この時代に……」
「いたっておかしくないし! 困った人の危機に駆けつけるのが騎士なんだし!」
「そ、それは……」
確かに――
アリスの所属する現世騎士団(ナイツ・オブ・ザ・ワールド)そのものは、創設から九百年の歴史を誇る。
そして、戦国の時代は日常的に苛烈な戦いがくり広げられていたため、敵以上の軍事技術を得るべく外国との貿易も盛んだったと何かの本で読んだことがある。
つまり、外国の技術と共に騎士の技と心が伝わっていてもおかしくなかった。
「きっと、シロヒメのご先祖様なんだしー」
青年の駆る白馬をうっとりと見つめながら白姫がつぶやく。
「だからなんだし」
「えっ」
「この時代に来てしまった理由だし」
白姫は得意そうに胸を張りながら、
「この時代のご先祖様とシロヒメがひかれ合ってしまったからなんだし。だからなんだし」
「は、はあ……」
そういうことに――なるのだろうか。
「きっと、そうだし……」
白姫はどこか遠い目をして、
「シロヒメが……のことを……だからご先祖様に……」
「えっ?」
「!」
はっとなった白姫はそんな自分をごまかすように、
「ぷ、ぷりゅぷりゅー」
崖の上から「がんばってー」というように声援を送る。
それを見たアリスは驚き、
「だ、だめじゃないんですか、白姫」
「ぷりゅ?」
「ほら、違う時代でうるさくしたらだめって……」
「ぷりゅっ!」
白姫は耳をぴんと立て、
「そ、そうだったし。歴史が変わってしまうかもしれないんだし」
「そうですよ……」
と言いつつ、先ほど自分も飛び出す寸前だったアリスは内心冷や汗をかく、
「ほら、元の時代に戻りましょう」
「ぷりゅ。この時代のご先祖様を見ることができたし、いい寄り道だったし」
「今度は寄り道しないでくださいね」
「なに、メカシロヒメを責めてるし」
「責めてるわけでは……」
などといったやり取りのあと――
アリスたちは、時間移動の光に包まれた。
Ⅳ
「きゃっ」
不意の落下感と共に、アリスはやわらかな地面の上に尻もちをついた。
「痛たたた……」
ほんのりにじむ涙の向こうに見えたのは、
「……え?」
草原――
「い、いやいやいや……」
まさか、野生の白馬の時代に逆戻りしてしまったのか?
アリスはあわてて周りを見渡す。
「……!」
打ち寄せる波の音。
そして、遠くに臨む雄大な山の姿。
「ここは……」
違う。あの草原とは。
と、アリスははっとなる。
見覚えがあった。
それほど昔のことではない。アリスが……白姫と初めて会った――
「ぷりゅー」
遠くから聞こえてきた鳴き声にそちらを向くアリス。
「!」
アリスが見たのは、
「え……?」
あの野生の白馬の時代を思い起こされる――
小さな白馬の子どもだった。
「あの子は……」
これまですくなくない数の馬と触れ合ってきたアリスには、遠くにいるその仔馬が過去の世界で会った子とは違うとすぐにわかった。
しかし、
(な、なんなんでしょう、この感じ……)
心臓が早鐘を打ち始める。
見覚えがあった。
いや、ないはずだ。
湧き上がる矛盾した思いがアリスを困惑させる。
「………………」
確かめる以外にない。
緊張を覚えつつ、アリスはゆっくりと白馬の子がいるほうへ――
「ぷりゅっしゅ!」
「きゃっ」
突然足をすくわれたアリスはそのまま、
「ぶっ!」
地面に顔がめりこむほどの勢いで突っ伏した。
「ぷはっ!」
あわてて顔を抜き出し、
「ななっ、何を……」
視線を向けたそこにいたのはやはり、
「ぷりゅーっ!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
起き上がったところへの蹴りに、たまらず吹き飛ぶアリス。
「ぐ……ぐふっ」
「まったく何度言わせんだし」
倒れたアリスを見下ろし、白姫は言った。
「違う時代でうるさくしてんじゃねーし」
「う、うるさくさせてるのは白姫のほうで……」
起き上がりながらそう言った直後、アリスは身をふるわせ、
「いま、違う時代って……」
「………………」
「やっぱりそうなんですか? また? 今度はどこに……」
「聞くんじゃねーし」
「えっ」
「ぷりゅイバシーの侵害だし」
「なんですか『ぷりゅイバシー』って! プライバシーのことですか?」
そこへ、
「PU・RYU」
静かに、というように声をかけてきたのはメカ白姫だった。
反射的に身をかがめたアリスは、
「どういうことなんですか、メカ白姫?」
メカ白姫は何も言わずに鼻先を動かした。
その先には、アリスが見たあの白馬の子どもがいた。
「あの子は……一体……」
すると、
「……シロヒメだし」
「はい?」
「………………」
わずかな沈黙のあと、あらためて、
「シロヒメだし」
「えっ、いえ、あの、白姫はここに……」
「だからここは違う時代だって言ってるし!」
なかばキレ気味に白姫が言う。
戸惑いの消えないまま、アリスは、
「その、違う時代はわかりましたけど、それと白姫とは……」
言葉の途中、アリスは息を飲んだ。
「………………」
あらためて――
目の前の白姫、そして離れたところにいる白馬の子を交互に見る。
「まさか……」
見覚えがある。
見覚えがない。
それが――一つに重なる。
「白姫なんですか!?」
「………………」
「あの小さい子って白姫なんですか!? そうなんですか!? どういうことで――」
「うるせーし!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
「なに、わかりきってること聞いてんだし」
「わかりきってること!?」
「他にあんな子がいるわけないし。シロヒメの他に」
「それってどういう……」
「いいから、しゃがむし!」
「は、はいっ」
白姫の剣幕に、アリスはあわててまたしゃがみこむ。
視線の先にいる白馬の子――本人というか本〝馬〟が言うところの『違う時代の自分』にじっと見入る白姫。
それにつられるように、アリスも黙って白馬の子に注目する。
すると、
「ぷりゅーん」
無邪気な鳴き声と共に、白馬の子がごろんと草むらを転がった。
とたんに、
「かわいいしー」
白姫の顔が一瞬でとろける。
「ほんとにかわいいしー。天使のようだしー」
「だから自分で言っちゃいますか、そういうことを?」
またもあぜんとさせられるアリス。
白姫は当然という顔で、
「だって実際かわいいし。かわいいものをかわいいって言って何がおかしいし」
「確かにかわいいですけど……」
「これでわかったし?」
「えっ」
「つまりあの子が小さいころのシロヒメだということをだし」
「えーと……すいません、ちょっとまだついていけてないんですけど……」
「もー、ほんとにアリスはアホだしー」
「アホじゃないです」
そこだけは断固否定するも、
「だってアホだし。他にいると思うし?」
「だから、それは一体……」
「確かに馬はかわいいし。けどシロヒメはその中でも特にかわいいんだし。とーぜん、ちっちゃいころからかわいいんだし」
「はぁ……」
「というわけで、あの子はシロヒメなんだし」
いろいろ言いたいことはあったが、アリスはひとまずそれを飲みこむ。
そして、あらためて周りの景色を見渡し、
「じゃあ、ここは……昔の鳳莱島なんですか?」
「そうだし」
道理で見覚えがあるはずだ。
鳳莱島(ほうらいとう)。
それはアリスが一年ほど暮らしたことのある〝騎士の島〟だった。
白姫と初めて出会ったのも、その島でのことだ。
「でも……」
根本的な疑問にアリスは気づく。
「自分たち、なんでその、昔の鳳莱島に来ちゃってるんですか? また手違い……じゃなくてヒヅメ違いですか」
「それは……その……」
またも複雑そうな表情で黙りこむ白姫。
すると、
「ぷりゅー」
白姫――でなく過去の小さな白姫のうれしそうな声が聞こえ、思わずそちらに視線を戻すアリス。
そこには、
「あ……」
重なる。
ほんのわずか前――というか実際の時間でははるかな過去にあたる時代で目にした光景が。
「ぷーりゅー」
幼い白姫が心からうれしそうにすり寄っている相手。
それは、いまの白姫によく似た大人の白馬だった。
「ママ……」
隣の白姫のつぶやきに、アリスは息を飲む。
(そうだったんですね……)
おぼろげながら、アリスはこのような事態になった理由を察した。
過去の時代の大平原。
そこで白馬の親子たちを見た白姫は思った。
自分も、母親に会いたいと。
その想いがタイムマシンになんらかの〝誤差〟を生じさせてしまったのだ。
戦国時代で白姫が何か言いかけていたのも、ひょっとして薄々そのことに気づいていたからかもしれない。
「ぷるっ。ぷるぷる」
草むらで転がって汚れたことをしかるように母――白椿がかすかに厳しい声を放つ。
しかし、
「ぷりゅー」
甘え声と共に幼い白姫がすり寄るとたちまち険しい表情は消え、娘を慈しむ母親の顔で優しく汚れを払い落とし始めた。
「甘やかされてますね……」
「甘やかされていいし。かわいいから」
隣の白姫が当然という顔で言う。
しかし、過去の草原で感じたのと同様、むつみあう親子の姿にはアリスの心をあたたかく癒やすものがあった。
――と、
「ぷりゅ?」
幼い白姫が何かに気づいたように顔を上げた。
見つかった!? あわててさらに身をかがめるアリスだったが、
「ぷりゅー」
幼い白姫は、アリスたちがいるのとはまったく違う方向に走り出した。
「ヨウタロー❤」
「え……!?」
舌足らずな呼びかけに、アリスははっと目を見開く。
「あれって……」
間違いない。
騎士の馬である白姫の主人にして、従騎士の自分にとっても仕えるべき人――
花房葉太郎がそこにいた。
わずかに幼く見えるその顔だちは、やはりここが過去なのだとアリスに再度確認をさせた。
「どうしたの、白姫?」
駆け寄ってくる白姫に優しく微笑みかける葉太郎。
すると白姫も笑みを返し、
「えへへー。呼んだだけー」
いたずらそうに言って背を向ける。
「もうっ、白姫」
「わーい」
葉太郎から逃げる幼い白姫。もちろん葉太郎が本気で怒ってないことはわかっているという顔で。
すると、
「ぷりゅっ!」
幼い白姫がつまずき、そのまま勢いよく倒れこんだ。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
涙を浮かべる幼い白姫。
葉太郎があわてて駆け寄り、
「大丈夫、白姫?」
大きなケガはしていないようだったが、
「だいじょーぶじゃないし」
白姫はそう言って、
「なぐさめて」
「うん」
「立たせて」
「うん」
「また汚れちゃったし。キレイにして」
「うん」
そのやりとりを見たアリスは、先ほど以上にあぜんと、
「あ、甘やかされ放題じゃないですか……」
「甘やかされていいって言ってるし。かわいいから」
白姫は当たり前だと胸を張り、
「シロヒメはかわいいんだし。自然とみんな甘やかしたくなってしまうんだし」
「そうなんですか……」
「アリスはムカつくんだし。自然とみんなイジメたくなってしまうんだし」
「そんなことないです!」
暴論にあわてて首をふり。
「で、でも、白姫は騎士の馬なんですよ?」
「そうだし」
「だったら、その、もうすこし自分でなんとかするというような姿勢を……」
「ぷりゅー?」
不機嫌そうにアリスをにらむ白姫。
「シロヒメに何もできないって思ってんだし?」
「そんなこと思ってませんけど……むしろなんでもできすぎですけど」
「ヨウタローはずーっと白姫をかわいがってくれてるんだし。それはシロヒメがかわいいからなんだし。だからシロヒメは甘えていいんだし」
「はぁ……」
言葉をなくしてしまうアリス。
(甘やかされ放題だったから、やっぱりこういう白姫になってしまったんですね……)
この時代の葉太郎に「もうすこし厳しくしてもいいのでは?」と言いたくなるが、そんなことをすれば過去を変えてしまうと自分を押しとどめる。
(あ……)
そうだ。
自分たちがこのままここにいては、どんなきっかけで過去を変えてしまうかわからない。
しかも、自分たちに直接かかわる過去を。
「白姫……」
アリスは隣の白姫に、
「そろそろ元の時代に戻ったほうが……」
白姫がはっと顔を上げる。
「わ、わかってるし! アリスに言われるまでもねーし!」
強がるようにそう言ったあと、かすかに瞳をゆらし、
「ママには……きっと元の時代でも会えるんだし」
「っ……」
自分たちをこの時代に導いた白姫の気持ちをアリスは思い出し、
「そうですね」
「………………」
「きっと会えますよ。親子ですもの」
笑顔でそう言うと、白姫からもかすかながら笑みが返ってきた。
「では、お願いします、メカ白姫。もう一度……」
すると、
「………………」
「メカ白姫?」
今度は、メカ白姫の様子がおかしい――
アリスはあわてて、
「あの、何か……」
それに答えないまま、
「PU・RYU」
何事もなかったようにメカ白姫は顔をあげた。
そして――
アリスたちは光に包まれた。
Ⅴ
「………………」
アリスは、
「ひょっとしてとは思ってたんですけど……」
がく然とつぶやく。
そこは元の時代ではなかった。大草原でも、戦国でも、騎士の島でもなかった。
「ここは……」
どこ? まず浮かんだのはその疑問だ。
まったく見覚えがない。
都市――だとは思う。
しかし、不思議と荒涼とした空気が漂っている。
アリスたちがいたのは、人気のない路地の奥詰まりといった感じのところだ。
高いビルにさえぎられて光がまったく入ってこない。そして、なぜか周囲は不気味なほどに静まり返っている。
「あの……」
アリスはそばにいる白姫に、
「また白姫、何か思っちゃいました?」
「もう思ってないし!」
あせったように首をふる白姫。
そして、疑わしげにアリスをにらみ、
「アリスじゃないんだし、何か思ったのは?」
「ち、違いますよ。帰りたいとしか思ってませんよ」
「帰りたい……!」
はっと身体をふるわせる白姫。
アリスも息を飲む。
そして、同時にメカ白姫のほうをふり返る。
「メカ白姫……」
「………………」
何も言わずに目をそらすメカ白姫。それは白姫とアリスの気づきを肯定するものだった。
「じゃあ……」
「ここは……」
アリスと白姫はあらためて周りを見渡し、
「メカ白姫の……故郷なんだし?」
「………………」
メカ白姫は、
「えっ?」
うなずくとも首をふるとも言えない不思議な反応を見せた。
そして、
「あっ」
「どこ行くし?」
不意に歩き始めたメカ白姫に、アリスと白姫もあわててついていく。
路地の奥のさらに奥まった誰も来ないような場所――
そこで、
「PU――」
メカ白姫の目が輝きを放ち、
「RYU」
「!」
行き止まりと思っていた目の前の壁が動いた。
「おー、秘密基地なんだしー」
「秘密基地!?」
白姫の言葉にアリスはぎょっとなり、
「そうなんですか、メカ白姫!?」
メカ白姫は、何も言わないまま開いた壁の向こうに足を踏み入れた。
「あっ、ま、待ってください!」
アリスと白姫もそれに続く。
「きゃっ」
暗闇の空間に不意に明かりがともる。
そして、
「はわわっ!」
「ぷりゅ!?」
部屋全体が下降を始めた。
「す、すごいですね……」
「SFなんだしー」
アリスと白姫が感心していると、
「……!」
下降が止まった。
そして、壁にあらたな扉が開く。
「!」
そこには、
「SFだし!」
白姫が再び声に力をこめて言うような光景が広がっていた。
あわい光量の室内。
網の目のように設置された機械。
そして、各機器に接続された無数のカプセルの中には――
「白姫!?」
「じゃないし! メカシロヒメだし! ぷりゅーか、きっとメカシロヒメの姉妹たちなんだし!」
「メカ白姫の姉妹たち!?」
驚きの声が広い空間に響き渡る。
メカ白姫は、機器につながれたまま動くことのない〝姉妹〟たちへいたわるような視線を注ぎつつ、さらに奥へと進んでいった。
ここに至ってアリスも、そして白姫も沈黙を余儀なくされる。
一体、この先に何が――
「PU・RYU」
メカ白姫が足を止めた。
そこは、
「机……?」
アリスがつぶやく。
と言っても、アリスたちの時代で見るような普通の机ではない。
周囲に設置された機器の延長とでも言うべきか、それはアリスでは見当もつかない様々な装置によって構成されていた。かろうじて〝机〟とわかったのは、人間が座ると思われる椅子らしきものが置かれていたからだ。
メカ白姫が〝机〟の上の機器を操作し始める。
「きゃっ!」
「ぷりゅ!?」
突然すぐそばに人影が現れ、アリスと白姫は飛び上がった。
「あの、そのっ、ど、どなたですか!?」
返事は――ない。
アリスはいっそうあわてふためき、
「す、すみません、勝手に入ったわけじゃなくて、不法侵入じゃなくて、メカ白姫につれてきてもらって、だから合法侵入というか……」
「ぷりゅぷりゅ」
「な、なんですか、白姫! ほら、一緒にあやまってください!」
「ぷりゅぷりゅ」
「だから、なんでつつくんですか! イタズラしてないで、早くあやま――」
「ぷりゅーっ!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
問答無用に蹴り飛ばされ、そばに積まれていた機材の中に突っこむアリス。
「なっ、なんてことをするんですか!」
「うるせーし! アリスがアホだからだし!」
「アホじゃないです!」
「アホだし! よく見んだし!」
「えっ……」
白姫に言われ、立ち上がったアリスは目の前の人物に視線を注ぐ。
「……!」
息をのむ。
その人物の……身体が――
わずかに透けていた。
「オ……オバケ!?」
「それは前回の話だし! ここは未来だし!」
「未来にだってオバケはいるかもしれないじゃないですか……」
「大丈夫だし。シロヒメのぷりゅぷりゅレーダーが反応してないし」
「って、白姫も引っ張ってますよ、前回を!」
そんなやり取りがくり返されているにもかかわらず、
「あ……」
アリスは気づいた。
反応しない。
それどころか目の前の人物は置物のように微動だにしなかった。
「あ、あの……」
人形? そんなことが頭に浮かんだアリスは思わず手を――
「きゃあっ!」
びくっとなり、後ろにのけぞるアリス。
手が……すり抜けた!?
「まったく、まだわかんないんだしー」
白姫がやれやれとため息をつく。
「SFだし」
「えすえふ……?」
「つまり、よくわかんないけど、そういうのなんだし」
「白姫だって、わかってないんじゃないですか」
「なんとなくはわかってるんだし。ねー、メカシロヒメー」
メカ白姫は小さくうなずき、再び機器を操作した。
『××××……――』
「きゃっ」
「ぷりゅっ!?」
動いた。
静止していたその人物が動き、何か言葉を口にするも、その声はかすれたような雑音が混じり意味をつかみ取ることはできなかった。
だが、次第にその音声がはっきりしてくる。
『――すまない』
息をのむアリスと白姫。
目の前の――半透明に透けた謎の人物は切々と自分の想いを吐露していった。
『キミに重荷を背負わせることになってしまって本当にすまないと思っている。けれどこの世界を救えるのはもうキミしかいないんだ』
あっと思うアリス。
ひょっとしてこの人物の語りかけている〝キミ〟とは――
『僕の命はもう長くない』
衝撃の言葉に再びアリスたちはふるえる。
『この世界で人間は長く生きられない。だから僕は夢をキミに託したい――』
〝彼〟は言った。
『この世界にもう一度……』
万感の想いをにじませ、
『絆を――』
波が走るように、その全身がゆれたあと――
謎の人物は姿を消した。
「………………」
アリスは声もなく立ち尽くした。
すると、
「ご主人様なんだし?」
「えっ!」
驚き、白姫を見るアリス。
白姫は静かにメカ白姫を見つめていた。
「………………」
沈黙の後、
「PU・RYU」
メカ白姫は、弱々しくうなずいた。
「メカシロヒメ……」
その悲しみを察したように、白姫はそっとメカ白姫に身体を寄せた。
「メカ白姫の……ご主人様……」
アリスはいままで見ていた〝人物〟について思い出す。
ようやく気づく。
つまり――立体映像のようなものだったのだろう。
あれは〝主人〟からメカ白姫へのメッセージだったのだ。
「でも、どうしてそれを自分たちに……」
つぶやいた瞬間、はっとなる。
似ていた。
突然現れたことの驚きではっきりと認識していなかったが、いま思えば――
そっくりだった。
〝彼〟は――
(葉太郎様……)
そうなのだ。
白姫のときと同じだ。
過去の大平原で白馬の親子を見て、自分と母親とを重ね合わせてしまった白姫。
同じように――
メカ白姫は、仲良くたわむれる幼い白姫と葉太郎を見て、その感情をゆさぶられてしまったのだ。
半透明なことや動かないことに気を取られていたがメカ白姫のご主人様は――
葉太郎とそっくりな、優しい笑顔の青年だった。
――と、
「!」
不意に響く爆発音。そして震動。
「PU・RYU!」
メカ白姫がするどい声を放つ。
白姫は驚きの顔で、
「『ここにいて』って、どういうことだし!?」
直後、
「きゃあっ!」
さらなる爆音と震動に、アリスはたまらず倒れこむ。
「な、何が起こってるんですか!?」
「わかんないけど、なんか大変なことが――」
そのとき、
「あっ!」
メカ白姫が外へ向かおうとしていた。
アリスと白姫はあわてて、
「どこへ行くんですか!」
「待つし!」
しかし、
「きゃーっ!」
「ぷりゅーっ!」
メカ白姫の目がするどい光を放った。
文字通り、ビームを。
「はわわわわ……」
アリスの足元から白煙が上がる。
それはこれ以上ついてくるなという明確な意思表示だった。
しかし、
「白姫!?」
構わず前に踏み出した白姫に、アリスが驚きの声をあげる。
「あ、危ないですよ!」
「危なくなんかないし」
白姫は、迷いのない目で、
「メカシロヒメがシロヒメを撃ったりすることなんてないんだし」
「……!」
メカ白姫がふるえる。
そして、
「PU・RYU」
「外が危ないらしいというのはわかったし。だからってメカシロヒメだけを行かせて、シロヒメたちがここにいるわけにはいかないんだし」
「そ……そうですよ!」
アリスも身を乗り出し、
「メカ白姫は友だちです! 友だちだけを行かせるわけにはいきません!」
さらに大きくメカ白姫の身体がふるえる。
「さあ」
「行くし」
メカ白姫は――
アリスと白姫にうながされるようにして共に歩き始めた。
Ⅵ
再び昇降する部屋に入り、アリスたちは地上に戻ってきた。
「……!」
感じる。
見習いの従騎士という立場のアリスだが、それでも無人と思われた荒廃した都市に不穏な空気がたちこめていることははっきりとわかった。
「どういうことなんですか、メカ白姫?」
彼女は何も答えなかった。
「ぷりゅ!」
白姫がぴんと耳を立てる。
「聞こえるし……」
「えっ、何が」
「近づいてくるし……」
「だから何が?」
「足音だし」
「足音?」
「たくさんの……」
「たくさん!? それってどれくらい……」
「わからないけど、いっぱいだし。あと正確には足音っていうか……」
白姫は言った。
「ヒヅメ音だし!」
「ヒヅメ音!?」
バシュッ! バババババババッ!
「っ……」
爆音。そして、
「きゃーーーーーーっ!」
周囲のビル群が崩れ、大小の破片が降り注ぐ。かろうじてその被害から逃れたれアリスは恐慌状態で、
「なんですか!? 何が起こってるんですか!?」
「きっと攻撃だし……」
「攻撃!?」
「とにかくここにいたらヤバいんだし! 広いところに出るんだし!」
「は、はいっ!」
その言葉にせかされるように、アリスたちはビルの隙間を走り、開けた道路に向かって飛び出した。
次の瞬間、
「きゃーーーーーーーーーーっ!」
アリスの悲鳴がビルの間にこだました。
「はわわわわ……」
前。後。
そして左右のどこを見渡しても――
囲まれていた。
「そ、そんな……」
アリスが見たのは、信じられないものだった。
数えきれないほどの数の……それは――
武装した馬たちだった。
「ぷる」
先頭に立った馬の号令一下、武装馬たちがいっせいに武器を構えた。
武器――
それもアリスが見たこともないようなものだった。
鎧のように馬を覆う金属の機器。そこに幅広の銃のように見えるものが接続されていた。武器と断言できたのは、馬たちが向ける圧倒的な敵意のためだった。
「ヒヅメ型ミサイルなんだし……」
「ヒヅメ型ミサイル!?」
「これは……馬の軍団なんだし!」
「馬の軍団!?」
「アリス、よけいなことすんじゃねーし。アリスのアホさが向こうを刺激してしまうかもなんだし」
「アホじゃないです!」
思わず大声を出してしまった瞬間、
「きゃあっ!」
いっせいに武器を向けられ、またもアリスは大きな悲鳴をあげる。
「どどっ、どういうことなんですか……」
白姫が重々しい口調で言った。
「ここは……未来なんだし」
「未来はわかってますけど……」
「馬と人にとって、ここは最悪の未来を迎えてしまったんだし……」
「ええ……?」
最悪の未来……――
それは――
「馬の惑星だし」
「ええっ!?」
白姫は重々しい口調で、
「地球は馬の惑星になってしまったんだし! 馬の支配する星になってしまったんだし!」
「えーーーーーーーーーっ!!!」
衝撃の言葉にさらなる絶叫がほとばしり、
「きゃーーーーーっ!」
当然のように、武器がいっせいにアリスに向けられる。
「う、馬の惑星なんて、そんな……」
「あり得る未来なんだし」
「あり得るんですか!?」
「馬は賢いんだし。人間より立派な社会を作れてもおかしくないんだし」
「そ、そうなんですか……」
「もちろん差別とか環境問題とかもきっとないんだし。馬たちの代表であるぷりゅ統領のもとで平和な社会を……」
「なんですか、ぷりゅ統領って!」
「だから、馬たちの代表だし。公平な選挙で選ばれてんだし」
「そうなんですか……」
アリスはこちらに武器を向けている馬たちをおそるおそる見て、
「けど、とても平和な世界とは……」
チャキッ!
