死神と刑務所

 この話を話すとき、時代が違うかもしれないが、皆さまは、すでにこのとあるオカルト話、都市伝説について知っているだろうか、これは、死神がまつわる話だ、それも、ある特殊な施設がかかわってくる、皆さまは、死神が見える刑務所というものについて話を聞いたことはあるだろうか、それは都内某所、人通りの少ない住宅街の一角に高い塀と広い敷地をもうけて、とある刑務所が薄ら寒い灰色の壁と小さな窓だけで薄っぺらい冷徹な側面を際立たせるように、有刺鉄線のある塀の中に大きく高くそびえたっている建物、刑務所。この話の流れの中では、その刑務所をAとでも名付けておこう、近頃こういう話が大好きな私の耳にはいってきた話、噂話の中のひとつにこのA刑務所の逸話があった。

 その施設には死神がでる、と噂される。死神といっても、それはただ黒っぽいかげがうろつく様子が見えるだけ、それも所内の刑務官や専門職員、収容されている受刑者の眼に触れるだけではあるのだが、その目撃される日と予言的な場所、その後に起こる奇妙な出来事から、死神、といわれる所以と確からしい理由がある。

 所内で目撃される黒い影は、目撃者は当初ちらほらしかいなかった、そのため初めこそただの亡霊か、人影の錯覚とだれもがそう考えた。しかし、徐々にその不気味さは明確な現象を示して、その影がただの影でなく、周りに影響を及ぼす類のものであることも、認知され始めた。
 黒い影が死神と呼ばれるに至ったその噂の経緯はこうだ。死神が目撃されるとき、それらは、たいてい質素な所内であるため、ある廊下で目撃されることが多い、それもほとんどが収容のための建物であるため、牢屋の前で目撃されることも多い、それを受刑者が、まじまじと見て一体何かと監視する様子が、ときに刑務官の眼に触れる。いつも黒い影、彼等は突然どこからともなく、前触れもなくあらわれる、しばらくそこでぼーっとつったっていて、同じような場所をくるくるといったりきたり、またはその場でくるくると回転して遊んで見せたり、あるいは上体を動かし、変な反復運動をたりする、その様子だけで恐ろしいのだが、しばらくするとある一カ所で立ち止まる、それは現れた場所によってまちまちだが、たいていは受刑者の檻の前である、わざわざ彼の部屋の前でとまり、そこで彼にだけ目が見えるように、牢屋の中を強化ガラスをのぞき込むようにして立ち止まる、そしてその檻の中の受刑者は必ず、1週間、2週間ほど、それ以内に死にいたるというものだ。
 もちろんただのうわさであり、外部の無関係な人間、一般市民からしてみれば、そんな噂話は、幻覚の可能性だってあるのだが、職員、刑務官、受刑者、全てが口をそろえて言う事は、“あれは本物だ”という事だった。それほどに、影の目撃と、そのいわくが確かな確率らしいと思われるほど、所内ではいくつもの噂と、事例が記録され、所員の日誌にあげられてるのだ。

 所員にとってみれば、そんなものに対処できるわけもなく、むしろよくとらえれば、その噂のおかげか所内は皆大きな騒動もおこさず、特に夜などは、いつ自分の部屋の前に影がとまるのか、とおどおどしているくらいで、刑務作業の監視もらくになる、と楽観的な見方もあるにはあったが、しかしただ一つの問題は、今のところ100発百中で、受刑者の死を呼び寄せるその死神は、どんな罰や刑であれ、突然現れる避けられない死の予言を、所員ではなく、どこのだれともしれない死神が受刑者に見せるということだ。そのおかげで、近頃この刑務所には悪いうわさがある、といっても、受刑者にとっての悪い噂なのだ。

 それはこの刑務所が、近頃罪を犯したものや、闇社会のもの、受刑者のうわさの中で悪魔の刑務所と言われる理由になっている、その苦痛は、たとえば死刑囚ともなると、通常の刑、通常の投獄の何倍何十倍もの精神的負担になるだろう。この刑務所に捕らえられている死刑の判決をくだされた受刑者、彼等は、自分の過ちを、人間の手によってではなく、悪魔のような、死神の手によって初めに知らされ、自分の犯した罪が、その得たいのしれない影に初めに咎められるという事実に日夜おびえ、もしくは姿をあらわしたときは、自分の死期、その時がくるまで、そしてそれが知らされてから、逃れられない運命にとらわれ、死神の影にも、人間の影にもおびえ、延々ともがき苦しみ続けるのだから。

死神と刑務所

死神と刑務所

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-10-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted