第7話ー4
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「怯えて死んでいきな」
濃霧の中を逃げる【繭の楯】4人をまるで狩りをするかのように、楽しそうにゴーキン・リケルメンは、昆虫の口をカパカパさせて叫んだ。どんなに逃げても殺してやる。そう昆虫のような胸の中でゴーキンは叫んでいた。
「さて、お逃げなさい。いずれ人間は呼吸をしなければならない以上、わたしの能力からは逃げられないのですから」
ドヴォルは冷静に言い放った。ここで終わりにしましょう。小さく心の中で呟くと、腕を振り上げた。
瞬間、遺跡の中にある都市の空気が一瞬でよどみ始めた。二酸化炭素の濃度が一気に上昇したのである。小さいと言ってもそこにあるのは立派な都市だ。その全体を覆う空気の二酸化炭素濃度を上げたのだ。背後にいる【咎人の果実】の4人ですら、息苦しさを感じていた。
「わたし達も殺す気なの」
呼吸できない事態に建物の外へ逃げ出そうとするエリザベスが叫ぶ。
「苦しいのでしたら外でお待ちなさい。きっとすぐに出てきますよ」
生物である以上、呼吸をしなければ生きていけない。酸素を血液に取り込まないと、生物は死んでしまう。
それを理解しているから、ドヴォルは自分の能力にかなう生物などいない、と自負していた。自信がこの透明な人型生物にはあったのである。
ところがその自信が一瞬で揺らぐ事態が発生した。
水蒸気で発生した濃霧の中から高速で黒い影の塊がドヴォルに向かい飛んできたのである。透明な身体を思わず空中へ飛ばし、黒い球体を避けようとした。しかし球体の凄まじい引力が跳ね上がったドヴォルの身体を引き寄せたのだ。まるで巨大な腕が彼の透明な身体をつかみ引き寄せたかのように。
ブラックホールか。
心中で叫ぶドヴォルはそれが直径30センチほどのブラックホールであることに気付き、自分が吸い込まれる未来を想像した。
と、濃霧の中で女性の悲鳴が聞こえ、濃霧が瞬間的に晴れた。
地面に膝をついているのはボアヘアでロングスカートを履いている二十歳のマキナ・アナズだ。彼女の能力であるブラックホールが、彼女が苦痛に表情を曇らせると同時に消滅していた。
マキナの身体には微弱な青白い光が走っていた。稲妻だ。
この時、エリザベスは遺跡が金属構造であることを見て、手の平を壁に当て、稲妻はマキナへ流していたのである。
ジェイミーが自らの能力を解除して仲間を助けたことにより、全員の姿が露わになったのであった。
するとこれをチャンスとばかりにサホー・ジーが勢いに任せ腕を伸ばすと、手の平から火の粉が噴出し【繭の楯】へと向かう。もちろん火の粉に当たれば普通の炎ではないのだから、一瞬で生物は焦げるまで燃えてしまうだろう。
だが4人の身体は燃えることはなかった。火の粉が到達する前に4人の前方に、空間の穴が開き、火の粉はその中へ入っていった。
「逃げるしかない。今は逃げるの」
トチス人のオレンジ色の瞳が3人を見る。
人間の年齢に換算すると36歳のアニラ・ザビオヴァの能力。自らの空間を構築する能力で開いた穴の中に、火の粉は吸い込まれていた。
同時に4人の右側にも2メートルほどの大きな穴が開いた。これも彼女の能力である。
身体に電流がながれたことで身動きできないアニラをジェイミーが抱え、3人が穴の中へ駆け込み、最後アニラが穴へと駆け込んでいった。
アニラが消えた瞬間、空間に開いた穴は瞬時に消える。
手の平から火の粉を出していたサホー・ジーが火の粉を止め、苦々しく顔をゆがめた。
が、その横で昆虫の顔をケラケラと笑い顔に変えているゴーキンがいた。
4人はその笑みの意味が理解できなかったが、ゴーキンだけはしっかりとわかっている。
1人の動きは抑えた。心中でゴーキンは呟いたのだ。
「片づけは終わりました?」
明るい声が遺跡に響いた。
赤毛の少年、ロべス・カビエデスがまさしく19歳の笑顔で遺跡の中に入ってきた。
一瞬、声で身構えた5人だったが、ファン・ロッペンたち5人だとすぐに理解して警戒心をといた。
「逃げられちまったよ。それよりそっちはどうなったんだよ」
ゴーキンが笑みから不機嫌に言うと、次々に土砂降りから帰ってきた犬のように濡れた姿で遺跡の中に入ってくる。
最後に面長の男が顔を出すと、エリザベスが全員を見回した。
「アンナは? どこなの?」
一応、仲間意識があるエリザベスがファンに聞くと、面長の男は後ろを見やった。
するとアンナ・ゲジュマンの23歳のショートヘアを濡らした姿がそこにはあった。
「1人、始末したわ」
アンナがそういうと、ファンはニヤリとしてアンナを見返すのだった。
ENDLESS MYTH第7話ー5へ続く
第7話ー4