「!」
弾の装填される音に震え上がるアリス。
と、そこへ、
「PU・RYU!」
アリスをかばうように飛び出すメカ白姫。
すると、
「!」
バシュッ!
鋼の衝撃がメカ白姫をかすめた。
「メカ白姫!」
驚き、寄り添うアリス。
その直後、
「なんてことしてんだしーーーっ!」
白姫の怒りの声が荒廃した街にこだました。
「誰がやったんだし!? 同じ馬を傷つけるなんて! 絶対に許されないんだし!」
その前に、
「ぷる」
指令を出した馬が進み出た。
「ぷる。ぷるぷる」
落ち着いた態度で話すその馬に、
「ぷりゅぅー……」
白姫はますます表情を険しくし、
「どういうことだし『同じ馬じゃない』って!」
「ぷる。ぷるる」
リーダーと思しき馬がさらに何かを語る。
「一体なんて言って……」
白姫に聞こうとして、はっとなるアリス。
(どうして……)
なぜ、彼らの言うことがわからないのだ?
従騎士として多くの馬とふれ合ってきたことで、アリスはその言おうとしていることがわかるようになっていた。特に、白姫のように人間と変わらずふるまうような馬なら、ほとんど何の問題もなく会話できた。
しかし、周りにいる武装した馬たちとは、まったく意思の疎通ができないように思えた。
言葉以上に、アリスははっきりと彼らの〝拒絶〟を感じ取っていた。
「確かに、メカシロヒメは人間に創られた馬なんだし」
「……!」
戸惑っている間にも会話は続いていた。アリスはあわてて耳をそばだてる。
「けど心は立派な馬なんだし! シロヒメたちの友だちなんだし!」
「ぷる。ぷるぷる」
「人間の味方をして何が悪いし! 人間と馬は友だちなんだし!」
「ぷるぷる。ぷる。ぷるるっ」
「人間は馬を裏切ったかもしれないし。けどそうじゃない人間もたくさん……」
「ぷる!」
白姫の訴えを断ち切るように、リーダー馬がするどい声を放った。
馬たちの武器があらためてこちらに向けられる。無数の武器から伝わる震動が空気をふるわせ、まるで敵意がそのまま波となって押し寄せてくるようだった。
(馬の……惑星……)
白姫が言ったことは本当なのだとアリスは感じていた。
この未来に、人間たちはいない。
裏切り。
その言葉がアリスの胸を刺す。
騎士にとって、馬は唯一無二の友であり相棒だ。
しかし、他の人間たちはどうだろう。
人間は馬と共に歩んできた。その背に乗って遠くへ行き、重い荷物を運んでもらい、田畑を耕す力を借り、心を合わせ敵と戦った。
それが――変わった。
多くの人間たちは馬を必要としなくなった。
馬たちは、裏切られた。
その悲しみが、この恐るべき未来を生み出してしまったのだ。
「自分たちの……せいで……」
アリスは、
「って、何してるし!?」
白姫の驚く声が聞こえるも、アリスは足を止めなかった。
見晴らしのいい大通りの中央に出て……そして――
両手を広げた。
「どうぞ」
馬たちから驚き、そして警戒する気配が伝わってくる。こちらが何をしようとしているかわからないのだろう。
伝わらなくてもいい。
それでも伝えたい。
アリスは、声を張り上げた。
「どうぞ!」
さらに動揺する馬たち。
とっさに発砲する動きを見せる者もいたが、
「ぷる!」
リーダー馬の一喝で止められる。
「何してんだし、アリス!」
白姫は本気の怒り声で、
「わけわかんねーことしてんじゃねーし! 下がってんだし!」
「下がりません」
「ぷりゅ!?」
「わけは……あります」
アリスは言った。
「これは人間の責任なんです」
「ぷ……!?」
「人間たちが馬を裏切った……馬たちが怒って当然です!」
叫んだ瞬間、涙があふれた。
構わずアリスは、
「だから自分は……人間は責任を取らないといけないんです! 自分はどうなっても構いません! だから……」
涙に濡れる目でリーダー馬を見つめ、
「メカ白姫に……そして白姫にもひどいことをしないでください」
瞬間、
「PU・RYU!」
アリスを守るようにメカ白姫が駆けこんできた。
「メカ白姫……!」
「PU・RYU」
ふり向くメカ白姫。
アリスの目には、彼女が微笑んでいるように見えた。
「う……」
あらたな涙がこみあげる。
そうだ……。
きっと、メカ白姫はこのために生まれたのだ。
途切れてしまった人間と馬との絆をよみがえらせるために。
メカ白姫の存在は、きっと過ちを思い知った人間からのメッセージなのだ。
「あんま、カッコつけてんじゃねーし」
すこし悔しそうに言いながら、白姫もアリスの前に立つ。
「アリスのくせに」
「白姫……」
「シロヒメ、アリスにかばわれるほど弱くないし。もちろんメカシロヒメも」
「で、ですよね……」
「でも」
そっぽを向きながら、白姫はぽつり、
「ちょっとだけ……うれしかったし」
「……!」
さらなるふるえがアリスの胸に走る。
ある。
絆は――確かにここに。
「ぷる!」
リーダー馬が激しく頭をふった。
無数の武器の照準が再度こちらに合わされる。
同じ馬である白姫も関係ない。そんな感情の狂奔を感じ、アリスはあらためて白姫、そしてメカ白姫をかばおうと――
「きゃっ」
砲声が鳴るより早く閃光がアリスの目を刺した。
「ぷる!?」
「ぷるる!?」
驚いたのは馬たちも同様だった。
「ぷる!」
仲間たちの動揺を鎮めようと、リーダー馬がするどい声を放つ。
その直後だった。
「!」
崩れかかったビルの外壁。
そこに――
映像が映し出された。
「あ……」
アリスは目を見張る。
それは、過去の世界でアリスたちが見た野生の白馬の群れ、そしてはぐれた馬の子どもに寄り添う母馬の姿だった。
映像は、メカ白姫の目から放たれる光によって投影されていた。
きっと彼女は自分の目で見たものを、こうして記録していたのだろう。
はるか昔の先祖たちが、命を躍らせるようにして力強く草原を生きる姿。
その映像に武装した馬たちは声もなく見入る。
と、映像が変わる。
「……!」
法螺貝の音。
それは、襲われる者たちを守る戦国時代の騎士の姿。
馬と人とが心を合わせ正義のために戦うその勇壮さに、武装した馬たちにあらたな衝撃の波が走る。
さらに映像は変わり、
『ぷりゅー』
『どうしたの、白姫?』
馬たちをこれまで以上の動揺が襲う。
『ぷりゅりゅりゅりゅ……』
『大丈夫、白姫?』
『ぷりゅぷりゅ。ぷりゅっ』
『うん』
『ぷりゅりゅっ』
『うん』
幼い白姫をかわいがる葉太郎。
それは、この時代の馬たちがなくした人間との絆をはっきりと感じさせる映像だった。
さらに――
「あっ!」
続いて映し出されたのは現代の様子だった。
暮らしている屋敷で、葉太郎や他の者たちとたわむれる白姫。
『ぷりゅー』
心から楽しそうなその顔に、馬たちはさらに激しく動揺する。
『白姫ー』
『歌って、白姫ー』
『白姫ー』
子どもたちに囲まれる白姫の映像も映し出される。
『しろいかーめんは、せーいぎのかめん~♪』
『ぷりゅりゅぷーりゅぷりゅ、ぷーりゅりゅりゅりゅ~♪』
子どもたちと共に歌う白姫。
そして、子どもの一人が言う。
『白姫、大好き』
見ていた馬たちに最大限の衝撃が走る。
「ぷる……!」
「ぷるる……ぷる……!」
ふるえる。
信じられない。
人間と馬が……こんなふうに――
「ぷる! ぷる、ぷる!」
リーダーの叱咤も彼らの衝撃を打ち消すことはできなかった。
そして、
「!」
映し出されたのは食事の風景だった。
笑顔で食卓を囲むアリスたち屋敷の面々。
そのすぐそばで、特製の飼い葉に舌鼓を打つ白姫――
「ぷる……」
「ぷるる……」
「ぷる! ぷるる!」
リーダーが懸命に声を張り上げるも、感情の奔流は止められない。リーダー自身も、あきらかに心を惹かれているのが見て取れた。
食――
命を成す根幹ともいうべきその力は時を超えて馬たちの心をつかんだ。
「おいしいんだし」
白姫が言う。
「人間が心をこめて作ってくれたごはんは……みんなが笑顔で食べるごはんは……とーってもおいしいんだし」
「――!」
衝撃が走り抜けた。
長い沈黙の後、
「ぷる……」
完全に戦意を折られたというように次々と馬たちがうなだれ始めた。
その中にはリーダー馬の姿もあった。
「………………」
助かった。
そう思うと同時に、しかし、アリスは複雑だった。
自分たちは……ひどいことをしてしまったのではないだろうか。
馬と人間の絆が失われてしまった世界。そこに、それを思い出させるようなものを見せるなんて――
「はーくばはみんなー、いーきている~♪」
そのときだった。
「いきーているから、ぷりゅりゅんだ~♪」
「なんですか『ぷりゅりゅんだ』って……」
思わずツッコんでしまうも、アリスの口もとに微笑が浮かぶ。
白姫は歌を続ける。
「はくばだーって、こくばだーって、しまうまだーって~♪」
その歌に、
「みんなみんなー、ぷりゅしているんだ、ぷりゅぷりゅなーんだ~♪」
周りの馬たちにも自然と笑みが広がっていく。
「……だいじょーぶだし」
歌が終わって、白姫は言った。
「きっと、やり直せるんだし」
「ぷる……!」
何を無責任な……! そんな憤りのこもった声がリーダー馬からこぼれる。
しかし、白姫は笑顔のまま、
「メカシロヒメが証拠だし」
「……!?」
「メカシロヒメのご主人様はとっても優しいんだし。そして……馬と人間の絆が戻ることを願っていた人なんだし」
「!」
馬たちにふるえが走る。
そして、アリスもはっとなる。
メカ白姫は馬たちに誤解されていたのだ。馬に対抗するため人間が創り出した〝兵器〟なのだと。
しかし、それが違うことをアリスは知っている。
未来から訪れ、そのまま一緒に暮らすことになったメカ白姫。
共に過ごす中で、彼女には普通の馬と変わらない〝心〟があることを実感していた。
メカ白姫は、友だちだ、。
自分を助けようとしてくれたことからも、アリスはためらいなくそれを断言できた。
「大丈夫だし」
再び白姫が言う。
「ねー、メカシロヒメ」
「PU……?」
不意に話をふられて戸惑うも、
「PU・RYU」
メカ白姫はうなずいた。そこに確かな想いをこめて。
「ぷる……」
「ぷるる……」
かすかに目をうるませ始める馬たち。
それを見て、
「この世界はもうだいじょーぶなんだし」
白姫は言った。
「みんな、思い出してくれたんだし。馬と人は友だちだって」
「でも……」
かすかな不安がよぎる。
「その……歴史を変えてはいけないんじゃ……」
「ここは未来なんだし」
「えっ」
「だからいいんだし。未来はどんどん変わっていいんだし」
「そ、そういうものなんですか?」
「そういうものなんだし」
白姫は迷いなく、
「それが可能性なんだし」
「PU・RYU」
メカ白姫もうなずく。
「白姫もメカ白姫もそう言うなら……その……」
「なにごちゃごちゃ言ってんだしーーっ!」
「きゃーーっ! ぼ、暴力は……」
ぐぅ~~~……。
「ぷりゅ」
「え?」
「……おなかすいたんだし」
「はい?」
「メカシロヒメのせいだし。ごはんのとこなんて見せるから」
「PU・RYU」
「いえ、メカ白姫は何も悪くないと……」
「というわけで帰るんだしー」
「えええ~?」
そんな……あっさり!?
「じゃー、みんなー。シロヒメたち、帰るんだしー」
「ちょ……あまりにも軽すぎませんか!?」
「何がだし?」
「だって、その、未来はまだまだ大変で……」
「問題ないんだし」
白姫は胸を張って言う。
「未来はいまのえんちょーなんだし」
「それは……そうですけど」
「だから」
白姫は自信満々の笑みで、
「シロヒメたちがしっかりすれば大丈夫なんだし」
はっと胸をつかれるアリス。
白姫はあらためて馬たちを見渡し、
「というわけで、シロヒメ、元の時代にもどって、いい未来になるようがんばってくるんだしー。みんな、待ってるしー」
「ぷるー!」
「ぷるぷるー!」
馬たちから歓声があがる。
それは、白姫に希望を託すものだった。
アリスの胸も熱くなり、
「みなさん! 自分もがんばります! 決して人間と馬との絆を途切れさせたりは……」
「ぷりゅーっ!」
パカーーーーン!
「きゃあっ」
思いがけないところで蹴り飛ばされ、アリスはたまらず、
「なんでですか!?」
「調子乗ってるからだし。なに人類代表みたいな主張してるし」
「そ、そんなつもりは……」
「えー、マジ調子乗ってるしー。アリスが人類代表なんて思われたら完全に滅ぼされるんだしー。ムカつくからー」
「なんてことを言うんですか!」
そんなやり取りに、周りの馬たちは、
「ぷるー」
「ぷっるっるっるっる……」
笑っていた。
敵意と怒りに塗り固められていた彼らに、初めて笑顔が生まれた。
闇に光が差したような――
それは……確かな希望だった。
Ⅶ
「ただいまだしー」
未来の馬たちとの和解のあと、今度こそ現代に返ってきた白姫たち――
のはずだったが、
「ぷりゅ?」
首をひねる白姫。アリスも息を飲む。
「ここは……」
夕焼けに赤く染まる海原。
それを見渡せる緑の丘の上に一同は立っていた。
「ど、どういうことですか、メカ白姫? 今度こそ戻ってきたんじゃ……」
「待つし」
「えっ」
「見覚えないし?」
「見覚え……」
すぐにはっとなるアリス。
「ここ、鳳莱島じゃないですか! 自分たち、また白姫がちっちゃいころに戻ってきちゃったんですか!?」
「違うし」
白姫は風のにおいをかぐようにふんふんと鼻を鳴らし、
「……やっぱり違うんだし」
「何がですか?」
「あのときと違うんだし。ちっちゃくて愛らしくて天使のようなシロヒメのいた時代とは」
「わかるんですか、においで?」
「わかるし」
「……というか、相変わらず小さいころの自分を賛美しすぎですよ」
すると、
「隠れるし!」
「ええっ!?」
「ほら! 早く!」
白姫にせかされ、またわけもわからないまま草むらに伏せるアリス。
「一体何が……」
「あれを見るし」
声をひそめながら白姫が言う。
「あ……」
白姫がうながした先に、多くの人たちが立っていた。
彼女たちは多くの花が飾られた石の墓碑の前で黙祷をささげていた。
「!」
目を見開くアリス。
墓碑のそばに立っている女性。
どこか見覚えのある金髪のその女性の傍らには――つぶらな瞳を悲しみにうるませている白馬の姿があった。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
「白雪(しらゆき)」
「アリス……」
「わたしね、白姫にちゃんと言われてるの」
「ママに?」
「うん。『白雪のことをよろしくね』って」
「ママ……」
「ほら、もう泣かないの。白雪は騎士の馬でしょ」
「うん。騎士の馬で、アリスの馬だよ」
「白雪のママとわたしはね……とっても仲良しの友だちだったの」
「ぷりゅ……」
「だからね……白姫の分まで白雪のことを守って……」
「違うよ」
「えっ」
「白雪がアリスのことを守るの。だってアリスの馬だから」
「白雪……」
「それに仲良くするの。ママの分まで」
「っ……」
たまらずというように白馬を抱きしめる金髪の女性。そんな人と馬の姿に、周りの者たちもあらためて涙を見せる。
「白姫ちゃん……」
「もっと一緒に歌いたかったよ……」
「小学生のとき、白姫ちゃんが遊んでくれてすごく楽しかった……」
「白姫ちゃん……」
「白姫ちゃん……うう……」
そして、
「ママーーっ! ママーーーーっ!」
悲しみに満ちたいななきが、夕暮れの丘にこだましていった。
「こ、これって……そんな……」
何の心の準備もなく見せられた光景にアリスは動揺を隠せなかった。
間違いない。
これは〝自分たちの未来〟だ。
どうして、この時間のこの場所に来てしまったのか――
(あ……)
思い出す。
これまでも〝想い〟が時間移動に影響を与えてきた。
自分たちは人と馬の関係が最悪と言っていい状況に陥る未来を垣間見てきた。
ひょっとしたら、そのことがここに導いたのかもしれない。
人と馬の関係――
自分と白姫……そしてその娘――
「アリス」
「!」
名前を呼ばれ、はっと隣を見るアリス。
「白姫……」
「………………」
白姫は、
「帰るし」
「えっ」
「安心したんだし」
思いがけないことを言う白姫。と、それに補足するように、
「シロヒメの一族はずっと続いていくんだし」
「それは……」
「シロヒメの家系は代々騎士の白馬なんだし。シロヒメのママもおばあちゃんもそのまたおばあちゃんも騎士の白馬なんだし。エリートなんだし」
「はい……」
「その想いをはるかな未来で受け継いだのがメカシロヒメなんだし。ねー、メカシロヒメ」
「PU・RYU」
「だから……」
そう言いかけた白姫はすぐに言い直し、
「だけど、シロヒメたちだけでは無理なんだし」
「えっ」
「一緒に生きてくれる……そばにいてくれる……ご主人様や友だちのみんながいないとだめなんだし」
白姫は笑顔を見せ、
「ありがとう、アリス」
「白姫……」
「これからもシロヒメたちをよろしくお願いします」
そう言って、白姫は頭を下げた。
胸をつかれるアリス。
こんなふうに頭を下げられたのは彼女の記憶にある限り初めてのことだ。
メカ白姫も同じように頭を下げる。
馬たちの真摯な想いに、アリスの目頭が熱くなる。
――と、
「あ……」
光。
不思議な時間旅行へと導いてきたそれがアリスたちを包みこみ始める。
(今度こそ……)
光の中――
アリスはこれまでのことを思い出し、そして思った。
時間を旅して……それぞれの時間に生きる人や馬たちの想いを知ることができて――
よかった、と。
「今度こそ、ただいまだしー」
大冒険の後だということを感じさせないのんきな声が中庭に響いた。
空を見て、驚くアリス。
太陽の位置が出発したときとほとんど変わっていない。あれだけいろいろなことをしてきたというのにだ。
「本当に……時を旅してきたんですね」
正直、信じられないという想いのほうがまだ強い。
それでも、アリスの胸に刻みこまれた感動は、あの旅が本当にあったことなのだとはっきり伝えてくれた。
最初はどうなることかと思ったが、結果、自分と白姫とメカ白姫の絆をより強く――
「……あ」
はっとなった直後、アリスはあわてて、
「あの、そのっ、いいんですか、帰ってきちゃって!?」
「PU?」
「だって、メカ白姫は未来から来たわけで、つまり未来がメカ白姫の……」
「いいんだし」
白姫が口を開く。
「ここがメカ白姫のおうちなんだし」
「PU・RYU」
「でも……」
「メカシロヒメはまだまだこの時代で勉強することがあるんだし。もっと馬と人間の絆を勉強するんだし」
「……!」
そうだ。
メカ白姫は決して故郷を捨てたわけではない。
故郷のため、自分の生きる時代のために、いまここにいるのだ。
それが主人の願いをかなえることになると。
主人の想いを受け継ぐ――
やはり、メカ白姫は、なによりも正しく人と共に生きる〝馬〟なのだ。
「自分もまたいつでも力になりますよ、メカ白姫」
「PU・RYU」
「えー、アリスになんて力になってもらわなくていいしー。ぷりゅーか、アリス、勝手についてきただけだしー」
「それは……」
「アリスが何もしなくても、メカシロヒメはちゃんと学ぶんだし。勉強熱心なんだし。シロヒメと同じで」
「い、いや、白姫にそんなイメージぜんぜんないですけど。むしろ遊んでばっかりな気がしますけど」
「それでいいんだし。遊びも勉強のうちなんだし」
「はあ……」
まったく悪びれることなく言ってのける白姫にアリスはあきれるしかない。
すると、
「ぷりゅ……!」
ぐぅ~~~~――
「わ、忘れてたし……おなか減ってたんだし」
「いろいろ大変でしたからね」
「というわけで、ごはん、食べんだしー。今日のごはんは……」
「あっ!」
「ぷりゅ? どうしたし」
「ごはん……ありませんよ」
「ぷりゅぅ!?」
「だって、ほら……」
アリスは空の太陽を指さし、
「自分たち、元の時間に戻ってきたわけですから、こっちでは時間が経ってないわけで……つまりまだごはんの時間はぜんぜん先ですよ」
「ぷりゅーーーーーっ!」
ショックの鳴き声が中庭に響き渡る。
「なんでだし!? あんなにいろいろなとこに行ってたのに!」
「だから、過去や未来でどれだけ長く過ごしても、元に戻ったら関係ないんですよ」
「意味わかんねーし! シロヒメ、おなかへってんだし! かわいい白馬にごはんを与えないなんてひどい虐待なんだし! 馬権擁護団体に訴えさせるし!」
「ぷりゅーっ!」と暴れまくる白姫。
アリスはあわてて、
「とにかく、もうすこしがまんしてください。今日はすこし早めに……」
「がまんできないし! いま、おなかへってんだし!」
「わ、わがままなんですから……」
「わがままでいいし。かわいいから」
「かわいくても、わがままはやめてください」
そう言うも白姫は収まらず、
「行ってくるし!」
「はい?」
「ごはんを取りに行ってくるし。アリスが」
「なんでですか!? たぶん、まだ作り始めてもいないのに……」
「なんでもいいから食べられるもの取ってくるし!」
「そんな……依子さんになんて言えば」
朱藤依子(すどう・よりこ)。
この屋敷の家事を一手に担い、かつ誰もかなわない最強の実力者である彼女に対して下手な言葉は命取りだ。
しかし、白姫は平然と、
「そんなの知らないし」
「ええぇ~!?」
「こっそり持ってきちゃえばいいんだし。ヨリコにバレないように」
「む、無理ですよ! それにバレたら殺(ぷりゅ)されちゃいますよ!」
「そのときは、アリスが一人でぷりゅされればいいし」
「なんてひどい白姫なんですか!」
「いいから行くし! 行かないと……」
そう言って白姫が取り出したのは、
「えええっ!?」
それは――
未来の馬たちが所持していたヒヅメミサイルの発射機だった。
「ちょっ、なんで持ってるんですか、そんなもの!」
「おみやげにもらったし」
「もらってこないでください、そんなもの!」
「とにかく」
白姫は発射口をアリスに向け、
「行くんだし? それともここでぷりゅされるんだし?」
「なんてことを言ってるんですか! 冗談は……」
ブィィィィィィィィィィン……――
「って本気じゃないですか!」
「ちょっと試し打ちしてみたいんだし」
「他のものでしてください!」
「えー、他の人に向けろって言うのー? 自分が助かればそれでいいって言うのー?」
「そんなこと言ってませんよ! 誰にも向けないでください!」
「じゃー、アリスに向けるし」
「なんでそうなるんですか!」
「しょーきょほうだし」
「何がどうなっての、消去法なんですか!」
ブィィィィィィィィィィィィィ……!!!
「ちょ、お、音が大きくなってますよ!? 早く止めてください!」
「ぷりゅ?」
「は・や・く! 止・め・て・く・だ・さ・い!」
「止まんねーし」
「えええ!?」
「ぷりゅーか、止め方わかんねーし」
「そ、そんな……どうするんですか!?」
「とりあえず、アリス撃っとくし」
「撃たないでください『とりあえず』で!」
「じゃー、本気で撃つし」
「気持ちの問題じゃなくて、撃つことそのものを……」
ブゥィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!
「きゃーーーーーーっ!」
アリスは思った。
馬と人間の絆はやはり危ういのではと。
「いやーーーーーーーーーっ!」
よく晴れた空に、爆発音とアリスの悲鳴が高く高くこだましていった。
シロヒメは時をかける白馬なんだしっ∞